2016年12月28日

ありす「躾の才能」


「嫌です。私、そんなことする時間ありませんから」



 そうきっぱり断ると、南条光さんは細肩をしょんぼり下げてうなだれました。





「むぅ……実際に体験してみたら、コツが掴めると想ったんだけどなあ。……どうしてもダメかな?」



 しかし彼女は諦めたりせず、また交渉を持ちかけてきます。



 そんな根気強い彼女の左手は、平べったい縄をいくつも結びつけた鞭を握っていました。



 人を傷つけない特殊加工をされた撮影用の鞭が、打ち据える先を見定められずぶらりとしなっています。



「文香さんから借りた本を、早く読み進めたいんです。演技のレッスンがしたいなら、私以外の人にあたってください」



 先ほどと同じことを表現を変えて返します。



 応じて彼女はしばし押し黙り、そしてまたつっかえつっかえに口を開きました。



「うーん、……今みんな出払ってるからさ、橘ちゃんしか頼める人がいなくって」



「戻ってくるまで待てばいいんじゃないですか」



「できれば早めにレッスンしたいんだ。次のドラマに備えて、なるべくたくさん!」



 言うと同時に、スマートフォンを突きつけてきました。



 画面の中央には神妙な顔をした角刈りの男性が大写しになっていて、その隣では、理知的な面持ちをした女優さんが鉄砲をまっすぐ構えてます。



 その二人を囲んで並ぶおよそ九人の男女の表情や、その背景で廃墟同然に破壊されてる国会議事堂が、政治めいた物を主張したがっている三流アクションの風味を醸し出してました。



「警察モノ……あるいはスパイモノ、ですか?」



「うん。これの監督さんが某特撮の音楽プロデューサーさんと懇意で、あわよくば、ってさ。ちなみに某特撮って言うのは」



「あ、それはいいです。それと、縁がずいぶん遠いのでは?」



 油を差したように舌が回り始めた彼女を制します。



「う……ま、まぁ、世の中何がご縁になるかはわかんないって言うし、それに賭けたいかもというかだな……」



 すると、一転してしゅんと縮こまり、翼みたいな外ハネが垂れて見える程、しどろもどろに落ち込んでしまいました。



 日頃やましいことが何もないみたいに堂々としてる彼女が弱々しくなっているのを見て、罪悪感に似たものが込み上げてきます。



「……まぁ、とにかく、だ。この番組にゲストとして出して貰うことになってさ、拘束されてコレでぶたれたりするシーンがあるんだ」



 言うや否や彼女は手首をスナップし、ひゅんっ、と軽く音を立てました。



「ずいぶん大時代的なんですね」



「そういう設定だから! ……ねぇ、どうしても時間がないかな。もう少しでモノにできそうなんだ。イチゴパフェとかごちそうしても、ダメ?」



 私、食べ物で釣られるような安い子だって思われてたんですね。



 そう不満を素直に告げて、会話を打ち切って読書に戻ろうと思ったのですが。



 雲一つない雨上がりの空みたいに澄み切った瞳を見て、言うのを思いとどまりました。



 反射の関係か時折水色に輝くその眼差しが、熱心に本を薦めてくる時の文香さんに似た煌めきを宿していたからです。



 私が聞き役に徹せざるを得ないほど本の話をして、脇目も振らず夢中になってる文香さん。



 そんな彼女が漂わせている、一つのことに心奪われた人特有の美しさは、私があこがれるものの一つです。



 それに近いものを目の当たりにして、目の前で緊張して立ち尽くしてる女性を無碍に扱えなくなりました。



 思えば、私は光さんとの仲が悪いわけではありません。



 L.M.B.Gの合同レッスンでご一緒する時には、年長組として意見交換をしたりしますし、たまに作詞経験者同士で話し合ったりもします。



 呼ばれるのがあまり好きじゃない私の名前だって、名字で呼んで欲しいと伝えたら、今もちゃんと従ってくれています。



「……ちょっとだけ、ですよ」



「本当!? ありがとう橘ちゃんっ! この恩は一生忘れないよっ♪」



 私の同意を受けて、光さんは嬉しさが溢れ出てるみたいに飛び跳ねました。



 喜んだり落ち込んだり、しょんぼりしたり飛び跳ねたり、見ていて非常に忙しい。



 そうやって一瞬たりとも同じ表情を見せない姿は、まるで生きた万華鏡みたいです。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1482309129



