2016年12月09日

十時愛梨「ハグと握手と」

・シンデレラガールズSS

・Pの一人称地の文メイン

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僕は今、悩んでいます。

担当アイドルである十時愛梨さんとの距離感です。

冬の寒さが厳しく、人肌恋しくなる季節だからでしょうか。

撮影現場で、ライブ後の舞台裏で、仕事の帰り道で。



『密着取材って何を撮るんでしょう……? あっ、試しに私とプロデューサーさんで密着してみましょうかっ!』



『あの、寒いですし、もうちょっとくっついてもいいですか……?』



『心臓がドキドキしすぎて変になりそうです! ほら、触ってみてください』



『今からおうちに帰るまで手をつなぎますっ! いいですよねっ?』

事ある度に、物理的に、精神的に距離を詰めてきます。

今日もそうです。



「プロデューサーさん、おはようございますっ!」



事務所の廊下を歩いていると、背後から明るい声とともに、柔らかな感触。

押しつけられたそれは、ふんわりと沈み込みながらも跳ね返してくる若者の肌ならではの弾力と、確かな質量と圧があり、寒さが体に堪える陽気ではその温もりがより一層感じられます。



もう何度目かになるか分かりません。

最近は徐々にスキンシップがエスカレートしており、このように挨拶がてらハグをされるのが日常茶飯事となってしまいました。



「愛梨さん。あまりこういったことは……」



抱きつかれた衝撃でズレた眼鏡のツルを直してから、優しく愛梨さんを引き離します。



「どうしてですか?」

「ファンの方の中には、アイドルとプロデューサーが身体的接触をすることを良く思わない方もいます」



「えー、でも、今ここにはファンの人はいませんよ?」



可愛くふくれっ面をしても、ダメなものはダメです。

一事が万事。

今は些細なことかもしれませんが、それが日常化するのは好ましくありません。

今の時代、人の目が多すぎます。

芸能記者だけでなく一般人にすら写真を撮られようものならば、ネットであっという間に広がってしまいます。

アイドルたる者、不要な隙を作ってはなりません。



「それでも、です。常日頃から『見られている』という心掛けをする必要があります」



「むー、プロデューサーさんは厳しいです」



甘やかすだけがプロデュースではありません。

甘い対応、なあなあな関係は愛梨さんにとっても、僕にとっても、ファンにとっても不利益です。

とはいえ、愛梨さんのモチベーションを下げるようなことがあっては元も子もありません。

アイドルとの接し方やプロデュースの方向性に明確な正解はなく、それがこの仕事の悩みどころであり面白い部分でもあります。



「僕達はプロなのです。ファンにいつも夢を与える存在でなくてはなりません」



「夢、ですか」



「極端な例を挙げれば、ファンの方にとって愛梨さんが恋人であるかのように思わせることです」



「ええっ!? 私、ファンの人たちと恋人になるんですか!?」



「いいえ。恋人『のように』思わせる、です。実際にお付き合いをするわけではありません。」



「あ、そっかぁ。びっくりしました〜」

「ファンの方の中には、愛梨さんに恋愛感情を持っている方も少なからずいます。そんな方達にとっては、愛梨さんが全く別の男性を見ていたら、愉快には思わないでしょう」



「うーん……。私には、まだよくわかりません」



そういえば愛梨さんの恋愛遍歴を聞いたことがありませんでした。

容姿や人間関係に恵まれながらも、本人の性格や普段の様子を聞く限り、まともな恋愛経験はなさそうです。



「焦ることはありませんよ。いずれ時が経てば、わかると思います」



「そうなんですかぁ」

愛梨さんは自身を抜けていて、どんくさいと評しています。

それでも、僕と仕事をするのは楽しいと、いつも笑顔で言ってくれます。



『私天然だし抜けてるけど、プロデューサーさんがフォローしてくれたら、う、嬉しいです』



『やっぱり私はプロデューサーさんがプロデュースしてくれなきゃ、ダメみたいですっ!』



しかしながら発言にはしばしば気になるところもあり、こちらを信頼しているのか自分を卑下しているのか、よくわかりません。

僕を頼ってくれるのは喜ばしいことですが、やや依存的だとすら思うことはあります。

それはもったいない、とも思います。

アイドルとプロデューサーは二人三脚と言いますが、愛梨さんにはもっとしっかりと自分の足で動いて、自分の頭で動いて欲しいと思うことがあります。

きっと愛梨さんにはそれだけのポテンシャルが、意思が、根性があるはずです。

「僕も色々言いましたが、不安になることはありません。大丈夫です。愛梨さんはとても素敵で魅力的なアイドルです。僕が保証します」



「はいっ! 私、プロデューサーと一緒に居ればトップアイドルになれるって信じてますっ!」



「でしたら、周りからとやかく言われないよう、愛梨さんと僕がくっつくのは禁止です。いいですね?」



「うぅ〜」



「愛梨さんがアイドルを始めてから、しばらく経ちました。ぜひ一度、自分自身を振り返ってみましょう。自分の行いが周囲にどういう影響をもたらすのか、考えて行動ができるようになるための良い時期かもしれません」

