2014年05月22日

橘ありす「待ってくれなかったあなたへ」

モバマスのSSです。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1399458633



―沖縄では例年より1週間ほど早く桜の開花が確認され、早くもカメラを手に持った人たちが―





母「今日はそのままお仕事に行くのよね?」



ありす「はい。Pさんが迎えに来てくれます。」



母「最近お会いしてないから、よろしく言っておいてね。」



ありす「はい。」

―先日、所属事務所のプロデューサーとの婚約が報じられた三船美優さんですが、今日新作映画の発表記者会見が有り―



ありす「…」



母「そうそう、ありすちゃん。Pさんの結婚式の服、買いに行かないといけないわね。」



ありす「いらない…卒業式の服と同じでいいです」



母「そういうわけには行かないわよ。Pさんには特にお世話になってるんだから。」



ありす「…だったら、中学の制服で。」



母「だめよ、せっかくなんだから。」



母「そうだわ、ありすちゃんが前に結婚式のお仕事で着た紫のドレス!あんなのいいと思うんだけどな。」



ありす「…っ」

母「ねえ、あれどうかしら?思い出のお仕事だし、きっとPさんも…」



ありす「ごちそうさま。行ってきます。」



母「え?もういいの?」



ありす「うん。…それに、あれは衣装だから。」



母「え?そうね。」



これ以上冷静でいられる自信がないので足早に玄関に向かいます。



ありす「うわ…寒い…」



まだ、朝の風は冷たい。マフラーを口元まであげて、逃げ出すように学校に向かいました。

そう―あの人は待ってくれませんでした。



いつかのウエディングのお仕事。



偶然、二人だけになった時に不意に口をついて出た言葉。



『待てますか、いいから待てるか答えてください』



私の突然の真剣な態度に戸惑いながらもうなずいてくれたPさん。



帰ってからもまだドキドキして眠れなかった夜。



明日から普通に仕事ができるだろうか。他の人達にバレないだろうか。



それなのに―









…仕方ありません。あんな抽象的な言葉で想いを伝えられるはずがなかったんです。



秘めた想いを伝えるにはあまりに唐突で、臆病な告白。







ただ、それでも。



あの人との未来を夢見ていたのは事実でした。

晴「おっす。橘。」



桃華「ごきげんようありすさん。」



TV局の楽屋に入ると櫻井さんと結城さんが先にお菓子をつまんでいました。



ありす「…挨拶はおはようございます、じゃないんですか。」



晴「おいおいなんだよ、ありすちゃんはまーだむくれてんのか。」



ありす「別に、むくれてなんかいません。」



晴「いつまでもムカついてたってしょうがないだろ。気持ち切り替えていこうぜ。」



ありす「だから、別に怒ってなんかいません。…ただ、私も色々と思うところがあるだけです…失礼します。」



飲み物を手に取ります。本当はジュースがいいですが、二人の手前コーヒーにしておきましょう。



お砂糖は3本くらいにしておきましょう。ミルクは入れません。子どもっぽいですから。

桃華「あら、そうですの?」



ありす「ええ、それに私は誰かさんみたいに単純ではありませんので。」



晴「ほー…単純…ねえ。」



桃華「…切り替えられない…ねえ…」



ありす「ええ。お二人には少し難しいでしょうか。」



このコーヒー…少し濃いんじゃないでしょうか。口直しにチョコレートをいただきましょう。



晴「…」



桃華「…」













晴『私のことは橘って呼んでください!』(裏声)



桃華『あの…ありすって呼んでもいいですから!』(裏声)

