2017年03月13日

片桐早苗「あたしだけの特効薬」

作品都合故のキャラ崩壊有。

口調も変なところがあるやもしれません。

独自解釈の部分もあります。

苦手な方はブラウザバックをお願いします。







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1488896031



 片桐早苗は今、へとへとにくたびれていた。厳しいダンスレッスンは彼女の身体へ重い負担を乗せていた。

 それもそのはず。まだ若いとは言っているが、なんだかんだもうすぐで三十歳に手が届いてしまう年齢なのだ。いつまでも身体が本当に若いころのようについてくるわけがない。



「大丈夫ですかー」



 間延びした喋り方の女の子、及川雫が心配そうに早苗を見下ろしていた。決して寝転がっているわけではない。身長差が十八センチもあるのだ。そして早苗は腰を曲げ、手を膝について息を整えているという状況。見下ろされるには十分条件が揃っている。



「むむむっ! 辛そうですね! 私がサイキック疲労回復を!!」



 元気溌剌な若さが眩しい女の子、堀裕子は自慢のサイキック(まともな効果があったためしはない)で早苗を回復させようと力を込めていた。



「はあ、はあ、大丈夫大丈夫、ありがとうね雫ちゃん、ユッコちゃん」



 しばらく息を整え、ゆっくり深呼吸をする。全身の筋肉をほぐす意味でも軽くストレッチをした。確かに辛い。だが、若い者にまだまだ負けたくないというのと、自身が年寄りになっていっているのを認めたくないのと、そして何より、早苗の身体能力のせいで二人の足を引っ張りたくないという思いからなけなしの体力を引っ張り出す。



「さあて、練習再開よ!」



「はい〜」



「了解です!」



 片桐早苗、及川雫、堀裕子、この三名からなるユニット『セクシーギルティ』による単独ライブが三月六日に公演される。今まで単独ライブを行ったことはなかった。地道に活動を続け、こつこつファンを獲得して、小さい箱で合同ライブを行い……そこへ降って湧いたかのような単独ライブの話。しかも規模はそこそこ大きいときた。何が何でも成功させたいという思いを孕ませつつ、浮き足立ち、勇み足になるのを堪えながら日々レッスンに励んでいた。

「……はっ! はっ!」



「片桐! テンポが遅れてるぞ! 及川! お前もだ! 堀! 先走り過ぎるな!」



 トレーナーからの叱咤が飛ぶ。しかし早苗たちは腐らず返事をし、指摘点を修正していく。もうライブまで日がなくなってきていた。落ち込む時間すら惜しい。

 もうどれくらいレッスンしただろうか。時間に割く感覚さえ惜しくなってきたところでトレーナーから終了の合図を貰った。



「お、お疲れ様でしたあ」



「お疲れ様ですー」



「お、おつ、お疲れ様です……」



「うむ、三人ともよく頑張ったな。かなり良くなってきている。これならライブまでに最高の状態に持って行けるな」

 テンプレートともいうべきレッスン後の諸注意を言い終えると、トレーナーはレッスンルームから退室した。それを確認してから三人はその場でへたり込んだ。



「も、もうダメ……動けない……」



「私も疲れましたー」



「くぅ、も、もう今日は体力の限界でサイキックが出来そうもありません……」



 さすがにライブ前の追い込み期間であるため、セクシーギルティ一体力のある雫や、元気が取り柄の裕子もダウンしていた。



「う、うーん、さってと、このままじゃ風邪ひいちゃうからシャワー浴びに行くわよ!」

「は〜い」



「は、はい、今行きます」

 誰よりも倒れ伏したいと思っているであろう早苗が立ち上がり、二人に声をかける。体力があるからではもちろんない。身体は二人以上に悲鳴を上げている。これは矜持だ。年長者としての矜持が二人を引っ張ろうと体に鞭を打ち、リーダーとしての責務を果たす。

