2014年07月07日

千早「少し奇妙な約束」

私と真美の間には少し奇妙な約束がある。



それは、二人のお昼ご飯を交換すること。



朝、会う時に必ず私のお昼と真美のお昼を交換して、食べる。





まるで夫婦とからかわれているけど、本当は真美が気を遣ってくれただけ。



私のお昼は普通の女の子が食べるものではなかったから。



この約束をしたのは、私が765プロに入ってから間もない時の事だった。



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―――

――





確か、私は事務所で独りお昼ご飯を食べようと、カバンから栄養補助食品とゼリー飲料を取りだしたのだったか。



周りのアイドル達は皆仲良くお昼を食べているが、その当時の私には全く理解出来なかった。



同じ事務所でも芸能界ではライバル、だからもっとぴりぴりした物だと思っていたから。



ならば私独りでも気を引き締めて、何時かは歌手としてデビュー出来るような下地を作るのだと、目標を立てていた。



今となっては、笑える目標だけれどね。

それで、私が独りでゼリー飲料を飲んでいると、横から声を掛けられて……ええ、それが真美だった。



「なんか面白そうな物食べてるね、真美とご飯交換しようよ!」



いきなり話しかけられて、確か私は身構えてしまったのよね。



「何?」



ぶっきらぼうに返して、栄養補助食品の黄色い箱を開こうとして、また声を掛けられた。

「え〜、だって、一週間ずっとそれっしょ?身体壊すよ?」



「余計なお世話よ。私はこれで十分なの。」



これで相手は引き下がると思っていたけど、その時はやっぱり真美を侮っていたと思う。



「ふーん、なんかロボットみたいだね。」



私はこの言葉に反応して、つい手を止めて身体を向けてしまったのだ。

「ずいぶんと言ってくれるじゃない。」



「だからー、真美とご飯交換、しようよ!」



ロボットみたいと、挑発されたように感じた私は十分な判断もしないまま、これまたぶっきらぼうに返事をしたのだった。



さて、真美用に作られたとおぼしきお弁当と、私の飲んでないゼリー飲料と黄色い箱の栄養補助食品。



それらが交換されて、私は恐らく久々にお米を口にした。

正直、お米を食べた時に何となく悔しい気持ちになってしまったのもある。



自分より年下に身体の心配をされて、お昼の交換まで憐れみでされて。



この子を見返してやろう、なんて柄にもない事を考えていた。



お互いお昼を食べ終わると、真美は開口一番「美味しくなかった」、と私に文句を付けてきた。

「交換したいと言ってきたのはそっちなのに。」



なんて思っていたと言うか、口に出してしまってから、暫く嫌な沈黙が流れて、真美の方が先に口を開いた。



「でも千早お姉ちゃん、ほっといたらずっとそれっしょ?だったら、これからしばらく真美とお昼交換しようよ!」



正直、もう構わないだろうと思っていただけに、ビックリしてしまった。



「私が、真美と?」



「うん。そしたら、ちゃんとしたご飯食べられるっしょ?」



この時、真美は春香と同じくらいお節介だと私はそう思っていた。



だって、わざわざこんなご飯を食べている人間の所に行って「ご飯を交換しよう」なんて、相当なお節介焼きじゃないと出来ないと思ったから。



断ろうと思ったけども、損をするわけでもないし、別に良いかと思って、私は交換する事を承諾した。

それから私と真美の少し奇妙な約束が始まった。



実は最初、一日経ったら忘れてしまって、真美に黄色い箱二つを渡してしまった事がある。



真美は少しだけ悲しそうな顔をして、それからしょうがないと笑ってくれたけど、帰ってから何となくもやもやした気持ちになってしまった。



今思うと、怒って欲しかったのかもしれない。



翌日はコンビニ弁当にランクアップしたけど、それでも真美は少しだけ悲しそうだった。

思わず、「どうしてそんな悲しそうな顔をするの?」と聞いてしまった。



真美は、ぽつりと「手料理交換とかしてみたいんだ」と呟いて、また笑ってお昼ありがとうと言って電子レンジの方に向かっていった。



また何となく嫌な気持ちになってしまって、気持ちを振り払うように独り真美のお弁当を食べていた。



「美味しそうなお弁当ね」



顔を上げると、律子が側に居て、食べているお弁当を覗き込んでいた。

「えっ?あ、こ、これは……。」



「千早ももうちょっとしたらいい仕事取れるようになってくると思うから、一緒に頑張りましょう。」



そう言い残して律子は自分のデスクに行って、事務作業の続きを始めてしまった。



私とお弁当は何も言えないままそこに取り残されて、更にまた嫌な気持ちになってしまう。



このお弁当は私のじゃなくて、真美ので、それを交換して……。



脳裏に過ぎる真美の悲しい顔。違う。私はそう言う顔が見たいんじゃなくて。

「私は今、何を考えていたの?」



人はこうも考え方が数日で変わるものかと、その時の私は思った。私は馴れ合うのが嫌だった筈なのに、少し気を許していて。



もしかしたら、私は無意識に羨んでいたんじゃないか、とも思った。



だったら、意識的に人と関わってみれば、何か分かるかも知れないし、変わるかも知れない。



私は自己分析を終えて、それと同時にご飯も食べ終わり、真美にお弁当を返しに行った。

「ごちそうさま。……美味しかったわ。」



「ほんと!?良かったー!昨日千早お姉ちゃんなんも言ってくれなかったから、美味しくなかったっぽい?って思って不安だったよ〜。」



どうやら、これは真美の手作りだったらしい。



真美の手を良く見ると、絆創膏が貼ってあって、料理中に切ったのだと言う事が容易に想像できた。



真美は、私の為に尽くしてくれていたのだ。気が付くと同時に、私は人の好意を何故素直に受け入れられないのか、と言う事も感じたのだった。



――

―――



「はい、真美。今日のお弁当。」



「おっ、あんがとー!これ千早お姉ちゃんの分ね!」



「ふふふ、ありがとう。」



私と真美は、今日もお弁当を交換して、一緒にお昼を食べる。

「あれ、真美……またレパートリー増やしたわね?」



「真美は日々進化してんだよ?ま、千早お姉ちゃんの上達っぷりには負けるけどねん。」



からかうように言われて、少し赤面する。



あの日から私も料理を勉強して、真美と手作りのお弁当を交換出来るようになった。



最初は冷凍食品をそのまま入れて真美に怒られたり、焦がしたり生焼けだったりで結局コンビニ弁当を渡す事もあった。



それでも真美はめげずに私とのお弁当交換をやってくれて、おかげさまで私も今では胸を張って料理を振る舞うレベルまで上達した。

今日は私の家に亜美と春香を呼んで、真美と一緒に料理を振る舞う予定なのだ。



やっぱり、人と積極的に関わると言う事は私も、そしてみんなも幸せになれる。



「真美、いつもありがとね。」



「へ?いきなりどうしたの?」



「お弁当だったり、こうやって私が765プロに馴染むきっかけをくれたり。」

「そんなの、当たり前っしょ!仲間だもん!」



「ありがとう。」



きっとこれからもお互い支え合ってアイドルとして頑張っていくのだろう。



これから先がどうなるかは分からないけど、それでも。



お弁当を交換して一緒に食べる、このささやかな幸せを大事にしていこうと思う。





おわり



23:30│如月千早 
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