ありす「っ!」ガタッ



桃華「あらあら、ごめんなさい。冗談ですわよ。」



晴「悪い悪い。まあ、ぶすっとしてるよりはいいだろ?」



ありす「…だから…別に…」ブツブツ



P「おい、準備出来たか?そろそろ行くぞ。」



桃華・晴「「はーい」」



桃華「…ほら」



ありす「…はい。」



Pさんは私のことを知ってか知らずかいつもと変わらず接してくれてます。



…まあ、どうせ後者のほうなんでしょうが。

―「起立、礼、さようなら。」



「「さようなら」」





「あの…ありすちゃん。ちょっといいかな?」



カバンを持ち、待ち合わせの場所に行こうとした時、不意に呼び止められました。



ありす「なんでしょうか。」



「あのね…えっと…ちょっと話があるんだけど。」



「その、ね…ここだとちょっと困るから…中庭まで来て欲しいの。」



困りましたね…この後Pさんとレッスン場に向かう手はずになっているのですが。



「…すぐ終わるから…多分…」



まあ、いつも彼女にはお仕事で休んでいる時のノートを見せてもらったりしています。



少しくらいの無理は聞くべきでしょう。



ありす「いいですよ。時間はあまりとれませんが。」



「あ、うん…じゃあ、行こっか。」

この学校の中庭はそれほど明るいわけでもなく、放課後にもなるとほとんど人はいません。



私が彼女と中庭についた時にはすでに4人の女子が待っていました。



容姿が華やかで、発言権もある。いわゆるリーダー格と呼ばれる子たちのグループです。



…なんとなく話の内容が想像出来ました。



私を連れてきた彼女は申し訳無さそうに首をすくめています。



…長いものには巻かれろ、という言葉がありますが…こういう時ばかりは結城さんが羨ましくなります。



「遅かったじゃん。ウチらずっと待ってたんだけど。」



「あ、ごめんね…うちのクラス帰りの会が長引いて…」



ありす「何の用でしょうか。」



「…あのさ。橘さんさ、〇〇くんのことフッたんだって?」



ありす「…?」



一瞬何のことだかわかりませんでした。その名前自体もはや記憶の片隅に追いやられていたものですから。

ありす「何のことだか…」



「とぼけないでよ!クリスマスの時に告られたんでしょ!」



ああ、思い出しました。クリスマスの少し前にそんなことがあったような気がします。



「なんで?」



「〇〇くんさ、サッカーのエースなの知ってるでしょ?」



知りません。



「それに塾でも一番いいクラスなんだよ?〇〇中狙ってんだから。」



そうなんですか。



「そうだよ!〇〇君狙ってる子いっぱいいるんだよ!」



取り巻きの子たちが口々に囃し立てます。

そもそも〇〇君は〇〇ちゃんとラブラブだったのに!」



「横取りするなんてずるいと思わない?」



「学年公認なんだからね!」



…頭が痛くなってきます。今までにも何度かこういうことは有りました。



だから、なるべく彼のプライドを傷つけないような断り方をしたつもりですが。







ありす「…ちょっといいですか?あの、彼が、あなた達に文句を言ってくれ、と頼んだんでしょうか?」



「はあ?そんなこと言うわけ無いじゃん!」







ありす「だとしたら、こんなことをすれば、彼のプライドが余計傷つくだけかと。」



「!」

リーダーの子の顔がみるみる真っ赤になっていきます。



…言葉の選び方を間違えたのでしょうか。



「何よ!アイドルだからって調子のってんじゃないわよ!」







…また、このパターンですか。いい加減に慣れました。



少なくとも私がアイドルであることと、この場のこととは何も関係ないはずです。



「この際だから言ってあげるけどね。はっきり言ってアンタ才能ないよ。アイドルやめた方がいい。」



もう聞き飽きたセリフが飛び出しました。〇〇君の話はもういいんでしょうか。



おそらく次は歌かダンスをバカにするのでしょう。



「歌もダンスもひどすぎ!見れたものじゃないよ!」



