2016年09月26日

祝福についての一考察

夕方、仕事が終わって事務所に入ると中は真っ暗でした。人の気配もなく、微かに何かの音楽が聞こえてきます。



「プロデューサーさん?」



確か彼は事務所で作業をしているはず、そう考えながら奥へ入ります。





「・・・何やってるんですか」

「ああ、まゆ・・・。よく来たね。観ていくといい」



事務所の応接スペースには大きなスクリーンが運び込まれ、映画が映し出されていました。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474029021



スタッフロールが流れていきます。タイトルらしき文字はNOSTALGHIA。続いて霧の立ち込める山間の草原。黒くて大きな犬、小さい男の子、若い娘、おそらくその二人の母親。それらが抑制的なカメラワークで撮影されたモノクロのカット。



「もう終わるところですか?」

「いや、今再生し始めたところ。この監督は作品の始めにスタッフロールを流すんだよ」

「ふうん・・・そうですか」



ぐったりとソファにもたれ込んでいたプロデューサーさんは幾分か姿勢を改めて、まゆの場所を開けてくれました。座ってみるとテーブルの上にも幾つか映画のパッケージがあるのに気づきます。

「プロデューサーさん、まさかこれ全部・・・」

「全部見た。これが最後の一本」

「・・・お仕事はどうしたんですか」

「これも仕事みたいなものだよ。演出面での参考になる」

「そうなんですか?」

「・・・まぁ、多少は。何かに活きることもあるだろう、そういう可能性がないわけではない」

「つまり、仕事じゃないってことですね」



映画はどうやら病を抱えたロシアの詩人についての話のようでした。世に倦んだ陰気な詩人が、イタリアの取材をしながら故郷の風景を思い出す、という構成になっています。詩人はイタリアで狂信者に出会い、彼の話に興味を抱きます。



『ろうそくに火を灯し、泉を渡るのだ。それで世界は救済される』



映画はセリフが少なく、ドラマの展開も希薄で退屈に思えました。シーンも一つ一つが間延びしているようで、プロデューサーさんが隣に居なければ眠ってしまいそうでした。



「始めは何人かで見ていたんだけどね」



映画が終わる頃、プロデューサーさんはスクリーンから目を離さずに言いました。退屈しているまゆに気を遣って喋っているようでした。



「こういう映画ばかり見ているから皆退屈して眠ったり帰ったりしてしまった。どのみち誰と見たところで内容が変わるわけでもないのだけど」

画面の中では、世界を救おうとした狂信者が演説を終え、自分の身体に灯油をかけるシーンでした。無関心な観衆が遠巻きに見つめる中、彼は自分に火をつけ、苦しみに悶え、絶叫して息絶える。燃え続ける遺体を観衆の沈黙が包みます。

次のシーン、水の枯れた泉。詩人も計画を実行しているところでした。ろうそくの火はかすかな風でも消されてしまいます。何度も失敗して、最後に反対側の岸まで辿り着いた時、詩人は発作を起こして息絶える。

「どうだった?」



明かりをつけ、スクリーンを仕舞いながらプロデューサーさんが聞きました。まゆは紅茶を淹れる準備をしています。



「そうですねぇ・・・。主人公がプロデューサーさんに似ていましたね」

「一体どこが?全然似てないが」



彼は姿見のほうを見ながら言います。



「雰囲気ですよ。立ち居振る舞い。ぽつぽつとつぶやくみたいな喋り方も」

「ふうん」

「あとは・・・よくわかりませんでした。プロデューサーさんはどう見ました?何がテーマだと?」

「よくわからない」

「わからない?」

茶葉がお湯の中で開いて、かぐわしい香りが広がりました。まゆが二人分のカップを持ってソファに座るのを見ると、プロデューサーさんは話し始めました。



「テーマについては、よくわからない。タイトル通り郷愁(ノスタルジー)についての話だと見る人も居るだろうし、人間の抱える孤独と苦痛についてとも、詩作すること・何かを創ろうとすることについての話とも取れる。あるいは信仰についての話なのかもしれない。それについてはよくわからない。しかし・・・」



プロデューサーさんはソファに座って紅茶を一口飲むと、喫茶店でいつもそうするように煙草の箱を取り出しました。それからすぐ隣にまゆがいるのを思いだして、ポケットの中へ仕舞いました。



「吸ってもいいですよ」

「煙が身体に障る」

「まゆは構いません」

「・・・ここは禁煙だよ」



思い返してみると映画では煙草を吸うシーンが多かったように思えました。彼はもう一口紅茶を飲むと、再びゆっくりと話し始めました。

「しかし、この退屈な映画が人の心を捉えて離さない理由ならわかる。祝福だよ。この作品には祝福が実現されている」

「祝福?一体どこに? あの人達は最後まで救われなかったのに」

「そう、登場人物が救われることはない。物語では最後まで奇跡なんて起こらない。特別な喜びや、感動が待っているわけでもない。それでもこの映画は美しいだろう? 祝福とは、『何か尊いものに触れている』ということだ。『ただその瞬間がそうあるだけで素晴らしい』ということだ。彼は徹底した計算のもとに画を作り上げ、スクリーンの上に祝福を実現したんだ」



映画のシーンをいくつか思い返してみました。

「退屈なシーンはいくつもあっただろうけど、陳腐な画なんて一度でもあっただろうか?」



そこに救いがなかったとしても、映像の美しさによってシーンの一つ一つが聖化され、彼らの抱く苦しみや痛みが、尊く愛しいもののように感じられました。

確かに、それは祝福と呼ぶべきものなのかもしれません。



「いいえ。一つも。とても美しい映画でした」

「だろう?」



プロデューサーさんは満足そうに言うと、紅茶を一口飲みました。

外はもう暗くなっていました。街の喧騒が微かに聞こえます。窓の向こうの街の明かりがぼやけて綺麗でした。

ふと、まゆの愛も祝福のようなものなのかもしれない、と思いました。



「プロデューサーさん」

「んー?」



プロデューサーさんはパッケージを弄びながら曖昧に返事をしました。きっと今見たシーンを一つ一つ思い出しているのでしょう。

プロデューサーさんの隣りにいると流れる時間を愛しく思います。たとえそこに特別な喜びや、感動がなかったとしても。

「どうして彼は祝福を実現できたのでしょう? 彼の中の一体何が、それを可能にしたんでしょうか」

「どうだろう・・・。天才の考えることはわからないよ」



ただプロデューサーさんがここにいるだけで、この瞬間を美しく感じられます。この慕情が報われることなど最後までなかったとしても。

「でもきっと、彼は祈っていたと思う。『どうか祝福よ在れかし』と。彼は苦悩しながら作品を作ったことだろう」

「・・・そうかもしれませんね」

「その苦悩が癒やされたかどうかはわからない。それでも祈りは叶った。祝福は実現した」



まゆも精一杯祈ります。どうかこの愛に祝福がありますように。







おわり



08:30│佐久間まゆ 
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