2017年03月07日

千早「幸せなら手をたたこう」


アイマスSSです。



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春香『ありがとうございましたー!』



パチパチ…



P「…うん、まずまずだったんじゃないかな」



P(人の入りがまばらなのは、俺自身の力不足だから仕方ないけど…)





ライブが終わったら、必ず皆と行うことがある。それは…。



春香「あっ、プロデューサーさん!」



P「お疲れ様、いいライブだったな」スッ



春香「ありがとうございます!お客さんも盛り上がってくれて、とっても楽しかったです!」スッ



パチン!







…と、こんな感じにライブが終わった後にハイタッチをすることだ。



皆とコミュニケーションを取るために、やよいとのハイタッチから思いついた。入社してからしばらくの間、皆とどう接したらよいのか悩んでいたが、我ながら良い効果をもたらしていると思う。



P「…おっ」



P「お疲れ様、千早。相変わらず良かったぞ」スッ



千早「…どうも」ポツリ



コツコツ



…ただ一人を除いて。







その子の名前は、如月千早。



青みがかった長髪の、16歳の少女だ。性格も容姿も、16歳にしては大人びている印象だ。



何より、歌にしか興味がないとのこと。アイドルになったのも歌を歌いたかったからだと、きっぱり言い放たれた。



しかし、その歌声は本物だ。素人の俺でも感動してしまうほどに、千早の歌唱力は高い。



その才能をただの一アイドルとして、芸能界という広く深い海に沈めたままにさせたくない。どうにかして日の目を浴びさせてやりたい、そう思っている。そう思っているのだが…。







P「今の関係で、ちゃんとやっていけるのかなあ…」ハァ









真「プロデューサー、また千早とハイタッチできなかったのですか?」



P「…真か、お疲れ様」



P「他のみんなとはハイタッチするようになったけど、千早だけはいまだに…」



P「俺、嫌われてるのかなあ…」ズーン



真「ち、ちょっと、そんな落ち込まないで下さいよ!」



真「あんな風にしてますけど、根は素直ですし…」



P「そ、そうなのかな…」



真「あの春香だってそうでしたよ?粘って粘って、やっと千早が話すようになりましたから」







真「だから大丈夫ですよ、いつか千早も打ち解けてくれますよ!」



P「…ああ、もっと長い目でやってかないとな」



真「はいっ」



真「ってことでプロデューサー、忘れてませんか?」スッ



P「ん?…おお、悪い悪い。真とするの忘れてたな」スッ



真「よーし、じゃあいきますよー!」



バチーン!



P「うおっ!痛ってえ!!」



真「へへっ♪千早の分も合わせてってことです!」



真「それじゃあプロデューサー、ボクも着替えてきます!」タタタ



P「あ、ああ…」ヒリヒリ



P「…よしっ!」



真なりの激励を受けて、少しばかり元気が出た。のだが…。







・・・・・・・・・・



その後も…。



P「おっ、千早お疲れ様」スッ



千早「…」



・・・



P「千早、良かったぞ」スッ



千早「…そうですか」



・・・



P「千早、今日も完璧だったな」スッ



千早「…ありがとうございます」



・・・





P「ははっ」



P「死にたい」ズーン







小鳥「ち、ちょっとプロデューサーさん!物騒なこと言わないで下さいよ!」



P「音無さん…俺はもう、要らない子なんです…」



P「いつまで経っても千早はハイタッチしてくれない…」



小鳥「で、でも、千早ちゃん、プロデューサーさんのアドバイスはちゃんと聞いてくれてるじゃないですか?」



P「本当にちゃんと聞いてくれてるんですかね…?」



小鳥「大丈夫ですよ!もうすぐハイタッチもしてくれますよ!」



P「同じことを真に言われて1か月経ちましたよ…」



P「」



小鳥(どんどん卑屈になってる…)







