2013年11月06日

モバP「いいお酒が手に入ったので」

P「今度……って……」

 あの人と目が合う。
 やられた。またか。


P「楓さん。……いつも以上にシッポ振り切れてますね」

 そう言ってあの人は苦笑した。

 別に「酒」という言葉に過剰反応してる訳じゃない。
 あの人の言い方に釣られるのだ。
 きっと前世は、性悪ないじめっ子だったに違いない。

楓「Pさん……楽しそうですね」

 釣られた腹いせをぶつけると、あの人の苦笑は堪え笑いに変わった。

P「いや、だってノーディレイで反応してましたもん。……実に見事だな、と」

 そう言ってまたくつくつと笑う。悔しい。
 なにが悔しいって、釣られたことよりあの人の笑う姿が素敵に見えることだ。

 ああ、やっぱり好きなんだな。と。

楓「で? いつにします?」

 あの人は手帳をめくりながら言う。

P「そうだな……この日なら雑誌のインタビューだけだし、夜でどうです?」

 手帳の先、指で示された日付を確認した。意外ときれいな字を書くのね。

楓「わかりました。それじゃ」

 私は、とびきりの笑顔を貼り付ける。

楓「楽しみにしていますね?」

 皮肉たっぷりの笑顔に、あの人は

P「はい。楽しみにしてください」

 と、とびきりのドヤ顔で答えた。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1371785287

むしゃくしゃしたので立てた。後悔はしていない。

・地の文多めです
・書き溜めがほとんどないので、ゆっくり進行です
・ss神を降ろしながら書きますので、しばらくずっとお待ちください(←をい)
 出会いは、さほど劇的なものでもなかった気がする。
 ……いや、居酒屋からアイドル誕生なんて、ちょっとは劇的かも?
 そう。
 あの人とは居酒屋で知り合った。わりとどこにでもありそうな話だ。
 ただ、あの人がプロデューサーだったというだけ。
 焼ホッケが美味しそうだった。ホッケに釣られたのだ。
 なんともリーズナブルな出会いではないか。

楓「ホッケ、美味しそうだな……」

 誰に宛てたわけじゃなし、ひとりつぶやいてると。

P「脂のっててうまいですよ! 大将のお勧めだし!」

 そんな返事がかえってきた。

楓「……え?」

P「だよね! 大将!」

 カウンター越しに、居酒屋の大将と会話している男の人がひとり。
 正直『なんだ? こいつ』と思った。
『誰この人』じゃない。『なんだこいつ』だ。

大将「いいのが入ったからね! あとひとつしかないけど!」

 我ながら釣られやすい体質だな、なんて思いつつ。

楓「じゃあ、最後のひとつ。いいですか?」

 あの人と同じものを注文した。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
楓「あ……おいし……」

 大振りのホッケは身がふっくらして脂がよくのっていた。日本酒がすすむ。
 私は二合徳利をもうひとつ注文した。
 あの人はニコニコしながら、皿の料理を平らげる。

楓「あんまりお酒飲まれないんですね?」

 私は隣のホッケ男に声をかけた。
 なんで声をかけたんだろう? 普段は私から会話を切り出すなんてことしないのに。
 きっとホッケが美味しいせいだ。そうに違いない。
 ホッケ男は「いやあ」なんて頭をかきながら言った。

P「実はお酒弱いんですよね」

 その時、私はきっと微妙な顔をしていただろう。

 居酒屋なのに?
 お酒飲まないなんて?
 ひょっとしてひとり飯?
 さびしさ満喫中?

 失礼極まりないことを考えているところ、ホッケ男は言葉をつないだ。

P「弱いんですけど、飲めなくはないですよ? それに」

楓「それに?」

P「こういう雰囲気、大好きなんですよね」

楓「ああ、なんか分かりますね」

P「賑やかで活気があって。まあ、静かなとこもいいんですけどね」
 はじまりの会話は、とてもありきたりだった。

 あの人の話が止まらない。
 大将と同郷だということ。
 一人暮らしだということ。
 つい何度も食事に来てること。
 裏メニューがあること。

 ……裏メニュー?

楓「よくある、まかない飯、みたいな?」

P「いえいえ、そうじゃなくて」

 どうやら大将と同郷なのをいいことに、だいぶわがままを言っているみたいだ。

P「大将がね? 今度なに食べたいよ? って。そう言ってくれるんで」

大将「いやー、やっぱ後輩は大事にしないとさ」

P「そんな訳で、好意に甘えてるんですよ」

大将「いや、俺も自分の食いたいやつ仕入れてるし。お互い様だ」

P「ありがとうございます、大将」

 ああ、なんかうらやましいな。
 そんなことを思った。

 私もこっちに出てきて、だいぶ経った。一人暮らしも慣れた。
 同郷の友達とは疎遠になってるし、モデル仲間とはつかず離れずの関係。
 仕事にやりがいがあるから続けてるけど、ちょっとさびしいと思うこともある。
 だから、時々こうして飲んでいる。
 なんとなく賑やかな居酒屋にいると、ぼっちじゃないって、思う。
 我ながらさびしんぼぶりを発揮しているな。
大将「こいつ仕事が忙しいから、食うのも不規則だしな」

P「仕方ないですよ。そういう仕事ですし」

大将「ま、俺がかわいい後輩のために、手料理を振舞っているわけだ」

P「メニューにあるものは手料理とか言いません」

楓「失礼ですけど、お仕事はなにを?」

P「ああ! そうでしたね!」

 あの人は、胸ポケットから名刺ケースを取り出した。

P「こういうものです」

 そこにはアイドル事務所の名前と、プロデューサーの肩書き。

P「よかったら、アイドル、やってみませんか?」

 なに言ってんだこいつ?
 私は思考停止した。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
楓「いえいえ。実はですね」

 私も名刺を取り出す。
 自分の所属事務所と名前、そして連絡先。
 私みたいな、いわゆる『マネキン』はセルフプロデュースが基本だ。
 コネの世界なのだ。
 自分という素材を、売り込む。
 些細なつながりでも、仕事を生むなら全力だ。

P「あ! ああ! はいはい。あそこですかー。なるほどなるほど」

 どうやら理解してくれたらしい。
 私は素材。アイドルのお手伝いならできますよ、と。

 ところが。

P「そっかー。なら話は早いな」

 彼はかばんから手帳を出すと、あわててめくりだす。

P「じゃあ、こちらから高垣さんの事務所へ電話します。ちょっと時間ください」

 心の中でガッツポーズ。仕事ゲット!
 そんな打算の斜め上を、あの人は走る。

P「高垣さんのプロデュースできるの、楽しみにしていますね」

 私は再び思考停止した。
 そこから先はあまりよく覚えていない。
 ただ、大将がその場で作ってくれた裏メニューのカレーが美味しかった。
 カレールーを包丁でごりごり切っているのは、少しシュールに見えた。
 中華なべでカレー。しかも15分くらいで。

大将「やっぱりカレーはバー○ントだよな!」

 そう笑いながら出してくれたカレーの味は忘れられない。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

※ とりあえずここまで ※

続きはまた後日。
勢いで書けたら、今日中にもう一回だけアップするかも。

ではでは、よろしければゆっくりお付き合いくださいませ〜

お待たせしました〜

書いてて「こりゃかなり長くなるな」と感じてます
でも完走まで書き切ります

よろしければ、ゆっくりとお付き合いください

では、お昼を食べたあたりで投下します
昼飯届かないorz

では投下します

↓ ↓ ↓
 お互いの自己紹介のあと、Pさんが事務所を案内してくれた。
 多くのアイドルを抱えてる事務所にしては、だいぶちんまりした……、もとい。
 大きくはないが機能的なところに見える。

 そこで一人の女性を紹介された。

P「高垣さん。こちらが事務所の庶務経理を担当してる、千川ちひろさん」

ちひろ「はじめまして。千川と言います」

楓「はじめまして。こちらでお世話になります、高垣と言います。よろしくお願いします」

 千川さんはなかなかにかわいらしい感じで、アイドルと言ってもいい雰囲気があった。

P「ちひろさんはですね。うちのメインブレーンですから」

ちひろ「Pさん? あんまり新人さんにウソ教えないでくださいね?」

P「いやだって、ちひろさんいないとうちの事務所回りませんから。これは事実です」

ちひろ「私はアイドルのみんなやPさんたちのサポートをしているだけです。大げさですよ」

P「そうかなあ? 冷蔵庫にいつも謎ドリンク常備して、みんなを鼓舞してるじゃないですか」

ちひろ「謎ドリンク言わないでください! みんなが喜んでくれるから用意してるだけです」

P「まあ助けられてるのは確かですから、ね?」

ちひろ「そ、それなら……用意した甲斐がありますけど……」

 なるほど。確かにかわいらしい人だ。
 こういう女性がいると、事務所の雰囲気も華やかになるだろうな。
ちひろ「えっと、高垣さん、でしたっけ?」

楓「はい」

ちひろ「Pさんからセクハラ受けたら、真っ先に相談してくださいね!」

楓「は……はあ……」

P「ちひろさん? それはどういう意味かなあ?」

ちひろ「え? 会社のセクハラ相談員ですがなにか?」

P「なんか作為的なものを感じるんですが」

ちひろ「いいえ〜。ごく常識的なお話をしてるだけですよ? 作為なんて、ねえ」

 なかなかパワフルな人だ。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 ひととおり案内を受けたあと、私とPさんは会議室へ。
 前の事務所から引き継いだプロフィールの確認、だそうだ。

P「えーと? 趣味が『温泉めぐり』ですか」

楓「はい。好きですね」

P「それから、『お酒』ですか」

楓「ええ、まあ」

P「なるほどなあ……」

 あの人はなにか含んだように言葉をつむぐ。

楓「あの、なにか?」

P「高垣さんって」

楓「はい?」

P「……『おっさん』ですよね」

 そう言ってあの人は苦笑した。

 失礼な。
 お酒と温泉が好きで、別にいいじゃないか。
『風呂あがりによく冷えたビールがジャスティス!』とか言うわけじゃなし。
 好きだけど。
 確かにおっさんという自覚はなくもない。
 それも私だ。文句があるか。

楓「なにか? 問題でも?」

 たぶん私は、ぴきぴきと青筋立てていただろう。
 でもあの人は。

P「いえ。それがいいんです」

 急に真顔になって、こともなげに言う。
 その表情にどきっとした。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 あの人は語る。

 アイドルは個性のかたまり。
 その人となりを見て、個性を最大限に引き出し、魅力的に見せないといけない。
 それが自分の役割。
 だから、この確認はとても重要なこと。
 現在の自分を確認して、意識を共有して、どこへ進むのか。
 アイドルとプロデューサーは、一心同体なのだ。

 そんなことを熱く、でも訥々と話す。
 なるほど、Pさんは仕事に対して真摯なんだ。
 自分の将来を任せてみてもいい、そんな気にさせられる。
 そして。
 仕事が好きなんだろうな。と。
 そんな印象を持つ。

P「あ。そういうこととは別にですね」

楓「はい?」

P「僕も、温泉大好きなんですよ」

楓「あら」

P「高垣さんとは、いろいろ話が合いそうで、楽しみなんですよ?」

楓「……でも、お酒は弱いんですよね?」

P「いや、そこはそれで」

楓「ふふっ」

P「あはは」

 この人とは、戦友になれそうだ。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
P「ところで高垣さん」

楓「あ。名前でいいです。……なんか苗字で呼ばれるの、慣れてないんで」

P「……じゃあ……楓さん」

楓「はい……」

P「どのあたりによく行かれてました?」

楓「……はい?」

P「いや。温泉ですけど」

楓「あ。ああ。地元にいたときは『龍神温泉』ですかね」

P「また渋いところですね」

楓「よくご存知ですね?」

P「まあ、温泉好きですから」

 感心するやら呆れるやら。本当に温泉好きなんだ。
 龍神温泉は、私の地元では有名なところだ。行きづらいということで。
 でも、元湯の露天で日高川からの風に当たりながら、柔らかなお湯に浸かるのは至高。
 時間の無駄遣いという贅沢なのだ。

P「『忘帰洞』とかは?」

楓「ああ。あんまり」

P「おや」

楓「だって、時間が悪いとすごく狭いんですもん」

P「ああ、なるほど」

楓「風景見えねー! 金返せー! って」

P「ありがちですよね」

楓「ふふっ」

P「あはは」

 お互いに好き勝手。温泉談義に花が咲く。
 仕事以外で話をすることが苦手な私が、こうして会話に溶け込んでいる。
 それが不思議でならない。
 お互いのツボが一緒ということなのだろうか。
 そういうことなら、これほど嬉しいこともない。

 もはや戦友かもしれない。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 ミーティングという雑談に一息ついたところで、あの人が切り出す。

P「そういえば、大将の店にはもう来ないんですか?」

楓「ああ。あの時はたまたまで」

P「一見さんだったんですか」

楓「いろいろなお店を開拓するのが好きなので」

P「大将さびしがってましたよ? 『この前の美人さん、はよつれて来い』って」

楓「いやいやいや。美人とか恐れ多いです……」

P「僕も楽しかったですし。仕事抜きにお会いしたかったんですよ」

楓「あ」

 急に気恥ずかしくなる。

楓「なんか……恥ずかしいです……」

P「あ。……なんか僕こそすいません。これじゃ口説いてるみたいだ……」

 気まずい空気が流れる。

P「で、ですね。よかったら場所を変えて」

楓「は、はあ……」

P「大将のとこ、行きませんか? ちょっとした歓迎会です」

楓「そ、それなら。はい。よろしければ……」

P「ああ、よかった」

 あの人はひどく安心したようなため息を吐き、そして微笑む。
 あ。
 あの時の笑顔だ。

 その笑顔を見て、私はほのかに暖かくなる何かを感じた。
 もっとその笑顔を見たい。
 今ならそう言えるだろう。
 でも、その時はこれで十分だった。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

※ とりあえずここまで ※

やっと昼飯キタ━(゚∀゚)━!

食べながらログ読むので、何かあれば伺います
食った。全く時間がない
ちくせう……

25歳児は、うーん…… がんばります。としか言いようがないです
自分の力量で可愛らしさが書けたら、自分の中では成功です

楓さんは歳相応だけど、かなり無邪気なんだろうな、と
あくまでも自分なりのイメージです

※「ここでいう高垣楓という人物は架空の人物であり(ry」というお約束を書いたほうがいいのかな?