 とはいえ、普段のラジオやら打ち上げやらで迷惑をかけているため、こういうところでは面目躍如の働きをしておかないとという打算もある。



 シャワーを浴びる中で少し体力を回復させていく。汗と一緒に疲れも軽く落ちているような気分だ。肩を軽く回すと血行が悪かったのか幾分か凝りが解れた感覚がある。

 怒涛の日々だった。今日に至るまで大きく人生の舵がきられた。後悔はない。そうと決めたのは他でもない、早苗自身なのだから。ただ、未来への不安がないかというと、それは当然のごとく心に渦巻いていた。いつまであたしはアイドルでいられるのだろうか。常に早苗は自問していた。答えは、出ない。



「ふぅー、さっぱりした」



「気持ち良いですぅー」



「ああ〜」



 シャワールームから出ると脱衣所でのほほんと座っている雫と扇風機に向かって声をぶつけている裕子がいた。

「それやっぱりやりたくなっちゃうわよねえ」



 早苗は自身に付いている水滴を拭き取り、着替えを始めた。疲れから動作が遅く、思うように手足が動かない。頭の中ではもっと早く動かそうとしているのだが、どこかで動かすのが億劫だという早苗がいた。それでも何とか手足を動かし続ける。



「やあっと着替え終わった。疲れた……」



「お疲れ様ですー」



「雫ちゃんもお疲れ様。しっかし、寄る年波かしらねえ」



 わざとらしく肩に手を置き、首をぐるりと回す。ぽきぽきと関節の鳴る音がした。



「そんなことないですよー。早苗さんは若いです」



「そうですよ! あ、なんならサイキックマッサージをして疲れを吹っ飛ばしてあげましょうか!?」



「あはは、ありがとう。サイキック……マッサージに関してはまた今度お願いするわ」



 早苗は素直に二人へ感謝の意を示し、一回大きく伸びをした。そして二人を引き連れ脱衣所を出、さらに外で待っているだろう人物の元まで行った。

「あ、おつかれさん」



 外にはワゴン車が停車しており、運転席には我らが事務所一腕利きのプロデューサーがいた。



「お疲れ様ですー」



「お疲れ様ですプロデューサー!」



「お疲れP君」



 車へ搭乗し、各々が労いの言葉を掛け合う。決して形式上だけの掛け合いではない。プロデューサーはアイドルたちへ本気で労いの言葉を掛けているし、アイドルたちもプロデューサーの苦労をわかっているから本心から労っている。

 先程事務所一の腕利きという紹介をしたプロデューサーだが、実は事務所にプロデューサーはこの人ただ一人しかいない。決して小さいわけでも、アイドル数が少ないわけでもないのにプロデューサーが少ないのにはわけがある。社長が気に入らないと言ってほとんどのプロデューサー候補生を蹴ってしまっているのだ。

 社長曰く、「俺の目の黒いうちは素質の無いプロデューサーはいらん。そんな奴が担当してしまうアイドルに申し訳ないからな」とのことだ。おかげでプロデューサーはへえこらひいこら言いながら働いている。



「どうだった? 追い込みきつかっただろ?」



 だけど、プロデューサーは辛さを決して面には出さない。そんな顔をしている暇があればアイドルたちのために仕事をもっと持って来ようとする。そんなプロデューサーだった。



「ほんとよー。身体中ガッタガタ。歩くのも億劫だったわよ」



「ええー、私も疲れちゃいましたー」



「はい、私のサイキックも今はできないくらいには消耗してしまいました」



 各々から疲労を感じる声音が聞こえてくる。プロデューサーは「そうか。よく頑張ったな。お疲れ様」と言うと運転に集中した。



「……P君も、お疲れ様」



 誰にも聞こえない声で早苗は呟く。年長者だからこそ、プロデューサーの頑張りには敏感だった。

 赤信号で停車した時、ふと視線を外へ向ける。すると駐車禁止区域で違法駐車をした車を警察が取り締まっているところだった。



「……そういえば、P君との出会いも違反切符を切っているところだったわね」

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「はーい、そこの車両止まりなさーい」



 スピーカーから大音量で前を走る車の制止を求めた。片桐早苗は新潟県警交通部に属しており、その中でも女性警察官で結成されている交通機動隊、通称「ゆきつばきレディース」に在籍していた。

