2013年11月07日

P「俺の担当アイドルが・・・・自殺?」

発端はおそらく、ダンスレッスンと遠征の仕事を詰め込みすぎたがのが原因の靱帯断裂。

しっかり治療すれば、治る怪我だった。

しかし、時期が悪かった。アイドルの頂点を決めるイベント、アイドルアカデミー大賞。その受賞を決定付けるフェスの前にそれが起きた。


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今年中に結果を出さなければ契約を破棄するという話だったが、それでも、それでも。

まだまだ別の生き方はいくらでもあったはずなのに、彼女がこの世を去ることになった決定的な理由。

それが彼女の遺書の中にあった。

「プロデューサーの期待に応えられなくて、ごめんなさい。あれだけ手をかけてくれたのに、あれだけ私に期待をしてくれていたのに、ごめんなさい。こんな役立たずな私で、ごめんなさい。何もお返しできなかった。受賞をして、プロデューサーに誉めてもらいたかったのに、こんな私で、ごめんなさい。」
俺は彼女に絶えずこう言っていた、「お前ならできる」「まだまだ、お前の力はこんなもんじゃない」「周りはお前以上に頑張ってる、これだけで自分が頑張ってると思うな」

彼女は元から弱気で、そんな自分を嫌ってアイドルを目指していた。担当することになった俺の言葉を何でも素直に聞き、裏で自主練も相当やっていただろう。そんな、自分を周りに認めさせたいからこそ生まれるストイックさに、俺はつけ込んだ。

彼女が限界を超えてるのは頭のどこかでわかっていた。それでも自分の名誉のために、彼女を商売道具として割り切った。まさか、自分の命を絶ってしまうとは夢にも思わなかった。
俺の言葉が彼女を追い詰めた、彼女を殺したのは、俺だ。

葬式には、出させてもらえなかった。当然か、親族に謝罪に赴いた時は、罵詈雑言の嵐だった。マスコミはエサに飛びつくように取り上げた。彼女のファンや友人達には徹底的に叩かれた。

事務所の人達からは「お前のせいじゃない」「あまり気負うなよ」と言ってはくれたが、俺を見るその目は犯罪者に向けるそれだった。俺が彼女を酷使させていたのをリアルタイムで見ていたのだから、そうなるだろう。
言うまでもなく、もうそこに俺の居場所は無かった。まもなく退社届けを出して、無職になった俺はパチンコと酒に入り浸る毎日だった。

そんなある日、行きつけのバーで独りで飲んでいた時に声をかけてきた人がいた。

??「君、確かP君と言ったかな?あの一件以来、すっかり名を聞かなくなってしまったと思っていたら、こんなところにいたとはね」
P「人気アイドルを殺したプロデューサーは、こんなところで酒飲んでないで刑務所に入っとけ、と言いたいのですか?」

??「いやいや、そんなことは言わないさ。数々のアイドルを表舞台に送り出した君に、前から興味を持っていてね」

P「俺はただの、自分の名誉しか考えてない。人殺しプロデューサーですよ」

??「あれは残念だったね。君がプロデュースしていたあの娘は、とても輝いていた。あの娘を一目見ただけで、プロデューサーである君の力量は凄まじいものだとわかる」
P「俺がやったことと言えば、彼女のやる気を利用して、逃げ場を無くして追い込んだだけです」

??「本当にそれだけなら、アイドルとプロデューサーの間にあれだけ深い絆ができるはずがない」

P「・・・・」

??「君は優秀なプロデューサーだよ、少しばかり引き際を見極めるのに難があるようだが。それも、今考えれば、彼女のためだったんじゃないかね?」
P「違います」

??「違わないだろう?彼女の意思の強さを前に、止められなかったんじゃないのかね?」

P「どちらにせよ人殺しに変わりありません」

??「もう、自分を責めるのはやめたまえ。自分の過失を自虐的に変換しても何も変わらない」
??「もう、悪人を演じて生きるのはやめて、前を見て生きたまえ」

P「俺にできるのは、金が尽きるのを待って死ぬだけです。身寄りもありませんから」

??「死んであの娘に償えるものなんて、今の君には無いだろう」

P「!!」

??「ありがちな言い草になるが、それは逃げだよ。もし本当に償いたいなら、前を見て探すことだ。生きていればいずれ見つかるかもしれない」

高木「私は高木と言う。芸能事務所の社長をやっていてね、生きるためには職が必要だろう。もし生きて償う方法を探したいならいつでも来なさい。歓迎するよ」
そう言った後、席を立ち店を後にした。よりによって今の俺を芸能事務所に誘うなんて、何を考えているんだ、あの人は。

P(酒、不味くなっちまったな。痛いところを突かれたな、こればっかりは酒じゃ忘れられそうにない)

そのことはどんなに振り払っても、頭から離れることは無かった。
気付けば、765プロダクションを訪ねていた。

自分の弱さにはつくづく嫌気が差すが、小さな光が見えてしまった。見てしまったからにはもう、それにすがることしかできない。
高木社長は笑顔で迎えてくれた、自分を雇って下さいと頭を下げる人殺しの肩に、手を置いてくれた。

高木「じゃあそのように、明日は事務所のみんなに君を紹介しよう」

P「すみません、わがままを聞いてくださって」

高木「いや、君にプロデューサー業をやれと言うのは酷というものだ。事務も立派な仕事だよ。じゃあ明日から、頼むよ」

P「はい」
次の日事務所の人達の前で紹介をしてもらった。アイドル専門の芸能事務所らしく女の子が十数名、事務員の先輩が一人、あとはプロデューサーが二人。本当に小さい事務所だ。

P「よろしくお願いします」

小鳥「仕事は私が責任持って教えますから、安心して下さいね」(事務員の後輩キタ!これを逃す手はないわ小鳥!ちょっと目に生気が無いけど、顔はなかなかだし!)

