2013年11月07日

高垣楓「ホワイトデーのおくりもの」

アイドルマスター・シンデレラガールズの高垣楓さんのSSです。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1363574310


いらっしゃいませ。
一名様で?

いいえ、先に来ているはずなんですが。とだけ伝えて店内を見回す。

楓さん、楓さん。
ほどよくにぎわう店内に俺の声は軽くかき消されてしまう。
それでも彼女は目立つ。ああ、いた。いた、楓さん。遅れてごめんなさい。

店内に入った時には既に日付が変わっていた。
3月15日、0時15分。愛用している腕時計は俺にそう教えてくれた。

本当に、遅れてごめんなさい。
どうして、どうして今日に限って。
すみません。

『…ふふっ』
『どうして?』
『どうして、今日?』

もう、日付は変わってしまいましたよ。
そう言ってほんのりと朱に染まった顔で微笑する。
俺の方を見てはくれずに、寂しそうにグラスの氷を揺らしながら。

彼女はどうして、そんな顔をして笑うのだろう。



『すみません、今日はもう』
少しだけ悲しそうな顔をして立ち上がる。

すみません、楓さん。
本当にすみません。約束をしていたのに。
本当に、すみませんでした。

最後まで、俺の方を振り返ることはなかった。
それは、そうだよな。約束を破ったんだから。

ああ、渡せなかった。とっておきのおくりものが。
いつも真剣に仕事に取り組んでくれる楓さんを、裏切ってしまった。
本当に、俺は。

『プロデューサー、いつも、お疲れでしょう』
『感謝の気持ち、です。その、よかったら』
『甘いもので、少しでも…疲れを癒せたら、と思って…えっと』

どこを見ていいか分からないような、楓さんの彷徨う視線。
デビュー当時からずっと一緒に仕事をしてきて、はじめての2月14日。

2月14日、バレンタインデーの夜。
俺は楓さんから、チョコレートをもらった。



口の中でゆっくり溶けて、ほろ苦くて、けれど、ほのかな甘みが広がって。
きっと俺の趣味が分からないから、悩んで作ってくれていたのだろう。

丁寧なラッピング、中に入った1枚のメモ。
綺麗に整った楓さんらしい字で、一言。
いつも、ありがとうございます。

ありがとうございます。大切にいただきます。
俺は本当に嬉しくて、最高の笑顔で微笑んで、言った。

きっと、お返しをしますから。
3月14日、ホワイトデーの日には。
約束です。

そう、言っていたのに。

まだ微かに雪が降っていた夜だった。
外は寒くて、まだ少し息が白く流れていって。
なのに、とても顔が赤い楓さんにもらったチョコレート。

ああ、約束を破ってしまった。
ただ、その実感と後悔だけが俺の中で渦巻いて。

吐き出される白い溜息は、その日降っていた雪のように。
もらった、甘くてほろ苦いチョコレートのように。

ただ、ゆっくりと溶けて、空へ消えていった。



ああ、どうして、あんな態度をとってしまったんだろう。
プロデューサー、顔も赤くて、息も切れていて。
きっと走ってきてくれていたのに。

お風呂から上がって、ドライヤーを取り出して。
ボディソープとシャンプーを間違えて、少しぱさついた髪を触りながら。
あたたかい風を受けながら、ずっと悩んでいました。

プロデューサーが遅れてしまったことは事実。
けれど、事情も聞かずに帰ってしまった私の態度はいけないこと。
わかっているはずなのに、素直になれませんでした。

どうしてだろう。
どうして、今日?
ふふっ。

プロデューサーにも、負けてはいられません。

ああ、でも、どうしよう。
素直に謝って、また一緒に楽しく仕事をしたい。
でも、でも。何て声をかけたらいいのか、わからない。

いつも、何て声をかけているんだったかな?



