2014年07月05日

佐久間まゆ「プロデューサーさん、いきましたか」

・モバマスSSです。

・まゆの一人称でお話が進みます。

・地の文が多いです。

・キャラの性格が変かもしれません。

・初めてSSを作成しましたので、何かおかしい点がありましたらご指摘ください。







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1404226782



朝、まゆが階下に降りていくと、

プロデューサーさんはもういません。



慌てていたのでしょうか?エアコンの暖房が付いたままです。

着替える時に部屋を暖めるのに使って、

そのまま消し忘れてしまったようです。まだ、朝は少し冷えますからね。



まゆはエアコンのスイッチを消しました。

うふふ……、慌てん坊なプロデューサーさん。

ずぼらで、でもそこがほうっておけない魅力のまゆのプロデューサーさん。

まゆは少し前から、プロデューサーさんの家で暮らしています。

このことは、事務所のみんなにはもちろん内緒です。

知ったら、皆さん、きっとショックを受けますから。

今のところ、うまくやっているので、誰にもバレていません。



同居している今も、まゆはアイドルを続けています。

色々な人にバレないようにアイドルを続けるのは大変ですが、

でも、今、とても充実した生活を送れています。



さて、まゆは朝、いつもシャワーを浴びることにしています。



脱衣所に向かい、まゆは服を脱いで、浴室に入ります。



シャワーを出して、軽く体を濡らします。



ボディーソープ、シャンプーはプロデューサーさんと同じものを使っています。

プロデューサーさんと同じ香りに包まれる……うふ。



じっくり頭と体を洗ってから、少しぼーっとシャワーを浴びます。



ふぅ……。



シャワーに満足した後、軽く浴槽の掃除をします。



浴槽の壁にプロデューサーさんの黒い髪とまゆの茶色い髪が絡み合っていました。

ああ、それは……まるで、まゆ達二人のように。



まゆは一つずつ丁寧にそれ拾って、少し眺めてから排水口に捨てました。

掃除の後、まゆは浴槽から出て、体を拭いて、服を着ます。



リビングに入って、少し休もうと、座椅子に座ります。



座席から部屋を見渡します。部屋は色々なもので散らかっていて、

ズボラなプロデューサーさんの性格が現れているみたいです。



じっくりとプロデューサーさんの視界を味わってから、

今度は座席の匂いを嗅ぎます。背もたれに顔をうずめて深呼吸。

素敵な残り香。

プロデューサーさんの匂い。



まだプロデューサーさんがここに残っているみたいです。



味は……、まあ、座席からプロデューサーさんの味はしませんね。

舐めるのはやめておきます。

しばらくその座椅子で休んでから、まゆは一度階段を上がって、

編み途中の編み物を持って来ます。



今日はオフです。

午前はプロデューサーさんへのプレゼント作りをしようと考えています。



もうすぐ、プロデューサーさんの誕生日が来ます。

まゆはプロデューサーさんに手作りのマフラーをあげるつもりです。

プレゼントは、気合の入ったものを作らねばなりません。

何しろ、プロデューサーさんは事務所の女の子皆から

プレゼントをもらいます。

その中で、まゆのプレゼントは一番でなければなりません。

だから、このマフラーには、まゆの全てを込めます。

集中して編み始めます。



……。

…………。

………………。



一段落して時計を見ると、お昼近くなっています。

集中していたので、思ったより時間が経っていました。

少し休もうと思って立ち上がろうとしたところで、

何かを蹴ってしまいました。



それは緑と白のマスコットキャラクター、ぴにゃこら太でした。

膨れた体に憎たらしい表情が特徴のゆるキャラです。



多分、穂乃香さんがプロデューサーさんにプレゼントしたものでしょう。

最近、穂乃香さんがこのキャラクターを、周りの人に配っているところをよく見ます。

忍さんが言うには、クレーンゲームで取りすぎてしまうとか。

よほど好きなのでしょうね。

ぴにゃこら太を見ていたら、なぜか刺したくなってきます。

以前に、忍さん、穂乃香さん、柚さんが編み物をしていたとき、

柚さんがそんないたずらのフリをしたと聞きました。

この人形は嗜虐的な感情を駆り立てるものがあるのかもしれません。



でも多分、まゆがそうしたいと思うのは、そのせいだけじゃありません。



刺したい。

刺そう。



ぐさ!



