2016年11月30日

速水奏「お兄ちゃん」

アイドルマスターシンデレラガールズ、速水奏のお話です



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「わー! 千枝ちゃん、すげー!」





「そ、そうかな? えへへ……」



 事務所に帰ってくるや否や、年少組の元気な声がお出迎えをしてくれた。



「お、奏、お疲れ様」



「お疲れ様。相変わらずこの事務所は賑やかね」



 年少組の相手をしていたらしいプロデューサーさんが私に気付くと労いの声をかけてくれた。



「あ、奏さん、お疲れさまです!」



「お疲れさまでごぜーます!」



「ふふっ。お疲れ様。ところで千枝がすごいってどうしたの?」



 ころころと可愛い千枝と仁奈もプロデューサーさんに倣って私に挨拶をしてくれた。私も挨拶を返すついでに子供たちの相手をしてあげよう。





「聞いてくだせー! 奏おねーさん! 千枝ちゃんとってもピアニカがうめーんですよ!」



「あら、そうなの? じゃあせっかくだし私にも聴かせてもらえる?」



 仁奈がまるで自分の事のように上機嫌で報告してきた内容は、案の定微笑ましいものだった。ピアニカ……私はメロディオンって呼んでた気がするけど、今でも習うのね。



「じゃ、じゃあせっかくなので……!」



 千枝が得意げする演奏を聴きながら、ソファーへ移動すると、そこには既に先客が。



「千枝、上手よね」



「だなぁ。さすがアイドルだよ。音楽の才能は抜群だな」



 まるで娘を見るような眼差しを送り、上機嫌で言う様はさながら本当に父親みたい。



「ところで、せっかくこんなに素敵な演奏を聴かせてもらってるにも関わらず随分お疲れの様子ね」



 仕事疲れとは別の疲労を溜めたのだろう。顔は笑顔だがいまいち覇気が感じられない。



「……俺も歳をとったみたいでな。子供の体力にはついていけんよ」



「ああ、そういうこと」



 おそらく、千枝と仁奈の仕事に付き添って以降こうしてずっと二人の相手をしているのだろう。



 確かに20代も半ばに差し掛かれば小学生の体力には勝てなくても仕方がない。





「プロデューサーさん! 奏さん! どうでした……?」



「すげー! すげーですよ! 千枝ちゃんはかっこいいなぁ!」



 演奏の感想をキラキラした目でせがむ千枝と、ピアニカが吹ける千枝が純粋に尊敬しているだろう仁奈。



 確かに、このテンションの二人をずっと相手していたらさすがの私も体力に限界が来てしまいそう。



「上手だったわよ。千枝はやっぱり楽器の才能があるのね」



 LMBGというユニットに参加しているだけはある。それに元々器用なのだろう。



「奏の言う通りだ。このままなら明日のテストも大丈夫だよ」



 あぁ、そういう事。明日テストがあるから事務所でも練習していたのね。



 千枝の頭を撫でてあげてるプロデューサーさんを見てると、昔を思い出す。



「どうした?」



「え?」



「いや、俺をじっと見てるからさ」



 自分ではそんなつもりはなかったのだが、きっと気になる程度には見ていたのだろう。





「いえ、相変わらず子供の相手が上手だなって思っただけよ」



「そうかぁ?」



「えぇ、まるで学校の先生みたいよ。そっちも似合ってたんじゃない?」



「プロデューサーが先生でごぜーますか!?」



 先生、という単語に反応したのだろう。千枝のピアニカに向いていた仁奈の興味がこちらに来たみたい。



「えぇ、仁奈もプロデューサーさんって先生みたいって思わない?」



 私がそう言うと、仁奈は腕組みしてむむむなんて唸り始めてしまった。小さい身体で大人の真似をしてる姿ってこんなに可愛いのね。知らなかった。



「千枝ちゃんはどう思いやがりますか?」



 仁奈では答えが出せなかったのだろう。そりゃ仁奈にとってのプロデューサーさんは先生よりパパって感じだものね。



「えーっと……プロデューサーさんが先生なら、もっと一緒に居られるなって……」



 あらあら。この小さなお嬢さんは相変わらずプロデューサーさんの事が大好きみたいね。





「ですってよ、先生」



 基本的に面倒見がいいプロデューサーさんは千枝と仁奈に慕われて心底嬉しいのだろう。無理して二人を抱き上げながら上機嫌に笑っている。



「あははは!」



 子供たちとプロデューサーさんの笑い声が事務所に響く。平和っていいわね。



「お待たせしましたぁ」



 プロデューサーさんが仁奈を肩車して、千枝をお姫様抱っこしながらくるくる回っていると、とろけそうな甘い声の持ち主が事務所に現れた。



「あら、まゆ。お疲れ様。今日は直帰じゃなかったのね」



 先日お仕事を一緒にさせてもらった、絵に描いた様な女の子の佐久間まゆ。



「あ、奏さん。お疲れ様です。まゆはプロデューサーさんに頼まれたので来たんですよ」



 頼む? 何をかしら。肝心のプロデューサーさんは相変わらず回っているし。



「うふふ。プロデューサーさんとっても楽しそうですね」



「そうね。でも、まゆを呼びつけておいて千枝と仁奈に夢中ってのは頂けないわね」



「良いんですよぉ。まゆはプロデューサーさんのためなら何でもしますから」



 うふふ、と笑いながら、プロデューサーさんを見つめるまゆの瞳はまさに恋する女の子って感じね。





「おー、まゆじゃないか。お疲れ様」



 回るのに飽きたのか、仁奈が目を回してフラフラしてるからか、プロデューサーさんは少しおぼつかない足取りでこちらに向かって歩いてきた。



「大丈夫ですか? プロデューサーさん」



「大丈夫、大丈夫。ほら、まゆ来たから千枝と仁奈はそろそろ帰ろうなー」



 なるほど、どうやらまゆに送迎をお願いしたのね。まゆなら安心って事かしら。



「はい! じゃあ、お疲れ様です! プロデューサーさん、奏さん」



「お疲れ様でごぜーます! うわぁ……まだおめめがぐるぐるだぁー……」



「えぇ、お疲れ様。また明日ね」



 千枝と仁奈の手を引いてまゆが事務所から出ていく様を見送りながら、未だにふらついているプロデューサーさんの近くにそっと寄る。



「相変わらず面倒見がいいのね」



「これくらい普通だよ、普通」



 普通、ねぇ。普通と言う割に貴方は昔から面倒見が良かった気がするのだけども。



「それが普通って言えるような環境で育てば、普通なのかしら」



「まぁ、昔から近所の子の面倒とか見てたしな」



「ふーん。そうなの」



 それはさぞ人気者だったでしょうね。貴方みたいな面白い人、子供が離すわけないもの。





「懐かしいなぁ。あいつらも今じゃ高校生くらいになるのかなぁ」



 千枝と仁奈の相手をしていたのは仕事が無かったからではないようだ。言いながら自分のデスクに座るといそいそとパソコンを立ち上げ始めた。



「へぇ? 会ってないの?」



「中学入る時に親父の転勤が決まってな。俺、引っ越しちまったんだよ。子供だから携帯なんて持ってなかったし、それから疎遠」



 今時の子供なら携帯くらい持っているのかもしれないけど、10年以上前なのだからまだ子供が自分の携帯なんて持っていなかった頃だ。



「それは残念ね。会いたい子とか居ないの?」



「一人居るな」



「へぇ、どんな子だったの?」



「やんちゃ坊主でな。いっつも俺の後について走り回ってたよ。お別れの日にわんわん泣いて『行かないで』なんて言う寂しがりだったなぁ」



 懐かしいなぁ、と目を細める彼を見ていると私も懐かしい思い出が蘇ってきてしまった。



「ねぇ、プロデューサーさん」



「なんだ?」



 ちょっと意地悪かもしれないけど、仕方ない。



「私の子供の頃の話、聞かない?」













 私が子供の頃、具体的には小学校に入る前の事。



 私にはいつも遊んでくれる近所のお兄ちゃんが居たの。いつもお兄ちゃんの後ろをついて、なんでも真似して、とにかく大好きだったお兄ちゃんが居た。



 でも、そんなお兄ちゃんは私が小学校に入る年に遠くへ行ってしまう事になったの。



 大好きな大好きなお兄ちゃんが遠くへ行ってしまうって聞かされた私はそれはもうわんわんと泣いて、両親に当たり散らしたりとワガママ放題だったわ。



 あんまりにも私が無茶ばかり言ったからだと思うけど、お兄ちゃんは約束をしてくれたの。



 大きくなったらまた会おうって。



 でも、子供だった私にとって世界は本当に狭くて、私の世界の外に行ってしまうって事は一生会えない事だと思っていたのよ。



 泣きじゃくりながらなんとか、もう二度と会えないって事を伝えたら、やっぱりお兄ちゃんは優しくて『どこに居てもちゃんと見つけてあげるから。だから待っててくれな』って言ってくれたのよ。



 まだ半信半疑だったけど、大好きなお兄ちゃんが嘘を吐くはずないって信じた私は指切りをして、泣く泣くお兄ちゃんを見送ったわ。



 それからと言う物、お兄ちゃんが会いに来てくれる日をまだかまだかと待ちわびたわ。両親にいつ来るのかって毎日飽きもせずに訪ねて。



 いい加減うんざりしたんでしょうね。ある日、母が私に言ったの。『奏が大きくなったら会いに来てくれるよ』って。



 その言葉を聞いた私は、私が小さいままだから、子供だから会いに来てくれないって考えたの。





 だから、私はそれから早く大人になれるように色々してみたわ。母の化粧品を拝借したり、ブラジャーをねだってみたり、髪を伸ばしてみたりと。



 仕方ないでしょう? 子供にとって大人の女性って大体そんなイメージだったのよ。



 ……でも、学校に通っていると段々ほかにも楽しい事が見つかっちゃうのよね。



 えぇ、私は次第にお兄ちゃんの事を思い出さなくなっていったの。



 中学に入った頃には、思い出の中の人になっていたわね。



 その頃には私も忙しかったし、何より友達付き合いが面倒になっていてね。



 ……自分で言うのも何だけど、私って美人の部類でしょ? だから、中学ではしょっちゅう告白されてたの。そうするとその告白してきた男の子を好きだった女の子が居たりするのよ。



 ……女って嫉妬深い生き物。まぁ、察してくれると嬉しいわ。





 そんな風にあわただしく中学生活が終わろうとして居た頃、ふと鏡に映る自分の姿から目が離せなくなってね。



 長い髪の色白の女の子がそこに立っていたの。



 その姿を見て、ふいに『今の私の姿でお兄ちゃんはちゃんと見つけてくれるのだろうか』って思ったの。もう、長い間思い出す事のなかったお兄ちゃんが急に出てきたのよ。



 子供の頃の私は髪も短くて、外で遊びまわる元気な子供だったから肌も焼けていて。今と真逆と言って良いくらいだったの。



 お兄ちゃんは私だってわかってくれるのだろうか。こんな不安が頭をよぎったわ。そりゃ見つけてもらいたいけど、それ以前にそもそもこの私を昔一緒に遊んでたあの子だってわかってくれるかって不安になってしまったの。



 時が経てば人は変わるもの。仕方ない部分もあるわね。



 でも、私の変わりようは変身と言っても良いんじゃないかってレベルだったのよ。



 今のままよりも、せめて少しでも昔の面影が残っていた方が良いんじゃないかって考えが急に浮かんできた私は、その日のうちに家にあったハサミで、大人になるためにって伸ばし続けていた長い髪を切ったの。それはもうバッサリと。



 あ、もちろんその後に美容院で綺麗にしてもらったわよ。文房具のハサミで髪を切ると、とんでもない事になるって良い教訓になったわ。



 短くなった髪で翌日学校に行ったら、私が失恋したとか言う噂が流れて大騒ぎだったのだけど、まぁそれは置いておきましょう。













「そうして高校生になった私はある人に声をかけられたの。『アイドルにならないか』って」



 プロデューサーさんが口をぽかんと開けて間抜けそうな顔で私を見ている。



「……え、お前、まさか、かなで?」



 プロデューサーさんが私の名前を呼ぶ。いつもとはちょっと違ったニュアンスで。



「えぇ。私は速水奏よ」



 やっぱりこの人は気づいていなかったようだ。ちょっと腹が立つけども、それだけ私が綺麗になったんだと思い込もう。



「え、いや……え? 嘘だろ? え? だってかなでって男……だろ?」



「失礼ね。私は今も昔もれっきとした女よ」



 ……当時は自分の事を、お兄ちゃんの真似をして「俺」なんて言ってたし、髪もまるで男のみたいに短くしてたから勘違いしてもおかしくはないかもしれない。子供の性別なんておおよそ髪の毛と服装、あと言動で見分けるくらいなのだし。

「え……? えぇ……? んなばかな……? え……?」



 さっきから壊れたラジオみたいに同じ言葉を繰り返しているプロデューサーさんはとうとう頭を抱えてしまった。



「私の事見つけてくれたんじゃなかったのね。悲しいわ」



 私は声をかけられた時にすぐ気づいたのに、この人は今の今まで気づいていなかったらしい。まったく。人を見る目があるのだかないのだか。



「だって……いや、無理だろ……男だと思ってたガキがこんな美人になってるとかどう想像すればいいんだよ……」



 美人と言われて耳が熱くなるのを感じる。まぁ、今のプロデューサーさんでは気付かないだろうから良いけども。



「まじか……まじか……」



 何故かうなだれている彼に向かって言葉を告げる。



「見つけてくれてありがとう、お兄ちゃん」



 大好きな大好きなお兄ちゃんに向けて。













 私がプロデューサーさんの事を「お兄ちゃん」と呼んだ時、扉の方で物音が聞こえた。



「あ……」



 なんだろう、と振り返ってみるとそこにはついさっき帰ったはずの千枝が居た。



「あ……えっと……奏さんってプロデューサーさんの妹、だったんですか……?」



 何故さっき帰ったはずの千枝がここに居るのだろう。



「えっと……その……ピアニカ……忘れちゃって……」



 おずおずと指し示す先には千枝のピアニカが置かれていた。



「……聞いたの?」



 その前にされた質問からすでに聞かれたのは明白なのだが、念のため。もしかしたらがあるかもしれない。





「えっと……奏さんが、プロデューサーさんを『お兄ちゃん』って呼んでた事、ですか……?」



 ばっちり聞かれていた。



「あぁ……もう……」



 私もプロデューサーさんと同じようにうなだれる。誰にも聞かれたくなかったから、私達だけの時に話したのに……。



 今度は耳だけじゃなく顔全体を、……おそらく茹タコみたいに全身真っ赤になっているだろう。



 千枝が慌てた様子で何か言っていたようだが、私の耳には届かなかった。



 後にあの時の事を千枝に聞いてみたら、私とプロデューサーさんはまるで兄妹のように同じ仕草でうなだれていたそうだ。



End





08:30│速水奏 
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