『高垣楓です…私、自己紹介とかってあまり、得意じゃなくて』
『…こんな時、何を話せばいいのか』
『あの、頑張りますので。プロデュース、よろしくお願いします』

最初は、こんな自己紹介をしたんだっけ。
自己紹介だけじゃない。その…人と上手く、会話ができなくて。
よく友達にも言われていたけど…天然?っぽいところがあるらしい。

あまり人の思考や感情を読み取るのは、上手いタイプじゃありませんでした。
何を言ったら喜んで、何を言ったら悲しんで。
そういう…人の気持ち、というのを汲むのが上手くなくて。

2月14日。私が、プロデューサーにチョコレートを渡した日。
上手く話せなくて、どこを見ていいのかも分からなくて。
ただ、渡そう、渡そうって想いばっかりが前に出てしまって。

それでもプロデューサーは笑顔で受け取ってくれました。
喜んでもらいたい。その気持ちが伝わったと思って、嬉しかった。
でも…今日のことで、私のこと、その…嫌いになったり、してないかな。

嫌、だな。
プロデューサーのおかげで、楽しくお仕事が出来るのに。
プロデューサーのおかげで、みんなとも仲良くなれたのに。

どうしたら、いいんだろう。



昔からそうでした。
人との距離感がつかめない…というか。
だから、自然に人に距離を置いてしまうようになってしまって。

本当に友達と呼べる友達は、多くはなくて。
踏み込みすぎて、嫌な思いをさせてしまわないかな。
踏み込まなさすぎて、距離を感じられたら、嫌だな。

そう思ううちに、積極的に人と関われなくなってしまいました。
本当はもっと相手の事を知りたい。

どんな事が好きで、どんな事に興味があって、どんな事が。
でも、私には、一歩を踏み出せる勇気がありませんでした。

それでも理解を示してくれる友達はいたから、楽しくやってこれました。
プロダクションにも、はじめは馴染めなかったけど、今では上手くやれてるのに。
でも…また、やっちゃった。

いつも私の事で一生懸命に、親身になってくれるプロデューサー。
自分の事も気にせずいつも私を気にかけてくれるプロデューサー。
少しばかり遅れた程度で拗ねてしまった私。大人気、ないな。

ああ、嫌われたくない。嫌われたくないよ。
もっとプロデューサーとお仕事がしたい。嫌われたくない。

少しだけ、泣いてしまいました。



今日もお仕事がある。けれど、プロデューサーと会うことはない。
時間の都合で、他の娘のプロデュースの都合で。

おはようございます。
それでも、恐る恐るドアを開けていました。

おはようございます。
今日も笑顔でちひろさんは迎えてくれました。
ええと、どうかしたんですか?

ちひろさんも1人で多くのアイドルたちの様子を見ているだけに、
とても勘が鋭い…というか、経験上の慣れなのかも。
いつもは表情に出たりしないはずなのに、どうして。

目、赤いですよ。

そう言われて目に手を当てようとして、気付きました。
昨日、泣いてしまったんだって。

いえ、なんでも…ない、です。
それだけを伝えるだけなのに、精一杯でした。
それ以上話してしまうと、また泣いてしまいそうだったから。

プロデューサー、私のことを言っていませんでしたか。
プロデューサー、私の話をしませんでしたか。
とても聞きたいことなのに、どうしても聞けませんでした。

もし、望んだ答えが帰ってこなかったら。
もし、本当に私のことを、その…好きじゃない、って言ってたら。
怖くて、聞くことが出来ませんでした。



デビューして日が浅い私でしたが、1人でお仕事も出来ました。
ええと、言い方が正しくないかもしれません。
プロデューサーのおかげで、1人で出来るようになった仕事がある、でしょうか。

ラジオのお仕事がそうでした。何度かパーソナリティをつとめるうちに、
皆さんと親しくなれて、上手くお仕事が出来るようになった、というような。
プロデューサーが私に皆さんと仲良くなれるように、と何度も機会を作ってくれていたから。

だから…そのおかげで、今日も問題なくお仕事をすることが出来ました。
お疲れ様でした、またよろしくお願いします。失礼します。
最初は噛んだり、少し緊張して上手く言えなかったけど、今では。