思わず力の入った編み棒が、ぴにゃこら太の柔らかなお腹をへこませます。

もちろん穴を開けることはありません。編み棒はそんなに鋭くはありませんから。

本当に穴を開けたければ、こんなものではダメですね。

相応の道具がないと……。

……いけませんね。

こうやって、編み棒を突き立てると実感します。

穂乃香さんへの嫉妬。

プロデューサーさんを独占したいという悪い感情。



大丈夫。プロデューサーの一番は、まゆ、大丈夫。



ごめんなさい、穂乃香さん、こんなことをして。まゆは心の中で謝ります。



それに、いくら憎たらしいぴにゃこら太相手とはいえ

このように八つ当たりするのは、間違ったことです。

まゆは反省して、ぴにゃこら太を元の場所に戻しました。

お昼です。



まゆは、午後、響子ちゃんのお見舞いに行くことにしています。



春菜さんからもらった黒縁のメガネと、芽衣子さんに選んでもらった麦わら帽子、

服もピンクではなく地味目のカラーでしっかりと変装して、まゆは外に出ます。



玄関を出たところで、ふと、事務所に寄ったら、プロデューサーさんと

一緒にお食事をできないかな、という案が思い浮かびました。

思いついてしまうと、やらずにはいられないものです。

特に好きなものに関する思いつきは。



まゆはお見舞いの前に、事務所に寄ることに決めました。

事務所は、プロデューサーさんの家から電車ですぐの場所にあります。



程なくして、事務所の前につきました。ドアの前に看板が掛けてあります。

「設備点検中、本日立ち入り禁止」



今日は事務所全体の設備点検をするとのことで、事務所に来てはいけないと

ちひろさんに言われています。

ですが、これはうちの事務所が、オフでも遊びに来る子達が多いからです。

大人数がいると点検の邪魔になるので、立ち入り禁止にしているに過ぎません。



少しの時間、プロデューサーさんに会う時間だけなら……。

ごめんなさい、ちひろさん。

まゆは言いつけを守らない悪い子に成らせてもらいます。



中に入ると、いつも賑やかな事務所がとても静かで、不思議な感じがします。



さて、プロデューサーさんはどこでしょうか?

事務所の出勤プレートはひっくり返っているのですが。



すると、事務所の奥のドアが開きました。

ちひろさんです。



まゆ「あの……」

ちひろ(ガタッ!!!)



まゆが声をかけると、ちひろさんは心底驚いたようで、思い切りドアを閉めました。

見開いた瞳が揺れています。

ちひろ「……まゆちゃん、どうしたの……」

まゆ 「オフで時間があったのでプロデューサーさんに会いに来たんです」

ちひろ「え、あ、そう。でも今日はその、まだ……。いえ、その前に今日は施設点検だから

事務所は立ち入り禁止と言ったでしょう?」

まゆ 「ごめんなさい。でも、プロデューサーさんに会うだけだからいいかな、と思って。

長く居るつもりはありませんから」

ちひろ「そう……」



ちひろさんは喋っているうちに、徐々に落ち着きを取り戻していきました。

いつもの優しそうな笑顔を浮かべます。



ちひろ「……まったくもう。本当はダメなんだからね?今日はもう来ちゃったから仕方ないけど」

まゆ 「ありがとうございます。それで、プロデューサーさんはどちらに?」

ちひろ「そうだった。えーと。ちょっとここで待ってね」

そう言ってちひろさんは奥の部屋に戻って行きました。

なぜ戻るのでしょう?不思議に思いながら、待っていて、というちひろさんのリクエストに従い、

まゆはソファにちょこんと座ります。



それにしても、先ほどのちひろさんの動揺は一体何だったのでしょう?

いくら、皆に来ないように行っていたからとは言え、あのように驚くものでしょうか?



思いを巡らしていると、30秒と経たずにちひろさんが戻ってきました。



ちひろ「まゆちゃん、プロデューサーさんなんだけど

出勤途中で寄らないといけないところができたみたい」



まゆ「え、でも出勤プレートが……」



ちひろ「あらほんと、昨日帰るときにひっくり返し忘れたのね」



ちひろさんはプレートを裏返しながら、こちらに携帯を手渡してきます。



ちひろ「はい、これプロデューサーさんのメール。

ちょっとこっちに来られる時間は、遅くなってしまうみたい」



ちひろさんが携帯電話を渡してくれます。

プロデューサーさんからのメール。

今、ちひろさんが行った内容のことが書かれていました。



まゆ 「そうですか……、残念です。では今日はお暇します」



まゆはちひろさんに挨拶をして、事務所の外に出ました。



……。



道を歩きながら、まゆは考えます。



今日のちひろさんは、おかしいように思いました。

焦ってまゆを追い出したがっているような感じでした。



気になったのが、わざわざプロデューサーさんのメールをまゆに見せた点です。

そんなことをしなくても、一言プロデューサーさんから

そういう連絡が来たと言えばいいのに。



わざわざまゆにメールを確認させたのは、

何かやましいことがあるのを、言葉だけでは勘ぐられるのでは、

と心配したからではないでしょうか?



それに、ちひろさんは、もともとなぜ奥の部屋にいたのでしょう?

奥の部屋で、一人で何をしていたのでしょう?



そして、本当に一人で……?

……いえ。それは疑りが過ぎるというものでしょう。

たまたま、まゆが疑いたくなってしまう状況が重なっただけ。

気にし過ぎはよくありません。



まゆは軽くお食事をとって、デパートで果物を買ってから、病院に向かいます。



響子ちゃんのお見舞いです。



先日のことです。ゾンビ映画の撮影に臨んでいた響子ちゃんは、階段踊り場の上で、

階下から群がってくるゾンビたちをナイフ一本で倒すシーンを撮影していました。

軽快にゾンビたちを倒していた響子ちゃんですが、

あるゾンビに襲われるシーンで不幸が彼女を襲いました。



本来は、ゾンビに襲われて踊り場の側に倒れる予定だったシーンで、

足をもつれされた響子ちゃんは運悪く階段の側に倒れてしまったのです。

その時、響子ちゃんは体を支えようとして足を突き出し、右足の甲の方を地面に

叩きつけてしまったのです。それが原因で響子ちゃんは足を折ってしまいました。

ただ、運が良かったのは、ゾンビ役だった木場さんが、

咄嗟に響子ちゃんを支え、階段落ちを免れたことでした。



響子ちゃんを襲うゾンビ役だったほたるさんが、青ざめた顔で何度も

響子ちゃんに謝っていました。

しかし、決して彼女は悪くありません。

彼女には一点の非もありませんでした。

あれは不幸な事故でした。

それは間違いのないことです。

病院に着くと窓口で響子ちゃんの部屋を聞いて、そちらを訪れます。



部屋に入ると、ベッドで足を吊った姿の響子ちゃんが窓の外を見ています。

今は一人のようです。



まゆ「こんにちは」

響子「ああ、まゆちゃん。お見舞いに来てくれたの?ありがとう」

まゆ「お加減はどうですか?」

響子「ちょっと痛むけど、でも大丈夫。すぐ治るってお医者さんも言ってたよ。

……でも映画の件が、気にかかるな」

まゆ「大丈夫ですよ、あれが響子ちゃんの最後の映画のシーンだったのでしょう?

ゾンビを切り伏せるところの映像は撮れているとのことですから、

最後倒れたシーンを代役で取れば問題ないとお聞きしました。倒れていれば顔も映りませんからと」

響子「うん、それはプロデューサーさんも言ってくれた。

……でも、最後まで自分で出られなかったから、それが気になってね」

まゆ「……そうですよね」

…………………………。



会話が途切れました。

まゆは響子ちゃんのベッドの隣に座って、

食べますか?と響子ちゃんに確認してから、買ってきたりんごを剥き始めました。

響子「プロデューサーさんに迷惑かけちゃったな……」

まゆ「……そんなこと」

響子「……少しだけ、不安なんだ。悪く思われてないかな、って」

まゆ「響子ちゃん。プロデューサーさんは、失敗を悪く言う人ではありませんよ。

ましてや不慮の事故で人を責めるような方ではありません」

響子「…うん、そうだよね。プロデューサーさんは、いつも優しいもの。

でも、最近、私どうもダメなんだ。ミスばっかりしちゃうし集中できない

ずっとそんな調子だから、不安になる」

いつもの響子ちゃんとは、別人のようでした。

とても思い詰めて、打ち沈んだ表情。



まゆ「……なにか、あったんですか?」

響子「………………」



響子ちゃんは、まゆの問いにしばしの間答えず、自分の手のひらを見つめていました。

言うべきか、言わざるべきか、迷っているようでした。



響子「…………………ちひろさんといるのを見たの」

まゆ「プロデューサーさんが、ですか?」

響子「そう。ちょっと前に、外出先でたまたま二人でいるところを見たの」

まゆ「同じ職場ですから。そういうこともありますよ」

響子「…うん、たまたまかもしれない。でも、あの時見たプロデューサーさんの笑顔が、

私、思い出されてダメなの。私達、アイドルと話す時とは違う。とても、とても自然な笑顔だった」

まゆ「……」

響子「本当のところは、わからないよ。私は馬鹿な勘違いをしているだけかもしれない。

でも、疑いだすとダメだよね。なんにも集中できなくて」

まゆは、一度りんごを切る手を止めて、皿の上にりんごとナイフを置きました。

いつもは、真っ直ぐにプロデューサーさんを好きな響子ちゃん。

他の誰かがプロデューサーさんにアタックしても、そんなの関係なく、自分の好きを貫いてきた響子ちゃん。

まゆとは対極にいる、響子ちゃん。

そんな響子ちゃんが今日はまゆの側に来て、プロデューサーさんが

ちひろさんに取られたんじゃないかと、不安に顔を曇らせています。



まゆは、響子ちゃんといると不思議な気持ちになります。

それは、まゆが、響子ちゃんのプロデューサーさんへの愛にひどく嫉妬しながら、

同時に、自分にはまねできそうもない、まっすぐなプロデューサーさんの愛し方を

尊敬しているから、だと思います。



だから、まゆにとって響子ちゃんは恋敵であり、尊敬する友人でもあります。



そんな響子ちゃんの不安を、まゆは取り払って上げたいと思うのです。





まゆ「響子ちゃん。それは、意味のない不安ですよ」

響子「……え?」

まゆ「まゆは、いつも不安ですよ?今の話を聞いて、とても不安に思いました。

でも、まゆが不安に思うのはそれだけじゃないんです。

まゆは、プロデューサーさんがほかの女の子と話してるだけでも不安です。

プロデューサーさんがほかの女の子を見ているだけでも不安です。

プロデューサーさんがほかの女の子と同じ空間にいるだけでも不安です。

それは、好きな人が誰かに取られてしまうかもしれないと思うからです。

響子ちゃんはプロデューサーさんとちひろさんが外で親しくしているのを見て、

不安に思ったんですよね。まゆは、事務所にプロデューサーさんが行く時は、いつも

今の響子ちゃんとおんなじ気持ちです。だって、事務所には可愛いアイドルのみんながいて、

響子ちゃんがいて、ちひろさんがいて、誰かがプロデューサーさんをとっちゃうんじゃないかって

不安で不安でたまりません。

まゆたちが、もしこの不安を拭いたいと思ったなら、できることは2つしかないんです。

それはプロデューサーさんを諦めるか、プロデューサーさんを手に入れるか、だけなんです。

でも、響子ちゃんがまゆと一緒の気持ちなら、きっと諦めるなんて器用な真似はできません。

だから、私たちは結局のところ、プロデューサーさんが結論を出すまで、

プロデューサーさんを愛することしかできないんです。

愛することだけが、唯一の選択肢です。

だから、その不安に意味はないんですよ?」

響子ちゃんは、目を瞬かせ、納得したように何度か頷きました。

まゆ「引きました?」

響子「うん、すっごい引いて……、すっごい、感心した」

まゆ「良かったです」

響子「まゆちゃんはすごいなぁ」

まゆ「人より愛と業が深いだけです」



ふふっと二人で笑い合いました。

そうしているうちに、他のお見舞いの子達が来ました。

まゆたちは、皆で何時間か楽しくお話して過ごしました。



夕暮れどきになったので、まゆは帰ることにしました。



響子「まゆちゃん、ありがとう」

まゆ「いえ、こちらこそ、ですよ」



まゆは病院をあとにしました。



しかし、また、ちひろさん……か。

病院を出ると夕焼けで空が真っ赤に染まっています。



帰りの駅で、たまたま同じ事務所の子を見かけました。

そして、彼女を見たときに、ある考えが浮かびました。



でもそれをするのは……。



まゆは少し迷って、結局、声をかけます。



まゆ「あやめさん」

あやめ「やや、これはまゆ殿。奇遇ですな?」

まゆ「ええ、まったくです。ところで、少しいいですか」

あやめ「どうぞ、なにかありましたか?」

まゆ「あやめさん、確か、別事務所の脇山珠美さんと親しかったですよね?」

あやめ「ええ、それが?」

まゆ「その脇山さんに、うちのプロデューサーさんが、

今日脇山さんの事務所に伺ったか、聞いてもらってもいいですか?」

あやめ「珠美殿の事務所に?プロデューサー、また別事務所の女の子を間違えてスカウトして、

謝りに行ったのですか?」

まゆ「そう言う話を聞きました。朝から昼の間だと思います」

あやめ「……ふむ。いいですよ。聞いてみましょう。珠美殿の事務所は狭いですから、

来客があれば気づくでしょう。ただ珠美殿が、今日その時間に事務所にいたとは限りませんよ?」

まゆ「構いません。わからなかったら、それはそれで」

あやめ「分かりました。返信に時間がかかるかもしれません。

立って待つのもアレですから、喫茶店にでも行きましょう」

しばらくして返信が帰ってきました。

結果を聞いた後、まゆはあやめさんに、この件はプロデューサーさんには黙っていて欲しい

とお願いしました。

その後、挨拶をして別れました。



家に着くと、あたりはだいぶ暗くなっていました。

窓を見ると明かりはついておらず、まだ、プロデューサーさんは帰ってきていないようです。

まゆは中に入り、鍵をかけました。



まだ時間は早いですが、今日はもう休むことにします。

気持ちが落ち込んでいました。響子ちゃんにあれだけ不安に思っても意味がないと

言っておきながら、自分ではそう簡単に割り切れません。

まゆはダメな女の子です。



ただ、嘘は、堪えました。

夜は朝同様に冷えます。プロデューサーさんのために、暖房をつけておきましょう。

エアコンのスイッチを入れ、温度を確認してから、まゆは階段を上がり横になります。



今日はプロデューサーさんとすれ違ってしまってばかりでした。

お話したい。

もっとちゃんとしっかりとできるだけ思うようにあなたの心が見えるように

ずっとずっとずっと。



話したい。



そんなことを思いながら、まゆは横になり、眠りにつきました。

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ちひろさんに好きだと言われたとき、

だいぶ迷って、もう少しだけ考えさせてくださいと、返した。



迷ったのは、アイドルの想いを裏切ることになるから。

でも、ちひろさんのことを、好きだと思ってる。



だから、迷う。



今日事務所に行ったとき、いつもは賑やかな事務所に、二人だけだった。

今日は事務所の点検が入っていて、アイドル達に来ないように行っていたからだ。

ちひろさんは、いつものように仕事をしていて、僕も挨拶だけして、同じように

仕事をしていた。



昼、少し前、ちひろさんは「デートしましょう」と言った。

僕は「仕事中ですよ」と返すと、

彼女は「お昼休みだけ。昼食デートですっ」と元気に返してきた。

その茶目っ気のある冗談めいた笑顔に気を許してしまって、僕はいいですよ、と答えた。



二人で事務所の奥の部屋で昼食を食べていた時だ。

ちひろさんが一度事務所の方に行こうとしてドアを開け、

そして思い切り、ドアを閉めた。

話し声がして、まゆが来たのだとわかった。



後で思い返すと、今日は元々二人で仕事をしているのだから、

昼食を二人で食べていたって、やましいことなんて何もなかった。

それでもちひろさんが扉を強く閉めたのは、多分彼女がこの昼食を、

僕が冗談だったと受け取ったのよりはずっと特別なものだと考えていたからかもしれない。



少し話したあと、ちひろさんは一度こちらの部屋に戻ってきて、

うっかり僕をいないことにしてしまったので、ちょっと外出していることにしてもらってもいいですか?と

ひそひそとお願いしてきた。

まゆを騙すのは気が咎めた。でも、この嘘で誰かが傷つくわけじゃない、嘘がばれる方が良くないと

思い直して、僕はメールを書いた。内容は、またアイドルを間違えてスカウトして、

別事務所に謝りに行ったことにした。



まゆはあっさりと事務所を出て行った。

まゆが帰った後は、また事務所で仕事をした。

少しだけ気まずいと感じた。

事務所での仕事が終わったあと、病院に行った。

面会時間終了直前、響子のお見舞いに滑り込めた。

響子は思ったよりずっと元気そうで、何よりだった。

映画の件はなんとかなりそうだったので、その旨を伝えておいた。

響子は迷惑をかけたことを謝ってきたが、僕は、そんなことは気にせず、今はゆっくり休むように言った。

そして、今日の響子はなぜかスキンシップが過剰だった。

夜。

家路の時間は、すっかり疲れてしまっている。

仕事が苦なのではない。

いつもちひろさんのことを心のどこかで問うているからだ。

どうすればいいだろう、と。

問い直す度に心が重くなる。

そして疲弊する。

気持ちが片付かない。



家に着く。



ドアの鍵を開け、部屋に入る。



すると、急に妙な胸騒ぎがした。



なんだろう、なぜか不安な気持ちになる。



異様な雰囲気、何かを吐き出すような音。



僕は違和感を抱えたままリビングに入る。



部屋は暗く、カーテンは締めてあるので、視界が乏しい。



僕は壁にある電灯のスイッチを勘で探りあて、点ける。



あ……。



エアコンが暖房で起動していた。

どおりで暖かいと。

そういえば室外機も動いていたような気がする。



今日はもう疲れたので、すぐ寝る事にする。

僕はシャワーだけ浴びて寝巻きに着替えると、

暖房の1時間後停止タイマーをかけて、リビングのベッドに入った。



明日も仕事だ。

それは苦じゃない。

でも、答えがでない。



問の出ない答えから逃げたくて、目を瞑る。

疲労のせいだろう。僕は驚く程速く、眠りについた。



……………。



眠って、しばらくたったのだろうか?



それとも、眠ったのは一瞬だっただろうか?



まどろみの中で、僕はわずかに目を開けた。



そこには天井が見えた。



そうして、天井を見て思い出した。



音がしていたと、誰かが言っていたことを。



天井裏にねずみがいると。



買わないと。



天井裏を見るために。



殺鼠剤を置くために。



天井に届く高さの脚立を買いにいかないと。



ぼんやりとそう思って、僕は再び眠りについた。



おわり



22:30│佐久間まゆ 
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