 主な仕事は『街頭における交通指導取締り』『学校、職場などの交通安全教育』『駅伝、マラソンなどの交通整理誘導』『各種パレード、イベントなどの広報活動』である。

 その中でも交通指導取締りに重点を置いて早苗は仕事をしていた。

 今もその仕事において違反者を捕まえたところである。



「はいはーい。寄せてー。はいはい。さってと」



 大人しく路肩に停車させたその車のナンバーを確認する。東京ナンバーだ。時期的には帰省には外れている。こんな遠くまで何しに来たのだろうか。とはいえ、大人しく従ったところを見ると、まあそこまで面倒ではなさそうだと早苗は思った。



「えっと、なんでしょうか?」



 出てきたのはガタイの良い、というかタッパのあるデブ。目が開いてるのかどうかわからない糸目。低姿勢で、気弱そうだ。年齢的にアラフォーといったところか。それが早苗の第一印象だった。

「何でしょうか? じゃないでしょう。あなた、ここ一通なのに逆走してるんだから捕まえるの当たり前でしょ」



「うぇえ? そうなんですか! すすす、すみません! すぐに移動します!!」



 まあ、ここは住宅街に入るところで、平日昼間である今はほとんど車通りの無い道だし、緊急性があるわけでもなかった。とりあえず運転手には落ち着いて現状を把握してもらい、速やかに移動してもらえれば良かった。



「ああ、落ち着いて落ち着いて。ここで事故られたら困るから」



 なんか頼りなさそうな男だなあ。その慌て様にそのような印象を受ける。



「す、すみません。ちょっと取り乱してしまいました。すぅーはぁー」



 男は深呼吸をすると先程の乱れた空気は嘘のように静まり、綺麗に一方通行の道から出た。早苗は先程の頼りなさそうな男というのは撤回することにした。



「ああ、確かに一方通行標識でしたね。すみませんでした」



「ここはそんな交通量はないから大したことないけど、標識を見逃すなんて下手したら大事故に繋がるんですからね。今後気を付けてくださいね」



 免許を提示してもらうと、軽く驚きの声が漏れてしまった。アラフォーだと思っていた相手が実は自分より年下だったのだ。人は見た目に寄らないとは真実なのだと早苗は思った。

 それはそれとして、交通違反の手続きやらを行っていると、男が早苗へ熱心に視線を向けていることに気付いた。



「あ、あの、なんでしょうか?」



「あ、すみません! えっとー、私こういう者でして」



 男が差し出したのは名刺。それをよく読んでみると、



「……アイドル事務所のプロデューサーさん?」



「ええ、私、今日もスカウトするためにここ新潟までやってきたんですが」



「はあ、それはご苦労様です」



「こんなビビっと来たのは初めてです」



「へ?」



「……アイドル、やりませんか?」

 馬鹿にしてるのだろうか。それともドッキリ? 早苗は周りを見渡したがそれらしい雰囲気はない。そもそも違反させてまでドッキリというのは考えられない。私が困惑していると男は、プロデューサーはなおも問いかけてきた。



「あなたならトップを取るのも夢じゃないです! 私と東京に来てアイドルをやりましょう!」



 先程の気弱そうな男はおらず、そこにいたのは情熱に燃えた大男だった。横にも縦にも大きいプロデューサーに迫られ、早苗は後ずさりをしてしまった。そこでプロデューサーは我に返り、さっきまであった気迫はどこ吹く風と霧散してしまった。



「す、すみません。怖がらせてしまいましたね」



「し、仕事熱心なのね」



 早苗が絞り出せた言葉はこれだけだった。未だに心臓がバクバクと轟音を立てていた。プロデューサーはしょんぼりと肩を落としながら財布を確認している。罰金を考えているのだろう。そんなプロデューサーを見て、早苗は少しおかしくて笑ってしまった。