みなさんのイメージでお楽しみください
それがなにより、作者の一番の望みです

夕方にアップできるようなら、また来ます
そうでなければ明日

では、戦場へ戻ります ノシ
お待たせしました〜

続きを投下します

↓ ↓ ↓
 翌日。

 私はレッスンルームに来ている。
 まずは基礎の確認ということらしい。

トレーナー「まずは体力チェックをしますね?」

楓「はい。よろしくお願いします」

トレ「高垣さんはモデルをやってらっしゃったということなので……」

 正直、なめていた。
 モデルは体力勝負の仕事だし、日頃から運動はやっていた。
 普通に動いたり、たとえばダンスであってもそれなりについていけると思ってた。
 しかし、このへばりようはなんだろう。

楓「ふう……はあ……はあ……」

 息をするのもしんどい。
 モデルのときと、使う筋肉が違うのだ。
 これはきつい。地道にレッスンに励まないと追いつかない。

トレ「高垣さん、すごいですね! さすがモデルさんです」

 トレーナーはえらく喜んで、私にスポーツドリンクを手渡してくれた。

楓「そう……ですか? ……はあ……全然……ふう……ついていけない……」

 すっかりライフがゼロの私に、トレーナーさんは言う。

トレ「すごいですよ! だって、初心者メニューじゃなくて上級メニューでしたし」

楓「……え?」

トレ「基礎体力はあるだろうと思って、普段の子達のレッスンと同じレベルにしました」

 トレーナーさんの笑みが怖い。

トレ「これなら、今でも十分にステージこなせるくらいですよ。自信持って!」

 初日から全力とは。
 私の明日はどっちだ。
 午後。
 今度はボイストレーニング。
 歌はカラオケ程度しかやったことがないから、これはかなり興味がある。

ベテトレ「まずは、ピアノに合わせて『お』で歌ってください」

 こんなレッスンは、高校の音楽の授業以来かな。
 校内合唱コンクールでがんばったのも、いい思い出。

 音階がどんどん上がっていく。
 なんとかついていく。結構きついな。

ベテ「はい。おつかれさまです」

 終わったときは、のどに熱を持つような感触が残った。

ベテ「高垣さんの声質は、とても素直できれいですよ」

楓「ありがとうございます」

ベテ「音域も広いので、いい歌い手さんになると思います」

楓「そうなんですか?」

ベテ「3オクターヴ近く出せる人はそれだけで貴重ですよ?」

楓「はあ」

 そう言われても、どうすごいのか全くわからない。

ベテ「やや声量が細いのと、換声点付近がふらつくので、トレーニングは必要ですね」

楓「換声点って、なんですか?」

ベテ「地声から裏声に切り替わるところです。のどの筋肉の使い方が変わるんですよ」

楓「ほー」

ベテ「輪状甲状筋っていう筋肉です。声帯を引っ張る筋肉ですね」

楓「ふむふむ」

 私はただ相槌を打つだけ。専門外だからさっぱりわかってない。

ベテ「歌うには、ダンスと一緒で、専門の筋肉をフル活用しないとならないんですよ?」

楓「それを鍛えていくってことですか?」

ベテ「そうです。ただ使いすぎは筋肉に無理をさせてしまうので、少しずつ」

楓「はい」

ベテ「休養もすごく大事ですよ? 商売道具ですからね?」

楓「ああ。はい。そうですね」

 言われて気づく。
 そうか、アイドルって歌う仕事もあるんだ。
 自分がその立場になるとは、全く思ってなかったけど。
 そもそも、この歳でアイドルって。

 ……いや。
 私よりも先輩の方がいるじゃないか。年齢的に。
 歳は関係ないな。うん。
 彼女たちは、確かに魅力的だ。
 自分がそこを目指せるかはわからないけど。でも。
 こういう仕事に就いたのだ。
 やるからには、全力。
 昔からそうじゃないか。

ベテ「じっくりやっていきましょう。ね?」

楓「はい、お願いします」

 少しはアイドルらしいプロ意識を持てただろうか?


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 レッスンが終わるころに、あの人が現れた。
 朝ここに送ってくれてから、別の現場に行っていたらしい。
 その分刻みのスケジュール管理は、どこから来ているのか。

P「楓さん、お疲れさまでした」

楓「Pさん、ありがとうございます」

P「いえいえ、これが仕事ですから」

 これが仕事。この人は完璧主義なんだろうか。

P「初めてのレッスン、どうでした?」

楓「いや、なんかダメダメですね。正直きついです」

P「そうですか? ベテトレさんなんか『逸材!』って興奮してましたよ?」

楓「うーん。全くそんな感じはなかったんですけど」

P「そりゃレッスン生の前でキラキラ目を輝かせることはないでしょ」

 まあ、そりゃそうか。
 レッスン中はクールに。基本なんだろうな。

P「トレーナーさんも、基礎力は出来上がってるって言ってましたし」

楓「はあ」

P「要するに『即戦力』のお墨付きをいただいたわけです」

 即戦力。
 まだやってきたばかりのルーキーに即戦力とは、いかがなものか。
 でも、期待されていることはわかった。
 応えられるかどうかは、わからないけど。
 努力はしよう。

P「あ、そうそう」

楓「はい?」

 帰りの車で、あの人が言う。

P「今晩は、晩酌禁止ですよ?」

 ちっ。ばれたか。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 しばらく経って。

 私のポートレートを撮ることになった。
 いわゆる『宣伝スチル』というやつ。
 前の職場でもやっていた。飽きるほど。
 もっとも、それがメインの仕事だから、スチル撮影になんの感慨もない。
 ただ。

楓「これ、着るんですか……」

 フリフリの衣装とか。
 ヒラヒラのドレスとか。

 うわあ。
 アイドルという仕事に就く以上、これは避けられないと思っていたけど。

楓「なかなか、きついなあ」

 そうぼやく。

P「楓さんのイメージを作っていくためのものです。いろいろ試しましょう」

 あの人はこともなげに言う。

 マネキンだったときは衣装がメインだったし、なりきることもできた。
 でも。
 今度は自分がメイン、ときたもんだ。
 どうしていいかわからない。
 衣装さんとメイクさんのおもちゃにされながら、撮影をこなしていく。

 ただ、着せ替え人形をしていくうちに、だんだんハイになっていく。
 よっしゃ。どんどんもってこーい。
カメラマン「楓さーん。こっちに視線くださーい」

 パシャパシャと響くシャッター音。
 うん、久々だ。この感じ。
 自分が衣装と同化していく。

カメ「今度は笑顔でお願いしますー」

 私はモデル笑いを貼り付ける。
 パシャ。
 パシャ。

 撮影は進む。

アシ「はーい。休憩取りまーす」

 控室に戻ると、あの人が硬い表情をしている。

楓「Pさん、どうしました?」

P「あの、ですね……」

 ちょっと逡巡したあと、あの人が言う。

P「あの笑顔、やめましょ?」

楓「はい?」

P「あなたはマネキンじゃない。アイドルですから」

楓「はあ」

P「笑顔に魂、込めましょうよ。愛想笑いはいらない」

 きっぱり切り捨てた。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
P「楓さん」

楓「はい……」

P「ここにいるみんなは、たぶん楓さんのイメージを『神秘的』って見てます」

楓「はい……」

 自分のイメージなんて、わからない。
 イメージを隠すことばかりしてきたのだ。
 いまさら言われても、どうしたらいいのか。

P「でも、僕は違うと思ってます」

P「僕は、楓さんがおっさんで、そしてとても明るいことを知ってます」

P「それでいいじゃないですか。ギャップですよ」

P「そのギャップが、楓さんの魅力です。間違いない」

P「大将の店で笑いあった、あの楓さんが必要なんです」

 一呼吸おいて、言葉をつなげる。

P「さあ。行きましょう。……一発かましましょう」

 なにをどうするのかわからないまま、スタジオへ向かう。

 撮影を続ける。
 パシャ。
 パシャ。

 その時。

P「楓さんの! 一発ネタを! 見てみたいー!」

 突然あの人が叫ぶ。驚くスタッフ。
 そして私。

P「さあ! 楓さんが! 渾身のギャグを! 見せ付ける!」

P「さあさあ! お楽しみ! お楽しみ!」

楓「え? え?」

 あわてる私に、あの人は。

『お』『や』『ぢ』

 と、声に出さず言った。

 ストンと心に落ちた。
 よっしゃ、かましてやろうじゃないか。

楓「えーと……」

 息をのむスタッフ。

楓「このドレス……」

楓「どーれす?……」

 ぷっ。
 くくっ。
 あはは。
 あははははははは!!

 噴き出すスタッフさん。
 つられて、私も。

楓「ふふっ……ふふふっ……」

楓「あははは!!」

 泪目になって笑う。

カメ「おお! ひひっ! それ! ぶふっ! 最高!」

 あわててシャッターを切る。
 パシャ。
 パシャ。

 笑顔あふれる撮影になった。

 私はやりきった。
 なんか、あの人に踊らされた気がするけど。
 オヤジギャグの達人と言われようと、後悔はしていない。

 ふふっ。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

※ とりあえずここまで ※

今日はもう一回アップするのは難しいかも

仕事増えるな!ナムナム

飯食ってきます
カップめんうめぇorz

ほかの作者さんのSSと比べて、進みがめっちゃ遅いので
これでいいのか?と心配になります

まあ、現状こういうペースでしか書けないので
気長に見ていただければ

一応、また明日と言っておきます

ノシ
こんにちは

書いてるテキストが3000行、70kBになりそうな勢いです
どこまでいくんだおい

投下します

↓ ↓ ↓

 発売日当日。ストアライブを三件抱えている。
 事前にCD予約数とダウンロード予約数の情報は知らされていた。
 想定よりかなり上回る数とのこと。
 あの人は言う。

P「ギャンブルスタートに成功しましたね」

 でも、あの人は緊張を解かない。
 事前の情報統制で、かなりの金額を投資したと聞いている。
 コストパフォーマンスが悪いのだ。

P「ここからは王道です。話題性だけでは長く持ちません」

楓「そうですか。……まあ、そうでしょうね」

 一過性のヒットでは、費用対効果が出ない。
 私たちは商品なのだ。
 大きく、長く、売り続ける。
 意識を持って売り込む。それがプロとしての矜持。
 そう理解している。

P「楓さんの売りはなんだと、自分で思いますか?」

楓「え? そうですね……」

 しばし、考える。

楓「ギャップ、ですか?」

P「もちろん、それもひとつですけどね」

P「アイドルとして言うなら、正統派」

楓「正統派?」

P「はい。歌唱力重視の正統派アイドルです」


P「まず見た目。神秘性を持った直球美人、これは素直に売りです」

P「次にバラエティー。これはちょっと難しいかな。個人的には楓さんのギャグ、好きですけどね」

 いや、いつもいつもそんなネタ考えてるわけじゃないですから。
 私をなんだと思ってるんですか。おっさんですかそうですか。

P「それから演技力。今の神秘性だけでは、正直頭打ちになりますね」

P「これは時間をかけて方向を模索しましょう」

P「で、最後。歌唱力」

楓「はい」

P「これは抜きんでています。一押しです」

P「楓さんの年齢を考えると、踊りやバラエティーで魅せるというのはもう遅い。これは仕方ないことです」

P「それを大きく上回る歌唱力。ここに今はリソースを集中しましょう」

 なるほど。PさんはPさんなりに長く売る方法を考えている、と。
 でも、やっぱり。
 歳のこと言われるのはきついなあ。

楓「なかなか、容赦なく言ってくれますね?」

P「オブラートに包んでも、仕方ないでしょう?」

楓「ふふっ。そうですよね」

 こういう人だから惹かれるのだ。
 最初は引っ張ってくれていた。今は。
 隣に並んで、一緒に歩いてる。
 昔から知っているかのように。

 私も、欲張りだなあ。
 隣にいれば、手を触れたいとか思ったり。

 手、かあ。あの人の手、大きいよね。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


司会「さっそくお呼びしましょう。高垣楓さんです!」

 ストアライブのスタート。
 私はステージに立つ。目の前には大勢のお客さん。
 狭い店内が熱気に包まれている。

楓「皆さん、はじめまして。高垣楓です。よろしくお願いします」

 今まで何度も言ったはずの『はじめまして』。私はその意味を知っている。
 一期一会。
 目の前の人たちと私は、文字どおり初対面。でも。
 この人たちは何度も、媒体を通して私を知っている。はじめてであってはじめてじゃない。
 だから、『はじめまして』に、魂を込める。

 飛び交う声援と携帯のシャッター音。
 司会の女性とトークを交わす。
 台本に書かれたルーチンワーク。でもそのひとつひとつに、自分の心を織り込んでいく。

『私を、よく知ってください』

 やがて、歌の時間。カラオケの伴奏が鳴る。
 緑のステージ衣装に、そっと手を触れる。よし。
 私は歌いだす。そして。

 鳴り止まない拍手、そして歓声。
 ああ。
 これは、いいなあ。
 私のこれまでは、恵まれたスタッフさんたちと、中での仕事。
 直にお客さんの反応を受けたわけじゃない。
 今こうして、自分のやっていることがストレートに受け入れられていく。

 アイドルというのも、いいものでしょ?
 あの人がかつて言ったセリフを思い出す。
 そうですね、ものすごく。
 いいものですね。

 でも、あの人には責任を取ってもらわないといけませんね。
 ふふっ。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 三件目。
 これまでで一番大きい会場だ。
 お客さんの数もかなり多い。でも不思議と緊張しない。
 むしろ、多くのお客さんと接することがうれしい。

P「じゃあここは。打ち合わせどおりに」

楓「わかりました」

 私は今日最後のステージへ上がる。

 歌い終わる。拍手と歓声。
 今日こうしてお客さんの反応に直接触れられたのは、私にとって新鮮なことだ。
 感謝。

司会「本日はどうもありがとうございました」

楓「あ、少し」

司会「はい?」

楓「今日来てくださった皆さんへ。本当にありがとうございます」

楓「こうしてデビューしたての新人へ、声援をいただけて、とてもうれしいです」

楓「ここで、いらした皆さんへ感謝の気持ちを込めて、プレゼントを送ります」

 そう言って、私はマイクを下ろした。
 しんと静まり返る会場。

   Amazing Grace, how sweet the sound
   That saved a wretch like me
   I once was lost but now am found
   Was blind but now I see

 私はアカペラで歌いだす。


P「楓さんには、もう一曲。練習してほしいんです」

楓「もう一曲?」

P「はい。誰かのカヴァーでいいです」

 あの人が出したオーダー。
 プロモート用に一曲用意しておけ。
 そう言われたのは、4月のあたま。発売日にサプライズを仕掛けましょう、と。

楓「なんでもいいんですか?」

P「よほどひどい選曲じゃなければ。信頼してますから」

楓「ど演歌とかでも?」

P「あ、それはやめてください」

 あの人とふたり、笑いあう。

 歌で勝負すると決めた。だから、持ち歌以外の勝負曲が欲しいと。
 そして。
 カラオケなし。完全アカペラで、と注文までついて。

 そのオーダーに応えたのが、この曲だった。
 私が好きな曲。
 そして、私が今実感している曲。

 私は、あの人に救われた。だから、私は歌う。
 人をたたえる歌を。

   Than when we've first begun――

 歌い終える。しばしの静寂。
 拍手。
 拍手、鳴り止まず。

 私のデビュー初日は、こうして終了した。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

長くはなりますけど、落としどころは決めてます
がんばります

ではまた ノシ
ちょっとだけ投下

↓ ↓ ↓

『俺たちの楓さんマジスゲェと思ってたがそれを遥かに超えていた。何を言ってるか……』

 ツイッターにライブの画像が上がっていた。動画も。
 スマホで撮られていたようだ。

P「これ、スタッフ説教ものですけどね」

 あの人と苦笑い。
 たとえストアライブであっても、無断録画や録音はあらかじめチェックしなければいけない。
 それを怠ったと言われても仕方のないことだ。

 リプライの数が増えていく。リツイートも。
 私の『アメージング・グレース』が拡大していく。

P「まあ、怪我の功名ですかね」

楓「うそばっかり」

 そう。
 こうなることをあらかじめ予測してのサプライズだった。
 やらせと言われそうな微妙なラインだが、拡散すればこっちのものだ。
 もちろんやらせではないけど、たとえそう言われようがこっちはデビューしたての新人だ。
 それすらも売りの力にする。名前を覚えてもらうことが先。

