2017年01月18日

加蓮「意地とプライド」

加蓮「うわー。寒いねー」



12月。急に日の入りが早くなって、急に空気が冷たくなる。



今日の仕事を終えて、事務所を出るとすっかり空は真っ暗だった。スーッと息を吸うと、ピーンと鼻をつく冬の匂いがする。





コートの襟元をぐいっとあげて、顔を埋める。引っ張り出したばかりのコートからはクローゼットの匂いがした。これはもうマフラーも必要かなぁ。確か去年でボロボロになって捨てちゃったから、新しいの買わなきゃ。



 



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奈緒「大丈夫か?ドラッグストアでカイロ買ってくか?」



隣の奈緒が過保護モードの顔で私に聞く。毎年この季節になると、奈緒は凛とプロデューサーさんと3人でことあるごとに私にお節介を焼く。



私がくしゃみをすればダッシュで駆けつけて上着を着せてストーブの前に連行したり、夜に出かけようものなら身体中にカイロをペタペタ貼り付ける。



正直を言うと前まではそんなお節介が苦手だったんだ。「もう昔の私じゃないよ」って自信をつけてきた私が否定されちゃうようで。



でも、今はそんなお節介がむずがゆいほどに暖かい。私のことを心から大事に思ってくれてるんだなって、嬉しい気持ちになる。







加蓮「ありがと。大丈夫だよ。こうして顔を埋めてればあったかいし」



奈緒「そうか。寒かったら言えよ。アタシの上着貸してやるからさ」



ドヤ顔でそう言う奈緒。いやいや、そんなことしたら風邪ひくのは奈緒のほうだからね。







駅前の方まで歩いていくと、街はすっかり表情を変えていた。ところどころにイルミネーションが飾られていて、ピカピカと賑やかに彩られていた。



奈緒「おー、もうクリスマスシーズンの始まりだな」



ツリーのイルミネーションを指差して奈緒が嬉しそうに言う。







加蓮「そうだね。今年も奈緒はサンタコスしてくれるの?」



奈緒「はぁぁぁぁ?やだよあれメチャメチャ恥ずかしかったんだからな///」



期待通りに顔を赤くして恥ずかしがる奈緒。顔の前で手をブンブン振っている。慌てる奈緒が可愛いから、追撃しちゃおうっと。



加蓮「えー、あれ可愛かったじゃん。きっとプロデューサーさんもまた見たいって思ってるよ」



奈緒「ププププププロデューサーさんは関係ないだろぉ!着ないからな!絶対に着ないからな!」



頬っぺたを触ると暖が取れそうなくらい奈緒の顔は真っ赤。もっと寒くなったら一回試してみようかな?なんて思っちゃう。



 



奈緒「じゃーな。また明日!」



加蓮「また明日ね。バイバイ」



お互いに小さく手を振りあって、改札を入ったとこで奈緒と別れる。1人になるこの瞬間は、毎日のことながら少し寂しくなってしまう。





ホームで電車を待っている間、さっきのイルミネーションが目に入ってくる。うん。確かにキラキラで綺麗だね。



私はそれを眺めながらひとつ小さくため息をつく。何年たってもこの季節は少し苦手だな。街はキラキラで、みんな楽しそうにクリスマスの予定を立ててニコニコしてて。あーあ、早く電車来てくれないかなぁ。





事務所に入ってから、毎年のクリスマスは楽しい事ばかりなのになぁ。みんなで部屋を飾りつけして、プレゼント交換会をやって、買って来たケーキを分け合って、プロデューサーさんに変な鼻眼鏡つけて一通り笑って。



きっと今年もそんな楽しいクリスマスなのに、まだ頭の奥にある記憶がイルミネーションをみるとひょっこり顔を出して悪さをする。楽しい思い出を重ねても、なかなかこいつは消えてくれないんだ。



真っ白な部屋。真っ白なベッド。質素な食事に少しのケーキとチキン。窓の外から切り離された静かな部屋。



次々に浮かんでくる嫌なものから逃げ出すように、私はポケットから音楽プレーヤーを取り出して楽しい曲を流す。大丈夫。もう私はきちんと賑やかな世界にいる。



 



###############





加蓮「病院の慰問?」



翌日、びっくりするくらいタイムリーな話をプロデューサーさんからもらった。



デレP「うん。○×病院からオファーがあってさ。クリスマスイブのお昼に、加蓮に慰問に来てくれないかって」



デレP「同じ境遇だったけど頑張ってるアイドルに、是非とも子供たちを励まして欲しいんだってさ」





その話を聞いて私の頭はグルグル回る。単独でオファーをもらえるのは嬉しいけど、あまりにも仕事が...うん、あまりにも複雑な気持ち。



そういうとこを前面に出すのはさ、あまり好きじゃないんだ。『悲劇のヒロイン』なんて同情心で得た応援は、なんだか私の力で貰えた応援じゃない気がするし。



それに、病院って場所は否応無しに嫌な記憶が押し寄せる。私自身が振り返りたくないんだ。もう、今の私には関係のないことだしね。



 



そんな私の複雑な気持ちを見通したのか、プロデューサーさんが言葉を続ける。



デレP「実はな、こういう話は前から何個も来てたんだ。でも、全部断った」



えっ...?そんなの初耳...。私にオファーが来ていたことも、それを全部プロデューサーさんが断ったことも。



きっとプロデューサーさんは私の気持ちを思って、断ってくれていたんだと思う。変わりたくて、変えたくて、取り戻したくて、私は頑張ってきたから。





でも、じゃあ、なんで?浮かんだ疑問はそのまま口をついて、プロデューサーさんへ投げられていた。



加蓮「今まで断ったのに...なんで今回も断らないの...?」



別に断って欲しいってわけじゃないんだ。純粋に、ただ、その理由を知りたかった。それが、プロデューサーさんから見た今の私を映すような気がしたから。



 