春香「…」







春香「ねえ、千早ちゃん」ヒョコッ



千早「何、春香?」



春香「千早ちゃん、どうしてプロデューサーさんとハイタッチしないの?」



千早「ハイタッチ?」



春香「ほら、ライブの後にプロデューサーさんがいつもみんなとハイタッチしてるよね?」



千早「ああ、あれね…正直、ちょっと苦手だから…」



春香「でも、プロデューサーさんがせっかく千早ちゃんとコミュニケーション取ろうと思って、してるんだよ?」



千早「それは分かってるけど…」



春香「それにプロデューサーさん、『俺、千早に嫌われてるのかな…』ってずっとつぶやいてて、小鳥さんに慰められてたし…」



千早「そ、そんな…プロデューサーのこと、別に嫌いではないけど…」



春香「だから千早ちゃん、次のライブの時は…ね?」



千早「わ、分かったわ」







春香「でももうすぐだね、765プロ感謝祭!」



春香「美希がどっか行っちゃったときは、どうなるかと思ったけど…」



千早「…そうね。でも、戻ってきてくれて本当によかったわ」



千早「ねえ、春香」



春香「千早ちゃん、なあに?」



千早「…次のライブ、成功させたいわね」ニコ



春香「!…うんっ!えへへ♪」





・・・・・・・・・・







いよいよ、765プロ感謝祭が始まった。



竜宮小町のおかげで765プロは知名度が上がっていた。



それでも竜宮以外のメンバーの知名度はかなり低い…。今回のライブも、竜宮以外は実質抱き合わせのようなものだ。



だからこそ、他の娘たちをアピールする絶好のチャンスでもあった。







ココロガー♪コワレソーウダーヨー♪



ワアアアァァ!!!



小鳥「美希ちゃん、凄いですね」



P「はい、想像以上ですよ」



小鳥「竜宮小町が台風のせいで遅れるって連絡があったときは、正直どうなるかと思いましたけど…」



P「最初の方は、会場の方も盛り上がってくれませんでしたからね…」



小鳥「これもみんなの力、ですね」ニコッ



P「ええ、もちろんです!」







美希「ハァ…ハァ…」



千早「凄かったわ、美希」



美希「あ…千早、さん…」



千早「今度は私の番ね」







竜宮小町の遅刻という不慮の事態に皆も慌てていたが、何とか皆で力を合わせてこのピンチを乗り越えることができた。



特に美希のパフォーマンスは、会場を圧倒した。



その後のパフォーマンスも、大いに盛り上がった。









アリガトウゴザイマシター!

ワアアアァァ!!!



P「…っし!」グッ



P(アンコールも完璧だった!)





雪歩「ぷ、プロデューサー!」タタタ



P「雪歩、お疲れ様。すっごく良かったぞ!」



雪歩「私、すごくドキドキして、でもすごく楽しくて、あ、あと…!」



P「ち、ちょっと雪歩、落ち着いて…」



雪歩「あっ…ご、ごめんなさい!」



P「でも楽しかったんだよな?」



雪歩「は、はいっ!」



P「それならバッチリだ」スッ



雪歩「あっ…えへへ♪」スッ



パチン







コツコツ



P(!…よし!)



P「千早も、お疲れ様」スッ



千早「!…あ、えっと…」



ガシッ



千早「キャッ!」



春香「千早ちゃんも〜、えいっ!」グイッ



パチン



千早「…は、春香!?」



P「お、おう?」



春香「えへへ…千早ちゃん、またプロデューサーさんとハイタッチしないかもしれないって思ったから、ちょっと強硬手段で…」



P「お、おう…」







P「あ、あの…千早?も、もし、ハイタッチとかが嫌なら、別にしなくてもいいからな?」



千早「べ、別に嫌ではないです。ただ、ちょっと過度にスキンシップを取るっていうのはちょっと慣れなくて…」



千早「で、でも、その…プロデューサーとハイタッチしたくない、というわけではないですから…」



P「…」



千早「プロデューサー?」



P「俺、千早に嫌われてなかったのな…」



P「ちょっと泣きそう…」



春香「ち、ちょっとプロデューサーさん!」



千早「そ、そうですよ!」







春香「ねえ、千早ちゃん。少しずつ慣れていこう!」



春香「ちょっとずつ、ちょっとずつ…ね?」



千早「…ええ、そうね。少しずつ、やってみるわ」クス



春香「よーし!…じゃあ早速!千早ちゃん、プロデューサーさんとハイタッチしよう!」



千早「ええっ!?いきなり?」



春香「ほらほら、プロデューサーさんも準備してるから!」



千早「うう…じ、じゃあ、プロデューサー」スッ



P「改めて…千早、お疲れ様」



千早「はい…あ、ありがとうございます」



パシ







こうしてようやく、千早ともハイタッチをするようになった。多少強引だったとはいえ、春香には感謝し足りない。



このライブを機に、765プロは大いに注目を浴びるようになった。メディアの出演も増え始め、765プロのアイドル皆が出演する番組も作られて…。



少しずつ、でも確実に人気アイドルとしての地位を築こうとしていた。





・・・・・・・・・・







ワアアァァ!!