何もかもプロデューサーのおかげで、上手く出来たと報告したくても、
私の隣には、プロデューサーは居ませんでした。

ただ、お仕事の時間があわなくて、隣に居ないだけなのに。
拒絶されてしまったかのような距離を感じて、寂しくなってしまいました。

最近、プロデューサーはとっても忙しいみたいで、一緒にお酒を飲む時間もなかったから。
あの日は、久しぶりにお互いがオフだったはずなのに。

収録を終えて外に出ると、外はもう既に暗くて。
このお仕事がその日最後のお仕事だったので、連絡をいれて直帰することにしました。



夜道は少しだけ怖かったです。
街の明かりも、月の光だってあったのに。
寂しさという不安感が、怖さを助長させていました。

なんとなく家の近くのコンビニに寄って、少しだけお酒をカゴに詰めて。
家にお酒はある程度あったはずなのに、買ってしまいました。
どうしてだろう。ああ、きっと、この不安を払拭したいから。

お酒は飲んでも飲まれるな。そう言っていたはずなのに。
自己矛盾に悩みながらも、お酒が元の位置に戻ることはありませんでした。

静まり返った夜道の中を、ただビニール袋が立てる音のみが響いていました。
きれいな月。今日は、あの月を見ながらお酒を飲もうかな。
そんな事を考えながら歩いていると、あっという間に家につきました。

ひとりぐらしにしては、少しだけ大きな家のドアを開けて、中へ。
簡素なデザインの1LDK。駅にも近いけど、そこまで家賃は高くない。

通販のカタログを眺めて、悩んで買ったお手頃なガラステーブルに荷物を置いて。
お給料を貯めて買った、少しだけ大きなデジタルテレビの電源を入れて。
ひとり暮らしをするときに家から持ってきた、ひとりがけのシックなソファに腰掛けて。

そして、なんとなく適当に取った缶のプルタブをひきました。



眩しい。
ああ、もう、朝。
お酒を飲んで寝てしまったんだっけ。

今日はお仕事は休みだったはず、だから、だいじょうぶ。
何が大丈夫だったのかはわからないけれど、とりあえずそう思っていました。

せっかくの休み。何をしようかな。
考えないと、プロデューサーの事。
そう思って、考えても考えても、答えの出ない自問自答が続きました。

もし。だったら。きっと。
想定や願望が入り混じった考えは、正確さに欠けていました。
こうだったらいい、ああだったらいい。とても考えているとは言えませんでした。

でも、ぎくしゃくするのは嫌だ。
なんて声をかけたらいいんだろう。
何を考えても、結局その疑問に行き着いて、考えることをやめました。

誰かに相談しようかな。
冷静さを欠いた自己分析もとい、自問自答に意味はありませんでしたから。
第三者の視点を借りて、どうにか解決をしなければ。

ああ、でも、それは明日。
まだ1日がはじまったばかり。それまで、何をしようかな。



朝はお仕事であまり手をつけていなかった家事をしました。
昨日飲んだお酒の缶がテーブルの上をいくつか転がっていました。
洗濯物もあったはず。今日は少しだけあたたかい。早めに干してしまおうかな。

小一時間程度で、ひとり暮らしの家事は終わりました。
普段からある程度、整理整頓はしていたから。
ただどうしても、お仕事の日だったり、レッスンの日だったり。
そんな日には、疎かになってしまいますけれど。

ちらりと時計をみると、もうすぐ11時になろうとしていました。
忙しなく動く秒針が、私の焦りを煽っていました。
いずれ陽はまた昇り、明日になってしまうのですから。

明日には誰かに相談する、そうしたらきっと解決する。
早く明日になってほしい。でも、明日になるのが怖い。
あの日から心に空いた穴はふさがっていません。

放っておいたら、少しずつ、少しずつ大きくなって。
いずれ、自分自身も飲み込まれてしまうようで。

ああ、このままではいけない。
私は誰かに相談すると決めたのだから。
なんとなく携帯を開くと、プロダクションの娘のアドレスが並んで。

これで、相談を。そう思ったけれど、やめました。
自分にとって大事な問題を、メールや電話で済ませていいわけがない。

悩みを振り切ろうとするように、服を着替えました。



とくに何かが欲しくて街に出たわけではありませんでした。

街を歩けば、人、人、人。とりあえず、人が居ます。
誰かと間接的にでも関わっていないと、また悩んでしまいそうで。
そう思って、街に出てきたのはいいけれど、何をしようかな。

