2017年01月05日

小日向美穂「高く、飛べる」

・モバマス・小日向美穂ちゃんのSS

・超短い

・美穂たんおめ!(みほたんとたんおめを掛けてる)







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1481896425









 どれだけ経っても。どこにいても。

 ステージに立つ前の私は、相変わらず緊張で足が震えます。

 震えは今でも止まることはないけれど、でも。かつての私とは違っています。視線の向こうにはほら、私を待ってくれる大勢のファンがいるから。

 そして、私に気づかせてくれたプロデューサーさんが、いるから。



 私は、心地よい震えを感じながら、開幕のベルを待つのです。















「こ、小日向美穂です!」



 初めて事務所を訪れた日。自己PRを、とプロデューサーさんに言われ、私は言葉がうまく出せませんでした。



「ああ、緊張してるよね。うん、いいよいいよ。そのままそのまま」

「す、すみません……」



 あうう……なかなか上手にできません。せっかくこんな私をスカウトしてくれたのに、いいとこなしです。

 思えば、最初からこんな感じでした。

 ひとりで。レッスンルームの鏡とにらめっこしながらステップを踏んでいたとき、プロデューサーさんは私に声をかけてくれました。それなのに、私はどう返事をしたらいいか分からなくて。

 何を言ったのかすら、私自身覚えていません。でもプロデューサーさんの言葉はなぜか、耳に残っていたんです。



「あはは! うん、いいね! 君はそのままでいいよ!」



 その笑顔に、私は救われた気がしました。







 アイドル。私の憧れ。

 緊張しいの自分がなれるなんて、実のところあまり思っていませんでした。でもレッスンを受けていて、ひょっとしたら、もしかしたらって。そんな風に思っている自分もいて。

 それが現実になるなんて……

 プロデューサーさんに救われた私は、それだけで舞い上がってしまいました。でも、アイドルになるってことは、そこがゴールじゃなくてスタートなんだ、って。その時の私はよく分かってなかったんです。



 正式に事務所所属のアイドルになって、レッスンの内容も数段濃くなって。私の毎日は、へこんでは立ち上がりの繰り返し。



「はああ……私、ほんとにアイドルになれるのかなあ……」



 でも憧れが手の届くところにあるって、知ってしまったから。諦めたくありません。気合い一発自分を立て直し、またレッスンへ。

 毎日。毎日。

 そんな日々が続くと、さすがに心が疲れちゃうこともありました。



「あの……プロデューサーさん」

「ん? どうした?」

「私、本当にアイドルでやっていけるんでしょうか……」



 引っ込み思案で緊張しいで。こんな自分を変えたくて養成所に入って。でも、何も変わってなくて、自分をコントロールできなくて。

 恥ずかしい……悔しい……







「なあ、美穂」

「……はい」

「緊張しいな自分を、変えたい?」

「それは……もちろん!」



 それが私の目標でもあったから。



「そこが、さ。違うんだよ」

「え?」



 プロデューサーさんは、私の意表を突きました。



「緊張することは必要なことだと思うな。むしろいい緊張をして、ありのままの自分をファンに観てもらう。それが大事だと思うよ」



 こんな私でも? あまりに緊張して何もできない私でも?



「そのままの美穂が魅力的だから、僕はスカウトしたんだよ」



 プロデューサーさんは笑って答えてくれました。

 ほんとかな? ほんとに、このままの私で、いいのかな?

 私はプロデューサーさんの言ってくれたことが、まだ理解できていませんでした。















「島村卯月です! 一緒に頑張りましょうね!」

「五十嵐響子です! よろしくお願いします!」



 卯月ちゃんと、響子ちゃん。

 プロデューサーさんは、まずはユニットで頑張ってみよう、と言って二人を紹介してくれました。

 卯月ちゃんは、すでにアイドルとしてデビューしてる先輩。でも「同じ歳だから」と、明るくフランクに私に接してくれます。

 響子ちゃんは年下なのに、私よりずっとしっかりしてて、家事なんでもござれのスーパーお姉ちゃんでした。



 私たち三人はそれから、一緒にレッスンを受け、残っては練習を繰り返し。気晴らしに三人でお買い物行ったり、響子ちゃんにお料理習ったり。

 明るい二人のおかげなんでしょう。私たちはすぐに打ち解けることができました。

 レッスンで褒められたときは三人で喜んで、ダメ出しをくらったときは三人で努力して。喜びは三倍に。辛さは三分の一に。

 三人でいるときは、緊張しいの私もそんなにプレッシャーを感じなくて、楽しくて、楽しくて!







 そして、ユニットデビュー。私が、本当にアイドルになる日。



『ピンクチェックスクール』



 それが、私たちユニットの名前です。

 初めてのテレビ収録。私も響子ちゃんも、あまりの緊張でうわの空。ドキドキは速くなるし、息も上がります。

 そんな私たちを見て、卯月ちゃんが。



「大丈夫だよ? いっぱい練習したし、それにね?」



 卯月ちゃんは私を見て、響子ちゃんを見て、言ったんです。



「この緊張が楽しくなれば、一人前のアイドルになれるよ」



 でもあわてて卯月ちゃんは「これ、プロデューサーさんが言ったことなんですけどね、あはは」って、笑ってました。

 緊張を、楽しむ、かあ……

 卯月ちゃんに言われた言葉が不思議と私の中にカチッとはまって、ちょっとだけ勇気が湧いてきました。

 そして。



「はじめまして! ピンクチェックスクールの小日向美穂です!」



 その時。

 私は、アイドルの一歩を踏み出すことができたんです。







 まるで夢のようで。どこまでも飛んで行けるようで。

 卯月ちゃんと響子ちゃんと三人なら、なんだってできる、どこまでも行ける、そんな気持ちになります。



「どうだい? 美穂」

「はいっ! 三人でのお仕事、すっごく楽しいです!」



 私がプロデューサーさんに答えると、プロデューサーさんは「そうか」と言って、ちょっと困った顔をします。



「どうしたんです? プロデューサーさん?」

「なあ美穂……美穂のゴールはここじゃ、ないんだよ……」















 ソロのお仕事。私に与えられた試練でした。

 少し考えてみれば当たり前のことだったのです。卯月ちゃんはもともとソロデビューのアイドル。ユニットの活動だけで終始することはありません。そしてそれは、響子ちゃんにも、私にも。

 ユニットはユニット、その次は……



 今まで三人でいることが当たり前で、楽しく自分らしくやっていた気がします。だからソロのお仕事を言われたとき、不安で仕方ありませんでした。

 そのお仕事とはテレビ番組のインタビュー、とにかくやるしかありません。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせてインタビュースタジオへ。でも。



「う……ううっ……」



 控室で。私は泣いていました。

 思っていたことも、感じていたことも。緊張の前に全部吹き飛んで、私はただしどろもどろに受け答えするだけで。

 何も出せない、何も伝えられない……ただそのことがひどく悲しかったのです。



「プロデューサーさん……プロデューサーさん!」



 控室に帰ってきたプロデューサーさんに、私は思わず抱きついてしまいました。そして、声に出して泣きました。



「ダメでした……私、全然ダメでした!」







 プロデューサーさんは「そうか」と言いながら、私の頭をなでてくれました。それでも心は落ち着かずに、ただただ泣くしかなくて。

 泣き疲れてようやく。私が落ち着いたところで、プロデューサーさんは私をソファーに座らせると、ゆっくり話しはじめました。



「頑張れなかった?」

「……はい」

「そうかな? 美穂はすごく頑張ったと、僕は思うな」

「でも……」



 私には、とても頑張ったなんて思えませんでした。だって、結果を出せなかったんですから。結果がすべて、だと。



「……何も……できなかったし」

「……まあ、今日に限ればそうだな。ただ、僕に言えることはさ、美穂はいつだって頑張っているのを知ってる。結果は出せるよ」

「……」



 ただ落ち込むだけの私に、プロデューサーさんは言いました。



「なあ美穂……超えよう」

「……超え、る?」

「うん。ちょっとでいい。昨日の自分を、超えよう。明日は、今日の自分を超えよう」







 自分を、超える。今の私にそれができるでしょうか。



「ほんとにちょっとでいい。ささやかでいい。昨日より今日、今日より明日、ちょっとだけ高く飛んでみよう」

「高く……飛ぶ」

「そう、ちょっとだけ高く。今の美穂のようにものすごく落ち込んで、それでも飛ぶ努力を惜しまなかったアイドル、それが卯月だ」

「卯月ちゃん、が?」

「ああ。卯月は些細な努力を毎日続けている。それが今の卯月を支えてる」



 私にとって卯月ちゃんは目標で憧れ。でもそんなアイドルらしいアイドルの卯月ちゃんでも、落ち込むことがあったんだ。

 言われてみれば当たり前のことでも、私には新鮮でした。



「プロデューサーさん、私……飛べますか?」



 私がプロデューサーさんに尋ねると、プロデューサーさんは。



「もちろん」



 笑顔で、答えてくれました。



 寮に戻って。私は部屋でぼんやりと考えていました。

 自分を、超える。高く、飛ぶ。

 その意味が知りたくて、私は卯月ちゃんへ電話をしたのです。







『高く、飛ぶ?』

「うん。プロデューサーさんが言ってて……」

『……美穂ちゃん、頑張ってる。私も知ってるよ?』



 電話の向こうの卯月ちゃんの声が、優しく響きます。



「どうしたら、飛べるかな」

『うーん……』



 卯月ちゃんは少し考えて、答えました。



『練習、かな』

「練習?」

『うん。私、それしかできないから。失敗して辛くなったときは、いつも練習してる』

「……どうして?」

『だって、練習したら昨日の自分よりもっとうまくなれるかも、って。そう思うの。養成所のときから、そうだったから』



 卯月ちゃんは『私、それしか知らないんだけどね』って笑います。

 そっか。そうなんだ。卯月ちゃんはそんな練習の日々をずっと、毎日毎日続けてるんだ。今でも。



「私も、練習したら」



 その時、ピンポーンとチャイムが。







「響子です! 美穂ちゃん、ご飯作ったからよかったら一緒に食べませんか?」

「え? あ、あ……今卯月ちゃんと電話してて」

「あ! ごめんなさい!」



 そしたら電話の向こうの卯月ちゃんが。



『響子ちゃんと一緒のご飯、いいな〜……うん、一緒に食べておいで!』



 もう、卯月ちゃんも響子ちゃんも。 ……嬉しいなあ、泣いちゃいそう。



「うん、卯月ちゃんも話聞いてくれてありがとう! 私、響子ちゃんにちょっと甘えてくるね!」

『は〜い、いってらっしゃい』

「響子ちゃんありがと! 一緒にご飯、いいかな?」

「はいっ! ぜひぜひ」



 卯月ちゃんに勇気をもらい、響子ちゃんに温かさをもらい。私は知りました。

 たとえソロだとしても、二人の友情は変わりない。いつだって、私を支えてくれる。だから。



 飛ぼう。

 進もう。

 二人のためにも、プロデューサーさんのためにも。そして誰より、私自身のために。







 次の日。

 いつもより早くレッスンルームに入り、私は鏡に向かいます。



「うふふっ♪ ……ほんと、ひどい顔」



 鏡の中の自分に言葉を吐き、私は祈るように目を伏せます。



「頑張れ……私。昨日を超えよう……」



 そして目を開け、ステップを踏み始めます。

 ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト。

 ワン、ツー、さんっとっ、しっとっ、ファイブ、シックス、ななとっ、はちとっ。

 ところどころ速いステップを挟んで。基本を繰り返し繰り返し。何度も。



 はあはあと、息の音。きゅっきゅっと、シューズの擦れる音。

 私は、ひとつひとつ繰り返します。

 どのくらい時間も経ったか忘れるくらい、ひたすらに。



「美穂ちゃん、おはようございます!」



 声をかけられて振り向くとそこには。



「卯月ちゃん……響子ちゃん……」

「えへへ♪ たぶん来てるんじゃないかなあって」 そう言って駆け寄る卯月ちゃん。

「久しぶりに三人で練習したくって!」 そう言う響子ちゃん。



「二人とも……うん、久しぶりに三人で、練習したい!」



 そして私たち三人は、時間の許す限り練習をしました。昨日を、自分を、超えたいと思いながら。

 頑張れ、今日の私。

 見守っててね、明日の私。



 きっと、飛んでみせるから。















 一度ソロ活動が始まると、流れは止まりません。プロデューサーさんと二人、忙しく日々を駆け回ります。

 ソロ曲が決まり、練習の日々がさらに続きます。練習の合間に営業活動も。相変わらず緊張しいでうまくいかないけれど、その度にレッスンルームに通う私。

 大丈夫、飛べる。飛べるよ。刻むステップ。

 そんな繰り返しが過ぎ、いよいよデビュー曲のお披露目がやってきます。



 CD発売のストアライブ。ちょっとしたトークもあって、私はさらに緊張を増すばかり。

 ああ、また失敗したら……不安がよぎります。



「なあ、ちょっと来てごらん、美穂」



 プロデューサーさんに呼ばれ、私は客席を覗き見ます。そこにはたくさんのファンの皆さんが。

 どうしよう……そんな気持ちが膨らみそうになったとき、プロデューサーさんは言いました。



「みんなの目、見てごらん? きらきらしてないか?」







 そう言われ、私はもう一度ファンの皆さんの顔を見ます。



「……ほんとだ」



 ピンクチェックスクールの小日向美穂じゃなくて、いちアイドルの小日向美穂を見に来てくれたみんな。

 そっか。うん。



「緊張、してるね」

「……はい。足の震え、止まりません」

「でも、それは『いい緊張』だと、思うな」

「いい、緊張。ですか?」



 プロデューサーさんがにっこり笑顔で答えます。



「そう。ファンのみんなの顔がちゃんとわかる緊張。それは自分を自分らしくさせる切り札になる。美穂は、その一歩を踏み出すんだ」







 緊張しいを変えたい、引っ込み思案を変えたい。そう思って飛び込んだアイドルの世界。でもプロデューサーさんは言います。緊張はいいことだ、と。私らしくて、いいのだと。

 ふと、何かをつかんだ気がしました。

 足の震えを肌にとらえて、私は自然と思ったんです。



「ああ私、緊張してるな」



 緊張してる私を私自身が、認めることができたんです。そしたら、なぜか心がむずむずしてきました。

 早く、早くファンに会いたい。私の歌を聞いてもらいたい。



「よし。行っておいで」



 プロデューサーさんが両肩をぽん、と。押してくれました。

 私は自然に、ステージに歩んでいきます。そして。



「み、皆さん、ようこそ! ピンクチェックスクールじゃない、素顔の小日向美穂に会いに来てくれて、あ、ありがとうございます!」



 まだ上ずった声だけど、でも。

 今日の私は、少しだけ高く飛べた、気がしました。















 一度気が付いてしまえば、歩んでいくことはできるのでした。

 緊張しいは一朝一夕には直らないけど、でも亀の歩みでいいんだ、って。いい緊張なら、全然問題ないんだ、って。



「プロデューサーさん! 今日、ファンのみんなからこんなにいっぱい、プレゼントいただいちゃいました!」

「プロデューサーさん! 今日は昨日よりいっぱい声が出せました!」

「プロデューサーさん! 今日はいつも以上にうまく歌えました!」



 プロデューサーさん!



 少しずつ飛べていることが楽しい、少しずつ自分らしく表現できていることが楽しい。そして何より。

 私を見出してくれたプロデューサーさんに、こうして報告できることが嬉しい!

 その度にプロデューサーさんは「まだまだ飛べるよ」って、笑ってくれます。それを素直に信じられる自分がいます。

 そんな日々が、続いていきました。







 今日、何回目かのバースデーライブ。開幕のベルを待っています。

 今日もやっぱり、足が震えてます。でも知ってます、これはいい緊張なんだって。プロデューサーさんが教えてくれたことですから。

 そして、いつも傍らにはプロデューサーさんが。



「……プロデューサーさん」

「いい緊張、持ってるか?」

「はいっ! 今日も緊張してます!」



 そう言ってお互いに笑います。



「うん、やっぱりいいな」

「え? 何がです?」

「ん。美穂はやっぱり、ライブをする時が一番、嬉しそうな顔してる」



 それは、そうです。だって、ファンの皆さんと嬉しさと緊張を分け合えるんですから。

 いよいよ、ベルが鳴りました。







「じゃあプロデューサーさん。行ってきます」

「おう、いっぱい楽しんで来い」

「はいっ! 終わったらまた、いっぱい話聞いてくださいね!」



 両肩をぽん、と。プロデューサーさんの合図で今日も、私はステージへ駆け出します。



「みなさーん! みほたんワールドへようこそ!」



 ファンの皆さんと、スタッフさんと、プロデューサーさんと、私と。

 みんなの笑顔が光の中に交じり合い、緊張と一緒に会場へ溶けていきます。



「今日は私の、特別な日だから! いつも以上に笑って、楽しみましょうね!」



 ファンの歓声と、私の声と。

 いつまでもいつまでも、心に響きますように!



 今日も私は、昨日より。

 高く。

 高く!















(おわり)











21:30│小日向美穂 
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