2017年01月02日

小日向美穂「夢色、キラキラ、ダイヤモンドダスト」

12月16日は美穂ちゃん誕生日、そんな記念のお話です



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1481814237





 小学校の頃、家族みんなで北海道旅行に行ったことがありました。生まれて初めて乗る飛行機に終始ビクビクしていたり、札幌駅の時計台にビックリしたり、美味しいご飯を食べたり。10年近く経った今でも記憶の中に残っている大切な思い出。





 そして私はあの時見た光景を一生忘れることはないと思う。



『美穂! 美穂起きろ! 凄いぞ!』



『うぅん……なぁに、おとうさん……』



『外を見てみろ! 綺麗だろ――』



 普段は寝ぼすけなのに、珍しく朝早く起きて興奮気味なお父さんに無理やり起こされて見た外の景色はテレビで見たアイドルのステージのようにキラキラと輝いていた。



『わぁ……』



 朝陽の光を反射して、虹色に輝くダイヤモンドダストを――。



 とても寒い朝だった。柔らかな日差しが窓から差し込んでくるけど吐く息は白く、温もりのある毛布から出よう出ようと格闘すること4分少し。

 このまま夢の世界に戻ろうよ、暖かいよーと甘く囁く布団の誘惑を振り切り立ち上がると、枕の隣でコテンと寝転がっているシロクマさんに挨拶をする。



「おはよう、プロデューサーくん」



 去年のクリスマスにファンからもらって以来、私の夢のお供となったこの子に挨拶をするのが日課のようになっていた。

おはよう、行ってきます、ただいま、おやすみなさい。彼がうちに来てから1年近く経った今でも私は当たり前のように続けている。一番親しい人の名前をつけた彼が

いつの日か私の挨拶に反応して喋ってくれたら良いな――。なんてファンタジーなことを少しだけ、ホンの少しだけ期待して。



あっ、でも毒舌タレントさんが声を当てているクマさんとか昔のドラ〇もんやまる〇ゃんみたいな声のクマさんは……ちょっと違うかも。



『本日12月15日の運勢は!?』



 テレビをつけると朝のニュース番組で占いコーナーをやっていた。いて座は6位と可もなく不可もなくな運勢。ラッキーアイテムは分度器らしい。そんなもの、持っていたっけ?

探そうかとも思ったけど、ここ数年見た記憶もないので探しても意味がないだろうな。そもそも分度器がなんの役に立つんだろう?



「……ない、かなぁ」



 分度器を武器に戦う姿を想像してみたけど、格好がつかなかったのでなかったことにする。



『今日の天気です。寒い一日が続き、夜には雪も降る地区もあるでしょう』



「雪、かあ。また見たいなあ……」



 キラキラと輝いていたダイヤモンドダストを見たのはあの日だけで、それ以降熊本で雪が降ってもあれほど綺麗な光景は見たことがなかった。

それも無理はないよね、調べてみると本当に寒くないと出来ないみたいだし。



「美穂はん、おはようさんどす」



 食堂に行こうと部屋を出ると丁度通りかかった紗枝ちゃんとバッタリ出会う。



「おはよう、紗枝ちゃん。今日も寒いね」



「ほんま寒おすなぁ。京の町は盆地やったさかい、夏は暑うて冬は寒いんよ。せやから東京の寒さは耐えられる思うてたんやけどなぁ」



「熊本も皆がイメージしているより寒いところだから、東京に来た頃は向こうのほうが寒いのかなーって思っていたけど、やっぱりひんやりしちゃうね」



 熊本県というと九州だし阿蘇山に代表されるような火の国という印象があってか冬でも暖かい、って思われがちだけどそんなことは全くなくて言われるたびに軽く訂正している。夏はとことん暑くて冬はとことん寒いというのが実情なの。



かと言って東京の寒さに耐えられるかと言うとそれはまた別のお話だ。暑いものは暑いし寒いものは寒い、こればっかりはどうしようもないよね。ここの所誰かと会話するときは決まって寒いねえ、から始まっている気がしちゃうな。



「せや、忘れんうちに。これ、受け取っとくれやす」



 階段の踊り場で紗枝ちゃんは突然思い出したかのように立ち止まると、和風のラッピングがなされた箱を取り出す。



「紗枝ちゃん、これは?」



「美穂はん、明日誕生日やろ? せやけどうち、お仕事でお祝い出来ひんさかい今日のうちにぷれぜんと渡そう思てなあ」



 誕生日……?



