2013年11月05日

P「馬鹿なこと言うんじゃない」

「なんでもないよ」

「大道具さんに怒鳴って追い出されてたじゃないですか」

「あれは偶然だ」

「偶然で怒鳴っちゃうんですか? 疲れてませんか?」

人の気も知らないで……

俺は春香のことで悩んで、

春香のことが心配で

つい発狂してしまったというのに

「ほっとけ」

「放っておいてくれないのは、プロデューサーさんじゃないんですか?」

春香はそう言いながら

作ってきたであろう、ドーナツを差し出してきた

「食べますか?」

「……一口サイズにしてくれ」

「一口サイズ……ですか?」

「ああ、頼む」

「ん〜……」

春香は不思議に思いつつも

ドーナツを手でちぎって一口サイズにすると

俺の方へと差し出してくれた

本当に良いやつだよな

こんな煩悩全開のお願いだって聞いてくれるんだから

「プロデューサーさん?」

「じゃ、いただきます」

「あっ!」

春香の指ごとパクッと咥え

リコーダーを咥えている時の呼吸のように

勢いよく吸い込んだ

「ひゃぁぁっ!」

チュプン......と

自分の唇が震えて

そこから逃げ出した春香の指が

自分の唾液に濡れ光っているのが視界に映った

「な、何するんですか!?」

「……これ、彼氏とはしたことないのか?」

「え?」

「いや……春香は付き合ったことあるのか?」

春香の甘いドーナツが味覚を伝って体の隅々に染み渡っていく

疲れが吹き飛び、煩悩溢れる思考

ふと出てきたのはそんな言葉

「……そんなこと考えてたんですか?」

春香はクスッと笑う

でも、俺は

「笑い事じゃないんだ」

真面目だった

今までにないくらいに、真面目だった

「……それを話さないといけない理由はありますか?」

「春香」

「………………」

明らかに様子がおかしい

まるで

付き合ったか否か。

その質問の先に春香の過去の傷があるような

そんな感じさえするような……不安を感じた

「私のプライバシーですから――」

「春香!」

「っ……」

逃げようとした春香の手を掴む

柔らかい温かい

揺れた髪の匂いが鼻腔をついて脳を揺らす

今すぐにでも抱きしめたい

……でも

「俺はお前のプロデューサーだぞ」

「でも、それはアイドル天海春香じゃなくて女子高生天海春香の秘密ですよ?」

「そんなこと知らん。俺は知りたい。だから言え」

「な、何言ってるんですか……?」

ほんと、何言ってるんだろうな

昨日から調子が狂いっぱなしだよ

「すまん、でも……車で言ったことが春香を傷つけたなら謝りたいんだ」

「……ないです」

春香は自由な方の手を胸元でギュッと握り締め

俯き気味に答えてくれた

「付き合った事……ないですよ?」

「え?」

「だから、私は誰とも付き合ったことなんてないんです!」

最後には

真っ赤な表情で俺を睨み

手を振り払った

「冗談に決まってるじゃないですか、私なんかが誰かと付き合えるわけないじゃないですか」

恥ずかしさではなく

怒りによる赤い顔なのかもしれない

それはそうだろう

ちょっとした見栄だったのかもしれないんだから

「……じゃぁ告白は」

「されたこともないです」

ショボンと落ち込み

春香は悲しげな笑みを浮かべた

「だから、好きとか言うのやめてください」

「なんで?」

「そのくらい察してください」

春香にしては珍しく冷たい声

まるで俺が鈍感みたいじゃないか

「俺は春香が好きだぞ?」

「え――っ」

一瞬だけ驚いて

すぐに眉間にしわを寄せて睨む

「仲間ですか? 友達ですか? 担当アイドルとしてですか?」

俺が使った引掛けの言葉

春香は呆れたように言い捨てると

スタジオに戻ろうと背を向けてしまった

「いや、異性として」

「そうですよね――え?」

「だから、友達とか仲間とかアイドルじゃなくて、天海春香を好きなんだ――って、あ」

あまりにも春香が失望していたからか

気づけもう後戻りができなくなってしまっていて

春香は驚いて振り向いた顔をだんだんと恥ずかしさの赤に染め上げていく

「な、なな何言ってるんですかプロデューサーさんっ!」

「わ、悪いか?」

そう聞き返した瞬間

春香はほんの少しだけ何かを喉元まで引き上げ

けれど飲み込んで首を振った

「わ、私よりも美希とか、あずささんとか、小鳥さんとか……いるじゃないですか」

