2016年11月26日

双葉杏「合鍵」


とある失恋ソングを聴いていたら「あんきらでいける!」と思って書いたものです。よろしくお願いします。









SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1476888874







休日。 ふいに鳴り響いたチャイムに目が覚めた。



寝ぼけ眼をこすって時計を見ると、まだ昼前。最低でもあと数時間は惰眠を貪る予定だったというのに、どこかの誰かが邪魔をしてくれたらしい。

文句の一つでも言ってやりたいところだけれど、生憎ネットで何かを注文した覚えはない。



つまり、私を訪ねてくる物好きがやってきたのだ。 さすがの私も怒るに怒れないよなぁ。





「杏ちゃん、いゆ?」





ドアの向こう側から声が聞こえる。



私の知り合いに、ドア越しですらここまで特徴的な人物はひとりしかいない。

自分と何もかもが正反対で、きっと私の一番の理解者とはもうしばらく会っていなかったし、お互いに忙しい身になり、あんなにも私に構ってきた彼女と、私──双葉杏が離れるまで大した時間はかからなかった。



それでもたまの休日には私の身体を心配して料理をしにきたり、半ば無理やり近況報告をさせられたり……

私が言うのはおかしいけれど、こっちが心配になるくらいには世話を焼き続けてくれた。うちに来ても私が寝ていることが多いという理由で、合鍵も渡した。





それから数ヶ月、彼女──諸星きらりがこの部屋に来ることはなかった。











鳴るはずがないと思っていたチャイム音に違和感を感じながら扉を開ければ、見上げるかたちで来訪者と目が合う。





「久しぶりだね、きらり」



「うん! 久しぶりだにぃっ!」





数か月ぶりに見るきらりは、あの頃と少し違う。ウェーブのかかった茶色いロングヘアは、肩より少し上で切り揃えられている。

失恋かなと思ったけど……そもそもアイドルだし、単なるイメチェンかな。





「なんか印象変わったね」



「えへへ! 杏ちゃんは変わらないにぃ!」





そして、言葉とは裏腹に、どこかよそよそしくて寂しそう。





「あがってく?」



「ううん」



「……これね? 返しにきたんだぁ!」





それは、あの日渡した合鍵と最上級の笑顔。

この時の私は、どんな顔をしていたのだろうか。











じゃあ、と足早に立ち去ろうとする彼女をどうして引き止めたのかは分からない。それでもきっと、私は知りたかったのだろうと思う。

どうして私にあんなに構ってくれたのか。どうして私なのか。どうして鍵を返しに来たのかを。





「駅まで送るよ」



「寝なくていいの?」



「いい」



「そかそか! ありがとにぃ!」





駅までの道では、私が仕事の愚痴をこぼすたびに宥めてくれた。歩幅を合わせてくれた。

無意識なんだろうと分かっていて、それが嬉しかった。





あの頃よりも少し大人になっただけ。 あの頃より少し忙しくなっただけ。





……そうだったらいいのに、きっとそうじゃないんだ。





「ここまででばっちし!」



「ん、わかった」



「お仕事頑張ってにぃ! 杏ちゃんにっ、すーぱーきらりんぱわープレゼントっ!」





 

そうして彼女が伸ばした両手、左手の薬指には、シルバーのリングが眩しく光って。







 



「……きらり、ありがとうね」



「えへへ」





 

そっか、そういうことか。 幸せになってほしいなぁ。

……というか、それくらい教えてくれたって言いじゃんか、もう。





振り返り、歩道橋の階段を駆け上がっていく彼女に、私はありがとうしか言えなかった。



私も振り向いてさっさと帰路につくはずが、足は一歩も進まない。こんな状況になってまで私は怠惰なのだろうか。







それでも私は、彼女に祝福を届けたい。

心の底から、彼女を祝福をしたい。







思ったと同時に彼女の後を追って走り出した。

こんなに本気で走ったのは初めてだよ。苦しくて呼吸のタイミングが掴めない。



考えてみたら、元々体力がないのにあんな生活してるんだもん、当然だ。



帰ったら寝よう。 多分、柄にもなく泣いて、それで寝て、忘れよう。

















……いた!





思っていたよりも早く、きらりを発見することができた。





……できたのに。 私が見つけたのは、大きくて優しいお節介なきらりではなくて、壁にもたれ掛かり身体を丸めて泣いている、小さな小さなきらり。









あんな姿、初めて見た。

 

足元には指輪。



さっき見た時よりも、鈍く光る指輪。



そして私の中で、すべてが噛み合った。









涙が出たのはいつぶりだろう。



多少強引だったかもしれない。 それでも、あんなに一緒にいて、あんなに一緒にいてくれた人の見破ってと言わんばかりの嘘を信じた自分にひどく腹が立って、情けなくて。

 

きらりはいつだって仕事を終えた私を「頑張ったにぃ☆」と褒めてくれた。 違うんだよ、違うでしょ、きらり。

いつだって頑張ってたのは杏じゃない! きらりだった!



誰よりも他人のことを思ってたのは誰だよ。

どうしようもなくワガママな私に、大好きだって言ってくれたのは誰だよ。

ずっと仲良しだって言ってくれたのは誰だよ!











ぜんぶぜんぶ、きらりじゃないか。













髪を切ったのも、鍵を渡してからうちに来なくなったのも、その鍵を返しに来たのも、ただのリングを薬指にはめたのも全部、私がきらりにさせたんだ! だから──







「きらり!」



「杏ちゃん……見つかっちゃったにぃ……」



「生まれて初めてこんなに走ったよ……ご褒美にアメちょうだい」



「ごめんね杏ちゃん、今持ってないんだぁ」



「しょーがないなぁ。 今から買いに行こう」



「でも……」





きっとこれが最初で最後のチャンス。

こんな私が、こんな私を好きになってくれた人へ。





「……よし。 杏、今から恥ずかしいこと言うけど笑うなよ!」



「……」



「杏は……杏はきらりの親友だ! お別れなんて絶対にいやだ!」



「それなら四六時中働いてた方がマシだ!」



「きらりが杏のために一杯悩んでくれて、頑張ってくれて嬉しいんだ!」



「だから、今度は杏が頑張るんだ!」











「……」



「きらりが杏の心配する必要がないくらい、頑張るんだ!」



「それで、いつかまた絶対一緒の仕事して、今度は一緒に料理して!」



「……杏ちゃん」



「それで、それでっ……」



「杏ちゃん、ぎゅーっ」



「杏は、杏はきらりが大好きなんだ!」



「またずっと! ずっと一緒にいるんだ!」



「きらりもね、だーいすき。 だから寂しいけど、お別れするしかないかなって思ったの」



「でもね? やっぱり苦しくて泣いちゃって、杏ちゃんが来てくれるかも〜って、待ってたんだにぃ。えへへ」





杏たちってそこそこ有名人なんだけどな……ほら、もう観客に包囲されてるじゃん……

なんて思いながらも、二人して人目も気にせずボロボロ泣いて。





「きらりは、杏ちゃんといる時がいーーーーーっちばんはぴはぴ☆」



「……だから、ごめんね。 悲しい気持ちにさせちゃって、ごめんね」









「……もうそれはいいよ。というか今回のことは杏が悪い」



「それよりこれからはもうお姉さん面させないからな! 誕生日も1日しか違わないんだしさ!」



「でも、きらりは大きくて、杏ちゃんは小さくてきゃわいいよ〜?」



「それ言うのは卑怯。ダメ。イエローカード」



「えぇ〜?」



「これからは、やたら構ってくるすごい大きい妹だと思うことにする」



「じゃあ杏ちゃんはめっちゃ小っちゃくて、しっかりもののお姉ちゃんだにぃ☆」



「あ、でも今日は杏を泣かせた罰としておんぶね。 よしアメ買いにいこう」



「その前にっ! 杏ちゃん♪」



「ん?」



「大好きだゆ! これからもよろしくにぃっ!」



「杏もアレだよ、あー、大好きだよ! ……なんだこれ恥ずかしい死にそう」





これ、もうSNSで拡散されまくってるんだろうなぁ……

明日は質問攻め……まぁ、いいか。





「照れる杏ちゃんきゃーーーわいーーー♡」



「うるさい! …あとこれ、ね」



「今度は一緒にお料理?」



「ん。 返却はもう一切受け付けないよ」



「りょ♪」



「よし。 では改めてアメ! 出発!もとい脱出!」



「うきゃー!きらりんダーーーーッシュ!」



「ストップ! 落ちる、落ちるから!」



「もう絶対離れないから大丈夫だにぃっ♪ だから杏ちゃんも」



「……うん、離さないよ」













おしまい







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