「美穂はん?」



「あっ! そっか、明日かぁ」



 紗枝ちゃんに言われるまで明日12月16日が私の誕生日だということをすっかり頭の中から抜けていた。というのも、今日が卯月ちゃん響子ちゃんとのユニットピンクチェックスクールのミニライブ当日で、

ステージに立つための準備に追われていたから誕生日のことを考える暇はとてもじゃないけどなかったんだ。



「美穂はん、最近忙しゅうしとったから、もしかしたらと思っとったけど」



「えへへ……すっかり、忘れていました」



 私に釣られてか紗枝ちゃんも困ったお人やなぁと小さく笑う。誕生日は一年に一度だけやって来る記念日なのに、それを忘れてしまうなんてよっぽど忙しかったのだろう。



「忙しい、って漢字は心を亡くすって書きますえ。やることが仰山あって追いつかなくても、心を落としてしまったらあきまへん」



「うん、気をつけるね。でもありがとう紗枝ちゃん、部屋に戻ったら中身開けてみる」



「気に入ってくれはると嬉しいなぁ」



「紗枝ちゃんからもらえるものなら、なんでも嬉しいよ!」



 不意打ちだったというのと初めてのプレゼントということもあって、文字通り私には使いようのないものだとしても嬉しい。



「ふふっ、お上手やわぁ。ほな、行きましょかぁ」



 食堂での朝ごはんは隔日で洋食と和食が出て来て今日は洋食の日。私は実家が和食派だったから和食の方が好きだけど、

食堂のご飯はお店としても出しても行列ができそうなくらいに美味しい。



 私はあまり料理には詳しくないのだけど、同じユニットの響子ちゃんが言うには栄養バランスもしっかりと考えられた良献立なんだとか。

それを安く食べることが出来るのも、アイドルの特権なのかな。



 響子ちゃんのことが頭に浮かんできたのでコーヒーを飲みながら食堂を見渡してみるけど、いつもならこの時間に見かける彼女の姿が見当たらない。



「どなしたん?」



「あっ、うん。響子ちゃんいないなあって思って」



 響子ちゃんも鳥取から上京してきたという事情もあって寮で生活しているの。

たまに食堂のおばちゃんに混じって料理を手伝っていたりすることもあるんだけど、昨日はどこかにお泊りだったのかな。

いや、でも今日はピンクチェックスクールの3人でステージに立つし……。



「……卯月ちゃんの家に泊まったのかも」



 そう考えると納得がいくかな。元々卯月ちゃんとは仲が良くて互いに泊まり合いをしていたけど、ユニットを組んで響子ちゃんも仲間になってからは3人で遊ぶことのほうが多くなった。

私も響子ちゃんも卯月ちゃんの家に遊びに行くことがあるし、時には卯月ちゃんの方からこっちの部屋に泊まりに来ることもある。



 でも響子ちゃんと卯月ちゃんの2人だけ、ってのはわたしが知らないだけかもしれないけど少しレアな気がする。



 それも本番前日に私以外の2人でお泊りっていうのは、ちょっと寂しさをおぼえる。



「美穂はんが思ってはるようなこと、あらへんと思うよ?」



「へっ!?」



 紗枝ちゃんの言葉は優しく諭すような言い方だったけど、まるで自分の心の奥深くまで見透かしていたようでおもわずドキリとしてしまう。



「うちから見てもえろう仲良えなぁ、と思っとりますさかい。せやから美穂はんも心配する必要あらへんよ。かいらしい顔を曇らせてええのは、お芝居の時だけどすえ」



「顔に、出ていたんだ」



「それはもう、しょんぼりしてましたえ」



 もしそのままステージに立とうものなら、ファンも楽しめないし何より私たちにとっても後悔しか残らないライブになっちゃう。そんな気持ちで歳をとるのは絶対に嫌だ。

温かいコーヒーを飲みながら気持ちを切り替えて、何度も何度も彼と練習した笑顔を作ってみせる。



「その笑顔、ほんまかいらしいどすなあ」



「ふふっ、ありがとう」



 うん、きっといい笑顔ができているはず。





 部屋に戻って紗枝ちゃんからのプレゼントを開ける。綺麗な和紙で包装されていたものだから開けるのを少しためらったけど、

折角私のために選んでくれたプレゼントなんだから喜んで受け取らないとダメだよね。



「凄い……!」



 中には高級感のある京扇子が入っていた。紗枝ちゃんらしいプレゼントだけど、私には勿体無いくらいに思えるぐらいで。



「そっと、そっと……」



 勢いよく開こうものなら壊れてしまいそうな扇子を優しく開くと、降り落ちる雪が描かれていた。

触れては崩れてしまいそうな繊細な雪の結晶はとても美しくて、今いる部屋も京都のお屋敷のように思えてしまう。



「こんちきちん♪こんちきちん♪」



 扇子を持ったまま花簪を歌い舞ってみる。紗枝ちゃんの京都凱旋ステージで一緒に踊ってから時間は経っているけど、覚えた振り付けは体がキチンと覚えている。

いつかアイドルを引退する日が来て新しい道を進む時を迎えたとしても、きっとこの経験を忘れることはないはずだ。



「っと。そろそろ行かなきゃだね」



 ライブ自体は夜からだけど、リハーサルやライブ前に行われる握手会などやることは沢山ある。寒空の下のライブになるから、しっかり防寒準備をしてカイロも持っていかないと。

着替えと荷物の用意を済ました私は枕元の彼に行ってきます、と行って寮を出るのだった。



「よっ」



「おはようございます、プロデューサーさん!」



 待ち合わせの駐車場には既にプロデューサーさんが来ていて、スーツの上にコートを羽織って厚着にしているけど、手は見ている方も寒くなるくらいに震えている。



「ささ、車乗って。寒いでしょ」



 助手席に座ると車内はあらかじめ暖房がついていたようで、暑く感じた私は上着を一枚脱いだ。



「卯月ちゃんと響子ちゃんは?」



「2人は後で迎えに行くことになっているんだ。なんでもお泊りしていたみたいで」



「やっぱり、そうでしたか」



 昨日のレッスンの後、私は特に卯月ちゃんの家に遊びに行くというお話を聞いていなかったので2人だけで何かしていたのだろうか。はっ!



「もしかして、響子ちゃんと卯月ちゃんは付き合っている、とか……」



 だから私に秘密でお泊りを……っ!



「……君は何を言っとるんだ」



「ですよねっ!」



 プロデューサーさんに本気で心配されました。



「こうやって美穂と2人で車に乗っていると、昔を思い出すよなぁ」



「昔ですか?」



「ほら。デビューしたての頃は美穂の専属だったからあちこち車に乗せて営業に行っていたじゃんか」



 プロデューサーさんが昔を懐かしむようにそんな事を言うと、ラジオからもちょうどいいタイミングで懐かしい曲が流れてきた。

昔……ってほどでも昔でもないけど、過ぎていった日々のことを思い返すにはぴったりなBGMだ。



 プロデューサーさんは今でこそ卯月ちゃん響子ちゃんの2人とのユニットであるピンクチェックスクールを担当しているけど、元々は私の担当プロデューサー。

恥ずかしがり屋で右も左もわからなかった新人アイドルと私が初担当アイドルだったというプロデューサーさんとの二人三脚の日々はとにかく大変だったなぁ。



『こ、こひっ! ごひっ! 小日向美穂です!』



 初めてのステージは緊張のあまり覚えたダンスや歌詞も飛んでしまって。それでも見てくれた人たちは、そんな私も可愛いって言ってくれたけど悔しかったんだ。



「あの時の失敗があったから、今の私があるんだと思います」



「だな」



 内気な自分を変えたくて、引っ込み思案なまま大人になるよりも憧れの場所に行きたいって思っていた私は、幼い頃に憧れたアイドルになれたことで

生まれ変われたんだって満足していたのかもしれない。アイドルになっただけで、キラキラ出来るはずもないのにね。



「早かれ遅かれ、アイドルとしての壁にぶち当たることは分かっていたんだ。最初の壁を、美穂は見事に乗り越えたよ」



「それは……プロデューサーさんのおかげですっ」



「俺は何もしていないって。変われたのは美穂自身がチャンスを掴んで、精一杯頑張って来たからさ」



 悔しさをバネにしてレッスンを頑張って、人前でも緊張しないように小さなステージにも積極的に参加して。

震える足でのゆっくりとした歩みだったけど、プロデューサーさんは私に歩幅を合わせてくれた。一歩一歩確実に、地面を踏みしめるように進んでいった。



 CDデビュー、大きなステージでのライブ、ドラマの主演。何度も見た夢物語と思っていた出来事が現実のものになっていき、私が見ていた世界は大きく変わったんだ。



「プロデューサーさんは、変わらないですよね」



「そうか?」



「はい。出会った時からずっと、未来を見ているみたいで」



「見ている、かぁ。そんな力あるなら、宝くじ買わないとな」



「ふふっ。きっと当たりますよっ」



 だけど変わらないものもある。それもきっと、大事なことだよね。





「ふわぁ……っ。おはようございます、美穂ちゃん、プロデューサーさん」



「おはようございます!」



「おはよう、卯月ちゃん響子ちゃん!」



 島村家の前に到着して少し待つと2人が慌ただしく降りてくる。扉の向こうで卯月ちゃんのお母さんが見えて、こちらに軽く会釈をしてくれた。私もそれに倣って笑顔で返す。



「それじゃあ行くか」



 荷物を積み込んだ2人を後部座席に乗せて車は動き出す。



 夜更ししちゃったのか少し眠そうだったけど、カーラジオから流れる歌を3人で歌ったり、プロデューサーさんも交えてお話ししたりしていくうちに目も冴えてきたみたい。



 女の子が3人いれば姦しいなんて昔のテレビで言っていたみたいだけど、なるほどなぁって思っちゃう。

やっぱり私は卯月ちゃんと響子ちゃんと一緒にいるのが好きだから、自然と楽しくなってきちゃう。



 少しだけ曇っていた私の気持ちは外の天気のように晴れ渡っていき、寒さを忘れられる車の中の時間はゆっくりと過ぎていく。



「さて、着いたぞー。って寒っ!」



 冬だから寒いのは当たり前なんだけど、さっきまで車の中は暖房が効いていたものだから、扉を開けた途端に襲いかかってきた冷気が余計体を切り裂く。



「今日は雪が降るかもって言っていましたからね」



 響子ちゃんが言うように、朝のニュースの天気予報では雪の可能性もあるって言っていたっけ。

野外ライブで雪が降るとなるとものすごく寒いんだけど、それはとても綺麗な光景なんだろうな。



 ステージから見るそれは、あの日見たダイヤモンドダストと同じくらい綺麗なのかな――。



「雪……降ればいいなあ」



「そ、そうか? 寒ければライブやりにくくない?」



 そう言ってクシュン! とプロデューサーさんがくしゃみをする。



「大丈夫ですかプロデューサーさん。えっとティッシュティッシュ……ありましたよ!」



「で、でかした響子!」



 響子ちゃんからもらったティッシュで鼻をかんだプロデューサーさんだったけど、ほんのりリンゴみたいに鼻が赤くなっている。それがトナカイみたいで、私たちはクスリと笑ってしまう。



「3人とも、元気だなぁ……俺は寒くて仕方ないよ。若いっていいなぁ」



「カイロいりますか? 私多めに持ってきたんですけど」



「いいの? それじゃあありがたく貰います、ありがと美穂」



 プロデューサーさんだって私たちと大きく年齢が離れているわけではないし、彼よりも年長者なアイドルだって少なくはないのだけど時々こんな風に自虐めいたことを言う。



「みんなはまだ女子高生だからいいよ。でも経験談から言わせてもらうと20超えてから一気に来るからねクシュン!」



 誕生日を明日に迎える私に対してなんとも夢のないことを言う。



「確かに寒いですけど……私たちがステージを盛り上げることができれば、来てくれたファンのみんなも暖かくなる気がするんです。だから雪が降っても、頑張ります!」



「ははは、心強いなぁ」



卯月ちゃんの言葉に私と響子ちゃんもうんうんと頷く。3人とも同じ気持ちで今日のステージを臨んでいたことが、私にはとても嬉しかったんだ。



 お世話になるスタッフの方々への挨拶を済まして、私たちは楽屋替わりのワゴン車の中で温まっていた。プロデューサーさんが買ってきてくれたコーヒーの甘い香りが車内に漂っている。



「美穂ちゃん、それは? 扇子?」



「紗枝ちゃんから誕生日プレゼントで貰ったんだ。綺麗でしょ?」



 すっかり扇子を気に入った私はお守りのように持ってきていた。お仕事で見ることができない紗枝ちゃんだけど、こうして持っていると近くで見守ってくれているような気がして。我ながら少し安易だなあとも思うけど。



「雪の絵が描かれているんだ」



「うん。だから今日雪が降ると、すごく綺麗かなって思ったんだ」



 白くなったステージに立つ姿を想像してみるだけでも心は弾んでしまう。



「……よかった、被らなくて」



「響子ちゃん?」



「あっ、いえ! 何でもないですよ!」



 ? 何か言おうとしていたのかな。



 リハーサルは恙無く終わり、後は時間がくるのを待つだけ。歌い踊っていた私たちの心と体はすっかり熱くなってきていたけど、外の気温は下がるばかりだ。

プロデューサーさんだけじゃなくて、スタッフの皆さんも寒そうにしている。クチュンと可愛らしいクシャミが寒空の中で響いた。



「こんな時、お鍋があればいいんだけどなぁ」



 とはプロデューサーさんの談。これだけの大勢の人たちで鍋をつつく光景を頭の中で思い浮かべてみると不思議と温かい気持ちになれた。

マッチ売りの少女の気持ちが何となくだけど分かった気がするな。



「ライブが終わったらみんなで食べに行きましょう!」



「むしろ私が作りますよ! 家でもお鍋は結構作っていましたし」



「おっ、とと?」



 卯月ちゃんと響子ちゃんもそれに追随する。プロデューサーさんはノってくるのが意外だったのか少し面食らった顔をしていたけど、



「そんなに鍋を食べたいなら、今度事務所で鍋パーティーでもするか」



 と困ったように笑った。



「本当ですか! やったぁ!」



「それじゃあ腕によりをかけて下準備しますね!」



「ふふっ。楽しみだなぁ」



 スタッフさんから呼ばれるまで、私たちはすっかりライブのことを忘れて鍋トークを繰り広げていた。好きな鍋は何かとか、締めに何を入れるのかとか。なんならライブ中でもステージの上で鍋をつついてしまいしまいそうな調子だ。寒い中来てくれたファンの前でお鍋を食べるだけのステージなんて見ても楽しめなさそうな気もするけど……そんなことない?



「お鍋よりも素敵なライブ……っていうとなんだか変な感じがするけど、とにかく見に来てくれたファンの皆を幸せにできるステージを作ってこうな。3人なら出来るから」



 うん。私たちならきっと出来ると思う。だけど、それじゃ足りないんです。



「もう、違いますよプロデューサーさん。私たち3人だけじゃありません、このステージに来てくれた人、作ってくれた人の皆で最高のステージを目指すんですっ! 勿論、プロデューサーさんもですよ!」



 卯月ちゃんが私の心の声を代弁してくれる。響子ちゃんも同じことを考えていたはずだ。



「っと、これは一本取られたかな?」



 私たちの楽しいを、関わってきた人皆に伝えたい。それがきっとここにいる理由だから。





「凄いです、こんなに寒い日なのに沢山のファンの皆が」



「それだけの人が、今日のステージを楽しみにしていたんだよ」



 既に会場前のCDお渡し会コーナーには長蛇の列が出来ており、スタッフの方も温かい飲み物をお客さんに配っている。大変そうだけどその心遣いはとても素敵なものだと感じた。

私たちのユニット名にちなんでのピンク色の法被やラブレターのジャケット撮影の時に着た制服を着た皆を見て、私たちは本番が近づいて来たことをより強く実感する。



「緊張している?」



震える足は寒さのせいではない。これから始まるイベントに対して上手くいくかな? って緊張しているんだ。



「えへへ……やっぱり、本番前はしちゃいますね」



 緊張しいな自分を変えたいって思いでアイドルになってそれなりの時間過ごしてきた。プロデューサーさんやアイドルのみんなと一緒に多くの経験をしてきたけど、

生まれつきの性分は簡単には克服できそうにないし今だって緊張のあまり心臓が飛び出してしまいそうにバクバク言っている。



 だけどそれも含めてもアイドル小日向美穂なんだ、と胸を張ってみる。緊張するのなら、それすらも楽しみたい。私は1人じゃない、皆がついてくれているんだから。



「でもっ! ステージに立つのは、怖くないです。むしろ、楽しみなくらいですからっ!」



「美穂……強くなったなぁ」



きっとアイドルなりたての頃にはこんなことを自信満々に言えなかったと思う。前までの私とは違うんだ!



「今日のステージ頑張ってください!」

「熊本からきました!」

「僕はみんなのクラスメイトです!」

「いつも応援しています!」

「出会った時から決めてました」



「ありがとうございます! 今日はめいっぱい、楽しんでいってくださいね!」



 ライブ前の握手会は寒空の下ということもあってかトントントンと進んでいく。少しでも私たちの暖かさがみんなの手をぬくめることができるように、

そんな事を思いながら自分のできる最高の笑顔を作ってみせる。昔なら恥ずかしがってうまく顔も見ることが出来なかったけど、アイドルとしての自信がついた今の私なら出来ているはず!



「ふぅ」



 握手会も終わりちょっとだけ一息をつく。といっても楽しいライブステージはこれから。私たちの全力のパフォーマンスで、もっともっと暖かくしてあげたい!



「美穂ちゃん、響子ちゃん、頑張っていきましょうね!」



 卯月ちゃんの言葉に強く頷く。こうして私たちのステージは幕を開けたんだ。



「「「ありがとうございましたー!」」」



 個人曲を3曲続けて披露すると身体に心地よい疲れが出て来て、息も少し切れてしまう。だけどステージの盛り上がりは最高潮に達していて、

誰もが寒さなんてものをすっかり忘れていた。ピンク色のサイリウムに照らされた私たちの心のビートがどんどんとテンポを上げていく。



 今の私達なら、それこそなんでも出来そうだ。



 ずっとみんなでつくるこの時間が続けばいいのに――。みんなそう思っているのかな。だけどそうじゃないんだ、これからも沢山の思い出

とステージがあるんだから。だから最後の曲を精一杯歌って今日の日にお別れしないと。やりきって、歳を取らなくちゃ。



「受け取ってください、私たちのラブレター!」



 私たち三人で初めて出したラブレター、みんなのもとに届いているよね――。



「!」



 軽快なリズムが流れた途端、熱を帯びた頬に冷たい何かが当たる。触れたそれは優しく溶けて水となって、踊っていた私が雪だと気づくまでに時間はかからなかった。

降り注ぐ雪にゆれるサイリウムの明かりが広がっていって、まるでピンク色の雪が降っているみたいで。



「わぁ……」



 いつか見たダイヤモンドダストにも負けないキラキラした光景が目の前に映っていた。



「――!!」



 最後の曲を歌い終えた私たちを労い称えるかのように雪夜に歓声が響く。ステージをやりきった達成感で私の胸は満たされていた。

ピンク色のサイリウムが照らす雪を掴もうと手を伸ばしてみるけど、やはり触れると消えてしまって。ああ、そうか。夢のような時間にも終わりが来たんだね。



「皆さん、ありがとうございます! 最後にですけど……少しだけ、私たちのわがままを聞いてもらっていいですか?」



「えっ? 卯月ちゃん?」



 MC原稿にはそんな言葉はなかったはずだけど……アドリブ? でも私たちって、私何も知らないよ? 



「ふふっ」



 響子ちゃんを横目で見ると、いたずらを仕掛け慣れていない子供みたいに笑いを堪えようとしている。



「明日の12月16日はなんと! 美穂ちゃんのお誕生日なんです! ねっ、響子ちゃん!」



「はい! つまり今日は美穂ちゃんのバースデーイブなんですっ! なのでひと足早いですけど、ここにいる皆さんで美穂ちゃんをお祝いしませんかー!?」



「え、えええ!? 卯月ちゃん!? 響子ちゃん!?」



 展開についていけないのは私だけみたいで、突然流れ出したバースデーソングに合わせて大合唱が始まる。



 今この時、ステージの上も下も裏も垣根なんてものはとっ払われて会場が一つとなって私を驚かせた。





「こ、こんなの聞いてないよー!」



 やっとの思いで出した言葉も、なんだかお笑い芸人さんみたいだ。



「ふふっ。言ったらサプライズになりませんよ!」



 響子ちゃんの言うとおり! 言うとおりなんだけど!!



