2013年11月07日

奈緒「風邪をひいた日のこと」

・アイドルマスター シンデレラガールズの二次創作です。
・こういった場に書き込むのは初めてなので、無作法などありましたらお知らせください。
・ト書き形式ではなく、一般的な小説形式です。人によっては読みにくいかもしれません。
・約3000字、書き溜め済みです。数レスで終わりますので、さっと投下します。


前置きは以上です。お付き合いいただけると嬉しいです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1365425704

「ハァー……やっちまったなぁ……」

 天井に向けて、ぽつりとつぶやく。
 アタシが吐いた熱っぽい溜め息は、寒々しい部屋の中で白く煙った。
 正直言えば、ちょっと嫌な予感はしてたんだ。
 このところスケジュールがキツキツで、朝から夜近くまで缶詰って日も珍しくなかった。
 学校は事情を説明して休ませてもらってたけど、それでも忙しいもんは忙しい。
 プロデューサーが頑張って調整してくれなかったら、たぶんもっとすさまじい日程になってただろう。
 そこは感謝してもしきれない。

 だからまあ、悪いのはどう考えてもアタシの方。
 撮影の方が一段落して、ふっと気が抜けちまった。
 かなり疲れてたし、いつもなら欠かさずやってたことも、今日はいいやって感じで忘れてたのがいけない。その結果がこの様だ。
 三十九度の熱と咳、ひどいだるさに関節痛。
 かんっぺきに風邪だった。

 体調管理も仕事のうち、だなんて、うちのプロデューサーはよく言ってるけど、本当にその通りだと思う。
 アイドルは身体が資本なんだから、そいつをダメにしたら、そりゃどうしようもないだろう。
 加蓮みたいに元からどっか弱いんならともかく、アタシがこんなんじゃよくない。
 今朝熱を計った後、プロデューサーに連絡した時は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 げほげほ、と濁った咳をして、布団にくるまる。
 朝に病院へ行って、処方してもらった薬は一通り飲んだけど、それですぐ熱が下がるわけでもない。
 頭はずっとぼんやりしてて、ぐるぐるいろんなものがまわってる。
 地方から出てきた子や通勤の関係で便利だからって人は、事務所の女子寮に住んでるけど、
 アタシは地元が千葉で近いのもあって実家暮らしだ。
 両親は仕事で、家には今誰もいない。一応昼飯は置いといてくれたみたいだけど、食べられるかどうかは微妙かもしれない。

 閉めた窓越しに聞こえる、道路を走る車の音。
 遠くで響く、微かな電車の音。

 アタシは目をつむって、なるべく何も考えないようにした。外から届くふたつの音が、この時ばかりは子守歌みたいに思えた。
 だからきっと、寝るまではほとんど一瞬だったはずだ。
 夢を見た、覚えがあるから。

 妙に具体的な内容だった。
 昨日の撮影で来た白いドレス姿のアタシが、プロデューサーの手を取って一緒に踊っていた。
 曲の振り付けとは全然勝手が違ってて、お互い足踏んだりつまづきそうになったりしてたけど、
 両手を重ねて向かい合って、アイツの顔が間近にあって。
 そして最後に、その、き、キ……

「や、やっぱ無理っ!」
「……起きたのね」
 勢いで上半身を起こしかけ、すぐにくらっとしてまた倒れ込んだ。
 そんなアタシを見る視線がひとつ。
 ベッドの横に椅子を持ってきて座る人に、おそるおそる声をかける。

「あれ……のあ、さん?」
「……ええ、あなたの知る私で間違いないわ」

 うん、確かにのあさんだ。
 でもどうしてうちに?
 というか鍵は……そういえば病院から帰ってきた時掛け忘れてたな。
 そんな無言の疑問が伝わったのか、表情を一切変えないまま、アタシに向けて小ぶりの紙袋を掲げてみせた。

「……頼まれたのよ。彼に」
「それは?」
「……風邪、ひいたのでしょう。……食欲がないのなら、ゼリーでもいい……胃に入れなさい」
「あ、ありがとうございます」
「感謝するとすれば……彼にしなさい。……私に道を指し示したのは、貴女のプロデューサーでもあるのだから」
「でも、今来てくれたのは、のあさんだし」
「……そう」

 頷く口元が少しだけ緩んだような気がして、アタシも小さく笑う。
 すると、不意にきゅぅ、とお腹の方で音が鳴った。
 沈黙。
 恥ずかしさのあまり、のあさんに背を向け、布団を頭まで被り直した。
「……台所、使わせてもらうわ」
「…………はい」

 図らずもご飯をねだる雛鳥の気分。
 ゼリーじゃ足りないと判断したらしく、立ち上がったのあさんは、袋を持って部屋を出ていった。
 ほとんど物音がしなかったんだけど、あの人実は忍者か何かじゃないだろうか。あやめよりよっぽどそれっぽい。

 というか。
 そもそものあさんが料理してる姿とか想像つかない。
 許可しちゃったのは早計だったかな、と思いつつ、待つこと十数分。
 一度寝ていくらか楽になったので、汗でぐしょっとしたパジャマを着替えたところに、再びのあさんが現れた。

 両手には家のどこにあったのか、お盆の上に一人用の土鍋。
 湯気を立てる中身は、梅干し入りのお粥だ。
 スーツ調の凛々しい感じな私服と日本人離れした容姿に、手元の純和食が、何だかとんでもなくミスマッチだった。