返ってきた答えは、その通りだった。



デレP「あと一歩まで来られたからかな。乗り越えるだけの強さと覚悟は手に入れたから、あとはきちんと向き合って進むだけだって思ったから」



そう言って微笑むプロデューサーさんの顔は、あの日と同じだった。額にしまって、今も心の中の特別な場所に置いてあるあの笑顔。始まりの日の笑顔。





私以上に、プロデューサーさんは私の未来に夢をみてくれる。私以上に、私の可能性を信じてくれる。



昨日の駅のホームを思い出す。あの感情を思い出す。参ったなぁ。強くなれたって思ってたんだけど、やっぱりまだまだプロデューサーさんには敵わない。



信じるよ。貴方の中にある、もっともっと輝く北条加蓮を私は何度だって信じる。





一歩前で手を差し伸べるプロデューサーさんの手を取るように、私はプロデューサーさんに答える。



加蓮「その仕事...受ける。やる」



 





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加蓮「はーい。じゃあレッスン始めるよー。現役アイドルからレッスンを受けられる機会なんてそうそうないからねー。みんな幸せ者だよー」



加蓮「でも、はしゃぎすぎたり、頑張りすぎるのはダメだよ。自分の出来る範囲でいいから、その範囲で楽しんでくれたら嬉しいな」



クリスマスイブ当日、病院の食堂での慰問会。私は一日トレーナーさんの役目をすることにした。レッスン生は患者の子供達。



みんなでトラパルを歌って、踊れる子は少しだけダンスをして。それが私の考えた慰問会だ。





小さな女の子「ねーねー、加蓮ちゃん?ここの次はどうするの?」



加蓮「そこの次は、こうやってこう!」タタッタン



小さな女の子「わー!カッコいい!すごい!えっと、こうやってこう?」ビシッ



加蓮「おーおー、車椅子が動きすぎると危ないからこのくらいがいいんじゃない?」シュッピタッ



小さな女の子「うん!はいっ」シュッピタッ



小さな女の子「どうどう?わたし、凛ちゃんみたい?」



加蓮「うんうん。凛みたいに決まってるよ。カッコいい!」



小さな女の子「やったー!」



女の子の隣のお母さんと、部屋の隅の看護師さんが少し心配そうに私を見ている。ただ、そこまできちんと見張ってくれているならこっちも安心できる。でも、少し悪い気はするなぁ...ごめんなさい。





 



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デレP「えっ...1日トレーナー?」



師長「...ダンス...ですか?」



慰問会の企画会議、私の考えた企画を話すとプロデューサーさんも看護師長さんも目を丸くして呆れていた。まぁ、そうだよね。普通はびっくりするよね。





師長「あの...中には長期入院している子もいますので...あまり激しい運動は...」



眉をひそめて遠回しに言葉を選ぶ師長さん。



デレP「普通に用意したプレゼントを渡して、一緒にご飯食べて会話してじゃダメなのか?」



前に私が却下した案をもう一度提案するプロデューサーさん。うん、ごめんね。それは却下。



加蓮「もちろんそれぞれの子供達のできる範囲で構いません。歌だけの参加でも全然大丈夫です。それぞれの子たちがどこまでできるかリストをいただければ、それに応じたレッスンをします。当日は看護師さんもいてくださるとのことなので、何か問題があれば遠慮なく言ってください」





私の追撃にやっぱり納得しかねるという師長さんとプロデューサーさん。すごく苦い顔をしている。プロデューサーさんが師長さんの顔を気にかけ、これはまずいと反論する。



デレP「加蓮?どうしてそこまでして患者さん達と一緒に歌ったり踊ることにこだわるんだ?理由を教えて欲しい」



理由。それは明確なんだけど。うーん。あんまり師長さんの前では言いにくいなぁ。でも説明しないわけにはいかないから、できるだけ穏やかに聞こえるように、声色に配慮して言葉を曲げながら返答する。



 



加蓮「あのね、私がひねくれてるだけかもしれないんだけどね。慰問会って私は苦手だったんだ」



加蓮「3回目を超えたあたりから辛くなって、それで参加しなくなった」





ひきつる師長さんの顔。慰問会をオファーして、受けてもらった相手からそれをストレートに否定されてるんだもんね。そうなるよね。



でも、これは非難じゃないから、もう少しだけ聞いてください、お願い。





加蓮「なんでかっていうと、自分が可哀想な子って思っちゃうのが辛かったんだ。自分は弱いから優しくされてるんだって」



加蓮「そういうことが積み重なるとね、どんどん暗示みたいになっていくんだ。自分が信じられなくなっていくの。私は、自分では何もできないんじゃないかって」



加蓮「だからね、与えるだけの慰問会より、一緒に何かできる慰問会にしたいなって。一緒に思い出を作って、一つ自信を持つきっかけになる場になって欲しいなって」



 



私の言葉を聞いて、じーっと考えるプロデューサーさんと師長さん。時計の針の音だけが会議室に流れる。チッチッチッと何かのカウントダウンみたい。嫌な緊張感。



いくらかその音を数えていると、師長さんが口を開いて言った。



師長「分かりました。3日前にリストをお送りします。あと、その日の朝にもう一度チェックをして、変化のある子供のリストは修正させてください」



師長「当日は親御さんもおられます。企画内容を説明しておきますので、親御さんの意見も考慮してくださると嬉しいです」



師長「あと一つ。ありがとうございます。やはり、あなたに来てもらえて嬉しいです」



そう言って柔らかく微笑む師長さん。受け入れてもらえて、ホッとした私は脱力してぺたんと椅子に腰掛ける。





プロデューサーさんの方を見ると、仕方がないなという諦めたような困り眉をしていた。



デレP「それではその方向で企画を進めます。トレーナーとも相談しまして、無理のない形で参加できるよう努めますのでご安心ください」



そう言って礼をする。私も慌てて立ち上がって一礼する。よーし、慰問会頑張りますか!





