2013年11月08日

P「家族計画」

ごみを捨てに路地裏に出ると、そこに少女が行き倒れていた。


「…」

これはいったい…。

頭の中を疑問符が渦巻く。
そもそも生きているのか死んでいるのか。
俺はごみを両手にしばらく考え込んだ。

今までも酔っ払いが倒れていることなら何度かあった。
ただこんな女の子が倒れていることは初めてだ。
よく無事だったものだ。

あるいはもう無事ではないのかもしれないが。
だとしたら厄介なことだ。


俺はその少女の脇腹をつま先でつつく。

「おい、生きてるか?」

「……ん」

どうやら生きてはいるらしい。
少なくとも、最悪の面倒事には巻き込まれずに済んだというところか。

この件は慎重に行け。
俺の本能がそう告げている。

この格好からすると―ホステス?デリヘル?
…俺よりはだいぶ若く見えるこの子が?

「おい。どうしたんだ?」

声をかけると、少女はうっすらと目を開く。


「大丈夫か?一人で帰れるな?」

「…」

キレイな目をしていた。

「…あ…」

女の子が何かを呟く。

「…我…想要……一杯…水……」

それだけ言うと、少女は目をくるくると回した。

「…あいやー」

ぱたりこ

「おい…」

頬をぺしぺしとたたく。反応はない。


「まいったな…」

再び少女を見る。
国籍は―まず間違いなく中国だろう。これはイントネーションからわかる。

服装は白いチャイナドレス。スリットが不自然に大きい。
下着が見えそうなくらい切れ上がっている。

良くて水商売、悪けりゃ風俗。
―もっと悪いパターンだってあるかもな。
どっちにしろ、普通の一般人ってわけじゃなさそうだ。

「…ったく」

しかしドレスは少女にまったく似合っていない。
こういうタイプには、もっとこう…健康的で健全な格好が合う気がする。
…リボンとかも似合いそうだな。

さっきの目。キレイな目。
それからも健全で健康な印象を受けた。


純朴な内面と不自然な外見。
この構図はあまりいいものにはならない。

しかしここいらじゃそんなことは当たり前だ。
なんてことない日常だ。
そう、だから自分の責任なのだ。
自分の尻拭いは自分でするもんだろう。

見たところ目立った外傷はなさそうだが―

「おーい、Pくーん!どこいったのかなー?」

陽気な声が俺を呼ぶ。

「Pくー…あれ?」

P「黒井店長…」


黒井「ノンノン!私は店長代理だよPくん!間違えたらいけないな。言葉の乱れは風俗の乱れなのだからね」

日本で一番乱れた街で、そんなことをいうのはこの人くらいのものだった。
ただ、今は口ごたえする気にもならない。

P「それより店長、これを」

店長の目が少女に注がれることしばし―

黒井「どうやら、さっそく風紀が乱れているようだな、Pくん」

P「ちがうっつーの」

黒井「人目につかないのをいいことに、Pくんがこんなところで破廉恥行為を!」

P「そんなことしてないでしょう!」


黒井「まぁまあ落ち着きたまえ。君だって年頃の男子なんだ、衝動的に強○の一発や二発くらい衝動的にしてしまうことも…」

P「あ ん た の 国 で は 年 頃 の 男 は み ん な 強 ○ の 一 発 や 二 発 を す る の か ?」

ドスの利いた声で言った。

黒井「いやいやいやいや、ふっふっふっ」

P「都合が悪くなるとすぐごまかしますね」

中華料理店「黒龍」店長代理、黒井崇男とはこんな人だ。

黒井「おまわりさーん、おまわりさーん!」

胸ぐらをつかんで恫喝する。

P「警 察 を 呼 ば れ た ら い ろ い ろ と 困 る の は あ ん たの ほ う じ ゃ な い の か ?」

黒井「いや、まぁそう怒るものではないよ。些細な誤解じゃないか」

P「強○が些細か!」

俺は店長の胸ぐらをつかんでいた手を放す。


黒井「で、これなぁに?」

P「俺が聞きたいくらいですよ」

黒井「ふむん…」

外見も黒いが、中身はもっとどす黒い店長代理はしばらく思案すると、