 そういうことでは、この拡がりは計画どおり。
『I did it!』ということだ。

楓「なかなかあざといですね?」

P「いいえ? 古典的なやり方ですよ。そう何度もできませんけど」

 ネットのチェックを行い、私たちは次の営業先へ向かった。

 ただひたすらに営業の毎日。
 笑顔と足で稼ぐ、簡単なお仕事。
 うそ。
 労力を惜しまず全力で行う、ハイパワーなお仕事。
 そして。

 チャートランキング。
 オリコン、ウィークリートップ10入り。
 ビルボードジャパン、ウィークリートップ10入り。
 私たちの努力は、スタートで結実した。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 6月。私たちは『はやぶさ』のグリーン車にいる。

 およそ二ヶ月の全力疾走の結果、私の立ち位置は確保された。
『神秘の歌姫』
 なんとまあ直球ど真ん中なお名前。
 とても光栄なことである。

 忙しさが落ち着いてきたころ、社長が休みをくれた。
 いや。
 あの人が休みを勝ち取ってきた、のだろう。

 ようやくのオフ。私とあの人は北へ向かった。
 約束が果たされる。

楓「なんで、青森なんです?」

P「いや、自分が知ってるところのほうがね、案内できますし」

楓「まあ、そうですね」

P「それに楓さん。営業以外でこうして東北とか、今まで縁がなさそうですから」

楓「ああ、それはありますね」

 営業で来ることはあっても、ほとんどとんぼ返りだし。
 ゆっくりご当地めぐりなんて、望めそうもない。

P「ですから、企画しました」

楓「そうですか。ふふっ」

 あの人なりの配慮。

楓「では、よろしくお願いしますね? ツアコンさん?」

 私たちは、朝ごはんに用意した『深川めし』のふたを開いた。
 お酒? そんな当たり前のことは訊かないでいただきたい。
 ビールで我慢しました、はい。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

温泉行きたいなあ

ではまた明日 ノシ
絵的に想像できる書き方を探ってます
実際マンガで見せられたらいいんでしょうけど、そんな画力は元からない

描ける人がうらやましい。描いてくれないかなあ

次回は温泉回。になるといいな
こんにちは
南部杜氏のお酒は出ます(たぶん)。石鳥谷には行きません
これでわかります?

投下します

↓ ↓ ↓

 新青森駅でレンタカーを借りる。
 まずは青森市内へ。

P「実はですね」

楓「はい」

P「青森市内は、あまりよく知らないんですよ」

楓「あらまあ」

P「学生時代に、弘前に友人がいたので、そっちは何度も行ってるんですけど」

P「車だと微妙に遠いんですよね」

P「それにもうすぐお昼ですから、アスパムあたりで食事にしましょう」

 言われてもぴんとこない。はじめてのところだし。

楓「ツアコンさんにお任せですから」

P「なんか、頼りなくてすいません」

楓「ほら」

P「え?」

楓「すいません、って」

P「ああ、はは……」

 ほどなく市街地へ。
 港に集まっている青森の街はコンパクトに見える。
 アスパムの展望台から見る陸奥湾の広がりは、とても印象的。

P「そうそう。今日の宿泊はあっちです」

 あの人の示す方向。本当なら八甲田の山なみが一望できるはずなのだが。
 あいにくの曇り空で、その眺望の堪能できない。

楓「浅虫じゃないんですか」

P「個人的に湯治してた宿に行きます」

楓「まあ、湯治ですか」

P「ええ、好きですからね」

 Pさんの温泉好きは筋金入りらしい。


P「たぶん、楓さんの好みに合うと思いますよ?」

楓「そうですか、ふふっ」

 それを楽しみに来ているのだ。私のハードルは高いですよ?
 お昼は中の飲食店で。じゃっぱ汁がおいしい。

楓「なんか、ほっとする味ですね」

P「こういう素朴なのって、いいですよね」

楓「お酒も頼んでいいですか?」

 いや、頼みましょう。わくわく。

P「あははは。夜まで待ってください」

 ええ? がっくり。

P「その分、いいの用意しておきますから」

 わかりました。私のハードルはもっと上がりましたよ?
 あの人は、物産店でなにか物色してたようだ。私もお土産買おうかな。
 ちひろさんにはなにがいいかな。まあ無難にお菓子かな。
 事務所のみんなで分け合えるし。

楓「あ、Pさん。琥珀ですよ」

P「おお。ほんとだ」

 久慈の琥珀。有名だけど、やっぱり。

楓「お高いんでしょう?」

P「お高いですね……」

 うん、私には手が出ない。この桁はなんだ。

楓「でも、琥珀を見ると」

P「はい?」

楓「中に虫がいないか、探しちゃったりしません?」

P「あはは。やりますねえ」

 そう。虫入りは高い。
 やたら俗っぽいとは思うけど、小市民だから許してほしい。

楓「このくらいぽんとキャッシュで買えるように、なりますかねえ……」

P「もちろん。それは保障します」

 そっか。
 Pさんが保障してくれるなら安心だ。

 まだ時間に余裕があるので、あちこち散策する。
 八甲田丸や、ワ・ラッセ。青森ベイブリッジの下で、休憩したり。
 なんとなく、デートみたいな気分。
 我ながら単純な女だなあとは思うけど、うれしいのだから仕方ない。

楓「Pさん?」

P「はい?」

楓「これ、デートですよね?」

P「ああ」

 あの人が空を見上げる。

P「うん。デートですね」

 空は鈍色。でも私の気持ちは。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 八甲田へ近づくにつれ、あたり一面もやが濃くなってきた。

P「ちょっと途中で休憩しましょう」

 雪中行軍像。ほう。
 歴史のお話程度のことしか知らない。
 あの人は大きな銅像に向かって「後藤伍長!」とか叫んでたけど。
 いや、あなたいくつですか。

 やや肌寒い空気のなか、暖かいお茶をすするふたり。

P「もうすぐ目的地です。なかなかひなびてていいと思いますよ」

楓「楽しみですね」

P「あ、露天はないですよ?」

楓「あら、それは残念」

 うそ。ちっとも残念なんかじゃない。
 お風呂がよければ露天の有無は関係ない。
 満足いくお湯と、おいしいもの、そして時間。
 これがあればいい。
 茶屋で多少つまみを仕入れて、いざ目的地へ。

 走ることしばらく。

P「ほら、やってきましたよ」

 見えてきたのは、山小屋のようなひなびた木造の宿。
 谷地温泉。目的地はここだった。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

まだ風呂に入れないとか。楓さん(´・ω・)カワイソス

ではまた ノシ
投下します

↓ ↓ ↓

 車を降りると、すぐにわかるほどの硫黄の香り。落ち着く。
 ひなびた一軒宿というのもポイントが高い。

楓「Pさん」

P「はい」

楓「いいところですね」

P「でしょう?」

 さすが温泉通。好みを的確についてくる。
 受付で宿泊手続きを済ませ、部屋に案内される。
 廊下の天井が低い。頭をぶつけそうなくらい。
 実際そんなことはないけど。
 急な階段をのぼって、2階へと通された。

楓「……」

P「……」

 うなぎの寝床のような長い間取り。
 実に、なんと言うか。
 見事になにもない。

 扉を開ければ、すぐに畳部屋。たたきすらない。
 靴は部屋の中にあるトレーへ。
 ドアの鍵すら、簡単なもの。
 これは本当に山小屋だ。

楓「Pさん」

P「……はい」

 私は、サムズアップを決める。

楓「グッジョブです」

 テレビすら古くて、映るかどうか怪しい。
 実に潔いじゃないか。
 風呂に浸かってのんびりしやがれコノヤロウという姿勢。
 大好物だ。

 私の反応に安心したのか、あの人も。

P「この何もなさが、いいんですよ」

P「湯治にもってこいなんです」

 いい笑顔で答えた。


P「夕食まで多少時間があるので、お風呂に行きましょうか」

 あの人の部屋はとなり。壁の薄さは気になるけど。
 ま。いい歳したふたりだし。分別はあるさ。

楓「いいですね。じゃあ準備をするので、できたら声かけますね」

P「了解です」

 あの人は部屋へ戻る。

 クローゼットらしきものを開けると、温泉浴衣が用意されていた。
 硫黄の香りがうつるからなあ。
 私はためらうことなく、浴衣へ着替える。
 タオルとクレンジング、ヘアバンドを用意して。
 あ、バスタオルも忘れずに。

 ひととおり用意できたところで、あの人と合流。
 Pさんも浴衣に着替えていた。

 お風呂は別棟になっている。男女の入り口は別。
 おや、残念でしたねPさん。

P「中のお風呂はぬるいので、ゆっくり浸かってくださいね」

楓「そうですか。わかりました」

 廊下でPさんと分かれ、脱衣所へ。
 ガタガタきしむ扉がまたいい。
 浴衣を脱ぎ浴室へ。
 木で囲われた浴槽がふたつ。白く濁ったお風呂と、透明なお風呂。
 へえ、透明なほうが源泉なのか。手をつけてみると確かにぬるい、というよりちょっと冷たい。
 壁に書かれている入浴方法を見ると。

『ぬる湯に30分、上がり湯にあつい湯5分』

 なるほど。白いほうが上がり湯なのか。確かに触れるとちょっとぴりっとする。
 ざああ。ざああ。
 かけ湯をして、いざぬる湯へ。


楓「……くぅ……ふぁ……ふぁぁ」

 最初は冷たいかと思ったけど、慣れると気持ちいい。
 ああ、これはやみつきになりそうだ。いくらでも入っていられそう。
 足元からぽこぽこと泡が出てくる。自噴ということのか。
 窓に一応時計がかかっているけど、そんなの見てられるか。
 もうこのまま、溶けてしまいたい。
 私は、長湯を決め込んだ。

 クレンジングで化粧を落とし、洗顔もする。
 石鹸はあったものの、全然泡が立たない。硫黄泉だもの、仕方ない。
 それでも、備え付けのボディーソープをなんとか泡立てて体を洗う。
 そしてまた、入浴。もちろんぬる湯。
 もうすぐ一時間かな。時計を見る。

 これは湯治したくなる気持ちもわかる。時間の進みがゆっくりなのだ。
 このお風呂に浸かっていれば、ほんとに時間なんか気にしなくなる。
 今まで時間に追われていた生活だもの。忙しいことはありがたいのだけど。
 たまに逃避したくなる。
 あの人は、どう思ってるのかな。

 日帰り入浴だけのお客さんもいるようで、声をかけられた。
 私のことを知ってくれていたらしい。うれしい。
 年配の方にまで知られているのは、とてもありがたいことだ。
 いろんなことを根掘り葉掘り訊かれるかと思ったけど、そうでもなかった。
 ちょっと世間話をして、まただんまり。
 みんな湯に浸かりにきたのだ。余計な話はいらない。
 お客さんも少ないみたいで、私は自分だけの空間を堪能する。

 気がつけば、1時間半も入っていた。あの人を待たせてしまったかな。
 上がり湯で体を温めて、身支度。
 あの人は廊下で待っていた。

楓「ごめんなさい。お待たせしました」

P「いえ、気にしないでください。私も今まで入ってました」

 そう言って私の手を握る。うわ、恥ずかしい。
 確かに手のぬくもりを感じられて、安心する。
 いやいや、そうじゃなくて。

 なんで私は混乱しているのだ。落ち着け、私。

P「もうすぐ夕食です。部屋に一度戻りましょうか」

楓「え、ええ。そうですね……」

 私の顔は、赤くなったまま。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夕食は食堂でとる。テーブルに部屋番号が書かれていた。

P「あ、お酒はいらないので。その代わり、コップをふたつ」

 え。お酒を頼まないですと?

P「いや、楓さんのために用意しておきましたから」

 あの人は包みから四号瓶を取り出した。『田酒』と書かれたラベル。

P「地元青森のお酒です。物産店にあったので」

P「それに、もうすぐ楓さんの誕生日ですから」

 特別に用意してくれたお酒。それだけでうれしくなる。
 誕生日かあ。モデル仲間にお祝いされたりしてたけど。
 こうしてゆっくりお祝いも、いいな。

楓「うわあ。ありがとうございます」

P「まあ、コップ酒で申し訳ないですけどね」

 あの人はビールグラスをチンチンと鳴らす。
 いいんです。いいお酒が呑めるなら。
 おやじスタイル結構じゃないですか。ガード下でもいけますぜ、旦那。
 とくとくとく。
 お酒を注ぐ。果実のようなさわやかな香りがする。

P「それじゃあ、少し早いですけど。お誕生日おめでとうございます」

楓「はい。ありがとうございます」

 かちん。
 口に含んだお酒はほんのり甘く、のどの奥にすっと消えていく。


楓「すっきりしていいですね、これ」

P「弘前の友人が遊びに来るとき、必ず持って来まして」

P「とは言っても、ほとんどそいつが呑んじゃうんですけどね」

楓「いいなあ。うらやましいなあ」

P「ま、今はどうしてるやら。連絡とってないので」

楓「あらもったいない」

P「勤務医で忙しそうですからね。転勤もあるそうですし」

楓「そうでしたか」

P「縁が切れてるわけじゃないので、またそのうちつるむでしょう。ははは」

 そんな話をしている間に、料理が運ばれてきた。

 イワナの刺身、塩焼き、きりたんぽ鍋。
 お酒をゆっくり味わいながら、舌鼓。イワナの刺身が淡白でありながら、身がしまっておいしい。
 鍋もいい味付けだ。

楓「なんか、ゆっくりしていていいですね」

P「ええ。ここで料理を食べるのもしばらくぶりで」

楓「そうなんですか?」

P「湯治のときは、自炊でしたから」

 ああ、そうなんですか。
 湯治と自炊は切っても切り離せないような関係かも。
 長湯治は自炊でもしないと、お財布にやさしくないですしね。

楓「一度、Pさんの手料理もいただきたいものですねえ」

P「いやいや、男の料理なんてアバウトですから」

楓「いいえ? 男性のほうが凝り性だって聞きますよ?」

P「そうですかねえ」

 そうですとも。男性料理人の多さをごらんなさい。
 女性は毎日のメニューを考えるのに四苦八苦ですから。
 まあ、料理に対して立ち位置が違いますからね。

 窓を開ければ沢のせせらぎ。
 私は至福の時間を堪能している。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

楓さんがどう入ったかって? タオル巻きしてるわけないじゃないですか
もちろんすっぽんぽん。硫黄泉にタオルつけたらボロボロになりまっせ
そこまでひどくはないですけど