「そしてっ! 私たちピンクチェックスクールからも美穂ちゃんにプレゼントがあります!」



「えっ!?」



 理解を追いつかせようとしても、更なるサプライズが私を突き放す。すっかり言葉が出なくなっちゃった私を尻目に、

卯月ちゃんがスタッフさんに目配せすると淡いピンク色をしたクマのぬいぐるみが運ばれてきた。



「おめでとうございます」



「あ、ありがとう? ございます?」



 お祝いの言葉をくれたスタッフさんに素っ頓狂な返事をしてしまう。それがおかしかったようで、卯月ちゃんも響子ちゃんもニコニコとしている。

チラッとステージ端を見ると覗いているプロデューサーさんが両手を合わせて申し訳なさそうに笑っていて、私も釣られてあははと力なく笑っちゃった。





「実はこの子、美穂ちゃんのために響子ちゃんとお泊まりをして2人で作ったんです!」



「えええええええ!? て、手作りなの!?」



 この10分ほどで何度私をびっくりさせれば気が済むのだろうか。言われてみると所々綻びがあったり、体のパーツの大きさが違っていたりするけどそれは些細なこと。

どんな高級素材で作られたものよりも、2人の真心が込められたぬいぐるみの方が嬉しい。



 少しでも寂しさを覚えた朝の私に教えてあげたい。2人とも、私が考えていた以上に私のことを大切にしているんだよ、最高の友達だよって。



「みんな……」



 頬に垂れる冷たい感触は降り注ぐ雪じゃなくて、私の心の器からこぼれ落ちた涙。嬉しいのに、笑顔が一番だってずっと言い聞かせてきたのに――。



「ありがとうございます、みんな……」



 ピンク色に輝く雪の下で、私はひだまりのような暖かさを胸に抱いていた。



「すぅ、すぅ……」



「がんばりまふ……」



「2人とも、すっかり夢の世界ですね」



「どっちも忙しくて、一緒にぬいぐるみ作る時間もなかったって言っていたからな。徹夜で仕上げたんだと」



 ライブが終わってスタッフの皆さんに挨拶をした私たちは車に乗って帰路に着く。卯月ちゃんと響子ちゃんは昨日からの疲れもあってか可愛い寝息を立てているけど、

私はというとステージの高翌揚感とサプライズバースデーイブの嬉しさが入り混じってすっかり目はさえ切っていた。明日のお昼はすやすやと寝ちゃうかも。



 ラジオから流れるウィンターソングを心の中で口遊みながら窓を覗く。雪はもう止んでしまったようで、さっき見た光景は幻だったんじゃないかとまで思ってすらいた。



「にしても、本番中に雪が降るなんてなぁ。凄かったよな、サイリウムの光に照らされて。野外だから見る事が出来た奇跡、というか」



「私、今日のステージを一生忘れないと思います」



「俺もだよ」



 色々なことが一気に起きたライブだったけど、会場にいた誰もが楽しむことができた最高のステージになったと私は自信を持って言える。

それは多分、私が幸せな気持ちで楽しめたからだと思うな。



「もしかしたらだけど」



「はい」



「あの雪は神様からの美穂への誕生日プレゼントだったのかな、なんて思ったりして」



「……ふふっ」



 大真面目な顔でおかしなことをいうものだから、おもわず吹き出してしまう。



「笑うなよなあ、これでも真面目に思っているんだぞ」



「分かっています。だから余計に、おかしくて……。慌てん坊のサンタクロースですか?」



 だけどあんな素敵なタイミングで雪が降ってきたのは、運命じみたものを感じざるを得なかった。

もし本当に神様からのプレゼントだったのならば、私が子供の頃からずっと見守ってくれていたのだろうか。それともラブレターを受け取ってくれたのかな。



「私自身が変われた、ご褒美なのかもしれないですねっ」



「それもある、かもなぁ」



 今までやってきたことは間違っていなかった。そう強く思えたことが、なんだか誇らしい。



「あっ」



 物思いにふけていると、プロデューサーさんは何かに気づいたようで近くのコンビニの駐車場に車を停める。



「どうしました?」



「ジャスト0時、日が変わった。美穂、誕生日おめでとう」



「あっ!」



 時計を見ると今日は昨日になって、明日は今日になっていた。12月16日、私はまた1つ歳をとった。



「やった。誰よりも先におめでとうって言えた」



「な、なんだか……照れちゃいますねっ」



 バースデーイブで祝って貰えてもうドキドキはしないと思っていたのに、こんなさらりと言ってのけるなんて。やっぱりこの人には敵わないな。



「プレゼントも用意したんだけど……ま、まぁ開けてくださいな」



 プロデューサーさんはどこからともなく小さな箱を取り出す。リボンを解いて中を見るとそこには



「あっ、クマさんっ!」



「そう、クマさん。卯月たちと被っちゃったんだよな……」



 手のひらの上にちょこんとのる小さなしろくまのぬいぐるみが、つぶらな瞳で私を見ていた。



「美穂のお気に入りのしろくま君に似ていると思ってな。被るのならちゃんと相談しておくべきだったなぁ。未来、見れてなかったや」



 サイズも色も違うけど、プロデューサーさんはくまのぬいぐるみという括りで被ってしまったことを申し訳なさそうにしている。そんな顔、する必要なんてどこにもないのにね。



「ううん、すごく嬉しいです。だって今日だけでプロデューサーくんに家族ができましたから」



「なんかそれだけ聞くと、俺に家族ができたみたいな……」



 卯月ちゃんと響子ちゃんがくれたクマさんはプロデューサーくんの優しいお嫁さん、プロデューサーさんがくれた小さなクマさんはやんちゃな子供。私の部屋もにぎやかになっちゃうな。



「でも喜んでくれて何よりだな」



「はい。だけど、それだけじゃ私は嫌です。今日は皆にいろんな言葉や物を貰える日かも知れませんけど、ちゃんと私も皆に返していきたいんです。勿論、プロデューサーさんにも」



 アイドルとして、ひとりの女の子として、精一杯頑張らないと。そうすることがみんなに対する最大の恩返しだと思うから。



「少しだけ大人になった私を、よろしくお願いしますね!」



 キラキラと輝く世界はまだまだある。その特別な光景を私はみんなと見ていきたい。これからもずっと、ずっと――。





12:30│小日向美穂 
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