 #  #  #



 時間を理由に断ってた手前、予定が決まってモタついてられません。



 光さんに導かれるまま行動を開始し、荷物を背負って移動しました。



 途中で更衣室に立ち寄ってジャージに着替え、それから向かうはレッスンスタジオ。



 誰もいない貸し切りの部屋に入って、彼女はシャツを翻らせて一回りしました。



「さぁて、みっちり特訓をするぞ!」



「ちょっとだけ、って話は何処に行ったんですか……?」



 そんなお小言に聞く耳持たずで、てきぱき支度を進めてます。



 ほんの五分も経たないうちに、拘束台――という設定のマットと跳び箱――が設置されて、その上に軟質の縄とハサミが置かれました。



「この縄も撮影に使うんですよね」



「拷問シーンだから、まぁね。キツめに結んでも傷がつかない優れ物だから、じゃあ、よろしく!」



 そう言って光さんはくるりと振り向き、後ろに組んだ手を向けてきました。



「もしこんがらがったら、そこの鋏で切っていいから」



「わかりました。それと、結び方は先ほど検索を済ませました。安心してくださっていいですよ」



「おおっ、やっぱり君は頼りになるなぁ!」



 会話を二三繰り返しながら、彼女の手首に縄を這わせます。



 子供っぽかったり活動的だったり。そんな彼女の印象に反して、腕の肌は思いの外焼けてません。



 むしろ破けそうなほど白く滑らかで、しなやかな手首がいっそう女の子らしいほど。



 性や男女の有り様なんかに悩まされず、悩む理由もなく育ってきたように鷹揚な彼女とのギャップが大きくて、ほんの少しだけ衝撃です。



 当たり前だけど、光さんだって女の子で、そんな彼女に手荒な演技練習をすることを改めて自覚して、手先の能率が悪くなってきました。



「橘ちゃん」



 そんな私を責めたりはせずに、ゆっくりと、今度は諭すように話し始めました。



「アタシ、なるだけ本格的に練習したくて君を頼ったんだ。だから、難しいかもしれないけど、なるべく手加減しないで欲しい。……大丈夫そう?」



「……やれます。大丈夫です」



 いまさら生じたわずかな逡巡が、穏やかな説得にからめ取られます。



 ためらわず手首と親指を固定し、光さんを後ろ手に拘束しました。



「痛かったり、緩いところはありませんか?」



「ん、どれ、んしょ、んっ! ……うん、きっちり結ばれてるな。ただ……」



「どこか擦れますか?」



「……いや、なんか、悪いことしてるみたいで、急に照れくさくなってきて……」



 そう言って光さんは、頬を桜色にしてはにかみました。



「今更ですよ……次、脚を結びますね」



 ジャージの上からでも引き締まってるとわかる脚をなぞり、踝の周りを見定めます。



 両脚が痛くならないよう適度に密着させ、それから縄で結びました。



「次は……えっと、猿轡とか?」



「? そんなのは台本に無かったはずだけど」



 言われて持ってきた台本を開くと、確かに口の拘束は指示されてません。



 冷静に考えてみれば、そもそもセリフを読み上げるのだから、唇の封印は許されないでしょう。



 なのに、彼女を縛り付けるという目先のことに囚われて……そんな自分が気恥ずかしくなって、思わず顔が熱くなります。



「ふふ、橘ちゃんは本格派だな」



 一切の自由を失っているはずの彼女が、クスクスと奔放にほほえみました。



「わ、笑わないでくださいっ! ……こほん、じゃあ、始めます」



 そう言いながら光さんを台に寄っかからせ、鞭を掴んで台本を読み上げます。



「……『往生際が悪い人ですね。次は、コレ、使いますから。傷口に塗るのは塩とマスタードのどちらがお好みですか』」



