2016年12月22日

箱崎星梨花「バズーカを担いだサンタさん」


 リンリン、シャンシャン、ぷっぷかぷー。

 

 楽し気に響く鈴の音と、陽気なメロディが街を彩り始めると、

 ああ、今年もまたこの時期がやって来たのだと実感する。



 

 敷地内に併設された劇場から、事務所本館へと繋がる渡り廊下。



 そこを行く箱崎星梨花は遠く、風に乗って流れて来るクリスマスナンバーに耳を傾けながら、

 冬の寒さにかじかむ両手を「はぁ〜」っと息で温める。

 

 それから彼女は、ひとりでにこぼれる笑みを隠し切れずに「えへへ、てへへ」なんてだらしなく顔をゆるませた。



 

 別に先ほどまでやっていた、劇場でのレッスンが特別上手く行ったとか、

 これから楽しいイベントが待っているというわけじゃない。



 それでも星梨花が、こうして微笑みを隠し切れないでいるその理由は単純に、彼女がワクワクしていたからだ。

 ワクワクさせられるだけの雰囲気というのが、この時期の街には溢れてるのだ。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1481454166



 

 ライブの前に感じる緊張混じりの物とは、また違う別の高揚感。



 お祭りや催しの前の準備期間に感じる、ウキウキとした楽しい気持ちとでも言うべきか。

 それはクリスマスの夜がやって来るよりも大分早く始まって、星梨花の心をドキドキと見事に逸らせる。

 

 中にはこの馬鹿に浮ついた空気というのが、気に入らないという人もいるだろうが――

 それでも星梨花は、この時期の雰囲気が好きだった。

 

 だから彼女はワケも無く、なぜだか無性に楽しいのだ。



 

「あわてんぼうの〜、サンタクロース〜♪」



 足取りも軽く歌を口ずさむ星梨花の姿に、彼女とすれ違う人達は皆、心の中で微笑ましい気持ちにさせられた。



 なぜならば、今日の星梨花は白いワンピースの上に赤いカーディガンを羽織り……

 まるで彼女自身が幸せのおすそ分けをするために一足先にやって来た、サンタクロースのようだったからに他ならない。

===



「えへへ、おはようございます!」



 あわてんぼうの星梨花サンタが、次の予定までの空き時間を過ごすためにやって来た休憩室の扉を元気に開ける。



 寒い廊下から暖かい室内に逃げ込むと、彼女はふぅっと一息。

 部屋の中を見渡して、この場に誰がいるのかを確認した。



 

「おはよう星梨花ちゃん。今日も天使みたいに可愛いね♪」

 

「あっ。……こちらこそ、おはようございます箱崎さん」





 返事を辿るようにして、部屋の中央にデンと置かれたコタツへと吸い寄せられる星梨花の視線。



 そこには籠に入ったミカンの他にも、色とりどりの厚紙や紙テープ。それにのりだのハサミだのスケッチブックにクレヨンと。

 なんだかごちゃごちゃ、子供の工作で使うような物が並べられていて。



 そんな賑やかすぎる台の上。僅かに空いたスペースに置かれた便箋に難しい顔でペンを走らせていたのは、

 容姿だけを見ると知的で真面目なクールビューティに見える真壁瑞希その人であり。



 彼女に向かい合うようにしてコタツに入り、手に持った長い筒のような物体を

 紙テープや切り出した厚紙でベタベタと飾り付ける作業にいそしんでいたのも、

 一見すれば慈愛と落ち着きに富んだ大人の女性、北上麗花その人だ。



 そう、一見。あくまで一見した印象で語るなら、である。

 

「……お二人は、一体何をなさってるんですか?」



 目の前に座る二人の姿は、それはそれは星梨花の好奇心をビシバシと強く刺激した。

 瑞希が便箋から顔を上げ、アイロンのしっかりとかけられた制服に良く似合う、そのキリッとした表情を崩すことなく返事する。

 

「私は今、サンタさんへのお手紙をしたためているところです」



「サ、サンタさんですか?」





 一瞬、星梨花の周りの空気が固まった。……彼女は今なんと言った? 自分よりも四つ年上。

 現役の女子高生である真壁瑞希は、そう、サンタクロース宛の手紙を書いていると言ったのだ。

 

 世間一般には空想の産物だと言われる、子供向けのお伽話に出て来るサンタクロースに手紙を書いていると言ったのだ。

 ……大事なことなので二回述べたが、何もここは笑うところじゃない。

 

 彼女は真面目も真面目、大真面目。ふざけているのでも、冗談を言って星梨花の質問をはぐらかしているのでもない。

 彼女の持つ純粋さは時に、十三歳の星梨花を超える。……真壁瑞希は真剣に、サンタクロースの存在を信じている少女であった。

 

 そうして覚えておいて頂きたいのは、そんな彼女に質問した星梨花本人もまた、

 あの水瀬財閥――よりは少々規模は小さいものの、箱崎家のお嬢様。正真正銘本物の、純粋培養箱入り娘なのである。



「いいなぁ、サンタさんへのお手紙なんて……素敵です!」



 星梨花がその瞳を輝かせ、こう口にしたのも当然だろう。何せ彼女も瑞希同様、サンタの存在を信じていたのだ。



 

 その時、まるでそんな二人にツッコミを入れるが如く、パァーンッ! と高い、破裂音が休憩室の中に鳴り響いた。

 と同時に、麗花の手にした筒の先から空中へと炸裂する紙吹雪。



 彼女の対面に座っていた瑞希は、それをシャワーのように頭の上から浴びながら、それでも表情は一切変えずにもう一度。

 

