2016年11月07日

智絵里「マーキング」

※初投稿



※「アイドルマスター シンデレラガールズ」のSS



※キャラ崩壊あり





※人によっては不快感を感じる描写もあるかも



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1476481390



「あ、あの……プロデューサーさん」





仕事途中に背後から話し掛けられた俺は後ろを振り向く。そこには俺の担当アイドル、緒方智絵里の姿があった。





「おう、智絵里か。どうしたんだ? もう直ぐレッスンが始まる時間じゃないのか」





「そ、そうですけど……そ、その前に、渡したい物があって……」





そう言ってもじもじと体を動かす智絵里は俺に向けて何かを差し出す。見てみると、それは四葉のクローバーのしおりだった。





「こ、この間……公園で見つけて……作ってみたんですけど……その……良かったら、貰って下さい」





智絵里の手作りのしおり。そんな物を渡されたら受け取らないわけにはいかない。





「ありがとう、智絵里。大切に使うよ」





そう言って俺が差し出されたしおりを受け取ると、智絵里はまるで花が咲いた様な笑顔を俺に見せる。





「そ、それじゃあ、私……レッスン行って来ますね」





「おう、頑張れよ」





用事が済んだ智絵里は事務所から出て、レッスン場に向かって行った。







「智絵里ちゃん、また作ってきたんですか、それ」





智絵里から渡されたしおりを眺めていると、向かいに座る事務員のちひろさんが声を掛けてくる。





「それで一体、何枚目になるんでしょうね」





数えている訳ではないが、かれこれ智絵里から貰ったしおりは10枚以上になる。





「幾らなんでも、渡しすぎじゃないですか?」





「こういう物は何枚貰っても嬉しい物ですよ」





事ある毎に智絵里は四葉のクローバーを摘んできては手作りのしおりを作り、俺に渡してくれている。





「しおりだけそんなに貰っても、使い道が無いじゃないですか?」





「俺、本とか良く読みますし……沢山あっても困らないですから、大丈夫ですよ」





「まぁ、プロデューサーさんがそう言うならいいですけど……」





そう言ってちひろさんは事務作業に戻っていく。





俺も智絵里から貰ったしおりを自分の机に仕舞い、業務に戻っていった。







「あっ、そうだ」





業務に戻ったと思ったら、何やらちひろさんは思いついたかの様に立ち上がり、その背後にある荷物を漁り出す。





「しおりを何枚も貰って喜ぶプロデューサーさんなら……」





そして取り出したのは小型のサイズの瓶。それはプロデューサーにとって無くてはならない物。





「どうですか、スタドリ。今なら安くしておきますよ。何本でも買ってくれていいんですからね」





悪魔の様な笑みを見せて、俺に催促してくるちひろさん。この様な笑みに釣られて、今まで何人のプロデューサーがこの人の餌食となってきた事か。





「すみません、いりませんから」





だが、俺は断る。だって必要性が無いから。





「そう言わないで下さいよ。今なら1セット購入でもう1本、おまけで付けますから」





そう言って食い下がるちひろさん。しかし、俺は絶対に屈しはしない。





「だから、いりませんって。それに、さっき智絵里に十分元気を分けて貰いましたから、そんな物に頼らなくても、大丈夫です」





そこまで言った所で、ちひろさんは「ちっ」と舌打ちを1回した後、また業務に戻っていく。





何とか悪魔の誘惑に抗う事のできた俺もまた、業務に打ち込んでいくのだった。







数日後の夕暮れ時、ちひろは事務所で一人、業務に没頭していた。事務所には他に人はおらず、同僚とも言えるプロデューサー達は全員が外回りにいっている。





「はぁ……こうして一人で仕事をしてるのも退屈よね……」





溜め息一つ吐いた後、ちひろは目の前の空いている席を見つめる。普段から良く話し相手になってくれているプロデューサーの席。彼も今は営業に出かけていて姿は無い。





「それにしても……あのプロデューサーさん。全然お金を落としてくれないのよね」





他の同僚プロデューサーは熱狂する程にガチャや課金に夢中になっているというのに、この事務所であのプロデューサーだけがそうでは無いのだ。





「魅力的な企画を勧めてもまったく食い付いてこないし、どういう事なのかしら……」





何か裏でもあるのかと勘繰ってしまうちひろだが、彼にそういった事があるという噂は聞いた事が無い。





「それとも……ここ以外に何かお金を落とす所でもあるのか……」





しかし、それも考え難い事だった。以前、プロデューサーから話を聞いた時には没頭している趣味もそんなに無いと言っていたし、付き合っている彼女もいないと言う。





「今月の売り上げもそんなに良くないし……少しは貢献して欲しいんだけどなぁ……」