ファンシーなぬいぐるみをショーウィンドウに飾ってある雑貨店、
おしゃれなデザインの服が並んだセレクトショップ、
家族連れでにぎわっている、ファミリーレストラン。

ありとあらゆるものが揃っている街なのに、私には行き場がありませんでした。
街を歩けば、どうしてか注目されてしまいます。
相手の人と目が合うと、なんだかあわてて目を逸らされてしまいます。

髪、まだぱさついてるのかな。一応、きちんとセットしたつもりだったけど。
服、コーディネートがいまいちだったかな。きれいにまとめたはずだけど。
ショーウィンドウに自分を映しながら確認する。

あ、もしかしたら、服のタグがついているのかな。
そう思って軽くレッスンでやっているようにくるりと回ってみますが、ありません。
むしろ、さらに注目を集めてしまったようで、恥ずかしくなってしまいました。



さらに街を歩いていると、ホワイトデーのお返し、と掲げられた、
売れ残りの小さなチョコレートが並んだお店を見つけました。

あれも、これも。とっても可愛らしいラッピングに、可愛いデザインのチョコレート。
ああ、私のときは、あまり上手く作れなかったな。
もっと、味の趣味を聞いておけばよかったかな。

そうしたら、もっともっと喜んでくれたかな。

考えだすと止まりませんでした。
そのままお店を通りすぎ、少し落ち着いた場所を探しました。
けれど、どこもお店はにぎわっていて、それらしい場所は見つかりません。

静かな場所、静かな場所。でも、まだ家に戻りたくない。
ああ、そうだ。静かで落ち着ける場所。あった。

自動ドアに導かれるまま、中に入りました。



近くの大きな書店に寄りました。
本は、結構好きなんです。えっと、なんて言ったら。
ほら、本の特有の香り…というか、手触りだったり、装丁だったり。

著者の伝えたいことがこもっているわけじゃないですか。
想いを形にして伝えているようで、素敵だと思って、昔から割とよく本を読んでいました。

やっぱり、落ち着く。
ずらりと並んだ本のカバー、タイトルを見ているだけで、楽しくなってきました。

あ、ちょっとあるある…という感じのこと、かもしれないですけど。
高校受験のとき…だとか、大学受験のときの参考書を、使わないのに見に行く、とか。
そうやって少しだけ昔を懐かしんだりします。

ファッション雑誌にもある程度、目を通します。
アイドルなので、流行に遅れてはいけません。
いけません、いけませんとは思いつつも、あまり…その、積極的ではないのですが。

ファッション雑誌は、読んだことがありますか?
えっと、最新のファッションが掲載されているのはもちろんのことですが、
小物、アクセサリーだったり、男女間についてのコラムも掲載されています。

ふと、その中に目を惹くものがありました。
好きな彼の気をひくためのホワイトデーのお返しの対応5パターン。

き、気になる…彼?ええと、えと。わ、私は、別に…そんな、人は。



なんだか恥ずかしくなってしまって、すぐにその雑誌を閉じてしまいました。
でも、その…やはり、気になってしまって。
ああ、もちろん、ホワイトデーのお返しの対応…というところです。

まだ、貰っていないから。まだ、だから。その…
お返しをいただく時に…失礼にならないように?です。普通です。

ファッション雑誌というのは、たいてい月刊誌です。
なので、早めにホワイトデー特集もしていたのでしょう。先月は、バレンタインでしたから。

気になる彼…なんて、いま…せん。居ません。うん、居ません。
だから、失礼にならないように、です。
私は私にそう言い聞かせながら、もういちど雑誌を開きました。

なるほど、へえ、そうなんだ。
あまりこの手のコラムには目を通さない私には、とっても新鮮でした。
とりあえず、相手を不快にさせないだろう、という対応を見つけました。

