2017年02月05日

佐藤心、安部菜々「「朧月」」

アイドルマスターシンデレラガールズ、しゅがーはぁとさんこと佐藤心さんと、一応ウサミンこと安部菜々さんのお話です。



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「お疲れ様です☆ 菜々先輩♪」





「はい! はぁとちゃんもお疲れ様です♪」



 菜々先輩とのミニライブを終えて挨拶を交わす。今でもまるで夢みたいに思える。



「いやー、こうして菜々先輩と一緒に歌えるなんて……☆ はぁとは幸せものだぞっ☆」



 憧れの菜々先輩とこうして一緒のステージに立つなんて、少し前のはぁとでは考えも出来なかった。



「ナナもですよぉ〜。はぁとちゃんと一緒だと楽しいですからね!」



「「あははは」」



 二人して声を上げながら控室に戻る。そこにはプロデューサーが待機していて、次の仕事の準備をしていた。



「あ、お疲れ様です。菜々さん、心さん」



「お疲れ様です! プロデューサーさん」



「もぅ☆ はぁとって呼べって言ってるだろ☆」



 すみません、と言いながらプロデューサーは開いていたノートパソコンを閉じる。相変わらず忙しそうだ。





「じゃあ、俺は外に居るんで着替え終わったら呼んでください」



「「はーい」」



 菜々先輩と私は声を揃えて返事をする。次の仕事は握手会だったかな。



「いやー、それにしても売れっ子って大変ですね☆」



「そうですねぇ。でも、こうしてたくさんお仕事もらえるなんて、昔を考えたら本当にありがたいです」



「ですねぇ……」



 私もそこそこ下積みをしてきたが、菜々先輩は私以上に下積みの売れない時代を経験している。



 だからこそなのだろうか。菜々先輩はどんな小さな仕事でも手を抜かずに常に全力だ。



 ちっちゃな身体におっきな心を持つ菜々先輩。私の憧れの先輩。



「さ! プロデューサーさんを待たせちゃ悪いですし、早く着替えて移動しましょう!」



「はい☆」













 一日の仕事を終え、プロデューサーの運転で事務所に戻る。さすがに朝から働きづめだと疲れてしまう。



 菜々先輩も同じなのだろう、先ほどからぼーっと外を眺めている。



 もうちょっと元気があればいつものようにおしゃべりに花を咲かせるのだが、さすがに今日はそれも難しそうだ。



 プロデューサーもこんなはぁと達を気遣ってか、無言で車を走らせている。



 少しでも時間があるなら眠って体力の回復をするなり、次の仕事の資料を読むなりするのだが、今日はなんか疲れてしまった。売れっ子と言うのもなかなか大変だ。



 ふと、隣に視線を移すと、ぼんやりと外を眺めていた菜々先輩の瞳に小さな水の粒が浮いているのを見つけてしまった。



「な、菜々先輩……?」



 声をかけていいのか分からなかったが、菜々先輩の涙を初めて見た私はどうして良いのか分からずに声をかけてしまった。



「はい? どうしました?」



 私が声をかけると、菜々先輩はいつものような優しい笑顔を浮かべながら、優しい声で尋ねてくれた。





「い、いえ……なんか、泣いてたみたいだから……」



「え?」



 私がそう言うと菜々先輩は手で目の端についた水滴を拭う。



「あはは……ナナも疲れてたみたいです。あくびしちゃっただけですよ」



「そうですか?」



「はい。大丈夫ですから」



 それだけ言うと菜々先輩はまた窓の外を見るのに戻ってしまった。



 その時からだろう、菜々先輩の横顔に寂し気と言うか物憂げな印象を受けるようになったのは。



 窓の外では、ゆらゆらと半分の月だけが輝いていた。













「ねぇ、プロデューサー」



「はい?」



 あの帰りの日から半月ほどが過ぎた。あれからもしょっちゅう私は菜々先輩と一緒に仕事をしているのだが、どうも最近の菜々先輩はちょっとおかしい気がする。



「菜々先輩ってさ、なんかあった?」



「なにかってなんです?」



 この反応をすると言う事はプロデューサーは気づいていないのだろう。



「いや、さ……最近の菜々先輩ってどっか寂し気な感じ、しない?」



 私が尋ねるとプロデューサーは腕組みをして考え込んでしまった。



「んー……そうですかね? 俺にはいつも通りの菜々さんに見えるんですけど……」



「そっか。じゃあ、はぁとの気のせいかも。ごめんな☆」



 確かに私の勘違いかもしれない。具体的にどこが変かとは言えないわけだし。





「心さんは菜々さんに違和感を感じるんですか?」



「うん……ちょっと具体的にどこが、とは言えないんだけど、こう、何ていうか寂し気に見えるんだよね」



「最近、俺も忙しくて菜々さんとはあんまり話が出来てないですからね……。もしかしたら何か悩みでもあるのかもしれません」



 悩み……か。



「俺もなんとか時間作って菜々さんと話してみるんで、心さんも気にかけてもらっていいですか? 悩みがあるなら聞いてあげてほしいんですけど……」



「うん。任せて」



 菜々先輩のためだ。少しでも力になりたい。出来るなら……だけど。













 しかし、菜々先輩にどれだけ聞いても「悩みなんてないですよ」とか、「そんなことないですよ」なんて返事しかもらえなかった。



 プロデューサーも同じみたいで、何にも進展はしなかった。



「「うーん……」」



 二人揃って事務所で腕を組み、頭を捻る。捻ったところで良い考えは浮かばないのだが、何もしないよりはマシだろう。



「確かに……心さんに言われてから菜々さんを見ると確かにちょっと寂しそうな顔をする事が多いですね……」



「だろ? あのいつも笑顔の菜々先輩が寂し気な顔してるって相当だと思うんだけど」



「昔は……菜々さんのあんな顔をしょっちゅう見てたんですけどね。最近見てなかったのですっかり忘れてました」



「そうなの?」



 プロデューサーは菜々先輩がデビューした時からずっと一緒だから、菜々先輩の昔もよく覚えているのだろう。





「なんだったかな……たしか、ウサミン星がどうのとか、時間がどうのとかって言って頭抱えてたはず……」



 ウサミン星。言わずもがな、菜々先輩の出身地という設定だ。



「ウサミン星って事は自分のキャラに悩んでた感じ?」



「あー……確かそんな感じです。デビューしたての頃はあまりのイロモノ扱いに悩んでたみたいで、その時にあんな顔をしていたんじゃなかったかな……」



 となると、今も何か自分のキャラ設定に悩みを感じているのだろうか。



「ウサミン……やめたい、とか?」



 ふと頭をよぎった考えを口に出してみる。



 菜々先輩も実際いい歳なのだから、キャラ設定を貫くのが辛くなっているのかもしれない。



「……なんですかね」



 プロデューサーの表情があまり変わらなかったところを見ると、プロデューサーも考えなかったわけではないのだろう。



「でも、あの菜々先輩がウサミン辞めたいなんて言うかな」



 どんなに馬鹿にされ、笑いものにされても、決して辞める事のなかったウサミン星人。



 今更、菜々先輩が辞めたいなんて言うのだろうか。



「……これはもしかしたらですけど」



 そうやって前置きをしてプロデューサーは窓の外に目をやりながらこんな事を言った。



「菜々さんは……引退を考えているのかもしれません」



 窓の外にはいつも浮かんでいるはずの月はなく、ただただ暗闇が広がっていた。













「さて……ついたぞ☆ ウサミン星☆」



「ち、違いますから! ここは千葉ですから!」



 私の軽口に菜々先輩が大袈裟な身振り手振りで訂正をする。



 夕方から始まるトークイベント。菜々先輩も私も午前中は別の現場で仕事を終えてからだったので、今日初めて顔を合わせる。



「あはははー♪ 冗談ですってば☆ じょーだん☆」



 菜々先輩の顔は最近よく見せていた寂し気な顔ではなく、いつものような楽しそうな顔に戻っていた。



 あれからプロデューサーを色々考えてみたのだが、正しい答え何てでるはずもなかった。



 とりあえず、二人で決めた事は菜々先輩が頼ってくれた時には必ず力になろうという事と、少しでも菜々先輩を元気づけようと言う二点。



「でも、故郷に錦を飾るって素敵な事じゃないですか☆」



「まぁ……確かにそうですけど……って! ノゥッ! ナナはウサミン星出身ですから!」



 口を尖らせながら自分の設定を再度口にする菜々先輩。うん。いつもの菜々先輩だ☆



 何が良いかはわからないのだが、菜々先輩が少しでも元気になればいいなと思ってプロデューサーは菜々先輩の故郷でのイベントの仕事をとってきてくれた。



 今の菜々先輩のランクでは考えられないくらい小さなトークイベントだけど、菜々先輩はとても喜んでくれたらしい。



「さ☆ 早く控室行きましょ♪」



「はい」



 プロデューサーはスタッフさんと色々打ち合わせがあるらしいし、ここからは私が菜々先輩をおもてなししなきゃね♪













「……て、聞いてます?」



「……え? あ、ごめんなさい……」



 しかき、さっきまでの菜々先輩はどこへ行ったのやら。控室に入ると菜々先輩は途端に黙り込んでしまった。



 私がなんとか元気を出してもらおうとあれこれ色々と話しかけてみても生返事ばかり。



「……あの」



「はい?」



「菜々先輩……なんかありました?」



 もうどうしていいか分からない私は直接的な手段に打って出る事にした。色々策を弄しても効果がないみたいだし、もう当たって砕けてしまおう。



「はぁとちゃん……」



 菜々先輩は私の名前を呼ぶと、俯いてしまう。



「菜々、せんぱい……?」





「ウサミン星に……帰らなきゃいけなくなりました」



 顔を上げた菜々先輩から出てきた言葉はまったくの予想外なものだった。



「は……?」



 まったくの予想外の言葉にうまく声が出なくなる。ウサミン星に帰るって……ここ千葉だし、帰ってきてるんじゃ……?



「あはは……えっと……引退するって事ですか?」



 なんとかそれだけを絞り出すと、菜々先輩はふるふると首を横に振った。



「ナナは……本当にウサミン星から来たんですよ」



 ステージの上でしか見せない力強い目で訴える。私はウサミン星から来たのだと。



「ま、またまたー☆ 相変わらず菜々先輩のプロ意識はすごいな☆」



 何故だろう。荒唐無稽な話のはずなのに、菜々先輩の言葉にはとてつもない説得力が含まれている。



「……本当は一ヶ月くらい前には帰らなきゃいけなかったんです」



 一ヶ月くらい前と言うと、私が菜々先輩の変化に気付いたころだろうか。



「でも、ナナは帰りたくないってワガママを言いました。……もちろんそんなワガママが通用するはずもありませんでした」





 駄目だ。どうしてかはわからないけど、これ以上、菜々先輩にしゃべらせちゃいけない。



「でも、ほんの少しだけワガママを許してもらって、次の満月までは猶予を貰えたんです」



「次の……満月って……」



「はい。今日です」



 今まで見た事ない程に、美しく儚く、そして寂しそうな笑顔を菜々先輩は浮かべていた。



「本当はいっぱい言いたい事があったんですけど……これだけ」



 あの時と同じように目の端に涙を浮かべて菜々先輩は言う。



「はぁとちゃんとお友達になれて良かったです」



 見るものを魅了してしまう月のような笑顔を浮かべて、そう私に言ったのだ。



「ま、まって!」



 慌てて椅子から立ち上がって菜々先輩に向かって手を伸ばす。



「……また、いつか会えると良いですね。さよなら、はぁとちゃん」



 私の手は……何もない虚空を掴んだだけだった。





「心さーん。そろそろですけど、準備出来てますか?」



 プロデューサーがそう言いながら控室に入って来た。



「……! ど、どうしました!?」



 一体そんなに慌ててどうしたのだろうか。何かに躓いたのかよろけながら駆け寄ってくる。



「どした?」



 青ざめた顔をするプロデューサーに尋ねてみる。



「だって……心さん、泣いてるじゃないですか」



「え……? あれ……?」



 プロデューサーに言われて初めて自分の頬が濡れているのに気が付いた。どうして泣いてるのだろうか。





「あれ……なんでだろ……」



 拭っても拭っても涙はとめどなく流れてくる。原因がわからない。



「なんで、はぁと泣いてるんですかね?」



「心、さん……?」



 私が声をかけた方には何もなかった。引かれた椅子がひとつあるだけで、他には何もなかった。



「あ、あれ……?」



 何故、私はこちらに向かって話しかけたのだろうか。今日は私のトークイベントだからこの控室には私しか居ないはずなのに。



「ねぇ、プロデューサー……、ここに……誰か居なかったっけ」



 でも、何故かやけにその何もない空間が気になってしまう。ついさっきまでここに誰か居たような気がしてならない。



「いえ……俺が入って来た時は心さんだけでしたし、そもそも今日は心さんだけしか参加しませんし、誰も居ないですよ」



「おかしいな……誰か……居た気がするのに……」



 とっても大切な誰かが居たような気がするのに……。



 拭っても拭っても溢れてくる涙はしばらく止まる気配は無く、ようやく止まった時には、イベント開始の予定よりも一時間も遅れてしまった。



 窓の外には、ぼんやりとかすんで見える満月が寂しそうに浮かんでいた。













「じゃ☆ お疲れ様っ♪」



「はい、お疲れ様です。気をつけて帰ってくださいね。



 今日も楽しく仕事を終え、家路に向かう。いつもはプロデューサーが送ってくれるのだが、たまにはこうして歩くのも良い物だ。



 だいぶあったかくなったし、そろそろ春物を出す頃かもしれない。



「あ、綺麗だなー……」



 なんとなく夜空を見上げてみると、月が浮かんでいた。



「春だなぁ……」



 真冬のはっきりとした月も好きだが、春に見える朧月も好きだ。



「こういう月も良いですよね、菜々先輩♪」



 その名前を口にした瞬間、足が止まった。



「……あれ……? なな……せんぱい……?」



 何故『なな』と言う名前が出てきたのかはわからない。そもそも私の知り合いに『なな』なんて人は居ないはずだ。





 ……でも、顔はあの朧月のようにかすんでぼやけているが、声だけは段々とはっきり思い出す。



『はい! はぁとちゃんもお疲れ様です♪』



『ナナもですよぉ〜。はぁとちゃんと一緒だと楽しいですからね!』



「あぁ……そうだ……菜々先輩……」



 声をはっきり思い出すと、今度は朧月のようだった顔も段々鮮明になってくる。



 いつも優しくて、笑顔で、面倒見が良くて、小さい身体に大きな心を持った私の大切な大切なお友達。



「っ……」



 どうして忘れてしまったのだろう。どうして思い出せなかったのだろう。こんなにも大切な人だったのに。



 頬を一筋涙が流れていく。



 手の甲で荒っぽく拭って、もう一度月を見据える。



「はぁとは……もっと輝きますから! 月みたいにもっともっと輝きますから!」



 近所迷惑かもしれないが、大声で叫ぶ。遠い遠い場所に居るあの人に向かって。



「菜々先輩がどこに居ても見えるように! お月さまみたいだった菜々先輩以上に輝くから!」



 ゆらゆらと揺らめく、まんまるな朧月に向かって。



End





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