 



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加蓮「よーっし、レッスンはここまで。じゃあ、みんなで歌おっか」



加蓮「いつもは3人だけど、今日はなんだかたくさんのトライアドプリムスだね」



加蓮「お母さん、お父さん、看護師さんたちがファンだよ。いつもありがとうって気持ちを込めて歌おう」



私がそんなことを言うなんて、少し面白いなって思う。私ができなかったこと、私がすればよかったのにって思ってること。こういう立場になれたからこそ、言える言葉だなって思う。





小さなライブは大成功だった。みんなそれぞれに出来る範囲で頑張って、ステージにもフロアにもたくさんの笑顔があって。まるでここは病院じゃないような、そんな楽しさと暖かさがあった。



 



加蓮「はーい、じゃあ最後に加蓮サンタからみんなにプレゼントだよー。でも、私欲張りサンタだから、プレゼントあげるだけじゃ嫌なんだ」



加蓮「だから、いつか、病院を卒業した時に私にプレゼントを返しに来てね。いつまでも、待ってるから」





一人一人にプレゼントを手渡して、話をする。『何か夢はある?』って聞くとたくさんの答えが返って来た。



お花屋さん、野球選手、パイロットにお嫁さん。中にはアイドルになりたいって子もいた。



どうか、この子たちがそのまま夢を見続けられますように、なんて一方的に願いを神様にまとめて投げる。



別に夢を叶えてなんて言ってない。ただ、みんな頑張ってるんだから、それに見合う希望は持ち続けていてほしい。それくらい叶えてあげてよ、ね、神様。



 



最後の1人まで渡し終えて、私は違和感に気がつく。あれ?一個プレゼントが余ってる。



みんなにプレゼントが行き渡ってるのを確認する。おかしいな?朝、プロデューサーさんと一緒に数を間違えてないか確認したのに。



不思議に思っている私に気がついたのか、看護師さんが慌てて私に声をかける。



看護師「あわわわわわ。すみません。実は...1人欠席の子がいて、それで、その子の分だけ抜いておいて後で私たちの方から渡す予定だったんですが...」



なるほど。ただ欠席っていうだけじゃ、きっとここまで看護師さんは慌てない。察するに、その子は私の慰問会を拒否したってわけね。うん。多分そうだ。





じゃあ、私の取るべき行動は一つ。満面の笑顔を作って看護師さんに言う。



加蓮「分かりました。じゃあ、私が直接渡しに行きます」



その言葉を聞いて、さらに慌てる看護師さん。



看護師「いえいえいえ、そんな、悪いです。ダメです。迷惑かけちゃうって思いますから」



看護師さんには悪いけれど、そこまで言われたんじゃあ逆に興味が湧いてくる。そこまで言わせる不良患者の顔を見てみたい。



加蓮「すみません。ダメです。行きたいです」



きっぱりそう言うと、観念したらしく看護師さんが溜息をつきながら言葉を返す。



看護師「うぅ...分かりました。では、ご案内します」



 



一つだけ余ったプレゼントを持って、私は看護師さんの案内について行く。途中で話を聞くと、かれこれ数年は入院し続けている重病の女の子らしい。



長すぎる入院生活に嫌気がさして、ただただ治療を受け続けているだけの状態らしい。なんかそんな子、どこかで聞いたことある。きっと美少女だって思うな。





個室のドアの前に着いて、一つ深呼吸をした看護師さんがノックして部屋に入る。



看護師「こんにちはー。あのね、アイドルの北条加蓮さんが慰問に来てくださってるのは知ってるよね?それでね、北条さんがプレゼントを手渡ししてくださるって。良かったね」



言葉とは裏腹に、声が緊張に満ちてる看護師さん。部屋の中は見えないけど、返ってくる声はなかった。



看護師「えっと、入っていただくね。北条さん、どうぞ」



看護師さんの声に続いて、私は部屋に入る。



加蓮「こんにちはー。北条加蓮だよー。私のこと、知ってるかな?」



アイドルボイスとアイドルスマイルで挨拶をしたけれども、やっぱり返ってくる声はなかった。



 



入った彼女の個室は、真っ白で何も荷物もないシンプルな部屋。長年入院してるのが嘘のよう、今日から入院したんじゃないかってくらい、本当に何にもない部屋だった。



入り口に背を向けてベッドに座っている女の子が見える。艶々とした真っ直ぐな黒髪は腰にまで届きそうで、華奢な背中と細すぎる肩幅が、なんだかこの世のものとは思えない儚さと可憐さがあった。



女の子「...」





少し挨拶を待っていても無言。この部屋の風景がなんだか現実感がなかったので、ここが現実であることを確かめるように努めて明るく声を出す。



加蓮「改めてこんにちは。北条加蓮だよ。あなたにクリスマスプレゼントを渡したくて来たの。こっち向いてもらってもいい?」





数秒の間を置いてフーッと肩が上下に一つ大きく揺れて、上半身だけ渋々というようにこっちに向ける。振り向いた顔を見ると、やっぱり美少女だった。ね、だと思ったんだ。



なんて茶化したことを考えたくなるほど、私を見る彼女の目は敵意に満ちていた。親の仇とでもいうように、キッと私をにらみつけている。



でも残念。多分中1くらいの幼いあなたのにらみじゃ、私はビクともしないよ。何回か薄れてく意識の中で、鬼の顔を見たことだってあるんだからね。



 



