2016年10月18日

佐藤心「はぁとの秋」


佐藤心さんSS



地の文。P目線。





タイトルが浮かばなかった。おちなしやまなし。



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 週末。街ではぁとさんを見かけた。



 長かった暑さがやっと引き、本格的な秋が見え始めた十月の晴れた日に、本でも買おうかと街にきたところ、

 交差点横のコンビニから出てきた女性が僕の目に留まった。よく見ると、はぁとさんだった。



 担当しているアイドルをよく見ないとわからなかったなんてプロデューサー失格だ。

 と思う人もいるかもしれないが、僕が一目ではぁとさんと気づけなかったのには、ちゃんとした理由がある。



 それは今日のはぁとさんの服装。



 シンプルな白のシャツに、紺のスキニーパンツ。

 

 自慢のツインテールはお休みで、つばの広い黒のハットがはぁとさんの小さな頭を覆っている。



 普段の服装とは打って変わって、スウィーティーさの欠片もない。



 はぁとさんのことをよく知っている人が見ても、

 このクールな女性をはぁとさんだと見破るのには時間がかかるだろう。



 何はともあれ、はぁとさんの変装を見破った僕は、後ろからゆっくりとはぁとさんに近寄った。



 ばれないように距離を詰め、ほんの数メートルまで近づくと、一気に迫り、はぁとさんの肩を叩く。



「へ?」



 なんとも間抜けな返事が返ってきた。





「こんにちは。はぁとさん」

「プロデューサーかぁ…… もう!びっくりさせないでよ」



 大きく開いていた緑色の目は次第に鋭く、真っ白な頬はぷくっと膨らんでいく。

 いたずらをするのは多くても、やられることは慣れていないようだ。



「僕もびっくりしましたよ。カッコいい女性がいるなぁと思ったら

 はぁとさんだったので。 そういったファッションもするんですね」



「あーうん。今日はね。そういう気分だったの」



 そう答えるとはぁとさんは、あははとぎこちない笑みを浮かべた。 



 ……



 軽くはぁとさんと世間話を交わして僕は気づいた。今日のはぁとさんはどこか変だ。

 

 着ている服のせいか、まとっている雰囲気も普段と異なるが、

 それ以上に違和感を覚えたのは、はぁとさんの言動。



 いつもは他の人の褒め言葉には敏感に反応したりと、

 なんというか勢いのある人なのに、今日は年相応に大人しい。

 

 最初は尖っていた深緑色の瞳も、今では頼りなく泳いでおり、

 僕の目と合うどころか、どんどん僕の方から離れていく。



 何か後ろめたいことをはぁとさんは隠している。



「……あの、はぁとさん?」

「あーごめんねプロデューサー。今日はちょっと忙しいから。それじゃあ」





 僕が勘繰っていることに気づいたのか、はぁとさんは僕の言葉を遮ると、

 そそくさと細道に入っていき、そのまま姿をくらました。





 熱愛発覚。



 スクランブルの端に一人残された僕の頭に嫌な言葉が浮かんだ。



 見た目や言動からはわかりにくいが、はぁとさんももう26歳だ。

 

 将来を約束した仲の男性がいても全然おかしくない、それどころか少し遅いくらいの年齢だ。



 でもそれ以前に、はぁとさんはアイドルで、僕ははぁとさんの担当プロデューサーだ。



 たとえはぁとさんの年が26歳であったとしても、僕ははぁとさんの恋路をとめなければならない。

 

 それに……



 気づけば、本屋へと向かっていた僕の足は向きを変え、細道の方へと走り始めていた。



 細道を入ってさらに左に折れたところにある、どこにでもありそうな喫茶店に、

 はぁとさんは周りをきょろきょろと確認してから、入っていった。



 少し離れたところで、その様子を見届けてから、

 5分ほど時間を置いてみたが、はぁとさんが店から出てくる気配はない。





 さてどうしたものか。



 喫茶店に入って、「はぁとさん好きです」と宣言できれば恰好もつくのだろうが、

 そんな勇気は僕には備わっていない。



 まぁ、はぁとさんと相手の男性に、はぁとさんがアイドルであることを今一度理解してもらい、

 これからの交際について考えてもらうのが妥当なところか。



 

 久しぶりに全力で走ったせいか、

 荒くなっている呼吸をしっかりと整えてから、僕はゆっくりと喫茶店の扉を押した。



 人気店なのか、店内は何組かの客が入っていた。



 女性同士の客に、仲睦まじそうなカップル。それにはぁとさん。



 幸いなことに、はぁとさんは入り口に背を向けて座っており、僕の来店に気づいていない。

 見たところ、席を外しているのか、男性の姿も見当たらない。



 チャンスだ。そう思った。

 はぁとさん一人の方が説得もしやすそうだ。



 ウェイトレスに「待ち合わせです」と伝え、僕ははぁとさんに近づく。



 緊張していることがばれないように、なるべく冷静に。





「あれ。はぁとさんじゃないですか」

「へ?」





 本日、二度目の間抜けな返事が返ってきた。



「奇遇ですね。席空いてるようなので、そこ座っていいですか?」

「ぷ、プロデューサー!?なんで!?」

「いやー たまには甘いものでも食べようかと思いまして」

 

 はぁとさんの了解も得ずに、僕ははぁとさんの向かいの席に座った。

 

 突然の僕の登場にはぁとさんは動揺を隠せないのか、「えっ。あっ。その」と言葉を失っている。 



 時間がかかりすぎて意中の男性が来てしまい、

 話がこじれるのも面倒なので、僕はさっそく本題を切り出した。



「はぁとさん」

「な、なに」

「単刀直入に訊きますけど、僕に何か隠してますよね?」

「え?別に何も隠してないよ」



 