亜美「そんじゃあ、会場の兄ちゃん!!」



真美「姉ちゃんたち、まったねー!!」



千早「ありがとうございましたー!」





ライブも毎回大盛況で、チケットはいつも完売になるほどだ。以前のような、竜宮小町だけの765プロではなくなった。



今回は亜美真美と千早という少し攻めたユニットだったけど、ファンの盛り上がりからしてもかなり良かったのではないだろうか。





P(…おっ)



P「千早、お疲れ様。良かったぞ」スッ



千早「あ、プロデューサー…ありがとうございます」スッ



パシッ





ようやく、千早ともハイタッチをするようになった。







P「おっ、亜美と真美もやってきたな。亜美、真美お疲、亜美「とりゃー!」ボスッ



P「うおっ!!…ちょっ、亜美、何で背中に乗った!?」



亜美「んっふっふー、そこに乗ってみたい背中があったからだー!」



P「いや意味分かんないからな!?」



真美「よいしょー!」ボスッ



P「ぬおぉっ!?ど、どうして真美も…ち、ちょっと、重い…」



真美「あーっ!兄ちゃん、レディに対して重いとは何事だー!」



P「い、いや、だって二人も乗ると流石に…」



亜美「ねえ!千早お姉ちゃんも兄ちゃんに乗っかって!」



千早「ええっ?わ、私も?」



真美「うんっ!千早お姉ちゃん、早く!」グイグイ



P「お、おい!揺らすな!倒れる倒れる!」







千早「え、えっと…」オロオロ



P「ぬぐぐ……も、もう、無理」ドシャア



真美「うわぁ!」



亜美「いてて…もう、兄ちゃんったら、ひ弱ですなぁ」



P「二人乗った挙句に揺らされたら、耐えられるわけないだろ!」



ギャーギャー!



千早「あ、あの……クスッ」





・・・・・・・・・







765プロ感謝祭のライブ以来、千早ともこうしてハイタッチをするようになった。正直、嬉しすぎて泣きそう。



少しずつだけど、千早も変わろうとしているのだろう。ちょっとだが、以前よりも少しだけ表情が柔らかくなった気もする。



元々のルックスも良いのだから、もっと笑わないと勿体ないよな。



そして何よりも、あの歌声があるのだから。







…しかし、最近のことだが、少し気になり始めたことがある。気になったというよりも、ちょっとした違和感を覚えたと言った方がいいかもしれない。



どうして千早は、あんなに真剣に歌に向き合うのだろう?