「え、あの?」



「あ、ごめんなさい。なんかおかしくて」



 出会ってからここまで、百面相のようにその顔は豊かだった。このような面白い人に出会ったのは早苗の人生でも初めてであった。

「その、とても素敵な笑顔ですね」



「ちょちょっと! ナンパ?」



 唐突に褒められ、早苗は少し慌ててしまった。そんな自分に少し腹が立った。常に自分は相手より優位にいたいという思いからだったが、すぐさまそんな思いは消し去った。



「うぉっほん! んん、お姉さんをからかうのはやめなさい!」



 おっさん顔の男に自他ともに認める童顔の自分が言っても説得力はないが、そこは負けられない何かがあった。

 そこからのプロデューサーはすごかった。あの手この手で勧誘をしてきた。あまりにも酷いので公務執行妨害にすると脅すと、さすがに腰が引けたのかやっと落ち着いてくれた。



「すみません。ですが、私も諦められません。どうか、少しでも、少しでも気になったらその名刺の番号へご連絡ください!!」



「はいはい。わかったわかった。じゃあ、違反の手続きについてだけど――――」





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(熱意に負けたってところかしらね……)



 あの後しばらく早苗は警察という職務に従事していた。不満はなかったが、満足はしていなかった。慣れてしまいルーチンと化してしまったのか。ただただ警察というものに情熱を抱けなくなったのか。わからないが、そう感じた時、早苗は名刺の番号を押していた。

 そこからはトントン拍子だった。もうあのスカウトの時から早苗の心はアイドルというものに傾いていたのだ。最初は不安しかなかった。本当に自分の選択は間違っていなかったのか。年齢も年齢だ。まだ若いという意識はあっても、世間はそう見てくれない可能性の方が高い。

 だけど、そんな不安をプロデューサーが全て吹き飛ばしてくれた。デビュー前、それは二人三脚と言っても過言ではないほどいつも一緒に頑張ってくれた。差し入れやメンタルケア、時にはレッスンの指導までしてくれた。

 気付けば夢中になって踊って、歌って、笑顔を振りまき、デビューしていた。

 早苗はそこで初めて、アイドルを理解し、心の底から歓喜した。



「アイドル、楽しい!!――――」



 選択は間違っていたかもしれない。だけど、早苗は決して後悔しない。

 デビューライブが終わった時、そう心に誓った。

「ふわぁ〜」



 車内に大きな欠伸が響いた。欠伸の主はサイキックアイドル堀裕子だった。



「眠いなら寝ていいぞー」



「うにゅう、すみません。寝かせてもらいます」



 言うや否や、堀裕子は眠りの世界へと誘われた。



「あらあら、可愛い顔で寝ちゃって」



 微笑ましいその寝顔を見て早苗の頬が緩む。他人が寝ると、やはりそれに誘われるものだ。隣にいた牧場系アイドル及川雫もうつらうつらしてると思ったらこてんっと意識を手放していった。



「疲れてたんだなあ。まあ、そらそうだな。早苗さんも寝てていいですよ。着いたらおこしますから」



「おんやあ? P君ってば、美少女三人を寝かせて何をするつもりなのかしら?」



「はいはい、そういうの良いですから」



「まーったくもう。つれないわねえ」



 ふと、寝てしまった二人へ視線を向けると、裕子は雫の胸に頭を寄せていた。とても柔らかそうな枕だ。率直に早苗は思った。

 そういえば、初めてこのユニットを組んだとき、まだプロデューサーは今のようにあしらうことを知らなかったことを思い出す。

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「早苗さん、紹介したい二人がいます」



「んー誰ー?」



 レッスンの時間まで間があったため、事務所で時間を潰しているとプロデューサーが二人の女の子を連れてきた。

 一人は身長が高くほんわかとした雰囲気漂うショートカットの女の子。その特筆すべき点は圧倒的ボリュームの胸。早苗も自信はあったが、さすがにあれには勝てないと白旗をすぐさま上げた。

 もう一人は自信に満ちた顔のポニーテールが似合う女の子。彼女の異質な点はその手に持つスプーンだろう。何故あんなものを持っているのか不思議でしょうがなかった。



「じゃあこちら片桐早苗さん。君たちの先輩アイドルだ」



「早苗さんっていうんですかー。私は及川雫と言いますー。動物が好きで、特に牛さんが好きですー。実家の牧場を宣伝するためにアイドルになりましたー」



 雰囲気通り、間延びした喋り方だ。性格もきっとそんな感じだろうなとインプットする。



「アー、アー、私は超能力者デース」



「普通に自己紹介しろ!」



「え? あ、はい。コホン……堀裕子、十六歳、特技は超能力です!」



 今、早苗の中で面白い変な奴ランキング第二位に堂々ランクインした。



「えっと、改めまして、あたしは片桐早苗。年齢は……ううん、二十七歳よ! よろしくね!」



「よろしくお願いしますー」



「よろしくお願いします! お近づきのしるしにサイキックスプーン曲げを!!」



「はいはい、それは後で後で」



 プロデューサーは裕子のサイキックを止めると、スケジュール帳を出した。ペラペラと捲りあるページで止まる。



「この後早苗さんはレッスンでしたね。この二人を連れて行ってください」



「ちょっとちょっと。説明が足りないんじゃないの?」



 早苗さんの言に尤もだと、プロデューサーは後頭部に手を回ししばらく考え込むと、決めたように表情を引き締める。

「早苗さんと雫、裕子の三人にはユニットを組んでもらう」



「ええ!!」



 驚きの声を上げたのはサイキック少女裕子だった。というか、裕子は知らなかったのかと早苗はそちらに驚いた。



「まあ、言ってなかったから驚くのも無理はない。雫も裕子もまだデビューすらしていないからな」



「そ、そうですよー。大丈夫なんですかー?」



「大丈夫だ」



「なんなんですかその自信は!?」



「俺は曲がりなりにもお前たちを見てきた。だからこそ行けると踏んでいる。さらにそこへ早苗さんが入れば鬼に金棒だと」



 早苗の中には懐かしさが去来していた。不思議な感覚だった。どこからこの懐かしさはやってきているのだろうか。



「うう、心配ですー」



「むむむ、サイキックメンタルケア!!」



「落ち着け二人とも。大丈夫だ! お前らと俺が一緒に頑張れば無敵だ!」

 そこでやっと思い出した。この懐かしさは早苗をスカウトしていた時のプロデューサーの熱と全く一緒なのだ。自然と笑みが漏れてしまう。



「お、どうしました早苗さん。楽しそうじゃないですか」



「そりゃそうよ。こんな楽しそうなことないわよ! 二人とも安心しなさい! お姉さんがビシバシ鍛えて、引っ張ってあげるわ!」



 早苗の自信満々な姿に、二人は呆気にとられたかのように止まり、そして拍手をし始めた。



「おお! 何かできるような気がしてきました!」



「気がするじゃなくて、出来るのよ!」



「何か自信がわいてきた気がしますー」



「気のせいじゃないわよ!」



「おいおい、俺の時とは大違いじゃないか」



 プロデューサーは悔しそうな声音で言うが、その顔は満足している顔だった。

「まあ、職務中の婦警さんをナンパしちゃうような下心持った人の言葉と、熱意溢れるアイドルお姉さんの言葉じゃ、重みが違うってことじゃないかしらねえ」



「え? プロデューサーそんなことしてたんですかー?」



「ちち、違う! ナンパじゃない! スカウトだスカウト!」



「え? スカウトのようにナンパしてたんですか!?」



「違うっつーの! 早苗さんやめてくださいよそういう冗談は! 洒落にならないですよ」



「あははは! 二人にはレッスンが終わったら教えてあげるからね!」



「早苗さーん!」



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 気付いた時にはプロデューサーは早苗相手にもタメ口になっていた。タメ口になってると気付いた時、早苗は嬉しかった。距離が近づいた気がしたから。

 別に異性として好きなわけではない。正直容姿的に言えばアウトオブ眼中というやつだ。プロデューサーとアイドル。その枠組みにおいてはプロデューサーは誰よりも信頼できる人だった。いわば相棒というものか。信頼できる相手というのは本当に居心地がいい。めんどくさくない。早苗はそう考えていた。