両方ですか。まあ、自分の歌やダンスのことは自分が一番良くわかってます。



「大体何?カメラの前でだけブリッ子して学校ではカッコつけてさ!芸能人アピールしてんじゃないわよ!」

「それにこの前の〇〇の時だって…昨日の歌番組もさあ…」



ネットを見ているとよくわかりますが、アンチ、と呼ばれる人たちこそ一番のファンみたいです。



私もそこまでテレビに出てる方ではないんですけどね。よく見てくれてます。



ありす「そうですか。そんなに嫌いな私のことをいつも見てくれてありがとうございます。」



「んなっ…!」



ありす「これからも応援よろしくおねがいしますね。…それでは…」



これで後は一度も振り返らないでその場を立ち去れば終わりです。



大体次の日からはもう話しかけてこなくなります。



「アンタってホントむかつく!なにそれ!」







そろそろ約束の時間ですね。急がないと。

「ま、待ってみんな!ありすちゃんにも事情があるんだよ!」



私を連れてきた子が口を開きます。



彼女なりにここに連れてきた責任を感じてのことでしょうが…正直、邪魔をしないで欲しいです。



「ほ、ほら!ありすちゃんアイドルだからさ。恋愛禁止なんだよ!ね、ね?そうでしょ?」



ありす「…そうかもしれませんね。」



「ほらやっぱり!ね?だからみんな。ありすちゃんを許してあげようよ?」



許してあげる…って。そもそも私は何か悪いことをしたのでしょうか。



ありす「もう、いいですか?失礼しますね。」















「待って。私、知ってるよ。ありすちゃんの好きな人。」

思わず足を止めてしまいます。



取り巻きの一人。いつも他人の噂ばかりしている子が意地悪な笑みを浮かべています。





「えっ!?ウソウソ!?いるの?」



「誰々?」





くだらない。こんなあからさまなデマでよくもそこまで盛り上がれるものです。





「…あの人だよね。たまにありすちゃんを迎えに来る男の人。ね?ありすちゃん?」



ありす「っ!」



意外な言葉に少し動揺してしまいました。





「ふふ、やっぱそーなんだ。前にありすちゃんとあの人が話してるの見た時になんとなくわかっちゃったんだー」



「あの男の人にはみんなより前からありすちゃんって呼ばせてたもんね?」





…うかつでしたね。早く会いたいから学校の近くまで来てもらっていたのが仇となりました。

「えー?どんな人?」



「私見たことなーい!何歳くらい?かっこいい?」



「えーとね。〇〇先生くらいかな。顔は…まあ普通じゃない?」



「えー!なにそれ!おじさんじゃーん!」



「ありすちゃんファザコンだったの?」



「違うよ!ファザコンはパパでしょ!アタシ知ってるよ。そういうのエンコーっていうんだよ!」



「エンコーって知らないおじさんとエッチなことするんでしょ!?」



「えー!」 「やだー!」 「キモーイ!」



勝手なことを…





「大丈夫?ありすちゃん?その人、ロリコンなんじゃないの?」



ありす「…プロデューサーはそんな人ではありません。」



しまった。あの人の信用を傷つけられたことについ反応してしまいました。

「プロデューサー?…あれ?ありすちゃんの事務所のプロデューサーって…」



「確か…三船美優と結婚するんだよね?」



「うんうん。今朝もテレビでやってたよね。」



「あれ…?ひょっとしてありすちゃん。」





リーダー格の子の顔が意地悪く歪みます。





…まずい。急いで帰らないと…そう思うのに足が動きません。





「失恋しちゃったんだぁ?」



「えー!」 「ウソー!」 「アイドルでもフラレるんだ!」





素敵なおもちゃを見つけた時のようにわっと歓声が上がります。

「人気アイドルの橘ありすさん、失恋してしまった今のお気持ちをどうぞ!」



「やはり原因は年の差でしょうか!?」



「何か一言!」



「今後アイドル活動はどうされるつもりですか?」





レポーターの真似事をした彼女たちが私を取り囲み囃し立てる。



