2017年03月06日

鷺沢文香「あなたの知らない物語」


目隠れ大好きです





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文香「栞…ですか?」



P「うん、文香さんにはぴったりだと思って」



そう言うプロデューサーさんの手から私の手へと、一枚の栞が手渡されました。



その真ん中には、白色のきれいな花の絵が描かれています。



文香「この花は…?」



P「あー…ごめん、わからない。文香さんに似合うものをって考えてたからさ、花の種類とかよく調べてなくて…」



文香「そうですか…」



私はそう言いながら、手元にある栞に目を落とします。



そこには白い花が、とてもかわいらしく咲いていました。







ドラマの撮影が無事に終わったから。



だからこの栞はプレゼント、だと。



P「本当はもっと良いものにしたかったんだけど…いろいろ都合が重なっちゃってね」



文香「いえ…とても、嬉しいです」



「あなたから貰ったものなら、私はどんなものでも。」…と言いかけて、口をつぐみます。



P「それじゃあ、俺はここで。文香さんも疲れがたまってるだろうし、早めにね」



文香「はい、お疲れ様でした」



プロデューサーさんと別れ、一人になった後、急に心臓がバクバクと拍動しました。



先ほど言おうとした言葉。言わずにした言葉。



それは頭の中をぐるぐると駆け、私の顔に熱を帯びさせます。



文香「…」



手元にある栞を見つめ、言葉を落ち着かせます。



あの言葉は、紛れもない本心です。



この栞だって、心の底からいただけて嬉しいと、嘘偽り無く言えます。



ですがまだ、それを声に出してプロデューサーさんに伝える勇気は私にはありません。



文香「…」



栞の花は、美しく。



ただ美しく、咲いています。







凛「この花は…」



文香「ご存じですか?」



栞をいただいた翌日、私は凛さんの元を訪れてました。



花に疎い私よりも、彼女に聞いた方が確実だろうと思ったからです。



凛「スミレ…だと思うよ」



文香「スミレ…ですか」



凛「うん、花言葉は…『謙虚』と『誠実』、あと『小さな幸せ』」



謙虚、誠実、そして幸せ。



文香「…そのような意味が、込められていたのですね」



私に似合うものをと、プロデューサーさんが言っていたことを思い出します。



おそらくあの人は意図せずにこの白いスミレを選んだのでしょう。



しかし、それでも私の心は満たされていました。



凛「あとそれと…スミレは色によって花言葉が変わるんだよ。」



文香「色で…?」



凛「うん。黄色なら『慎ましい喜び』、青なら『用心深さ』とか」



文香「では…この白色では?」



尋ねると、凛さんは少し口角を上げ、



凛「『あどけない恋』」



短く、しかしはっきりと告げました。







こい、コイ、恋。



あどけない、恋。



あの人の贈り物の隠された意味に、『恋』というものが秘められているなんて。



これが意図したものでは無く、ただの偶然であるとわかっていても、私は頬のほころびを止めることが出来ません。



目の前に凛さんが居るというのに、どんどんと顔は緩む一方で。



文香「申し訳ありません…!」



顔を伏せ、手で覆い隠しても、意味は無く。



凛「でもやっぱり…偶然、だと思うよ。」



凛さんのその一言で私は我に返ることが出来ました。







凛「文香のプロデューサーはさ、かなり鈍感だし…それに、栞の花言葉で思いを伝えるなんてことを思いつくような人じゃ無いと思うから。」



文香「はい…花の種類は知らずに買ったと、そう言ってました」



凛「やっぱり」



「花の種類は調べていない」



ええ、そうです。そうですが。



これまであの人と一緒にいて、こんな事など無かったので。



柄にも無く、浮かれてしまいました。



凛「でも、あんな文香は初めてみたよ、顔真っ赤にしてさ」



文香「…申し訳ありません」



凛「何で謝るの」