「『口上だけは一丁前だな。死んだって口を割るなとは、初期課程の頃から教育されてるんだよ、私は……!』」



 光さんはすぐに役に入り込み、不服従を瞳で物語ります。



 あと少しで掴めそう、という言葉に嘘は無いらしく、見事に覚悟を魅せていました。



 最初から熱意を振り絞る彼女には、私なりの全力で接しないと失礼かもしれない。



 そんな想いを指先に込めて、腕を大きく振りかぶります。



「『コレが口先だけ、とでも?』」



 努めて冷静を装い――しかし挑発した彼女を踏みにじるよう、幾条もの黒縄を叩きつけました。



 硬質な先端が彼女に迫り、肩口を連続して打ち据えます。



 跡が残らないという触れ込みが嘘みたいな破裂音がパシパシと鳴り、光さんは身悶えして嘆息しました。



「『ぁあっ! ……どうした、口先だけじゃないところを見せるんじゃなかったのか?』」



 それでも彼女は苦痛に溺れず、�拷問されても折れないエージェント�役へ昇華させます。



 ……問題なのは、そう演じてることがさっきまで仕事と関係なかった私ですらわかることでしょう。



 悶え苦しむことを表現しようとするあまり、わざとらしさが鼻をつくんです。



 もちろん過剰表現にはなってなくて、物語の緩急に合わせた適切な痛がり方だとは想います。



 けれど、そう強く意識してしまってるからこそ役への没入が阻害されてしまって、それ故に、こんな荒療治を欲するほど追いつめられてしまったのかもしれません。



 ……なら、私に手助けしてあげられることは一つです。



 足りないリアリティを補えるくらい露悪的に振る舞い、彼女の感性を引き出すんです。



「『お望み通りに、してあげます。――さっさと吐いたら、はぁっ! どうなんですかっ』!」



 台本の指定以上に語調を荒げ、思い切り鞭をふるいます。



 脚先をぱしりと打ち据えられて、光さんは苦鳴を漏らしました。



 激痛が付き走ってる声を耳にして、けれど良心の呵責に囚われてはいられません。



 これは光さんの為にしてるんだ。



 彼女が求めてるからしてるんだ。



 私は善行を為している。



 呪文みたいに言葉を反芻し、光さんに痛みを与え続けました。



「『いや、っ! だぁっ……!』」



 痛々しい叫びの合間に、彼女は台詞を喋ります。



 そんな彼女と練習してくうち、気付けばその言葉を掻き消すみたいに鞭を振るうようになっていました。



「『どうしたんですか、はぁ、はぁ……、へばっちゃったんですか……? 口だけだったのは、はぁ、どっちでしょうね、ふふ……』」



 私の方こそ役に夢中になってたみたいで、わざと噛んで含めるような口調で読み上げるほど入れ込んでいました。



 しかし一方の彼女はというと、後に続くセリフを読み上げません。



 ひゅー、ひゅーっと半端に呼吸するばかりで、口をぱくぱくさせてるだけです。



「……どうしたんですか? 聞こえませんが」



 それらしいアドリブで訪ねてみても、返るのは葉音よりか細い声。



 反応が遅れたことに焦燥を煽られて、頭がはっきりする現実感と引き替えに鞭を放り、彼女の肩を揺さぶりました。



「! 光さん、大丈夫ですか、光さん!」



「んっ……うん、だいじょうぶ……」



 弱々しい声で、返事が返ってきます。



 長時間痛みに晒された体は悲鳴をあげていて、ぴくぴくと弛緩を繰り返してました。



 頬は風邪をひいたみたいに真っ赤に火照り、美しい瞳は焦点を定められず、零れそうなほどの涙滴を滲ませてます。



 調子に乗って彼女を傷つけてしまった。

 事実が胸を雨雲のように覆い、罪悪感が背筋と心を凍らせます。



(身を捩ることすらできずに震えてる、彼女こそ被害者だ)