……こんなの。なんてこと、ない。

爪が食い込むくらいに握りしめた拳が熱い。



涙が出そうになるのをぐっとこらえる。



絶対涙なんて見せてやるものか。



うつむいて黙っていればそのうち飽きるはず。大丈夫…大、丈夫…







「み、みんなやめようよ…ありすちゃんふられちゃったんだよ!かわいそうだよ!」











覚えているのはそこまでで。



落ち着いた時には保健室で手当を受けながら、担任の先生の前に並んでいました。



コートもカバンも泥だらけでひどい有様です。



…もっとも、他の子達はもっとひどい有様でしたが。

―P「まったく…心配したんだぞ。」



ありす「…ごめんなさい。」



P「うん。…しかし、お前もケンカなんかするんだな。…ふふっ、あっはっは!」



ありす「…何がおかしいんですか。」



P「ああ、ごめんな。でも、お母さんも驚いてたじゃないか。こんなの初めてだって。」



ありす「…いいじゃないですか。私だって……子ども、なんですから。」



P「おっ、どうした?いつもは逆に周りの奴らを子どもだって言うのに。」



ありす「…別に、事実ですから。」



結局、この日のレッスンは取りやめになりました。









そう、私は子どもで、Pさんは大人で。それはどうしようもない事実だから。

結婚式を控えたある日のこと、事務所でPさんと美優さんの結婚をお祝いするパーティーが開かれました。



薫「せんせぇ!みゆさん!おめでとうございます!」



薫「薫はせんせぇのことも、みゆさんのことも大好きだから、大好きな二人がなかよくなってとってもうれしいです!」



それぞれに料理やお菓子を作ったり、出し物をしたり。



どうしてこんな風にお祝いできるんでしょうか。



Pさんのことが好きな人は他にもたくさんいたと思うのに。





桃華「…新婚さんもいいですが、今までどおり私達のことも大事にしてくださいましね?」







桃華「…次、あなたですわよ。」



ありす「えっ…」



小学生組は亜里沙さんの伴奏で歌を歌って、一人ずつお祝いの言葉を送ることになっていました。

ありす「あ、その…」



ありす「…」



言葉が出てきませんでした。



気の利いた嫌味の一つも言えればよかったのに。



それがダメなら「おめでとうございます」の一言で簡単に終わらせてしまえばよかったのに。



ありす「…」



どうしても言葉が出てきません。

ありす「…っ」



代わりに出てきたものは涙でした。



小さい子達がオロオロしはじめます。





未央「は、はい!亜里沙先生と子どもたちによるお祝いのコンサートでした!みなさん拍手ー!」



慌てて取り繕うように拍手が起こります。



千枝「ありすさん…大丈夫ですか?」



晴「おいおい、気持ちはわかるけどよ…」



友紀「いやー、わかる!わかるよありすちゃん!私もキャッツが逆転Vを決めた時は感激して泣いちゃったからね!」



ヘレン「語らない事もまた最高の祝辞…あなたもまた、世界に届く器ということかしら。」



卯月「未央ちゃん、次、次!」コソコソ



未央「あ、うん!えー、続いては担当アイドルに手を出したプロデューサーにお仕置きを!早苗さんによる公開取り調べのお時間でーす!」



早苗「よっしゃきたああああぁ!さあ、こっちに来なさいP君!合法的にシメてあげるわ!」



場が暗くならないように、色んな人がフォローしてくれました。

―ありす「…面白く無いですね。これ。」



今しがたタブレットにダウンロードしたゲームを削除します。



こんな、明かりもない所でタブレットをいじくってるなんて、母にバレたらきっと怒られるでしょう。



ありす「レビュー…星ひとつ…やっぱりふたつにしておきましょうか。」



お気に入りのゲームもスタミナ切れで続けられません。



ありす「…課金というのをしてみましょうか。」



…やめましょう。このタブレットを買ってもらった時の約束に反してます。

ああ、もう…何もかも面白くありません。…そうだ、掲示板に美優さんのことを書き込んでやりましょうか。



いつも服装のセンスが良いけどブランド品はあまり持っていないことがいいでしょうか。



それともテレビに出るときもほとんどノーメイクに近いことがいいでしょうか。



ああ、そうだ。クールを気取ってるけど実は子ども好きで面倒見がいいことなんかどうでしょう。



そうと決まれば検索バーをひらいて…

…何をやけになっているんでしょう。私は。



ドアの向こうからは楽しげな笑い声が聞こえてきます。



…さすがにずっと階段に座ってるとお尻が冷たくなってきます。

「ありすちゃん。」



不意に声をかけられました。



ありす「凛さん…」



凛「そろそろ戻ろうよ。さっきのことならもうみんな気にしてないよ。」



ありす「…いえ、今はこうしていたい気分なので。」



凛「…いつまでも意地はっててもしょうがないよ。」



ありす「別に、意地をはってなんかいません。」



凛「…ありすちゃんの気持ち。全部とは言わないけど。わかるよ。」













…嘘を言わないでください。



私の気持ちがわかるなら、どうしてあんな風に笑顔で祝福できるんですか。





私、凛さんのこと、少し憧れていたんですけどね。



ちょっとガッカリしました。

凛「でも、さ。本当にプロデューサーの事を考えたなら」







まゆ「…凛ちゃん」



凛「まゆ。」



まゆ「今は…そっとしておいてあげましょう?」



そういえば、この二人も急に仲良くなりましたね。



前はこれ見よがしにPさんを取り合っていたのに…



結局その程度のもの、だったんでしょうか。



二人とも男性からすごく人気がありますもんね。





私は違います。絶対に、諦めたりしない。





一緒になることは無理かもしれないけど。私の好きな人はずっと、あの人だけです。





そう、一生。





そうでないと、この気持ちが嘘になってしまうから。

まゆ「私達だって…ね?」



凛「…うん。」



凛「ごめん…ありすちゃん。…あんまり長くいると風邪ひくから。早めに戻っておいで。」



まゆ「はい、これ。」



私の肩にブランケットをかけて、二人は戻って行きました。



ありす「…なんなんですか。」







やっぱり、私は、駄々をこねてる子どもなんでしょうか―

ありす「誰もいないといいけれど…」



この前のパーティーから初めて来る事務所。正直、気後れしてしまいます。



おそるおそるドアを開けました。





美優「おはよう。ありすちゃん。」







…最悪です。



なるべく顔を合わさないようにしていたのに。



ありす「おはようございます…」



ちひろさん…はいないようですね。



ありす「…あの、私、ちょっと忘れ物を取りに来ただけなので。」







美優「待って!」



美優「…実はね。今日はありすちゃんを待っていたの。」

ありす「え?」



美優「この前のパーティーでのことが気になって…」



ありす「…すみませんでした。みっともないところをお見せして。」



美優「ううん。全然気にしてないわ。」



美優「その…ね。私、ありすちゃんに謝らないといけないと思って…」



ありす「…?」



美優「あの人と…Pさんと結婚すること…ごめんなさい。」



ありす「…」



美優「私、ちゃんとPさんと幸せになるから…だから…」

ありす「…」



美優「ありすちゃんの気持ちは知らなかった訳じゃないの。でも…」



ありす「…で、…んですか」



美優「え?」



ありす「なんで謝るんですか…」



美優「え、それは…。」



ありす「謝るくらいなら、最初から結婚なんてしなければいいじゃないですか。」



ありす「悪いと思ってるんですか?それなら今すぐ婚約解消してください。まだ間に合います。」



美優「あ、ありすちゃん…ごめんね?そういうつもりじゃなくて…」

ありす「早く記者会見を開きましょう。それともなんですか?やっぱり結婚はしたいと?」