「わ、私は今、サンタさんへのお手紙をしたためているのです」



 そう言う瑞希の声は先ほど殆ど同じ、抑揚の少ない落ち着いた声だったが……

 よくよく見ればその瞳は、若干潤んでもいたのであった。

 ===



「瑞希ちゃんごめんね? まさか、暴発するなんて思ってなくて……」



「いえ、多少驚いてしまっただけですし。……もう大丈夫です、はい」



 室内に散らばった紙吹雪の後片付けを行いながら、麗花は瑞希に謝った。



 麗花の言う『暴発』とは、彼女が嬉々として飾り付けていた長い筒――

 要は市販のバズーカ型クラッカーを手違いで鳴らしてしまったことを言っている。



 (初め星梨花が目にした時に、これをバズーカだと認識できなかったのは、

 麗花のゴテゴテとした飾りつけのせいですっかりシルエットが変わっていた為だった)

 

 そうして二人に混じって片づけを手伝っていた星梨花は、当然のように沸いて出た疑問を口にする。

 

「あの、ところで麗花さんは、どうしてクラッカーを飾り付けてたんですか?」



「ああ、それはね星梨花ちゃん」



 麗花が説明のために人差し指をピンと立て……固まる。

 

「……えっと、えっとね……どうしてだったっけ?」



「忘れちゃったんですか?」



「うん……でも、忘れちゃうぐらいだから。きっと大した理由は無かったんじゃないかな♪」





 それでいいのか北上麗花。二十歳の女性とは思えぬ屈託のない笑顔でそう言うと、

 彼女は畳の上に転がしていたクラッカーを再び担ぎ。



「『このレイカサマバズーカで、みぃんなをフルボッコにしちゃうぞ☆』」



 突然のフルボッコ宣言に、ポカンとした表情になる星梨花と瑞希。

 

「……このセリフを言わなくちゃってことだけは、何となく覚えてるんだけど」



「ま、ますます謎が深まりますね……」



「どこかで聞いたことがあるような、ないような。……思い出せないのが、はがゆいな」

===



 さて、閑話休題である。

 

 部屋の掃除をすっかりと終わらせてしまうと、コタツを囲んだ三人は各々、

 次の予定が始まるまでの時間をまったりと過ごしていた。

 

 瑞希は再び手紙に向かって黙々とペンを動かしているし、星梨花も彼女から分けてもらった便箋に何を書こうかと考え中。

 麗花はコタツの中からどてらを羽織った上半身だけを外に出し、畳の上に寝そべった状態でミカンを食べている。

 

 何とも平和な、休み時間のワンシーン。



 

「後は、しっかりと封をして。……これで、よし」



 コタツの上にスティックのりをトンと置き、瑞希が慎重な手つきで封筒の封を閉じる。

 そうして「ふふっ。完璧だぞ」なんて呟きながら、傍から見ても分かるぐらいに、満足そうにその頬を緩ませた。

(それはいつも無表情気味な彼女にしては、とても珍しいことだ)

 

「瑞希さんは、どんなお願いを書いたんですか?」



 星梨花がそう尋ねると、瑞希が「それは……秘密です」と口元に手を当てる。



 すると寝転がっていた麗花がミカンを取るために体を起こしながら

「お願い……か。私は、何をお願いしようかなぁ〜」と口にしたのだ。

 

「麗花さんも、サンタさんにお願いするんですか!?」



 驚いたように星梨花が言うと、麗花は「もちろん!」と答え。

 

「山登りに使うシューズを貰っても嬉しいし、運転に使う手袋なんかでも……。だけど、それだとちょっとありきたり?

 せっかくサンタさんから貰う物なんだから、もっとこう、特別な何かにした方が……」



 そうしてミカンの皮を剥きながら目線だけは天井を見つめ、何をお願いしようかと候補を絞り始めた麗花のことを、

 星梨花は不思議な生き物を見るような顔で眺める。

 

「あの、麗花さんのような大人の人のところにも、サンタさんはプレゼントを持って来てくれるものなんでしょうか?」





 星梨花の抱いた素朴な疑問。工作用具を片付けていた瑞希の手がピタリと止まり、

 麗花の口に入り損ねたミカンがコタツの上にポトリと落ちる。それから二人は、お互いの顔をしばし見つめ合うと。

 

「十七歳は、法律的に見て子供です」



「二十歳だって、親から見ればまだ子供だよ♪」



 さも当然の権利だと言わんばかりの顔でキッパリと、二人は未だ怪訝そうな表情を浮かべる星梨花に

「だから、プレゼントは貰えます!」と声を揃えて言い切った。

 

 けれども、星梨花はそんな二人の言葉に納得するどころか、

 ますます困ったように眉をひそめて「親から見れば?」ぽつり、聞き返すように小さく呟く。

 

「……それって、麗花さんのお父さんもサンタさんってことですか?」



 驚きと困惑、そして僅かな期待がないまぜになった表情で、小さく首を傾げる彼女のなんと純真たることか。



 今、まさにこの瞬間。星梨花の中に生まれた二人目のサンタクロースの存在は、

 長年抱いていた『サンタクロースは世界に一人』という彼女の常識を覆したのだ。……しかも、それだけでない!



 

「北上さんは……サンタクロースの一族だった……!?」



 あろうことか麗花の発言はもう一人の純粋娘、瑞希にまで大きな影響を及ぼした。



 星梨花よりは一歩先に進んだステージ、『サンタクロースは、クリスマスにプレゼントを運ぶ特別な一族の名前である』

 と認識していた瑞希だったが、まさか、その一族の者がこんな身近な場所にいたなんて!

 

 世界とは意外に狭いものなのだということを感じつつ、驚きに固まる両者の姿に、

 良識を持った人間ならばきっとこう声をかけたに違いない。

 

「麗花の父親がサンタだなんて、そんなことあるわけないでしょっ!? 

