2017年01月05日

小日向美穂「夢で逢えたら」


モバマスSSです。

一応地の文形式。









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見えない世界に足を踏み出すというのは、この上なく怖いものです。

その中では、何が待ち構えているのか分からないから。



また、その先にある光の向こうへ顔を出すことも、怖いものです。

見えない世界を歩いてきた結果が、後悔するものであるかもしれないから。



私が立っているのは、暗がりの舞台袖。



10段ほどの階段の先には、大きなステージが待っています。



そのステージの向こう側では、今か今かと、私を待つファンのざわめきが聞こえてきます。



不思議と、緊張はしていない。むしろ、ワクワクして胸が高鳴っているくらい。



「美穂、そろそろいいか?」



ふと、スーツ姿の男性が話しかけてきました。



美穂「はいっ、準備万端です!」



この人は、私のプロデューサー。私をいつも支え、助けてくれる人です。



「緊張はしてない?」



美穂「大丈夫ですよ、プロデューサーさん。むしろワクワクしてるくらいですから!」



そう言って私はニッコリと笑うと、彼も微笑みました。



「よし…トップアイドル小日向美穂のステージだ、目一杯楽しんで来い!」



美穂「はいっ!」



私は気合を入れるように返事をして、ステージまでの階段を上ります。



その一歩一歩は足取り軽く、駆け上るように、飛んでいくように。



最後の一段を踏み、飛び跳ねるようにステージへと出ていくと…目の前には桃色の光の海が広がると同時に、みんなの歓声が響いてきたのでした。





_________

______

___









pipipipipipipi…







美穂「…あ、れ?」



…気が付くと、光の海に包まれたステージは消えてしまいました。



代わりに私の目の前にぼんやりと現れたのは、朝の日差しに包まれた、見覚えのある私の部屋。



美穂「夢…だったのかな?それも…トップアイドルになってた、夢?」



しばらく鳴り続けていたであろう目覚ましを止めます。



夢か現実か、寝ぼけながらも冴えた頭は、若干混乱気味です。



「美穂ー!早くせんと学校遅れるわよー!」



美穂「…わわっ!…はーい!今から降りるよー!」



お母さんの声でようやく普通の女子高生に戻った私は、急いで一階へと駆け下りたのでした。







登校の間も、しばらく夢のことを考えます。



夢はよく見るけど、今日のようなはっきりと内容を覚えているのは珍しいな。



ほんの一瞬しか見ることができなかったけど、ステージに飛び出した時に現れた、光の海はとっても綺麗で…



でも…



美穂「トップ、アイドルかあ…」



「んー?アイドルがどうしたと?」



美穂「ひゃっ!…もう、びっくりしたよぉ…」



「あはは、ごめんごめん。おはよう、美穂」



美穂「うん、おはよう」



友達と合流し、昨日のドラマのお話や今日の宿題の話など、他愛のない話が行われます。



これが普段通りの、一人の高校生としての私の生活です。



朝起きて準備をして、学校に行って授業。休み時間に友達とおしゃべりをして、授業を受けた後は家に帰る。



晩御飯を食べてお風呂に入り、次の日の宿題をして、小説をちょっと読み、そして眠る。何も変哲もない高校生の生活です。



華やかなステージで歌って踊るアイドルとは、まるで正反対。



憧れることはあっても、到底なれっこないものです。



美穂「でも、素敵な夢だったなあ…」



私だって女の子だから、そういう夢を見るくらいは許してくれるかな。



美穂「また、見れるといいなあ♪」



その願いが叶ったからなのか、その日から、私はアイドルの夢を見るようになりました。





・・・・・・・・・・







私の目の前にいたのは、鏡に映る私でした。



スタジオで、ダンスレッスンを受けているのでしょう。私は息を切らしながら、踊っています。踊るというよりも、もがいていると言った方が適切かもしれません。



「1、2、3、4!」



踊っている私のそばでは、真剣な表情をした女性が拍子をとっています。



そして、スタジオの扉の近くに、スーツを着た男性の姿も。



必死に、でも、どこか自信なさげに踊っている私は…



