2017年02月20日

志保「カフェ・レイト」

アイドルマスターミリオンライブ!のSSです。地の文。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1487045933



いい店見つけたんだ、と連れられてきたのは喫茶店。

最近は仕事を詰めていたから、たまには休息も必要だろう。





外見は特にこれと言った所のないお店だけど、店内は落ち着いた色合いの調度品で設えられていて印象が良い。

決して広くはない、けれども窮屈さをいっさい感じさせない空間だ。



コートを椅子の背にかけ、メニュー表を見つめる。

すこし悩んで、私はココアを。プロデューサーさんはコーヒーを注文した。

世間はバレンタイン一色。

一般的には、女性がチョコと共に愛の告白をする日ということになっている。





「だが、本来は逆。男の方から女性に花束を渡すんだそうだ」



「へえ」



「心底興味無いって感じだな」



「日本ですから」



「まあなぁ」





言うに及ばず、チョコと告白を――という特殊な文化を作り上げたのは日本の企業戦略、いわゆる陰謀だ。

そういった企業に雇ってもらう立場ではあるが、この慣習はどうしたものかと思う。

それに、私たちにとっては。





「収録の関係でバレンタインデーは既に過ぎた気分ですし」



「はは、アイドルのイベント事に対する認識なんてそんなもんだ」





互いに顔を見合わせて苦笑する。



有難いことに、今年はバレンタイン関係の仕事を数本頂き、撮影に収録にと少々忙しい日々だった。

それらが一段落したこともあって、すっかり何でもない通常日という心持ちになっている。





「プロデューサーさんからは何かないんですか?」



「ここのお代」



「あ、すみません、このガトーショコラもお願いします」





はいよ、と店主の声。





「容赦ないな…」



「それほどでも」





本当は一番高い抹茶セットを頼みたかったのだが、飲めない物を注文するのはお店と抹茶に失礼だ。

……もし、苦くない抹茶があったなら、飲めるかな。そんなものがあるのかどうかは、知らないけど。

ちまちまと食べ崩しながら、シアターの皆の近況について話したり、店主とコーヒーの蘊蓄を語り合うプロデューサーさんを眺めたり。

プロデューサーさんは本当に、変な雑学知識だけはやたら豊富だと改めて思う。





「……で?」



「は?」





ケーキにフォークを突き立てながら、ニヤけ面に視線を突き刺す。

表情に何か期待めいたものが見受けられるが、気のせいだと思いたい。





「いやホラ。チョコケーキプレゼントしたし」



「はあ」



「何かくれ」





気のせいではなかった。

さて、どうしようか。

くるりと掌でフォークを回し、しばし思案。





「……食べます?」



「最後の一欠片にフォークぶっ刺しながら言う言葉ではないな」



「そうですね」





もぐ。

ん、最後まで飽きない、美味しいガトーショコラだった。





「そのまま『あーん』でもしてくれればまだ可愛げがあるものを…」



「……プロデューサーさんは、そんな私をご所望ですか」



「いや、気持ち悪いからいい」



「それはそれで酷いですね」





自分から言い出しておいて、即撤回するとは。しかも手振り付きで。

とはいえ、その言葉を聞いてほっとしたのも事実ではある。

「よくこんなお店、見つけましたね」



「客もいないし静かで落ち着くだろ」





思わずマスターの方に顔を向けた。

しっかり聞こえていたようで、けれども特に気にしてはいないのか、苦笑するに留まっている。



なるほど、そういうことね。





「悪くはないんだが、どうも、売り上げばかりに固執する所が多くてな。色々と疲れていたところにたまたま目に入った」



「ふぅん…」



「ここに流れてる時間は外より遅いぞ、きっと」





分かる気がする。



マスターがカップを拭いている気配も、食洗器の動いている音も、パステルカラーで可愛い色合いのステンドグラスランプも。

このお店の飾らない一つ一つが、身体をこわばらせている心の鍵を順々に外していく。



眠りに入る直前の瞼のような。

重さと。

心地よさ。





「……いいお店ですね」



「ん」





*





プロデューサーさんがお代を払っている間に、コートのポケットに手を突っ込む。



いつ。

いつ渡そう。





「劇場に帰ろうか」



「っあ、はい」





少し考え惚けている間に、プロデューサーさんの体はそっぽを向いている。

もたついている私に先んじて、革靴がコトと音を立てた。



……このまま、帰ってしまおうか。





「…………」

軒先を数歩、ブーツが速足で背広を追いかける。

僅かばかり心が躊躇うけれど、私の思いとは裏腹に足はもう止まらない。



せめてなるべく、声音と態度は落ち着いて。





「…プロデューサーさん」



「ん?」





ちょいちょいとマフラーを鼻のすぐ下まで引き上げる。





「これ」





ずいっ、とソレを握った手を差し出す。



私としては可愛さを抑え気味にしたピンクの包装紙に、鮮やかすぎない赤のリボン。

中身はバレンタインチョコ、である。

「…先日の収録でスタッフさんに配ろうと思って、用意したんですけど。余ってしまったので。どうぞ」





ぽかんと開いた口。

ちょっと。

くれ、とねだっておいてなんですか、その顔。





「…要らないなら、シアターで最初にエンカウントした子に授けます」



「最近仲がいいと思ったらずいぶん杏奈ナイズされてるなお前」



「要るんですか要らないんですか」



「くれ」



「……はい」





表情にまで気を配る余裕がないから分からないけれど、私、いま、怖い顔をしているかもしれない。





「ありがとな」



「いえ」





あぁ、また素っ気ない態度。

さすがに、もう少し愛想よくしろ、とか言われるかな。

「志保」





外していた視線を戻せば、視界にはプロデューサーさんの満足気な顔。

チョコを見せるように片手をひょいっと上げて、ライブ後にしか見せてくれないような笑顔だ。





「わざわざ作ってくれたんだろ、大切に食べるよ」



「…はっ? い、いえ、ですから」



「まあ中身を見れば分かることだからな?」



「…………味は、悪くないはずです」





プロデューサーさんはにいっと笑うだけ。

楽しみにしていてください、と言えなかったのも、きっとバレている。





「じゃあ、帰るか」



「はい。……あの。また、連れてきてもらえますか」



「おう。次はホワイトデーだな」



「…ふふ。楽しみにしてますね」





劇場へ帰ろう。

きっと、ファンからのチョコにはしゃいでいる皆が待っている。



23:30│北沢志保 
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