 ……まったく、アンタたちときたら疑うってことを知らないわね!」



 そうして彼女は、「フン」と前髪をかきあげながらこう言って話を締めくくることだろう。

 

「大体、サンタが人間なワケないの。アレはきっと幽霊だとかなんだとか、そういう類の存在なのよ。

 ……でないと毎年毎年、ウチの超厳重な警備を潜り抜けてプレゼントを置いていく、その説明がつけられないじゃない」



「い、言われてみればそうかもしれない。私の家も、お弟子さんたちで一杯なのに……

 毎年誰にも気づかれず、プレゼントを持って来てくれるもの」



「……別に二人がそれでいいなら構わないけど。楽しみにしてたプレゼントが

 幽霊からの贈り物だったなんて分かったら、自分、素直に喜ぶなんてできないぞ」



「真、背筋も凍る恐ろしい話です」





 ああ、呼んでも無いのにぞろぞろと。――どちらにせよ、多少なりともサンタクロースの真実を知る者ならば。



 例えば志保や静香といった少女たちが二人の前に居たとするならば「父親がサンタクロース……か」と、

 どこか遠い目をした陰りのある表情で、世間一般におけるサンタの正体を二人に説明するか、誤解を招くような発言をしてしまったことを詫びただろう。

 

 だが、悲しいかな――いや、サンタを信じる二人にとっては幸運なことに、

 麗花はそんな誰とも違うリアクションを二人に返してくれたのだ。

 

「し、知らなかった……!」



 コタツの上に落としたミカンを今度こそ口の中で噛みしめながら、麗花は眉間に皺を寄せ、なんとも渋い表情で呟く。

 

「私の親が、サンタクロース!? ……だったら私もゆくゆくは、親からサンタのお仕事を引き継いじゃったりするのかな?」



 そうして「ううん、もしかしたら世襲制じゃなくて免許制かも……。

 ところでサンタクロースの免許って、どこに行けば取れるんだろう?」なんて、嬉しそうに喋り出したのだ。



 

「……するとサンタクロースになった北上さんは『麗花・ニコラオス・北上』や

『ニコラウス・麗花』といった名前になってしまったりするのでしょうか? ……それはちょっと、呼びにくいな」



 どうやら瑞希の中では既に、麗花の父親はサンタクロースの一人になったらしい。



 渋い青磁色のどてらから派手な紅白のサンタ衣装に着替えた麗花の姿を想像しつつ、

 瑞希が彼女の新しい呼び名をいくつか推測して口にする。

 

「でしたらこのお手紙は今ここで、ニコライ北上さんにお渡しした方がよいのかもしれませんね」



 そう言って瑞希の差し出した封筒を、麗花がためらうことなく手に取ろうとした時だ。

 

「麗花さん! おミカンを食べた手で、大切なお手紙を触っちゃダメですよ!」



「ハッ! そ、そうでした……」



 星梨花に注意された麗花は素直にティッシュで手を拭くと、それから改めて瑞希の手紙を受け取った。





「こうしてお手紙を渡されちゃったからには、今年の冬はサンタクロースのお仕事、ちゃんとやらなくっちゃダメだよね。

 ……私もこんなお仕事をするのは初めてだけど、皆をガッカリさせないよう頑張ります!」





 こうして事務所の休憩室に、新たな見習いサンタが誕生し……サンタの歴史が、また一ページ。

 

 クリスマスイブの夜にはお馴染みの恰好でソリに乗る、麗花の姿を見られることだろう。

 ああ、プレゼントを待つ子供たちは、称えよ、サンタ麗花を――!

 ===



 ……いやいや、ちょっと待って欲しい。さすがに物語はこんな唐突には終わらない。終われない。



 突拍子もない麗花の『サンタクロースなります宣言』に待ったをかけられる少女の存在を、忘れてしまっては大変だ。



「……実現できるなら、それはとっても素敵なお話ですけど。麗花さんには、やっぱり無理だと思います」



 瑞希と麗花。二人のフワフワとしたやり取りに、『常識』という名のメスを入れたのは星梨花であった。



「思い出してください。麗花さんはどんなに頑張っても、サンタさんにはなれません」





 彼女にしては珍しく、厳しい表情を浮かべた星梨花の言葉に、麗花は「私が、サンタになれない理由?」と首を傾げる。



 ……いや、不思議そうに首を傾げること自体、本来ならば非常に問題のある反応だと思われるのだが。

 この際そこは『だって彼女は、北上麗花だから』の一言で済ますことにしよう。



 重要なのは、麗花がサンタクロースになれないと、そう星梨花が考えている理由なのである。



 それは彼女が、サンタクロースは世界にただ一人しかいないと信じているからなのか? 

 それとも女の人にはお髭が生えないから、サンタにはなれないと思っているからか?

 

 どちらにせよ、星梨花がその理由を答える前に、麗花は「分かった!」という風にポンと手を打った。



「ふふふっ。心配なんていらないよ? サンタクロースが着てる服のことなら、きっと衣装室にあると思うから♪」



 恐らくここに奈緒がいなかったのは、不幸中の幸いといったものであろう。



 我々は余りのツッコミどころの多さゆえ、過呼吸になって運ばれていく彼女の悲しい姿など見たくない。

 ……最低でも麗花を相手にするときは、桃子や伊織を含めた三人がかりで挑むべきなのだ。



 

「サンタクロースを呼ぶ子供の声が聞こえたら、あっとい間に衣装に着替えて……それからソリに乗って飛んで行くからね!」



 もはや麗花の語るサンタクロースは、どこぞのマイティヒーローと同列である。

 だがしかし、星梨花が麗花に言いたかったのは、サンタの衣装をどう用意するかという話では無かったのだ。

 

「あう、その、違います! わたしが言いたかったのは、衣装の話じゃありません!」



「衣装じゃないの? だったら私の乗ったソリを引く、トナカイの準備についてかな?」



 暖簾に腕押し、糠に釘。麗花の耳は、馬よりも人の話に傾かない。



 そのまま考えるように顎に手を当てて「うぅーん、確かに星梨花ちゃんの言う通り。私にトナカイの知り合いはいないし……。

 あっ、そうだ♪ ここは一つ、茜ちゃんにお願いを――」なんて言いだした。

 