律子「これで私達のプロデューサー業に集中できる時間が増えそうね」

2P「そうですね、小鳥さんだけでは捌き切れないのは僕たちがプロデュースと兼任してたし」

P(若いプロデューサー達だな)「音無さん、早速始めましょう」

小鳥「また、音無さんですか・・・・はぁ。それでは主な作業はーー」
ごく普通な事務作業。電話応対、書類整理、雑務を挙げればキリが無いがこれぐらいなら俺でもすぐに慣れるだろう。

それからは特に変わりない日々が続く。償いの方法なんて、こんな変哲もない仕事を続けるだけでは見つかりっこないと気付くのは、惰性のように働くのが日常になっていたころだった。

死ぬ気力もない、ただ入社と退社を繰り返す日が二年続いたある日。
早いとこ挿入部分終わらして会話主体のssにしたいです。
とりあえず今日はこれで、パッと思いついたのを書くだけなので他作と被ったりしたらごめんなさい
>>23
恥ずか死にそう。
小鳥さんの処女の行方は書いてる人にもわかりません。
P「お待たせしてすみません、社長」

社長「いや、仕事中にすまないね。ちょっと話があるんだが」

何かポカでもしただろうか・・・・と思ったところで、仕事のミスの心配をしている自分に何とも言えない感情を抱く。

P「なんでしょう」

社長「君がここに来てからもう二年経ったね。何か、変わりはあるかい?」
P「いえ・・・・気付けば、変えようという意思も無くなってしまいました」

社長「ふむ、大分重症のようだね。どうかね、君のための荒療治を用意したんだが、受けてみないかな?」

P「荒療治、ですか」

話が見えてこない。社長はどうも話を回り道させたがる。
社長「君に、ある女の子をプロデュースしてもらいたい」

P「・・・・本気ですか?」

社長「もちろんだ、君もこのまま本来の目的を見失って生きるわけにはいかないだろう」

P「・・・・」

社長「はっきり言う、君の今の目は死んでいるも同然だ。せっかく生きることを決めたのに、それじゃあ意味が無い」
わかってはいる、このまま時間だけを進ませていても何も変わりはしない。ただ、変えようという気力がわかない。
実際、今社長の言葉を前に、何の思案も浮かばない。この提案を受けようか受けまいか、どちらの天秤もピクリとも動かない。

社長「まぁ、少し急な話だったから、考える時間も必要だろう。君がやってくれるとあれば、の話だが。担当するであろう女の子のプロフィールを渡しておくよ」

P「はい・・・・ところで社長、不安には思わないのですか?」
社長「君に、プロデュースをさせることをかね?」

P「そうです」

社長「前にも言ったがね、君のプロデューサーとしての能力は素晴らしいものだ。君がやってくれると言うのであれば、喜んで任せられるよ」

P「・・・・返事は、あまり期待しないでください。ではこれで、仕事に戻ります」
アイドル達はもちろん、プロデューサーの二人ももう今日は戻ってこないだろう。音無さんも社長もさっきの話が終わった後には帰っていった。

まだ仕事は残っている。普通にやっていればとっくに終わっている仕事だ。それでも、一日をできるだけ長く仕事に割り当てるためにのんびり進めている。どうせ帰っても寝るぐらいしかやることはない。

作業の片手間に先ほど受け取った茶封筒に視線を移す。

どんな娘だろうか、ふと疑問に思ったが目を通す気にはなれない。
俺も一応この事務所の人間だ、所属しているアイドルの顔はみんな覚えている。しかしその娘達の担当はあの二人がしているはずだ。だとすれば・・・・?

そういえば一ヶ月ほど前に新しい候補生の話を聞いた気がする。その娘のプロデュースに本腰を入れるという話なのだろうか。

あの二人に、もう一人を担当するような余裕は無いから現状で担当できるのは俺だけ。
俺がやることで社長への恩返しができるならやるべきなんだろうが、なにぶん俺には前科がある。

それにブランクも無視できない、一度は天職だとも思った仕事だ。それなりにプライドを持ってしまってもいる。もしやるなら失敗はしたくないし、失敗という結果になればあの人の期待を裏切ってしまうことにもなる。

P「・・・・期待?」
思わず声に出して繰り返してしまう。これが期待されるということなのだろうか、もうすぐ三十路に入ると言うのに今さら初めてリアルに感じたかもしれない。

この期待から、俺は今逃げようとしている。あの娘は、あの小さく華奢な身体で俺の期待を受け止めていたのに。

そんなことを考えていると、今日の作業は終わってしまっていた。後は事務所を閉めるだけ。
この事務所には小さいがレッスンルームなるものがある。そっちも完全に閉められているか確認しようとしたときーー

明かりが点いていて中からスキール音が聞こえる。もうこの事務所には自分しかいないものだと思っていたから、少し寒気がした。

一体誰が?おそらくダンスの自主練でもしてるんだろうが、もう時間は十一時になろうとしている。
とりあえず声をかけて注意しようとドアを開ける。そこにはジャージ姿の少女がいた。

??「っ!?」

ドアが開くガチャリという音に、まるで小動物のように体をビクリと反応させている。まん丸になった目と目が合う。

見知らぬ顔だ、この少女が例の候補生だろうか。事務所に出入りしているんだから顔ぐらい見たことあるはずだが、どうにも俺は必要なとき以外は人の顔を見ないらしい。
それにしてもさっきから小柄な体を縮めこむようにしている姿が何とも愛くるーー

??「ななななな、な、何よアンタ!この私をびっくりさせるなんていい度胸してるわね、入ってくるならノックぐらいしなさいよ!!」

ビシッと指を突き付けられる、さっきの姿にリスとかハムスターを連想したが違った、今の姿はまるで小猫が毛を逆立てているようだ。
P「こんな時間まで何やってるんだ」

??「ふん、見ればわかるでしょ」

P「こんな時間まで、どうしてここにいるんだ」

??「ちょっと集中し過ぎちゃっただけよ、すぐ帰るわ」

そう言うとタオルで汗を拭きながら荷物をまとめ始める。
??「はぁ?あ、続きは家でかしらね」

P「まだやるつもりなのか?」

??「何よ、あんたまだいたの?」

P「どこぞの小猫が入り込まないように閉めないといけないからな、それより質問に答えてくれ」

??「・・・・やるって言ったらやるのよ、文句ある?」
声が少し枯れ気味なのに気付いた。発生練習もしていたのだろうか。

P「いつからやっていたのか知らないが、今日はもう帰ったらすぐに寝ろ」

??「ムカッ、なんでただの事務員のあんたに命令されなきゃいけないのよ!」

一応俺のことは知ってるのか。
??「それに、まだ大した数やってないわ。まだ完璧じゃないとこを修正しないといけないの」

P「一度に多くを積んでも簡単に崩れる。上を目指したいなら少しずつ丁寧に積み上げた方がいい」

??「そんなことしてたらあっという間に周りに置いていかれる!」

ーーお前がそうやって休んでいる内に周りはどんどん上に行っているぞーー

??「今のままじゃまた落とされるわ!」

ーー今回のオーディションでまた落ちてしまったら、もう次はないと思えーー

??「こんなところでつまづいていられないのよ、あの人達と対等になるまでは!」

ーー認められたいんだろう?それなら後先考えずに我武者羅になれーー
少女の放つ言葉の後に、一々俺があの娘に投げかけた言葉が心の中でリピートされる。

似ていた、自分の存在を示そうとするその姿が。強い意思を持った目が。そして、今にも壊れそうな儚さが。重なってさえ見えた。

ただ違うのは、この少女は自分で自分を追い込んでいる。自分の力だけで掴もうと走っている。盲目的に、その先が崖だとわからずに。
??「はぁ・・はぁ・・・・馬鹿らしい、何であんたなんかにこんなこと言わなきゃいけないのよ。あーもう、あの腐れ審査員のせいだわ!・・・・準備も出来たし、もう帰る。そこをどいて」