「……私の介添えは、必要?」
「じ、自分で食べられます」
「……そう。終わったら、片付けるから……その時は、呼びなさい」

 こころなし残念そうに見えたのは錯覚だろうか。
 お粥の味は塩加減が絶妙で、空っぽの胃にするする収まっていった。
 ぶきっちょなアタシが作るより百倍おいしい。女子的には危機感を覚えるレベル。

 黙々とスプーンを動かしてる間、のあさんは横で本を読んでいた。
 片手で開き、もう片手でページをめくる姿がまた異様に様になってる。
 カバーがついてて中身はわからなかったけど、まあ少なくともマンガやラノベじゃないだろう。

 ごちそうさまでした、と両手を合わせ、のあさんに土鍋を引き渡す。
 ついでにパジャマも回収して片付けに行く背中を見送り、アタシはいそいそとベッドに入り込んだ。
 夢の光景が、まだ頭の中に焼きついてる。
 けれど、あそこに立っていたのは、本当にアタシだったんだろうか。

 白いドレスはともかく、あのシチュエーション――
 今になって考えると、こないだ見たアニメのワンシーンまんまなんだけど――
 たとえばアタシよりのあさんの方が、合ってるんじゃないかな、とか。

 自覚はある。アタシは女らしくない。
 がさつで、料理もできなくて、口調も可愛くなくて、しかも素直じゃない。ないない尽くしだ。
 こんなアタシが、っていつも思う。

「よくねぇって、わかってるんだけどな……」

 アイドルになって、自信はついた。度胸もついた。
 ただ、アタシだけじゃない。みんなすごいんだ。
 いろんなものが今も足りなくて、うらやましい。

 溜め息。
 病気になると、心も弱るもんだよなぁ。
 布団の中で転がってると、のあさんが戻ってきた。
「……後は、また眠りなさい。しばらくすれば、他の子も来るわ」
「ええと……のあさんはもう帰るんですか?」
「今日はオフ、だから……次に起きるまでは、貴女の隣にいるつもり……。
 待っていれば、彼も、来るでしょう」
「そっか。……プロデューサー、来るんだ」
「……来ないはずがないわ。……そうでなければ、彼の下にいることはないもの。私も、貴女も」

 そうなのかな。
 だったら、うれしいよな。

「……あのさ、のあさん。変なこと訊くけど、いいか?」
「……答えられる問いを、示しなさい」
「アイドルしてて、自信なくしたこととか、ある?」

 アタシの唐突な質問に、しばしのあさんは口を閉ざした。
 それからいきなり、すっと顔を寄せてきた。

 鼻先三十センチ。
 その差も縮まり、こつん、と額が触れる。
 自分の熱さとのあさんの冷たさに、吐息が漏れる。
 やがて離れて、何事もなかったかのようにのあさんは元いた位置に戻った。

「……私は、上を望んでいる。遙か高み、空に咲く星のように……けれど、それは独りでは決して届かない。
 ……不足を埋める存在が、共に羽ばたくための翼が……私には、なくてはならない」
「……んん?」
「貴女の下へ私を導いたのも……今も貴女のことが不安で、心を曇らせているのも……
 どちらも同じ、私が求める、彼。……羨ましく思うのは、自然でしょう」
「えっと、つまり……のあさんは私が、羨ましい?」
「……言葉にすれば、無粋なことも……世界には多くあるわ」

 どこか拗ねたような響きに、アタシの頬もそれこそ自然に緩んだ。
 まあ、そうだよな。
 逆だったら絶対、アタシも羨ましい。

「……熱は、おそらく次で下がるわ」
「ん、じゃあアタシは寝ます。冷蔵庫の中身とか食器は、自由に使ってください」
「ええ。……おやすみなさい」

 誰かがそばにいる。
 そのことにあたたかさを覚えながら、アタシは眠りに就いた。

 今度は深く、夢も見なかった。
以上になります。
途中のコメントとご指摘ありがとうございました。
ルールに関しては何度も読み直して確認していますが、
外から見て逸脱している部分がありましたらご教授いただければと。

モバマスSSは初でしたが、活気があって良いジャンルですよね。
書き手の皆さんからもパッションが伝わってきて、楽しいところだと思います。
コメントと乙ありがとうございます!
読まれたと実感できる時が、書き手として一番嬉しい瞬間ですね。
html化は先ほど依頼しておきました。誘導感謝です。

元々習作のつもりで全六話を予定していて、別に話の繋がりはないのですが、
アイドルを必ず二人ずつ出す、10KB以内に収める、サブのアイドル(今回だったらのあさん)を次でメインに据える、
という縛りでプロットを立てています。ラストは六人目+奈緒ちゃんで一周みたいな感じで。
奈緒ちゃんとのあさんは自分の好みで選出しましたが、あとの四人は友人に挙げてもらったので、
かなり統一感はないかもしれません。
今日二本目を書き始めたので、たぶん一週間前後で投稿できるかと。のあさんと小梅ちゃん。

では、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
遅ればせながら、乙と支援ありがとうございます。
作者が饒舌になるとろくなことにならないですね……。すみません。
書くことで感謝の気持ちを返していければと思います。

21:10│神谷奈緒 
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