2017年01月17日

渋谷凛「賢い二択の提示法」


スマートフォンの電源を落とし、顔を上げる。



時計を見やると針は午後3時を指していた。





おやつの時間。



しかし、2時間後に撮影の仕事が控えているから、そうもいかない。



はぁ、と溜息をこぼして事務所のソファに全体重を預けた。



暇だ。



誰かと話して、暇を潰そうにもプロデューサーは仕事中だしなぁ。



なんて思案していると、事務所に奏がやってきた。



「あら、凛じゃない。どうしたの? ご主人様を待ってる子犬みたいよ? ふふっ!」



「んー、別に。奏はなんか元気だね」



「理由、聞かせてあげるわ」



奏はそう言って、私の隣にどかっと座る。



どうやら何か良いことでもあったらしい。





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奏は、私の了承を得る気なんてこれっぽっちもなくて、話したいから話すって感じだった。



もちろん、人の話を聞くのは嫌いではないし、ちょっとした収穫もあった。



まず、奏がうきうきしてた理由は、今日の仕事帰りに奏のプロデューサーとご飯に行くらしい。



道理で浮き足立ってると思ったんだよね。



こんなこと言うと、奏は必死で否定しそうだけど。



次に、収穫の方はというと、ちょっとした技術を伝授してもらったんだ。



曰く、「実質一択の二択を提示するのがコツよ」とかなんとか。



二人がご飯に行くことになった経緯は、奏のサインを奏のプロデューサーがばかにして、それで拗ねた奏がお詫びを要求したんだとか。



そのときの要求が、キスor高級ディナー。



なるほどなぁ、って感心しちゃった。



「お詫びはキスかちょっと高めのディナー、お好きな方をどうぞ? ふふっ!」とでも言ったんだろうなぁ。



そう思ったら少し、笑えてきた。









撮影を終え、スタジオを出ると辺りは真っ暗だった。



肌を刺すような寒さに思わず、マフラーに顔を埋める。



やっぱり夜になると一段と冷えるなぁ。



タクシーで帰ってもいいけど……ちょっとの距離だし、歩くとしよう。



そう意を決して、通りへ踏み出したところ、軽快なクラクションが私を呼び止めた。



プロデューサーだった。









「迎えに来てくれたんだ」



「丁度、ついさっき仕事終わってな」



「ふふっ、そっか」



助手席のドアを開けて、車に乗り込む。



私がシートベルトを締めたら、いざ発進、のはずだったんだけど、アクシデントが起きた。



ぐぅ、と私のお腹が鳴ったんだ。



あ。そういえばお昼から何も食べてなかった。



そういえば、今何時だろ。



カーナビを見やる。



午後7時。



そりゃお腹も減るわけか。



なんて、くだらない考えばかりがぐるぐると駆け巡り、その後に状況を理解した。



「ははは、お腹空いたよな」



プロデューサーのデリカシーのない、ひとことで恥ずかしくてたまらなくなり、俯いた。



「お腹空くのは、当たり前の事なんだし、恥ずかしがることないだろ?」



なら聞かなかったことにしてくれたっていいのに。



「それにしても、お手本みたいなお腹の音だったなぁ」



追い討ちをかけてくるプロデューサーに対して、次第に腹が立ってくるきた。



「プロデューサーなんかもう知らない」



ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。



この怒りは、きっと正当なもので、空腹からの八つ当たりではないと思う。



決して。









しばらくプロデューサーを無視していると、遂に待ち望んだ言葉が出てきた。



「俺が悪かったって。ほら、お詫びならするから機嫌直してくれよ」



「ふふっ。その言葉、待ってたよ」



「え。……あ、もしかして」



「もう遅いから」



さて、何を要求してやろう。



あ、そうだ。



覚えたての技術を使ってみるのはどうだろう。



奏直伝の、あの技術を。



「じゃあ、えっと、さ。二択。二択で好きな方を選ばせてあげる」



「二択? まぁ、可能な範囲でな?」



「その、ちゅーか……駅前の新発売の高級チョコ、どっちがいい?」









プロデューサーは「了解した」とだけ言って、それきり何も言わなかった。



窓の外を流れる景色はいつものものとは大きく違う。



あれ。



なんか間違えたかな。



あれ?



もしかして、まずいことになった?



え。



待って。



私はどこに連れて行かれるんだろう。









人生で一番ってくらい、どきどきしたドライブを経て、私は、中華料理屋に来ていた。



何故か。



私が聞きたいくらいだよ。



席に通され、お水とおしぼりをもらう。



店員さんは「ご注文の方、お決まりになりましたら、お呼びくださいませ」なんて言って、無責任にも下がっていく。



いや、店員さんに責任を求めるのはおかしいか。



そこで呑気にメニューを捲ってるプロデューサーを問いただそう。









「ねぇ、なんで中華料理屋に来たの?」



「だって中華って言ったし」



ん……?



どういうこと?



プロデューサーが何を言ってるのか、よく分からない。



「え。私、そんなこと言ってなくない?」



「いや、言ってたよ。『中華……駅前の新発売の高級チョコ』って」



あー。



なるほど、そういうことか。



これは、ちょっと想定外だったな。



「それで、中華料理屋に?」



「チョコのがよかった?」



「そういうわけじゃないけど……」



「じゃあ、どういうわけなんだ?」



「いや、あの"か"は中華の"か"じゃなくて。orの方って言うか……」



「青菜炒め、2人前にする? 1でいいかな」



「ねぇ、聞いてる?」



「聞いてる聞いてる。ほら、凛は何が食べたい?」



「あ。私、小龍包が……ってそうじゃなくて。……はぁ、もういいか」



うん。



もういい。



これはこれで悪くない、というか良いし。



高級チョコなんかより、ずっと甘くて美味しい時間が過ごせそう。



なんてね。







おわり





22:30│渋谷凛 
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