2013年11月08日

高峯のあ「あの人を嘘つきと」

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高峯のあ

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木場真奈美


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 ――高峯のあは歌い、踊る。いつも通り、自らの全てをかけて観衆を魅了し、彼女は舞台を下りる。


のあ「ふう……」

真奈美「お疲れ様だったな。ほらタオルと飲み物」

のあ「……ありがとう。今日のステージはどうだったかしら? あなたから見て」

真奈美「さすがの一言だよ。熟練と言っていい域に達しつつあるんじゃないかな?」

のあ「……そう」

真奈美「またその顔だな」

のあ「……なに?」

真奈美「嬉しいというよりは、安心した顔だ」

のあ「おかしいかしら?」

真奈美「いや、やりきった後だから、理解はできる。だが、世間の人は、あの高峯のあが……と驚くことだろうな」


のあ「ふっ……。そうね、ほっとしているわ。あの人に恥をかかさずに済んだのだから」

真奈美「……ふむ。ところで、懐かしい知り合いが訪ねてきているが、会うかい?」

のあ「……誰かしら?」

真奈美「凛と奈緒さ」

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渋谷凛
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神谷奈緒


凛「……久しぶり」

奈緒「お久しぶりです」

のあ「……久しぶり。ずいぶんと綺麗になったわね、二人とも」

奈緒「いやいや、嬉しいけど、のあさんに言われちゃうと! なあ、凛」

凛「……」

真奈美「のあの言うとおりだと思うがな。君たちは大人になって、美しくなった。間違いないよ」

奈緒「そ、そうかなあ」

凛「奈緒、にやけてる」


奈緒「う、うるさい。しょうがないだろ!」

凛「最初に一度否定してるあたりが、奈緒っぽい」

奈緒「むぐぐ……」

のあ「ふっ……」

真奈美「賑やかなことだ。まるで昔のようだ」

のあ「……懐かしい日々」

奈緒「うん……」

真奈美「まあ、それはともかく、今日はゆっくりしていけるのかい? もしよかったら、打ち上げに……」

凛「今日はこの後、加蓮のお見舞いだから」

奈緒「ごめん。加蓮、このところ、ちょっとナイーブになってるみたいで……」

のあ「……母となる者が、外の世界を警戒するのは当然。その折りに、長年の友を頼ろうとするのも、また」

真奈美「そうだな。付き添ってあげたまえ。私たちからの励ましも伝えてくれるとありがたい」

凛「うん、伝える」


奈緒「きっと喜ぶよ」

のあ「……そう願うわ」

真奈美「そういえば、今日の舞台はどうだったかな? 私が演出まで担当して、それなりに自信なのだがね」

奈緒「え、真奈美さん演出なんだ? 道理で、いつもよりタイミングぴったりって言うか……。あ、いつもが悪いって意味じゃなくて」

のあ「……好評だったようね」

奈緒「うん。すごかったよ。ほんと……。のあさんの……圧力が客席まで浸透するっていうか」

のあ「ありがとう」

真奈美「凛はどうだい?」

凛「……のあさんは」

のあ「なに?」

凛「のあさんは、どうして、あんなに変わらずにいられるの? あの頃と、少しも変わらずに」

のあ「……」


凛「私は……私たちは、みんな、アイドルだった。でも、いま、アイドルは……あなただけ」

奈緒「おい、凛、なに言って……」

のあ「……そうね。私はアイドルだわ」

凛「なんで……なん、で、アイドルでいられるんですかっ!?」

奈緒「凛っ!」

凛「あの人はもういないのに!」

真奈美「……」

奈緒「……お前……」

のあ「……凛。この世は起こるべきことだけが起こるものよ」

凛「あなたがなにを言っているのかわからない……っ!」

真奈美「……アイドルを続けているのに、なにも不思議はないということだろうな」

凛「トップアイドルであり続ければ……。誰もがたどり着けない高みに至れば、あの人が帰ってくるとでも言うんですか!」

のあ「それは違う」

凛「……だったら」


のあ「あの人は、私たちがどうあろうと帰ってくる。アイドルをやめていようと、続けていようと関係ない」

凛「なっ……」

奈緒「え……」

のあ「必ず帰ってくると、そう約束したのだから」

奈緒「のあさん……」

のあ「ただ、私は待っている。アイドルを続けて待っている。それだけのこと」

凛「それだけって……」

のあ「真奈美がアイドルではなく裏方として待っているのと、なにも変わらない」

凛「真奈美さんまで……」

真奈美「まあ、約束だからな」


凛「それでいいんですか?」

奈緒「おい、凛」

のあ「……ええ」

真奈美「もちろんだとも」

凛「……そうですか。ステージ自体は素晴らしかったです。でも……。私には耐えられない。失礼します」

奈緒「おい、凛。ああ、ったく。……すいません。また改めて!」

真奈美「ああ、また」

のあ「……ええ、また、ね」


 ――高峯のあの歌声が響く。日本中で、その歌声が絶える日はない。カウンターしかない小さなバーも、それは同じだ。

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高橋礼子
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柊志乃