美穂「きゃあ!」



足がもつれてしまい、倒れてしまいました。



美穂「す、すみません!あ、あれ…?」



すぐに起き上がろうとしますが、なかなか体が動いてくれない。



「よし、そろそろこの辺だろう。もう踊る体力もほとんど残っていないだろうし」



女性は、時計を見遣りながらそう言いました。



「小日向はもう少し体力を付けないと、アイドルとしてやっていけないぞ?今度トレーニングメニューを作ってくるから、それを参考にして体力をつけるように」



美穂「あ、ありがとうございます…」



そうして女性は「勿論、体のケアもするようにな」と私に言った後、扉の前で男性と一言二言話し、スタジオから出ていきました。



代わりに男性が駆け寄ってきます。



スタジオの床に横たわりながらガラス窓に目を向けると、乱立するビル群が一面に広がっています。故郷では見ることのない、大都会の風景です。







「お疲れ様、美穂。初めてのダンスレッスンだったよな、ハードだったろう?」



そう言って、彼は私にスポーツドリンクを差し出しました。



美穂「プロデューサーさん、ありがとうございます…。そうですね。初めてのダンスレッスンだから『ちゃんとしなきゃ!』って思ったら、緊張で体がほとんど動かなくて…」



美穂「でも、レッスンがハードで、途中から緊張とか、考えられなくなって…とっても苦しくて」



美穂「アイドルのレッスンが、こんなにキツいものだったなんて、想像以上でした。テレビで見ていた、キラキラしたステージで踊るアイドルたちも、こんな苦しいレッスンをしてきてるのかな、って」



「そうさ。今を時めくトップアイドルたちも、こうした努力を積み重ねてきて、あの地位まで登り詰めてきたんだ」



鉛のように重たくなった体は、いまだに起き上がることもできません。







美穂「でも、こうしてレッスンを積み重ねて苦しさも何度も経験したら、もしかしたら自分をちょっとずつ変えることができるんじゃないかって、踊ってる途中に気が付いたんです」



「勿論さ。美穂に変わりたいって思う気持ちがあれば、どんな姿にでも変わることができる。俺も、美穂のその想いに全力でサポートするよ」



彼は、自信に満ちた声色で言い切りました。



美穂「プロデューサーさん、ありがとうございます。私も、プロデューサーさんと一緒に頑張っていきたいなあ、って…えへへっ♪」



美穂「だから、まずはこのレッスンについて行けるようななることから、ですね?」



「ああ、そうだな。でも、まずはこのレッスンについていけるようにならないと、だな。さっきベテトレさんが『結構ハードなメニュー組むけど、大丈夫か?』って聞いてきたぞ?」



美穂「えっ、ええっ!そ、そんなあ!私、体力無くなって死んじゃいます!」



「あ、あはは…それだけ、美穂に見込みがあるって判断したってことだよ」



このハードなレッスンに、ハードな体力づくりのメニュー…。私の体力は持つのだろうか?



ちょっとした絶望感に襲われた私は、目の前の視界がぼんやりとなっていきました。



______

___







昨日の煌びやかなステージとは打って変わり、観客もいない練習風景の夢でした。



夢にもかかわらず、今まで寝ていたにもかかわらず、疲れが残っているような感覚がします。



おそらく今日の夢の私は、アイドルになりたてだったのでしょう。動きはぎこちなく、すぐヘトヘトになってしまう姿は、思い返すと少し滑稽でした。



ですが、その私はヘトヘトになってでも、苦しくても、最後に倒れこんでしまう程レッスンに打ち込んでいました。



夢の中の私は、「自分を変えたい」と言っていました。その気持ちが原動力なのでしょう。



夢の私は自分を変えたいという気持ちから、アイドルを志したのかもしれません。故郷を飛び出してでも。



前向きにひた走ろうとする、夢での私が少し羨ましくも感じました。



学校で、友達に昨日と今日見た夢の話をすると、「相変わらず、美穂はかわいい夢を見るね」と笑われました。そして、付け加えて、



「自分が無意識に考えてることを夢は反映するって言うし、もしかしたら心のどこかで、美穂は何かを変えたいって思っとるんやない?」



その友達の一言は、その日の私をずっと上の空にしました。授業も身が入らず、夕飯の時もぼーっとしてしまい、両親からは「どうしたの?」と心配される始末。



私自身が、何かを変えたいと思っているから?