 

 するとそれまで黙って二人の話を聞いていた、瑞希がここぞとばかりに手を上げる。

 

「私に、いい考えがあります」



 古来よりそう言って出された提案には碌な物が無いということは、人の歴史が知っている。

 けれども麗花は、星梨花が口を挟む隙すら与えぬ速さで「なになに? 教えて欲しいな!」と彼女の話に食いついた。

 

 すると瑞希は、コホンと咳ばらいをした後で。

 

「……いくら野々原さんといえ、一人でソリを引っ張っていくのは大変な作業かと思います。

 それにサンタさんのソリには、全部で八頭のトナカイがいると言いますし……。

 ここは私もトナカイとして、野々原さんと一緒になってソリを引こうかと」





 粛々と語られた瑞希の提案に、「み、瑞希さんがトナカイですか!?」と驚く星梨花。

 

「はい、トナカイです箱崎さん。実はこんなこともあろうかと、衣装なら既に準備済み。……ルドルフ瑞希、出番だぞ」



 瑞希の口から飛び出した突拍子もない提案に、星梨花の頭の中にはピエロのような赤鼻をつけ、

 着ぐるみのようなトナカイの服を着た瑞希の姿が浮かび上がった。

 

 サラサラと白い雪の降る夜の街。

 星の夜空を、彼女は同じような衣装を纏った茜と共に麗花の乗ったソリを引いて飛んで行く――――。

 

 けれども麗花は、申し訳なさそうに「瑞希ちゃんの気持ちは嬉しいけれど」と前置きしてから。

 

「でもそうすると、私は瑞希ちゃんにプレゼントを届けに行けなくなっちゃうよ? 

 ……サンタクロースは、いい子が眠ってる間にやって来るものだから」



 麗花の指摘に、瑞希が「しまった」といった表情に……なったかどうかは分からなかったが。

 

「……それじゃあ、トナカイ役は厳しいな。……残念ですが今回は、役を野々原さんにお譲りします」



「うん。これに懲りずに、またオーディションを受けて欲しいな。まだまだ季節のイベントは、沢山予定してるから」





 麗花から慰めのミカンを貰った瑞希が、上げていた手を静かに降ろす。

 

 それと同時に、星梨花の空想からもトナカイ役の瑞希が煙のように掻き消えて――

 残った茜一人では支えきれなくなったソリは、『ヒューッ!』とコミカルな音を上げながら、

 雪の降り積もる地面へと、落っこちて行ってしまったのである。

 ===



「……わたしは、一度見てみたかったです。トナカイ姿の瑞希さん」



 先ほどまでの麗花を諫める態度も何処へやら。

 好奇心に心揺らいで本来の目的を見失ってしまった星梨花の口から、残念そうな呟きが漏れる。

 

「申し訳ありません箱崎さん。それでも今後、お仕事や別の機会に披露するチャンスはあるかと。……乞う、ご期待」



 慰める瑞希の言葉に「……期待しちゃいますよ?」と上目遣いで答える星梨花。

 その可愛さにキュンときたのか、瑞希が剥いたばかりのミカンから、房を一つ摘まんで星梨花の口元に持って行く。

 

「…………はむっ」



 もはや二人の間には、言葉も不要の絆があった。

 はむはむと口を動かす星梨花の前に、今度は麗花がミカンを差し出す。





「はむっ」「はむ」「はむっ……」「あむ」



 気がつけば、あっという間に口の中一杯にミカンを頬張る星梨花と、

 餌付けするように交互に手を出す年上の悪い女たち。そういう構図が出来上がっていた。



 ……顔を真っ赤にしながらも必死にミカンを咀嚼する星梨花の姿は、なんと小動物的な愛くるしさに満ちていることか!

 

「はい、星梨花ちゃん。あーん♪」



「私からも……あーん……♪」



「ん、んっ! ……んんぅ!!」



 とはいえ、さすがに限界である。



 ふるふると可愛らしく首を振って二人に限界が来たことを伝えると、

 星梨花はこれ以上ミカンをねじ込まれないよう、両手を使って口を押さえた。



 すると行き先を失った麗花の手は、自然と瑞希の方へ伸ばされて。

 今度は麗花と瑞希の間で、ミカンの応酬が始まった。



 

「はむっ……。ほひぇは、ひょいみひゃんれふ」



「だひょね? あみゃみとひゃんみふぁ、ふぉうひょよふって」



「ふゅひゃひふぉも、ふぉひょうふぃあふぁふいへふ!」



 人は過ちを繰り返す生き物なのか。もごもごと口を動かしながら喋る三人の会話は、まるで宇宙人の会話である。



 これでは文字通りお話にならないと、それぞれ口の中を空っぽにするために沈黙し――

 ここに来てようやく、休憩室に静寂が訪れたのだ。

 

 壁掛けの時計がカチコチと針を鳴らし、外の冷たい風がミシミシと窓を揺らす。

 部屋の隅に置かれたストーブの上、やかんの口から蒸気が上がる際のシューシューという音が、

 聞いている者に心地よいリズムを刻ませる。

 

 体はぽかぽか、ミカンによってお腹も満たされて、これでまどろむなと言うのも難しい話だ。



 時間にしてほんの一、二分。ついうとうとっと意識を失いかけた星梨花は、

 しかし、この後にミーティングが予定されていたことを思い出し、睡魔に閉じかけていた瞼を無理くり持ち上げた。

 

 このまま眠ってしまっては、最悪、お仕事をすっぽかしてしまうことになる。



 自分がお仕事を頑張らないと、プロデューサーさんのお給料だって出なくなり――そう、お仕事。大切なのはお仕事なのだ!