礼子「今日もあの娘の歌が聴こえてくる……か」

志乃「なんだかシャンソンの一節みたいね?」

礼子「そんなしゃれたものかしら?」

志乃「私たちにとっては呪いだとでも?」

礼子「まさか。のあの成功を喜びこそすれ、妬む気持ちなんてありはしないわよ?」


志乃「誤解しないで欲しいわね」

礼子「じゃあ、どういう意味?」

志乃「私たちを過去へ結びつける強固な鎖」

礼子「ふうん、なるほど」

志乃「違うかしら?」

礼子「どうかしら? そうかもしれない」

志乃「まあ、それを不快に思うかどうかはまた別なのだけど」

礼子「そうね。少なくとも、あなたとグラスを傾ける理由にはなるし」

志乃「別になにもなくても飲むけれどね」

礼子「まあね」

志乃「乾杯」

礼子「乾杯。歌姫に」

志乃「そうね、歌姫に」

礼子「でも、一番呪われているのは、のあ当人じゃないかしら。もし、それを呪いと言うのなら」


志乃「あの子にとっては祝福?」

礼子「さあ……どうかしら。かつて、私たちを未練がましい集団だと言った人もいた」

志乃「健気だと賞賛する声もあったわ」

礼子「でも、結局、いまに至るまでやり遂げたのは、のあと真奈美だけ」

志乃「あれはなんと呼ぶのかしら?」

礼子「そうね……あれは」

志乃「うん」

礼子「一途と言うのよ」


 ――けばけばしいドレスに身を包んだ女は、スポットライトに照らされる彼女をじっと見つめている。

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三船美優


真奈美「おや、美優じゃないか。偶然もあるものだ。さ、こっちに来たまえ」

美優「……こんなところにも、来るんですね。天下のトップアイドルが……」

真奈美「別にどこにだろうと行くさ」

のあ「……アイドルに必要なものは、たった二つ」

美優「え?」

のあ「あなたはそれを知っているはず」

美優「……アイドル自身と……。それを見てくれるファン」

のあ「……そう。あなたも、知っている。知っていた」


真奈美「彼に学んだことだからな」

美優「……だからって……」

のあ「……人数も、年齢も、関係ない。ただ、見てくれる人がいる限り、私は歌い、踊る」

美優「それでも……なにもこんな……何もない街に」

真奈美「そんな風に言うものじゃないよ。それに、ここに来て良いこともあった」

美優「……いいこと?」

のあ「……懐かしい友に会えたわ」

美優「……」

真奈美「さて、すまないが、そろそろ開幕だ」

のあ「……よかったら見ていって」

美優「……はい」


美優「とても……素敵でした」

のあ「ありがとう」

美優「でも……なんだか……。悲しく、感じました」

のあ「……そういうこともあるでしょうね」

真奈美「人の思いを表す中で、悲しさや切なさを美しく描くのも一つの手だからな」

美優「……そうではなく……」

のあ「なにかしら? 私たちの間に遠慮はいらない」

美優「……じゃあ、言いますね」

真奈美「ああ」

美優「のあさんは……ここにないものを見ています。だから……悲しい」

のあ「……ないもの?」

美優「ここにはいない……あの人のことを」

真奈美「ふむ」

のあ「……」

美優「……否定はしないんですね」


のあ「その必要がないから」

美優「……あなたたちは、あの人の思い出に……囚われているんですね」

のあ「……思い出? それは違う」

真奈美「そうだ。我々が見ているのは未来だ」

美優「未来なんて、どこにあるんです!」

のあ「あの人が帰ってくる、その未来」

美優「そんなものは、もうないって知ってるくせに!」

真奈美「いいや、私たちはそんなことを認めない」

のあ「あの人は約束したのだから」

真奈美「そう、我々のもとへ帰ってくると」

のあ「だから、私たちは……」

美優「そんなはかない約束を……かなうはずのない約束を信じてっ!」

真奈美「信じるのを止めたとき、約束は失われる」

のあ「私たちは、あの人を嘘つきと呼ばせはしない」


真奈美「そうだ。私とのあが待つ限り、生きる限り」

のあ「あの人の約束は生き続ける」

美優「……妄執ですっ!」

真奈美「なにが悪い? 私たちは楽しんでいる。こうして、楽しみながら、待って待って、待ち続けている」

のあ「……誰に頼まれたのでもない。私の意志が、私の心が、あの人を求め、待ち続けている」

美優「あなたたちは……っ!」

真奈美「なんて幸せなのだろう」

のあ「あの人の約束を信じて待ち続けている、この日々」

真奈美「私は約束した。必ず戻る彼を、笑顔で迎えてみせると」

のあ「私は約束した。戻ったあの人と、共に星を手に取ると」



のあ・真奈美「だから、私は待つ。あの人を待ち続ける」


.


 ――血のような夕暮れが訪れる中、女たちの影はまるで柱のように長く影を引く。

 そこに、一つの調べが響いた。



さだまさし『舞姫』
https://www.youtube.com/watch?v=730R5CoRYdY





 ――暗転。



 パチパチ……パチパチパチパチパチパチパチ……



.

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鷺沢文香


文香「……みなさん、お疲れ様でした……」


「おつかれさまでしたーっ!」


凛「……足痛い……。このヒール高すぎるよ、やっぱ……」

奈緒「この服、ちゃんと大人っぽく見えたかなあ……」

礼子「私たち、劇中でいくつの設定だったのかしらねえ?」

志乃「……どうでもいいわ。美味しいお酒が飲めれば」

美優「ま、まさか……。あああ……。お酒くさい……」

真奈美「初日だからこれで終わりだが、明日からこれを一日三回転か。短いとはいえ、なかなかハードだな」


文香「お二人は役柄的に気を張りますから……」

のあ「……極みに至るには、それに挑む必要がある」

真奈美「まあ、そうだがな」

志乃「ところで、一応確認しておきたいんだけど……」

文香「……はい。なんでしょう?」

志乃「最後にかかった『舞姫』がモチーフだってのは前から知っているのだけれどね。あれは、有名なあの『舞姫』と関わりがあるの?」

文香「……ええ。鴎外の『舞姫』をモチーフにさだまさしさんが作詩作曲したのがあの歌です」

礼子「それを文香ちゃんがさらにアレンジして歌劇に落とし込んだのが今回の舞台ってわけね?」

文香「……そうなります」



※ さだまさしはソロ活動以後、作詞ではなく『作詩』とクレジットしている。


凛「そういえば、『あの人』は結局どうなってるのかな。やっぱり亡くなってるの?」

奈緒「え? 木星宙域で、絶望的な戦いに身を投じているんじゃなかったの?」

礼子「あら、サタンを追いかけて、飛行機で飛び去ったんじゃなかったっけ?」

志乃「陰謀に巻き込まれて某国で300年の刑を押しつけられ、脱獄を狙ってるとばかり」

美優「とある国の内戦で消息を絶ったのでは……」

凛「いや、みんなむちゃくちゃだよ?」

文香「お二人以外は、帰ってこないと固く信じている、という状況であればいいので……。あえて理由は明らかにしません」

凛「……そっか。でも……」

のあ「……どうしたの?」

凛「うん。二人は本当に信じてるのかな……って」

真奈美「凛はどう思う?」

凛「……わからない。信じているようにしか見えないけど、でも……」

礼子「凛ちゃん、大人ってね、とってもずるいのよ」

美優「……え? では……」


志乃「そこで信じていないのに信じている振りをしている、と思うなら、まだ若いわよ、美優ちゃん」

美優「そ、そうですか……?」

礼子「そうそう。たとえ知っていても、忘れられるし、見ないでいられるし、信じられるものなのよ」

奈緒「……知っていても?」

凛「……よくわからないけど、ずるいってのはなんとなくわかるよ」


 ワアアアアァァ……


文香「……あ。お客さんが待っています。そろそろ舞台に顔を出しましょう。皆さんよろしくお願いします」



「はーい」



.


文香「……主演のお二人は最後におよびしますので……」


真奈美「ああ、待っているよ」

のあ「……待っている、か」

真奈美「ふふ。実際、どうするかね? この劇のように彼が……となったら」

のあ「そうね……。元から離ればなれにはならないでしょうね」

真奈美「ついていくと?」

のあ「そうとは限らないけれど。離れていても共にあるあり方も存在するから」

真奈美「ふむ」

のあ「……あなたのほうはどうなの?」

真奈美「私かい?」

のあ「ええ」


真奈美「そうだな。待ち続けることはしないだろう」

のあ「……あら」

真奈美「私なら、自分から探しに行く。一年くらいは、まあ、待ってやってもいいがね」

のあ「……ふふっ。劇中の私たちに比べたら、ずいぶんと我の強い話」

真奈美「仕方あるまい。共にありたいと望むなら、この手でつかみ取る。そういうものじゃないか?」

のあ「そうね。共にありたいと願う、その心がまさに力となる」

真奈美「ふふ。……ああ、時間だ。さあ、行こうか」

のあ「ええ、行きましょう」



 おしまい
 さだまさしの舞姫を聴いていたら、唐突にのあさんのイメージが浮かんだので書いてみたら、最終的にのあさんと真奈美さんコンビになってました。
 実際の舞台構成だと、出演者たちの歌が何曲か入るのかな?

 おつきあいありがとうございました。
>>30
違う人ですが、たしかに、影響は受けました。あれは実にいいものです。

自分は最近だと
比奈「比翼の鳥」あい「連理の枝」
とか書きました。

08:11│高峯のあ 
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