真摯と言えば確かにそうだが、むしろ無理やり歌に立ち向かっているような…。







・・・



その違和感が特に強まったのは、あるイベントでのことだ。



千早単独での出演ということもあり、練習にも一層熱を入れていることが俺にも分かった。しかし…。



律子「珍しいですね…千早がミスをしてしまうなんて」



P「…ああ」



最後の曲で2か所、音程を外していた。聴いているファンのほとんどは、おそらく気付いていないだろう。俺は何度もレッスンで何度も聴いていたから、分かっただけだ。



P「なあ、律子」



律子「どうしました?」



P「千早って、どうして歌に固執してるんだ?」



律子「え?」



P「ほら、千早ってよく『私には歌しかない』って言うだろ?どうしてあんなに…追い詰められてるというかさ」



律子「それは…。私も以前それとなく聞いてみたんですけど、はぐらかされて」



P「…そっか」



律子「でも、千早のことフォローしてあげてくださいね?人一倍、自分の歌に厳しく接している子ですから、今日のミスもかなり責任感じているはずです」



P「ああ。分かってるよ」







千早「…」コツコツ



P「千早、お疲れ様」スッ



千早「プロデューサー…。すみません、今日はあまりする気になれないです」



P「…そっか」



千早「…一番、盛り上がるべき最後の曲でミスをしてしまいました」



P「誰でもミスをすることだってあるさ。だから…」



千早「大丈夫でもないですし、気にするなと言われても、無理です」



俺の言葉をさえぎり、見事なまでにきっぱりと言い放った。



律子「ち、ちょっと千早…。あなた、もう少し言い方が…」



千早「あ…すみません。…でも、ダメなんです」



千早「あんなミスをしているようじゃ、認めてもらえない…。誰にも…!」グッ



千早の細い腕には力が入っていた。







P「なあ、千早。…もっと楽に考えていいんじゃないか?」



千早「…どういう、ことですか?」



千早の声の冷たさに、一瞬たじろぐ。



P「理想を高く持つことは、確かに重要なことだよ。でも、その理想に押しつぶされたら元も子もないぞ?」



P「だから…そうだ!楽しく!」



千早「!」



P「気を張り詰めすぎないでさ、歌うことをもっと楽しむんだよ。歌が好きだってことを、もっと伝えるように歌っても…」



律子「プロデューサー、ちょっと待ってください!…千早、どうしたの!大丈夫!?」



つい弁に熱が入っていた。気が付くと、千早の顔は真っ青になっていた。



千早「そんな…歌を…楽しく、だなんて……。私には…」



千早の声は震えていた。



P「ち、千早?」



千早「…すみません、着替えてきます」



P「あ、ああ…」







P「やってしまったかな…」



律子「プロデューサーの言ったことは、間違ってはないと思います。私も、あの子にはもっと楽しく歌ってほしいと思っていたので…」



律子「ですが私も、あの子にどう伝えたらよかったのか、分からないですけど…」



P「…そうだな」





帰りの車内では少し重苦しい空気が充満していたが、次の日からは、千早も何事もなかったように振る舞った。仕事もいつも通りこなす。歌も健在だ。



しかし、2週間が経った日のことだった。







その日、千早は歌番組の収録で、律子が同行していた。俺は事務所で作業をしていると、突然携帯の着信が鳴った。律子からだった。





律子『プロデューサー、大変です!』



P「律子、どうした?」



律子『千早が歌の収録中に声が出なくなって、それから倒れてしまって…』



P「何だって!?」ガタッ



P「今は…?」



律子『病院に行って、今は検査を受けています』



P「分かった。俺も今から行く」





音無さんに旨を伝え、俺はすぐに事務所を飛び出した。







病院に到着すると診察室に通された。千早の診察をした医師が、診断結果を俺に伝えた。





「…熱も出ていますので、おそらく過労で体を壊してしまったのでしょう。とりあえず、今は点滴を打って安静にしています」



「念のため、数日の入院をお薦めします」



P「そう、ですか…」



「あと、気になったのだがねえ…。彼女はかなり喉を痛めています」



P「えっ?」



「喉がかなり荒れていました。彼女に聞くと、自発的に一人居残って歌っていたと」



P「そんなことが…」



「かなりオーバーワークです。このまま歌い続けていたら、喉を潰していたかもしれません」



P「…」





心当たりがあった。あの時のイベントからだろう。



まったく気付けなかった自分が情けない。俺はただ、うなだれることしかできなかった。









P「ここか…」コンコン



ガララッ



千早「あ、プロデューサー…」



少し状態がいいのだろう。千早は身を起こしていた。



P「千早、大丈夫か」



千早「…はい、今は少し落ち着きました」



律子「すみません、プロデューサー…私がいながら…」



P「いや、律子が迅速に対応してくれてよかったよ。本当にありがとう」



P「俺はしばらくここにいるから、律子は戻っても大丈夫だぞ。仕事があるだろ?」





律子は頷くと、言葉を千早にひと言ふた言かけた後、事務所へ戻った。千早も、律子の言葉に少し微笑んで応えた。







千早「…プロデューサー、本当にすみませんでした」



P「謝るのは俺の方だよ。千早の体調を考えないで仕事をたくさん入れてしまってたから、こんなことになったんだ。…本当に、すまない」



千早「そんな、謝らないでください…。悪いのは、私なのに…」



俺は首を横に振った。



P「…でも医者が言ってたぞ、かなり喉を痛めていたって。ボーカルレッスンの後にも、個人的にレッスンしていたのか?」



千早「…はい」コクリ



千早「あの時のイベントでのミスが、私には許せなくて…。だから、もう絶対にミスをしないようにしようと思って、それなら練習を積み重ねるしかないと…」



千早「それなのに、今日、こんなことになってしまって…!!」ググッ





千早はベッドのシーツを強く掴む。







P「…なあ千早、教えてくれないか」



P「どうして、そんなに歌にこだわるんだ?」



千早「それは……」





しばらく、沈黙が続いた。





千早「……プロデューサー。私の鞄、取ってもらえますか?」



P「ああ、いいぞ」



千早「ありがとうございます」





千早は手帳を取り出し、開いた。一枚の写真が貼られていた。二人の子供の写真。二人とも笑っていた。





P「写真?左は、千早か?」



千早「はい」



P「ってことは、右の子は…?」



千早「弟です。優っていいます」





弟がいたなんて。初めて聞くことだった。







千早「弟は、私の歌が好きでした。私が歌うと、よく笑ってくれました。そして、私の歌う姿を、よく絵にしていました」



千早「私はいつも、弟と遊んでいました。私も、弟のことが大好きでした」



千早「…ですが、弟は交通事故で亡くなりました」



P「えっ…」



千早「ある日です。私たちは庭先でボールを使って遊んでいました。不意にそのボールが道路の方に出て、弟がボールを取りに行こうと外へ飛び出しました」



千早「そうしたら、丁度自動車が走っていて、自動車が、弟を…」





俺は黙って、千早の言葉を聞いていた。いや、何も言えなかった。





千早「弟が亡くなってから、家がおかしくなってしまいました。いつも両親が喧嘩していて…」



千早「喧嘩が始まると、私はいつも自分の部屋にこもって、喧嘩が収まるまでベッドでうずくまっていました」



千早「そんなある日、私は歌のことを思い出しました。弟が亡くなって以来、歌を歌ていなかったことを…」



千早「弟が…優が、好きだった歌のことを…」



P「それで、千早は歌を…?」



千早「…はい」コクリ



千早「私にできることは、歌を歌うことしかないと思いました。それが、弟のために出来ることなのだと…」



千早「歌だけが、私が生きている意味を教えてくれるのではないかと…。そう思って、私のために、そして弟のために、ずっと歌を歌い続けていました」



千早「…でも、その歌にさえ、私は見放されたみたいです」







千早「私が歌を歌うということは、独りよがりだったのですね」



千早「それに、誰とも関わろうとせず、ずっとたった一人で過ごしてきました」



千早「…そんな風に歌っていたから、とうとうバチに当たってしまったんだと思います」ニコ



千早の笑顔は、ひどく悲しい笑顔だった。





P「…それは違うさ」



千早「…え?」



P「これまで歌っていたのは、本当に千早のためだったのか?」



P「結局、自分をただ追い詰めていただけじゃないか」



P「そんなのは、千早自身のためじゃない。優君のためでもない。誰のためでもない」



千早「何が…言いたいのですか?」



P「自分を追い詰めなくていい、ミスをしてはいけないだとか、義務感で歌わなくていい。自分のために歌って欲しいんだ」



千早の目が見開く。口が震えているのが見えた。





P「俺は、千早の歌が好きだ。だから…」



千早「やめてください!!」



病室に千早の声が響いた。





千早「お願いですから…これ以上は…」



声が震えていた。か細い、今にも折れそうな声だった。





俺は首を横に振る。



P「やめないよ」



P「俺は千早の歌が好きだ。だからこそ、悲しい顔をして歌ってほしくない」



千早「あ…」







P「弟君のために歌いたかったのであれば、もっと大事なことがあったのじゃないかな?」



千早「もっと、大事な、こと…?」



P「弟…優君は、千早の歌の何が好きだったんだ?」



千早「何が…?」



P「千早の歌声かな?」



千早「…」フルフル



P「…それなら、千早の歌う姿だったんじゃないのか?」



千早「私の、歌う姿?」



P「千早が楽しく幸せそうに歌う姿を見ているうちに、優君も楽しくて、幸せだったのじゃないかな」



P「俺は千早の歌が好きだ。だから、千早にはもっと楽しく、もっと幸せに歌ってほしい」



P「そのことが千早のためにも、そして優君のためにも、千早にできることじゃないのかな」





千早の右手の上に、俺は左手を置いた。振り払うこともなく、千早は右手を動かさない。







千早「本当に、それが、優のためにできること…?」



P「ああ、そうさ。そして千早のためにも」



P「過去に起きてしまったことは変えられない。過去のことは忘れられないかもしれない。でも忘れようとしなくていい。いや忘れないで欲しい。ちゃんと受け止めて、前を向いて欲しいんだ」



P「千早の心の中にいる優君は笑っているだろ?」



千早「…」コクリ



P「誰のおかげで、笑っていたんだと思う?千早のおかげだろ?千早の楽しく歌う姿のおかげじゃないか」



P「だからこそ歌うときには、笑って、楽しむんだ。そうして、みんなのことも笑顔にして欲しい」





千早の手が動いた。そして、指を絡めるように、上に乗せられた俺の手を握った。



千早「私が…私自身が、楽しく歌っても…?」



P「ああ、勿論さ」



千早「本当に…?」



俺はためらうことなく、ゆっくりと頷いた。



千早「…」ポロ



千早「うぐっ……あ、ぁぁぁっ!…ひぐっ…!」ポロッポロッ





千早は声を上げて泣いた。小さな子供のように泣きじゃくった。少しばかり千早を抱き寄せる。手は、握り合ったままだった。







・・・



十分ほどして、千早は落ち着きを取り戻した。



千早「…取り乱してすみませんでした。でも、少しスッキリしました」



千早「次のイベント、出来る限りやってみます。そして、笑って、楽しく…!」ニコ



P「…ああ!」









P「…そうだ、千早。さっき、自分はずっと一人だって言ってたけどさ、今はそんなことはないだろ?」



千早「えっ?」



P「だって…」



ガララッ



真「千早!大丈夫!?」



千早「真!?…え、ええ、疲れていただけだから、そんなに重症じゃないけど…」



真「ああ、良かったあ…。だってさ、春香」



春香「ち"は”や”ち”ゃーん”…!!」ダキッ



千早「ち、ちょっと春香!やめてよ、そんな大げさな…」





事務所の皆に伝わったのだろう、765プロのアイドル皆がどんどんと病室に殺到してきた。部屋中がとたんに騒がしくなる。



P「おーい、あんまりうるさいと病院に怒られちゃうからなー」





千早の方に目を向けた。



P「だろ?千早、お前は一人じゃないって」



千早「…そうですね」クスッ





・・・・・・・・・・







十日後、千早はステージの前にいた。千早単独のイベントだ。



病気で倒れた後、初めてのステージである。





P「千早、そろそろ行けるか?」



千早「…はいっ」



千早の表情に決意に満ちていた。しかし、少しだけ力みがある。



P「千早、お願いがある。お願いというか…約束だ」



千早「約束、ですか?」



P「ああ。ミスなんて気にしないこと、歌を楽しむこと。そして…」



千早「笑って歌うこと、ですか?」クスッ



千早は少しだけ微笑んだ。俺もうなずく。きっと大丈夫だ。





千早「プロデューサーも、一つ約束してください」



P「えっ?」



千早「このステージ、ずっと見守っていてください」



P「…ああ、勿論だ。約束する」



千早「約束ですよ?…それじゃあ、行ってきます」





そうして、千早はステージの方へ歩いて行った。







千早の登場に、会場では歓声が沸く。



千早は一礼する。会場が静かになるのを待っていた。



ふと、千早が俺の方に目を向けた。俺がうなずくと、千早は目を細めたように見えた。



千早は観客席の方へ眼を戻し、目を閉じ、少し俯いた。



イントロが鳴り始める。



千早は前を向いた。ゆっくりと目を開け、大きく息を吸った。







__________















千早は笑っていた。楽しげに歌っていた。



やはり千早は、歌を歌うのが心から好きなのだろう。改めて気付かされた。



千早のこの歌声を聞きたかった、この歌う姿を見たかったのだ。



その歌声は、今まで聞いたどの歌声よりも、ずっと美しいものだった。



















ワアアアァァァ!!





千早「プロデューサー」



P「千早、どうだった?」



千早「…楽しかったです」



千早「ファンの皆さんも笑っていました。私も…私も、幸せでした…!」







千早「私には何ができるのか、少し分かった気がします」



千早「やっぱり、私には歌しかありません。だからこそ、私は歌で皆を幸せにしたいです」



P「千早なら、きっとできるさ」



千早「でも、私だけならできないと思います。765プロのみんなと、そして…」



千早「そして、何よりもプロデューサー、あなたが必要です」



P「千早が歌で皆を幸せにしたいのなら、千早を俺は全力で支えるよ」



千早「…約束ですよ?」



P「ああ、約束する。…そうだ。指切りの代わりに、これでどうだ?」スッ



俺は右手を挙げた。



千早「あ……はいっ!」スッ



パチン!





千早も右手を挙げ、ハイタッチをした。笑っていた。



初めて見る、千早の笑顔だった。優しい、年相応の可愛らしい笑顔だ。









ふと、腰の高さにも手のひらを出してみたくなった。すると、手のひらに、軽くパチンと何かが当たる感触がした。



少し驚いてしまったが、俺はくすりと笑った。







・・・・・・・・・・







千早の歌い方が変わったと、それからしばらく話題になった。



ただでさえ歌唱力があるのだ。その上楽しそうに、表現力より豊かに歌えば、千早の歌の魅力が高まるのは当然だ。





ワアアアァァァ!!



やよい千早『『ありがとうございましたー!!』』



千早「プロデューサー!」



P「千早、お疲れ様。今日も良かったぞ」



千早「はいっ、私も楽しむことができました!」スッ



P「…よしっ!」スッ



パチン!





そして、千早の方から手を挙げてハイタッチをするようにもなってきた。



事務所の皆からも、千早が最近よく笑うようになったと言われるようだ。嬉しいのか恥ずかしいのか、照れくさそうにしている。正直かわいい。







やよい「プロデューサー!!」タタタ



P「やよいもお疲れ様。バッチリだったな」



やよい「ありがとうございます!それじゃあ、いつものアレしましょう!」スッ



P「ああ!」スッ



やよい「ハイ、ターッチ!イェイ!!」



パチン!



やよい「千早さんもやりましょう!ハイ、ターッチ!」



千早「イェイ!」



パチンッ!



…やよいに対しては、特に張り切っているような気がするのは、気のせいだろうか。







でも、もう大丈夫だろう。千早は着実にトップアイドルへの道を歩み始めた。







・・・・・・・・・・





千早「本当に...本当に、ありがとうございました!」



歓声に千早は応え、深々と一礼した後、千早は駆け足で戻ってきた。



千早「プロデューサー…!」スッ



P「千早、最高のライブだったぞ。そして…お疲れ様」スッ



千早「…はいっ」



パシンッ!





千早はトップアイドルになった。



頂点に登りつめた千早は、かねてからの希望であった歌手への転向を決めた。ニューヨークでの活動に専念する。



今日は、アイドル如月千早としてのラストライブだった。









事務所へ戻る。疲れているにもかかわらず、千早は歩いて戻りたいと言った。





千早「あんなに『やめないで』って言われると、名残惜しくなってしまいますね」



P「それはそうさ。今を時めくトップアイドルの引退なんだからさ」



千早「でも…とても楽しかった。なんて幸せな時間なのだろう、このままずっと歌い続けたい、って歌いながらずっと思っていました」



千早「歌を聴いてくれるファンが喜んでくれて、もっと私も楽しくなって…」



P「昔の千早とは、大違いだな」



千早「も、もうっ、やめてください!」カアァ



千早「…でも、次はニューヨークです。私が受け入れてもらえるか…勝負です」



P「怖くはないか?」



千早「正直、少し怖いです。…でも、それ以上に楽しみです。何が待ってるのだろう、どんな世界が広がっているのだろう、って」



千早の目に迷いはなかった。大丈夫、必ずうまくいく。





千早「それに、プロデューサーもハリウッド、ですよね」



P「…ああ。唐突過ぎて驚いたけどな」アハハ





千早はトップアイドルとなり、数々の賞を受けた。



すると何故か、ハリウッドのプロダクションが俺にも目を留め、しばらくプロデューサーの修行をして見ないかとオファーを受けたのである。



皆の後押しも受けて、俺はハリウッド行きを決めた。幾人か(特に一人)から引き留められたけど。







千早「ここまで来れたのも、プロデューサーのおかげです」



P「千早がトップアイドルの素質を持っていたからだよ。俺はそれをサポートしただけさ」



千早「でも、そのサポートのおかげです」



千早「ずっと過去から抜け出せないでいた私を引き上げてくれたのは、あなたでしたから」





病室でのやり取りを思い出す。



P「感情的になってつい色々なことを言ってしまったから、俺は少し恥ずかしいけどなあ…」ポリポリ



千早「ふふっ…。私、向こうでもっと歌を磨きます。そして、もっと多くの人を幸せに出来るような、そんな歌手になりたい」



P「なれるさ、きっと」



千早「それに、またプロデューサーにプロデュースしてほしいですね。ハリウッドで鍛えたプロデューサーに」



P「それは責任重大だなあ…。俺も頑張らないと」







千早「そういえばプロデューサー、いつもライブが終わるとハイタッチしますよね」



P「ああ。みんなとコミュニケーション取るために、始めたんだ」



千早「そうでしたね。最初は私、あんなのバカバカしいと思ってスルーしてましたけど」



P「確かに、そうだったな…。あの時はちょっと泣きそうにも…」



千早「あの時は本当に…ごめんなさい」



P「そんな頭を下げないで、俺は気にしてないから」



千早「でも、あのハイタッチの意味、今ではとてもよく分かります。ハイタッチをして、あなたが笑って、私も笑って…。いつしか、ライブの最後に手を重ねるときが一番幸せなような気もしました」



千早「私はあなたの手に、私は何度も救われました…」



P「ち、千早…?」





千早は立ち止まり、俺の右手をそっと持った。



指を絡めるように、手を握る。







千早「それで、最近ふと気付いたんです」



P「何を?」



千早「重ねたり触れたりするのが、手だけじゃなくて、他にもあっていいんじゃないかって」



P「へっ?それって一体どういう…ムグッ!」



突然、千早は俺の顔を引き寄せた。



千早「プハッ…こ、こういうことです…」



P「千早、お前…!」



顔が離れると、千早の顔は真っ赤になっていた。





千早「すみません、本当はダメだって分かってます。でも…」



P「ダメじゃないさ。俺だって…」



千早を抱き寄せる。細いが、柔らかく暖かい。



千早「あ……」







P「ダメじゃないけど、色々と大変な道だぞ?」



千早「分かってます。でも、バレてしまったって堂々としてたらいいんです」



P「それに千早はニューヨーク、俺はハリウッドだ。真反対だから遠距離なわけだし…」



千早「日本とアメリカよりも近いですよ?会いたいと思えば、飛行機でひとっ飛びです」



P「…確かに、そうだな」



千早「そうですよ」





俺と千早は笑った。千早の笑顔は、今まで見てきた中で、一番幸せに満ち溢れていた。



俺が好きになったのは、どうやら千早の歌だけではなかったようだ。



再び、顔を重ね合わせる。



手は、握り合ったままだった。











おわり







おまけ





ワアアアァァ!!



千早あずさ『『ありがとうございましたー!!』』



P(…この二人の組み合わせって、好きなんだよなあ)



P(声質が違うけど、合わさるとすごく綺麗にマッチして…)



P「おっと、そろそろ戻ってくるな」



あずさ「プロデューサーさん、お疲れ様でした〜」タタタ



P「あっ、あずささん。お疲れ様でした、良いステ」モニュ



P「」



あずさ「あ、あらあら…」カアァ



P(手を挙げるタイミングが合わなくて、俺の手があずささんのF91に…!)







P「す、すみません!!」バッ



あずさ「そ、そんな、わざとじゃないって分かってますから…。でも、今度からはめっ、ですよ?」



P「はい…」



P(すっごく柔らかかった…)



P「!」ゾクッ



P(全身に悪寒がした。おそるおそる顔を前に向けると…)



千早「…」ニコニコ



P「」







P「あ、あのー…千早?お、お疲れ様?」



千早「どうしましたか、プロデューサー?何かいいことでもありましたか?」



千早「役得で、何か柔らかいものでも触れることができて、顔が緩んでいるようにも見えますが」



P「ち、千早、落ち着いて…と、とりあえずハイタッチしよう!な!な?イェーイって…」スッ



千早「私だって、もう少し大きくなっても…くっ…」ブツブツ



P「千早、あのさ、俺は別に気にしないぞ?たとえ千早の胸が小さくてもぺったんこだろうと…」



千早「ふんっ!!」



バシーン!!



P「うぎゃああぁ!!手が!!手がぁ!!!」







なんてことがあったとか、なかったとか



おわり









21:30│如月千早 
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