「またそれか……」

春香はいつもそうやって

自分は不釣り合いとか言うんだ

いい加減にしよう

俺だって真面目に告白してるんだから

「ま、またって……美希達の方が可愛いいし、綺麗だし、胸だって」

「馬鹿なこと言うんじゃない」

「え?」

「可愛いとか綺麗とか関係ないッ! 他がどれだけ優れていようが、惚れた女はお前なんだよ!」

「っ……プロデューサーさん」

大道具の人とか

小道具の人とか

いろんな人たちがいるこの場所で

そんなことを叫ぶのは自殺行為かもしれない

だけど、知ったことか

「俺はッ! 天海春香が大好きだぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!!」

「ぁ……」

あまりの出来事に方針仕掛けている春香の頭に手を置き

ゆっくりと撫で下ろす

「春香は俺が好きか? 嫌いか?」

「……………………」

「不釣り合いって答えは無しだからな?」

あらかじめ回答を潰したものの

その必要もなく、春香はすぐに答えた

「……好きですよ。私だって」

「でもっ、プロデューサーとアイドルなんです!」

「大人と子供でもあるな」

「解ってるなら――」

「そんなこと知ったことか!」

アイドルとプロデューサー?

大人と子供?

ピーポーくんに監禁されるかもしれない?

そんなこと知ったことかよ

「俺たちが付き合いたいか付き合いたくないか。必要なのはそれだけだろ」

「……私、トップアイドルになりたいです」

「そうか」

「でも、せっかくの恋を捨てたくもないです……」

「………………」

「………………」

「……プロデューサーさん」

「なんだ?」

黙り込み、

フル稼働させた思考

それは春香も同じだったのか

先に言葉を投げかけてきたのは春香だった

「お断りします!」

「なっ」

「うまくいくわけないですから……」

「そんな……」

「けど、嬉しかったですよ?」

春香はにこっと笑った

「正直、付き合ってもいいかなって思いました。でも……」

春香は申し訳なさそうに首を振る

「まぁ、今はアイドル優先したいので、無理です」

「…………」

「すみません」

フラれた……?

春香と両想いだったのに?

何が足りなかった?

時期が悪かったのか?

「……プロデューサーさん。答えは初めから決まってたんです。ごめんなさい」

「は?」

なんだよそれ

答えは初めから決まってた?

なのに、好きだなんて言ったのか?

悩むふりなんてしたのか?

「春香、お前っ!」

「スタジオに戻りますね」

春香は俺の怒りに見向きもせず

さっさと歩いて行ってしまった

ここまで。あとは朝にでも

結果的に言えば

春香に盛大に振られたのは良かったのかもしれない

スタッフたちにも聞こえていたことだったし

盛大に玉砕したとなれば

スキャンダルでもなんでもなく

ただの笑い話、風化して消えていく

アイドルによくある些細な出来事みたいなものになるからだ

そのおかげで

春香のアイドル生命になんの支障も来すことはない

「……………」

最初は

春香の悩む態度もすべて意味はなく

初めから答えが決まっていたという言葉に苛立った

でも、春香がそういうのなら受け入れるしかない

けれども

告白し、断られたというものは

俺たち2人のあいだには残るわけで

やっぱりそれはなんだか気まずいわけで

春香の仕事が終わるよりも早く

車で事務所に帰ろうとしていたことに気づき

「こっちですよ〜! こっち〜!」

戻る頃には春香の仕事も終わっていて

駐車場で大きく手を振る可愛い姿が目に入った

「もう、酷いじゃないですか」

「助手席には乗るな」

「え?」

「後ろに座ってくれ」

当たり前のように春香は助手席に座ろうとし

俺はそれを拒んでしまった

「なんでですか?」

「良いから、後ろに座ってくれ」

「……解りました」

春香は困惑したまま

だけど俺の言うことだからと

後部座席へと乗り換えてくれた

乗り換えてもらった理由

そんなのは、ただ俺が嫌だからっていうわがままでしかない

「次の取材は別に俺はいなくて平気だよな?」

「え? いてくれるんじゃないんですか?」

なんでそんなことを平然と言うんだ

なんで、どうして……解ってくれないんだ

フラれた相手がどれだけナーバスになるかわかってないのか?