凛「アイドルとしてこういうことを言うのは間違ってるんだろうけど,,,思いを伝えることが一番大切なんだと思うよ」



文香「思いを…」



思い。私からあの人への思い。



それはある人が「月が綺麗ですね」と言い、またある人が「死んでもいいわ」と言ったことと同じことで。



私にはまだ、その言葉を口にする勇気はありません。



凛「…時間がかかっても、文香なら出来るよ」



そう励ましてくれる凛さんの耳には、見慣れない花を象ったイヤリングがついていました。



文香「…ありがとうございます、いつになるかはわかりませんが、必ず伝えます」



凛「うん、がんばって」



後に知ったイヤリングの花の名は『ジャーマンアイリス』というものでした。







P「あ!そのしおり使ってくれてるんだ!」



文香「はい…」



凛さんに背中を押された翌日。



P「今は何を読んでるの?」



文香「『あかね空』…という、時代小説です」



P「時代小説…今度見せてもらってもいい?」



文香「ええ、もちろんです」



私とプロデューサーさんはいつもと同じような会話をしています。



文香「この作品は映画もありますし…そちらから入るのも、良いのではないかと思いますよ」



P「へえー…帰りにでも見てみようかな」



プロデューサーさんは私と出会う前まで、全く小説を読んでこなかったらしく、私が読んでいる本を教えて欲しいとよく言われます。



『鷺沢さんが好きなものを、俺も知っておきたいから』と言われたならば断れるはずも無く、私は彼に今までに自分が読んで面白かった本を薦めるようになりました。



私が薦めた本を、おもしろかったといわれるのは、少し恥ずかしい気もしますが、それ以上に嬉しくて。



今ではお互いに、好きな本を薦め合うようにもなりました。







でもいつも通りだったのはここまで。



P「あ、そうだ、文香さんには早めに言っておかないことが…」



文香「どうしたのですか…?」



なにやら不穏な空気を察します。



P「急な話だけど、ちょっと出張で、鹿児島まで行くことになったんだ」



文香「鹿児島…ですか…あの、いつ頃から…?」



P「明後日、急に人手が必要になったからって」



文香「そう、ですか…」



P「帰ってくるのは一週間後、それまでの仕事とか、レッスンとかの予定をまとめた紙を渡すから…」



文香「…」



P「一人でキツいかもしれないけど、ごめんね」



文香「いえ、大丈夫です…私に気にせず、お仕事をしてください」



P「文香さんにそう言ってもらえると、助かるよ」



出張、ですか。







P「と言っても、まだ行くまでに日はあるし、それまではいつも通りだから…」



文香「…わかりました」



明後日に発つと。



なら、おそらく身支度などでせわしなくなるのでしょう。



文香「お気をつけて」



P「まだ行かないよ」



鞄の中には、一枚のDVD。



今読んでいる時代小説の映画。



プロデューサーさんと一緒に見るために持ってきたこれは、無駄になってしまいました。



お仕事なら仕方ないと、自分で自分を納得させますが、それも上手くは出来ず。



ただただ寂しさが、胸の内を駆け回るだけです。







奏「そう、そんなことが…」



文香「…」



あれから三日、私は休憩室で奏さんと雑談(兼相談)をしています。



奏「残念だったわね」



文香「いえ…いや、そうですね」



正直に言うと、誘えなくて少し安心した自分も居ます。



失敗せずにすんだから、勇気を出さずにすんだからと。



そんな自分がたまらなく嫌になるのですが。



奏「ところでその映画、今度貸してくれない?」



文香「ええ、奏さんの趣味に合うかどうか…」







話は戻って。



奏「で、結局文香は担当さんとどうなりたいの?」



文香「どう、とは?」



奏「恋仲なり、夫婦なり、まあその他諸々とか」



文香「そうですね…」



思いを告げた後どうなりたいのか、これはあまり考えていないことでした。



私にとって、この思いを告げることが大きな目標となってしまっていたために、そこから先は想定し得ないものなのです。