加蓮「はい、ありがとう。どうしたのそんなに怖い顔して?せっかくの可愛い顔が台無しだよー」



彼女は私をにらみつけたまま、吐き捨てるように言う。



女の子「帰って...そんなのいらない...」



取りつくしまもないといった様子。でも、私は引き下がるもんかって気持ちになる。うん、多分意地だね。なんでこの子に対してこんなに意地をはるのか、よくわからないけど。





加蓮「だーめ。今日の私の仕事は慰問なの。みんなにプレゼントを渡すまでが私の仕事。もちろん、みんなにはあなたも入ってるよ」



彼女の目を真っ直ぐ見返して、プレゼントを差し出す。



すると、彼女は私の差し出したプレゼントをバシッとはたき落とした。



女の子「帰って!!!!いらないって言ってるでしょ!!!そんなの頼んでないでしょ!!!!」



女の子「いらない!!いらない!!私はどうせ...どうせ...」



叫び声は言葉にならないうめき声へと変わる。感情が高ぶっている中でも、言葉にしてはいけない思いが外に出てしまうのを頭が防いでいるのだろう。



激しく呼吸をする彼女を見つめて、それで、目の前の景色が歪む。あれ?どうしたんだろう。



 



耳に大きなノイズ音が流れる。目に浮かんでくる景色はやたらと解像度が悪いし、色も白黒だ。



でも、どこのいつの景色かすぐにわかった。何年か前のクリスマスイブだ。



殺風景な壁と、ベッドと、目の前にはサンタの格好をした綺麗なお姉さんがいる。



笑顔でプレゼントを差し出すお姉さんの手を、私は全力で払いのける。お姉さんは悲しい顔をして、払い落されたプレゼントを拾う。



感情だけが鮮明に蘇る。頭の先から足の先まで熱くなって、目から勝手に涙が溢れて、払った手からそんな感情を全部叩きつけて。



 



その感情は怒りだった。



ふざけるな!私はそんなに弱い人間じゃない!心の奥底から声がする。



何を言ってるの?あなたは弱いの。可哀想なの。頭の冷静な部分が、その声に反論する。



何度も何度も経験した、どうにもならないそんな葛藤。どちらの声も聞きたくなくって、私はただただ耳を塞いでいた。





お父さんもお母さんも看護師さんも、そんな私を放っておいてくれた。塞いだ指の隙間に、ただただ心地よい当たり障りのない言葉をかけてくれるだけだった。



でも、耳を塞いでいる手をその人はひっぺがそうとした。キラキラした希望をチラつかせて、暖かい優しさを振りまいて。



だから全力で拒否した。そしてまた、全力で耳を塞ぐ。もうそんなもの、聞きたくない...。





 



ザーッとまたノイズ音がして、感情はそのままに、鮮明な景色が目の前に広がる。



全力で吸って吐いて呼吸を繰り返す華奢な女の子と、床に落ちたプレゼント。



手には痛みがジンジンと広がる。その痛みにハッとして、私は全てを理解する。





あの子はかつての私なんだ。





膝を曲げて屈んでプレゼントを拾う。なるほど。もしそうなら、あなたには伝えてあげたい言葉がある。伝えなきゃいけない言葉がある。



床に落ちたプレゼントを手にとって、よいしょっと力を入れて立ち上がる。目線を彼女に合わせる。やっぱり彼女は敵意丸出しで私を睨む。



女の子「治ってよかったね。おめでとう。アイドル頑張って。サヨナラ」



一方的に言葉を投げつけて、彼女は布団にくるまってしまう。



 



彼女に聞こえているかどうかわからないけど、私は彼女に問いかける。



加蓮「...あなた、諦めちゃってるの...?」



すると、くぐもった怒号が飛んできた。



女の子「別にどうだっていいでしょ!?もうほっといて!!」





私は続けるべき言葉を探す。かけてあげたい言葉はたくさんある。でも、うまく伝えられる自信はない。



でも、きっと伝えなきゃいけないんだ。今は私にしか、彼女の耳を塞ぐ手をひっぺがせない。



加蓮「同じだね、あなた。昔の私と」



加蓮「昔話をするとね、私も慰問会に行かなくて、病室まで来てくれたゲストの手を全力で叩いたんだ」



加蓮「怖かったの。暗い静かな病室にばっかりいたから、明るい賑やかな世界が。それで、ムカついてた。絶対に私はそこに行けないんだって」



もこっと膨らんだ布団はピクリとも動かない。私は彼女が聞いてくれているだろうと信じて、言葉を続ける。



 



加蓮「どうせなんて言わないで。ホントのあなたは、きっとそう思ってないはずだよ。だってこの部屋、まっさらなんだから」



長年の入院生活を感じさせないシンプルな部屋。これも見覚えのある風景だった。うん、私もそうだったから。



大体の長期入院患者の個室って、いろいろと荷物が増えるんだ。もう、そこが生活の場所だからね。



でも私はそんなの嫌だった。あくまでも病室は仮住まいで、こんなところに根を生やしたくはなかった。だから部屋をシンプルなままにした。





きっと彼女もそうだ。そして今ならわかる。その嫌な気持ちは、そっくりそのまま願いの表れなんだって。湧いてくる怒りも全部願望なんだって。きっと、大事に持っておくべき感情なんだって。



私は結局、その感情を投げ出してしまった。そして奇跡的に病気が治ってからも、その投げ出したものを拾わずにいた。そしてあの日、あの人に全部拾ってもらった。



 



女の子「...うるさい!うるさい!うるさい!わかった風に言わないでよ!決めつけないで!あたしはこれでいいの!」



私の全部の言葉を払いのけるように、必死に否定の言葉を続ける彼女。





思い出す。彼女が私なら、私はどうすればいいか知っているはず。だって、あの時の笑顔も言葉も景色も靴でさえ、心の大事な場所にしまってあるから。



加蓮「わかった。じゃあ、こうしよう。あなたはきっと希望を捨てていない。諦めたくないって思ってる。あなたはキラキラできる。私はそう信じる」



加蓮「だから、一度でいいから。私の信じるあなたを信じてみてくれない?」



枕元にそっとプレゼントを置いて、一歩先から手を差し伸べるように、優しい声色で私は彼女に伝える。



加蓮「年が明けて、外出許可がでたら教えて。その日に私はライブをやる。それを見に来てよ。あなたの中のキラキラするもの。私が引っ張り出してみせるから」



加蓮「魔法をかけてあげる。アイドル北条加蓮の意地とプライドをかけて、あなたにとっておきの魔法を」





そう言葉を残して私はドアに向かう。部屋を出る前に、ベッドを振り返る。



布団を被ったまま、やっぱり彼女はピクリとも動かない。もう一度念を押して彼女に伝える。



加蓮「待ってるから。絶対だよ」





 