※ ※ ※





そんな話をしている内に他のアイドル達も事務所にやってきました。

敷地面積がやたら広いだけの古びた事務所ですが、アイドルとプロデューサーの数は多く活気があります。

特に今、愛梨さんと談笑をしている赤城みりあさんは事務所の明るさに一役買っています。

同僚の担当アイドルであるみりあさんは、愛梨さんと波長が合うのか、たびたび交流していることが多いです。

いずれはユニットを組んでもいいかもしれません。



立ち話をしている愛梨さんを眺めていると、僕も愛梨さんのアイドル活動を振り返りたくなりました。

まず、オーディションを受け持ったのも僕でした。

あどけない顔立ちとそれに反するスタイルの良さ、物怖じしない雰囲気といったものに素質を感じました。

一目見た瞬間に、この子はきっと多くの人に愛されるアイドルになると、確信めいたものがありました。

歌やダンスはレッスンをすればどうにでもなりますが、ぱっと見で目を引く魅力というのはアイドルとして何事にも代えがたい強みだと僕は思っています。

オーディション中に暑いからといきなり脱ぎ始めたのには面食らいましたが、不思議とそこにいやらしさは感じられませんでした。

そんな、良い意味での純粋さも買って合格としました。



今でもあの判断は正解だったと思っています。

事実、総選挙ではしっかり結果を出し、初代シンデレラガールの称号を得ました。



仕事も順調に増え沢山の経験を積んできてはいますが、脱ぎ癖はなかなか改善されず、最近に至ってはスキンシップ過剰なところが見え始めたため、他のスタッフからも色々心配されたり邪推されたりしますが、少なくとも僕自身には全く問題はありません。

そこにはちゃんとした理由があります。

愛梨さんとおしゃべりをしているみりあさんを見ているとよくわかります。



ああ、やはり、今日もみりあさんは美しい。

はりつやのある頬、水を弾くようなうなじ、白い肌に浮き出る鎖骨。

第二次性徴期直前の、未完成の美。

そういったものに僕は興奮するのです。

ですから、外野が僕と愛梨さんのスキャンダル云々を口煩く言おうと、僕としては見当違いも甚だしいと感じるのみなのです。

もちろん、愛梨さんがアイドルとしてとても魅力的なのは疑いようもありません。

「あ! 愛梨ちゃんのプロデューサーさん! おはようございます!」



みりあさんがパタパタとこちらに駆け寄ってきたので、僕も膝を折って、目線の高さを合わせます。



「おはようございます。みりあさん」



「プロデューサーさんは、今日もお仕事?」



「はい」



「そっか〜。えらいえらい」



僕の頭をわしわしと撫で始めました。



「ちょっと、何を……!?」



「あのね、私のプロデューサーは、私が頑張ったらナデナデしてくれるの!」



何をしているのですかあの同期のロリコンは。

こんな純粋無垢な子に手を出すなんて許せません。



「だから、私も頑張ってる人をナデナデするの!」



いえ、今回限りは特別に許しましょう。

「……さて、愛梨さん。今日の仕事の打ち合わせをしましょうか」



一日の活力を得た僕は愛梨さんに向き直ります。

しかし、愛梨さんは何やら難しい顔で僕を見ています。

とても珍しい表情で、それはまるで睨んでいるようにも見えました。



「愛梨さん、どうかしましたか?」



「あの、えっと……。ファンの人達の気持ちになっていました」



「そうですか。それはとても良いことですね」



自身を客観視すること、他の視点から物事を捉えることはとても大切なことです。

※ ※ ※





後日。

朝からどんよりとした天気でしたが、新しい企画書を八割方作り終え、もう愛梨さんはレッスンを終えただろうなと思いながら自販機にブラックのコーヒーを買いに行っていたときにみりあさんに声をかけられましたので僕は今日も元気で仕事が出来そうです眼福です。



「あー! 愛梨ちゃんのプロデューサーさんっ! 今時間ある?」



「大丈夫です」



今日もみりあさんの膝頭の骨が皮膚から浮き出すぎない部分が美しい。



「じゃあ、来て欲しいところがあるの!」



僕は手を引かれて、流れのままに誘導されてしまいました。



「みりあさん、どちらへ?」



「いいからいいからー! こっちこっち!」

全然よくありません。

なぜなら、みりあさんのスベスベな暖かい手で握られてしまっているからです。

その感触への感動と、急な展開に脳の処理が追いついていません。

できれば今、この手の平の感覚以外を脳の処理に充てたくないので、他の機能が停止してくれないかとすら思っています。



「ここだよ!」



視覚と聴覚をなるべく遮断している間に、流されるように連れて来られたのは会議室でした。

この会議室はプロダクション内でも一番小さく、あまり使われていない部屋です。



「入って入って!」



「しかし……」



「いいからいいから! じゃあ、愛梨ちゃん! よくわかんないけど後は任せるね!」



僕を部屋に押し込んだみりあさんはドアを閉めると、そのまま走り去っていきました。

こぢんまりとした会議室は壁が所々剥がれ落ちている部分があり、年期と淋しさが漂っています。

窓のブラインドは下げられていて蛍光灯の明かりだけが部屋を照らしており、昼間にもかかわらず天気の悪さも相まって部屋全体に薄暗さを感じさせます。

ブラインドの横には愛梨さんが立っていて、こちらを見るとすこしほっとしたような表情をしました。

暖房はかかっているはずなのに、寒いのでしょうか、あるいは不安だったのでしょうか、自分の腕で身を寄せていました。



「プロデューサーさん、来てくれたんですねっ! それじゃあ、ここに座ってください!」



「座るのは別にいいのですが……。何かありましたか、愛梨さん」



「えと、今日は、手作りのケーキを食べて欲しいんですっ!」

確かに、目の前の使い古された長机の上には、来客用の皿とラップに包まれたケーキが置いてあります。

苺の乗ったスタンダードなケーキで、部屋が薄暗い中で白のクリームが輝いて見えます。

愛梨さんのケーキはいつも絶品で、甘すぎるものは得意でない僕の口にも合うように作ってくれているそうです。

それにしても、なぜ今更この場所で?



「あと、会議室は事務の人に聞いて、今日は使う予定はないみたいです。だから、ちゃんとこの部屋をつかいますって手続きをしてきました」



「準備がいいですね」



「ですから、今日は私がプロデューサーさんにケーキを食べさせてあげるんです! あーん、って」



「先日も言ったように、あまりそういうことは……」



「ここなら誰も見てないですよ!」



「いえ……」



「手作りケーキを食べてもらうだけですから! 身体と身体が触れなければいいんですよねっ?」



「そういう問題では」

やんわり断ってはいまずが、同時に、なるほどと感心していました。

『考えて行動する』『見られていることを意識する』『身体的接触を避ける』ことを考慮した上での結果なのでしょう。

確かに、スキンシップに関する件は、愛梨さんの意思の表れという意味で良い我が儘なのかもしれません。

そんな思考を巡らせている間に、愛梨さんは手際よくケーキとフォークを準備していました。



「愛情たっぷりですからね! プロデューサーさん、遠慮せずに、あ〜ん」



「しかし」



「みりあちゃんにも、せっかく協力してもらったから、いい報告がしたいんですっ!」



それはとても大事なことです。

みりあさんを泣かせる人がいたら万死に値します。

そして、担当アイドルを泣かせる人も果たしてどうなんでしょうか。

愛梨さんの眉の端は垂れ下がり、これ以上断れば今にも泣き出しそうです。

おんぼろのブラインドの隙間からは晴れ間が見え始め、差し込まれた一筋の光は愛梨さんの潤んだ瞳を照らしていました。

こんな表情を、初めて見ました。

愛梨さんなりに色々考えているのでしょう。

自身を天然と評する愛梨さんですが、やはり、決してそれだけではないようです。



唐突に脳裏に浮かんだのは、天然だけではなく実はしたたかで小悪魔的な面も持つアイドル。

今後はそんな方向性にプロデュースするのも、曲やパフォーマンスの幅を広げるためにアリかもしれません。

企画書も作り直そうと思います。



未完成を美とするならば、人として、アイドルとして変わってゆく愛梨さんもまた、美しいのでしょう。

そしてそれは、人生の一部を預かるプロデューサーとして見守っていく責務があるのでしょう。

「わかりました。では……いただきます」



愛梨さんの腕や吐息は震えています。

僕はそれすらも飲み込もうと、フォークの上に表現された十時愛梨を味わいました。



「……うん、とても美味しいです」



「本当ですかっ! えへへっ」



「ええ、また一段と美味しくなりましたね。なんと言いますか……スポンジに品が出た、という感じでしょうか」



「わーっ! 嬉しいですっ! 今まではクリームのおいしさばかり気にしていたんですけど、今回、スポンジの作り方を新しくしてみたんです!」



なるほど。甘さがこってりしていない印象なのはそのためですか。

愛梨さんは弾けるような笑顔で、この上なく満足そうです。

「ケーキはアイドルと似ていますね。そう思いませんか、愛梨さん」



「えっ?」



「苺やクリームに目が行きがちですが、その実、生地がしっかりしていないと味が浅いものになってしまいます」



「じゃあ、アイドル愛梨も、ケーキみたいな甘さとおいしさをしっかり身につけて、みんなをもっと笑顔にしていきたいですっ!」



変わらない笑顔と、皆の幸せを願う心。

成長し、変わり続けようとする向上心。

貴女と共に歩み進んで行けることを、僕はとても誇らしく思います。

「もちろんです。これからも宜しくお願いします、愛梨さん」



ですから、僕も変わらなければなりません。

僕は右手を差し出しました。

あくまでビジネスライクに、握手くらいなら、まあ、問題ないでしょう。きっと。

あまりに急なことだったせいでしょうか、愛梨さんはきょとんとしています。

それでもすぐに、その大きくて愛らしい目を輝かせて、両手で僕の手をぎゅっと包み込みました。



「はいっ! よろしくお願いします、プロデューサーさんっ!」



ケーキも、仕事も、甘すぎるのは好みませんが。

今日くらいは、甘くなってもいいのかもしれません。









おわり



17:30│十時愛梨 
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