うん、うん。参考になる。
きっと、気になる彼…とやらへの対応はこれでいいんだ。
頭のなかでくり返して、定型句を覚えました。

よし。

気付かないうちに割と読みふけっていたのか、日が傾きはじめていました。
少しお腹もすいてきちゃった。どうしよう、お店に入ろうかな。

でも、1人で食べるのも、なんだか寂しい。
そう思った私は、そのままスーパーに寄って帰ることにしました。
何を食べようかな、ああ、冷蔵庫にあれはあったかな。

まだ肌寒いけれど、ほのかにあたたかい陽ざしを浴びながら、ゆっくりと歩き出しました。



ふぅ。
玄関に買ってきた袋を置いて、一息つきました。
結構、買い込んじゃったな。使いきれるかな。
ちょっと今日のお夕飯は豪華にしようかな。

冷蔵庫に物を詰めながら、メニューを思案していました。

量は少なく、品目は多く。
そんな夕食を済ませて、少しだけお酒に手を伸ばそうとしました。
でも、いけない。明日はお仕事があって…それに。

プロデューサーにも、謝らないと…いけないから。

お酒の勢いだとか、余韻を残したまま謝ったりしたくない。
相談したって、問題が解決するわけじゃない。
きちんと謝って、仲直りをしたい。

飲んでも、飲まれてはいけない。
いつか言っていたことを思い出して、手を引きました。

お風呂に入って、今日は早く寝てしまおう。



目覚めはよかったです。
お酒に手を伸ばすこともなく、けれど、深い眠りに落ちることが出来たので。

時間に余裕があったから、冷蔵庫のものをいつもより多く取り出して、
ちらりと時計を確認しながら、朝ごはんを作り始めました。

服を着替えて、ほんの少しだけメイクをして。
なんというか…その、気持ちが先行して、何だかいつもより身なりに気を使いました。
お気に入りの、まだ少ししか着ていない服を取り出してコーディネートをしてみたり。

そうするうちに、早く起きていたはずなのに、出かける時間になっていました。
腕時計をして、バッグを持って、行ってきます。

誰もいない私の部屋にそっと告げて、私は家を出ました。

その日はなんだか、足取りが軽快でした。
昨日きちんと思い直すことができたから。
いつまでも私の都合で先延ばしにしていていい問題じゃない。

もしかしたら、こうしてる間にもプロデューサーは悩んでいるかもしれない。
悩んでいるのは、私だけじゃないかもしれない。
お世話になってるプロデューサーに、そんな事はしたくない。

ごめんなさい。早くそれを伝えたい。



おはようございます。

ドアを開くと、みんながおはようを返してくれます。
おはよう、おはよう。おはようございます。

見回してみても、プロデューサーは居ません。
あの、ちひろさん。プロデューサーは。

『プロデューサーはお仕事があるので、夜まで』

そうですか…
明らかに肩を落としていたと思います。

『あ』
『そういえば、メモを預かってて』
『楓さんに、と』

メモ?何だろう。
4つ折りにされたメモを開いてみる。
住所…?あ、横に建物の名前が書いてある。

急いでいたのか、殴り書きにも近い字体で。
でも、時間の詳細まできちんと書き込まれていて。

最後に一言、待ってます。
そう書いてある、1枚のメモ。

あれ、ここって。



『楓さんは、日本酒派ですか』

ええ。でも、他も嫌いではないんですが、手が伸びなくて。
小さな居酒屋、けれど、落ち着いた雰囲気で。
炙りイカとぎんなんを交互に口に運びながら、そう言いました。

『だったら、今度、どうですか』

はい、色々なお酒も、飲んでみたいですから。いつか、お願いします。
あ…ちょっと、気になっているお店があるんです。
ほら、あのビルの近くの、ちょっと高級なお店なんですけど。