 そう言うと、はぁとさんは目線を僕から右へとずらした。

 ベテラン刑事ではない僕でも、はぁとさんが嘘をついていることくらいわかる。





「はぁとさん、正直に話してください。どんな内容でも僕は受け入れますから」

「いや。いくらプロデューサーでもこればっかりは」



 はぁとさんの口は堅く、一向に自白する様子がない。

 早くしないと相手がくると焦りながら、何かいい方法はないかと考えていると



「おまたせしました。モンブランと苺のショートケーキでございます」



 ウェイトレスがケーキを「二つ」運んできた。



「……これは言い逃れできないですよ。はぁとさん」 



 はぁとさんに彼氏がいたことでショックを受けていることがばれないように、平然を努めて僕は言った。

 

「……ごめんなさい」



 顔を下に向けたまま、呟くように、はぁとさんが言った。

 

 僕とはぁとさんの間に流れる気まずい空気を察してか、

 ウェイトレスは静かにそっと、二つのケーキを「はぁとさんの方に」置いた。



 ん?



 いやいやちょっと待ってよ店員さん。ケーキは二つで、僕たちも二人。

 

 それなのに、ケーキを両方はぁとさんの方に置くのは一体どういうことなのか。

 僕とはぁとさんではカップルには見えないってことですか?



 

 ケーキが二つともはぁとさんの方に置かれたことに、

 なぜなのかと動揺を隠せないでいる僕と、顔を赤くして、下を向いたままのはぁとさんを交互に見比べてから、

 ウェイトレスは少し困ったような笑顔を浮かべ、言った。





「お連れの方も食べ放題コースでよろしいですか?」



 ムカムカする。

 

 熱愛発覚と勝手に決めつけ、はぁとさんのことを疑ってしまったことに。

 

 自分の気持ちを隠し、あくまでプロデューサーとして、この事件を解決しようとした僕自身に。

 

 そして何よりも、このケーキの甘さに。





 大人になってからは食べる機会が少なくなっていたが、子供のころは好きで、よく食べていたし、

 ケーキの食べ放題くらい余裕だろうと、高をくくったのが失敗だった。



 順調に進んでいたフォークも2つ目のケーキの途中から失速し始め、

 3つ目に選んだチョコレートケーキを4分の1ほど食べたところですっかり動かなくなってしまった。

 

 こんなことなら、食べ放題になどせず、ケーキセットにしておくべきだった。

 





「プロデューサー。フォーク止まってるけど?」



 少し前まで真っ赤な顔で下を向いていたはぁとさんは、

 

 来週はマストレさんのレッスンを受けること。

 

 一人で食べ放題に行っていたことは絶対に他言しない。

 

 プロデューサーはいっぱい食べる女の子は好きである。



 この3条約を結んだとたん、顔を上げ、すごい勢いでケーキを食べ始めた。

 

 僕にとっては読書の秋だったが、はぁとさんにとっては食欲の秋だったらしい。

 

 モンブランと苺のショートケーキはあっという間になくなり、

 追加に頼んだ苺タルトとチョコレートケーキも、もうなくなりそうだ。





「そういうはぁとさんはいっぱい食べますね」

「甘いものは別腹だから」



 本来、甘いものは別腹とはこういったときに使う言葉ではないが、

 はぁとさんがあまりにも幸せそうにケーキを頬張っているので、僕は言わないことにした。







「そうですか。それにしても、どうしてケーキ食べ放題に行こうと思ったんですか?」

「それ聞いちゃう?乙女のプライベート聞いちゃう?」

「あ、じゃあ結構です」

「あーん☆うそうそ。話すから!聞かなくても話すから!てか聞いて!お願い!」



 はぁとさんは残っていた苺タルトを口につめ、さらにプリンを注文してから話し始めた。





「実家から電話がかかってきてね? いつまでアイドルやるのか? 孫の顔が見たいとか。相手はいるのかとか?」

「あー」



 可愛い口調で語っているが、内容は可愛いなんてものではない。

 

「それでついイラッときちゃって。自分のことは自分が一番分かってる。アイドルはまだ当分やめないって」

「そうご両親に言ったんですか?」

「うん☆」



 良かった。もうしばらくは、僕ははぁとさんの担当プロデューサーでいられそうだ。

 

 不安から解放され、軽くなった胸をほっと撫で下ろしながら

 コーヒーに口をつけると、はぁとさんが続けた。





「それに相手の方の目処も付いてるし。ねー?プロデューサー☆ っておい!コーヒー吹き出すな!!!」



 店の外に出ると、秋の風が吹いていた。店内との温度差に僕とはぁとさんは思わず身体を小さく丸めた。





「ちょっと寒いね」

「これでまだ10月なんですから、冬が心配です。というか、すいません。ごちそうになってしまって」

「いいよこれくらい。それでこの後はどうするの?」

「僕は本屋にいくつもりですけど」

「なら、はぁとも本屋にいこうかな」



 そういうとはぁとさんはにっこりと笑った。



「ねぇ。プロデューサー。はぁと的にはネクタイを新調するいい機会だと思うんだけど」





 ……甘いものは当分こりごりだと思っていたが、どうやら僕も別腹のようだ。

 

 



「そうですね。ところではぁとさん。本屋と服屋で買い物をし終えたら、いい時間ですよね?

 僕的には何か温かいものでも、と思うのですけど。もちろん今度は僕が出しますよ」



「ほんとに!?あっ……でも……」



 

 僕の提案にとびきりの笑顔で食いついたはぁとさんは少し気恥ずかしさそうに小声で言った。





「出来ればカロリー低めな物でお願いします」



終わり。





17:30│佐藤心 
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