美穂「でも…私は、私の何を変えたかったんだろう?」



もしかしたら、夢の中の私が、それを教えてくれるのかもしれません。



美穂「また、今日も見れるかな」



夢の世界に私はちょっぴり期待しながら、部屋の電気を消し、まぶたを閉じました。







・・・・・・・・・・









「小日向美穂さーん!準備お願いしまーす!」



美穂「ひ、ひゃい!!」



と、とうとう準備が来た。スタッフさんの呼び出しに答えた声は、ひどく上ずってしまいます。



今日は、私の初ライブ。小さな会場だけど、ステージの方からはガヤガヤと声が聞こえてきます。



ダンスや歌のレッスンを、何度も何度もやってきた。これも、今日のため。今日からのため。



踊りながらでもちゃんと歌えるようにはなっている。自信は、ちょっぴりついたはずです。



でも…



美穂「緊張が…震えが、収まってくれない…!」



手の震えが止まりません。いざ本番が目の前にやって来ると、緊張と不安が一気に私を包み込んできました。



ダンスや歌でミスをしないだろうか。もしかしたら歌詞が飛んじゃうかもしれないし、ダンスで転んでしまうかもしれない。どんなに練習を積み重ねていても、そんな負の感情が襲ってきます。



ある意味、一種の恐怖として。







「美穂」



美穂「ぷ、ぷぷ、プロデューサーさん…」



「緊張は…してるよな」



スタッフさんに呼ばれていた彼が戻ってきました。ガチガチに緊張している私を見て、彼は目を見開きます。



美穂「はい…。い、一歩を踏み出したい、って気持ちはあるんです!今日が、自分を、引っ込み思案な私を変えられるようになる、大きな一歩なんだって」



美穂「でも…それと同じくらい、いや、それ以上に、怖くて…。ちゃんと歌えなかったら、ダンスでミスしてしまったら、どうしようって…」



私の、あまりにも情けない返事。この場から逃げ出したいという、気持ちまで出てきそうになっていました。



すると彼は、震える私の手を取り、優しい目で、でも真っ直ぐと私を見て言いました。



「美穂、目一杯楽しんでくるんだ。ミスなんて気にしなくていい。むしろ、ミスでさえ楽しんでくるんだよ」



美穂「楽しむ…ですか?ミスでさえ?」



「ああ。このまま一歩を踏み出さなかったら、絶対に見ることができない光景がそこにはあるんだ。その光景は、アイドル小日向美穂だけしか見ることができない特権だから、楽しまないと勿体ないぞ?」



「さあ、行った行った。一番は楽しむことだから」そう言うと彼はにこりと笑い、私の背中をポンと押しました。



ステージへとつながる、数メートルの舞台袖の通路が非常に長く感じます。



彼の言葉を、信じるしかない。目一杯やれるだけのことをやって、楽しんでみよう。



緊張と不安、覚悟が渦巻く心を胸に秘めながら、私はステージへと飛び出しました。







ステージへ飛び出した私を、みんなは温かく迎えてくれました。



始めの自己紹介で思いっきり噛んでしまい、慌てている私に対して「頑張れ!」と温かい言葉をかけてくれたり…。



観客席からは、様々な色のサイリウムが、ちらほらと揺れています。



ステージでは、緊張で頭がチリチリと焼けそうな感覚の中で、無我夢中で踊り、歌いました。



10分間という短い時間でしたが、歌声が上ずったり、ダンスの振り付けにミスが出ても、気にしないように努めつつ、アイドル小日向美穂として今出来るだけのすべてを出し尽くしました。



曲を歌いきると、拍手と、ちょっとした歓声と、そして嬉しそうな皆の表情が目の前に広がっていました。



ああ確かに、この光景はアイドルだから見ることができるのかもしれない。彼の言った通りです。



そうしてアイドルとしての私に、やりきったという思いと同時に表れたのは、



「楽しい…!」



という、ただただ純粋な気持ちだったのでした。



______

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小さい頃、テレビで流れていたアイドルの姿に、私は憧れていました。テレビ画面に映る、かわいい衣装を着たアイドルや光に満ち溢れたステージに、私は何度目を輝かせたものでしょう。その憧れが反映されて、夢の中の私はアイドルになったのでしょう。



でも、それは憧れにすぎないものでした。憧れで留めておくべきなんじゃないかと、そう思っていました。



教卓に立ってクラスの皆の前で話す時ですら緊張し、何も話せなくなってしまうような私です。



しかし、夢の中の私は、憧れの世界に一歩を踏み出したのです。そしてそれは、引っ込み思案な自分を変えるために。



少しずつ、変わっていこうとしている夢の中の私に羨ましさを感じます。少し、遠いところにいるみたいな、そんな感じです。



夕飯を食べているとき、両親に私がアイドルになった夢のことを話しました。



美穂「それで、もし、私が『アイドルになりたい』って言ったらどうする?」







二人は私の一言に、少し驚いたのか、目を丸くしていました。



「アイドルになりたいと?」



美穂「ううん、よく分からない」



「だけど、お遊戯会の舞台のときでも、緊張で泣いとった美穂やけなあ」



そうお父さんが言うと、お母さんも「そうね」と言って吹き出していました。からかわれた恥ずかしさもあり、私は二人に少し怒ります。



「まあまあ。でも、もし美穂がアイドルになりたいんなら、反対はせんばい」



「そうね。あなたが本当に心からしたいことがあるんやったら、私たちは応援するわよ」



美穂「お父さん、お母さん…ありがとう」



両親の優しい言葉は、とてもありがたいものでした。でも、同時に、どこか変わりたいと願っている私の心に、ちくりと刺さりました。



どこかで変わりたいと思っている自分がいる。でも、どうして変わりたいのかよく分からない自分もいる。



だからこそ、夢でこうして逢えたらということを最近願っている自分がいるのかもしれません。文字通り、夢のような時間を、過ごすことができるのだから。



今度は、どんな私に逢えるかな。





・・・・・・・・・・







正午前、私は大きな駅の広場で、待ち合わせをしています。今か今かと、気持ちがはやっています。



誰を待っているのかというと…?



「美穂、待たせてしまってごめん」



美穂「あっ、プロデューサーさん!いえいえ、私も今来たばかりでしたから♪」



一昨日のフェスの後、私も彼もお休みをもらったので、今日は二人でお出掛けをすることになりました。



「それってデートじゃないの?」と茶化されて顔を真っ赤にしながらそれを否定する、というやり取りを昨日は寮で何度も繰り返していました。



ドキドキしながらも、それでも楽しみで、本当はかなり前から来ていたというのは、内緒。



「それじゃあ丁度お昼だし、ご飯食べようか。近くに美味しいお店があるんだ」



美穂「は、はいっ。楽しみです!」



緊張とワクワクが混ざったような、そんなドキドキです。彼がスーツではなく私服姿というのも、何だか新鮮かも。



おめかしして、少しだけ背伸びをした私の格好を「良く似合ってるよ。とても綺麗だし、かわいい」と言ってくれました。嬉しさ半分、恥ずかしさも半分で、顔が赤くなってしまいます。







「フェスの疲れは取れた?」



お昼ご飯を食べ、街中で買い物をした後、私たちは緑地公園へやってきました。



美穂「そうですね、昨日一日ゆっくり休んだので、十分に体力回復したと思います。」



彼も、少し嬉しそうに頷きました。



「そうそう、美穂宛てのファンレターも、結構来てたぞ?」



美穂「わあ、本当ですか!?」



私のアイドル活動も順調で、色んなお仕事が入ってくるようになりました。まだまだ緊張することはあるけれど、少しずつ自信がついてきた気がします。



レッスンとミニライブの積み重ねが、自分を一歩ずつ変えてくれているのかもしれません。



仕事を積み重ねていくにつれて、私宛のファンレターもちょっとずつ、届くようになりました。



一通ずつ、じっくりと、丁寧に読んでいく時間が、最近の一番幸せな時間かも。



「かわいい」などと書かれていると、とっても恥ずかしい気持ちになってしまうけど…。







「一昨日は、大きなフェスに参加したけど…どうだった?」



美穂「今までで一番、緊張したかもしれません」



一昨日のフェスは、今までのお仕事の中で一番大きなものでした。



純メインとしての出演ということもあり、恥ずかしいステージは見せられないからと、いつも以上にレッスンはハードなものになりました。



沢山のアイドルが参加する中で、私は午前中とお昼過ぎに二度、40分ほどのステージに出演しました。



しかし、大きな舞台を目の当たりにすると、いくら努めても緊張が収まりませんでした。



午前と昼の待ち時間の間も、ずっと緊張の糸が張っていたような気がします。



美穂「あんなに大きいステージでのライブって初めてだったから、舞台袖で立ってるときは凄く緊張して…でも」



「でも?」



美穂「いざステージに出たらファンの方たちが迎えてくれて、『ああ、待っててくれてたんだ。嬉しいな、ありがたいな』って思うと、そんな緊張がどんどん消えて行って」



美穂「私も目一杯楽しんで、みんなを楽しくしようって、そう思ったんです」



「それで、美穂はステージを楽しめた?」



美穂「はい、もちろんですっ!とても楽しかったです!」



「そっか」という彼の少ない言葉とは対照的に、満面の笑みを浮かべていました。



彼のその表情を見て、私もつい笑ってしまいます。







美穂「それと、ふぁあ…」



「ははは、昼は結構歩いたからな。ちょっと疲れた?」



美穂「はぅう、すみません…」



思わず、大きなあくびが出てしまいました。しかも、彼に見られたというのもあって、恥ずかしさは数倍増しです。



「それに、今日暖かいもんなあ」



もうすぐ冬というのに、暖かい陽気に包まれる、いわゆる小春日和。



落葉し、枝だけになった木々に、小鳥が飛んできます。チチチという鳴き声が、耳に心地よく広がります。



その心地よさから、少しずつ目の前の視界がぼんやりと。眠りの波に誘われつつ、彼の肩に寄り添います。



「おーい、美穂ー?」



彼の呼び掛けてくる声も、心地よい。この声が、私を何度助けてくれただろうか。



私の頭はずるりずるりと彼の体をつたいながら落ちていき、彼の膝に着地することでようやく受け止められました。



「ちょっ…美穂?流石に俺の膝の上で寝られるのはまずい…」



彼の声ははっきりと聞こえてますが、眠りの世界に半分以上捕らわれた私の意識では、その声も子守唄のように聞こえます。左頬には、心地よい彼の温もりが。



「美穂ー?頼むから起きてくれー」



普段だと恥ずかしくて絶対にできないようなことです。そんなことを睡魔に任せてしてしまうというのは、ちょっとだけズルいかも。



でも、少しずつ、少しずつ、すべての意識が、眠りの世界に…



「おーい…」





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「…ひーなーたー」



「起きろー、小日向ー」



ポコンと頭を何かで叩かれる感覚を受けた私は、眠りから覚めました。



美穂「ふぇっ?…えっ、あれ?わ、私、外で、公園で…?」



「何だ小日向、公園で日向ぼっこをしてる夢でも見たのか?残念だけどここは学校だ」



美穂「え、ええっ!ああ、あの!しゅみません!!!」



どっ、と笑い声が広がり、教室が賑やかになります。私はとても顔が赤くなっているのが、頬から出ていく熱気から察しました。



「はいはい、みんな静かに。それじゃあ小日向、次のこの和歌を訳して。『君や来し』の部分な」



美穂「は、はいっ!え、ええと、ええと…」



「と、とりあえず落ち着きなさい」



先生から諭され、前に座っていた友達から、訳すべき場所を指し示してもらいました。我ながら、何と恥ずかしい事やら…



『君や来し我や行きけむおもほえず 夢か現か寝てか覚めてか』



という和歌。一息つき、私は答えます。



美穂「えっと…『あなたが来たのか私が行ったのか、はっきりとは覚えていません。夢か現実か、はたまた眠って夢で見たことなのか目覚めて現に経験したことなのか』」



「はいOK、ある意味君にピッタリな歌だな。ちゃんと答えられるんだから、慌てないでしっかり自信持ちなさい」



美穂「は、はいぃ、すみません…」



また教室に笑い声が広がりました。窓際の席特有の、差し込んでくる暖かい陽光に抗えなかった自分を少し情けなく思いつつ、残りの授業時間を過ごしました。



そして、人前で話すとなるとすぐにカチコチになってしまう自分に対しても、情けなく思ってしまいました。



夢の中の私とは、対照的な自分です。







休み時間に、私は友達から何の夢を見ていたのか尋ねられました。アイドルになった夢の話を、興味津々に聞きにやって来ます。



「要するに、美穂のプロデューサー?とデートした夢ってことよね?」



美穂「で、デートって…!」



「でも、傍から見るとそーいうことやもんね?」



「うん」



「早い話が、夢の中の美穂はプロデューサーのことが好いとうってことばい!」



美穂「ふぇっ!?しゅきだなんて、そんな!まだ会っとらん人を、って、そもそも夢の中の人なんだよ?」



「好き」という言葉に過剰に反応してしまいます。現実で顔を一度も見合わせたことのない人に恋をするなんて、おかしな話です。ましてや、その彼が本当にいるのかどうかすら分からないのに。



「あら〜?でも、いいやんね?夢の中でしか会えない人に恋をするとか」



「そうそう!何かロマンチックで!」



「「キャー!!」」



友達は自分たち二人で盛り上がり始め、妄想、もとい、空想の世界に入り込んでいきました。取り残された私は苦笑してしまいます。



けれども、夢の中で現れる彼は、自分を変えようとしている私をいつも助けてくれます。時に私を支え、また時には私の手を引いて導いてくれる。



そんな人がいたら、現実の私も変えてくれるかもしれません。そんな人がいたら、感謝して、憧れて…好きになるのかもしれません。



夢の中の彼は、よく笑っていたような気がします、そしてまっすぐした目をしている気がします。「気がする」というのは、夢というのは都合がいいのか残酷なのか、肝心の相手の顔に霧をかけたように、ぼんやりとしているものだから。



「夢の私を変えてくれてるのは、どんな人かな。そんな人に逢えたらいいな」と、私も想像の世界にちょっぴり入っていくのでした。





・・・・・・・・・







「おーい、美穂ちゃん!」



サイドテールの女の子が、私を呼びます。



「ほらほら、こっちですよ!」



もう一人私を呼ぶのは、ウェーブのかかった長い髪の女の子。



私は2人の下へ、駆け足で向かいました。



美穂「ごめんなさい!準備が遅れちゃって…」



「大丈夫ですよ、もうちょっと時間があるみたいですから」



美穂「ほっ、良かったあ…」



制服のような、お揃いのかわいい衣装で着飾った私たち。



「とっても似合ってるね」と2人に言うと、「美穂ちゃんもとっても似合ってて、かわいいよ!」と口を揃えて言われました。嬉しいやら恥ずかしやら。少しだけ顔が赤くなったような気がします。







「でも、新曲のPV撮影かあ…楽しみだなあ♪」



最近は、演技のお仕事もするようになりました。私の目標でもあったお仕事で、不安もあったけど、何とかやり抜くことができました。評判もかなり上々だったとのこと。



私の単独ライブも開催されたり、また、今まで交流の無かったアイドルたちとユニットを組んだりと、新鮮な経験をする日々が続いています。



熊本での凱旋ライブもしました。多くの人が「おかえりなさい!」と声をかけてくれて、故郷の心の温かさに、つい涙が出てしまいました。



色んなお仕事をするようになったけど、この3人でのお仕事というのは、何だか特別な気がします。



「響子ちゃんもですか?えへへ、実は私も…」



美穂「私も、3人でお仕事するの、すっごく楽しみだったから…えへへ♪」



私たちは、くすくすと笑います。この3人でまたお仕事ができるなんて、本当に夢みたい。



「おーい、美穂、響子ちゃん卯月ちゃん、撮影入るぞー」



美穂「あっ、はーい!分かりましたー!」



彼から呼びかけがありました。



「あっ、そろそろ出番みたいですよ!」



「はいっ!頑張りましょう!」



美穂「うんっ!それじゃあ…い、行くぞー!」



「「「えい、えい、おー!!!」」」



柄にもなく私が始めた掛け声が、部屋中に響きました。





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夢というのは面白いものです。夢を見ているときは、夢のなかでのシチュエーションに全く違和感を覚えることなく、私は行動し、色んなことを考えます。



夢から覚めてはじめて、その夢の流れがへんてこだったり、突拍子もない自分がいたことに気が付き、くすりと笑ってしまうものです。



今日、一緒にお仕事をした女の子たちは、夢の中の私と仲良しなのでしょう。とても楽しげでした。そして、どんどんと自分に自信をつけている私がいました。



けれども、居心地の良い故郷を離れ、友達も誰もいない大都会へと飛び出すのは怖くなかったのだろうか、と不思議に思います。だって、今の私には、その変化がとても怖いことだと思うのだから。



変わりたいけど、変わることができない。踏ん切りがつかないのです。それに、変わりたいのか、変わってみたいのか、私自身もよく分からないのです。





私は何かを、心の奥底で求めているような気がしました。





・・・・・・・・・・







暗闇のなか響くドラムロールが止むと、スポットライドが私の真上に照らされました。



目の前の大きなスクリーンには、「総選挙第一位」の文字と私の名前。



はらはらと舞う紙吹雪と、拍手とファンファーレが私の周りを覆います。



私は呆然とその光景を眺めていると、と隣にいた彼が、私の手を取り大きく揺らしました。「やった!やったぞ!」と叫ぶその顔はくしゃくしゃになっています。



私もつられて、涙が溢れてきました。



何もとりえもない、引っ込み思案だった私が、とうとうトップアイドルになれたのだと。



彼と共に駆けぬいてきた日々を思い出していくうちに、ぽろぽろと涙が零れていました。



そして、明かりがもう一つ照らされた舞台へと、私は歩みを進めました。





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美穂「あ、れ…?」



目が覚めて起き上がると、頬に一筋、二筋と、涙が伝いました。



美穂「夢を見た後に現実の自分も泣いてるのって、初めてかも」



夢の中で驚かされて、起きると胸がドキドキしていたり、悪夢でうなされたりしたことはあったけど、泣くというのは初めてです。



夢の世界と、現実の世界がくっついてきているのでしょうか。



夢の世界が私のもとへやって来ているからか、それとも、私が夢の世界へ訪れているからか。



とうとう、夢の中での私は、トップアイドルになってしまいました。



私と、その私を支えてくれた彼は、本当に喜んでいました。







最近見る夢は、私がアイドルになるというものばかりでした。



大きなステージに向かおうとする夢を見て以降、毎日夢を見続けました。



レッスンをして、ライブに出て、大きなお仕事をして、そしてトップアイドルに…。本当に、おとぎ話のような夢です。



しかし、不思議なことに、私がどうしてアイドルになったのかという夢だけは見ていません。



アイドルのお友達と一緒にショッピングに行く夢や、アイドル活動の中で悔しい思いをする夢、また、私をプロデュースする彼と初詣に行く夢、などなど…。



色々な夢を見ることはあっても、そのプロローグだけは夢に出てきていないのです。



ひょっとしたら、現実になるから?



美穂「それは、ありえないよね」



そんなきっかけなんてありっこないでしょう。たとえ、きっかけがあったとしても、私は…。



でも、見ないのであれば、それでも良いと思う自分がいます。アイドルになるという、きっかけとなる夢を見てしまえば、そこで夢の時間が終わってしまうかもしれない、そう思ったからです。



変わりたいけど、変わる勇気がない私にとって、アイドルとして輝く夢はピッタリでした。なぜなら、夢であれば、憧れを憧れで留めておくことができるから。



次に逢う私は、どんな姿かな。



読書灯を消し、私は夢の世界へと向かおうとしました。



・・・・・・・・・・

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美穂「ふう、ついてないなあ…」



下校時間になって、通学に使う路線の電車が不具合を起こし、運転を見合わせてしまいました。



電車が復旧するまでの間、駅近くの喫茶店に立ち寄ることにします。



たびたび訪れるので、お店を切り盛りするお父さんお母さんとは顔見知りになっていて、「あら美穂ちゃん、いらっしゃい」と微笑みながら今日も迎えてくれました。



いつものように、カウンターの席に着き、カフェオレを頼み他愛もないお話をしながら、ゆっくりした時間を過ごしていきます。



しかし、一つ気がかりなことが。



美穂「今日は、夢を見てないなあ…」



最初に夢を見た日以降、初めてのことです。明け方に見ない場合、学校で見ることで帳尻を合わせていたのに、今日はそういうこともありません。



今まで毎日見続けていただけに、突然それが途切れると、変に違和感を覚えます。



美穂「もう、見れなくなるとか、そういうことになるのかなあ…?」







思案しながらカフェオレを啜っていると、お店のドアががちゃりと開きました。入ってきたのは、一人のスーツ姿の若い男性。



少し、頭の中にざらりとした感触が伝わりました。



彼もまたカウンターの席に座ります。



「ブレンドコーヒーのホットをお願いします」と丁寧な口調で注文し、しばらくすると彼は大きなため息を吐き、顔を覆いました。



「はあ、困ったな…いくらスカウトしようとしても、誰も取り合ってくれない…。通報されそうになるし、今日は特に警戒感強い気がする…」



「あと、スカウトできそうな場所は…うおっと!」



何かをバッグから取り出そうとした彼は、そのバッグをひっくり返してしまいました。



ペットボトルや書類の入ったファイル、熊本の観光ガイドや地図が、音を立てて床に散乱します。



美穂「だ、大丈夫ですか?」



つい体が反応し、立ち上がって散乱した彼の荷物を拾いました。







「ごめんなさい、ありがとうございま…す」



彼の方を見遣ると、目をパチパチとさせています。



「君は、高校生かな?」



美穂「は、はい…」



私がそう答えると、彼は黙ってしまいました。



眉間にしわを寄せたり、少し顔を横に振ったり、何やら色々と考えている様子です。



ポツリと「当たって砕けろだ」とつぶやいた彼は、スーツの内ポケットから小さなケースを取り出しました。



「実は、私こういうものでして…」



ケースから取り出し、私に差し出したのは名刺でした。彼の名前と、『プロデューサー』という肩書き。上に書かれた企業ロゴと事務所名は見覚えのあるところです。



プロデューサー?