審査員って・・・・オーディションのことか、まだ候補生なのに勝手に活動しているのか。

P「お、おい君!このまま帰る気か?親御さんの連絡先は?迎えに来てもらった方がいい」

俺の横を通り過ぎようとする少女は、それを聞くとビシッと指を突き付けてーー

伊織「・・・・私は水瀬伊織よ!あんたみたいな奴は普通は呼ぶことも叶わない名前だけど、特別に教えといてあげる」
今日はこれで
やけに上昇志向の強い伊織さんに仕上がってますね。
まぁでも二次創作だといおりんって大体こんな感じ・・・でもないのかな

これからも火曜日は毎週更新します。他の日もするかも。
作業をキリのいいところまで進めて事務所を出て、以前プロデューサーをしていた時の知り合いを訪ねていく。

アイドル専門のトレーナーやレコード会社、ラジオ局や出版社など。幸い俺がまたプロデュースをすることに協力的でいてくれた。
伊織にもそれなりに興味を示してくれたし、実際に会って好感が得られれば仕事も入ってくるだろう。

事務所に戻る頃には四時を過ぎていた。もうそろそろ伊織が学校を終えて来る時間だろうか。
伊織「ちょっと、水瀬伊織ちゃんのお出ましよ。ボケーっとしてないで、挨拶の一つぐらいしたらどう?」

P「あぁ、お疲れ様」

事務作業の続きをしていたら伊織が来ていた。仕事してるのを理解してもらえないほど悲しいものはないな・・・・。

P「昨日はあの後ちゃんとすぐに休んだか?」

伊織「さぁ、どうかしらね?」

ニヤリとしたり顔を浮かべている。なんとなくこいつの性格がわかってきたな。
P「社長から話があるそうだ、行ってくれ」

伊織「聞いてるわよ、そのために来たんだから。そろそろデビューの話を頂きたいところねー、にひひっ♪」

社長室に鼻歌混じりに向かっていく。二人の話が終われば俺にもお呼びがかかるだろう。

まもなく社長がドアを半開きにして手招きしてくる。

P「失礼します」

高木「うむ。水瀬君、彼が君の担当プロデューサーのP君だ」

伊織「って、ただの事務員じゃない。こんなやつで本当に大丈夫なの?」

高木「彼はここに来る前はプロデューサーをやっていたのだよ。きっと君の力強いパートナーになるはずだ」

伊織「ふーん・・・・昨日も甘っちょろいこと言ってたし、なーんか頼りないのよね」

高木「まぁまぁ、そのうちわかるさ。じゃあ君、水瀬君を頼むよ」

P「はい」
伊織「まさかアンタが担当になるなんてね。まぁ、プロデューサーという立場に免じて昨日の無礼は見逃してあげる」

社長室から出ると伊織に見覚えのないことを言われる。

P「何か無礼なことをしたか?」

伊織「ノックもせずに入ってきたこよ。もし私が着替え中で、この美しいボディを見ようもんならアンタ、今頃そこら辺のゴミ溜めに突き刺さってるわよ」

確か更衣室があったはずだが・・・・ゴミ溜めに突き刺さるのはごめんだな。

P「今後気を付けよう。じゃあ、手始めにミーティングといこうかな」

デスクの近くに椅子を持ってきて伊織を座らせ向かい合う。
P「最初に言っておく、アイドル活動が嫌になったらいつだってやめていい。俺にもこの事務所にも責任を感じなくていい」

伊織「なっ」

律子「ちょ、ちょっと!!なんてこと言うんですか!?」

先ほどまでホワイトボードを眺めていた秋月が突っかかってくる。

律子「伊織は担当が決まるまで自主的に、懸命に準備をしていたんですよ!?なのにそんな出鼻を挫くような言い方っ」

P「秋月」

律子「何か言い分でもあるんですか!」

P「伊織は俺の担当だ。プロデュースの方針は俺が決める」

律子「っ!」
小鳥「ま、まぁまぁ二人とも、少し落ち着きましょうよ、ね?」

わたわたと手を動かして律子を制止している。相当怒らせたかなこれは、今までは割とうまくやれてたんだが初っ端からこれか。

伊織「律子、別に心配はいらないわ」

律子「伊織?」

伊織「私は自分の目的を果たすためにここにいるの、ここをやめるときはそれを果たしたときよ」

律子「・・・・声を荒げて、すいません」

P「いや、自分の担当外の、まして候補生の様子も把握しているなんて中々できることじゃない」

律子「・・・・私はこれで。伊織、頑張ってね」

そう言うと外に出ていってしまった、なんとかフォローになったかな。
音無さんも『喧嘩はダメですよ!』と言って自分の仕事に戻っていった。
P「ふぅ、思わぬ地雷を踏んでしまった」

伊織「アンタがつまらないこと言うからでしょ、さっき律子に言ったのがアンタの言葉に対する答えよ」

P「それでも頭の片隅には置いといてくれ、まぁ堅苦しいのはこの辺にしよう。趣味とかはあるのか?」

確かプロフィールには盆栽と茶道ーー

伊織「海外旅行よ」

P「プロフィールの内容と違うな」

伊織「それはアイドルとしての水瀬伊織ちゃんの設定よ」

P「なるほど、でも出来ないのにそう設定したとしたら問題だぞ」

伊織「私ってばエリートだから、基本的に何でも出来ちゃうのよねー、にひひっ♪」
P「それは頼もしい。海外のどこによく行くとかあるのか?」

伊織「しょっちゅうどっかしらに行ってるからどこを贔屓してるってことはないわね」

伊織「そういうアンタはどうなのよ、海外行ったことないってことはないわよね?あったら笑っちゃうわ」

P「いや、ないな」

伊織「マジ?笑えないわ・・・・」

P「色々あるんだよ、うさぎちゃん抱えたお嬢様と違って」

伊織「何よそれ皮肉のつもり?それにこの子はそんな名前じゃないわ」

P「なんて名前だ?」

伊織「教えたくない・・・・っていうか話脱線しすぎ!アンタ、前に担当してたアイドルに海外ロケの一つや二つとってきたことないの?」

P「俺がやってたのはマネージャーじゃなくプロデューサーだからな、さすがに海外までは付き添えない」

伊織「ふーん・・・・この事務所、マネージャー雇える余裕あるの?」

P「厳しいだろうな」

伊織「てことはプロデューサーであるアンタが私の使いっ走りってことよね、感謝しなさい」

P「まぁそんな気はしてたさ」
伊織「早いとこ海外の仕事持ってきなさいよね、そこでもアンタをこき使ってやるんだから」

小鳥(ふふ、伊織ちゃんったらプロデューサーがついたことがよっぽど嬉しいのね。こうやって同僚の会話を聞いてると仕事を忘れちゃうわよねー、ピヨピヨ)