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奈緒「ふぇっ?はひふほはふほふひへひは?」



加蓮「奈緒、行儀悪いよ。きちんと飲み込んでから喋りなよ」



病院から事務所に帰ると、クリスマスパーティが始まっていた。ご飯を食べながら、奈緒に今日会ったことをひととおり話す。





奈緒「あー、悪い悪い。いやー、慰問に行ってライブの仕事を決めて来るなんてすごいな」



加蓮「まぁ仕事って言っていいかわかんないけどね。勝手に言っちゃったから、プロデューサーさんには怒られちゃった」



プロデューサーさんは一応承諾はしてくれたものの、場所の問題とか告知の問題とかレッスンの問題とかたくさんの正論を重ねられて、私はぐぅの音も出なかった。



でも、最後には笑顔で『頑張れ』って言ってくれた。うん、だから私の決断はきっと間違っていない。





奈緒「でも加蓮がそんなアツくなるなんてな。俺が信じるお前を信じろだって?これからアニキって呼んでいいか?」



加蓮「...やだ」



奈緒「そうだよな。アニキあぁなるもんな。縁起でもないよなぁ」



奈緒の目がキラキラしたり、ブツブツなにか呟いたり忙しい。あー、これはあれだね。オタクモードだ。



 



奈緒「でも、会ってみたいなその子に。昔の加蓮にそっくりなんだろ?」



加蓮「うーん。やめといた方がいいよ。ニコニコ優しいゲストのアイドルを睨んで容赦無く叩く不良だよ」



奈緒「性格がひん曲がった奴、アタシは嫌いじゃないぜ。デレてくれた時の落差がハンパないからな」



デレ...また私のよくわからない用語を使う奈緒。それにしても、ストレートに『性格がひん曲がった奴』なんてよく本人の前で言えるね。でも、なんだかこういう距離感がすごく心地よい。





奈緒「まぁ、困ったことがあったらすぐにアタシか凛に相談しろよ。いつでも助けに行くからな」



加蓮「いや、助け求めなくても、毎日レッスンルームに来てお節介やくつもりでしょ...」



ジトーとした目で見つめると、奈緒は音の出ない口笛を吹きながら目線をそらす。はぁ、ホントにわかりやすいんだから。



 



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そうしてレッスンが始まった。プロデューサーさんと話し合った結果、2時間のライブを1人でやりきることになった。



いままでのライブと長さも密度も全然違う。3人で30分回すだけでも大変なのに、そんな長時間のライブを完走できるだけの体力と、技術を身につけなければいけなかった。





レッスンが終わってからも自主練習を繰り返す。足元がフラフラになって、目がチカチカして、指先はピリピリするけど、絶対にこのライブは成功させないといけない。



休みなくレッスンを続けていると、ドアの開く音が私の集中を遮った。振り返ると、飲み物を持った凛が入って来た。



凛「お疲れ様。あぁ、ホントにお疲れみたいだね。休憩しない?」



そう言って、凛は飲み物を差し出す。





動きを止めた瞬間、ガクッと膝の力が抜けた。酸素が足りなくて必死に息を吸い込む。急な雨に濡れた道路のように、レッスンルームの床に汗が散らばる。



加蓮「はぁっ.....はっ.....ありっ...がとっ...」



凛「無理しなくていいよ。ほら、肩につかまって」



凛が屈んで、私の腕を肩にかける。凛に負担をかけまいと膝に力を入れて立とうとするけど、力が入らない。結果、凛に寄りかかったまま壁まで連れて行ってもらった。





凛「私も鍛えてないわけじゃないけど、1人でここまで連れて来られるなんて、やっぱり加蓮の身体ちょっと軽いね」



加蓮「はぁはぁ...でも、細いのは...アイドルとして...いいことじゃ...ない?」



まだ呼吸はおさまらない中、凛に言葉を返す。



凛「確かにそうだけど、今度のライブにはスタミナが必要でしょ?食べる量増やした方がいいかもね?」





ぐっ...正論を...。ただ、こういう正論をこういう場面できちんというのが凛のいいところだ。容赦のなさも、ホントに私を思ってのことなんだと思う。



加蓮「分かったよ...じゃ、今度...凛が美味しい芋料理...作って...」



凛「...やっぱり芋なんだ...」



芋で悪かったねとつっこむ勢いで、もらった飲み物を一気に飲む。胃に落ちる冷たさが、体を覚醒させてくれる気がした。



 