美優「…えっと、その…」



ありす「いいですよね。そうやって私は悪くないって顔して。」



ありす「本当は私や凛さん達のことを見下してるんじゃないですか?」







言葉が勝手に出てきます。



思ってないことまで出てきます。



…いまならあの子達の気持がわかるような気がします。







ありす「さぞやいい気分でしょうね。優しい顔をしてみんなをまんまと出し抜いたんですから。」



美優「…ごめんなさい…」





ありす「別に、責めてないですよ。感想を述べてるだけです。」

自分がこんなに嫌な人間だとは知りませんでした。



どうして美優さんは怒らないんでしょうか。私だったらこんな生意気な子どもは許せないでしょう。





ありす「さすがは女優さんですね。そうやってPさんも騙したんですか?」



どれだけ言えばこの人は激昂するのか。意地悪な好奇心がどんどん大きくなります。





美優「ありすちゃん…あなたを傷つけたのは謝るわ…だから…」



ありす「はあ、Pさんも結構単純ですよね。普段私達に演技がどうこう言っておきながら簡単に騙されちゃうんですから。」







その時、美優さんの手が動きました。

ありす「っ!」





叩かれる!そう思って反射的に体が縮こまります。



美優さんのその手は私に向かって伸び―









美優「…そんなこと言ったらいけないわ。」



―優しく頬に当てられました。

なんて、優しい人だろう。



こんなにひどい事を言った私を。



優しい目で見つめて。







本当に







こういうところが











大嫌いです。

ありす「…」



ありす「…なんなんですか…」



ありす「なんで叩かなかったんですか!」



ありす「子どもだと思って!バカにしないで!」



美優「あ、ありすちゃん…」



ありす「そうやって子ども扱いして!私をバカにしてるんですよね!」



ありす「子どもだから!私が!子ども、だから!適当にごまかせるとおもってるんでしょう!?」





ありす「私の気持ちだって…子どもの、勘違いだって、思って、よくあることだって!そう思ってるんじゃないですか!」



美優「違、違うわ!そんなこと思ってない!」

ありす「そうですよ!子どもの恋愛ごっこですよね!いいです!その通りです!」



美優「ありすちゃん!」



ありす「そうです!私、よく考えたらPさんのことなんて全然―」





瞬間、乾いた音。



頬に痛みが走った。













ありす「……え?」



美優「……だめよ。それ以上言ったら…いけないわ。」











叩かれたんだ。



それを理解するまで少し時間がかかりました。

美優「……ありすちゃん。私、あの人を、Pさんを愛しているわ。」





熱が、頬からじんわりと広がっていきます。





美優「誰にも渡したくない。もちろん…あなたにもよ。」





美優さんがこちらを見据える。



どんなお芝居の時にも見たことがないような真剣な目でした。









ありす「……〜〜〜〜!」





私は、その目を正面から見返すことができなくて。



事務所を飛び出しました。

走って走って。気がついたら事務所から少し離れた河原まで来ていました。



いつも茜さんがランニングしたり藍子さんがお散歩したりする広くて土手が続いてる河原。



ありす「ハア、ハア…」



川岸に降りる石段に腰を下ろします。



何も言い返せなかった。怖かった。あんな美優さん、初めて見ました。

ありす「…っ」



ありす「うっ…うぅ……」





完敗でした。



悔しいのと、惨めなのと、あんなことを言ってしまった自分に嫌気が差します。



悔しい、悔しい、悔しい。



許せない。許せない。もう、何もかもが憎らしくてたまらない。





みんな嫌い。大嫌い。





お母さんも、学校も、事務所のみんなも、美優さんも、Pさんも、この世界も、私も





みんなみんな、大嫌い――!

――誰かが近づいてくる。



その足音を聞いて、この期におよんで、期待してしまった私がいました。











桃華「…Pちゃまじゃなくてごめんなさいね。」



ありす「あ…」



桃華「隣、よろしいかしら?」



ありす「…」



桃華「あなた、仮にもアイドルでしょう?そんな顔おやめなさいな。はい。」



白いレースのハンカチが差し出される。



桃華「…ああ、もう。」



そっと、涙がぬぐわれる。

桃華「いい天気ですわね。まるで春になったみたい。」



ありす「…見ていたんですか。」



桃華「ごめんなさいね。事務所の前まで来たらたまたま中から声が聞こえたものですから。」



桃華「向こうでしばらく見ていたんですけど、いたたまれなくなってしまいまして…ご迷惑なら帰りますわ。」



ありす「…」



桃華「まあ、私がいなくなっても、もう一人うるさいのが来るとは思いますけどね…ほら。」







晴「よ…」



ありす「…」



晴「…美優さん、すげー泣いてたぞ。Pが来たから後を頼んどいたけど…後でちゃんと謝っとけよ。」



ありす「…言われなくても。」

晴「あ、あのさ!…オレはさ、正直そういうの、よく、わかんないからさ。なんとも言えないけどさ。」



晴「こういう時は体を動かせばスッとするぞ?あそこの子らとサッカーでもしようぜ?」



ありす「…どうぞ、ご自由に。」



桃華「…ハア。ねえ、ありすさん。」



桃華「私ね、正直言って…あなたがうらやましいですわ。」



ありす「…そういう趣味の人がいるとは知っていましたが。まさかこんな身近にいるなんて思いませんでした。」



桃華「…怒りますわよ。」

ありす「…どこがうらやましいんですか。」



桃華「…そうですわね…」



桃華「あなたは…きちんと始まって…はっきりと終わらせることができましたわ。」



ありす「…」



桃華「私なんて…いつ始まったかわからないうちに終わってしまった。」



桃華「残酷ですわよね。気づいたらもう始めることすら許されないだなんて。」



ありす「…なんの話かわからないんですけど。」



桃華「素直におなりなさいな。あなただってわかってるんでしょう?」

ありす「…」



桃華「美優さんはあなたを対等に見てくれたから、はっきりと向き合ってくれた。」



桃華「子ども扱いせずにちゃんと一人の女性として答えてくれたのですわ。」



桃華「私はそれが…うらやましいのですわ。」



ありす「…わかってます。それくらい。」







美優さんは優しいから。私のために。私の気持ちを嘘にしないために真剣になってくれた。





私なんかじゃ絶対にかなわない。それを、思い知らされた。





それでも、この気持ちは。そんなに簡単には終わらせられない。

ありす「あなたは…どうするんですか。」



ありす「これから…そうやって、ずっと気持ちを隠したまま…あの人と一緒にいるんですか。」



桃華「…そんなの。決まってますわ。」



桃華「復讐するんですの。これから。あの方に。」



晴「え?おい!やめろよ!」



桃華「…何か勘違いしてらっしゃるようですけど。私はこれからもPちゃまとアイドルを続けますわ。」



ありす「?」





桃華「私ね。これでも結構頭にきてますの。ずっと蚊帳の外だったことに。」



桃華「だから、これからあの方のそばで、誰よりも素敵なアイドルになりますの。」



桃華「それこそ、Pちゃまが無視できないくらいに…」



桃華「そして、後悔するんですのよ。私を差し置いて他の方と結ばれてしまったことを。ね。」

ありす「…それが、復讐?」



桃華「ええ、素敵だと思いません?」





…もし、私がこれからもアイドルを続けて、大きくなって、中学生、高校生になって。



その頃、Pさんには子どもが生まれて、もうおじさんになって。



うちのお父さんみたいにお腹が出てきて、お仕事でクタクタになって、だらしなくなっていって。



そんなPさんに告げる







『私、昔、あなたのこと大好きだったんですよ。』

……悪くないかもしれません。



実際にはきっとあの人は素敵なままだろう。美優さんとだって、幸せなままだろう。



けれど、自分を選ばなかったことを後悔させてやる、というのは気に入りました。





ありす「…面白そうですね。」



桃華「そうでしょう?…お互い頑張りましょうね。これからも。」



ありす「ええ。よろしくお願いします。」







晴「ふーん…オレはどうすっかなあ…実はさ、オレもPの結婚でなんか気が抜けちゃったし…」



桃華「何言ってるんですの。話を聞いてしまった以上、あなたも共犯ですのよ。」



晴「は?」



桃華「あなたも私達と一緒にトップアイドルを目指すんですのよ。」

晴「いやいや、待て待て待て!そもそもオレは…」



ありす「もう遅いですよ。それに、フレッシュアイドルはるちんの活躍は始まったばかりです。」



晴「な!?おい!それは…」



桃華「そうですわよ!フレッシュはるちん!」



晴「やめろって!」



ありす「やりましょう、フレッシュはるちん!」



桃華「フレッシュはるちん!目指せ!トップアイドルですわ!」



晴「…!だーーーーー!もう!わかったよ!一緒にやる!やるからやめてくれ!」





桃華「ふふ、これからの目標も決まった所で…ようやくいらしたみたいですわね。」



桃華さんが土手の向こうに目をやる。



Pさんが慌てた様子でこちらに走ってくるのが見えた。



P「おーーい!ありす!」



ありす「…Pさん。」



桃華「さ、どうぞ。私達は邪魔しませんわ。」

P「はあ…はあ…」



ありす「あ、あの…大丈夫ですか?」



P「ああ、うん。少し、運動不足かなあ。…それより!」



ありす「きゃ!」



P「大丈夫なのか?美優…さんがお前にひどい事をしたって泣いていたから…」



ありす「え…」



P「とにかくお前のことを追いかけてくれって言うから…急いで探したんだ。」



P「…泣いていたのか?…ケンカでもしたのか?」



ありす「…」





なんて人でしょう。こういう時、普通は婚約者の方をかばうんじゃないでしょうか。



こんな生意気な子を本気で心配して。…きっと美優さんが私のことを心配してくれているからでしょう。



通じあっている、というんでしょうか。少し、悔しいです。

ありす「…平気です。悪いのは私ですから。これから事務所に帰って、きちんと謝ります。」



P「…そうなのか?…もし、何か言いにくいことがあるなら、俺から美優に、美優さんに言っておこうか?」」



ありす「…」



ありす「大丈夫じゃないです。」



P「え?」



ありす「叩かれました。」



P「え?本当か?」



ありす「はい、本当です。見てください。これ。」





ありす「もっとよく見てください。ここです。」





Pさんが私の顔を覗き込む。心配そうな表情。優しい瞳。少しだけ伸びた無精髭。私の肩に置かれた大きな手。









   一瞬の隙をついて 唇を 重ねた。

P「!?」



ありす「…ごめんなさい。『ぶつかってしまいました』ね。」



P「え、いや…」



ありす「美優さんにぶたれた、っていうの、嘘です。私が失礼なことを言ってしまっただけです。」



ありす「先に事務所に戻っていますね。失礼します。」



振り向いて駆け出します。



P「お、おい!」



桃華「Pちゃま!」



P「!?」



桃華「…ありすさんは、私達で送っていきますわ。」



P「い、いや、しかし…」



桃華「Pちゃまは な る べ く! ゆっくりとおいでくださいまし。」



桃華「さ、行きますわよ晴さん。…ああ、もう!呆けてないで!」



P「え、いや、おい…」

ここまでくればもう歩いても大丈夫でしょう。



こんな時ばかりは桃華さんのおせっかいに感謝ですね。



それにしても。我ながら随分と思い切ったことをしたと思います。







でも…このくらいは、いいでしょう。



大概のミステリーでは復讐者には悲惨な最後が待っているものです。





だから、このくらいは―



待っていてくれなかったあの人への仕返し。そしてお別れの挨拶。





桃華「ハア…ハア…。…あなた。結構大胆ですのね…見直しましたわ。」



晴「…ハッ!」



晴「お、おい!い、今のってまさか、アレじゃないよな!その、キ、キ…」



桃華「キス、でしたわね。」



晴「…え!いや、待て待て待て!小学生が、そんな、しちゃダメだろ!」



桃華「もうあとひと月もすれば中学生ですけどね。」



晴「なあ!橘!口じゃないよな!な!?ほっぺただよな!な!?」



桃華「…あなた、ちょっと黙っててくださらない?」







私を挟んで二人が騒いでいます。



…いい友だちを持ちました。少しだけ、事務所にむかって歩いて行く勇気が出ます。



ああ、それにしても。





私がこんな悲壮な決意をしたというのに。





空はどこまでも晴れていて





雲がゆっくりと流れていて





歌いたくなるような素晴らしい昼下がり







それなのに







涙は









ふいてもふいても頬を伝って――



おわり



17:30│橘ありす 
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