美穂「えっと…事務所のプロデューサーさん?」







「実は、今度事務所でアイドル部門を作ることになってて…本当だよ?」



彼はお店のお母さんに断って新聞を借り、中の文化欄を開きました。



「あったあった…昨日初めて、うちがアイドル部門を作ることを発表したんだ。あと、広告面にも…ほら」



美穂「わあ…」



そこには、「アイドル部門創設へ」という見出しの記事と、裏面には一面を大きく使った煌びやかな広告。



スポットライトと客席のサイリウムが織りなす、光の海のステージが広告写真として使われています。







「それでね、君…えっと、その…アイドルに、興味はない?」



美穂「…へ?」



アイドル?興味?ひどく素っ頓狂な声を上げてしまいました。



「単刀直入に言うよ。アイドルになりませんか?」



美穂「アイ、ドル…私が、ですか?」



夢で見続けていた、アイドルに、私が?



「はい」



美穂「…え、ええ、えええええ!?」



私の大きな驚きの声が、店中に響きました。その声に驚いたお店のお父さんお母さんも、私の方に視線を向けています。



美穂「む、むむ、無理に決まってますよぉ!私なんて引っ込み思案だから、そんな人前に出てライブとか絶対に出来っこないですし、そもそも私なんて、何にも取り柄もないのにアイドルなんて華のあるお仕事なんて…!」



混乱混じりの頭で、よくここまで噛まずに言えたなと思えるくらい、早口ですらすらと言いました。一息吐き、私は続けます。



美穂「それに、私よりもアイドルにずっと向いてる人がいるはずですよぉ…」



きっと絶対そうに違いない。夢のままで良いのだからと、自分に言い聞かせるためにも言いました。



「いや、そんなことはないさ。ずっと勧誘し続けてここまで来たけど、私が今まで会ってきた中で一番アイドルに君は向いてると思う」



彼は、きっぱりと言い放ちました。





「それに、取り柄がないなんて、自分が決めたことじゃないのかな?」



美穂「…え?」



「引っ込み思案な自分を変えてみたくないかな?そして、君の魅力をみんなに伝えて、みんなに夢を与えて愛される、そんなアイドルになりたくないか?」



「俺は、君を一目見て、君をそんなアイドルにしてあげたい!そう思ったんだ」



美穂「ど、どうして、私を見てそう思ったんですか?」



「えっと、それは…そう!一目君を見た瞬間にティンと来たんだ!」



カウンター越しで話を聞いていたお店のお母さんが噴き出しました。「あんた、それ勘ってことやん」と言うと、彼はきまりが悪そうに笑っていました。



「でも、君に魅力があると心の底からそう思ったのは、本当だよ」



「俺は、君をトップアイドルまで導きたい」



トップアイドルという言葉に、私はうろたえてしまいそうになりました。しかし、真っ直ぐとした口調と迷いのない目は、なぜか私を落ち着かせました。



そして、その目に、表情に、見覚えがありました。



ああ、夢で私を支えていた人はこの人だ。







テレビで流れていたアイドルの姿に、憧れることもありました。でも、それは憧れだった。



教卓に立ってクラスの皆の前で話す時ですら緊張し、何も話せなくなってしまうような私です。憧れで留めておくべきなんじゃないかと、そう思っていました。



ですが、その憧れの世界に、彼は私を連れて行こうとしています。



私が何を求めていたのか、今はっきりと分かりました。



変わりたいと願ってもその一歩が踏み出せないのは、私自身がその一歩を踏み出さないように、縛っていたのかもしれません。



その一歩を私に踏み出させようと、彼は手を引こうとしています。



そのきっかけを、私は求めていたのです。



そして、夢の中の私は、それを現実の私に見せていたのです。







「あっ、そういえば、名前を聞いてなかった…」



しまったという表情を浮かべつつ、彼は頭を掻きました。



美穂「え、えっと、小日向、美穂です」



「君にぴったりな名前だね」と言うと、彼は佇まいを直し、改めて私に尋ねました。



「小日向美穂さん、アイドルになりませんか?」







あとは、私が足を一歩、前に出すだけ。そうすれば、彼が私の手を引いて導いてくれるでしょう。



「はいっ!」



夢と現実が重なった私は、その最初の一歩を踏み出したのでした。











おわり







20:30│小日向美穂 
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