凛「でも驚いた。加蓮が病気の子にライブを見せてあげるなんて。こんなにきついレッスンまでして。慈善活動の仕事とか、むしろ避けそうな気がしたから」



その言葉に、私は強烈な違和感を覚える。私はその言葉を頭の中で広げて、隅々までじっくりと見る。



ピコンと頭上に電気マークが出てくるような感じがして、私は自分で自分に苦笑する。



私がしようとしてることはきっと、善いことなんかじゃない。



ひとつひとつ自分の気持ちを確認するように、ゆっくりと言葉に出して凛に伝える。





加蓮「私があの子にライブを見せるのが、あの子にとっていいことかどうかわらない。見たくないって拒否してるものを見せつけるわけだしね」



加蓮「でも、信じたいの。あの子は夢を見させてくれる魔法を待ってるって」



加蓮「あと、私のいる場所は、取り戻した場所は、素晴らしいところなんだってことも、信じたい」



加蓮「だからこれは『慈善』じゃないと思う。善いことじゃない。私の意地とプライドを、一方的に押しつけてるだけなんだって思う」



加蓮「言葉にするなら、北条加蓮がきちんとアイドルになれているか、あの子とそして過去の自分との『喧嘩』かな」



加蓮「昔の自分に魔法をかけられないようじゃ、アイドル失格だしね」





そんな私の言葉を聞いて、凛はニコッと笑う。



凛「私はそういう加蓮の捻くれた優しさ、嫌いじゃないよ」



むっ。確かに私は捻くれてるのを自覚してるけど、凛には言われたくないなぁ。凛も中々のものだよ。



凛「良くも悪くも誠実。そして若干自己犠牲的。損するタイプだね、絶対」



加蓮「じゃあ、私が損したときは凛が埋め合わせてよ」



そう茶化してお願いすると、凛はさらにその上をいく言葉を投げてきた。



凛「その役目は私じゃないかな。加蓮が一番分かってるでしょ?」



その言葉を聞いて、浮かんで来る顔。うー、頰が少し熱を帯びるのが分かる。くそっ、今日の言い合いは完璧に私の負けだ。あとで奈緒を使って憂さ晴らししなきゃ。



 



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新しい年を迎えて少し経ったある日、私はプロデューサーさんに呼び出された。



デレP「ソロライブ、再来週の土曜に決まった。小さい公民館だけど、場所も確保できたよ」



本当に連絡が来るか不安だったけど、良かった。ちゃんと来てくれた。



デレP「チケットとかもろもろのことはこっちがやるから、加蓮はレッスンに集中して欲しい」



うん。正直、レッスン以外に気を配れるほど余裕はない。助かります。



加蓮「ごめんね。私のワガママで」



ぽつりと一言謝ると、プロデューサーさんは笑顔で言った。



デレP「気にするな。加蓮のワガママなら、いつだって聞いてやるから」



デレP「聞くだけで、なんでも叶えるとは言ってないけど」



うぅ...最後の一言がなかったらカッコよかったのに...。まぁ、いいか。それだけ忘れちゃえばいい話だもんね。



加蓮「よろしくお願いします」



気合いを入れて一礼。よしっ、今日もレッスン頑張りますか!



 



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そしてライブの日がやって来た。袖からちょこっとフロアを見てみると、開演前なのに一面にミントブルーの光が広がっていた。



吸って吐いてを繰り返す。正直、きちんと完走できるかどうか半々だ。でも絶対に、ステージの上で倒れることだけは避けたい。





デレP「大丈夫。加蓮ならやれるよ。ただ、無理そうだったら絶対に言ってくれ。用意はしてあるから」



プロデューサーさんが私に気合いを入れる。その後ろには、多分用意された人達がいる。



奈緒「ステージ袖だけど、ただペンライト振ってライブをみるだけなんて久しぶりだから楽しみだな」



凛「そうだね。一番いい席でずっと加蓮のステージ見られる日が来るなんて思わなかったよ」



完全にお客さんモードの2人。まぁ、今日はそれでいてもらわないと困るんだけどね。そこは私が頑張るところか。



加蓮「じゃあ、行ってくるね」



プロデューサーさんが照らしてくれる足元の光を頼りに、暗いステージ袖から明るいステージへと1人で歩く。



私だけの戦いが、始まる。



 



加蓮「はーい!北条加蓮だよー。いきなりライブの告知しちゃってごめんね。でも、集まってくれてありがとう」



わーっという歓声と共に、ペンライトが光る。私はこの景色が、どうしようもなく大好きだ。一つ一つの光は、私を応援してくれる思いだから。



加蓮「今日は私1人のステージ。思う存分、楽しんでいってね」



ちらっと誰にも悟られないように、2階に設けられた関係者席に目を配る。険しい目でこっちを見てる視線に気がつく。



その二つの目に、私はそっと思いを告げる。うん、見ててよ。私の、意地とプライド。







思ったよりもライブは快調だった。1人だけ浴びるスポットライトはいつもより熱く、1人でいるステージはいつもより広かったけど、自然に身体が動いていた。



MCで休憩を入れながら、自分の身体の具合に耳をすます。うん、いける。これならいける。



346プロ全体曲、私が関わったユニットの曲。全部1人で歌って踊る。視線が全部私に集まる以上、一瞬だって力を抜ける時間はない。



いつもは、自分のパートじゃないときはすっと脱力することができるけど、今日はそうもいかない。端から端まで全力だ。



一つ一つのポーズに気合いを込める、一つ一つ歌詞に想いを込める。どうだ、これがアイドル北条加蓮だ。弱々しい薄幸の少女はもういない。私は今、全身全霊でアイドルなんだ!



 



加蓮「今日はありがとう!じゃあ、今年もよろしくねー。バイバーイ」



さらっとそう言って袖にはける。これから衣装を着替えての、アンコール待ちだ。



デレP「お疲れ様!あと1曲だ!頑張れ!」



奈緒「うぅ...加蓮頑張ったな...みんなもアンコールしてくれてる。頑張れよ...」



凛「あと一息だよ加蓮。...あぁ、ちょっと奈緒泣きすぎだよ。まだ終わりじゃないんだからね」



袖のすぐ入り口、待っていてくれていたみんなの顔が見えた。



 