P「やけに海外に思い入れがあるんだな」

伊織「だってアイドルとなると休みはあんまりとれないし、仕事でぐらいじゃないと行けないじゃない?」

伊織「それに海外のメディアにも露出したアイドルとなれば、あの人達にだって・・・・」

後半はやけに声を細くしてかろうじて聞き取れるほどだった。
P「あの人達?」

伊織「え?・・・・な、何でもないわよ!」

度々出てくるフレーズだな・・・・あの人達って。

P「まぁ、まずは海外の仕事任されるぐらいにならないとな」

伊織「そんなの、あっという間よ」

P「昨日はオーディションに落とされたって嘆いてたみたいだが」

伊織「なっ!?・・・・あ、あれは」

??「おはようございまーす!」

何やら元気な声が入り口から聞こえてくる。
真「あれ、伊織に事務員さん。二人で何話してるんですか?」

小鳥(あれ?真ちゃん?私はスルー?)

P「ミーティングだ」

真「え?なんで事務員さんが伊織と?


伊織「真、こいつは確かに使えない事務員だけど、私のプロデューサーでもあるのよ」

君の担当は使えない事務員ってことになるけどそれでいいのかい。

真「駄目だぞ伊織、そんなこと言っちゃ。でも伊織も晴れてデビューが決まったんだね」

伊織「そうね、すぐにアンタ達に追い付いてやるわ」

真「自信タップリだなー。あ、そういえば春香と雪歩はもう来てる?」

伊織「さぁ?見てないわね」
小鳥「春香ちゃんと雪歩ちゃんならさっき来てレッスンルームに入っていったわよ」

真「本当ですか?うーん、結構待たせちゃったかな」

小鳥「何かあったの?」

真「いやまぁ、補習っていうかなんていうか・・・・あはは」

小鳥「ふふ、お疲れ様。二人とも待ってるわよ、早く行ってあげて」

真「ハイ!あ、伊織も一緒に自主練やらない?三人でやるつもりだったんだけど」

伊織「わ、私はアンタ達と違って自主練なんかやらないのよ!」

真「なんだよ、つれないやつだな。ま、アイドル活動お互い頑張ろうな、伊織」

とびきりの爽やかフェイスでそういうとレッスンルームの方へ行ってしまった。
P「一緒にやればいいだろう、菊地はダンスが得意だし色々教えてもらえることもあるんじゃないか?」

伊織「無いわよ・・・・そんなの」

P「なんだ、自分より上手いやつとやるのが恥ずかしいのか」

伊織「そんなんじゃないわよ!もう、うっさいわね」

図星か。

P「じゃあミーティングはこれで終わり。スケジュールは後日渡す、今日はもう上がっていいぞ」

伊織「そう」

残りの作業を片付けているのだが、一向に伊織は帰る気配を見せず雑誌を読んで過ごしている。途中、オレンジジュースを買いに行かされる始末だ。
P「帰らないのか?」

伊織「そんなの私の勝手でしょ」

一瞥もくれずに言い捨てられる。そこから会話は生まれず、作業を進めていると

春香「あー疲れたー、真先生のダンス講座はハードすぎるよ」

雪歩「うん、私もついてくのに精一杯」

真「へへー、いい汗かけたねー」

自主練を終えた三人がレッスンルームから出てきて少し話し込んだ後

雪歩「伊織ちゃんは帰らないの?」

伊織「ええ、私のことは気にしないでいいわよ」

春香「最近いっつもそうだよねー、そんな遅くまで残って何やってるの?」

伊織「い、いいでしょ何でも。ほら、遅くなる前に帰りなさいよ」

春香「うわっとと、ちょっと押さないでよー。あ、事務員さんお先に失礼しまーす」

そう言って帰っていった。にしても伊織はまだいるつもりなのか?

P「おい伊織・・・・あれ?」

さっきまでそこにいたんだけどな・・・・まぁ、大体行動は読めるが。
思ったとおりレッスンルームにいた、とりあえずノックして入る。

P「今からやるのか?」

伊織「そうよ」

P「伊織ぐらいお嬢様なら自宅にこの部屋より立派なのがありそうなもんだがな」

伊織「あるに決まってるでしょ、とびきり豪華なのが」

P「じゃあなんでわざわざここでやるんだ?」

伊織「いいでしょ別に」

P「身内に頑張ってるとこ見られるのが恥ずかしいのか?」

伊織「なっ!?アンタねぇ、さっきから適当なことばっかりーー

P「まぁ自宅で無理にやることもないが、仲間の前では恥ずかしがることなんてないんだぞ」

伊織「・・・・」

P「伊織?」

伊織「別に、アンタに言われたからじゃないけど、たまにはそうする」

P「そうか」
P「少し話は変わるんだがな」

伊織「何よ」

P「お前がここ一ヶ月にエントリーしたオーディションを調べさせてもらった」

伊織「それで?」

P「ゴールデンの歌番組の出演権やドラマの主役級を狙ったものばかりだった」

伊織「当然でしょ、出来る人間は仕事を選ぶのよ」

P「そもそもお前、持ち歌はあるのか?」

伊織「社長に言ったらくれたわ」

どこまでも破天荒なやつだな。
P「その事はいいとして、はっきり言う。お前はまだそんなオーディションで戦えるほどの力は無い」

伊織「な、なんですってーー!?」

P「まずは経験、ポッと出の新人にそんな大役任せられるほど甘くない」

P「次にネームバリュー、ゴールデンタイムは色んな世代がテレビを見ている時間だ。マイナーはいらない、誰もが知ってる顔があるからこそ数字が取れる」

P「最後に実力、本当に力があるなら箸か棒には引っかかってるもんだ」

伊織「最初の二つはまぁいいとして・・・・私に実力が無いって言うの!?」

P「じゃあ見せてくれよ。俺じゃ本格的な指導は出来ないが、一人でやるよりマシだろう」

伊織「一々ムカつくわねアンタ・・・・いいわ!その目が節穴だって思い知らせてあげる」

CDを投げ渡される。これをかけろということなんだろう、大人しくCDプレイヤーで再生させる。
音楽が始まると表情は引き締まり、中々様になっている。かなりテンポの速い歌のようだ、ダンスもそれだけ激しい。

それを難なく踊り、歌っている。声もそれなりに出ているし、一ヶ月前まではただの素人だったと言えば驚かれるほどだろう。

伊織「どう?これでも実力は無いかしら?」

特に目に付くミスは無く歌い終えると挑発的にそう話す。

P「正直驚いたな、誰か指導してくれる人がいたのか?」

伊織「パパは私の活動に協力的じゃないから、とりあえず自分で一番高い奴を雇ったんだけど」

伊織「なーんか高慢でムカついたから首にしたわ、それ以降は独学よ」

P「そうか、大したもんだ。だが一つ気になったことがある」
P「お前はバックダンサーにでもなるつもりか?」

伊織「どういう、こと?」

P「踊りに気が傾き過ぎてる、ただ歌うのと歌いながら踊るのじゃ全然違う」

P「まず届けなきゃいけないのは歌声だ、お前はアイドルなんだから。動きを大きくしすぎて声が跳ねてしまっている箇所がいくつかあった」

P「踊りを完璧にしていいのは飽くまでも歌を完璧に歌える範囲内でだ・・・・と、これが俺の気付いたところだな」

伊織「・・・・どうすれば」

P「ん?」

伊織「どうすれば改善出来るの?」

P「簡単なのは動きを小さく抑えることだ」

伊織「難しいのは?」

P「声が跳ねてしまうのは動きをブレーキし切れてないからだ、体幹をしっかりしたものにすればキレ良く踊ることが出来る」

伊織「教えなさい!体幹を鍛えるにはどうすればいいの?」
P「俺も専門家じゃないからな、それも含めその他もろもろは俺の知り合いのトレーナーに任せる」

伊織「いやよ、そういう類の人間はプライドの塊みたいなやつばっかりなんだから」

お前もその類の人間だろう、というのは言わずにおこう。

P「その人は大丈夫だよ・・・・じゃあ、俺が見てやれるのはこのぐらいか、俺は戻るぞ」

と、部屋から出ようとするとシャツの袖の部分を引っ張られる。

伊織「待って!こんなモヤモヤした状態じゃ身が入らないじゃない!何でもいいから・・・・教えてよ」

この目・・・・見る度に思い出してしまう。なんとかしてあげたい、力になってやりたいと思ってしまう。
P「わかった、じゃあ簡単なものだけな」

伊織「何よ、あるなら最初から言いなさいよね」

コロコロ態度の変わるやつだな。何個かすぐに出来るものを教え、後は自分の仕事に戻る。これ以上付き合うのはさすがにマズい。

P「あんまり無理するんじゃないぞ」

伊織「うっさい、早く行きなさいよ」

まぁ、言っても聞かないのはわかってたけど。部屋を出てデスクに戻る。
今までは時間を潰すために仕事を長引かせていたが、これからは時間を作るために仕事を切り詰めないといけなくなるだろう。
律子「あの、Pさん」

P「ん?」

作業を進めていると律子が神妙な面持ちで話しかけてくる。

律子「今朝は、本当にすみませんでした」

P「それはもう終わったことだろう」

律子「そう、ですね。さっき少しレッスンルームを覗かせてもらいました」

P「そうか、同業者に見られるのはちょっと恥ずかしいな」

律子「あはは、Pさんでも恥ずかしいと思うことがあるんですね」

P「そりゃ、人間だしな」

律子「つい昨日まではちょっと近寄り難い人って思ってたんですけど、今のあなたはとても生き生きしていて、別人みたい」
律子「ううん、あなただけじゃなく、伊織も凄く楽しそうだった」

P「楽しそうにしてるようには見えなかったが」

律子「それは、Pさんが男だからですよ」

律子「じゃあ、伊織のことお願いします。本当はもっと早くから私が受け持ってあげたかったんですけど、現状で手一杯で」

P「身体壊すなよ」

律子「お互い様ですよ、それじゃ」

そう言うと仕事に戻っていく、俺も早いとこ終わらせないとな。
今日はこれで
イレギュラーですけど更新しました
明後日もします
こんな時間帯故にそこにはほとんど人はおらず、伊織を見つけるのは容易だった。

P「ほら、オレンジジュース」

伊織「遅い、遅すぎ」

P「無茶言うな、これでも車飛ばしてきたんだ」

伊織「・・・・」

一点を見つめてオレンジジュースをストローで吸っている、その視線の先は駅前のビルのモニターだろうか。

伊織「アンタ、今凄い事になってるわね」

P「・・・・そうだな」

伊織「自殺なんでしょ? アンタが前に担当してた娘」

P「自殺に追い込んだのは他の誰でもない、俺なんだ」

伊織「どうして・・・・そんな」

P「俺が無能だったからだ」

伊織「また、そんないい加減なこと言ってごまかして」

P「いい加減なんかじゃない、あの娘が必死に隠していたSOSに目を瞑って、誰に頼まれたわけでもない独り善がりを押し付けたのは俺が馬鹿だったからだ」

・・・・こんなことを伊織に話してどうしたいのだろうか、同情でももらうつもりなのだろうか、言い切ってから後悔をした。
伊織「・・・・なんか引っかかってたんだけど、そういうことだったのね」

伊織「アンタが私に絶えず無理はするなとかってしつこいぐらい言ってたのも、活動を無理に強要しなかったのも、その事があったからってわけね」

P「・・・・」

伊織「この前と聞く立場が逆だけど、そんな事があってどうして私の担当になったの?」

この前というのは伊織が俺の家に押しかけてきた時だろうか、その時は伊織になんでアイドルにこだわるのかを聞いたんだった。

P「社長に頼まれたからだ」

伊織「それだけじゃないでしょ、わかるわよアンタの顔見れば」

P「・・・・・・・・」

P「・・・・あの時、初めて伊織と会った時、どこか似てると思ったんだ」

伊織「だから?」

P「・・・・」

伊織「私はアンタにとって、ただのその娘に対する後釜に過ぎないってことよね」

P「・・・・」

伊織「否定しないのね・・・・私に今まで付き合ってきたのは、私と一緒にいたのは・・・・」

伊織「私をその娘と重ねていただけ、アンタが見ていたのは私なんかじゃかった」

P「違う」

伊織「どこが違うっていうのよ!?」

声を荒げる伊織に圧され言葉に詰まってしまう。
伊織の言う通りだった、罪滅ぼしなんて大義名分を掲げてはいたが俺はただ、伊織で埋め合わせをしていただけだった。

改めて伊織の担当になることを引き受けた動機を思い起こすと、今まで細かくは考えないようにしていた部分が見えてくる。


最初は伊織を見守っていれればそれでよかった。しかし、IA大賞に手が届くかもしれない場所まで来てしまった。気付けばそれを叶えたら役目を終えるつもりでいた、留学という手段を使って。

あの娘と分かち合えなかったアイドルの頂点に立つという喜びを、伊織に重ねたあの娘と感じるつもりだったのかもしれない。

それを果たし、遠くに逃げることで自分を解放したいのだろうか。あの娘との思い出と、新たに芽生えてしまいそうな感情に板挟みされている現状から。

P「お前はお前だ、俺は伊織に付き添うと決めたんだ」

伊織「じゃあなんで・・・・ハリウッドに行くとか言うのよ・・・・」

伊織「私は・・・・アンタともっと765で仕事していたいのに! アンタともっと一緒にいたいのに!」

P「・・・・社長が俺に託してくれたんだ、765の看板を。俺はそれに応えたい」

こんなに平然と嘘をつけることに内心驚く。嘘と言うのは語弊があるが、少なくともこれは一番の衝動じゃない。

伊織「私が! 行くなって言ってんの!!」

P「・・・・じゃあ、約束しよう。俺は必ずこの留学でお前を、水瀬の娘としてでなく水瀬伊織として、日本だけじゃなく全世界に羽ばたかせられるようになって帰ってくる」

この言葉に確信は無い、日本にすら帰らないかもしれない。
伊織「・・・・」

P「お前の目的は家族に追いつくことだろ?」

伊織「・・・・そうよ」

P「ならこんなとこで足踏みしてる場合じゃない、申し訳ないが今回の件で少なからずIA大賞から遠ざかってしまった」

P「事務所のみんなが俺達のために動いてくれてる、こっちは今やれることをやろう」

伊織「ねぇ、アンタがアメリカに行く時は私も一緒にーー

エレベーターの方へ身体を向けた後に、まるで空腹の子猫が食べ物をねだっているかの様なか細い声が背中に突き刺さる。

P「伊織、置いてくぞ」

伊織「・・・・」
伊織「おはよう」

P「ああ、おはよう」

伊織「いつ出るの?」

P「もう準備出来るから、待っててくれ」

伊織「そう」

あれから数日経って無事にIA大賞の参加が決定した。みんなの協力もあってか『水瀬伊織のプロデューサーはともかく、765は白』というのが世間の一般的な見解に落ち着いたようだ。

そちらは良い方へ向かっていってくれているが、どうにも伊織との関係はぎこちなくなってしまっていた。

外では業務的な会話以外は全くせず仕事を淡々とこなし、事務所では他の女の子と時間を過ごす。

思い返せば今までとあまり変わらないような気もする。けれどこの前までは確かにあった、事あるごとに聞かされていた文句や他愛もない会話が心寂しい。

高木「君、ちょっといいかね?」

P「はい」

高木「水瀬君にフェスの招待状が来たんだが・・・・どうにも黒井が一つ噛んでいるようでね」

P「961プロ所属のアイドルも出るといことですか?」

高木「うむ、今話題になっている謎の三人組だ」

P「初リリースであの売り上げ、普通ではないですね」

P「先日の一件で潰し切れなかったから今度は直接、ということでしょうか」

高木「そうだろうね、ここで逆に勝利出来ればIA大賞はグッと近付くだろう。だが一方で、わざわざ危険な賭けをすることは無いとも言えるがね」

P「出る必要はーー

伊織「出るわ」

P「・・・・伊織」

伊織「あのおっさんにはなめたこと言われたままだし、あっちから仕掛けてきたなら出て行くまでよ」

P「でもな、ここで負けたらもう大賞は絶望的だぞ」

伊織「どちらにせよそこで勝てなきゃ大賞なんて掴めないわ。無能なアンタでもそのくらいわかってると思ってたけど、焼きが回ったかしら?」

この言葉に普通なら腹を立てるのだろうが、少し安心してしまった。
P「・・・・」

高木「君のパートナーはやる気のようだよ」

伊織「パートナーって何よ!」

P「その招待、受けます」

高木「ではそのように伝えておくよ」

P「はい」

P「じゃあ、行くか」

伊織「ええ」

P「・・・・ありがとうな」

伊織「別に、礼言われるようなことしてないでしょ」





そのフェスの日を迎え、相変わらず静かな車内のまま会場へ走らせる。

ステージに上がる準備を終えて会場を伊織と見渡す。

伊織「今日はやけに観客に女性が多いわね」

P「961所属のジュピターは青年のユニットだからな、顔も公表してないのに大した集客力だ」

P「でもお前はそんなこと気にせずいつものように歌えばいい」

伊織「私はいつだって平常心よ」

「皆さーん! ステージインお願いしまーす!」

伊織「行ってくるわ」

P「気楽にな」

それぞれの曲がかかり始める。伊織は序盤から完璧なパフォーマンスでファンを魅了している。

ジュピターの人気も凄まじい、ファンの人数は伊織の方へ軍配が上がるが女性が多い故に通りの良い黄色い声が会場中に響き渡っている。

今のところはまだ盛り上がりの優劣に判断はつけられない。

サビに差し掛かったところ、伊織のダンスはここで急に激しさを増す。未だにレッスンでミスしてしまうことがあるぐらいだ。

しかしこういう大舞台での伊織の集中力は並では到底出せるものではない。その証拠にここまでのステップを完璧に踏んでいる、この調子なら安心できそうだ。
伊織「っ!?」

と、思った矢先。ターンするときに踏み込んだ足が悪いつき方をしたのか、勢い余って転倒してしまった。

同時に観客から心配の声が挙がる。

今までもこんなことが無かったわけじゃない、多少の転倒ならまだ逆転の余地はあるため気を取り直して続行してきたが・・・・伊織は立ち上がらない。

正確には立ち上がろうとはしているが、足の痛みからか力が入らず立ち上がれていない。

観客の声と曲だけが虚しく交差する、なおも立ち上がろうとする姿を見ていられず伊織に駆け寄る。

伊織「な、なんで出てきてんのよ! まだ演技中よ!!」

P「演技も何もないだろう、とにかく早いとこはけるぞ」

伊織「あ、ちょっ、どこ触ってんのよ!」

伊織を抱えて舞台袖へはける、足を強く挫いたのか赤くなって腫れている。
運営側から救急箱を持った、形ばかりの救護班をよこしてくれた。

伊織「・・・・ねぇ、961のとこのはどうなってるの?」

患部を圧迫し冷やしてもらいつつ、顔を伏せたまま低いトーンで聞いてくる。

P「今、アンコールが始まったとこだ」

伊織「そう」

伊織「バカみたい、今日のためにレッスンにいつもよりもっと身をいれたってのに、結果すら出せず怪我をして」

伊織「悪かったわね。最後にアンタに良い夢見させてあげようと思ったんだけど、無理だった」

伊織「もう、絶望的ね」

P「途中退場はあくまで敗北じゃない、これが決定的な判断材料にはならないさ」

伊織「・・・・」

考えすぎだろうか、あの娘が怪我をしたときとまるで一緒の光景のように見える。

患部に包帯を巻き終えると、手当てしてくれた人は一応病院で見てもらった方がいいと言って戻っていった。

事務所の最寄りの整形外科医に伊織を送ってもらうためにタクシーを呼ぶと数分で到着した。

P「あんまり思い詰めるなよ、まだ勝負は終わってないからな」

伊織「・・・・わかってるわよ」

タクシーが走り去っていく、付いていてあげたかったが留学には妙な手続きがあるようでそれに呼び出されているため同行できない。
長ったらしい手続きを終えて事務所に戻る、中には音無さんがいた。

小鳥「お疲れ様です」

P「はい、伊織は来てますか?」

小鳥「いますよ。・・・・残念でしたね、フェスで怪我をしたって伊織ちゃんに聞きました」

P「そうですか、医者に見てもらったはずなんですけどどういう怪我かは聞いてませんか?」

小鳥「それはちょっと聞いてませんけど、松葉杖を借りたみたいで脇に抱えてました。怪我、長引かないといいですね」

P「・・・・それで、伊織は今どこに?」

小鳥「レッスンルームに入っていきましたよ。なんか、ロープみたいなの持って」

P「ロー・・・・プ?」

小鳥「あの、こんな感じの、ちょっと前に流行ったやつですよ! あれ? 聞いてます?」

ロープ、細長い形状で主な用途は物を縛ったり遠くの物に引っ掛けたりする、ロープ。
そのフレーズに過去の出来事が視界中に広がる。

『あ! やっと繋がった・・・・詳しいことは後で! 早くこっちに来てください、あの娘がロープで・・・・首を!』

その連絡を受けて急行した場所に待っていたのは、既に身体の温もりを無くし、息遣いも感じられない、首に縄状の跡を残した少女の遺体だった。

それと無念を書きなぐった遺書に、悲しみの重力に引かれ紙面に染み込んだ涙。

巻きつけられた包帯と石膏で出来たそえ木を当てつけられた脚部が痛々しく目に映った。

その足で首を吊ろうとするほど、なぜ自分を追い込まなくてはならなかったのか。

原因を作ったのは他の誰でもなく俺だった、過度な期待と偽善の押し売りによって逃げ場を消してしまった。

伊織をプロデュースすることになってその面には特に気を付けていたつもりだった。

そうだ、伊織が自[ピーーー]る理由なんて無い。苦しいと言ってもこれから挽回は出来るし、もしダメでも765にはこれからも置いていてくれるだろう。

そうなればまた挑戦出来る、ひいてはこの業界から引退したとしてもお家柄いくらでも生き方はある。

大丈夫だ、あの娘のように俺に依存してしまうほど強い繋がりにはしてないはずだ。

・・・・そうじゃないのか? ・・・・そうだった、伊織の目的は家族と同等な立場になることだ。

俺なんて端から関係無い、彼等に追い付く手段を失ったからそれに絶望して・・・・?
小鳥「・・・・さん! 聞いてますか? どうしちゃったんですかぼーっとして」

P「あ・・・・いえ、大丈夫です」

そうだ、ぐちぐち考えてる場合じゃない、まだ止められるかもしれない。

三半規管がうまく機能していない感覚をなんとか払いのけて、伊織の無事を祈ってノブに手をかける。

P「伊織っ!!」

「ひゃっ!?」

中から情けない声が二つ。

一人は筋肉質な肌の黒い男性が妙な動きをしているのを映したテレビの前でゴム素材のロープを持って呆けている。

もう一人はその近くで足に負担をかけないように座り込んだままこれまた呆けている。
P「伊織・・・・伊織っ!」

伊織「へ!? ちょ、ちょっと何やってんのよ!?」

考える間も無く、駆け寄り抱きしめていた。

温もりがある、息遣いも感じられる。生きてる、今この腕の中にいる。

やよい「はわわわ、お邪魔な私は退散ですー!」

伊織「あ、やよい待って!」

伊織「も、もう!! 離しなさいよ! 変態!」

P「よかった・・・・よかった」

伊織「・・・・ちょっと、どうしたってのよ」

P「・・・・」

伊織「黙ってちゃわからないでしょ? アンタが苦しんでるなら、私が聞くから」

まるで、ぐずる赤ん坊をあやすような、優しく包み込む温かい声が耳をくすぐる。

P「いや・・・・もう大丈夫だ、すまん」

伊織「別に、気にしてないけど」

伊織「アンタだけだからね! 男でこんなことさせるなんて」

P「・・・・そうか」

P「足の怪我はどうだった?」

伊織「大したこと無かったわ、一週間も安静にしてれば治るって」

P「一先ず安心か」

伊織「何呑気なこと言ってんのよ、治ったらすぐ961の首取りにいくわよ」

P「元気そうで何よりだ」
やよい「あ、あのー・・・・もう終わりましたか?」

小鳥「いいえやよいちゃん! きっとこれからが本番よ!」

高槻と音無さんがドアを半開きにして覗いている。

伊織「な、何にも始まってないわよ! ほらやよい、おいで」

やよい「はい・・・・うぅー、まだ熱っぽいです・・・・」

小鳥「やよいちゃんには刺激が強すぎたみたいですね」

P「もしかして・・・・音無さんも見てたんですか?」

小鳥「写真もバッチリ撮りました!」

伊織「はぁ!? ちょっとそのカメラ貸しなさい!」

小鳥「ピヨヨ、捕まえてごらんなさぁい」

伊織「待ちなさい!」

音無さんを追いかけて部屋を出ていってしまった。

P「しかし、なんだってこんなエクササイズビデオが?」

やよい「あ、それはですね、この前事務員さんに頂いたポイントシールで応募したんです」

やよい「そしたらお米は残念ながら当たらなかったんですけど、このびりーずなんとかかんとかってのが当たったんです! 凄いですよね?」

P「あぁ、凄いな」

凄い傍迷惑な懸賞だ、ついさっきまで生きた心地がしなかった。
伊織の怪我が完治したが、IA大賞の開催日はもう間近に来ている。

最後の逆転策に五枚目のシングルのリリースを選んだ。

この曲は、あの娘のために作ってもらった曲だ。二年間自室に眠らせたままにしていたこの曲に全てを託した。

そして日本で一番有名とも言える歌番組でそれを歌わせてもらえることになった。

サングラスをかけた小柄の男性が淡々と出演者を紹介していく。

誰もが顔は見たことあるような人物達が歌い終えていく。

そして伊織の番となって、まるで異世界のように思えるイルミネーションライトが施されたステージに立っている。

曲の伴奏が始まり、その異世界の住人であるような空気をまとって歌い始める。
Pain 見えなくても 声が聞こえなくても
抱きしめられたぬくもりを今も覚えている

この坂道をのぼる度に
あなたがすぐそばにいるように感じてしまう
私の隣にいて 触れて欲しい




側にいると約束をしたあなたは




今も、私のすぐ側に



「最後の歌詞はオリジナル?」

伊織「はい、そうです」

「今まで長いことやってきたけど、間違えたんじゃなくて変えたのはあんまりいなかったかなぁ」