こんな事を一人で口にした所で返答が返ってくる訳では無いが、話し相手もおらず、退屈なちひろは今、何となくぼやきたくもなる気分だった。







そんな事を口にしていると、不意に事務所の扉がゆっくりと開かれた。営業に出掛けていたプロデューサーの誰かが帰ってきたのかと、ちひろは扉の方に向けて視線を移す。





「お、お疲れ様です……」





そこにはプロデューサーでは無く、智絵里の姿があった。控えめに扉を開き、その隙間を小さい体をさらに縮こまらせて入ってくる智絵里。





「あ、あれ……?」





そして事務所に入るなり、きょろきょろと辺りを見回して何かを探している様だった。





「お疲れ様、智絵里ちゃん。今、レッスンの帰り?」





困っている様子の智絵里を見兼ねて、ちひろは立ち上がり、声を掛けつつ近付いていく。





「は、はい……そうなんですけど……その……」





そう言って智絵里は相変わらず何かを探している様子だった。何を探しているのかが分からないちひろは首を傾げてその様子を見ている。





「ち、ちひろさん……あの……私の、プロデューサーさん……見てません、か?」





それを聞いたちひろはようやく合点がいった。智絵里が探しているのがプロデューサーだという事に。





「智絵里ちゃんのプロデューサーさんなら、まだ帰ってきてないのよ」





だが、まだ彼は営業先から帰ってきてはいない。可哀想ではあるが、嘘を言うわけにはいかず、ちひろは事実を智絵里に説明する。





「あっ……そ、そう……ですか……」





それを知った智絵里は目に見えて落ち込んでしまう。その姿は何だか見ていられない程に悲しそうだった。







「何か用事でもあったの?」





そんな姿を見てしまったせいか、良心の呵責に耐え切れなくなったちひろは助け舟を出そうと、そう声を掛ける。





「い、いえ……そう大した用事でも……無い、ですので……」





口ではそうは言っている智絵里だが、様子を見ていればそうでは無いという事に気付ける。何か大事な用があってきた事が読み取れる。





「もし伝言とか、何か渡すものでもあるなら……私で良ければ、智絵里ちゃんのプロデューサーさんに伝えておくけど……どうかしら?」





だからこそ、ちひろは智絵里の心情を汲み取って、そう言って提案を持ち掛けた。それを聞いた智絵里の表情は沙樹ほどよりも少し和らいだ様にちひろは感じ取れた。





「い、いいんですか……?」





「えぇ、もちろん」





智絵里の問い掛けににっこりと笑顔で返すちひろ。それはプロデューサー達に見せる悪魔の様な笑みでは無く、優しく導く様な天使の様な笑みである。





「そ、それじゃあ……その……」





そう言って自分の手荷物から何かを取り出した智絵里。それを迷う事無くちひろに手渡した。





「これ……お守り……?」





渡されたのはお守りだった。それもそんじょそこらで売っている様な物では無い。お守りの表面には四葉のクローバーの刺繍が施されていて、袋からして手作りの物だった。





「プ、プロデューサーさんの為を思って……作ってみたんです。だ、だから……これ、渡して貰っても……いいですか……?」





そう言って上目遣いで見上げてくる智絵里。





「分かったわ。必ず、プロデューサーさんに渡すからね」





そしてちひろは二つ返事で了承する。自分から掛け合ったという事もあり、断る理由も無いからだ。





「あ、ありがとうございます」





智絵里はちひろに対して深々と頭を下げる。それを見たちひろは『そんな事しなくてもいいのに』と、心の中で思った。





「そ、それじゃあ……ちひろさん。よ、よろしくお願いしますね」





智絵里はそう告げると事務所から出て行き、帰っていった。少しだけ軽やかな足取りで歩いていく智絵里の姿を見て、ちひろは微笑ましく思った。







智絵里が帰った後、ちひろは渡されたお守りを見つめていた。見れば見る程中々に手の込んだ作りで、高い完成度を誇っていた。





「しかしお守りだなんて……それも手作り。プロデューサーさん、相当智絵里ちゃんに慕われてるのね」





それ所かしおりも貰っている事を考えると、余程に信頼されているのだろう。しかし、そこまで考えた所である疑問が浮かんでくる。





「あの二人……もしかして、付き合ってるとか……」





思い返してみればそんな事も考えうる。いくら慕っているとはいえ、ただ担当している人にこんなお守りやらしおりなんて渡したりするだろうか。





しかし、智絵里とプロデューサーの関係は飽く迄アイドルとその担当。付き合ってるなんて以ての外。決して超えてはならない垣根である。





もし、それを超えでもすれば……





「スキャンダル待った無しね……」





それを思うとぞっとするちひろ。芸能事務所において、それだけは避けなければならない事だ。





「まぁ、でも……あの二人に限ってそれは無いか」





幾らなんでも考えすぎかと、ちひろは今起こった考えを思考の片隅に追い遣る。長い事あの二人を見てきたが、そんな付き合っている様な素振りを見せた事は一度として無いからだ。