今は経営者が変わってしまったらしいので、谷地温泉でこういう食事は出ない模様

ではまた来週 ノシ
>>202 誤字訂正

4行目 ×「自噴ということのか」 → ○「自噴ということなのか」

25行目 ×「1時間半」 → ○「一時間半」

数字には気をつけてるつもりですけど、ぽろぽろ間違いありますね
ちょっとだけ投下します

↓ ↓ ↓

P「落ち着きましたか?」

 ひとしきり泣いて。
 その間あの人は、ただあてもなく車を走らせていた。

楓「部屋へ」

P「え?」

楓「Pさんの、部屋へ。連れて行ってください」

P「……いったいどうしたんで」

楓「お願いです」

 あの人の言葉をさえぎって、私は言った。
 最上級のわがままを。

P「……まったく」

 あの人が呆れたように言う。

P「お泊りとか言うのは、なしですよ?」

 あの人はどう思っただろう。それはわからない。
 でも。

楓「安心したいんです」

楓「Pさんが近くにいることが、感じられるように」

 弁えているからこそ、プライベート空間には侵入しない。
 暗黙の了解だ。
 でも、もう限界。
 ねんごろになろうが、それを自分で望んでいる。
 あの人は黙ったまま、車をすべらせた。

 事務所にほど近いマンション。あの人の部屋。
 中は整然としていて、驚くほど生活臭を感じさせない。

P「ほとんど寝に帰ってくるようなもんですからね」

 苦笑いしながらあの人が言う。

楓「いえ、男の人の部屋って感じがしなかったので」

P「僕がそんな甲斐性もちに見えますか?」

 お互いに見つめあい、噴き出す。

楓「ふふふっ」

P「ははっ。楓さんは失礼な人だなあ」


 改めてリビングを見ると。
 アップライトのピアノにエレクトーン、それから。

楓「あれ、ヴァイオリンケースですか」

P「ええ」

 あの人が手に取る。

P「きちんとメンテしてないと、すぐすねちゃいますから」

 その言い草がおかしい。

楓「手のかかるパートナーですね?」

P「楓さんには負けます」

楓「あら」

 そんなに手がかかりますか? 私。
 まあ。
 部屋へ連れ込めと言ってる女じゃ、手がかかるよなあ。

P「でも、そこも好きですよ」

 Pさんはたらしだ。
 ええ、そうですとも。

楓「そうやって女性を口説くんですね?」

P「口説くのは楓さんだけで十分です」

楓「ふふっ」

P「ははは」

 好きな人の部屋でふたりきり。襲ってください的なシチュエーション満載だけど。
 でも、あの人のことだ。
 きっと襲わない。

楓「聴かせてください」

P「曲、ですか?」

楓「ええ、一曲」

楓「そしたら、安心して帰れそうです」

P「なにか、リクエストあります?」

楓「いえ、お任せします」


 私のためのコンサート。もちろんお客は私だけ。
 あの人はチューニングを整え、構えた。

 あ。聞き覚えのある曲。
 なんだろう。
 すごく心に入り込んでくる。

 あっという間の時間。私はただ音に身をゆだねた。

楓「夜分に演奏させてしまって、ごめんなさい」

P「いえ、一応防音のしっかりしたところですから」

P「じゃないと、練習なんてできません」

楓「なんて曲ですか?」

P「エルガーの『愛のあいさつ』」

P「聞き覚えのある曲でしょう?」

 うん、よく知ってる曲だ。

楓「すてきな曲ですね」

P「……実はですね」

P「これ、エルガーが婚約者に贈った曲なんです」

 あの人はそう言って照れた。

楓「まあ」

P「お気に召しました?」

 ええ。もちろん。

楓「大満足です」

 あの人の気持ちに。
 私は感謝した。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

自分で書いててなんですけど……

このヘタレPめ(確信)

では ノシ
投下します

↓ ↓ ↓

 12月。サードシングルとファーストアルバムの発売。
 デイリーとウィークリーチャートで一位を獲得した。
 その余勢のままに、ツアーがスタートする。

 12月から2月までの3ヶ月。全国八ヶ所をめぐるツアー。
 会場も2000人規模のホールだ。

楓「さすがに、大きいですね」

 初日。私は緊張を隠せない。

P「なに言ってるんですか。僕のほうが緊張しまくりですよ」

P「楓さんのせいですからね」

楓「私のライヴですもん。このくらいいいですよね?」

 となりのあの人の手には、愛器のヴァイオリン。
 そう。
 私はあの人を巻き込んだのだ。

 ツアーの企画会議で、私がもらした一言。

楓「Pさんが一緒にいたら、歌いやすいかなあ……」

 なにげなくつぶやいただけなのに、作曲家の先生が食いついた。

作「ですね! 今回は俺を含めて気心の知れたメンバーだし」

作「先輩の頼みなら、断る道理はないよなあ? Pくん」

 その一言で、あの人は固まった。

P「な、なに言ってんですか! 僕は裏方ですし」

作「いやあ。ステージにストリングスがあると違うんだよねえ」

P「……ああ、先輩にステージ監修お願いするんじゃなかった」

 Pさんは頭を抱えている。


P「さすがに事務所の仕事放り出して、先輩たちにお付き合いはできませんよ?」

作「そこは事務所の社長さんに話を通しておくさ」

作「それより、ちひろさんに話をしたほうがいいか?」

P「……いや、それだけは勘弁してくださいマジ頼みます」

 あの人はちひろさんに弱みでも握られてるのかな。
 今度ちひろさんに訊いてみよう。

 結局言いくるめられ、あの人はツアーバンドへ参加することになった。
 ツアー概要が事務所のボードに貼られ、それを見たアイドルたちが大騒ぎしたのは余談。

楓「私もここまで反響が大きくなるなんて、びっくりしました」

楓「でも」

P「でも?」

楓「私、Pさんのはじめてに、なれました」

楓「Pさんの初ライヴ。初お披露目」

 初プロデュースは叶わなかったけど、初演奏に立ち会える。

楓「うれしいんです。すごく」

P「僕はあんまりうれしくないですけどね」

楓「あら?」

P「でも楓さんの表情を見たら、これもいいかも、なんて」

P「思いました」

楓「ふふっ」

P「お付き合いしましょう? 僕もプロだ」

P「みんなをあっと言わせましょう」

楓「ええ」

 開演5分前のベル。
 さあ、行こう。ファンの待つ場所へ。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 12月に二ヶ所、1月に三ヶ所、2月に三ヶ所。
 ようやく前半二ヶ所を終える。

 ツアーの忙しさにかまけたばかりに、恋人たちのクリスマスは忘却のかなたに去ってしまった。
 致し方ない。特番でテレビ出演もあったし。
 フェスティバルの表彰も待っている。最優秀新人賞を取ったのだ。
 年末までは、お仕事に励む。

社長「まずはおめでとう。がんばった甲斐があったね」

 社長がねぎらってくれる。
 表彰式のあと、ささやかながらとお祝いの会を開いてくれた。

 社長は、事務所近くのイタリアンレストランを貸切にしていた。
 都合のつく人たちと、ビュッフェ形式のパーティー。
 年末年始は事務所にとっても稼ぎ時だし、そうそうスケジュールをあわせられるはずがない。
 でも、うまく時間の取れたアイドルの子たちは来てくれた。

 その中に、彼女がいた。
 渋谷凛。

凛「高垣さん、おめでとうございます」

楓「ありがとう、凛ちゃん」

楓「それと。楓でいいですよ」

 凛ちゃんはうなずく。

凛「楓さん。びっくりしましたよ」

凛「どうやってPさんを引きずり出したんです?」

 その言い方には鋭い棘がある。
 私は覚悟しながら、慎重に話を進める。

楓「たまたま、作曲の先生とPさんが同じ学校だったそうですよ?」

楓「先生たっての希望でしたから」

 うそは言ってない。事実そのとおりなのだ。

凛「そうなんですか」

凛「私たちのプロデュースをしてくれた間、自分がプレイヤーだったってこと」

凛「一言も言ってくれませんでしたから」

 凛ちゃんは眼をふせる。


楓「そう、でしたか」

凛「ええ、だから」

 彼女は一呼吸待って、口にする。

凛「貴女がうらやましくて、仕方がありません」

 ずきん。
 彼女の瞳と言葉はストレートだ。
 嫉妬の想いを隠そうともしない。

 負けるわけにはいかない。

楓「ありがとう」

楓「たまたまご縁があったから、Pさんに協力してもらったので」

楓「大事にしないといけませんね」

 迂遠なやり取りを、彼女はストレートに理解することはないだろう。

凛「私たちも、Pさんにプロデュースしていただいて」

凛「ここまで成長できました」

凛「かけがえのない縁だと思ってます」

 そして。彼女は。

凛「楓さん」

凛「Pさんを、返してください」


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 彼女は、常にまっすぐだ。
 その強い想いを感じると同時に、私は怒りをおぼえた。

 あの人は、ものじゃない。
 返せなんて簡単に言うな。
 Pさんは、貴女のペットでもなんでもないのだ。

楓「凛ちゃん」

 彼女はなにも言わず、ただじっと見つめている。

楓「その言葉、Pさんの前で言える?」

 私の放った言葉に、彼女は目をそらす。

楓「私は、貴女がうらやましいの」

楓「Pさんと一緒に作り上げてきた今の貴女たちが、とてもまぶしい」

楓「とてもいい関係だったんだなって、わかります」

 自分の言葉にも棘がある。でも自重はしない。

楓「だから、Pさんをぞんざいにするようなことは、言わないで欲しい」

楓「Pさんはいつだって全力なの、凛ちゃんはよくわかってるでしょ?」

 彼女はなにも言わない。

加蓮「あー! 凛! なにやってんの!」

 加蓮ちゃんが私たちの間に割って入る。

加蓮「スタッフの人たちに料理運ばないとならないんだから、ちょっとは手伝ってよー」

凛「あ」


 凛ちゃんが、我に返る。

凛「う、うん。そうだったね」

凛「……失礼なことを言って、ごめんなさい」

凛「また、あとで」

 加蓮ちゃんに手を引かれ、この場を後にする。

楓「ええ、また」

 私は足の力が抜けそうになる。
 こりゃ大変だ。

 気持ちがわかるぶん、たちが悪い。
 あの人はスタッフと談笑している。
 気持ちを切り替えようと、ドリンクコーナーへ歩いていった。

奈緒「楓さん」

楓「奈緒、ちゃん?」

 気がつけば、奈緒ちゃんがそばに来ていた。

奈緒「あの……」

奈緒「なんか、凛が失礼なこと言ったんじゃないか、って」

 なるほど。心配してフォローに来たのか。

楓「いいえ。大丈夫」

奈緒「そ、それなら、いいんです、けど……」

楓「どうかしたんですか?」

奈緒「あの」

奈緒「Pさんが楓さんのステージのサポートメンバーに入っていて」

奈緒「それを凛が見て、ショック受けてたんで」

 そっか。
 奈緒ちゃんは優しいね。

奈緒「あの、今度」

楓「?」

奈緒「ふたりでお話したいんですけど……いいですか?」

奈緒「凛のことで」

 避けて通れないだろうな。うん。
 でも、こうして心配してくれる友人がいる。
 彼女は幸せものだなあ。

楓「ええ」

楓「お互い時間が取れるときに、ぜひ」

奈緒「……ありがとうございます!」

 奈緒ちゃんはお礼を言って、凛ちゃんたちのところへ戻っていった。
 たぶん加蓮ちゃんも、私たちの様子を気にして、割って入ってくれたんだな。

 私の恋は、まだ波乱含み。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

ぎゃあああああああああああああああああ
筆に任せて書いてたらすっかり修羅場じゃないですかヤダー

昼ドラ系ドロドロものにはなりません。ええ、しませんとも

6000行・135kBまでの分量になってます。読んで下さり感謝します
このぶんだと10000行超えるな。うん、超えるorz

土日はお休みします。スレたててまもなく1ヶ月ですか。よく書いたなあ
よろしければ参考までにお聞かせください

1.今回の話は好みに合いますか?
2.キャラや世界観に違和感はありませんか?
3.普段読んでいるSSの傾向をお聞かせください
4.読んでみたいキャラやシチュがあれば教えてください

このアンケートで、この話が変化することはありません。
伺った内容は、今後の創作に生かしたいと思います。

基本、嫁prprなのはみんな一緒ですよね。

ではまた ノシ
ありがとうございます。がんばります

投下します

↓ ↓ ↓

 空気が重い。
 お互いに、次の言葉が出てこない。

奈緒「お、おい。なにお見合いしてんだよ。ほ、ほら」

 事情を知ってる奈緒ちゃんが、どうにかしようと会話を促す。

楓「え、ええ」

凛「あ、ごめん」

 それでも、ちょっとやそっとで、こんな空気を打破できるわけがない。

加蓮「ねえ、凛」

 そんな雰囲気を破ったのが。

加蓮「言いたいことがあったら、言えばいいじゃん」

加蓮「私は、空気読んだりしないよ」

 豪胆な乙女がそこにいた。

凛「う、うん……」

 加蓮ちゃんに促されるように、凛ちゃんが切り出す。

凛「あの、楓さん」

楓「……はい」

凛「この前はごめんなさい!」

 驚いた。
 凛ちゃんがいきなり謝罪してきた。
 あまりに急なことで、私は思考が追いつかない。

楓「え? ど、どうしたの?」

凛「あの……ずっと謝らないとって思ってたんです!」

凛「年末のパーティーのこと」

 ああ。そっか。
 奈緒ちゃんが言ってたっけ。後悔してるって。

楓「凛ちゃんも、ほら」

凛「え?」

楓「座って。ね?」

楓「ゆっくりお話もできないでしょ?」


 まっすぐっていいな。
 自分に至らないところがあれば、こうしてすぐに謝罪できる。
 その素直さがうらやましい。

凛「は、はい」

楓「うん。よろしい」

 なにを言われるかと思ったけど。いい意味で肩透かしだ。
 私は凛ちゃんにも、飲み物を渡す。

凛「あ、ありがとうございます」

楓「いいの。気にしないで」

凛「……はい」

 どうしよう。
 そうは言ったものの、ここでなにか話をできる雰囲気でもない。

楓「んっと」

 思い悩みながら、口に出す。

楓「凛ちゃんがよかったら、女子会しようか」

楓「加蓮ちゃんと、奈緒ちゃんも一緒に」

凛「え?」

楓「場所は……そうね」

楓「私の家。どう?」

加蓮「行きたい! 行きたいです!」

 真っ先に反応したのは加蓮ちゃん。

加蓮「私たち三人とも寮だから、お互いの部屋行ったりはするけど」

加蓮「楓さんのおうちに行けるなら喜んで!」

 すでに決定事項のようだ。目の輝きが違う。

奈緒「……あたしは……えっと」

奈緒「……凛は、いいのか?」


 奈緒ちゃんは凛ちゃんを気遣っている。当然だろう。
 この中で事情を知っているのは、私と奈緒ちゃん。
 そして、三人の絆は深い。

 凛ちゃんはしばらく目を泳がせて。

凛「楓さんがよかったら」

凛「行ってみたい、です」

 よかった。
 ハードルをひとつ飛び越えた感覚だ。

奈緒「凛、いいんだな?」

凛「うん」

奈緒「じゃあ」

 奈緒ちゃんは安堵の笑みを浮かべる。

奈緒「三人でお邪魔します。よろしくお願いします」

楓「ええ。楽しみにしてます」

楓「あ、そうそう。加蓮ちゃんと凛ちゃんとも、アド交換しないとね?」

加蓮「やったー! しますします!」

凛「……え?」

 凛ちゃんは不思議そうな顔をしている。

凛「私も、ですか?」

楓「うん、だって」

楓「凛ちゃんと、仲良くしたいし」

楓「凛ちゃんのこと、よく知りたいから」

楓「ね?」

 凛ちゃんは泣き笑いのような、複雑な表情だけど。
 そんな凛ちゃんを見て、奈緒ちゃんは安堵する。
 加蓮ちゃんも、とても喜んでいる。

 問題を先送りしてることは否めないけど。
 でも、慌てることはないじゃないか。
 三人はライバルで、そして。

 大事な妹だ。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


加蓮「ところで楓さん」

楓「はい?」

加蓮「なんであの曲選んだんですか?」

楓「ああ」

 もう種明かししてもいいだろう。

楓「Pさんがね。いくつかセレクトして」

楓「私が決めたの」

凛「Pさんが……」

 凛ちゃんは遠い目をしている。
 きっとうらやましいと思ってるのだろうな。

楓「でも、練習したのは4日前からよ?」

奈緒「えー?」

加蓮「……なんか、反則ですよね?」

加蓮「それで、あんな歌聴かされたら、ねえ」

 三人は顔を見合わせる。
 その目は、間違いなくプロだ。

凛「どうして」

 凛ちゃんが切り出した。

凛「どうして、あの曲なんです?」

楓「そうねえ」

 私は考えをまとめる。

楓「Pさんはどう考えてたか、わからないけど」

楓「私は、三人にできるだけのもてなしをしたかったから」

楓「だから、私のできる全力を、見せたかった」

楓「それだけじゃ、だめ?」


 凛ちゃんは軽く首を横に振る。

凛「えっと。正直に言って」

凛「寒気がしました」

凛「楓さんがあまりに圧倒的で、同じ事務所でよかったって、思ったくらいで」

 あら。それなら。

楓「気に入ってくれたのかしら?」

凛「……悔しいですけど」

 凛ちゃんは笑みを浮かべた。
 私はその笑みに。

楓「よかった。やった甲斐がありますね」

楓「だって、ね? トライアドの三人は、私の憧れなんですもの」

 奈緒ちゃんと加蓮ちゃんは、私の発言に驚いてるようだ。
 凛ちゃんは、なぜかうれしそうな顔をして、言う。

凛「私、思ってたんです」

凛「失礼ですけど、楓さんがここまで来れたのはPさんのおかげだろうな、って」

凛「でも、そうじゃない。楓さんは楓さんです」

凛「うん……すごい」

 そんな凛ちゃんの姿を見て、奈緒ちゃんが。

奈緒「だろ? Pさんもすごいんだろうけど」

奈緒「楓さんが、マジですごいんだよ」

加蓮「うん。私もそう思う」

加蓮「改めて、楓さんのファンになっちゃいました」

楓「そっか」


 素直にうれしい。

楓「やっと同じラインに、立てたのかな?」

 凛ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに言ってくれた。

凛「同じラインかどうかはわからないけど」

凛「楓さんと一緒になにかできたら、って」

楓「ふふっ」

 それは光栄だ。

楓「私も、そう思ってるの」

 今日は、本当によかった。
 全ての物事に感謝する。

楓「凛ちゃん、奈緒ちゃん、加蓮ちゃん」

凛「はい」

奈緒「はい」

加蓮「はい」

楓「これからも、よろしくね」

 凛ちゃんははにかみ。奈緒ちゃんはうれしそうに。
 加蓮ちゃんは、また抱きついてきた。

 少し、距離が近づいた。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

nice boatとか(((((((( ;゚Д゚)))))))
おいらが怖いのでさすがに、ねえ

文字数チェックしてみたら77,000字超えてました

飯食います
投下します

↓ ↓ ↓

 凛ちゃんたちは、あの人に会わずに帰っていった。
 顔を合わせるのが、ちょっと恥ずかしいらしい。

 私とあの人は、ツアーの打ち上げで絶賛呑んだくれ中。
 とはいえお酒の弱いあの人なので。

作「おう! 呑んでっか!」

P「呑んでねっす」

作「なんだよー。付き合い悪いなーおい」

P「だから呑まねっす」

楓「先生? そろそろその辺で」

 私が介抱役とか。どうしてこうなった。
 作曲の先生は、だいぶごきげんな絡み酒だった。
 あの人も、先輩だから邪険にできないとお付き合いしたけど。

 完全に沈没。
 目が完全に据わってる。

楓「もうだいぶ呑まれたようですし、そろそろお開きにしましょう?」

作「えー、楓さん冷たいなー」

楓「いえ、また機会はありますから」

作「もうちょっと呑みましょうよ、よければ、ねー!」

 先生もできあがってる。いやはや。

作「だってPがね! 初めて俺と組んでくれたんですよ!」

作「こんな機会、もうないかもしれない!」

P「僕も、勘弁して欲しいですね」

作「あんだとー! お前はもっとガツガツ! ガツガツ!」

作「もっと全面に出ろよー。俺さみしいじゃんかよー」

P「先輩、暑いっす」

楓「あのお、Pさん」

P「ふぁい?」

楓「先生って、昔からこんな感じですか?」

作「そう、でーす!」

P「高校生だったから、わかんねっす!」

 困ったおやじが二匹。
 仕方がないので、お店の人に会計をお願いする。
 なんとかふたりをなだめて、スタッフさんたちとお店の外へ。
 先生のことは、スタッフさんにお任せすることにした。

スタッフ「こんなに機嫌のいい先生も珍しいですからね」

 苦笑いしながら任されてくれた。


楓「Pさん。大丈夫ですか」

P「……眠いっす!」

 こりゃだめだ。
 あの人をマンションに届けるため、タクシーを拾う。

 走ることしばらく。マンション前に着く。

楓「ほら、Pさん。着きましたよ?」

P「……ふぁい」

 あの人を引きずりおろす。

楓「カギ、どこですか?」

P「あー、ズボンのポケットの……」

楓「はいはい、わかりましたから」

 失礼してポケットをまさぐる。あった。
 エントランスの呼び出し卓に、カギを差し込む。
 自動ドアが開く。

 勝手知ったるなんとやら、ではないけど。
 あの人とエレベーターに乗り、部屋階まで。
 なんとか部屋まで届けた。

楓「Pさん。お水、どうぞ」

 とりあえず寝室に押し込んで、水の入ったコップを手渡す。

P「あー……ありがとう……ござます……」

 あの人は浮ついたまま、水を。
 つるん。

楓「あ!」

 ばしゃあ……

 あの人のズボンが水浸し。

楓「い、いま! なにか拭くもの出しますから」

P「あー……おかまいなく……」

 よろよろとあの人が立ち上がり。
 ズボンを脱ぎ始め。

楓「!」

 あの。
 こういうとき、どうすればいいんでしょう。


楓「き、着替え! 出しますね!」

P「すいませーん」

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
 あの人と身体を合わせた仲だというのに。
 まだまだ、こういうサプライズには弱いみたいだ。

 私はあわてて、あの人にパジャマを渡す。
 ズボンとカーペットを手近なタオルで拭き。ズボンはハンガーへ。
 タオルは、えーと。脱衣所に放り込んでおくか。

楓「じゃ、じゃあ、私。そろそろおいとまします、ね?」

 あの人が着替えたのを確認して、引き上げようと。

P「楓さーん」

楓「はい」

P「帰っちゃうんですかあ?」

 ああ。
 こんなに隙だらけのあの人を、放っておけるはずがない。

P「僕はですね? 淋しいんですよお」

P「楓さんがいないのが、淋しいなあ……」

 前後不覚になるまで呑んで。
 もう。

楓「大丈夫です」

楓「ここにいますから」

P「ほんとですかあ?」

楓「ええ。だから」

楓「離さないでください、ね?」

 あの人は『にへら』と笑い、ベッドの横をぽんぽんと叩く。
 はいはい。

 とりあえず、服を脱ぐ。しわになるのはまずいし。
 下着姿のまま、私は指定席に促されて、もぐりこむ。
 それじゃあ。
 おやすみなさい。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

ふぅ(直球)
これはできるPだな、うん

ではまた ノシ
投下します

↓ ↓ ↓

 翌日。
 あの人とともに出社した私は、報告をするために社長室へ向かう。

社長「そうですか。とりあえず、おめでとうと言っておきましょう」

楓「ありがとうございます」

P「ありがとうございます」

社長「いえ。私もおせっかいだとは思いますけどね」

社長「高垣さんも、もううちの看板になっていると思ってますし」

楓「光栄です」

社長「あ、それと」

社長「これだけ有名になると、やはり」

社長「パパラッチもうるさくなってるのでね」

 そうか。そうだろうな。
 移動や外出にも、かなり気を遣っている。
 あの人のマンションに行くときでも、ここのところはタクシーなどで移動する。
 偽の行動スケジュールを流しておくこともある。
 どこから情報が漏れるか、わからないからだ。

社長「ああ、あの居酒屋ですけど」

社長「もうマークされてますよ」

 そうなのか。だとしたら、大将に迷惑をかけてしまってる。

楓「じゃあ、あのお店には」

社長「いえ? そのままどうぞ。行ってもらって結構です」

楓「え?」

社長「大将には、すでにお願いしてありますので」

 どういうこと?
 社長の言ってることが、よくわからない。

P「僕と社長で、大将とお話させてもらいました」

P「楓さんを守りたいから、協力してくれないか、と」

社長「そういうことです。気がつきませんでしたか?」

社長「高垣さんがいるときは常に、大将が近くにいませんか?」

 あ。そういえば。
 なにかにつけ、大将は私に声をかける。

P「あと、いつものカウンター。あそこも『予約席』にしてます」

P「お店で一番死角になるとこですから」

 なんてことだ。
 私は、私のわがままで、これほどの人たちを巻き込んでいる。

 そんなこともいっさい見せることなく、大将は普段どおり私に接してくれた。
 ああ。

楓「私……あの……なんと言えば」

社長「いえ、高垣さんは気にする必要はないんです」

社長「私は言ったでしょう? 本気ですか、と」


社長「アイドルを守るのは、私やPくんの仕事であり、義務です」

社長「そして大将は、宝生はづきの夫であって、その苦労も知っている」

社長「大将は言ってましたよ? 『楓さんが幸せになるなら、協力を惜しまない』と」

楓「……」

社長「そうそう。トライアドの三人も、協力したいって言ってます」

楓「え?」

社長「彼女たちと良好な関係以上のものが、できている。喜ばしいことです」

社長「だから、彼女たちとのジョイント、組んだのですよ?」

社長「外野がとやかく言えないくらい、高垣さんの実力を見せる、絶好の機会じゃないですか」

 三人の顔が浮かぶ。
 彼女たちも、彼女たちなりに応援してくれてるんだ。

 いろんな人の、いろんな想い。
 私は泣きそうになる。

楓「こんなにも、みんなを巻き込んで……私」

社長「いえ? ちょっと違いますね」

社長「みんな高垣さんが好きで、みんな勝手に応援してるだけです」

社長「私も含めて」

楓「……ああ」

 それ以上、なにも言えなくなる。
 私は、幸せ者だ。

楓「ほんとに、ありがとう、ございます」

社長「我ながら甘いなあと、思うんですよ」

社長「でも、私も人のことは、言えませんからねえ」

社長「妻に怒られてしまいます」

 私は深くおじぎをする。
 社長は「期待してます」と言い、私とあの人を部屋から送り出した。


 緊張から開放されたふたり。
 そこにちひろさんがやってくる。

ちひろ「お疲れさまです。まあ、お茶とかいかがです?」

P「ちひろさん、ありがとう」

楓「ええ、いただきます」

 事務所のソファーで三人。ちひろさんの入れてくれたお茶がおいしい。

ちひろ「楓さん?」

楓「はい?」

ちひろ「幸せになってくださいね?」

 自分の湯飲みを持ち、やさしく微笑むちひろさん。

ちひろ「事務所みんなの、総意ですから」

 周りを見ると、みんな私たちをやさしく見つめてる。
 そうか。そうだよな。
 誰かを守るってことは、みんなの協力がないと。

楓「責任重大ですね」

ちひろ「いえ? 責任重大なのはPさんですよ」

P「重々承知してます」

ちひろ「楓さんは、自分の思ったとおりに、ね」

ちひろ「あとちょっとだけでも、私に幸せのおすそ分け、くださいね?」

 くすっ。

楓「はい」

 私の、大きな大きな変化。
 みんなに見守られて、生きていく。あの人と。

 この事務所でよかった。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 あわただしく日々が過ぎていく。8月。
『トライアドプリムス・サマーヴァケイション・アクト2』
 彼女たちのライヴに、ゲスト参加をする。

 6月のあの日から、私は打合せとレッスンと営業と。ほとんど休みのない日々。
 あの人は二つのライヴの統括と、私のツアーのレッスンと。
 これまた休みのない日々。
 今まで以上に、ふたりでいることも難しくなってしまった。

 でも、私はそれでいいと思っている。

楓「いつも、一緒だもんね」

 キーホルダーに語りかける。

 みんなが私を守ってくれるとわかってる以上、私もよりプロらしくあらねばならない。
 忙しさを理由にして、あの人とプライベートで会うことを減らす。
 もちろん事務所やレッスン先で会っているし、全然会話がないということはない。
 大将の店も、ふたりで行くことがなくなった。

大将「なんかPに、言っておくこと、あるか?」

 大将は気を遣ってくれるけど。

楓「いえ。Pさんとは仕事で会ってますから。大丈夫」

 私は笑顔を貼り付ける。

 今、私とあの人をつないでいるのは、仕事と電話。それと。
 キーホルダー。

 淋しい。
 淋しい。
 でも、泣かない。
 私は、私自身をだますことに成功した。

凛「楓さん?」

楓「ん?」

凛「Pさんと、うまくいってます?」

楓「……もちろん。心配しないで?」

楓「それより。レッスンの続きでしょ? がんばらなくちゃね?」

凛「え、ええ……」

 このクロスジョイントを成功させる。
 その思いひとつで、私は私を動かしている。
 私は、プロだから。


 そして当日。
 トライアドの三人と、同じ楽屋。

奈緒「それじゃあ、行こうか」

 ゴシックスタイルの三人は、円陣を組んで左手を重ねる。

凛「りん」

奈緒「なお」

加蓮「かれん」

奈緒「トライアドプリムス。レッツゴー!」

凛・奈緒・加蓮「おー!」

 掛け声とともに気合を入れる。

凛「じゃあ、楓さん」

凛「ステージで、待ってます」

 凛ちゃんが振り向きざまに、声をかけてくれる。

楓「ええ」

楓「また、あとで」

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


加蓮「みんなー! もりあがってるー!」

客席「うおおおーーー!!」

 舞台袖。出番が近づく。
 あいかわらず、すごい熱気だ。

チーフ「高垣さん」

楓「チーフさん、今日はよろしくお願いします」

チーフ「いえ。彼女たちも高垣さんがいることで、今まで以上に燃えてますから」

楓「そうですか。私もがんばらないと」

 ぽん。
 肩を叩かれて振り向くと。

P「しっ」

 あの人が指を立てて口を押さえている。
 今日は渉外で来れないはずなのに。

 もう。
 あの人の手をとり、袖裏のスペースへ誘導する。

楓「Pさん、今日は来れなかったんじゃ」

P「案外スムーズにいったので。それに」

P「彼女の舞台に彼氏がいないなんて、カッコつかないじゃないですか」

 いつも、あの人はずるい。
 思ってても言えなかった私の気持ちを汲んで、こうして。

『私を、見てください』

 いつも、そう思ってるのに。

楓「Pさん……」

 私はすばやく、あの人の唇に触れる。

P「ちょっ、楓さん」

楓「ずっと緊張してたんですよ?」

楓「これで、勇気をもらいました。ふふっ」

 あの人は、あいかわらず頭をかく。

P「行けますね?」

楓「ええ」

 私は、舞台袖へと戻る。
 いよいよ。


 舞台が暗転する。ひとときの静寂。

楓「♪〜」

 ハミング。私自身の声で歌いだす、前奏。
 客席がざわめく。
 ようこそ。いらっしゃいませ。

   あなたの後姿を 見つめるだけの私

 歌いだしたとたん、歓声に変わる。

客席「うおおーーー!!」

   追いかけて 追いかけて
   あなたの行方 見えなくならないように

 歌にあわせ、トライアドの三人が舞う。

   ただ 歩き続ける Straight Road

 私はただひたすらに歌う。みなさん、聴こえますか?
 三人の乙女の舞が、舞台を彩る。
 歌は駆け抜け、ラストへ。

 そして、再び暗転。

楓「みなさん、こんばんは。高垣楓です」

客席「わああーーー!!」

奈緒「本日のスペシャルゲスト! 高垣楓さんです!」

客席「わああーーー!!」

 袖で聞いていた以上の、揺れるような歓声。
 思わずうれしくなる。

凛「最後の公演にふさわしく、サプライズを仕掛けましたー!」

加蓮「みんなー! よろこんでくれたかなー!」

客席「いぇーーーす!!」

楓「ふふっ。ありがとうございます」

奈緒「でも、楓さんが出てきたほうが、なんか盛り上がってない?」

加蓮「うんするするー。私たちの立場ないよねー」

楓「そんなことないですよ、ね? みなさん、トライアドの大ファンですもんね?」

客席「いぇーーーい!!」

楓「ほら。奈緒ちゃんも加蓮ちゃんも、安心してね?」

凛「みんな驚かせてごめんねー。でも、今日来てくれたみんなは、ラッキーだよ?」

凛「チケット一枚で、CGプロのアイドル二組の歌聴けるなんて。ねえ」

加蓮「お得すぎてクレームこない?」

奈緒「いや、それはまずいだろ。営業的に?」

客席「わははは」

凛「でも、私たちもうれしいよ。こうして一緒にステージ立てるの」

楓「そうねえ。テレビでも共演ってなかったね」

加蓮「うん、事務所の圧力だね、これは」

奈緒「同じ事務所だし。圧力とかないし」

客席「わははは」


 ステージトークを繰り広げ、もう二曲。
 会場のボルテージは、いやでも盛り上がる。

凛「スペシャルゲスト、高垣楓さんでしたー! みなさん拍手!」

客席「ぱちぱちぱち」

楓「ありがとうございます」

 深々とおじぎ。

奈緒「さあ! こっからラストまで、突っ走っていくぜー!」

客席「うおおーーー!!」

 喧騒に後押しされながら、退場。
 袖口ではあの人が待っていた。

P「楓さん、おつかれ」

チーフ「よかったですよ!」

楓「Pさん。チーフさん」

楓「ありがとうございます!」

 ふたりに向かって、おじぎ。
 でも、まだ終わりじゃない。

 サプライズはこれから。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

ちょっと多めの投下です
都合により、今週の投下はここまでです。相変わらず引き気味の終わりで申し訳ない

では来週 ノシ
投下します

↓ ↓ ↓

医師「メニエールかもしれないですね」

楓「……」

ちひろ「そう、ですか」

 Pさんは今、総合病院の処置室で横になっている。
 うなされることもないが、ごろごろと落ち着いてない。

医師「耳の病気です。ぐるぐるめまいがします」

医師「目を見るとわかるんですよ。眼振と言って、目玉が細かく揺れるんですね」

ちひろ「はあ」

医師「ま、命に関わるものじゃないですし。疲れとかで起きる人もいますし」

医師「念のために、MRI撮ってみますから、今日は入院されたほうがいいかと」

ちひろ「ありがとうございます」

楓「……」

ちひろ「楓さん、私は受付で手続きをしてくるんで」

ちひろ「Pさんのそばに、ついていてくれますか?」

楓「……はい」

 先生からの説明もよく入ってこなかった。
 Pさん……
 あの人が横になっている、その状況だけでどうにかなってしまいそうだ。


 Pさんが倒れた。
 目の前の出来事に、私の思考は完全に止まってしまう。
 なにをしたら。どうしたら。
 まったくわからない。
 通りすがりの女性が、声をかけてくれる。

通行人「大丈夫ですか?」

楓「あの……あの……」

通行人「あれ? ひょっとして歌手の高垣楓、さん?」

楓「あ……あの」

 あの人が。あの人が倒れてるの。
 お願い、なんとか。

通行人「そっちの人は」

楓「あの……事務所の……」

通行人「とにかく、救急車呼びますね! 大丈夫。大丈夫ですから」

 私はどんな顔色をしてたんだろう。
 要領を得ない私の代わりに、通行していた人が自分の携帯で119番をしてくれる。

119「はい、こちら119番」

楓「あの……あの……」

119「はい、大丈夫ですよ。ゆっくり話してくださいね。……どうされましたか?」

楓「事務所のプロデューサーが、倒れまして……」

119「はい、救急ですね。場所はどこか、言えますか? 近くの方に聞いてもいいですよ?」

楓「あ、あ」

楓「あの、ここは」

 混乱してどうしたらいいか、頭から出てこなくなっている。
 私はただ、電話をしてくれた人に、携帯を手渡すしかできなかった。

通行人「変わりました。はい。はい。えっと……」

 代わりの人がいろいろ説明してくれる。その説明がなにを言ってるのかさえ、私には入らない。


通行人「大丈夫。すぐ救急車来ますよ。落ち着いて」

楓「え、ええ。ありがとう、ございます」

通行人「会社とか電話しなくて大丈夫ですか?」

楓「あ、ああ! そう、ですね。はい、そうします!」

 そう言われて、少し正気に戻った私は、事務所に連絡する。

楓「もしもし、ちひろさん? あ、あの。高垣です」

ちひろ『楓さん? どうしました?』

楓「あの、P、Pさんが。倒れて」

ちひろ『はい? Pさん? 倒れたって……』

楓「えっと、移動中に路上で、ぱたりと」

ちひろ『それで! Pさんはどうなんですか? Pさんは』

楓「あ、あの。今救急車を呼んでいただいて」

ちひろ『救急車ですね! 病院決まったら連絡してくださいね。必ずですよ』

楓「は、はい……」

 どうにか一報を入れた私は、急に体の力が抜ける。

楓「はあ……はあ……」

 へたりこむ私に、立ち止まってくれた人が声をかける。

通行人「よかった、連絡ついたみたいですね」

楓「あの」

通行人「もうすぐ救急車来るでしょうから。それまで待ってて」

通行人「じゃあ」

楓「あ、あの。せめてお名前と住所」

通行人「いいですいいです!」


 そう言ってその人は、なにも教えず立ち去っていった。
 どのくらい経ったろう。救急車が到着するまでの時間が、たいそう長い。
 遠くからサイレンが聞こえ、ほどなく音が止まる。
 救急車が到着。隊員の人が、あの人のそばにやってくる。

 意識を確認し、ストレッチャーに乗せるまで、どのくらいかかったろう。
 ほぼ放心状態の私は、なにも言えずその光景を見ていた。
 救急車への同乗を促され、私はあの人のとなりに。
 すぐに病院へ行くかと思ったが、なにか連絡をしてるようでなかなか発車しない。

 時間が、もどかしい。

 ようやく発車したとき、私は隊員の人に慰められていた。

隊員「大丈夫ですよ。意識もあるし、病院もすぐですからね」

隊員「とにかく病院に着いたら、先生や看護師さんの言うとおりにしてくださいね」

 その言葉を聞きながら、私はただ震えるだけ。
 病院に着いても、足元がおぼつかない。

看護師「大丈夫ですからね。任せてくださいね」

楓「……は、はい……」

看護師「落ち着いたらでいいですからね。連絡されるところに電話とかしておくといいですよ?」

 そうだ、ちひろさんに。
 その言葉だけはストンと私の中に入り、体だけは公衆電話へ向かう。
 どうにか事務所へ電話できたらしく、ちひろさんがあわててタクシーでやってきてくれた。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 どうやら病室でうたた寝をしてしまったらしい。
 気がついたら、あの人がベッドで私の髪をなでていた。

楓「あ」

P「もう少し寝ててもいいんですよ」

 疲れきった表情だけど、やさしい笑顔。

楓「うっ……うう……」

 私は声を押し殺して泣いた。

楓「P、さん」

 あの人は横になったまま、私の髪をなでる。

P「まだぐるぐるするんで。すいません」

楓「いいん、です」

 あの人は私をなぐさめようとしている。自分のほうがつらいだろうに。

楓「なんで……そんなに」

楓「自分を犠牲にするんですか?」

 泣きながら話す私。まったく要領を得ていない。

楓「どこにもいなくならないで、ください」

楓「私を置いて……いかないで……」

 あの人は髪をなでながら一言「ごめん」とだけ。
 よかった。ほんとうに。
 私はただ、泣くだけ。


 泣いて、泣いて。ようやく落ち着いて。

楓「今はどうですか?」

P「うん、寝返り打つとぐるぐるがひどいんで。それがつらいかなあ」

楓「そうですか」

P「で、先生はなんと?」

楓「耳の病気じゃないかって」

P「……そうですか」

 あの人の左手につながる点滴が痛々しい。

P「迷惑かけてしまいましたね」

楓「ほんと、ですよ」

P「……」

楓「ちひろさん、あわてて駆けつけてくれましたよ? 入院の手続きもしてくれて」

P「あ、保険証」

楓「それはあとでもいいそうです」

 無理に動こうとするあの人を、押しとどめる。
 そしてまた沈黙。
 病室には時計もない。今は何時なんだろう。
 窓の外はもう暗い。

P「楓さん」

楓「はい」

P「……ありがとう」


 え?
 私がなにかお礼を言われるようなことをしただろうか。

楓「どうしたんです?」

P「いえ、なにもないです」

P「なにもないですけど、そうだなあ」

P「いてくれて、ありがとう」

楓「……」

P「楓さん、いつも言ってるじゃないですか。『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』だって」

P「なんか、わかる気がします」

楓「……そうですか」

P「楓さんがこうしていてくれる、それだけでありがたい」

P「すごく、実感します」

楓「そう……よかった」

P「怒らないんですね? 無理しないでとか」

楓「そういう気持ちもありますけど、Pさんがこうしていてくれるから、もういいです」

楓「早くよくならないでくださいね?」

P「いや、楓さん。その言い方はおかしいでしょう?」

楓「だって、早くよくなったら、また無理するんじゃないかって」

楓「心配です」

 あの人はひとつ、ため息をつく。

P「そうですね。ゆっくり休めっていう、お告げかもしれませんね」

楓「ええ。それと」

楓「少しは、Pさんの彼女らしいこと、させてください」

 もうすぐ、面会時間が終わる。
 私は、あの人の右手をとり、軽く握りしめた。

 また、明日。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

メニエール辛いです(実話)

長文ドシリアスって、読むの大変ですよねえ
読んでいただいて、いつもありがとう

ではまた ノシ
終わりが近づいてるとはいえ、まだかかりそうですけどorz

投下します

↓ ↓ ↓

社長「ああ、楓さん」

楓「はい」

社長「ちょっと入院してきてください」

楓「はあ!?」

 10月のある日。社長に呼ばれて告げられる。
 私は素っとん狂な声をあげた。

楓「あ、あの、社長。私、どこも悪くないんですが」

社長「まあ、人間ドックというやつですよ。ちょっと骨休めするのもいいでしょう」

楓「いやいや、待ってください。今レコーディング中じゃないですか」

社長「ええ、知ってます」

楓「そんな検診とか受けている暇、ないと思うんですが」

社長「ですから言ってるでしょう? 骨休め、ですよ」

楓「そんな……」

社長「すでに病院は手配してあります。あとはちひろさんに詳しいこと訊いてください」

楓「あの、社長!」

社長「これは決定事項ですから。では、よろしく」

 理由もろくに告げられず、私は社長室を放り出される。
 仕方なく、私はちひろさんに話を聞く。

楓「ちひろさん、どういうことなんですか?」

ちひろ「……さあ?」

 ちひろさんも、よくわからないようだ。
 とはいえ、上からのお達し。ちひろさんは手配した病院を私に教える。

ちひろ「まあ、お泊りドックは食事が楽しみっていいますから」

楓「いや、ほんとそれどころじゃ」

 もやもやしたものを吐き出そうとする私を、ちひろさんがさえぎる。

ちひろ「社長がおっしゃったことですから、ここは受けざるを得ないですよ」

楓「……まあ、そうなんですけど」

 ちひろさんはドックの日程と書類一式を渡してくれる。

ちひろ「書類に、ドックの内容とか書いてありますけど」

ちひろ「詳しいことはPさんに訊いてくださいね?」

 ちひろさんは「うふふ」と、意味深な笑いを浮かべていた。


 そしてその夜。私はPさんの部屋にいる。

P「ああ、社長がなにも説明しなかったんですか。なるほどねえ」

 あの人は苦笑い。

楓「まったく、ひどいですよう」

 焼酎をちびちびとやっている私は、少々酔っているかもしれない。

P「まあ、社長が書いたシナリオなんですけどね」

楓「シナリオ、ですか?」

P「ええ、引退の」

 引退。
 社長がなにも言わなかったのは、本人なりのささやかな抵抗だったのかもしれない。
 いや、ただのいじわるかも。

P「僕も詳しいことは聞いてないですけどね」

 こういうことらしい。
 私が体調不良で入院ということにする。それをリーク。
 頃合いを見て、支えてくれる人がいるらしいと。これをリーク。
 仕事量を徐々に調節。そして休業宣言。

 もっともらしいことを言ってはいるが、つまりは、嘘。

楓「そんなにうまく、ことが運ぶんですかねえ?」

P「いやこればっかりは、なんとも」

 あの人も半信半疑らしい。

P「ただ、社長が言うんですよ。『全面うそなら、簡単にばれる』」

P「でも『ほんとのことを言えば、つつかれる』」

P「だから『うそに少しだけ真実を混ぜる』」

P「これが一番、信用されやすい。のだそうです」

 あの人も呆れ顔だ。
 なるほど、私は体調もすこぶる良好だし、入院なんてことにはなりえない。
 でも、支えてくれる人がいるというのは、ほんとのこと。

楓「うーん」

楓「なんか、あまり気持ちのいい行いじゃないですね」

 自分の都合で引退などと言っているのだ。そのこと自体が、ファンにとって気持ちがいいことじゃない。
 だから、きちんとだます。
 それはわかっているのだが。


P「楓さんの気持ちだけで考えれば、正々堂々と宣言できればいいでしょうけど」

P「それはまず無理でしょうねえ」

楓「……」

P「ファンの間でもめるでしょうし、それよりまず、マスコミが関係ないことまでほじくり出します」

P「そうすれば、一般の人へのイメージが落ちますし、事務所全体のマイナスになるでしょう」

P「ファンじゃない普通の人には、スキャンダルはいい暇つぶしのネタでしかないですしね」

 非常に心が痛い。
 はづきさんと話をして、そういう問題も頭ではわかっていた。
 でも、現実になると、とてもつらい。

P「業界から見れば、いちアイドルの醜聞は、自分たちの儲けのネタですしね」

P「事務所としては、どうあってもソフトランディングさせないとならないんです」

楓「Pさん」

P「はい」

楓「私は、早まったことをしたんでしょうか?」

 こうまで現実を叩きつけられると、心が折れそうになる。
 はづきさんの苦労が私の想像以上のものだという事実に、逃げ出したくなる。

P「いえ、そんなことないです」

P「いずれは通る道です。早いとか遅いとか、関係ないです」

P「僕も一緒に歩くんです。それでは頼りないですか?」

 あ。
 そうだ。
 私はあの人と一緒に歩いていきたい。だからこの道を選んだのだ。

楓「いえ、それが一番ありがたいです」

楓「そうですね。一緒に歩きましょう」

 心は晴れない。
 でも、もう動き出した。
 あの人と、後戻りできない道を、歩く。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


凛「楓さん! 大丈夫ですか!?」

 ドックに入った日。凛ちゃんがあわてて病室にやってきた。

楓「凛ちゃん、どうしたの?」

凛「い、いえ。楓さんが入院したって話を聞いて」

楓「あら。どこからその話を?」

凛「あの……テレビ局のスタッフさんが、そんな話をしてて」

 どういうルートでリークしたかは知らない。でも。
 ものすごい勢いでうわさが駆け巡っていることは、凛ちゃんの態度でわかった。

楓「よくここの場所がわかったわね」

凛「え? あの。ちひろさんに訊いて」

楓「ああ」

 ちひろさんなら知ってる、というか、仕掛けた張本人のグループだし。

楓「心配しないで。大丈夫だから」

楓「ほら、どこから見ても大丈夫でしょう?」

 そう、初日の検査が終わったから、すでに私は検査服から私服に着替えている。
 ただ、病室に泊まっているというだけ。

凛「え、ええ。確かに」

楓「ね? ちひろさんにどこまで訊いたかはわからないけど」

楓「私は、大丈夫」

 凛ちゃんは私の言葉を聞いたとたん、へなへなとへたり込んだ。

凛「……よかったあ……ほんとに」

 座り込んだままさめざめと泣く凛ちゃん。
 その姿に、私は罪悪感を覚えずにはいられない。
 彼女が泣き止むまで、私は凛ちゃんを抱きしめていた。

凛「その……加蓮のこともあって」

 落ち着いたころ。凛ちゃんがぽつぽつと話し出す。

凛「入院って言葉を聞くと、どうしても普通にしてられなくて」

楓「そう……」

凛「だから、楓さんが入院って話を聞いて、いてもたってもいられなくて」

凛「ここへ、来ちゃいました」

 うつむく凛ちゃん。
 私は彼女に尋ねる。

楓「どうして?」

楓「どうして私のこと、そんなに心配してくれるの?」

凛「……だって」

 震える肩もそのままに、凛ちゃんは私を見上げる。

凛「だって大切な人が入院したんですよ!」

凛「心配しちゃいけないんですか!」


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


凛「あ……」

 彼女は、自分の叫んだ言葉にはっとして、そしてまたうつむいた。
 凛ちゃんの一途さに、心が震える。

楓「そっか」

 私は、小さくなった彼女の肩に、手をあてる。

楓「心配してくれて、ありがとう」

凛「……だって……心配で心配で押しつぶされそうだったんですよ?」

凛「楓さんは……私のお姉さんのような人だもん」

 そこまで慕われている。
 以前の彼女なら、考えられないことだった。

楓「ふう……そうねえ」

楓「なにから、話したらいいかしら?」

 私は、頭の中を整えながら、凛ちゃんと目線を同じくする。

楓「あのね? 凛ちゃん。私ね」

楓「引退しようと、思ってるの。芸能活動から」

凛「……え?」

 彼女の見せる戸惑い。そうだろう。
 姉と慕ってる人が、引退を口にするのだ。

楓「Pさんと、一緒になるために、ね」

 私は、同じ人を好きになった彼女に、告げた。
 あの人と一緒になると。

凛「そう……ですか……」

 冷静に振舞おうとしている凛ちゃんだけど、動揺が顔に現れている。

凛「Pさんと楓さんが……」

凛「いえ! それはうれしいことなんです! おめでとうございます」

凛「でも……この業界から引退するなんて……」

 凛ちゃんはなにを思っているだろう。
 それは、当人にしかわからないことだろう。でも。

楓「凛ちゃんとこうして、一緒に仕事ができること。とてもうれしいの」

楓「でも、これは私なりのけじめ、なの」

凛「……けじめ」

楓「そう。けじめ」

 私は、引退を決断するにいたるまでの想いを、凛ちゃんに打ち明ける。
 ゆっくり、ゆっくり。

 彼女と私の、夜が更ける。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

ちょっと副業が忙しそうなので、間が空くかもです
そのため、ちょっと多目の投下

いや、ここまでしか書けなかったんだよう。ごめんよう(´・ω・`)

ではまた ノシ
朝っぱらから投下します

↓ ↓ ↓

楓「ただいま戻りました」

ちひろ「おかえりなさい」

 年の瀬というのは、時間が過ぎるのがどうして早いのか。
 12月。私は年末年始特番の収録に追われていた。

ちひろ「だいぶ遅くまでかかりましたね」

楓「共演の方の入りが、だいぶ遅くなりましたから。年末ですからね。仕方ないですけど」

 みんなタイトな時間をやりくりして出演している。
 だから、こうしたことも当たり前。
 深夜の戻りであっても、ちひろさんはこうして待っててくれる。
 ありがたいことだ。

楓「Pさんは?」

ちひろ「今、社長とお話中ですけど。あ、そうそう。社長から」

ちひろ「楓さんが戻ったら、社長室に来るよう言伝が」

楓「?」

 こんな深夜なのに、社長がまだいるんだ。
 どうしたんだろう。

楓「わかりました。ありがとうございます」

 とんとん。社長室のドアをノックする。

楓「高垣です。ただいま戻りました」

社長「どうぞ」

楓「失礼します」

 中に入ると、あの人が悩ましい顔で座っていた。

社長「いやあ、お疲れさま。大変でしたね」

楓「いえ、いつものことですから。ところで、お話か何かですか?」

社長「ええ。ちょっと確認しておきたいことがありまして」

 なんだろう。あの人の表情をうかがうに、いい話ではなさそうだ。
 社長は私を、ソファーへ座るよう促す。


 あの人の隣に座った私に、社長は持っていたレジュメを渡してくれる。
 そこにあったのは。

『発覚!人気俳優○○とアイドルK.Tの通い愛!』

 えっ。

楓「これ、は?」

 あの人が、口を開く。

P「来週発売される女性誌に載ると思われる記事です」

 生のファックス原稿。
 社長かあの人が、どこからか入手したものだろう。
 私は、まだ組み版があがったばかりと思われる記事を読む。

社長「ここに書いてあることに、心当たりはありますか?」

 社長が問いかける。

楓「いえ。まったく」

 そう答えるのがせいいっぱい。
 まったく身に覚えがないどころか、よくもまあこうもでっち上げが書けるものだと、呆れてしまったからだ。

 いわく。
 年下の俳優が、私との共演をきっかけに仲良くなった、とか。
 お忍びでデートをしている、とか。
 私が足しげく通っている、とか。

社長「共演は?」

P「先月の音楽番組だけ、ですね」

 確かに共演はあった。でも、特に会話をすることなどなかったし、共演もそれきりだ。

社長「高垣さん、もう一度うかがいます。心当たりはない、ですね?」

楓「もちろんです」

 疑われているのは気分のいいものではない。が、こういう記事がある以上、訊かなければならないこと。
 それは理解できる。

 私は、毅然として答える。

社長「やはり、ですか……」

P「『飛ばし』ですね……」


『飛ばし』。写真や証言など裏付けのないまま、記事にしたもの。
 社長とあの人は、そう結論付ける。

 なぜ私が?
『飛ばし』って?

P「楓さん、疑うようなことを訊いて、ほんとうに申し訳ないです」

 あの人が深々と謝る。

楓「いえ……なんでこんな記事が出るのか、私にはさっぱり」

社長「それは、私から話をしましょう」

 私が、あの人に向けたなんとも表現しがたい視線を、社長がさえぎった。

社長「先日、とある懇親会がありましてね。そこで言われたんですよ」

社長「『おたくの高垣さん、最近どうです?』って。複数から」

 複数?
 所属タレントの動向を話したりすることは、時候のあいさつと同じようなものだけど。
 でも、同じことを複数から言われるのは、明らかにおかしい。

社長「……おかしい、と。思いましたね?」

楓「え、ええ」

社長「その通り。あからさまにおかしい。何かあるなと思いまして」

社長「Pくんにちょっとしたお願いをしたんです。変な記事が出る可能性を調べて欲しいと」

 たぶんあの人は、秘密裏に動いたのだろう。
 普通は、出版社が記事の内容について裏を取り、記事の内容をあらかじめ通知する。
 お互い持ちつ持たれつの関係だし、それが慣例だからだ。
 でも今回は。

P「まあ版下の段階でつかめましたけど、ただ」

楓「ただ?」

P「たぶん、記事の差し替えを要求するのは難しいと、思います」

楓「え? どうして?」

 困惑する私に、社長が言う。

社長「当事者のタレント。所属はご存知ですか?」

楓「……あ!」


 そうだ。うちより老舗の、大手事務所。
 最近はあまりいい話を聞かないけど。

楓「でも、それにしてはあまりに乱暴な」

社長「乱暴ですねえ。でも、このタイミングなんだと、私は思いますよ」

楓「……」

社長「あの事務所には、いろいろ思うところはありますけど。ま、それはともかく」

社長「あちらは、彼が主演する映画が公開になる。主題歌もね」

社長「で、高垣さんは、フルアルバムがチャートトップを走っている。現在も」

社長「……たぶんあちらさんは、誰でもよかったんだと思いますよ? 話題になるなら」

楓「そんな……」

 売り込み方法には、いろいろなやり方があるとは思う。
 うちは地道に、泥臭くやってきた。信頼も勝ち得ていると、自負している。

 一方。
 一発、花火を打ち上げるようなやり方もある。

社長「まあ、根拠のない記事なんてすぐに忘れられるものです。ただ」

社長「そのときにセンセーショナルなら、とりあえず成功って考えもあるわけです」

社長「相手がヤケドしようが、おかまいなし……」

 社長の言葉に、憤りがにじんでいる。

社長「あの事務所は、雑誌媒体にコネを多く持つところでしてね。先代が築き上げた関係ですけど」

社長「今のぼんぼんは、なにを考えているんでしょうねえ……」

楓「それって」

社長「証拠も、確証もありません。憶測です」

楓「……」

社長「事務所ぐるみなのかも、一部の暴走なのかもわかりません。ただ」

社長「うちが表立って動けば、この出版社がかなりまずいことになる、というのは間違いないですね」

 いやな話だ。
 私は、もらい事故にあったというようなものだ。しかも、ひき逃げ。

楓「私は、どうすれば……」

社長「ガン無視です」

 社長は断言する。

社長「関わっても、ろくなことになりません。単発のネタですし、すぐに消えます」

社長「この件は、私とP君に任せてください。高垣さんはコメントを一切、発しないように」


 あの人は、ただ申し訳なさそうにしている。
 そんな表情をしないで欲しい。

P「水際で食い止められなくて、ほんとうに申し訳ない」

 あの人は私に謝罪する。

楓「いえ……Pさんの責任ではありませんから……」

 そう言ったところで、あの人の気持ちが晴れるとは、到底思えない。
 重苦しい雰囲気が、社長室を支配する。

社長「とにかく、今後の対応を詰めておかないとなりません。高垣さん、疲れているところ申し訳ないですけど」

社長「もう少し、話にお付き合い願えませんか?」

楓「……わかりました……」

 もうすぐクリスマス。
 でも、私には試練のクリスマスとなりそうだ。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

ではまた ノシ
少し投下します

↓ ↓ ↓

レポーター「お付き合いは順調ですか! どうですか! 高垣さーん!」

 果たして、彼らはそこにいた。
 テレビ局が3社か。他にスポーツ紙だろうか。

 私は無言のまま車に乗り込む。作り笑顔を貼り付けながら。
 車がテレビ局の構内から離れるまで、笑顔を貼り付けたままでいる。

P「おつかれさま」

 あの人が声をかけた。

楓「……ふう」

 予想はしていた。もっとしつこいものかと思っていたが。

楓「それほど混乱することもなかったですね」

P「そんなもんですよ。みんな半信半疑ですからね」

 せいぜい裏が取れたらラッキーくらいのことなのだろう。
 あの人が運転する車は、まっすぐ事務所へ帰らずに幹線を流している。

楓「撒くんですか?」

P「まあそれもありますけど……」

 あの人はそう言ってナビをセットする。

楓「ん? どこかに寄るんですか?」

P「そうですね。そこはお任せで」

楓「ええ、かまいませんけど」

 ちょっと今日は、息苦しさを感じたままだったし。
 息抜きということかしら。
 コインパーキングに車を入れ、あの人に案内されるまま歩く。

楓「ラーメン屋?」

 街道沿いにあるラーメンの看板。こってりした香り。

P「和歌山ラーメンとか、どうです?」


 ああ、そういうことか。
 気が滅入っている私に配慮してくれたのだ。

楓「いいですね。行きましょうか」

 私たちはお店に入っていく。
 和歌山ラーメンはとんこつ醤油味。
 でも私自身は、あまり食べたことがない。

P「懐かしいですか?」

楓「実は、それほど」

 私は苦笑する。あの人は気まずそうに頭をかく。

楓「気持ちはうれしいですよ?」

P「あはは。そりゃどうも」

 席についてラーメンを頼む。

P「楓さんは、地元で食べたりしなかったんですか?」

楓「誘われて行ったことはありますけど。んー」

 食わず嫌いということではない。自分から行こうという機会がなかっただけ。
 地場のものなんて、そんなもんだろう。

楓「でも、Pさんが私のことを考えてくれたことが、うれしいです」

 あの人が照れながら、コップの水をごくり。
 なんか、いいなあ。

 ふと、青森旅行のことを思い出す。
 あれから、だいぶ経った気がするな。

 出てきたラーメンはシンプルなもの。脂がなかなかの自己主張。
 一緒に小皿が。

楓「これは?」

P「岩のり、かな?」

 味玉子と、岩のり。トッピングかあ。
 では、失礼して。

楓「いただきます」

P「いただきます」

 小皿のトッピングを乗せ、いただく。

楓「あつっ」

P「楓さん大丈夫ですか?」

楓「……あひゅいれふ……」


 ヤケドした。舌がじんじんする。
 ふーふーと冷まして、ゆっくりと。

楓「ちょっと柔らかいんですね」

P「楓さんの好みと違ったかな?」

楓「いえ、そうじゃなくて。あんまり覚えてないものだなあ、って」

 片手で余るくらいしか食べたことがないのだから、覚えてなくて当然だと思う。
 でも、せっかくあの人が案内してくれたのだし。
 なんかこう、気の利いたことでも言いたいのになあ。

 そんなことを思っていたら、あの人がくつくつと笑い出した。

P「いやいや、楓さん。僕に気なんか遣ってどうするんですか」

楓「え? 全然気なんか遣ってませ」

P「ほら。それ」

 あの人が笑いながら言う。

P「僕と楓さんの仲じゃないですか。わからないとでも思ってました?」

 ああ、そっか。
 そうだよなあ。

 私とあの人は、コイビト。
 なんとなく雰囲気で、分かり合えることもあるのだ。

楓「なんかそう言われると、照れますね」

P「……逆にそう言われて、僕も恥ずかしくなってきました」

 ふたりでラーメンをすすりながら、互いを思う。
 色気も何もない空間だけど。

楓「ふふっ。ありがとうございます」

P「いや、別に。ほら、言うじゃないですか」

P「腹が立ったら飯を食え、ってね」

 なんですかそれは。
 聞いたことありますけど。

楓「Pさんは、なだめるためにここへ?」

P「いや、まあそれもありますけど……」

 あの人は水を一口飲む。


P「僕自身、腹が立つことばかりだったので」

 そう言ってため息をつく。

P「楓さんのスキャンダルを食い止められなかったこともそうですけど」

P「ふたりでいるとき、安心を与えられない状況に、ね」

P「僕は、楓さんの恋人なのに。なんだかなあ……」

 今すぐ抱きしめたい。
 あなたがいてくれるから、私は我慢できるのだ。

 衝動をこらえ、私は口にする。

楓「いえ、Pさん」

楓「いつでも、Pさんは私の心の支えです。恋人です」

楓「いてくれて、ありがとう……」

 せめて、言葉には尽くそう。
 想いを言葉に乗せて。

 あの人は、少しデレっとした顔をして言った。

P「うん。僕も、楓さんが心の支えです。ほんとうにありがとう」

P「楓さんがここに、こうしていてくれることが、ありがたい」

 お互いの存在が大きくて、愛しい。
 それがわかるから。

 私たちはそれまでの怒りや焦燥を、一口ずつお腹へ流し込む。
 食べて。語って。

 また明日。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

いつも応援ありがとうございます。がんばります
和歌山ラーメン、おいらは好きですよ

ではまた ノシ
三連休中に投下します

↓ ↓ ↓

ちひろ「今日は?」

楓「えっと、社長に呼ばれたので……」

 社長が「ちょっとお話がありますので」と、相変わらずのはぐらかすような言い方で私を呼びつけた。
 たぶん、あの人もいるだろう。
 すると。

凛「おはようございます……あ、楓さん」

楓「凛ちゃん、おはよ」

凛「楓さん、今日仕事でしたっけ?」

楓「ん? えっと、社長に呼ばれて、ね」

凛「え?」

楓「え?」

 凛ちゃんはちょっと驚いている。

凛「楓さんも、ですか?」

楓「凛ちゃんも?」

 お互いの顔を見合わせ、そして腑に落ちた。
 なるほど、例のツアーがらみだろう。おそらく。

楓「ふふっ、楽しみね」

 そう作り笑顔で応えると、凛ちゃんは複雑そうな顔をする。

凛「え、ええ。楽しみですけ、ど」

凛「楓さん、大丈夫ですか?」

 彼女はそう言った。

 年明けの例の件から、私の様子をあの人の次によく知っている凛ちゃんだ。
 本当に心配で仕方がないのだろう。

楓「こうして仕事もこなしてるし。うん、大丈夫大丈夫」

 そうは答えるものの、凛ちゃんには見透かされているだろうな。

ちひろ「寒いからこれ、どうぞ」

 ちひろさんは、難しい顔をしているだろう私たちに、ホットレモネードを出してくれる。

凛「これ、ちひろさんが作ったんですか?」

ちひろ「私は、こんなことくらいしかお手伝いできないし」

 そう言ってちひろさんは、社長室へ連絡をした。


社長「ああ、ふたりともそろったんですね。じゃあ、話をしましょうか」

 社長は部屋から出てくると、私たちを招き入れる。
 社長室にはあの人もいた。

社長「さて、おふたりのその表情を見ると、私の話がどういうものかお分かりのようですね」

 私たちふたりが呼ばれたということは、きっとそういうことだろうとは思っても。
 それは確信ではない。

社長「そうですね。ひとつは、ご想像のとおりです」

 ひとつは?
 軽い驚きを覚え口を開こうとすると、凛ちゃんが先に。

凛「ひとつは? ですか?」

 社長はうなずき、続きを口にする。

社長「ええ、もうひとつあります」

楓「ふたつ、ということですか」

社長「その通りです。ひとつはデュオのこと、そしてもうひとつは」

 社長は私に、左手を差し出すように向けた。

社長「高垣さんの引退について、です」


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


凛「えっと……あの……」

 私の引退。
 凛ちゃんも個人的に知っていることとはいえ、なぜ一緒に。

凛「私が一緒に聞いても、いいんですか?」

社長「ええ。ここしばらくの高垣さんをサポートしてくれたのは、渋谷さんだと伺いまして」

 社長はあの人に目線を向け、あの人は軽くうなずいた。
 凛ちゃんはふたつめの驚きに、少し戸惑ってる。

凛「そう、ですか。引退、なんですね」

 そう言って彼女は目を伏せた。
 知っていたこととはいえ、社長から直接言葉にされたことで、それが近い現実であると気づいたのだろう。

楓「あの、それでいつ」

社長「まあ、それは座って話をしましょうか」

 社長は応接ソファーに私たちを誘導した。
 応接セットを囲んで、私と凛ちゃんが隣り合い、社長とあの人が向かいに。

社長「さて、と。まずなにから話をしますかね」

 社長はあの人の用意したレジュメに目を向ける。
 あの人の内線コールで、ちひろさんが飲み物を持ってやってきた。

社長「ああ、千川さんも残ってください。大事なことです」

ちひろ「わかりました」

 ちひろさんは折りたたみ椅子を出して、少し離れて座る。

社長「まず、引退の話からしましょうか」


楓「は、はい」

 社長に話を向けられ、少しどきりとした。

社長「高垣さんの活動は今年いっぱい、ということにします」

社長「そこから先は、高垣さんの自由です。おめでとう」

楓「あ、ありがとうございます」

 社長におめでとうと言われ、反射的にお礼を言ってしまう。
 決しておめでたいことではない。私のわがままで決めたことなのだから。
 ただ、それを非難することなく、ずっとフォローしてくれた事務所のスタッフには、お礼をいくら言っても足りない。

社長「渋谷さんは個人的に、高垣さんの引退のことを知ってるようですが?」

凛「ええ。まあ」

社長「では、このスケジュールは他言無用にしてもらいます」

凛「は、はい」

社長「というのも、事務所から引退について、一切の発表は行わないことにしましたので」

楓「え?」

社長「Pくん。説明して」

P「はい」

 社長が同席した中であの人が説明する。とてもやりにくそうだ。

P「本来なら、私と楓さんがおつきあいをしていることを発表するはずでした、が」

 あの人のしゃべりがこわばっている。
 内輪とはいえ、こうして自分たちが交際しているという事実を話すのは、とても恥ずかしいし重苦しい。
 でも、これはきちんとしておかないとならない。そういうものだ。

P「先般の雑誌報道、それから先方のファンによるものと思われる一連の行為があったので」

P「楓さんの今後の行動を考え、発表を避けようということを、スタッフミーティングで決定しました」

楓「どうして、です?」


凛「うん、どうして? なにもやましいことなんかないんだし」

 凛ちゃんは純粋に疑問をぶつける。
 私は正直、多少のやましさは感じるけど、でも発表できないというのもさびしい。

社長「まあぶっちゃけ言うとですね。高垣さん叩きが増えるだろう、と」

社長「それでは、事務所にとってマイナスしかありませんからねえ」

P「あちらさんの一連の行為で、女性ファン層の楓さんのイメージが、悪化してるのは確かです」

P「『恋多き女』と言われる危険が、非常に高い、と」

 あの人はとても悔しそうに言った。

凛「なんで! あっちが勝手に嘘ついてこっちが迷惑被ったんじゃない!」

凛「ひどいよ、あんまりだよ。事務所が楓さん守れないでどうするの……」

 凛ちゃんの言葉に、あの人の顔がゆがむ。

P「いや、凛の言うとおりだ。ほんとに申し訳ない」

 あの人が深々と首を垂れる。
 凛ちゃんのやり場のない苛立ちに、社長が割って入る。

社長「渋谷さん。気持ちはわかります。でも」

社長「あちらの事務所と全面対立しても、うちの事務所のほうが分が悪い」

社長「しがらみが多いとこなんですよ。許してください」

 社長にそう言われ、凛ちゃんは悔しさをかみ殺す。
 それが業界。掟に反しないすれすれなら、セーフなのだ。

社長「でも映画が派手にこけてくれましたし、少しは溜飲を下げてもらえると、私は嬉しいですね」

 あちらもかなりの製作費と宣伝費をつぎ込んだ映画は、結局封切り週以外は動員もさんざんだったらしい。
 しばらくはおとなしくしてるだろう、と。

P「ただ、ファンのイメージはまだ残ってますから」

P「楓さんにヘイトが集まることは、極力避けないとならないんです」

 誰も納得などしていない。でもそういうものだから。
 自分たちの気持ちを押し殺し、次善策で乗り切るしかない。

社長「ただ私個人もとても悔しいものですし、それなら大きな花火を上げようじゃないか、と」

社長「そして渋谷さんは、ソロとして大成したいと考えている」

社長「ですから、私はこのデュオツアーにゴーサインを出したんです」

 あの人がうなずく。

P「見返してやりましょう? いろいろなしがらみに」

社長「このツアーは、事務所の今年のメインでやります。総力戦です」

社長「渋谷さんを不動のトップに、高垣さんを伝説に」

 社長はにやりと笑う。

社長「当然、やっていただけますね?」

 言葉はいらない。
 私と凛ちゃんは、社長の一言にうなずいた。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

投下します

↓ ↓ ↓

 疲労のたまった筋肉を伸ばす。

楓「くうぅ、結構ぱんぱんかも」

凛「でもずいぶん、可動域が広がりましたよね」

 自分では気が付かないけれど、確かに体の可動域が広がったような気がする。
 やっぱり。

楓「日ごろからやってないと、ダメってことね」

 歳相応の体がうらめしい。

凛「明日にヴォイスやるんですか?」

楓「ええ。さすがにこの後に発声は、ねえ」

 凛ちゃんと互いに苦笑い。

凛「じゃあ、それでは」

楓「今日もやってみる?」

凛「ええ、負けませんよ」

楓「じゃあ」

 私たちふたりは、右手を出し合う。

凛・楓「最初はグー! じゃんけんぽん!」

楓「よし! よーし! 勝ちましたわあ」

凛「……ううっ、負けた」

 私がチョキ、凛ちゃんがパー。
 夕飯の当番をじゃんけんで決めたのだった。


 話はさかのぼる。
 社長からツアー話をもらって一週間。凛ちゃんから話が振られる。

凛「楓さん」

楓「ん?」

凛「合宿もどき、しません?」

楓「もどき?」

凛「ええ、もどき」

 凛ちゃんから提案された、合宿もどき。
 トライアドの三人は、ツアー前に一週間程度一緒に生活して、お互いの意思疎通を図るようにしてるとか。

凛「楓さんと運命共同体になるんで、親睦を図りたいかな、と」

楓「私は構わないけど。親御さんや奈緒ちゃん、加蓮ちゃんに話は?」

凛「親はいつものことなんで大丈夫です。奈緒と加蓮は、まあ」

楓「あら?」

凛「言ったら、押しかけてくるんじゃないかなー、って」

 凛ちゃんは照れくさそうに言った。

楓「それはそれで楽しそうだけど、ねえ」

凛「んー、でも」

 彼女はなにか悩んでいるようだ。

楓「ところで、合宿ってどこでするの?」

凛「えっと……」

楓「?」

 凛ちゃんは私を見てもじもじしている。

凛「楓さんちでお泊り、で。ダメです?」

 ぷっ。
 凛ちゃんったら、最初からそれが目的だったのかな。

楓「ふふふっ、いいわよ。ただし」

凛「ただし?」

楓「食事は交代制で、ね?」

凛「……あー」


楓「どうしたの?」

凛「私、料理あんまり得意じゃないけど……いいですか?」

 彼女のうろたえ方からすると、本当に苦手らしい。
 しかたないなあ。

楓「じゃあ、毎回じゃんけんで。少しはできるようにならないと、ねえ」

凛「努力します」

 バレンタインのチョコ作れるくらいだから、大丈夫だろうと思うけど。
 かわいい妹には、どうやら甘い私らしい。

楓「私も手伝うから」

凛「お願いします」

 そういえば、東京に出てきてしばらく同業の子とルームシェアしてたなあ。
 ちょっと懐かしい。

楓「いつやろうか? もどき」

凛「えっと、仕事のスケジュール見て、ですかね」

楓「そうね。妥当かな」

 ふたりのスケジュールを事務所のグループウェアで確認し、凛ちゃんのマネージャーとあの人に内諾を得る。
 マネージャーもあの人も、「ああ、いつもの」と言ってオーケーしてくれた。

楓「三人の合宿って、どこでしてたの?」

凛「女子寮ですね。奈緒がいるし」

楓「そっか」

凛「あと、ご飯も出るので」

楓「……ああ」

 実に合理的というか。
 実際仕事やレッスンで疲れた後に、ご飯作りなんかしたくないよね。

 わりとすんなり決まった合宿もどきは、ふたりのスケジュールを見ながら3月に実行された。
 始まって4日目。結構楽しい。
 一週間程度の共同生活だけど、久々のルームシェアは新鮮だ。

凛「なにか食べたいものあります?」

楓「そうねえ。まあ、スーパー行ってから考えよっか」

凛「はいはーい」

 シャワーを浴びて帰る準備をする。
 さて、なにを買おうか。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

楓さんおとなげないですなw
つか、楓さんがつまみ以外のもの作ってる画が想像できない

では ノシ

08:18│高垣楓 
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