2016年10月16日

喜多日菜子「今日は何の日かご存知ですかぁ?」 モバP「コンビーフの日だろ」

・シンデレラガールズのSSです

・初投稿です

・地の文があります

・妄想注意!





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 事務所のドアがノックされたのは、暖かい春の日差しが降り注ぐ、二時前のことだった。



「おはようございます〜」



 間延びした声と共に入ってきたのは、ウチに所属しているアイドルの喜多日菜子。



 いつもはオシャレな普段着で来ることが多いのだが、今日は高校のブレザーを着ていた。



 胸に校章の刺繍された紺のブレザーを、着なれたように振る舞う日菜子は、いつもより大人びて見える。



 アシスタントのちひろさんは俺との時間差で昼食に出てるし、同僚もみんな出払っているので、事務所には俺一人だけ。



 俺はデスクのノートパソコンから目を離し、日菜子を迎え入れる。

モバP「おはよう、日菜子。今日はいつもに輪をかけて来るのが早いな。ダンスレッスンは四時からだろ?」



日菜子「むふっ、今日は始業式だったのですが、予定より早く終わったんですよぉ」



モバP「そっか。じゃあ今日も時間まで妄想していくのか?」



日菜子「それもいいですけどぉ……Pさん、今日の日菜子、何か違って見えませんかぁ?」



モバP「んー? いつも通り、日菜子はかわいいぞ?」



日菜子「ぴ、Pさん。嬉しいですけどぉ、そうじゃなくってぇ……」



モバP「そうだな、違うところ違うところ……胸元のリボンの色、かな?」



日菜子「ピンポーン♪ むふふふふ♪ さすがPさん、目ざといですねぇ。日菜子の学校は学年が上がるごとに、赤、青、黄って色が変わるんですぅ」

モバP「日菜子も二年生になったから、青色のリボンってわけか」



日菜子「そうなんです、今日から日菜子も日菜子先輩になっちゃうんですよぉ。ちゃんと上級生出来るのか、少し不安ですけどね……」



モバP「大丈夫さ、日菜子なら。妄想ばかりしているが、案外しっかりしているし、周りも見えていることを、俺は知っているからな」



日菜子「む、むふ。何だか今日のPさんは、やけに日菜子のことを褒めますね。どうかしたんですかぁ?」



モバP「いや別に? 普段から思っていることを口にしているだけだぞ」



日菜子「……日菜子の王子様は、とんだ天然タラシですねぇ……他の子たちにも好意を持たれるはずですよぉ……」



モバP「ん? 何か言ったか? ああ、それにしても新学期か。もうあれから一年経つんだな」



日菜子「はい、日菜子がこのパッションプロダクションに来て、もう一年です」



モバP「日菜子、覚えていたのか」



日菜子「むふっ、お姫様がお城に初めて行った時のことを、忘れるわけないじゃないですかぁ♪」

モバP「一年と少し前か、俺が秋田へ出張したとき、中学生の日菜子を見つけたのは」



日菜子「むふ、急に『アイドルにならないか』なんて言われた時はビックリしましたよぉ」



モバP「あの時は俺も新人だったからな。こんなかわいいアイドルの原石を逃すまいと必死だったんだよ」



日菜子「少し強引な王子様も、日菜子はキライじゃないですよぉ、むふっ♪」



モバP「そして日菜子が中学卒業と共に、一家で上京。こっちの高校入学と合わせてプロダクションに入ったんだったけな」



日菜子「日菜子もアイドルに興味はありましたけど、ちょうど父の東京への転勤が無かったら……たぶん地元の秋田で、普通に高校生をやっていた気がします」



モバP「さすがに秋田は遠いしな。ウチにも小さい女子寮はあるが、日菜子の年齢で親元を離れるのは一大決心だろうし」



日菜子「カボチャの馬車でも、秋田から東京への往復は大変ですからね〜」

モバP「もうこっちの生活には慣れたか?」



日菜子「はい、お気に入りの服を売っている店を回る、日菜子コースだって沢山できましたよぉ♪」



モバP「日菜子コースか、浅草花火大会のときにも言ってたな。地元にも日菜子コースがあるって」



日菜子「こっちは地元よりオシャレなお店が多いですから、とても嬉しいですぅ♪」



モバP「……そういや確かあの時は『モコモコの服売っている店』を回るとか言ってたけど、俺、日菜子がモコモコの服を着ているのあんま見た記憶がないんだが」



日菜子「むふっ、それはそうですよぉPさん。だって東京は、日菜子の地元ほど寒くないですから〜」



モバP「ああ、なるほど」



日菜子「女の子はオシャレのためなら多少の寒さくらい我慢できますけど、限度がありますからねぇ」



モバP「世の女学生は真冬でもミニスカートだったりするが、やっぱ寒かったのか」



日菜子「美嘉さんみたく、薄ければ薄着なほど良いとは言いませんけど、選択肢の幅が全然違いますし〜」



モバP「美嘉はギャルファッションだから、日菜子とは方向性が違うけど、似てるところはあるんだな」

 静かな部屋に、エアコンが暖かい空気をはき出す音が響いている。



 暦上は春になったとはいえ、まだまだ肌寒い日も少なくない。



 俺は勤め人として常にスーツだから良いとはいえ、日菜子は薄手な春の装いをしていることが多い。



 寒くないかと時折心配していたのだが、彼女にとってはやせ我慢ではなかったのだろう。



 さすが東北、秋田県民といったところか。

日菜子「……ところで、Pさん」



モバP「ん? なんだ?」



日菜子「今日が何の日か……ご存知ですかぁ?」



モバP「ああもちろん知ってるぞ。今日は"コンビーフの日"だろ」



日菜子「違いますよぉ! いえ、違ってないかも知れませんが!」



モバP「コンビーフの台形の缶の特許が登録された日らしいが、あれぞコンビーフって感じだよな。他ではあんな形見たことないもん」



日菜子「日菜子はコンビーフって食べたことがないんですよねぇ……って、だからそうじゃないですよぉ!」

モバP「あははは、冗談だって。本当は日菜子もご存じの通り……」



日菜子「むふっ、そうですよぉ♪」



モバP「"公立学校始業式の日"じゃないか」



日菜子「そうそう♪ 公立学校始業……って、え〜!?」



モバP「全国の公立の小中学校と高校の、特に今日は一学期の初めだから、まさにその学年になっての初めての日。こんな大事な日を忘れるはずがないだろ」



日菜子「た、確かに日菜子もさっきまで始業式に出てましたけどぉ……」



モバP「今年はどんな学校生活になるのかな、友達とは同じクラスかな、部活動は何にしよう、とか。色んなワクワクドキドキがあったよな」



日菜子「そうですねぇ、日菜子も仲の良かった子と一緒のクラスになれて、一緒にはしゃいじゃったりもしましたし」

モバP「そういや部活と言えば……日菜子って一年の時は手芸部だったよな?」



日菜子「はい〜、日菜子は手芸部でしたよぉ。妄想しながら色んな小物を作るのって、とても捗るんですよねぇ♪」



モバP「ほう、どんな風に捗るんだ?」



日菜子「例えばですねぇ……毛糸を使ってお人形を作るとするじゃないですか。まずは王子様人形から作るんですよぉ」



モバP「ふむふむ」



日菜子「シュッとしてスラッとした王子様の体を作って、そこに衣装やマント、王冠なんかを縫い付けていくんです」



モバP「まるで着せ替え人形みたいだな」



日菜子「むふふ♪ カボチャパンツは基本ですよね♪ この色がいいかな、この形はどうだろって、日菜子の理想の王子様を作っていくんですよぉ」



モバP「日菜子の理想の王子様人形か、一度見てみたいもんだ」

日菜子「次にお姫様人形、もといお姫様日菜子人形も作るんですが、ここからが大変なんですよねぇ」



モバP「やっぱり日菜子がお姫様役なんだな」



日菜子「お姫様の体は王子様とほとんど同じですが、ドレスに力を入れちゃいます!」



モバP「どんなドレスを作るんだ?」



日菜子「むふ♪ 色とりどりなレースを何枚も重ねたり、リボンをたくさん、フリルもたくさん、ガラスの宝石も散りばめた日菜子の理想のドレスです♪」



モバP「ずいぶんと凝った作りなんだな」



日菜子「そりゃあもう! 王子様に釣り合う恰好じゃないと、恥ずかしいですから〜」



モバP「他にはどんなのを作ったりしたんだ?」



日菜子「後はですねぇ……ベタですけど、手編みのセーターとかでしょうか」



モバP「まさしく基本だな」



日菜子「いつか出会う日菜子だけの白馬の王子様を思って、頑張って編んだんですよぉ。……あまり上手くいきませんでしたけど……」



モバP「ん? 技術が足りなかったのか?」

日菜子「いえ、日菜子、手先はそこそこ器用だと思うんですけどぉ、編んでいるときに妄想しちゃいまして……」



モバP「なんとなく結果が読めた」



日菜子「気が付いたときには、手の部分が普通の二倍くらいまで長くなってしまったりとか、胴体の幅の部分が大きくなりすぎて、王子様じゃなくて白馬用のサイズになってしまったりとかして」



モバP「ずいぶん豪快な失敗するんだな」



日菜子「他の小物を作っているときも似たような理由で失敗することが多いので、友だちが縫ったのをもらうばっかりです〜」



モバP「あはは、そっかそっか」



日菜子「って、あれ? 日菜子たち、何のお話をしていたんでしたっけ?」



モバP「今日はコンビーフの日だから、一緒に食べようって話だ」



日菜子「そうそう、日菜子食べたことが無いから楽しみ……って、だから違いますってばぁ〜!!」

「もうPさん! 日菜子のことをからかって楽しんでませんか?」



いつも以上に困り眉の日菜子は、頬を膨らませながら抗議してくる。



ふくれっ面の顔でさえ凄味がなく、ただただかわいいだけの日菜子に笑いそうになるが、何食わぬ顔でやり過ごす。



「いや、そんなことはないぞ。日菜子をいじr……話していると面白k……楽しくて、ついな」



「誤魔化そうとする振りをしながら、まったく誤魔化す気がないじゃないですかぁ……」



正直もうちょい、せめてレッスンの時間まで誤魔化せたらなと思っていたが、さすがに無理だったか。



俺は観念して「日菜子」と呼びかける。



「は、はい」

「十六歳の誕生日、おめでとう」



「――ありがとうございます、Pさん♪」



日菜子は驚きのあまりか、一瞬真顔になり、それから花のように顔をほころばせた。



少女の嬉しそうな笑顔に満足しながら、俺はデスクの引き出しから可愛くラッピングされた、手のひらに収まるほどの小箱を取り出す。



「すまんが花束は後で、レッスン後の誕生日会に合わせて取りに行くつもりだったから、今はないんだ」



「あっ、日菜子ちょっと早まっちゃいましたかね?」



「まあ逆にちょうどいいさ。考えてみればコレは、みんなが来る前に渡しておかないと騒ぎになりそうだし」



ほい、プレゼント。と俺は日菜子へ小箱を手渡す。

「わ、日菜子にプレゼントですか? 開けちゃってもいいんですかぁ?」



「ああ、もちろん」



日菜子はラッピングを破かないように、綺麗に開封していく。



中から出てきたのは、小さな指輪だった。



「Pさん……これって……」



二つの小ぶりなダイヤモンドが埋め込まれた、プラチナの指輪。



蛍光灯の光が反射して、キラキラと瞬いている。



「……良いんですか、Pさん。日菜子、勘違いしちゃいますよぉ……?」



「良いも何も、それは俺の嘘偽りのない気持ちだよ。日菜子、受け取ってくれるか?」



日菜子は泣きそうな顔で、コクリとうなずく。

「むふふ……日菜子、こういうドラマチックなシチュエーションは何度も何度も妄想してきましたぁ。でもどんな妄想も……今のこの気持ちにはかないませんねぇ」



「さ、日菜子。せっかくだから付けて見せてくれよ」



「はい! えっと……あれ? Pさん、これサイズが……」



日菜子が指輪をはめようとしているのは、左手の薬指だった。



だが指輪は小さく、指の入り口でつっかえてしまい、無理矢理でも入りそうにはなかった



「なにやってんだか。日菜子貸してみろ、これはな――」



俺は日菜子から指輪を受け取ると、優しく彼女の左手を取り、スッと小指に通した。



「ピンキーリングなんだよ」



「えっ……? ええと……でも、あれれ〜?」

その時、入口の方からドアが開く音と共に、ちひろさんのただいま帰りました、との声が聞こえた。



ガサガサというビニール袋の音の大きさから察するに、お昼後の備品購入は大量だったようだ。



目をグルグル回している日菜子を見て、俺は笑いながらイスから立ち上がる。



「改めて誕生日おめでとう、日菜子。さ、もうすぐレッスンの時間だろ? 俺もちょっと外回りに行かなくちゃいけないからな」



「む、むふ? えっと、日菜子は十六歳になって、Pさんは指輪をプレゼントしてくれて、なのに、あれ……?」



まだ混乱している日菜子を横目に、俺はカバンを持って事務所の出口へ向かう途中、振り向かずに日菜子に呼びかける。



「っと、一つ言い忘れてた。日菜子もこの一年でだいぶ成長もしたが、まだ子供だ。まだまだ成長途中の、な」



「え、は、はい……」

「だから二年後くらいには、また指輪をプレゼントしてやるよ。――それより一回り大きくて、給料三か月分のヤツをな」



「……そ、それって」



「あら、プロデューサーさん、ただいま帰りました。今から外回りですよね、いってらっしゃい……あら?」



「はい、それでは行ってきますっ」



緑の事務員服を着たちひろさんに挨拶をして、俺はそそくさと事務所を出て行った。



そしてその場には、ちひろさんと日菜子だけが残される。



「プロデューサーさん、何だか顔が赤かったですね、風邪かしら? 日菜子ちゃんは何か知って……あらあら」



そこに居たのはいつも通りむふふと妄想を顔いっぱいに浮かべて、耳まで真っ赤にした日菜子の姿だった。



12:30│喜多日菜子 
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