「他のアイドルの子達にも似た様な事をする子もいるし、きっとその程度の感覚なのよ」





そういう風に断定し、これ以上は不毛だと考えるのを止めた。







「そういえば、このお守り……中に何か入っているみたいだけれど……」





お守りに触れてみると、何かが入っている感触がする。お守りなのだから護符等が入っていて当然なのだが……





「これ……紙の感触じゃないわね」





考えてみればこれは智絵里の手作りのお守り。そういった物が入っている事は考え難い。





「それじゃあ……この中には何が……」





普段ならお守り中など買った所で気にもならない事だが、これに関しては無性に気になって仕方が無かった。





「でも……プロデューサーさんに渡す前に見たら智絵里ちゃんに悪いし……」





そもそも誰かの贈答品の中身を見ようとする事自体間違っているが、圧倒的な好奇心を前にして、そんな事は気にも留めなかった。





「……まぁ、幸いな事に今は誰もいないし、ちゃんと元に戻せばばれはしないでしょ」





そんな安易な判断から、ちひろはお守りの封を開けてしまう。どうせばれた所で怒られるだけで済むという謎の安心もあってか、その判断は素早かった。







「さて……中身は何かな……」





ちひろはお守りの封を綺麗に解いていき、その中を開く。





お守りの大きさは小さい事もあってか、中に入っている物も必然的に少なかった。





「えっと……まずは、と」





非常に丁寧な手付きで中身を取り出すちひろ。少しでも傷つけでもしたらばれるので、その作業は慎重に行った。





「これは……四葉のクローバーね。これは予測の範囲内だけれど」





まず取り出したのは智絵里のトレードマークとも言える四葉のクローバー。しおりの時にもこれはあったので、入っている事は十分分かっていた。





しかもそれが散ってしまわない様に、ラミネートで加工されて守られている。ここまでしているのはちひろとしては予想外だった。





「相当に手の込んだ作りね。けど智絵里ちゃん……ラミネーターなんてどこで……」





そんな疑問が過ぎったが、よくよく考えてみればこの事務所の備品の中にあった事を思い出し、それを使って作ったのだろうと思い当たる。





「けど……智絵里ちゃんが使ってる所なんて見た事無いけど……」





仕事のほとんどを事務所で過ごすちひろがそれを見た事が無いというのはおかしな話だが、恐らくは自分が休みの時にでも使ったのだろうと深くは詮索はしなかった。







「さて、他には……」





ちひろはラミネートされた四葉のクローバーを机に置き、また中身を探っていく。そして、次に取り出したのは白い布だった。





「えっ……布だけ? 他には?」





そう思ってお守りの中を大きく開いて確認するが、中にはもう何も残っていなかった。四葉のクローバーと白い布。これが中身の全貌だった。





「何だ、これだけなの……」





思っていた様な内容とは違い、ちひろはがっかりする。もっと度肝を抜く様な物でも入っていると思っていた分、落胆は大きかった。





「クローバーは分かるけど、この布はなんなの……」





存在する意味の良く分からない布を眺めつつ、ちひろはそうぼやいた。だが、諦めきれないちひろは何か無いのかと、じっくりと観察を始める。





「あれ? でも、これって……」





すると、布の裏面にテープが貼ってある事に気付いた。そして良く見ればこの布は折り畳まれている事にも気付いた。







「まだこの中にも何かが……」





それを確認しようとテープをはがしに掛かるちひろ。しかし、どうにも嫌な予感がしてならないと、自分の第六感が警鐘を鳴らしている。





「だ、大丈夫……よね?」





不安に駆られるちひろだが、もうお守りの中身を空けてしまった以上、引き返せない所まで来ている事に変わりは無かった。