 

「そ、そうです麗花さん! お仕事ですよ! お仕事のお話があるんですっ!!」



 星梨花が思わず上げた大きな声に、麗花と瑞希の肩がびくっと震える。



 それから麗花が、まるで寝起きのような顔をして星梨花をジッと見つめると、

 突然彼女に向けて手を伸ばし、その頭をよしよしと撫で始めた。

 

「心配してくれてありがとう星梨花ちゃん。でもね? 

 サンタクロースのお仕事なんて素敵な予定は、忘れようがないから大丈夫だよ♪」



 そう言う麗花の気分は、もうすっかりサンタクロース。



 とんちんかんな返事をする彼女に変わって「ああ、そう言えば」と手を打ったのは瑞希であった。

 

「違います、ニコライさん。箱崎さんが言っているのは、アイドルとしてのお仕事で……。

 今の今まですっぽりと失念していましたが、クリスマスイブには私たちの出演する、クリスマスコンサートのお仕事が」



 そうして瑞希の指さした先。



 休憩室の壁にかけられた連絡用のホワイトボードには、

 クリスマスイブに行われるコンサートの告知用ポスターがマグネットで止められていた。



 出演するアイドルの名前欄には、この場に居る三人の名前も並んでいる。





 するとそれまでぽわわんとしていた麗花の表情が、急にキリッとした真剣なものに切り替わった。

 

「ならコンサートが終わってすぐにプレゼントを配り始めなきゃ、朝が来るまでに間に合わなくなっちゃうよね……?

 どうしよう。ステージの後に残る体力のことを考えると、さすがに茜ちゃんトナカイだけじゃ不安だよ」



 それから彼女は両腕を組むと「ここは体力に自信のある海美ちゃんと……。

 それから、挫けそうな時にこそ皆を引っ張ってくれる紗代子ちゃんも加えた方が」なんてブツブツと呟き始める。



 今、麗花の頭の中では茜・海美・紗代子の三人を担当区間ごとに入れ替えながらソリを引く

 配達パターンのシミュレーションが始まっていた。

===



 ――しんしんと雪の舞う夜の街道を、颯爽と駆け抜ける一台の乗り物。

 

「エンジンも無いのに凄いスピード! びゅんびゅんびゅーんっ♪」なんて上機嫌な麗花を乗せたソレを、

 人は見た目からソリとは呼ばず人力車と呼ぶのだが。



 この日の為に用意され、クリスマス仕様にロコナイズされたその乗り物は、目的地へ向けて風のように麗花を運ぶ。



 後ろについた座席と直結したベルトコンベアーの上をトナカイ役の人間が走ることで生み出されるスピードは、

 人力だと言うのに平均時速六十キロを軽く超え「理論上は引き手の体力が続く限り、何キロだって出せますよ」とは、

 開発を担当した秋月律子女史のお言葉だ。



 

 既にプレゼントを配り始めて二時間は経つ。

 ゴーグルに吹きつける雪を拭いながら、麗花は手元の『いい子リスト』へと視線を落とした。



 ここまでは、すこぶる順調……既に用意されたプレゼントの三分の一は配り終わった。

 このペースで街を回れば、明け方までにはすべてのプレゼントを配達することができるだろう。

 

『ぼやぼやしないでください麗花さん! 次の目的地、近づいて来ましたよ!』



 耳につけた通信用のヘッドセットから、ナビゲーションも担当する律子の指示が飛んでくる。

 

「はーい、分かってまーす♪」



 そんな律子にのんびりとした返事を返すと、麗花は座席のすぐ隣。

 風よけの幌と椅子の間にこしらえられたラックからガチャリ、物々しい輝きを放つバズーカ砲を手に取った。



 

「それにしても最近のバズーカって便利なんですね。私、サンタさんのプレゼントは手渡しだって思ってました!」



『科学技術の発展は、あらゆる分野を効率的にするんです』





 取り留めのない会話を交わしながら、麗花が傍らに置かれた袋の中からバズーカに詰めるための砲弾を取り出す。

 弾頭についている膨らみの中には、律子の言う『超技術』によって圧縮されたプレゼント。

 

「それじゃあドカンと一発! いっきまっすよ〜♪」

 

 特製のプレゼント砲弾を装填したバズーカを肩に担ぐと、麗花が目の前に迫りつつある建物に狙いを定めて引き金を引いた。



 瞬間、辺りには『ぷっぷかぷー』とおもちゃのトランペットのような音が鳴り響き、

 紙吹雪と共に発射されたプレゼント弾が目標に向かって飛んで行く。

 

 そうして麗花が見守る中で、放たれたプレゼント弾は無事に建物の窓に着弾、命中! 

 情け容赦なくガラス窓をぶち破り、スヤスヤと眠っていた子供を夢の中から叩き起こした。

 

「なっ、なに!? なになに、なんなのっ!」



 ベットから跳ね起きた少女が、狼狽しながら部屋の中を見回し叫ぶ。



 泥棒でも入って来たのかと慌てて電気のスイッチをつけると、穴の開いた窓からは部屋の中へと冷たい風が吹きすさび、

 キラキラと蛍光灯の光を反射するガラス片の上には、見慣れぬ物体がゴロリと転がっているのが見て取れた。



 そうして次の瞬間には、転がっていた物体から勢いよく白い煙が放たれて……

 ようやく視界がハッキリすると、そこには丁寧に包装されたプレゼントの箱が。



 箱の上面に張り付けられたクリスマスカードには、へにゃへにゃとした線で描かれたクリスマスツリーのイラストと一緒に

『いい子の桃子ちゃんへ。サンタさんより』の文字。



 

「えへへっ♪ また一軒、お仕事完了っと!」





 そんな調子でサンタ麗花が順調に仕事をこなし、トナカイたちのローテーションも二巡目に突入した時だ。



 吸い込む息が肺を刺す程の寒さの中、海美から引き手を交代した茜は走り出しこそ好調だったものの、

 やはり彼女の体力は、麗花の懸念していた通り直前のステージと凍えるような夜の寒さにとっくに限界を超えていて――。

 

 突然、ガクンとソリの動きが止まった。

 驚いた麗花が『いい子リスト』から顔を上げれば、ベルトコンベアーの上に茜の姿は見当たらず。

 

『……何かあったんですか麗花さん。ソリの動きが止まっちゃいましたよ?』



「り、律子ちゃん! 茜ちゃんが、茜ちゃんが……!!」



 落ち着きを失った麗花の声に、事務所内情報処理室の巨大モニターの前で

 ナビゲーションに当たっていた律子も思わず唇を噛みしめる。



 まさか、いや、でもそんな――! 判断を下すには、まだ早い。



 モニターに表示された宅配ルートの地図の上、点滅する光点を祈るような思いで見つめながら、

 律子は麗花の返事をただ待つことしかできない己の身のはがゆさに苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

===



 空の彼方から舞い落ちる雪は、まるで今年一年の間に溜まってしまった人の世の穢れを、

 洗い清めるように次から次へと降り注ぎ。



 この一夜だけでも世界から、全ての醜い物を覆い隠そうとでもいうかのように、万物を自身の持つ純白へと染め上げる。

 

 それは例えば道であり、木々であり、遠く見える山々も、

 周囲にそびえる建物だってわけ隔てなく。そう、分け隔てなく……全てをだ。





 恐らくは力尽きて倒れ込んだ際、ベルトコンベアーから滑り落ちた彼女の上を、ソリは通り過ぎて行ったのだろう。



 麗花の前から突如姿を消した野々原茜の体はソリの遥か後方、

 降り積もった雪につけられた、轍のちょうど真ん中に横たわっていた。

 

「そんな、嫌……! 茜ちゃんっ!?」



 信じられない、信じたくない。



 街灯の明かりも届かないほの暗い地面の上に、うつ伏せのままピクリとも動かないでいる茜。

 その小さな背中を、雪の粉が白く埋めていく。

 

 彼女の姿を遠目に見つけた麗花の脳裏に、出発前に茜と交わした他愛もないやり取りが蘇る。

 

『なんだかごめんね、茜ちゃん。コンサートだってあったのに、こんなお願いを聞いてもらって』



『まぁまぁまぁ、茜ちゃんと麗花ちゃんの仲なんだし、それは言わないお約束だよ! 

 それに案外茜ちゃん、人からのお願いにイヤとは言えない性格なんだよね。

 なんていうかな? そう、茜ちゃんはね、仏のような慈愛の心に満ちているのです!』



 そうして茜は、照れ隠しのように言葉を付け足した。

 

『それにね、機嫌も気前もいいんだにゃ〜。実を言うと今日のお仕事を頑張った茜ちゃんへ、ご褒美だってプロちゃんが――』





 麗花の、乾いた唇から嗚咽が漏れる。雪の中から抱き起した茜の体は、まるで氷を抱いているように冷たくて。

 

「ダメ、ダメだよ茜ちゃん……! こんなところで眠っちゃダメだよっ!!」



 肩を揺すっても、反応は無い。自然に麗花の目からポタポタと、涙がしずくとなって茜の頬に降りかかる。

 

「あんなに……あんなに、事務所に帰ったら食べるんだって! 

 プロデューサーさんからの限定クリスマスプリン、楽しみにしてたじゃない……!!」



 麗花の言葉はヘッドセットを伝わって、事務所で待機していた律子たちのもとへも届いていた。



 薄暗い室内で、仄暗く輝くモニターから視線を伏せる律子の肩が小刻みに震えているのを、

 副ナビゲーターの小鳥は見逃さなかった。

 

「……律子室長」



 思わず伸ばした小鳥の手が、律子の肩に触れる直前でピタリと止まる。……一体彼女に、なんと声をかければよいと言うのか?

 

 もはや誰の目にもこの状況が示す事実は、結末は、理解できているというのにだ。

 今、まさに失われゆく輝きを前にして、慰めの言葉など意味を持たない。



「……なさい」



「えっ?」



 律子の口から発せられた呟きに、思わず小鳥が聞き返す。



 すると律子は、自分の前に置かれたスタンドマイクを乱暴な手つきで握りしめると、怒鳴りつけるように声を張り上げた。





「茜ったら、聞こえてるんでしょっ!!? ふざけてないで、今すぐ目を覚ましなさいって言ってるのっ!!」



 そうして机の上に崩れ落ちるようになりながら「……じゃないと、今から私がアンタのところに飛んで行って……

 頬っぺた、引っぱたいてやるんだから……!!」とめどなく溢れる涙をモニターの明かりに光らせて、悲痛な想いを訴えたのだ。





『……律子ちゃんっ!』



 麗花が、ハッと息を飲んだのが律子たちにも感じられた。

 それからとても、とても小さな、力ない声がマイクを通して伝わって来る。

 

『にゃ、はは。……どうやらしぶとさに定評のある茜ちゃんも……とうとう、年貢の納め時……ってね』



 それは、紛れもない茜の肉声。

 

『茜っ! 気が、気がついたの……っ!?』



 スピーカーモードに切り替えられた麗花のヘッドセットから、驚きと、安堵の混じった律子の声が辺りに響く。



 けれども、麗花は律子に言えなかった。

 腕の中で微笑む茜の視線は、目の前にある自分の顔よりも、遥か遠い場所を見ていることを。



 

「そんな、そんなことない! 今ならまだ間に合うから、だからほら、しっかりと私の顔を見てっ!」



「……おかしなこと言う、プロちゃんだねぇ。言われなくっても、見てるよぉ……」





 ――ああ、なんということだ! 



 冷え切った茜の手を握りしめながら、ただただ己の無力さを痛感する麗花に向けて、茜が安らかな顔で言う。

 

「ところで、さ。あ、茜ちゃん……今日はスッゴク、頑張ったよね……? 