「どうしてそんなことしたの?」

伊織「よく私の側にいる人なんですけど、なんかしょぼくれた顔してるからこれで元気出してくれたらなぁーって思ったんです」

「その人ってもしかしてこれ?」

小指を立てて共演者や観客の笑いを誘っている。

伊織「そんな、違いますよ。私の恋人はファンの皆さんですから」




生放送の収録ではあったが、通してリラックス出来ていて大成功だったと言えるだろう。

P「あれは少しヒヤッとしたぞ」

帰りの車内、心地の良いようなむずがゆいような沈黙を破って伊織に声をかける。

伊織「私が何の考えも無しにあんなことするわけないでしょ」

P「・・・・あの歌詞は伊織の気持ちを俺に歌ってくれたのか?」

伊織「さぁどうかしら、自分で考えなさい」

捉えようは二つある。伊織が側にいてくれるのか、あの娘の気持ちを代弁してくれたのか、そのどちらなのかは俺には判断がつかなかった。
IA大賞当日、二十組のアイドルと運営のスタッフが集まったホールで開かれた。

テーブルに彩られた料理やフルーツに手を伸ばすような空気では一切無く、誰もが密封された票を手に持った司会を静観している。

「それでは発表いたします、今年のIA大賞! 受賞したのはーー





古いアパートのドアを開け、待ち人のいない部屋に手荷物を降ろす。

もう靴を脱がずに家に上がるという慣習には慣れてきた。

あれから一年と半年。留学の期限は一年という話だったが、現地で知り合った人物に妙に気に入られ彼が企画しているプロジェクトのチームに半ば無理矢理入れられてしまった。

それが中々の長丁場となって、こんな時期になってもここカルフォルニアに滞在したままでいた。

結果として伊織との約束は破ったことになる、しかし形はどうあれこうするつもりでいたのかもしれない。
外国にいても、テレビを点ければ多少の時差はあれど日本の番組を見ることが出来る。

時間があるときはそうすることで日本の空気を感じるようにしている。

少し遅めの昼飯を広げながらテレビを点けると、伊織が映っていた。

今までも電源を点けては伊織がそこにいることが多々あった。そういうときはそのまま、特別な思いも未練も抱いてないことを誰にアピールするわけでもなく流し見ていた。

一年半も経てば大分大人っぽくなり、画面越しに伊織に意識の外で目を見張ってしまう。

「はい、今度のお題は伝えたかったけど伝えられなかったこと」

「結構限定されたお題だね、伊織ちゃんそんなのある?」

MCの軽薄そうな男性が伊織に質問する。

伊織「そうね、私がIA大賞を受賞した後にアイツに伝えようと思ってたことがあるの」

『プロデューサー、だいす・・・・やっぱり、それを言うのは大賞を受賞した後にします』




「「大好き、ありがとう」」




伊織「って、伝えたかったのに・・・・私に別れの挨拶も無しにどっか行っちゃったのよ! 酷いと思わない?」

「そ、それをこっちに言われても困るよ。でもちょっと伊織ちゃんの一ファンとしては聞き捨てならないな、その人は恋人だったり?」

伊織「え!? いや全然違うわよあんなの!」

「それならよかった、じゃあその人はどんな人なの?」

伊織「アイツはーー

端から見れば赤面ものの身内話を続けている、司会もタジタジの様子だ。
P「・・・・電話、してみるか」

いつも異国語に囲まれているからか自分の日本語を確かめるように呟く独り言が増えてきた。

今はあっちの時刻は夕方頃だろうか、海外への電話なので少し値が張るが構わず伊織の番号にかける。

P「・・・・」

伊織「・・・・」

P「出たなら何か言えよ」

伊織「国外逃亡者に何を言うことがあるのよ」

P「逃亡者ってな・・・・」

伊織「それで、逃亡者さんは今家にいるのかしら?」

P「あぁ、いるけど」

そう答えるとインターホンが鳴った、ここを訪れる者など滅多にいない故少し身構えてしまう。

念のためドアガードでロックしたままドアを開ける。?
P「伊織?」?

ドアの隙間から見えているのは確かに伊織だ、予想外な出来事に一瞬思考が止まってしまう。?

P「ちょっと待ってろ、すぐ開けるから」?

一度ドアを閉めストッパーを外し再度ドアを開ける、外の様子をうかがうと伊織の他には誰もいない。一人でここに来たようだ、キャリーバッグを足元に置いている。

P「なんで・・・・ここに」?

伊織「アンタね、私に許可無く電話を切るんじゃないわよ」

P「そんなこと言ってもインターホンが鳴ったんだから仕方ないだろ、誰かと思ったらまたお前だし」?

P「それで、よくここがわかったな」?

伊織「いつまで経ってもアンタが帰って来ないから社長に吐かせたわ」

P「乱暴だな、相変わらず」

伊織「結構、辛抱して待ってたんだから。アンタが帰って来るのを信じて、アンタが言った事を信じて、ずっと・・・・ずっと待ってたんだから!」

P「・・・・ごめん」

伊織「フン・・・・それで、いつまでレディを外に立たせておくつもり?」

P「ああ、疲れただろ。上がってゆっくり休め、何にも無いけどな」

伊織「バカ、アンタがいるでしょ!」

そう言うと伊織は、温もりを感じさせるその身体を俺の胸に投げかけると、先ほどまで睨みを利かしていた瞳から、大粒の涙を溢れさせていた。



おわり
これで終わりです
勢いだけで書いた粗いssですがここまでお付き合いくださってありがとうございます そしてお疲れ様です
レスをくれた方もありがとうございました
>>292
空にだかれ 雲が流れてく
風を揺らして 木々が語る
目覚める度 変わらない日々に
君の抜け殻探している

Pain 見えなくても 声が聞こえなくても
抱きしめられたぬくもりを今も覚えている

この坂道をのぼる度に
あなたがすぐそばにいるように感じてしまう
私の隣にいて 触れて欲しい



側にいると約束をしたあなたは



今も、私のすぐ側に



・・・・歌詞を、間違えたのか? その割には曲を終えてひな壇に戻ると堂々と司会の振りに受け答えている。

18:08│アイマス 
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