「……うん、きっと大丈夫よ。作ったの智絵里ちゃんだし、そんな危険な物が入ってたりとかしてないはず……」





ちひろは自分に言い聞かせる様にそう言って、覚悟を決めてテープを破けない様にゆっくりとはがす。





そして封の無くなった布を開き、その中にある物を確認しようとジッと見つめる。





そこにあった物は……

















































数本の茶色い糸の様な物だった。













「え……」





ちひろは一瞬、それが何なのかが理解できなかった。





「何、これ……糸……?」





ちひろはそう思ったが、良く見るとそれは糸とは違った。得体の知れないそれは糸よりもか細い何かだった。





「え、えっと……さ、触ってみれば……分かるかしら……」





果敢にもちひろはそれに手を伸ばし、1本だけを指で摘まんで持ち上げる。





「い、意外と……長いわね……」





持ち上げてみて分かった事だが、この糸の様な何かは長さにして優に30cmを超える長さだった。





そして……何故だか触った事のある様な……そんな感触がしてならなかった。





「もしかして、これ……」





ちひろは考え抜いた結果、ある結論に辿りつく。得体の知れないそれは自分も毎日触れているあれだったと気付く。







「か、髪の毛……よね」





触れてみてようやく理解したが、これは間違いなく髪の毛だった。





「……って、事は……これ、智絵里ちゃんの……」





智絵里が作ったお守りの中から出てきたという事は、この髪の毛も智絵里の物だという事に他ならない。それこそ、それ以外の可能性は無いに等しいだろう。





「な、何で……」





ちひろの中で今まで培ってきた智絵里に対する印象が今、音を立てて瓦解した。ちひろの知る緒方智絵里は少なくとも、こんな事をする様な少女では無いはずだった。





「と、とりあえず……これをどうにかしないと……」





軽く放心状態だったちひろだったが、直ぐに冷静さを取り戻して行動に移る。





(いつまでもこんな物を目の前で広げているわけにはいかない……誰かが帰って来る前に適切に処理し、平然を装わなければ……)





そしてちひろは髪の毛を元の位置に戻すと、再び布を元あった様に畳んで封をする。後はこれをクローバーと一緒にお守り袋の中に仕舞い、口を閉じる……それだけだった。







「ただ今戻りましたー」





「ひゃっ?!」





だがタイミング悪く、誰かが事務所に帰ってきてしまう。ちひろは飛び上がりそうなぐらいに驚くが、誰が帰ってきたのかを確認する為に音がした方向に急いで視線を移す。





「あっ、ちひろさん。お疲れ様です」





帰ってきたのは信じられない事に、ちひろの目の前の席に座る、智絵里の担当のプロデューサーだった。





「お、お疲れ……様です……」





あまりの事態に、ちひろは冷や汗が止まらなかった。そして心臓もばくばくと跳ね飛ぶのではないかというぐらいに高鳴っていた。





(よ、よりにもよって……智絵里ちゃんのプロデューサーさんだなんて……)





ちひろは自分の運の悪さを呪った。これが違うプロデューサーやアイドルだったら何て事も無いというのに……







「……? ちひろさん、どうかしましたか?」





ちひろの不振な態度に、プロデューサーは何かに感付いた様だった。





「え、えっ!? い、いえ、な、何でも無いですよ! は、ははは」





それでもちひろは何とか誤魔化そうと懸命に訴える。だが、笑って見せても引き攣った笑みにしかならず、余計に不振さを増すばかりだった。





「……変なちひろさん」





そう言ってプロデューサーは自分の席に向かって移動を始める。そしてその辿り着く先は必然的にちひろの目の前である。





(……!? ま、まずい!?)





机の上に目を移せば、そこにはまだ不完全な状態のお守りが置かれている。





(今、これを見せるわけにはいかない!)





ちひろは机の上に広げているこんな状況になってしまった元凶を素早く纏め、それを自分の机の中に仕舞おうとする。





(あっ……)





急ぎすぎてしまったせいか、お守り袋だけが手から抜け落ち、最悪な事にプロデューサーの机の上に飛んで行ってしまう。





「ん? ちひろさん、何か飛んで……って、え?」





(いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!)





その瞬間、ちひろは全てが終わってしまった事を悟ったのだった。

「これって……」





プロデューサーは自分の下に飛んできたお守り袋をジッと見つめている。もしかしなくとも、袋さえ見れば誰の物かは直ぐに理解するだろう。





(お、終わったかも……)





もう何をしても無駄な抵抗にしかならないと悟ったちひろは全てを諦めた。もうこうなった以上、成り行きに任せるしか無かった。





「ちひろさん……これ、どこで?」





ちひろにお守り袋を見せながら、プロデューサーは尋ねてくる。その表情は普段と何ら変わりないが、内心はどうなっているかなんて分かったものではなかった。





「えっと……その……す、すみません!! 智絵里ちゃんからプロデューサーさんに渡して欲しいって頼まれて、それで中身が気になって……興味本位で中見ちゃいました!!」





ちひろはそれはもう全力で、机に頭をぶつけるのではないかという位に頭を下げて謝った。





「えっ? いや、別に謝らなくてもいいですが……」





しかし、プロデューサーの反応はいまいちといった所だった。しかも謝罪はいらないと言うのだ。ちひろはどういう事か余計に分からなくなってくる。





「それよりも……この中身はどこに?」





「こ、こちらです……」





ちひろは手に持っていたお守り袋以外を全てプロデューサーに差し出した。





「ありがとうございます」





それを受け取ったプロデューサーは何故か満面の笑みを浮かべている。





(もしかして、中身を知らないんじゃ……)





その様子を見ていたちひろに、自然とそんな疑問が過ぎった。







「あの……プロデューサーさん。その、中身の事なんですけど……」





「あぁ、これの事ですか?」





そう言ってプロデューサーは四葉のクローバーでは無く、白い布をちひろに見せた。





「これが何か……って、もしかして……中身見ました?」





プロデューサーの問い掛けに、ちひろは無言のまま首を縦に振って答えた。そしてどういう反応をするかとちひろは身構えていたが……





「あっ、そうですか」





と言って、プロデューサーは特に何もする事無く、平然としていた。





(あれ……? それよりも『中身見ました?』って……という事は、何が入ってるのか知ってるの……?)





ちひろはまた嫌な予感がしたが、もう自分にはどうしようもない……そんな境地にまで足を踏み入れていた。







「まぁ、先に見られたのは残念ですけどね」





「えっ?」





プロデューサーのその言葉に、ちひろは自分の耳を疑った。





(今、プロデューサーさん……何て言ったの……?)





「さて、今回は何かなぁ……」





そう言って嬉々として布の封を取って広げていくプロデューサー。その様子はまるで、他のプロデューサー達がガチャを回す時の雰囲気と似ていた。





「おっ、これ……髪の毛か。成る程、そうきたか」





プロデューサーは先程ちひろがした様に、指で1本だけ髪の毛を掴むと持ち上げて自分の顔の近くまで持っていった。





(な、何をする気なの……)





ちひろはただ黙ってその様子を眺めていた。そして……













































































「あむっ」





(!!!!????)





指で掴んでいた髪の毛を自分の口の中に放り込んだのだった。

「ぷ、プロデューサーさん……な、何を……」





今、目の前で起こった事に理解の追いつかないちひろは、そんな意思も無いのに反射的につい尋ねてしまった。





「何って……見て分かりません?」





キョトンとした表情でそう聞いてくるプロデューサーだが、ちひろとしては『分かってたまるか!!』といった心境だった。





「いやぁ、智絵里の髪はやっぱりキューティクルですね。流石はキュート属性のアイドルだけある」





そう言って笑うプロデューサーを見て、ちひろはドン引きしていた。普段は人柄の良いみんなに慕われる好青年だと思っていたのに、この数分を以ってそのイメージは粉微塵に粉砕された。





(ち、智絵里ちゃんも相当だったけど……この人もかなりヤバイ……)





ちひろにはもう、目の前に立つ男は好青年では無く、ただのサイコ野郎にしか見えなかった。







「あっ、ちなみにこのお守り……実は3個目なんですよね」





(!!!!!?????)





聞いてもいないのに、プロデューサーは聞きたくも無い情報をさらにぶつけてきた。





「前の二つは凄く過激でしてね。それを思うと、これはもう特に健全でして……」





過去に何があったのかは分からないが、絶対に知りたくないとちひろは心から思った。そして数分前の自分を殴ってやりたい……そんな心境に駆られた。







「あ、あの……プロデューサーさん……?」





「ん? 何ですか?」





正直な所、ちひろはもう関わりたくは無かったが、その前に一つ、聞いておかなければならない事があった。





「その……智絵里ちゃんとは……どういう関係なんですか……?」





こればかりは事務所の命運にも関わる事なので聞いておかなければならない。





(まぁ、今まで見てきた事を考えると手遅れな気もするけど……)





ちひろは黙ったままプロデューサーの反応を待った。そして……





「ただのアイドルとその担当プロデューサー。それだけの関係ですよ」





にっこりと笑ってそう言い切ったのだ。





「いや、嘘ですよね!?」





これにはちひろもツッコミを入れざるを得なかった。





「そんな事をしておいてそれだけの関係って……ぶっちゃけ、ありえないです」





「まぁ、そういう反応になりますよね」





そう言って苦笑するプロデューサーさん。この期に及んで笑っていられるのはある意味凄いとちひろは思った。







「けど、本当ですよ。俺達、付き合ってる訳でも無いですから」





(本当かしら……)





疑わしさ満点ではあるが、プロデューサーがそこまで言うのなら本当なのだろうと、不本意ながらちひろは納得しようとした。





「でも、智絵里の事は好きですよ。寧ろ、愛してます」





と思った矢先にこれである。





「しかも智絵里も俺の事を好きだと言ってくれてますから、相思相愛ですね」





それはもう分かり切った事である。あんなお守りを渡そうとする時点で既にクロであるの明白だった。





「でも、俺達付き合ってないんですよ」





それでもそう言って憚らないプロデューサー。ちひろはもう怒りを通り越して呆れが先に来そうだった。







「本当は付き合いたい……いや、今すぐにでも結婚を申し込みたいぐらいですけどね」





「それだけは止めて下さい」





「分かってますって」





そう言って後頭部を掻くプロデューサー。もうこの男の言葉は信用ならないとちひろは判断した。





「智絵里がアイドルである限りは手を出すつもりは無いので安心して下さい」





「じゃあ、それは何ですか」





ちひろは智絵里のお守りを指差してそう告げる。それは明らかに手を出しているという証拠に他ならなかった。





「これは違いますよ」





だが、プロデューサーはいけしゃあしゃあとそう言ってのけた。





「これは『マーキング』ですよ」





「……え……?」







「元々は智絵里から始めた事なんですけど……」





(嘘でしょ……)





事務所に入った当初は臆病だった智絵里がそんな積極性を持っていただなんて、ちひろには想像がつかなかった。





「あいつが言うには俺はとても魅力的で、他のアイドルに盗られそうって言うんですよ。実際はそんな事無いですけどね」





そう言うプロデューサーではあるが、実際の所では人気があるという事をちひろは知っていた。さっきの事を知らなければこの男は普通の好青年であり、アイドル達にも慕われている。智絵里がそう思うのも納得できた。





「それでいつからか……こうして何かをプレゼントしてくる様になったんですよ。最初の内はそれこそしおりとかアクセサリーとかで……最近はこういった手の込んだ物を送る様になったりしてですね」





しおりと聞いて、ちひろは数日前の光景を思い出す。あの時は『しおりばかり……』と、思っていたが、話を聞くにそれ以外にも貰っていた様だった。





「まぁ、俺もそれに込められた意図を理解したのは、1個目のお守りを貰った時でしたけどね」





「は、はぁ……」





ちひろは理解が追いついていないせいか、頭痛が先程から一向に鳴り止まない。こんな話に付き合わされる身にもなって欲しいとも思った。







「それからは俺も智絵里に物を送る様にしたんですよ。ただ、俺には手作りとかは出来ないので、髪留めとかリボン、あとネックレスとかチョーカーとか色々とですね」





(それでこの人……他のプロデューサーさん達と違ってお金を落とさなかったんだ……)





それを聞いてようやく納得のいったちひろだった。これだけ智絵里に没頭しているのならば、こちらに貢ごうとしないのも頷けた。





「要するに、お互いに物を送ってそれで飾り合い、他を寄せ付けない様にしているんですよ。俺達が結ばれるその日までずっと、ね」





「は、はぁ……」





段々と話を聞いていく内に、ちひろの中で『早く帰りたい』という気持ちが膨れ上がってきていた。





(頼むから早く開放してください……)







「とりあえず……事情は分かりました」





本当は分かりたくもないが、それでは話が進まないのでここはこう言うしかなかった。





「ただし、プロデューサーさん。一応、世間体というものがありますので、節度だけは守って下さい。いいですね」





強く言い聞かせる様にちひろはプロデューサーに向けてそう言った。守ってくれるかは分からないが、こう言うしか無いのだ。





「大丈夫です、ちひろさん。こう見えて俺、我慢強いですから」





(良く言うわ……)





その言葉が本当ならさっきの様な行為はしないはずとちひろは思い、プロデューサーの発言は余計に信憑性を損なうだけに終わった。





「本当に、スキャンダルだけは避けて下さいね!」





「ちひろさんもしつこいなぁ……本当に大丈夫ですから、安心して下さい」





(明日から何事も無ければいいけど……)





ちひろは憂鬱な気分に浸りながら明日の事を心配しつつ、この日は帰宅するのだった。







翌日、ちひろは昨日の事を忘れようと必死になって仕事に取り組んだ。だが、印象が強すぎた事で中々離れてくれるものでは無かった。





(最悪、晶葉ちゃんか志希ちゃんにでも頼んで記憶を消せる系のものを開発して貰おうかしら……)





そう思いつつ、ちひろは溜め息一つ吐く。そして目の前で呑気に仕事をするプロデューサーを見つめた。





(こうして見ていれば普通の人なのに、何であんなサイコな本性なのかしら……)





性格はあんなでも、仕事が出来るから対応に困ってしまう。それこそ真性のクズであれば即刻クビにして貰いたい所だが、彼の場合はそうでは無いので出来ない。





(でも、会社に不利益を出そうとするなら、それも考えないといけないわね……)





そんな最悪の場合を想定し、いつか社長に報告書を提出する日が来ない事をちひろは祈るばかりだった。







「お、おはようございます。プロデューサーさん」





そんな事を思っていると、目の前のプロデューサーの下に昨日の騒ぎの元凶とも言える智絵里がやって来た。





「おはよう、智絵里。昨日はありがとうな」





そう言って昨日のお守りを智絵里に見せるプロデューサー。ちひろからしたら『そんな物を事務所で大っぴらに見せないで欲しい』といった心情だった。





「あっ、受け取って、くれたんですね。ど、どうでしたか……?」





「前の二つに比べたら、確実に進歩していると言うべきかな。このクローバーの刺繍も良い出来だし」





「よ、良かった……」





安心したのかホッと胸を撫で下ろす智絵里。





「これは大切に使わせて貰うからな」





「あ、ありがとうございます」





数日前の様に満面の笑みを見せる智絵里。だが、事の真相を知ってしまったちひろにとって、それは純粋な笑顔には映らなかった。







「あっ、そうだ。それとですね……」





そう言って智絵里はプロデューサーに向けてまた何かを手渡す。今日の物はしおりやお守りの様な小さい物では無い。箱状の何か大きな物だった。





「きょ、今日は、お弁当を作ってきたんです。よ、良かったら……召し上がって下さい……」





お弁当……それならきっと安全だろうとちひろもホッとする。





「ありがとう。いつも助かるよ」





「そ、そんな事無いですよ……えへへ」





そこから会話を弾ませて楽しむ二人。だが、目の前に座るちひろは『人の目の着く前に早く解散してくれ』と強く願っていたが、生憎二人にそれが届く事は無かった。







「それじゃあ、私……今日もレッスン、頑張ってきますね」





「おう、頑張ってこい」





ようやく会話も終わり、智絵里もプロデューサーから離れていく。ただそれを眺めていただけだというのに、ちひろは気苦労で疲れていた。





(ようやく終わったのね……)





一安心したちひろは再び業務に戻ろうと、視線をプロデューサーからパソコンにへと移した。





「ちひろさん」





だが、戻ろうとした所で呼び止められたちひろは声のした方向に顔を向ける。そこには先程出て行ったはずの智絵里が立っていた。





「ど、どうしたの、智絵里ちゃん……?」





ちひろは恐る恐る声を掛ける。そうなってしまったのは昨日勝手にお守りの中を覗いたという後ろめたさからだった。





「昨日は……ありがとうございました。その……私のプロデューサーさんに、お守りを渡してくれて……」





そう言って頭を下げる智絵里を見て、胸を締め付けられる様な思いをするちひろ。本当に昨日の自分は何であんな事をしたのかと再び後悔の念に襲われていた。





「それと……ちょっとだけ、耳を貸して貰えませんか?」





「えっ……?」





ちひろが返答しようと口を開こうとする前に、有無を言わさず智絵里が耳元まで近付いてくる。





「ちょ、ちょっと……智絵里、ちゃん……?」





呼び掛けてみても反応は無い。そして、智絵里はちひろの耳元でちひろにしか聞こえない程度の声の大きさでそっと呟いた。









































































































「―――今回は許しますけど、次はありませんから」







「ひっ?!」





「……それじゃあ……今度こそ、レッスンに行ってきますね」





智絵里はそれだけを口にした後、事務所から出て行った。ちひろは智絵里がいなくなった後でも、開いた口が塞がらなかった。





「ちひろさん? 大丈夫ですか?」





そんなちひろを心配してかプロデューサーが話し掛けてくる。





「だ、大丈夫に見えますか、今ので……」





先程の智絵里の声を思い返しただけでもちひろはゾッとした。ちひろの人生において、あんな感覚を味わうのは初めての経験だった。





(もうこれからは……智絵里ちゃんは敵に回せないわね……)





ちひろはそう胸に深く刻み込んだ。絶対に忘れない様にと。







「そういえば、プロデューサーさん。そのお弁当って……」





ちひろは先程智絵里がプロデューサーに手渡したお弁当を指差して問い掛ける。





「あぁ、これですか。やっぱり、中身が気になります?」





「え、えっと……少しは……」





智絵里が釘を刺したといえども、実際の所は気になって仕方ないちひろである。あの様なお守りを作る智絵里が作った弁当なんて気にならない訳が無かった。





「しょうがないですね。それじゃあほんの少しだけ……智絵里にばれない程度にどうぞ」





ちひろは向かいの机から差し出された弁当を受け取って手元に置く。そして意を決して弁当の包みを解き、蓋を開けて中身を覗く。





「……」





数秒間確認した後、蓋を閉めて包みを元に戻し、そしてそれをプロデューサーの手元にへと返した。





「どうでした? 凄いですよね」





ウキウキと尋ねるプロデューサーに比べ、中身を見たちひろの表情は深く沈んでいた。





「えぇ……凄いですね……」





確かにあの弁当の中には凄い光景が待っていた。あんな弁当、今まで一度も見た事が無い。





「まさか……」







「まさか……お弁当の中にクローバー畑が出来てるだなんて……」

「えぇ、食用のクローバーみたいなんですけど、まさか弁当の中身を白い飯とクローバーで埋め尽くすなんて技、智絵里しかやらないでしょうね、きっと」





そもそも、誰かに贈るお弁当の中身をそんな風にするという発想自体が間違っていると心の中でちひろはそっと思った。





「『あなたの体の中まで私色に染めたい』って意味ですかね、これ。いやぁ、昼が楽しみだなぁ」





それでもそれを受け入れてしまうこのプロデューサーは心が広いのか、ただの馬鹿なのかはちひろにはもう分からなかった。







「……もう、やだ……帰りたい……」





どこぞのアイドルの様な事を口にしながら、今後の事を思ってちひろは頭を抱えるのだった。











終わり



22:30│緒方智絵里 
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