2013年11月07日

P「無題」

律子がいた。
電車の中に。

咄嗟に逃げ道を探すがもう遅い。
俺の前に並んでいた人達はすでに電車に乗り始めていた。


律子は俺を見ていた。
俺も律子を見ていた。
2人の目は合ってしまった。

足が震えていた。
それに呼応するかのように手も震え、鞄の金具がぶつかりあって音を立てた。
だが、今更律子に背を向けて逃げる気にはならなかった。
これ以上醜態を晒したら、もう耐えられない気がした。

俺は諦めて電車に乗った。

「久しぶり」
つり革に捕まりながら夕刊を読んでいる白髪の男が声に反応して俺を見た。
しかし、すぐに興味を失ったのか再び新聞に目を落とす。

「律子に会うのも半年ぶりだな」

俺は努めて明るく言った。
顔には笑みなども浮かべながら。
大人になったと思う。
学生時代の俺はここまでうまく本音を隠すことはできなかっただろう。
余りにも感慨深くて、胸の中では虹色のヘドロが渦を巻いていた。

「プロデューサー……元気でしたか?」
「ああ、もちろん」

元気なはずはなかった。
むしろ仕事をやめてから体調は悪化した気がする。
この半年で5kg減った。
眠れない日も多い。
心療内科にも依然通い続けてる。

治す方法は分かっていた。
しかし、再びそこに飛び込んで行く勇気はそう簡単には湧いてこない。

何しろ俺はもう若くはないのだ。
そう自嘲的に心の中で呟いた。

「律子は元気だったか?」

俺は律子に質問される前に尋ねた。

「ええ……以前より仕事は増えましたけど」

そう言って律子は黙った。
黙ったまま上目遣いで俺を見ている。
怒っているようには見えない。
おそらく距離感を掴みかねているのだろう。
だが俺はこんなジャブでは動じない。


「新しいプロデューサーは入ったのか?」

俺はあえて聞いた。
入っていないことを知りながら。

「いえ……今は社長にもプロデュースにまわってもらってカバーしています」

「そうか、すまないな。俺が辞めたせいで」

俺は白々しく言い放った。
その言葉に律子は眉をひそめる。
瞳の奥で炎が揺らめくのが見えた。

「ところで、今は何をしてらっしゃるんですか?」

「普通に事務仕事だよ。給料は前と同じくらいで定時に帰れるんだから、時給換算したら大幅アップだな」

「……」

「765プロの労働環境は良くなったか?」

「……いいえ」

律子の声は冷ややかだった。
しかし、表情から怒りが見て取れた。
肩を震わせ、手をきつく握りしめている。
若いなと思った。

「社長も懲りないな。やっぱりしかるべき機関に相談したほうが良かったのかな?」

俺は辞める理由に労働環境の劣悪さを挙げた。
おかげで辞表はすぐに受理された。
765プロは人件費を抑えることでなんとかやっているため、目を付けられたらおしまいだからだ。

「律子も早く辞めたほうがいいぞ」

「……私は765プロが好きですから」

「……」

「それに、私は、自分の仕事に誇りを持っていますから」

律子は俺を蔑むような目で見た。
俺はその目つきが嫌いだった。
その目を見ていると自分の無能さを指摘されているようでいつも劣等感を感じた。

「……」

「……」

2人の間に硬質な沈黙が流れる。
嫌な時間だ。

先に耐えられなくなったのは俺のほうだった。

「律子はこれからどこへ行くんだ?」

「ちょっとテレビ局に」

「……」


「今度、竜宮が新曲出すのでMステに出ることになったんですよ」

律子は自慢げに言った。

「……」

俺の噛み締めた奥歯が鳴った。
律子のさっきまでとは打って変わった晴れやかな笑顔に殺意に似た感情を抱く。
できるものなら八つ裂きにしてやりたいぐらいだ。

電車は少しずつ減速を始めた。
どうやら駅が近づいてきたらしい。
車内の人間もそれに合わせて体を傾かせる。

「プロデューサーは765プロに戻ってくる気はないんですか?」

「……ないな」

「そうなんですか……すごく残念です」

律子は悲しそうな顔をして見せた。
しかし、目だけは俺を見下していた。
その目は明らかに俺を嘲笑っていた。
それが酷く不愉快だった。

「それじゃ、私はここで」

「……ああ、お疲れ」

電車が駅に止まると律子はさっさと降りていった。
そうしてそのまま階段をのぼって、ついに一度も振り返らなかった。
車内には律子との差を改めて知らされた屈辱的な気分の俺が残された。

エアーの音と共にドアが閉まる。
電車はホームから離れ、俺を運んでいく。
用がない人間が留まることを許さないのは電車も芸能界も同じだと思った。
俺は空いた座席に座り、身体を背もたれに預けてから目を閉じた。


<第一部完>
今日はこれで終わり

最初はこれで終わりにしようかと思ってたけど、続きを思いついたからまだ続ける

だけど、次はいつになるかわからない
他のやつ書きながらしっかりプロット練ることにしたから
ちゃんと続きは書くので気長に待っていて欲しい

18:11│アイマス 
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