「……お前は告白したことあるか?」

「はい? ありますよ。ついさっきプロデューサーさんに」

そういえば、好きって言ってくれたもんな

言い方的に

それが初めてなのか……

「いいか? 相手をフッた場合、一緒に行動するのは危険だぞ」

「そうなんですか?」

「そうなんだ。しかも密室はもっと危険だ」

「例えば、今みたいな状況とか」

「え――っ!?」

車を道路脇に急停車させると

後ろから小さな悲鳴が聞こえた

「あ、危ないじゃないですかぁ」

「春香、襲われるぞ。そんなだと」

座席に頭をぶつけたのか

いたたた....と言いながら頭をさする春香は

そんな言葉に対して理解できないというように首をかしげた

「私が密室で二人きりになる男の人なんてプロデューサーさんくらいですよ?」

「だから言ってるんだ。春香は俺をフッたじゃないか」

「えっ、やだなぁ。私結構頑張って考えたのに」

春香はおかしそうに笑うと

ノートを取り出して何かを書き出し、見せてきた

【お断りします!】

【うまくいくわけないですから……】

【けど、嬉しかったですよ?】

【正直、付き合ってもいいかなって思いました。でも……】

【まぁ、今はアイドル優先したいので、無理です】

【すみません】

それは春香自身の言葉だった

断る際に言った言葉

「これがどうかしたのか? 怒っていいか?」

「怒るって、怒りたいのは私ですよ! もう、解らない人ですね」

春香は怒ってても可愛い

そんな彼女はまったくもう、ここまでしなきゃダメなんて。と

文句を言いながらも書き加え、見せられたノートに書かれていた言葉は

その意味を180度変えてしまっていた

お断りの【お】

うまくいかないの【う】

けど、嬉しかったの【け】

正直、付き合ってもの【し】

まぁ、今はアイドルの【ま】

すみませんの【す】

それらを抜き出してください

という問題のような書き方……でも

既に抜き出してあり、つながる言葉は

「お受けします……?」

「そうですよ!」

「え? でも、お前最初から答えは決まってるって」

「最初ですよ。言葉の最初! そこから答えは決まってるって!」

いや、こんな判りにくいことをされても……



納得いかないという俺に対して

春香は微笑んだ

「日本語って縦書きが主じゃないですか」

「知るか! 振られた言葉を縦書きで書き出すほどメンタル強くないから!」

「えープロデューサーさんなら気づいてくれると思ったのに」

これに気づけるやつは絶対にいないね

超能力者でもない限り

絶対に察する事なんて不可能だね

…………。

「春香」

「はい」

「良いのか? スキャンダルになるぞ?」

「バレなければなんとか。あそこのスタッフさん達にはプロデューサーさんが盛大に玉砕したってことになってるはずですし」

それが狙いでもあり

周りにはフラれたと思わせておきながら

本人には言葉の真意に気づいてもらいちゃんと……というわけか

うん、やっぱり解るわけがないな

「もちろん、事務所のみんなには隠したくないですよ?」

「解ってる……でも良いのか? 本当に。女子高生なんだからまだまだ」

「恋はいつでもできるけど。両思いになれるのはきっと……滅多にありませんから」

それに、と

春香は嬉しそうに笑って続けた

「私はプロデューサーさんが好きなんです。だから、付き合いたいです」

「……春香」

可愛い、優しい、家庭的、ドジっ子、体型だって理想的なもの

そんな春香と……付き合える?

「良いのか? 本当に良いのか? もうガッとやってチュッとやってはぁぁぁぁぁんしても良いのか!?」

「ぇっ……いや、まぁ……」

春香は言葉の意味が解っているらしく

真っ赤な顔で視線を逸らしわずかに頷いた

「プロデューサーさんがしたいなら……えへへっ」

あなただけが使えるテクニックでガッとやってチュッとやってはぁぁぁぁんした結果

取材には盛大に遅刻したことは言うまでもない

終わり
本当はこの半分くらいで終わるはずだったのに

はるかわいい

流石メインヒロイン

12:43│天海春香 
相互RSS
Twitter
更新情報をつぶやきます。
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: