2013年11月07日

モバP「一人酒でもするか」

今日の仕事も終了

明日は休みときたもんだ

休日の前夜が、一番楽しみと言っても過言ではない


こんな時は酒を飲もう

そう、誰にも邪魔されずに一人でゆっくりと……

仕事終わりの一杯。良い響きだな

さてさて、それではみなさんお疲れ様でしたっと

帰り支度をして、行き着けの居酒屋へ向かうとしよう

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1378554784

「……良い飲みっぷりですね。もう一献どうですか?」

しばらく飲んでいた時に不意にそんな声をかけられた

初めての経験にとまどっていたが

「やや、これはどうも」

素直に応じることにする

白くて綺麗な手がお酌をしてくれた

手がこんなに綺麗なら、相当な美人に違いない

「ありがとうございま……え?」
顔を上げてお礼を言おうと思ったが、最後まで言えなかった

「高垣さん?」

「はい、高垣楓ですよ。プロデューサー」

俺の担当のアイドル、高垣楓がそこにいた

「なんでここに?」

「プロデューサーを偶然見つけて、どこに行くのかなーと」

「はぁ……そうですか」

高垣さんはにこにことしている

比べて、俺は微妙な顔をしているのだろう
「あ、不満そうな顔をしてますね……私のお酌はお気に召しませんか?」

「え? いや、そういう訳では……」

別に不満というわけではない

色々と聞きたいことが顔に出てしまったようだ

「すみませんでした」

高垣さんの悲しそうな、そして申し訳なさそうな声
 
にこにことした表情から一転、泣きそうな顔になって

「……そうですよね、年上のアイドルのお酌なんて嫌ですよね」

「そんなことないですよ、って高垣さん?」

顔を隠すようにして俯いてしまった

「う……うぅ……」

困ったな

こんな居酒屋で泣かれたら、目立ってしまうじゃないか

知名度は高いとは言えないけれど、片やアイドル、片やプロデューサー

人前で変に目立つのはよろしくない

変に期待してた自分にも非はあるだろうし

「高垣さん、泣かないでください。俺は高垣さんにお酌してもらって嬉しかったですよ」

「……」
沈黙

何か喋ってくれないだろうか、とても気まずい

「楓、です……」

「はい?」

「名前で呼んでください。いつも他人行儀すぎます」

「はぁ……」

「何なら、あだ名でも良いですよ」

何を言い出すんだろう

と言うか、この人泣いてないだろ


「やっぱり私のことなんて……ぐすっ……」

女の嘘泣きは怖いと聞くけれど

それに騙されるのも、男の甲斐性ってやつなのかね

「はぁ……楓、さん」

「……」

ちらりとこちらを窺っている

もうひと押しか

「楓さんにお酌してほしいなー、なんて思うのですが」

にこりと、営業スマイルをやってみる

「……もう、最初からそう言ってくれれば良いのに」

一呼吸おいて、やっと返事が返ってきた

とびっきりの笑顔とともに

「では、早速どうぞ」

ささっとお銚子を持つと

「ありがとうございます」

「いえいえ」

薄く微笑んでお酌をしてくれた

「頂きます」

「はい」

ぐいっと飲み干す

「おー、やっぱりいい飲みっぷりですね」

ぱちぱちと、小さく拍手をする楓さん

「美人さんがお酌をしてくれたからですよ」

うん、これは本音だ

俺が自信を持ってプロデュースできる女性だからな

……言いすぎか?
「プロデューサー、お上手ですね」

ふふふっと笑いながら、照れたような仕草をしている

「せっかくの酒の席ですから」

当初の予定と違ってしまったけれど

気持ちを切り替えて、楽しむとしようじゃないか

「さぁさぁ、楓さんもどうぞ」

「ありがとうございます」

お猪口を両手で持ち、くいっと傾けた

「ふぅ……美味しい」

美味そうに飲んでもらえると、こちらとしてもありがたい

「楓さんも良い飲みっぷりですね」

「プロデューサーにお酌してもらったお酒ですから」

「それはどうも」

随分とまぁ上機嫌だなこの人は

「プロデューサー、どうぞ」

とくとくと注がれる酒

「お酒が注がれる音って何か良いと思いませんか?」

ああ、わかる気がする

「わかります。いかにも酒を注いでるって感じですよね」
うんうんと頷く楓さん

「プロデューサー。今日はとことん飲みましょう」

これは宣戦布告かな?

「望むところです楓さん」

男として負けるわけにはいかない

「ふふふっ」

かくしてプロデューサーとアイドルの二人だけの飲みが始まった

まぁ、特に変わったことはないのだが

「あ、お酒なくなっちゃいましたね」

なかなかペースが速いな

「楓さんはどうします?」

「このお酒美味しかったので、もう一本つけてもらえますか?」

ついでに肴も何品か頼んでおくとしよう

「わかりました。楓さん、何か食べたいものありますか?」

「焼きイカなんていかがですか、ふふっ」

「あとは冷ややっこと塩辛でいいですね」

親父的なギャグはあえてスルーした

お銚子を何本空けたのだろう

十本以降は数えるをやめた

髄分と良い気分になってき……

「ぷろでゅうさぁ?」

青と緑の瞳にじっと見つめられる

「はい、ここにいます」

目が潤んで、頬がほんのり赤くなって……

一言でいうと、凄く色っぽい

「ふふふっ。目が逢いましたね」

さっきの雰囲気とは違う

大人の楓さん

「どうしたんです、ぷろでゅうさぁ? そんな表情をして」

どこか期待をしているような

そんな視線

「なんでもないですよ、なんでも」

思わず視線をそらせてしまった

「ふふふっ。目が逢いましたね」

さっきの雰囲気とは違う

大人の楓さん

「どうしたんです、ぷろでゅうさぁ? そんな表情をして」

どこか期待をしているような

そんな視線

「なんでもないですよ、なんでも」

思わず視線をそらせてしまった
「会計を済ましてきますから、待っててくださいね」

逃げるように席を立つ

「あっ……」

背中から聞こえたかぼそい声は、聞こえないふりをした

しっかりしろ俺

担当アイドルにどぎまぎしてどうするんだ

ぴしゃりと頬を叩く

「よし! 後は楓さんを送って行くだけだな」


「むぅ……」

席に戻ってみれば、不機嫌な楓さんが待っていた

「さて楓さん、そろそろ行きましょうか」

「おいくらですか?」

「今日は俺の奢りで良いです」

ぱぱっと帰り仕度をする

何かを言われる前に行動してしまえば良い

「……でも」

「いいですって」
会話の流れを絶つようにして外に出た

「お?」

「良い風……」

夏の風とは違う、秋の風が頬を撫でていく

「涼しくて良いですね」

「ええ、酔いさましにはちょうど良いです」

頭も、体も、冷静になっていく

本当に心地良い
「少し歩きませんか、プロデューサー?」

いつもの声だ

「ええ、俺も歩きたいと思っていたところです」

「ふふっ、じゃあ行きましょう」

くるりと背を向けて歩きだす楓さん

遅れないようにして、俺も歩きだす

「……」

「……」


さて、どう話をふればいいものか

「プロデューサー、聞こえますか?」

聞こえる?

「何がですか?」

「ふふふっ、耳を澄ましてください」

りぃんりぃん

りぃんりぃん

「鈴虫……ですか」

「正解です」
綺麗な音色です」

「そうですね」

名前通り、鈴を鳴らしているかのような音色

「りーんりん、りーんりん」

りぃんりぃん

りぃんりぃん

「わぁ、プロデューサー聞きました?」

「ええ、ちゃんと聞こえましたよ」

楓さんの歌声に、鈴虫のコーラスといったところか
「ふふふっ。ステキです」

嬉しそうな声

少しは機嫌が良くなったのだろうか

「楓さんの歌声も、鈴虫に負けないくらいステキです」

「えっ……」

あ、しまった

「そういうのズルイと思います」

「すいません……」

そっぽを向かれてしまった



りぃんりん

りぃんりん

鈴虫の音色が響く

「プロデューサーは意地悪です」

そう、自分は意地悪なのだ

「プロデューサーは意気地なしです」

そう、自分は意気地なしなのだ

何も言い返さないで次の言葉を待つ

自分に言い返す権利はない
「相手からのアプローチはかわす癖に、自分からそういうセリフを言うなんて」

まったくだ

正論すぎてぐうの音も出ない

「知っていますか? 中途半端な優しさは罪なんですよ」

どっちつかず

優柔不断

今までの関係が壊れるのが怖い

どれも当てはまる

「プロデューサーを偶然見かけてというのは嘘です」

知っている

「貴方がきちんと返事をしてくれないから……」

俺は何も言えない

いや、何も言わない

楓さんの気持ちを受け取ることもできる

逆にばっさりと絶ち切ることもできる

突き詰めれば、はいかいいえ、このどちらかなのに

「私、子供じゃないんですよ?」

十分に大人の女性だと思っています

「恋に恋する歳じゃないんです、それなりに恋愛経験だってあります」

これだけ魅力的なら納得できますよ

「アイドルとプロデューサー。この関係だからいけないんですか?」

「こんな思いをするなら……アイドルになんてならなければ良かった」

駄目だ楓さん、それ以上は言ってはいけない

「私、アイドル……やめます」
楓さんが落ち着くまで黙っていようと思った

俺だけに文句を言って落ち着いてくれれば、と

でも、もう無理だ

「貴女の気持ちはそれっぽちのものだったのですか? 楓さん」

そんなに簡単に言葉にしてしまうんですか?

「じゃあ答えをください……」

俺と高垣楓の答え

一致するのか不一致なのか

貴女からの想いと俺からへの想い
「俺の答え……」

「はい。貴方の答えを」

どうすればいいんだ

プロデューサーだから無理に決まってる

楓さんの魅力を独り占めしたい

何か良い言葉はないのか

「プロデューサー……私の名前を呼んでください」

微笑む楓さん

その綺麗な瞳に吸い込まれてしまいそうになる
「楓……さん?」

あれ? この感じ、さっきの飲み屋で……

「ふふふっ」

さっき感じた、大人の楓さん

「プロデューサー」

とさり、と体に少しの重みを感じる

「離れてください楓さん!」

「い、や、です。さぁ教えてください」

こんな密着した状態で、教えるも何もないだろう
ふりほどこうと少し力を込める

「やん、乱暴にしないでください」

俺の腕の中で身をよじる

「楓さんが離れてくれればこんなことしませんって」

平静を装ってはみるが、心臓の鼓動が速い

こういう業界にいれば何人も美人、綺麗な人を見ている

しかし、この人はそんな俺の目にも更に美しく見えるんだ

それに、こんな状況を他の人に見られるのは非常にまずい

「あら? ……ふふふっ」
「プロデューサー?」

新しいおもちゃを見つけたような視線

「プロデューサー、どきどきしてます……ね?」

二重の意味でどきどきしていますよ

「ふふっ、私と一緒です」

そう言って、少し強めに抱きついてくる

「嬉しい……私にどきどきしてくれてるんですね」

「そうですね……そろそろ離れてくれませんか?」
「もう……いぢわる」

意地悪で結構ですから

「わかりましたよ、だからあと少しだけ」

ぎゅう

ぎゅうううう

「楓さん、痛いですよ」

冗談じゃなくて結構痛い

「私も意地悪なこと聞きませんから」
「だから……ね? あともう少し」

これで落ち着いてくれるのなら良しとするか

「わかりました、あと少しだけですよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

やっぱりこの人は子供か大人なのかわからないな

「〜♪」

鼻歌なんて呑気だな、まったく……

人の気持ちも知らないで
りぃんりぃん

りぃんりぃん

周りでは鈴虫のコンサート真っ盛りだ

「楓さん、そろそろ良いですか?」

「……」

おかしいな

「楓さーん?」

腕の中の楓さんは目をつぶっている

りぃんりぃん

りぃんりぃん

周りでは鈴虫のコンサート真っ盛りだ

「楓さん、そろそろ良いですか?」

「……」

おかしいな

「楓さーん?」

腕の中の楓さんは目をつぶっている
おいおい、まさかこの人

「……くぅ」

俺に寄りかかっていたとはいえ

「すぅ……」

立ったまま寝ていた

「おいおい、マジかよ」

やっぱりこの人は子供だ

うん、間違いないな

はぁ……とため息をひとつ

なんだか今日は疲れたな

この人に振りまわされっぱなしだった

「ったく、この25歳児が」

ぐにっと頬を引っ張る

「ふぁ……」

まずはタクシーか? それとも起こすのが先か?

まぁ……どっちでもいいか

「たまにはこんな酒もありかな」

そう呟きながら、スラックスからスマホを取り出した






おしまい

08:08│モバマス 
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