あれっ?その顔を見た瞬間、ガクッと膝が崩れた。反射で両手を床につく。なんとか両腕で身体を支えるけど、立ち上がるだけの力が入らない。



そんな私を見てみんなが駆け寄る。さっきの笑顔は急に焦った顔に変わり、私の顔を覗き込む。



デレP「凛!奈緒!ラスト一曲、Trancing Pulseいけるか!?」



空気が一変する。プロデューサーさんの声色は険しくなり、凛と奈緒の息を飲む音が聞こえる。





呼吸に合わせて肩が揺れる。思いっきり肺に酸素が入ってきて、ちりちりと胸が痛む。床の木目がぐにゃりと歪む。床に両手両足をついているはずなのに、なぜか身体には浮翌遊感を感じる。



デレP「ほら!酸素だ。ゆっくり吸って。落ち着いたら水を飲め」



口に当てられたスプレーをすーっとゆっくり吸い込む。少しだけ、歪んだ景色が真っ直ぐになる。そして水を染み込ませるように、ちびりちびりと口に運ぶ。急な冷たい感覚に、ひとつふたつ大きな咳をする。





デレP「奈緒!凛!準備はできたか!行くぞ!」



そう後ろを振り返って叫ぶプロデューサーさんのスーツの袖を掴む。力いっぱい掴んでも、くいっと引っ張るだけで精一杯だ。



加蓮「...あと...一曲でしょ...なら...いける...から...」



なんとか絞り出した声に、数倍の勢いでプロデューサーさんが返す。



デレP「駄目だ!もう限界だ!よくやった!よくやったよ!だから!もう!」



苦しそうな今にも泣き出しそうなプロデューサーさんの顔。あぁ、違う。私が見たかったのは、そんなプロデューサーさんの顔じゃ...。



 



キッともう一度プロデューサーさんが振り返って叫ぶ。



デレP「奈緒!凛!いいから!早くステージに上がってくれ!」



その叫びに答える声は...なかった。



アンコールの声は今も響いているはずなのに、その瞬間はなにも音を感じなかった。





静かな空間が広がる。少しの間を置いて、プロデューサーさんの困った声が聞こえる。



デレP「おい...2人とも何で動かないんだ...早くステージに上がらないと...お客さんが...」



その声にも答える声はない。代わりに、二つの温もりが私の背中にそっと触れる。



奈緒「プロデューサーさん。あと一曲じゃねぇか。やらせてやろうよ」



凛「ここで私たちがステージに上がったら、きっと駄目なんだよ」



温もりがじんわり身体に広がる。その温かさが、身体に力を蘇らせるような気がする。



奈緒「アタシは信じるよ。加蓮の覚悟を、意地を、プライドを」



凛「プロデューサーも信じてあげて。北条加蓮は、きっとやり遂げてみせるって」



 



思わず顔が笑顔をつくる。いつも私はこの力に助けられてきた。いつも私はこの温もりに助けられてきた。



誰かが私を信じてくれる力。自分自身で信じられなかった私の心の中のキラキラを、引っ張り出してくれる力。



この力に導かれて、私はここまできたんだ。この力に導かれて、私は取り戻すことができたんだ。





グッと両腕に両膝に力を込める。奈緒と凛に支えられて、自分の足でまっすぐ立つ。



そして2人の手をそっと払ってキッと前を見る。プロデューサーさんに告げる。



加蓮「ラスト一曲...歌わせてください...」



私も信じよう。私は絶対にやれるって。



北条加蓮の中にある北条加蓮自身の輝きを、私は信じる。





一呼吸置いて、プロデューサーさんは諦めたように答える。



デレP「...オッケー。わかった。俺ももう一度信じるよ、加蓮を。行ってこい!」



3人に背中をそっと叩かれて、その反動と自分自身の2本の足でステージに再び向かう。



 



加蓮「おまたせー。アンコールありがとね。少し水分取るのに時間かかっちゃったけど、ずっと呼んでくれてて力になったよ!」



わーっと声援があがる。この声も、私に力をくれる大事なものだ。



加蓮「それじゃあ今度がホントのホントに最後の曲。Trancing Pulse聞いてね!」





パッと照明が消える。私の歌の一音目に合わせて淡いスポットライトが光り、BGMが流れる。ゆったり音の波にのるように両腕を揺らす。よかった。声はきちんと出てる。



スタンドマイクとの距離感を気にしながら、一音一音に想いを叩き込む。どうか声にのって、音にのって届いて!



 



ザーッと耳奥でノイズがなる。歌を絞り出す喉とダンスをする身体と、意識がどんどん離れていく。



二階席を見る。見慣れた制服を着た髪を二つに結んだ女の子が、私を見下ろしている。



その子は呆れた声で冷たく私に言い放つ。



???「バカじゃないの?何マジになってるわけ?死にそうにフラフラになってまで。そんなに価値があるの?アンタの夢ってやつ」



歌いながら、踊りながら、私は心の中でその子に答える。



加蓮「うん。それだけの価値があるよ。あなたもきっとわかってるでしょ?逃げてないで、ちゃんと前向いたら?」



その言葉にその子はなお冷たく反論する。



???「ちゃんと前を向いてないのはどっち?上ばっかり見上げてさ。たくさんの人に迷惑と心配かけて、そこに無理やり立ってるんじゃない?」



あまりに捻くれてる言葉。でも仕方ないか。もう一度、しっかりその子の目を見て告げる。



加蓮「仕方がないでしょ。私がそう生きるって決めたんだから。1人じゃないからね、きちんと生きてたら見守って助けてくれる人は必ずいるよ」



私の言葉に黙ってしまう見慣れた制服の女の子。その子に向けてさらに言葉を投げかける。



加蓮「輝くことを恐れないで、前を向いて、信じて」



 



ザーッとまたノイズ音がして、目の前にクリアな風景が広がる。BGMは止み、私は最後のポーズを決めていて全身を大歓声が包んでいた。



何度も何度も客席お礼を言って、手を振ってお別れをして、ステージ袖に戻った瞬間。待ち構えていた誰かの胸の中に飛び込むように、私は倒れ込んだ。



 