『はい!いつか、じゃなくて、絶対に』

ふふっ。じゃあ、楽しみにしていますから。
仕事にも慣れてきて、自然に笑えるようになった頃の私。

本当に、楽しみにしていますから。
そう言ったのを、覚えてくれていた。

仕事を終えた私は、急いでそこへ向かいました。



今度こそ、約束を違えない。
カウンターに座って、楓さんをじっと待つ。

楓さん、楓さん。今度こそ、きっと。

高垣楓。
浮世離れした不思議な雰囲気を持ったアイドル。

肩にかかるくらいのなだらかな曲線を描くふわりとした艷やかな髪。
エメラルドのような深い緑色をした右目、
サファイアのように深く青い左目のオッドアイ。

つんと高くとまった鼻、すらりとした輪郭。
肌は健康的にどこまでも白く、チャームポイントの泣きぼくろがあどけない。

その彼女を、俺はずっと待っている。
来てくれるだろうか。一度、約束を破った俺のところへ。
そして、受け取ってくれるだろうか。ホワイトデーのおくりものを。

ああ、俺は、俺は。
楽しみにしていてくれたはずなのに。
でも、今日こそ。今日、来てくれたなら。

きっと、彼女を笑顔にしてみせる。




『遅れてしまって、すみません』

肩に声がかかる。ああ、楓さん。来てくれた。
いいえ、俺のほうこそ、すみません。
本当に申し訳ない気持ちがいっぱいで、とにかく謝った。

『いいえ、プロデューサーは何も悪くありません』
『悪いのは、事情も聞かず飛び出した、私の方で』
『ごめんなさい』

ごめんなさい、ごめんなさい。
お互いに謝るばかりで、なんとなくおかしくなって。

『ふふっ、なんだか、おかしいです』

やっと、笑ってくれた。
やっぱり笑っている方が、ずっとずっと綺麗だ。

『え?』

え?

思わぬうちに口から出ていたらしい。
楓さんの顔が真っ赤に染まる。
俺もどこを見ていいかわからなくなって、とりあえずの話題を口にする。



こ、この店、いい雰囲気ですね。

もっと気の利いた事は言えなかったのか。
後悔してももう遅い。話題は既に出てしまったのだから。

『は、はい…何も言わずも案内してくださって』
『その…ドレスコードとか、あるみたいですし』
『わたし…仕事帰りに、そのまま…だ、だいじょうぶでしょうか』

だいじょうぶどころか、とてもよく似合っている。
というか…いつもより、ずっと綺麗だ。楓さんの、お気に入りの服だ。
私服でも通されたということは、それだけ雰囲気に合っているということ。
これだけの高級な店に私服でも通されるのは、それだけ、楓さんが綺麗だから。

なんて口に出す勇気もなく、大丈夫ですよ、似合っています。
ああ、何か口当たりのいいものをお願いします。

それだけを伝えて、楓さんに向き直った。
そして、ちゃんと謝って、渡さないと。

顔を見るだけで、自分の顔が熱くなるのを感じる。
どうしてか、それにだって、検討はついている。
でも、今じゃない。今すべきは、渡すこと。

ホワイトデーの、おくりものを。



わ、私が…きれい?
な、何を、いきなり…プロデューサー、今日は、何か…違う。

いつものスーツじゃなくて…見て分かるほど仕立てのいいもの。
整髪料をつけたりもしていないのに、今日は上手く整えて。
顔はもともとかっこいい顔立ちだったから、いつもより…その。

それに、そんなことまで言って。
え、えっと…なんだか、その…ぷ、プロポーズ…される、みたいな。
そ、そう。これはきっと、お返し…というか、お詫び。

だから、違う。勘違いをしちゃいけない。
なんだか変な雰囲気に…わ、話題を見つけないと。

『「あの」』

被っちゃった。どうしよう。こんなとき、どうしたら。
プロデューサーも困ってる。

ああ、えっと、その…プロデューサーから、先に。
慌てて、ちょっと噛んだりもしたと思う、けど、それしか言えなくて。

『は、はい!え、えと…その、前回…遅れて、ごめんなさい』
『言い訳、じゃないんですけど…理由が、あって』
『これ、です』

ことりと音を立てて置かれた、1枚のCD。



『楓さん、いつも頑張ってるから』
『その努力に、応えられたら…そう思って』
『CDデビューの話をもらって、契約と曲の精選に駆け回ってて』
『その…つい最近まで、ずっと』

『あの日、やっと楓さんに似合う曲を選べたと思ったら、既に暗くなってて』
『走って、走って、これを渡したい。そう思っていたんですけど』
『でも…遅れてしまって、渡せなくて』