ただ一つだけ言えることは、



文香「今よりも、先の関係に…仕事の上のパートナーでは無く、それよりも先の関係に…なりたいと思っています」



具体的に言うことが出来ず、かなり象徴的になってしまいましたが。



奏「うん」



奏さんは、笑って肯定してくれました。







奏「なら、たかが一回や百回の失敗で落ち込んでる場合じゃ無いわね」



文香「ですが…どうも私は、思いをそのまま告げる、ということが苦手なようです…」



あのときも、誘う意味が無くなったからいいものの、もし誘うとなればかなりまどろっこしい言い方になってしまっていたのではないのでしょうか。



素直に思いを告げる…今まで何度も挑戦し、何度も出来なかったこと。



奏「なら、少し洒落たやつとかは?『月が綺麗ですね』、みたいな」



文香「それは…一度失敗してしまったので…」



奏「…ごめんなさい」



一度。本当に一度だけ告白まがいのことをしたことがあります。







満月の夜、仕事帰りの車中で。



無意識のうちに口からでた言葉。



文香『今夜は…月が綺麗ですね』



言い終えてほんの数瞬で、自分が発した言葉の意味に気づき、顔は熱く、胸の鼓動は早くなります。



私は無意識のうちに告白をしてしまったのだと。



何故そのときこんな言葉を言ったのか、今でもよくわかりません。



ですが、肝心のプロデューサーさんの返答は



P『ああ、中秋の名月、今日だっけ?』







・・・



文香「無意識、ですが…」



奏「私が思うに、それは告白じゃ無いわよ」



ばっさりと切られてしまいました。



奏「でも、ストレートがだめならやっぱり変化球で行くしか道は無い、好意を伝える方法なんていくらでもあるんだから…それとも、」



文香「それとも?」



奏「向こうに告白させるようにするとかね」



文香「プロデューサーさんに…?」



奏「ええ、あなたが男を惚れさせるのよ」







奏「あっちが告白してきて、文香はそれに応えるだけ…まあ惚れさせるまでに苦労はするでしょうけど」



文香「そんなこと、私には…」



奏「出来るわよ」



強い語気で返されます。



奏「私が見るに、かなり脈はある...でもそれをあの人は職業理念とかで押さえ込んでいる」



奏さんは続けます。



奏「なら、それを文香がぶっ壊しちゃえばいいのよ」



脈あり、なのでしょうか。



にわかには信じられません。



奏「その方が、文香はいいんじゃない?」



文香「…」



確かに、そうかもしれませんね。







でも、それでも、とんでもないわがままだとしても。



文香「厚意を無碍にするようで申し訳ないのですが…私は告白されるよりも、したいと思っています」



生意気に、何を言っているのだと思われても。



文香「この思いだけは…どんな形になっても、私からあの人に言いたいので…」



この気持ちに、嘘はつきたくありません。



文香「ですから…その……」



奏「わかった」







奏さんはまた、笑顔で肯定してくれました。



奏「文香がそこまで言うなら、私がこれ以上口を挟むわけにはいかないわね」



文香「奏さん…ありがとうございます」



奏「いいのよ、それに、文香のその頑固さだって一つの大きな武器なんだから」



文香「頑固…」



奏「気づいてなかったの?」



気づいていませんでした。



奏「でも一つだけ約束して…絶対に、告白すること」



文香「…はい!」



たとえどんな形になろとも、絶対に。







凛さんからの励まし、奏さんとの約束。



そして、あの人への思い。



それらを胸の内に秘め、日は流れ。



その間、あの人のことを忘れることは一度たりとも無く。



少しの間会えないだけでこうなることは、私が恋い焦がれていることの証でしょう。



どうやって思いを伝えるかよりも、どうやって会わない間をすごそうか考える時間の方が長くなってしまいます。



これではいつ思いを告げることが出来るのかわかりません。



でも、伝えなければ。



いつになるかはわかりませんが。



きっと、いつか。