 だから、いつもみたいに……なで、なで、を…………ッ!」



「なでなで……っ!? そんなの、いくらだって――!」



 言われた通りに頭を撫でてあげようと、麗花は握っていた彼女の手を放す。

 すると支えを失った茜の手は、パタリと雪の上に落ちて。



 血の気の引いたその唇から「……ガクッ!」と最期の言葉が漏れると――彼女の両目は再び静かに閉じられて、

 それっきり、それっきりだ。……もう二度と目を開けることの無くなった少女の頭を愛おし気に撫でながら、麗花が誓う。



 

「ぐすっ……。茜ちゃんの犠牲は無駄にしないし、キチンと供養もしてあげる。

 ……楽しみにしてたプリンだって、責任を持って処分するから……!」



 長年『ぷっぷかプリン』として連れ添ってきた相方との悲しい離別。



 律子のすすり泣く声をヘッドセット越しに聞きながら、傷心した麗花がふと顔を上げると、

 彼女の前には心配そうな顔でこちらを見つめる、とても可愛らしい天使が一人、立っていた。



 

「……やっぱり、そうじゃないかって思ってた。星梨花ちゃんは、天使だったんだね」



「えっ!? ……え、えっと。その、ご、ごめんなさい麗花さん。……あの、何のお話をしてるんですか?」



 寂し気に微笑む麗花の言葉に、星梨花は戸惑いながら聞き返す。

 

「何の話って……。茜ちゃんの、お迎えに来たんだよね? 朋花ちゃん似の、聖母さまと一緒に――」

===



「……そりゃあまぁ、迎えに来たには来ましたけどね」



 こんなことに付き合うのは、もうすっかり慣れっこですよと。それとも単に、呆れてしまっているだけかもしれないが。



 先ほどまで腕に抱いていた茜の姿も、夜の街の景色も消え去って。

 休憩室のコタツに突っ伏すように頬をつけていた麗花は、勢いよく体を起こすと自分の前に立つ人物へと目を向ける。

 

「一体どんな夢を見てたんですか? 星梨花たちの話じゃ、急に難しい顔になったかと思ったら、途端に眠り始めたそうですけど」



 眼鏡の奥の両目を訝しげに細めながら、律子がやれやれといった風にため息をつく。



 すると不思議そうに辺りをキョロキョロと見回していた麗花は

「良かった……。星になっちゃった茜ちゃんは、いなかったんだね」とホッとしたようにその胸を撫で下ろした。



 

「はぁ? 茜が星に?」



「ああ、違うの。私ったら星梨花ちゃんたちとお話してる途中で、百合子ちゃんみたいに夢を見てたみたいで」



「……それじゃあまるで、百合子が美希みたいじゃないですか」



 麗花の説明に、律子が首を傾げながら「どっちなのかハッキリしてくださいよ」なんて肩をすくめる。

 

「とにかく……プロデューサーが探してましたよ」



「プロデューサーさんがですか?」



「ええ。廊下で会った時に、どこにいるか知らないかって。麗花さんに頼んでたことがどうだとか、なんだとか」



 まるで要領を得ない話だと頭を掻いた律子とは違って、麗花本人にはその言葉の意味が理解できたようだった。



 まだ完璧には開ききっていなかった目をパチリと丸くすると、そのまま勢いよくコタツの中から飛び出して。

 

「いけない! 忘れてましたっ!!」



 呆気にとられる星梨花たち三人に、麗花がウィンクをしながら言い放つ。

 

「それじゃあ私は、自分の用事を済ましに行くから! ……楽しみだね、クリスマス♪」





 そうして「ま、待って下さい! 一体なんの話なんですかっ?」と呼び止める律子の声も空しく、

 麗花はあっという間に休憩室から出て行ってしまった。

 

 後に残された星梨花が、ポカンとした表情のままで自分の気持ちを口にする。

 

「なんだか、麗花さんに振り回されるだけ振り回されたって気がします」



 そうして同意を求めようと隣に座る瑞希の方へ顔を向けると、思わず星梨花は、驚きに固まってしまった。

 

 なぜならそこに座る瑞希の顔は、目を爛々と輝かせ、口元もだらしなく緩みっぱなし。

 

「どうしましょう? 先ほど渡したお手紙を、北上さんが持って行ってしまいました」



 それは例えるなら……例えるならば、そう。クリスマスを、プレゼントを待つ子供のように無邪気な笑顔。

 これまでだって一度も星梨花が――ついでを言えば律子も――見たことの無い、初めて見る瑞希の姿だったのだ。



 

「こうなってしまうと今夜から、ドキドキで眠れそうにないですが。……今年こそ、私のお願い届くよね――サンタさん♪」

===エピローグ【あの人が、サンタクロース】





「それで、まんまと手に入れたのがその手紙というわけですね」



 星梨花たち休憩室組の騒動から数十分が過ぎた頃。



 劇場施設の中に作られたフードコートの一角で、自分たちの担当プロデューサーと向き合うようにして

 月見うどんを食べていた最上静香はそう言うと、なんともジトッとした目つきで彼のことをねめつけた。

 

 すると今度は、静香と並んで席についていた北沢志保が、きつねうどんのお揚げにつゆを染み込ませながら彼女に続く。



「……本来ならば自分がこなすはずだった役割を他人に肩代わりさせたという点に関しては、あまり褒められたものじゃないですけど。

 それでも相手の夢を壊さないように心掛けたということで、好意的に受け取ることにします」



「そうね……今回のような役目に、プロデューサーは向いてないもの。

 そう考えると代役として、麗花さんほどの適任はいないかもしれないわ」



 プロデューサーの隣に座る如月千早が、フッと口元をゆるめながら二人の話を綺麗にまとめた。

 それから彼女は、うどんの上に乗っていた海老天を箸でつまんで、ぱくりと一口。



 

「お前たちな、人に昼飯を奢ってもらっているわりには、言葉の端々に若干の棘があるってのはどういうことだ」



 そうして一人、かけうどんを食すスーツ姿の男。プロデューサーはそう言って深いため息をついたのだった。

 

「……で、結局はその手紙。どうするつもりなんですか?」



 着ているボーダー柄のブラウスに汁が飛び散ったりしないよう、慎重な箸捌きでお揚げを一口サイズの大きさに切りながら、

 志保がプロデューサーにそう聞いた。すると彼は、うどんをすすりながら「んー?」と気の無い返事を彼女に返すと。



「これはあれだよ。一応は、瑞希のご両親にお渡しすることになってるな」



「瑞希さんのご両親に?」



「そうだよ? 育や環に星梨花だってそうだし、他にも伊織に雪歩に亜美真美に……

 難しいかもしれないけれど、桃子からも聞きだすことができるなら、ね」



 プロデューサーが言いながら、机の上の調味料置き場へと手を伸ばす。



 そうして置かれていた七味の小瓶に触れるか触れないかといったところで、ピシャリと静香が彼の伸ばしていた手を打った。



 

「この手は一体、なんのつもりなんですかプロデューサー?」



 静かで、それでいて圧力を纏った静香の言葉に、プロデューサーの額に冷や汗が浮かぶ。

 

「な、何ってその……もう少し、味に刺激が欲しいかなって」



「……それで、七味を?」



「あ、ああ」



 静香が静かに、手に持っていた箸を置いた。



 すると巻き込まれては叶わぬとでも言うように、千早と志保が器を持って二人の席から距離を取る。



「もしかしたら、そう、忘れてしまっていたのかもしれませんけれど。

 七味に関してはプロデューサーが食べ始める前に、私がちゃんとかけてあげましたよね? 

 これが、一番おススメの比率なんですよって」



「う、うん。そうだな……覚えてる、覚えてるぞ、静香」



「なのにプロデューサーは、その味の黄金比を自分から崩しに行くつもりなんですか? 

 ……私がおススメしたことを覚えていたにも関わらず、それでもあえて、崩しに行くというんですね?」



 ゆらり、蒼い炎の幻影が、顔を伏せた静香の背後に見えた気がした。



 この感じ、この圧倒的なまでの迫力を、彼は以前にも一度味わったことがある――あれは、そう。

 オーディションに受かったご褒美にと、雪歩を焼肉へ連れて行った時のこと。



 フラッシュバックする過去の光景。飛び交うホルモン、辺り一面に散らばった牛カルビ。

 喧騒に荒れ狂う店内において、畳どころか店の床すら穿ち抜いたのは、怒れる雪歩が持つ銀色の――!



 

 人は、学習できる生き物だ。

「すまない静香。俺が間違ってたよ」過去の惨劇を繰り返すまいと、素直に頭を下げるプロデューサー。



 すると静香の背後に揺らめいていた幻影も、心なしか小さくしぼんだように見えた。



「……分かってもらえれば、いいんです。私も少し、言い過ぎました」





 どうやら最悪の事態は回避されたようだと、何食わぬ顔で元の位置に戻って来る千早と志保。

 

 改めて四人での食事が再開されると、千早が先ほどの会話の続きを口にした。



「それにしても、事務所のサンタクロース役なんて……大変ですね」



「まぁ、結構気はつかうよ。なにせウチの事務所は、純粋な子が多いから」



「なんだか『純粋じゃない子も居る』……そんな風にも、聞こえますね」



「志保ぉ……俺は別に、そんなつもりで言ったんじゃないぞ〜」





 そうしてプロデューサーは困ったように顔をしかめると



「苦労するんだよ、実際。怪しまれないように、気づかれないように。それでいて、サンタの正体もバレないように……。

 特に瑞希や雪歩ぐらいになると、親御さんたちも迂闊な聞き方、出来ないからなぁ」

 

「……それでも雪歩さんはともかく、瑞希さんは毎年手紙を書いているんですよね?」



 静香が不思議そうにそう訊くと、プロデューサーは手紙の入ったポケットをポンと叩いて。

 

「書いてるんだが、瑞希は宛先が分からないから。

 ご両親の話じゃ毎年イブの夜、枕元に用意した靴下のオブジェの中に入れてるんだってさ」



「……それじゃあ瑞希さんが何をお願いしてるのか、当日になるまで分からないじゃないですか」



「だから今回こうやって、麗花の手を借りたんじゃないか。……ご両親も喜ぶと思うよ? 今年はプレゼントが間に合うぞって」





 プロデューサーが、やれやれといった風に肩をすくめる。

 すると千早が「本当に、サンタクロースは苦労しますね」と苦笑した。



 

「……あっ」



 しっかりとつゆの染みたお揚げを頬張っていた志保が、千早の言葉を聞いて不意に呟く。



 

「サンタクロース、散々苦労す」





 一拍ほどの間をおいて、千早が「ぷふっ!!?」と噴き出した。

 それから静香も(そんな千早に追い打ちをかけるつもりなど、本人にはさらさ無いのだが)志保に言う。



「それなら『散財するサンタクロース』の方が、響きがいいんじゃないかしら?」



「……それって、プレゼントを自費で用意するからってこと? だったら、『散々苦労するサンタクロース』の方がよっぽど――」



「待て待てお前たち。その辺で勘弁してやってくれ……千早の鼻からうどんが出そうだ」



「ぷっ、くっ! ふふふ……っ! ふふふふふっ! サンタが、さん、さん、く、苦労する……ふふっ!」



 果たしてこの後、千早の鼻からうどんが飛び出したかどうかは定かでないが――この年のクリスマスには、

 それはそれは素敵な贈り物がアイドルたちに届けられたという事実をここに記して、この物語の幕を引くことにしよう。

 

 メリー・クリスマス!



08:30│箱崎星梨花 
相互RSS
Twitter
更新情報をつぶやきます。
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: