2017年03月06日

如月千早「冬の桜」


2月の月末の休日。



私はある人と旅行に出かけました。





休日こそが営業日の職なので罪悪感を覚えますが、プロデューサーは笑顔で了承してくれました。







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新幹線と電車で2時間ほどの旅。あまり長くはないのですが、他愛もない会話さえ私たちには難しく、半ばで会話は尽きてしまいました。



ガタゴト揺れる車内、ぼんやり窓の外を見ると木々の合間合間に小さな家が見えます。







ここに住んでる人たちは日々どんなことを思ってるのでしょう?



ひっきりなしに訪れる騒音に、眉を顰めているのでしょうか?



それともその音に慣れてしまって、心地よく耳を傾けているのでしょうか?



普段の食べ物はどこに買いに行くのでしょう?



少なくとも車は必要だと思います。



でも、住んでいるのが車を運転するのは難しい高齢者だったら?







私の知らない暮らしに想いを馳せていると、車内のアナウンスが目的地の駅名を告げたようで、慌てて降りる準備をします。



同行者も何か物思いにふけっていたようで、慌てて荷物をまとめるのが見えます。2人で忘れ物がないのを確認し、電車をあとにします。







駅を出ると冷たい風がぴゅーっと吹き抜けました。思ったより寒くて1つ身震いすると、心配そうな声で同行者が言います。



千種「千早、寒いならこれを使いなさい」



そう言って差し伸べてくれたのは使い捨てカイロでした。それを受け取るとじんわりと温かさが伝わります。



千早「ありがとう......お母さん」







2人で隣に並んで目的地まで歩きます。こうして一緒に歩くのは何年ぶりでしょうか?



いつもの速さで歩く私。時折、隣のお母さんがそそっと早歩きをするのが見えます。



そんな仕草をみて気がつきました。私の記憶の中のお母さんの歩幅と、隣を歩くお母さんの歩幅が全く違うことを。



半歩後ろでお母さんの背中を追いかけていた記憶の中の私と、半歩後ろで私の背中を追いかけているお母さん。



1つ1つ記憶と今をすり合わせるよう、歩く速さを少しづつお母さんの歩幅に合わせます。



チクタクと頭の中でメトロノームのリズムを調整して、ちょうどいいリズムを探って。







################



そうこうしているうちに目的地に着きました。



そこでは満開の桜が私たちを出迎えてくれました。



千種「本当に、こんな季節に桜が咲いてる...」



私はお腹のあたりでブラブラ揺れているカメラを取り出し、シャッターを切ります。



メモリを再生してたった今切り取った風景を呼び出すと、今感じている寒さと乖離した温かな風景が広がっていました。



千早「うん。すごく綺麗...」



 



道の傍らにはたくさんの出店が並んでいました。そのうちの1つのお店に目が奪われます。



おじさん「おっ、別嬪さんが2人いるね?姉妹かい?」



わかりやすい営業トークのお世辞ですが、お母さんは目を丸くした後に答えます。



千種「いえいえそんなそんな、親子ですよ」



律儀に答えるお母さんがなんだかおかしくて、少し吹き出しそうになってしまいました。







お店はアイスクリーム屋さんみたいです、寒い中アイスを食べる気はあまりしないのですが、のぼりの字に目が止まってしまいます。



千早「桜のアイスクリーム?」



不意に出た言葉に、店主のおじさんは反応します。



おじさん「そうそう、日本一早い桜のアイスクリームだよ。食べていってよ美味しいよ」





 



そう言われると、気になって買わずにはいられません。



でも気温が気温なので、お母さんは食べたくないかもしれない。だから1つだけ注文することにしました。



おじさん「あいよ、桜のアイスクリームひとつね」



冷凍庫のアイスからクリッと一つ分だけくり抜き、コーンの上に器用にのせるおじさん。



アイスの色は頭上に広がる桜と同じピンク色。それを受け取る前に一つだけお願いをすることにしました。



千早「あの、写真を撮ってもいいですか?」



おじさん「なんだい?おっちゃんを撮るってか?男前に頼むよ」



そう言ってアイスを持ったままポーズを決めるおじさん。撮りたかったのはアイスの写真だったのですが、そう言い出せそうにない位の決めポーズをとられていたので、少し下がっておじさんも写るように風景を切り取ります。



おじさん「ありがとね。んじゃ、あんた方も撮ってあげるからカメラ貸しなよ」



 



そう言って手を差し出すおじさん。



少し気恥ずかしいですが、せっかくの好意に甘えることにします。



おじさん「ほらほら、2人とも寄らないとカメラに入らないよ。そうそう、うちのアイスを真ん中で頼むよ」



パシャっとフラッシュが焚かれます。



おじさんからカメラを受け取ってメモリを再生すると、



おじさんの切り取った風景には、桜をバックにぎこちなく肩を寄せた私たちが写っていました。



おじさん「うん。いい写真だ。祭り楽しんでいってな」



 



################



それからいくつかのお店を回りました。



乾物屋さんでは金目鯛の干物をサービスしてもらったり、



私に気がついた和菓子屋の売り子さんにはお饅頭をサービスしてもらいました。



どの人も笑顔で気さくで、なんだかとても楽しくなりました。



 



お昼の時間。適当に見つけた桜の木の下でシートを広げます。



向かい合って座って、カバンの中からお弁当箱を取り出すと、同じタイミングでお母さんもお弁当箱を取り出していました。



千種「あら?千早もお弁当を作ってきていたの?てっきり、料理はできないものだと思ってた」



私の弁当箱を見て目を丸くするお母さん。



千早「春香...アイドル仲間に料理を教わっているの。お母さんを驚かそうと思って作ったのだけど、お母さんも作ってきてるとは思わなかった」



 



それぞれの弁当箱を開けると、似たような色合いが広がっていました。



おにぎり、ウインナー、卵焼き、サラダ。



広げたシートの上で食べるにはあまりに簡素な弁当。



でも、それがなんだか私とお母さんらしくて、2人で思わず笑ってしまいました。



 



そんなわけで弁当が二つあるので、それぞれの弁当を交換して食べることにしました。



まずはお母さんが私の卵焼きに口をつけます。



お母さんの口に合うかどうか、少し緊張しながら私はそれを眺めます。







お母さんは何度か咀嚼し、飲み込んだ後に言いました。



千種「千早の卵焼き、甘い味つけなのね。甘い卵焼きはあまり食べたことがないけど、とても美味しい」



どうやら口にあったようです。



ホッと一息つくかたわら、すこし言葉に引っかかる部分があります。



  



千早「卵焼きって、甘い味つけではないの?」



春香が作ってくれた卵焼きは甘くて、私はそれが卵焼きの味だと思っていました。



論より証拠とお母さんの卵焼きを箸でつまみ口に入れます。



ふわっとした食感、一度噛むと塩っ気がしました。



千早「しょっぱい卵焼き...。うん、美味しい!」



そう言うと目の前のお母さんがふっと微笑みました。



ひとつふたつ咀嚼を続けると別の感情が風景が徐々にわきあがってきます。







同じようなシートの上で4人。



もっと大きなお重を広げて。



笑顔がたくさんで。





 



思い出しました。



確かに私の奥の奥で眠ってた卵焼きの味はしょっぱくて、



私はそれを忘れて卵焼きは甘いものだと。







それを自覚するとすこし胸にズキッと痛みが走ります。



その痛みを卵焼きと一緒に飲み込んで、お母さんの顔をまっすぐと見ます。



お母さんはそんな私に気がついたようで、優しい声で言いました。



千種「今度、しょっぱい卵焼きの作り方教えるわ。私にも甘い卵焼きの作り方教えて欲しい」



 



############



その後もう一度桜を眺めたのち、早めに旅館に行きました。



2人で露天風呂に入って身体を温めて、夕食を待ちます。







一緒に今日撮った写真を眺めていると、お母さんがふと尋ねました。



千種「今日はありがとう。とても楽しかった。それで、一つだけ聞いていいかしら?」



千早「うん。どうぞ」



千種「どうして私をここに連れてきてくれたの?」



 



私は言葉を紡ぎ合わせて想いをつくります。



お母さんにもそれが見えるように。



千早「私、2月ってとても自分らしいと思ってた。木々は枯れて、冷たくて」



黙って私の声に耳を傾けるお母さん。



千早「でも、そんな季節でも、私の知らない場所では桜が咲いているって知って、それを見てみたいって思ったの」



千早「きっと私の生きる世界は、みている世界はとても狭くて窮屈だから。それを見れば何かが変わる気がして」



千早「そしてそれは、できるならお母さんと一緒がいいって」



そう、きっと私はひとつひとつ知っていきたいのだと思います。



驚きにあふれた広い世界を。



できればそれは、大事な人と一緒に。



 



千種「カメラを始めたのもそういうこと?」



すこし遠回りの私の言葉はお母さんには伝わったようです。



そういうところは、やっぱり家族なのでしょう。







千早「たぶん。ひとつひとつ世界を切り取って、残しておきたいって思ったの。そのときの気持ちごと」



千種「この写真を見て思ったわ。千早の世界はどんどん広がっていってるって」



千種「頑張ったのね...千早...」



そう言ったお母さんの顔は優しくて、なんだか懐かしくて胸がいっぱいになりました。



 



千種「写真といえば、そうだわ。これを渡さないと」



お母さんは鞄から綺麗な包みを取り出しました。



それを私に差し出して言葉を続けます。



千種「千早、誕生日おめでとう」



千早「ありがとう、開けてもいい?」



お母さんの首が縦に揺れます。



包みを受け取って開くと、中身は皮の表紙のアルバムでした。



 



千種「あなたの趣味がカメラだって聞いて。でも、今日初めて知ったわ。今のカメラって写真を現像しなくてもいいのね」



恥ずかしいのか、そう言って俯いてしまうお母さん。



大丈夫、私はカメラを買った後も、亜美と真美に教えてもらうまで電源の入れ方も分からなかったから。







千早「いいえ、現像もできると聞いたことがあるわ。ありがとう、大事にする」



その言葉を聞いたお母さんは「よかった」と安堵したみたいです。



今度、貰ったアルバムをとっておきの写真で埋めて、お母さんに見せてあげようと思います......。



現像の仕方を春香に教えてもらわないと...。



 



さて、二人だけのゆっくりとした時間はまだまだ残っています。



少しづつですが、パチリパチリと穴だらけの絵にピースを埋めていけたら、なんて思います。



そして、願わくば次の新しい絵を始めたいとも。







寒く枯れた季節にだって桜は咲くのですから、きっとそれを願ってもいいのだと思います。



今日がその始めの一歩であることを願って。







E N D





21:30│如月千早 
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