奏『変に奇をてらわないで、あなたらしい言葉で伝えるのが一番だから』



あの後、奏さんに言われた言葉を思い出します。



凛『いつになっても、言うことが一番大切だから』



凛さんからの言葉も。



それらを胸に秘めたまま、ついにプロデューサーさんが帰ってくる日がやってきました。



どんな顔をして会えば良いのでしょうか、どんな言葉をかければ良いのでしょうか。



帰ってきた時に告白するわけでは無いのに、緊張が収まりません。



どうしよう、と頭を悩ませる一方で、ようやく会えるという嬉しさも混在し、今まで味わったことの無い気持ちになります。







文香「…ふぅ」



朝の事務所。



もぞもぞ、うずうずと、プロデューサーさんが来るのを子供のように落ち着き無く待つ私。



橋目に見えるちひろさんがにやにやしているのが気になります。



そしていつもの時間に、いつものようにドアが開いて。



P「おはようございます!」



文香「!」



P「何か、変な感じだけど…ただいま、で、いいのかな?」



文香「ええ…良いと思いますよ…」



『ただいま』と言われたら、こう返すしか無いでしょう。



文香「…お帰りなさい、お久しぶりですね」



P「本当に、何かこの一週間は長く感じたよ」



ちひろさん、カメラは止めてください。







ちひろ「では、私は所用の急用があるので席を外しますね!」



所用の急用とは何でしょうか、いやに笑顔のちひろさんは疑問をこの場に残しながら去って行きました。



カメラをもって行ったのが気になります。



P「何だったんだろう…?」



文香「わかりません…」



P「お土産あったのになぁ…渡しそびれた」







P「文香さんにも、お土産があるから」



お土産、ですか。



P「鹿児島ってかなり名産品も多くて、何にしようか迷って、結局たくさん買っちゃったけど…」



プロデューサーさんは鞄からたくさんの箱を出します。



P「はいこれ、文香さんに!」



渡されたのは、マスコットキャラの顔が描かれたクッキーの箱。



文香「ありがとうございます」



P「ああ、それと…」







文香「…?」



何でしょうか?



P「あっちで聞いてみたんだ…贈り物で何か良いものは無いか、って」



プロデューサーさんは、鞄の奥底からそれまでのものとは違った白い包みを取り出しました。



P「それで、これがいいって…文香さんは髪も長いし、ちょうど良いかなって」



その包みを外し、見せます。



P「つげ櫛って言うやつ…気に入るかどうかは、わからないけど」



文香「…!」



櫛。







P「…もしかして、お気に召さなかった?」



文香「い、い、いえ、嬉しいです、すごく…」



P「そう、よかった!」



櫛、櫛ですか、そうですか。



P「気に入って貰えて嬉しいよ」



…おそらく、これも意図していないものなのでしょう。







プロデューサーさん、知っていますか?



贈り物で、櫛はタブーとされています。



苦しみや死を連想させるため、縁起が悪く、避けるべきだと。







しかし、その一方。



男性から女性へ贈る場合、『苦しみも死も、共に添い遂げたい』という、求婚を表します。



櫛は、プロポーズの道具として使われることもあるのです。







男性から手渡された櫛を、女性が受け取ることは、『了承』、を意味します。



P「じゃあこれ、はい」



プロデューサーさんの手から、私の手へ。



文香「…ありがとうございます……!」



このとき、私の中に一つの言葉が生まれました。



この言葉を、今言わなくていつ言わなくのでしょうか。



精一杯、私らしい言葉にして、今、言わなくては。



文香「本当に…本当に、嬉しいです」



あなたにそんな気持ちが無くても。



あなたに届かなくても、自己満足でも。



今、私らしい言葉で。



文香「…死んでもいいわ」



〜完〜







18:30│鷺沢文香 
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