################





目を覚ますと目の前には真っ白な天井。まさかと思い左右を見渡すと、カバンやら衣装やら化粧道具が広がっていた。あぁよかった、ここはさっきまでライブをしてた公民館の控え室だ。



水を飲もうと身体を起こそうとするけど、力が入らない。長椅子から落ちそうになったところを、誰かが支えてくれた。



奈緒「おおっと、あぶね。大丈夫か?」



頭の上から声がする。あぁ、もしかして膝枕してくれてたの奈緒?なんて茶化す余裕もある。うん。まぁ、なんとか大丈夫そうだ。



凛「はい、水だよ。自分で飲める?」



凛の差し出すペットボトルに腕を伸ばそうとするけど、手がプルプルして動かない。あーあ、ここは甘えるしかないか。



加蓮「ごめん。自分で飲めそうにないから、少しだけ口に水入れてよ」



そーっと、凛が私の口の中に水を含ませる。なんだか生き返る心地がした。



 



そうやって2人の介護を堪能していると、控え目なノック音がしてちょこっとドアが開く。



ドアの隙間から見えたのは、あの長髪の華奢な女の子の顔だった。



白のロングスカートに紺色のセーター。そして茶色のダッフルコート。可愛いよ。今すぐアイドルデビューできそうじゃん。なんてぼんやりしてる頭で考える。



奈緒と凛が気を利かせてすっと部屋を後にする。ありがとね、お礼は後できちんとするから。





2人きりになった部屋は、しーんと言う音が聞こえくるくらい静か。



ごめんね、私から話しかける元気はないやと思っていると、彼女が口を開いた。



女の子「...なんで?なんでこんなもの私に見せたの?なんで?」



相変わらず強い口調。でも、あの病室のような拒否の意味合いは、声色にのってなかった。



女の子「あなただってこんなになって...ここまでして...なんで?」



彼女の目が涙で潤んでいる。その涙を見ないよう心にスイッチを入れて、一方的に言葉を伝える。投げかけたい言葉を、ただ投げつける。



加蓮「ただ呼吸をするだけじゃ、生きてるって言えないから。昔の私はそれもわからず投げ捨てた。あなたはどうする?」



彼女は私の問いに答えずに、声をあげて涙を流した。



 



すっと心のスイッチを切って、その涙を受け止める。



ただ夢を見ることさえも難しい。だから、捨ててしまえば楽なものを捨てようとしていた彼女。



でも、私は残酷にそれを見せつけた。それは大事なもので、キラキラしてるよって教えてしまった。



だから彼女はまた正面から向き合ってしまったんだ。怒りと、悲しみと。



心が痛む。私も泣いてしまいそうになる。でも泣くわけにはいかなかった。これは私がやったことだから。



 



膝に力を入れてなんとか立ち上がる。ふらつく足で彼女のとこに行き、肩を抱いて長椅子に座らせる。



泣きじゃくる彼女の背中をさすりながら、心の中で語りかける。



その痛みはね、その悲しみはね、希望の裏返しなんだ。夢見たい、キラキラしたいって思うからこそ、心が痛いんだ。



でもだからこそ、人は生きていけるんだと思う。そういうもの全部抱きしめてこそ、生きてるんだって思うよ。



投げ出さないで。逃げ出さないで。そうすると今は楽かもしれないけど、いつかの未来に苦しむことになるから。



 



なーんて、こんなこと言う私もね。最近の最近まで、過去って『折り合いをつけるもの』だって思ってたんだ。



消せないし、忘れられない。アイドル北条加蓮を語るうえで『避けて通れないもの』



エピソード0。前日譚。そういう妥協点に落とし込んでた。





でも、あなたに出会って思ったよ。そうじゃないって。



痛みも、悲しみも、怒りも全部。抱きしめてあげるべきものなんだって。



アイドル北条加蓮のまぎれもない1つのピースなんだって。





だから、あなたにとって私との出会いが、何かを変えるものだったらいいな。



あの日、私があの人と出会ったみたいにさ。



手のひらに伝わる温もり。この温もりにのって、この想いが伝わればなんて思う。



 



################





そしていくらか時間は過ぎた。



あのライブの後、3日間寝込んでプロデューサーさんにはガンガンに怒られた。奈緒と凛にはご飯を奢らされた。でも、結局みんな頑張ったなって褒めてくれた。それがとても嬉しかった。





ある日、ちひろさんに声をかけられる。



ちひろ「あっ、加蓮ちゃん!加蓮ちゃんに贈り物届いてますよ」



そう言って渡されたのは、可愛くラッピングされた少し大きめの小包。



きちんと包装された包みを慎重に開けると、中には綺麗な手編みのマフラーと手紙が入っていた。



ちひろ「わぁ、赤色と緑色のチェック模様がとても綺麗なマフラーですね。加蓮ちゃんにぴったりじゃないですか」



確かに縫い目の細やかさから、編んだ人の心配りが見える。手紙の差出人の名前を見て驚く。あの病室のネームプレートと同じ名前だ。



ドキドキしながら便箋をそっと開ける。いつの間にかちひろさんはいなくなっていた。



 



加蓮さんへ



この前はありがとね。



あたし、服飾デザイナーになるのが夢でした。ううん、夢です。



マフラーを編んでみました。私には巻く機会が少なそうなので、加蓮さんに送ります。



初めてのものなので、上手くないと思います。いらなかったら捨ててください。





なんともぶっきらぼうで捻くれた文面。でも、手紙の端々は濡れて乾いた跡があった。私はそれを指でなぞって、心が暖かくなるのを感じる。



すっとマフラーを巻く。うん。あったかいし、すごく心地いい。これを捨てるなんて勿体無い。大事にしよう。



手紙を大事にカバンにしまう。言葉を心の大事な場所にしまう。あぁ、大事なものばかりでしまいきれない。新しい置き場をつくらないとね。





E N D







20:30│北条加蓮 
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