 そう当たり前のことを繰り返し唱えていなければ、どう手当てすればいいかすらわからない恐怖で、ふてぶてしくも叫んでいたかもしれません。



「ごめんなさい……私が、加減を考えなかったせいで……」



「……謝らないで……全力でやってくれて、本気で練習してくれて、はぁ、ありがとう……」



 悲鳴を放ちすぎて枯れた喉が、嗄れ声で私を慰めます。



 その語調はいかにも儚げで、手の中にある彼女の体温が消えてしまいそうとすら思わされました。



「もう喋らないでください……今縄を切ります。レッスンは中断して、医務室に連れて行きます。立てますか、それだけ答えてください……」



 彼女のダメージを治すことに集中すると、どうにか混乱が収まってきました。



「……やめちゃう、の……?」



 そう冷静さを取り戻すのに必死な私に、熱っぽく語りかけてきました。



「え……? なにを、言ってるんですか」



 思わず口をついてでた疑問に、彼女はいっさい返事しません。



 ただ惚けたように濡れた瞳を私に向けて、じっと見つめてくるだけです。



 そんな空白した時間の圧力が、耳に絡むような声の印象を強めました。



「……続けたいん、ですか」



 悪魔と取り引きするみたいにおずおずと訪ねると、光さんは小さな頭をこくりと振りました。



 それは首肯かもしれませんし、痛みに耐えかねて脱力しただけかもしれません。



 けど私は、同意だと解釈しました。もっと練習したいのだと。より痛くされたって経験に変えるんだという意味だと捉えました。



「いいですよ、……してあげます、してあげますから」



 ふっと肩から重みが消えて、入れ替わりに衝動がこみ上げてきます。



 もっと彼女の望みを叶えてあげたい。



 欲された物を授けて、そしてもう一度役に入ってみたい。



 幸い、それを為す手段はすぐ近くに転がっています。



 捨てた鞭を再び手にし、ぐったりしてる彼女に打ち据えました。



 音速の打撃を受け止めた光さんが、くたびれていたのが嘘みたいに吠えました。



 軋むような不協和音が耳に届く度、罪悪感が真っ白な雷に焼き焦がされて、強烈な安心感に襲われます。



 一閃、また一閃と空を引き裂き悲鳴をかき鳴らすたび、顎ががちがちと音を立て、胸中にうっとりと甘い匂いが充満しました。



 そんな名前も知らない激情に駆られてた私を、光さんのうつろな瞳が反射します。



(そんなに、楽しいの……?)



 憔悴して闇を煮詰めたように昏い視線に、どうしてかそう訪ねられた気分がします。



 そのどこから来たかもわからない質問には、ひときわ強く、ひときわ早い一撃でお答えしました。



(光さんだって、――笑ってるじゃないですか!)



 白熱した感情が雄叫びの体を為して喉から飛び出し、光さんに痛みをもたらします。



 返答を受け止めた彼女は、突き抜けるような声で激痛を訴えました。



 二つの絶叫が絡みあいながら延び、いつまでも部屋にハウリング。



 彼女を打楽器にすることに必死になってた私は、根拠のない充足感を味わっていました。



 光さんもまた、ほっそりした腰を痙攣させて、熱の籠もった息を漏らし、肩を喘がせて疲労に沈んでいます。



 力なく打ちひしがれてるその退廃的な表情を、私はきっと、一生忘れられないでしょう。



 そんなふわふわした有様では、部屋に誰かが入ってきてるなんて、お互い気付くことが出来ません。



「橘! 南条! お前たちは、なにをやっているんだ!」



 顔をひきつらせたベテラントレーナーさんが、鞭よりも苛烈な怒声を放ちます。



 自主練習が終わったという事実は現実感を欠いていて、私は他人事のように遠く聞いていました。

  #  #  #



 そしておよそ一ヶ月後。



 収録を終えた光さんに連れられて、質素なカフェテリアでパフェをごちそうになっていました。



 でん、と私の前に置かれたフルーツパフェは、苺の色艶からして極上で、スイーツの王様というパフェの語原にふさわしく君臨しています。



「ごめんねありすちゃん。攻められ損になっちゃって……こいつは約束とお詫びだ」



 光さんは拳銃の管理を怠った新米警官みたいに、深々と頭を下げてきました。



「謝らないでください……私の方こそ、喧嘩よりむごいことをしてると思われても仕方ないことを、したんですから」



「そういう練習をするって先に説明しとかなかったのが、アタシのミスなんだ。鍵を借りるとき、もっと詳しく話すべきだった……」



 そう言って光さんは肩を落とし、ミルクセーキを一口飲みました。



 どんよりと淀みつつある空気の中でごちそうを食べたくないし、まして落ち込む彼女を見たくありません。



 固着しつつある陰鬱さを打破するため、話題を切り替えることにしました。



「そういえば、収録は上手にいきましたか?」



「お、おおっ、聞いてくれるのかっ!?」



 するとそれまでの調子から一転して、椅子を蹴飛ばしそうなほど大喜びし、こちらに身を乗り出して破顔しました。



「レッスンの甲斐あって、監督に『喉から絞り出したような声がイイ感じ』とか、たくさん褒めてもらえたよ。尺に問題さえ無ければ、ほとんどカットせずに流してもらえるかも!」



「成功した……ってこと、ですよね?」



「うん! で、もしかしたら今後またゲストで呼ばれるかもしれないんだ! ふふ、栄光への道をまた一歩……!」



 話したいことが溢れ出るみたいに、身振り手振りを交えて結果を語り出しました。



 語られる感動体験には時に主観、時に客観が入り交じっていて、それを楽しそうに話す彼女から目が離せません。



 ただ相づちを打つこと以外何もできないほど勢いある話し方は、本来褒められたものじゃないでしょう。



 けれど、それほど夢中になってる人だけがもつ特有の輝きに、私もまた魅せられていました。



 しかしひときしり話しが進んだ後に、そのきらめきは急にくすみます。



「……それで、今後もまたお呼ばれされるかもしれないってことで、だな……」



 ためらいがちな彼女の視線には、どうしてか羞恥が滲んでいます。



 なぜ恥ずかしがっているのか、そしてなぜ彼女が恥じらってると理解できた理由が、私にはわかりません。



 ただわかるのは。もじもじと手のひらを弄んでる彼女からそれを見いだすのは、私がその不可解な感情へ酷く惹かれているからだ、ということです。



「……その、時間があるときだけでいい。またレッスン、手伝ってくれないか……?」



 恐る恐る問いかけてくる表情は、拒絶されたり、あるいは要求を飲まれることの両方を、恐怖しながら期待しているようです。



 彼女らしくなく煮え切らない姿を目にし、胸中でまた、あの熱い感情が滲み始めました。



 その気持ちは混沌とし過ぎていて、細分化して理解することができません。



「……私じゃなきゃ、だめなんですよね」



 けれど、後ろめたい気持ちに進んでなろうとするような、黒い濁りが混じったこの想いは、きっとひどく原始的な部分に根ざした衝動ということは確信していました。



「うん。その、他人には頼み辛いことだから」



 神聖な物を汚損するような恐れが混じった返事を聞いて、私は強烈な安心を味わっていました。



 なぜ、私はあれだけ没頭したのか。



 そもそも、なぜ取り憑かれたような陶酔感に囚われてしまったのか。



 その理由を一緒に探す口実を、彼女の方からくれたんです。



「わかりました。また、呼んでくださいね」



 しっかりした発音で返事すると、光さんは緊張で乾いたらしいうっすらした唇を、舌先で舐めて潤しました。



「えへへ、ありがと」



 そんな彼女をどうしてか見てはいけない気分になって、パフェの生クリームを一口含み、探してはいけないと叱られた倉庫をまた漁るような胸の重さと一緒に胃へと飲み下しました。



20:30│橘ありす 
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