2016年12月23日

神谷奈緒「幸せをしたためて」

アイドルマスターシンデレラガールズ、神谷奈緒のお話です。



神谷奈緒「あたしの幸せ」

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などと世界観が一致しています。



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「よっこいっせっと……」



 明日にはもうこの家を出ると言うのに、あたしの荷造りは未だに終わっていなかった。



 Pさんが手伝いに来てくれると言っていたが、さすがに見られると恥ずかしい物も多いし断った。そのお陰で一人で荷造りだから大変で仕方がない。



 ……それに、産まれてから今日まで過ごした家なのだ。思い出がたくさん詰まっている。



「あ、懐かしいな。これ」



 そう、だから荷造りが進まないのも仕方がない。だって、つい手に取ってしまうんだから。



 今、手に取ったのは、高校時代の教科書やらなんやらをまとめて詰め込んでいた段ボールの中にあった卒業アルバムだ。



 アイドルになってからはあんまり高校には行けなくなってしまったのだが、卒業式の日は事務所が……Pさんが気を利かせて仕事を休みにしてくれたおかげでちゃんと卒業証書を受け取る事が出来た。



「……高校生活、楽しかったなぁ」



 半分以上はアイドルだったかもしれないが、それでも高校生活にもちゃんと思い出がある。



 あたしが表紙の雑誌が発売した次の日なんてサインを求める長蛇の列が出来たのも今では懐かしい思い出だ。





「ん? なんだ?」



 パラパラと卒業アルバムをめくっていると、間から一通の封筒が落ちて来た。



 宛名は『神谷奈緒様』。



「あたしの字……だよな?」



 こんなもの書いた記憶がないのだが、宛名の字は紛れもなくあたしのものだった。



「開けても……良いよな。だってあたし宛だし」



 誰に言い訳しているわけでもないのだが、なんとなく誰かに断りを入れなければ開けてはいけない気がしたのだ。



「えっと……」



 封筒を開けると、中には便箋が一枚。



「あ、思い出した。これって一年の時に未来の自分へって書いた奴か」



 ざっと目を通してみると確かに記憶の中に当てはまるものがあった。



 一年の時の担任の先生がロマンチストな人で、ホームルームの時間を使ってクラスメイト全員が書かされたのだ。



 当時のあたしは書く事に困りすぎて四苦八苦したんだっけか。





「あー、そっか。この手紙、クラスメイト全員分を先生が保管してて、卒業式の日に返してもらったんだっけ」



 段々と卒業式の日の事を思い出してきた。



 確かその場で開けるのも恥ずかしかったから、一人になってから開けようと思ってとりあえず卒業アルバムに挟んでおいたんだ。



 でも、卒業式の日は友達と別れを惜しんだり、三年間過ごした校舎を見ておくために校内をぐるぐると歩いたりしていていつの間にか忘れていたのだろう。



「懐かしいなぁ……まさか今になって読むことになるとはなぁ」



 思わず顔がほころんでしまう。



 16歳のあたしが、未来の大人になったあたしに向けて書いた手紙は、戸惑いと未来への不安を感じさせる内容だった。



「『幸せですか?』か……」



 当時のあたしが何を考えていたかはもう思い出せないけど、手紙の最後はそう綴られていた。





 誰もが幸せを掴めるわけではないのかもしれないが、あたしは運の良い事に幸せを手に入れる事が出来た。



 16歳の頃は思っても居なかっただろう。まさかアイドルになって、あまつさえシンデレラガールなんて称号ももらって、紛れもないトップアイドルになっているだなんて。



「これだけでも充分に幸せだよなぁ……」



 これだけでも充分に幸せなのに、あたしは更に女の子としても幸せを掴んだ。



 ずっと好きだった人と結ばれたのだ。これ以上の幸せはこの世のどこを探してもそうそうは見つからないだろう。



「へへっ……」



 思わず笑みがこぼれる。



 明日にはその大好きな人と一緒の生活が始まるのだ。これからは朝も昼も夜もずっと一緒だ。今までのように朝を待ちわびなくても、いつだって大好きな人に会える。



 考えるだけでなんて幸せなのだろうか。





「あ、そうだ」



 ふと思い立った。せっかくこうして昔のあたしが今のあたしに手紙をくれたのだ。なら、返事を出すのが礼儀ってもんだろう。



「ま、届かないんだけどさ」



 でも、この想いは時間を超えて過去のあたしにも届くだろう。手紙自体は届かなくても想いは届くはずだ。



「大事なのは心だってPさんも言ってたしな」



 都合の良い事に、高校の時に買った便箋も同じ段ボールに入っていた。高校時代の物をまとめて入れておいたのだから、当然かもしれないが。



 便箋と、お気に入りのペンを持って学習机に腰掛ける。



「この机ともしばらくお別れだもんな。ちゃんと使ってあげないと」



 書き出す前に椅子に座ってぐるりと部屋を見渡す。



 ……まぁ、段ボールが散乱しているのは荷造りの最中だから仕方がないとして。



 目に入るものすべてに、あたしの思い出がたくさん詰まっている。どれも幸せな思い出ばかりだ。





「うん。大丈夫だよ。昔のあたし」



 聞こえるわけはないが、声に出してみる。



「あたしはちゃんと幸せだから。だから……」



 あの手紙を書いてからの事を思い出す。思えばあの手紙を書いてからあたしの人生は大きく変わったのかもしれない。



 書いたことを忘れてしまうほどに充実した人生が始まったのだ。



「だから、ちゃんとPさんに見つけてもらえよ」



 きっとPさんならどこに居てもあたしの事を見つけて、迎えに来てくれるだろう。



 昔のあたしは待っているだけでちゃんと幸せになれるから大丈夫。



 その証拠に、今までにあった幸せな出来事をこの手紙にしたためよう。



 アイドルの事、凛と加蓮って言う二人の妹分の事。



 そして、Pさんの事。



 昔のあたしがこの手紙を読んで、安心してPさんの事を待てるように。



 あたしの幸せな人生を書き留めておくのだ。









 未来の神谷奈緒様へ



 こんにちは。あたしは16歳の神谷奈緒です。



 今、ホームルームの時間でこの手紙を書いています。正直、何を書けばいいか困っています。



 なので、あたしは自分の夢について書く事にします。



 恥ずかしいので、誰にも見せないで欲しいです。



 あたしはの夢は幸せになる事です。もちろん今も幸せですが、この幸せがずっと続くのか不安になる事があります。



 特になりたいものがあるわけではありません。こんなあたしですがちゃんと未来でも幸せなのでしょうか?



 好きな人に出会い、好きな人と結婚し、好きな人の子供を産んで……そんな幸せをあたしは手に入れる事が出来るのでしょうか?



 今のあたしには未来のあたしがどうなっているかなんてまったく想像も出来ません。



 だから、少しだけ不安になります。今が幸せなだけ余計に。



 今の幸せが……今以上の幸せが見つかるのでしょうか?



 今のあたしは幸せです。家族に愛され、友達に囲まれて、充実した生活を送っています。



 未来のあたしはどうですか? ひとりぼっちなんて事はありませんか? 誰かが隣に居てくれますか?



 未来のあたしは、今のあたしと同じように、それ以上に幸せですか?



 ……答えはいつか聞かせてください。その時を楽しみにしています。



                           16歳の神谷奈緒より





12:30│神谷奈緒 
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