『本当は、ホワイトデーの日に、おくりものとして渡したかったんですけど』
『ごめんなさい』

『それで、今日…こんな形で』



わたしが、CDデビュー?
伝えようと、プロデューサーは一生懸命に走ってきて。
喜んでくれるだろうって、きっと嬉しそうに走ってきただろうに。

けれど、私は何も知らずに拗ねてしまって。

ああ、どうしよう、どうしよう。
わたし、何てひどいことをしたんだろう。
何て謝ったら。どうして、どうして。

ごめんなさい。ごめんなさい。
口から出るのはその言葉だけ。
ごめんなさい。

いっしょに、涙もこぼれてしまいました。



本当に言い訳なんかじゃなかった。
きちんとした理由があって、その原因は私で。
なのに、なのに。ひどいことを。

『えっと…俺は、気にしてないですから』
『その…』

周囲に視線を回していたけど、私の肩を軽く支えて。
私の目を見て、プロデューサーは言いました。

『楓さんは、笑っている方が、ずっと綺麗だから』
『だから』
『だから…笑ってください』

『その、気の利いたことが言えなくて、すみません』

プロデューサーも、顔が真っ赤。
お酒はまだ、出てきていない。

どちらかというと、雰囲気を読んで察してくれていたのかも。
本当に、一流のお店。感謝しないといけません。

照れてこっちを見ることが出来ないプロデューサーに、また、おかしくなっちゃって。
プロデューサーのおかげで、笑うことが出来ました。

そして、私は、気付いちゃいました。
本当の、わたしの気持ちに。

私は、プロデューサーのことが。



ああ、でも、私はアイドル。
そして、彼はプロデューサー。

もし、私とプロデューサーがそうなるとしても。
それはまだ、少しだけ先のおはなし。

まだ、それは今じゃない。
プロデューサーは、私をトップアイドルにしてくれると言ってくれた。
だから、それが叶ったら。いつか、それが叶ったら、きっと。

私の、本当の気持ちを、プロデューサーに。

それがいつになるか分からない。
ほんの少しだけ未来なのか、ずっとずっと未来なのか。
はたまた、そんな未来はないのかもしれない。

けれど、今はこれでいい。

私は、バレンタインのチョコレートのように、
そっと、自分の心にていねいにラッピングを施して。

外からは見えないように、けれど、開けたら最大限の気持ちが伝わるように。
甘くとろける、チョコレートのように。

いつか、私をプレゼントすることができたなら。



『あ』

彼は嬉しそうに言う。

『そういえば、どうしてあのとき、笑っていたんですか』

『どうして、今日…そう言ったら、笑っていたでしょう』

ああ、そんなこともあった。でも、理由はとっても単純。

「その日は、ホワイトデーです」

『…そう、でした』

「そして、プロデューサーが言ったことは、どうして、今日」

『…はい』

『………』

『………あっ』

ふふっ。気付いちゃいましたか。でも、これが私なんです。

ホワイトデー。

どうして、今日。

White Day。

Why,today。



『楓さんには、かないません』

彼は本当に嬉しそうに笑う。

釣られて、私も笑いました。

ああ、とってもいい雰囲気。

プロデューサーから、もう1つ、プレゼントをもらっちゃいました。

プロデューサーと仲直りをして。

そして、私の本当の気持ちを、自覚させてくれて。

素直になれない私に、神さまが少しだけ後押しをしてくれたのかな。

雑誌で読んで覚えた定型句も、言葉もいらない。

この時間が、いつまでも続いたなら。

そう思うけれど、それは少し望みすぎ。

今ひととき、この時間を楽しめたなら、それだけで。

ああ、ありがとう、プロデューサー。

このひととき、この気持ち。

これが、私への。








ホワイトデーの、おくりもの。

                        おわり



以上です。ありがとうございました。
html化依頼を出させていただきます。

修正です。

>>15

☓ き、気になる…彼?
○ す、好きな…彼?

>>16

☓ 気になる彼…なんて、いま…せん。
○ 好きな彼…なんて、いま…せん。

☓ きっと、気になる彼…とやらへの対応
○ きっと、好きな彼…とやらへの対応

としてお読み下さい。
大変失礼致しました。

20:58│高垣楓 
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