2016年09月23日

神谷奈緒「One Step Ahead」

・モバマス・神谷奈緒ちゃんのSS

・超短い

・奈緒はかわいいなあ!(たんおめ)



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474033588











 アタシは自己評価が低い。

 なんの因果かアイドルになった今でも、それは変わらない。

 そんなもん、自分の性格なんて一朝一夕に変わるもんじゃなし、仕方ないじゃん。



 これってアイドルとして致命的なんじゃないか? と思うことなんかしょっちゅうだよ。

 でもさ。事務所のみんな、アタシのこと「かわいい」「かわいい」って。んなわけないじゃん!

 アタシのどこに可愛い要素なんてあんのさ!



 そして。

 アタシは、プロデューサーがちょっと苦手だ。



「俺がかわいいと思うからスカウトするし、プロデュースもする」

「あ、アタシは……例外だろ!」

「例外はない」







 ううっ。

 決して言い返せない。プロデューサーには、いっつも負ける。

 そう。

 アタシがどんなに否定したところで、アタシが結局言い返せないところに落とし込んできやがる。

 そのたびに「そ、そんなもん、かな……」なんて。懐柔された気になるのも腹立たしい。



 今こうしてアイドルっていう仕事をしているのに、どこかこう、アイドルってなんだろう? って意識から離れられない。

 実感がない。

 それって、アタシが本気になってないってこと?



「なーんだかなあ……」

「まあなんだ、奈緒。仕事しような」

「……はーい」



 不承不承。アタシは今日も仕事をこなすのだ。















 そしてそれは突然。やってくる。



「そ、ソロぉ!?」

「そう。ソロCDな。それと単独ライブ」

「単独ぅ!?」



 いや、確かに凛も加蓮もソロデビューしてるけど。

 でも。いやいや。いやいや。



「あ、アタシにはまだ、早いんじゃないなーって。な、プロデューサー!」

「全然?」

「……あ、あああぁ」



 そうあっけなく言われると、どうしていいかわからなくなる。

 だって考えてみたら、アタシずっと凛や加蓮におんぶにだっこだったし。プロデューサーがとってくる仕事だって、単に責任感じてなんとかこなさなきゃって、ただひたすらやっただけだし。

 実感ないんだよ! アタシがちゃんとやれてる実感が。



「あのな? 奈緒」

「え?」

「その『ちゃんと』ってさ。なにをちゃんとなんだ?」

「……」



 アタシは絶句する。







「あのな奈緒。なんか勘違いしてるようだから、ちょっとだけ言っておく」

「……」

「アイドルなんて1000人いれば1000通りの個性なんだ」

「……」

「個性のぶつかり合い、な。『ちゃんと』なんてラインは、ないんだ」

「……でも」

「奈緒。お前はやってる。奈緒は間違いなく、アイドルだ」

「……」



 今日もまた、言い返せない。でも。

 プロデューサー。

 アタシはやれてるって、その言葉信じてもいいのかな?















 ソロデビューに向けて。レッスン、レッスン、レッスン。



「っ、ぷはぁ!」

「よしおつかれ。きちんとクールダウンしておくんだ、いいな」

「……はいっ!」



 ソロが決まってから、凛も加蓮もいない中で、マスタートレーナーさんとのマンツーマンが続く。

 正直、きっつい。めちゃめちゃきつい。でも、投げ出す気にはならない。それはだって。



 プロデューサーの、眼。



 ソロデビューが決まって以降、レッスンにはプロデューサーがつきっきりになった。

 アタシがどんなに無様にミスしても、決して口に出さない。ただアタシを、見てる。

 見られてる。

 それがたまらなく恥ずかしくて悔しくて……なんでかうれしくて。

 アタシも負けたくないから、ひたすらにやってる。







「おつかれ」



 大の字になってるアタシに、プロデューサーは声をかける。

 それがここ最近のルーティーン。

 アタシのレッスンが終わるまで、プロデューサーはずっと待っている。なにも言わず。

 なにも言わないからどうしてもアタシは、訊きたくなる。



「……なあプロデューサー」

「……ん?」

「アタシは……やれてるか?」



 そう訊くたびにプロデューサーは、こう応えるんだ」



「奈緒はやってる……奈緒は、アイドルだ」



 最近その言葉が、ちょっと気持ちよくなってきた。そんな気がしてる。















 もらった曲は正直、恥ずかしかった。



「これアタシじゃん!!」

「ああ、そうだな」



 しれっと返すプロデューサー。プロデューサー自身が、こういう曲でと注文したんだって。うわさに聞いた。

 なんだよそれ。恥ずかしさの極致じゃんか!?



「まあ、そうだな」



 わかっててやったのかよ!

 うあー。うあうあー。そんなのアタシにやらせて、プロデューサーはアタシをどうする気だ!?



「奈緒」

「な、なんだよ」



 真剣な顔になるプロデューサー。ちょっと威圧感ある。こわい。







「この歌は、奈緒だ」

「……お、おう」

「みんなにな、よくわかってもらうんだ。神谷奈緒ってアイドルを」

「……」

「他の誰でもない、奈緒自身を」



 そう言われたって、アタシが恥ずかしいの全然かわんないじゃん。

 なんでだよ。



「なあ奈緒。奈緒がなんでみんなから『かわいい』って言われるか、考えたことあるか?」

「……そ、そんなの。わかるわけないじゃん」

「そうだな。本人にわかるわけがない」

「……なんだよそれ」

「自覚がないからな、そりゃ」



 そんなこと言ったって、わかんないもんはわかんない。

 アタシは最初っから、自己評価低いんだ。それはわかってるだろ?



「『かわいい』って言われるのはな。顔とか、スタイルとか、そんな一部なんかじゃない。全部ひっくるめた奈緒の個性に、だ」

「……個性」

「そう、個性」







 個性って言われても。ああ、そういや。

 プロデューサー、言ってたっけ。アイドルは個性のぶつかり合いだ、って。

 アタシは顔もスタイルも、言葉だって、どこに出しても恥ずかしいと思うくらい、アイドル向きじゃないって思ってる。

 でも、個性、か。



「アタシ、アイドルやれてるのかな……」



 つい口に出た言葉を、プロデューサーは拾った。



「ああ、奈緒はアイドルやってる。奈緒はどこを切っても個性にあふれてて、かわいいんだ」

「……」

「なあ奈緒、ちょっとは信じてみないか?」







 ああ。

 悔しいなあ。プロデューサーには言い返せない。敵わない。

 そして。



「いいのか?」



 その言葉を信じてみたい自分がいることに、気づいたんだ。

 まったくもう……悔しいじゃん。

 そしてプロデューサーは、また言ったんだ。



「奈緒は、アイドルだ。信じろ」



 そう言われたらアタシ、信じるしかないじゃん。

 だって。

 ずっと見てくれたプロデューサーの、言葉だから。







 そう言われてから、アタシは。

 マストレさんに食いつくように、レッスンを始めた。

 プロデューサーが言ってくれたんだ。アタシはやれてる、って。だったら。



 とことんやるしかない!



 アタシはまだどこかで、あの言葉を信じ切れてないけど。

 でもプロデューサーが見てくれてるんだ。

 奈緒はやれるだろ? って。

 だったらやるしかないじゃん。やる一択じゃん。

 そう思えるようになったら、レッスンにもついていけるようになった。そしてマストレさんは「いい表情になったな」と、レッスンのレベルを上げまくる。



 ちっきしょーー!! どこまでだって食らいついてやる!!



 レッスン、レッスン、レッスン。

 あっという間に、時間が過ぎていく。















 ついに来た。ライブ当日。

 緊張する。めちゃくちゃ緊張する。でも。



「奈緒」



 プロデューサーが声をかけてくる。アタシはその声を、正面から受け入れた。



「プロデューサー」

「いい緊張、持ててるか?」

「……うん」



 レッスンはうそをつかない、っていうけど。あれはただの暗示だよな。

 こうして、手には汗をかいてるし、足も震える。

 でも、プロデューサーが「いい緊張」と言ってくれた。ならこれでいいんだと思う。

 アタシは、プロデューサーを信じることにした、から。



「奈緒にな、最後に言っておく」

「……なんだ?」

「前を見ろ」

「前?」















「そう、前だ。その風景は、お前だけのものだ」















 前、か。アタシにそれを見ることはできるのかな。



「できる。奈緒は、アイドルだからな」

「……そっか」

「凛や加蓮にばっかり独占させるんじゃないぞ。奈緒自身でつかんで来い」



 そうか、凛や加蓮は先に、その風景を見てるんだったな。

 なら。

 アタシも、追いつく。



「いってくる」

「おう」



 プロデューサーに背中を押される。ああ、まぶしいな。

 歓声と緊張で、めまい起こしそうだあ。

 でも言われたとおり、アタシは前を見る。そこは……







 ステージで。

 アタシは歌い、踊り、しゃべり、笑い。

 とにかく、頭も体も空っぽになるくらい、全部全部さらけ出す。

 そのひとつひとつが、客席に溶け込んで。どんどん。どんどん。光の渦になっていく。



 うわあ。

 これか……これなのか。

 ああ、悔しいなあ。悔しい。凛や加蓮に、先に知られたことがたまらなく。

 なんだよこれ、めちゃくちゃまぶしくて、めちゃめちゃあったかくて。



「あー! めちゃめちゃ楽しい!」



 アタシの叫びに、客席も応えてくれた。

 もう! もう! そこまでされたらアタシ、それ以上にやるしかないじゃん!



「みんなーー!! もうサイコーー!!」







 無我夢中でやりぬいた。正直よく覚えてないくらい。

 アタシは、アイドルになれた、かな?



 幕が下り、ステージを降りる。

 震える。手も足も、体全部。でもこれって。



「……しっ」



 握りこぶしを、アタシは作っている。



「よーーーーーっっっし!!!!!」



 そして無意識にアタシは、叫んでいたんだ。















 プロデューサーとふたり、ライブ会場を後にする。

 落ち着くまで時間がかかった。ううん、違う。

 まだ、落ち着いてない。アタシはまだ、興奮しっぱなしだ。



「なあ奈緒」



 プロデューサーが声をかけてくる。



「なに? プロデューサー」

「見えたか?」

「……うん」



 見たよ、あの風景。プロデューサーの言うとおり、前を見て。



「……サイコーだった」



 ひとりで立たないと見えない、その風景。アタシ、見た。



「いいもんだろ?」

「うん」







 言葉にすると恥ずかしいから言わないけど、プロデューサー。

 アタシ、プロデューサーを信じて、よかった。

 わかったんだ。アイドルをやってるって、実感が。



 ああ、もったいない。今まで何をしてたんだアタシ。でも。



「アタシ、アイドルやれた、よな?」

「……もちろん」



 よかった。アタシの実感は間違ってなかった。だって、プロデューサーのお墨付きだから。

 プロデューサーの言葉だから、信じられる。



「……やるよ」

「ん?」

「アタシ、もっともっとアイドル、やる。わかったんだ、今日」

「……」

「アタシは確かに、アイドルなんだ、って」







 今更かもしれない。だってスカウトされてからずっと、アイドルであることは確かなんだから。

 でも、はっきり違う。アタシは、アタシをさらけ出して、アイドルになれたんだって。

 なんか、すっきりした。



「奈緒」

「なに?」



 プロデューサーにそう言われて振り向いたら、突然。ぎゅーーーっ、て。



「お、おい!! なにすんだよ!!」

「ああもう!! 奈緒はかわいいなあ!!」



 プロデューサーは、今まで見せてもくれなかった笑顔で、アタシの頭をわしわしする。



「ちょ! やめろ! みんな見てるだろ! 恥ずかしいじゃんか!!」

「お前はかわいい!! 超かわいい!!」

「だーかーらー!!!」







 わしわしをやめないプロデューサー。恥ずかしいだろ! 髪めちゃめちゃになっちゃうじゃん!

 でも、ちょっとだけ。うれしい。なんでかって?

 ……プロデューサーの笑った顔、かわいい。

 それがわかってしまった……



 ああ! なんだよアタシ! 乙女かよ!

 でも、まあ。いっか。

 こうしてプロデューサーとまた少し、近くなった気がするから。



 アタシは、アイドル。

 これからはちょっとだけ自信をもって、言える。だってさ。

 プロデューサーが言ってくれるから。「奈緒はやってる」って。



「もう! 離せっての!」



 プロデューサー、アタシもっとやるから。やれるって、わかったから。だから。

 プロデューサーももう少し離れずに、アタシに付き合ってよ。



 ね。











(おわり)











08:30│神谷奈緒 
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