2016年12月01日

池袋晶葉「時を刻む歯車」


それは何気ない一日の出来事だった。





「晶葉、腕時計あげようか」





「急にどうした」



「いや、昨日家でさ、スケルトンの腕時計発見したんだ。昔使っていたやつ。そのまま腐らしておくのもあれだしな」



「どうして私なんだ」



「ほら、晶葉は歯車とかそういうの好きだろ」



「まあ、好きだが。Pはもう使わないのか」



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「もっといい物を買ってしまってな。スケルトンの」



「薄情なやつめ」



「仕方ないだろ。欲しかったんだから」



「まあいい、せっかくだ。もらっておこう」



「あいよ。安物だから精度とかは求めるなよ。大体1日1分ずれる」



「ありがとう、しかしそれは時計としてどうなのか」



「見た目がかっこよければいいんだよ。大まかな時間がわかるブレスレットだと思え」





Pから渡された腕時計は外周だけに文字盤があり内部が見える構造になっていた。



なるほど、これはなかなかにかっこいいぞ。特に歯車が良く見えるのが好印象だな。



Pも助手としての才能が元からあったのか。



しかし、これでは足りない。肝心なものが足りない。





「P、この時計動いてないぞ」



「そりゃ自動巻きだからな。つけてなきゃ動かないさ」



「なんだ、その自動巻きというのは」



「裏面見てみろ。自由に動くものがあるだろ。それによってつけているだけで勝手に巻いてくれるんだよ」



「なるほど、それは便利だな」



「ちょっと振ってみろよ」





Pに言われたとおりに腕時計を振ってみた。すると振り子が動き秒針が進みだした。



ふふ、少し面白くなってきた。





ちらりと横を見ると勝ち誇ったような顔をしてPが見てくる。





「どうだ。いいだろう」



「まあまあだな」



「じゃあ返せよ」



「嫌だ」





Pがやれやれと言いたげな顔でこちらを見てくる。これもこれで嫌だな。



腕に時計を巻いて時間をあわす。



振り子はまるで今までも動いていたかのように時を刻んでいた。





_________________





「ただいま」



「おかえりなさい。あら、あなた腕時計なんてしてたっけ」



「ああ、これはもう使わないからとPがくれたんだ」



「ちゃんとお礼したでしょうね」



「母さん、当たり前だろ。私を誰だと思っている」



「あなたのことだから心配なんじゃない」



「うっ……」





「それにしてもその時計すごく気に入っているのね」



「どうしてわかるんだ」



「あなたの母親ですからね」



「ちょっと自分の部屋に行ってくる」



「ごはん出来たら呼ぶからね」



「はーい」





返事をしたときにはもう自分の部屋に向かっていた。私の部屋は階段を上った二階にある。



荷物を投げるようにして置くと、私は作業スペース兼勉強スペースの机に向かった。まあ、作業9勉強1ぐらいの割合だが。



今日机に向かい合ったのももちろん宿題をするためではない。もちろんと言い切ってしまうのも自分でどうかと思うが。



早速手に入れた新しい玩具の観察だ。



ふむふむ、振り子が揺れ、それに連動して歯車が動くのだな。



あ、さっきまで気がつかなかった。チッチッチッチッ、歯車が動くたび、秒針が動くたび音がする。



その時計の頑張っている音を、精一杯動いているんだと証明している音を愛おしく思った。





ふむ、もっとこの時計のことを知りたいと思った、が無理だ。



いくら天才を自称する私といえ時計を分解、再構築する技術はない。ついでに工具もない。



いや、分解だけは出来るだろう。分解して元に戻せなければ意味がない。



そういえば昔はよく分解だけして戻せなくて父さんに怒られてたな。戻せないなら分解するなってよく言われてた。



思い出に浸っていると下のほうから声が聞こえた。









「ただいま」



「あら、おかえりなさい。今日は珍しく早かったのね」



「今日は早いって言ってなかったっけか」



「言っていたけどここまで早いとは思わなくて」





父さんが帰ってきたみたいだ。父さんがこんな早い時間に帰ってくることは本当に珍しいことだ。



ドタドタドタと足音をたてながら私は階段を降りていく。もちろん手には時計を持っていた。







「お、晶葉。ただいま」



「おかえり、父さん」



「晶葉、いいもの持ってるじゃないか。どうしたんだ」



「これか、今日Pにもらったんだ」



「ちょっとよく見せてくれよ」



「いいぞ」





そう言って私は父さんに時計を渡す。父さんはそれを受け取るとまじまじと、少年のような顔で眺めていた。



母さんがその様子を見て「やっぱり親子よね」と呟いていた。若干呆れているような表情をしているが多分気のせいだろう。







「はい、ありがとう。父さんも昔はスケルトンの腕時計持ってたんだぞ」



「おお、それはどこにあるんだ」



「あれ、どこだっけな、捨てちゃったかな。母さん、俺が昔持ってた腕時計ってどうしたっけ」



「あら、あなた分解して直せなくなっちゃったんじゃなかったっけ」



「ああ、そうだそうだ」



「……父さん。私によく戻せないなら分解するなって言ってたよな」



「あら、そんなこと言ってたの。父さん昔から分解して直せてなかったものも多いわよ」



「うっ、か、母さん。飯はまだかい」



「はいはい、もうすぐ出来ますから待っててくださいね」



「あ、ごまかした。ごまかしたな」



「父さんがよく直せなかったから晶葉にそうなって欲しくないっていう教訓だ」



「そうやって言っても騙されないぞ」



「ご飯できたから手を洗ってね」



「はーい」



「あ……はーい。わかりました」







_______________________



ふぅ、なんだかんだあったけどもう寝る時間だ。



途中宿題をやるのを忘れていたというハプニングもあったがなんとか終わらすことが出来た。



ベッドに入る前に精一杯時計を振っておく。止まったらまた動かせばいいだけだがなんとなく動き続けてたほうが楽しいからな。



枕元に時計を置いて布団に入る。



チッチッチッチッ、暗くなった部屋で時計は変わらぬ速度で時を刻んでいた。



「おやすみなさい。また明日もよろしくな」



しばらくは付き合うであろう新しい相棒に私はそう告げた。



時計はチッチッチッチッと返事をした。



23:30│池袋晶葉 
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