「ほら着いたぞー。早苗さん、そいつら起こして」



「はいはい」



 早苗は二人を起こし、先に事務所へ上がる。まだ眠いのか二人は瞼を半分ほど閉じていた。危ないなあと思いながら早苗は二人の手を引いて事務所へと入っていった。

 二人をソファに座らせ、早苗もソファに身を沈める。疲れがどっと押し寄せているようだった。



「お疲れ様です」



 車を車庫に入れたプロデューサーが事務所へ入ってきた。「あれ? ちひろさんいないのか」と事務員である千川ちひろがいないことを確認してこちらへやってきた。



「三人ともお疲れ様。だけど、ライブまでもう日がない。しばらくきついレッスンになるが頑張ってくれ」



「うー、頑張りますー」



「ふ、ふふふ、サイキックアイドルユッコに、任せてください!」



「お、二人ともいい返事だ。じゃあ日報を書いたら提出してくれ。そしたら帰っていいからな」



「あれ? 早苗さんは?」



「ああ、あたしはこの後P君に用事があるから」



 ひらひらとだらけながら手を振る早苗。何となく察しがついた二人は日報を書いて提出し、あまり無茶しないようにと早苗に言い含め帰って行った。



「早苗さんも、お疲れ様」



「P君も、ね」

 早苗から日報を受け取り、確認する。

 この日報制度だが、実は会社が取り入れているものじゃない。このプロデューサー個人が実施しているものだ。日報からアイドルの状態やレッスン状況、進捗などを確認する目的で始めた。少し負担になるかもしれないが、それ以上にメリットがあると思っているため、プロデューサーはこれを廃止しない。



「はい。ありがとうございます。じゃ、帰っていいよ」



「ちょちょちょーい! それはないんじゃないかなあPくーん?」



 笑顔の底に怒りを灯したような顔でプロデューサーを睨みつける。しかしプロデューサーはどこ吹く風と全く意に介さない。



「飲みにいかないからな」



「なんでよ」



「レッスンだってかなり厳しくなってるんだ。若いあの二人ですらへばっちまうような、だ。それは早苗さんの身体にどれだけ負担がかかっていることか」



「そんなの、あたしだってわかってるわ」



「じゃあどうして?」

「……あたしがここまで夢中にさせられるとは思わなかったわ」



 早苗さんのその表情からは真剣味が感じ取られたため、プロデューサーは黙って聞くことに徹した。



「最初は変な奴に絡まれたと思ったけど、どんどん心を占める割合が大きくなっていって、気付いたらアイドルになってた。デビューするまでは不安でいっぱいだったけど、デビューして初めて、初めてあんなに楽しいと思えたわ……ほんと、顔に似合わずいい手腕だったわ」



 顔に似合わずは余計だとプロデューサーはそっぽ向いて言った。構わず早苗は続ける。



「もう、放すつもりはないわ。今更こんな年齢の女の子をアイドルにできないなんて言ったって絶対に逃がさないからね! P君! 覚悟しといて♪」



「当たり前だよ。早苗さんは、絶対俺がトップアイドルにする。約束だ」



「絶対よ? これからも頼りにしてるぞ♪」



「ああ、任せとけ」



 しんと、沈黙が下りてくる。相変わらずそっぽを向いているプロデューサー。しかし早苗は見逃さない。その耳が真っ赤なことを。



「もう照れちゃってるの?」



「ああ、うるせえうるせえ! 早苗さんもさっさと帰れ!」



「嫌よー。というか今の流れは完全に飲みに行くかって流れでしょ!」



「知るか! どうしたらそうなるんだ!」



「酒は百薬の長。そしてあたしにとっては、疲労回復の特効薬よ」



「だあもう、そうなった早苗さんはとめらんねえなあ……」



「わかってるじゃない! さあ! 戸締りして行くわよ!」



「待て待て。ちひろさんに連絡してからな」



 根負けしたプロデューサーはがっくりと肩を落とし、自分のデスクへと向かい電話を掛ける。



「……まあ、お酒もそうだけど、あたしの、あたしだけの特効薬はあなたと飲むことで完成されるんだけどね」



 何を飲むかではない。誰と飲むか。お酒に限ったことではない。このアイドル活動だって、プロデューサーとだからここまで来れた。雫や裕子とだから一緒に努力で来た。早苗はそう確信している。

 願わくば、四人でトップアイドルになれることを祈る……。





<了>



20:30│片桐早苗 
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