黒井「そうだ、Pくんに何とかしてもらおう。第一発見者だし」

P「待てや!」

黒井「それがいい、そうしよう、うん!名案名案!名案が明暗をわけた、なんちゃって」

P「亡き者にしたい…」


黒井「それじゃその線でよろしく」

P「無理ですよ、警察に連絡しましょう」

黒井「警察はちょっとなぁ…」

P「なんでですか?」

黒井「ほら、僕だっていろいろとねぇ、ほらあれだよあれ」

というと、店長は店にぱっと戻ってしまった。

黒井「とにかくぼく知ーらないっと」

P「お、おい!」

黒井「あー、それも仕事ということでよろしく。早退していいからねー、その子のことよろしくね、アデュー!」



ひょいと顔だけ出して言う。

黒井「あまり人目に触れさせないほうがいいと思うよ」

P「ま、待て!人の話を…!」

店内からスタコラサッサ―と擬音が聞こえた。

P「く…!」

俺は改めて、路地裏に倒れる薄汚れた少女に視線をやった。

「…」

退廃の匂いがした。

黒井「Pくん、それはゲロの匂いだろうね!」

P「エスパーかあんたは!」





「…ん」

P「起きたか」

ちょうど冷やしたタオルを替えてやったところで、少女は目を覚ました。
むくりと身を起こす。

P「あ、おい急に動いて大丈夫か?」

「…?」

かくんと小首をかしげる。
―状況を理解しとらんな。

P「あんた、うちの店の裏で倒れてたんだ。覚えてるか?」

女の子は俺を見た。
まだぼんやりしている。


「あー…」

P「…」

「にんつぁおー」

P「は?」

にんちゃ…つぁ?なんだ?

「しぇんも?」

またわけのわからん言葉が…。
当たり前だ。この子は中国人だった。

P「あー…とりあえず顔でも拭いとけよ」

と言って濡れたタオルを差し出す。

「…?」

見つめるだけで受け取ろうとはしない。


P「ほら」

と言ってずいとタオルを近づけると、

「…!」

女の子はびくっと身を引いた。

そんなに怖いか?おれ…。
ちょっとショックだ。

『…Pは、顔が怖い…』

P「…」

まあ、確かにそうなのかもな。

タオルを使って顔をふくゼスチャーをして見せたあと、タオルをポンと投げる。
女の子はしばらくタオルと俺の顔を交互に見ていたが、やがてこしこしと顔をふき始めた。

「…謝謝」

しぇいしぇい…か。
これはわかる。


P「ったく…」

台所に行って、コップに水を汲む。

ひとつだけわかったこと。
それは俺、Pがまたまたパンチの利いた不幸に見舞われたということだ。

P「不幸だ」

グイッと水を飲み干す。
ま、俺の不幸なんざ今に始まったことじゃないがな。
他人と関わり合いになるといつもこうだよ。

少女のところに戻り、空のコップをテーブルに置く。

「…?」

P「…すまん」

本当にどうかしてる。
俺はそそくさと台所に行き、水を汲んできた。

「…くす」

笑われた。ちっ。


少女はよほどのどが渇いていたのか、渡した水を一息に飲み干してしまった。

「…清再、給我一杯」

わからん…がなんとなくわかる。

P「もう一杯だな」

再び水を汲んでくる。

「謝謝」

今度は一息には飲まず、ちびちびと口に運んでいる。

P「…」


目の前の少女を見ながら考える。

他人と関わり合いになるとろくなことにならない。
だから店長命令だろうが、頑として拒否すればよかったんだ。
なのに―

『悪ぶったお人好しだと思う』

『だから、不幸になるのよ』

P「…」

…少しだけだ。
少しかくまってやるだけ。すぐに出てってもらうさ。
俺だって自分ひとりで生きていくので精一杯なんだ。

「…我叫天春香」


P「え?」

なんだ?
二杯目の水を飲み干した少女が口を開いた。

「我叫天春香」

P「ちゅんふぁ?」

春香「春香」

自分の胸に手を置いてそう言う。

P「なんだ?あんたの名前か?ちゅんふぁ?」

といって指差すと、少女はこくこくとうなずいた。


P「あー…おれはP」

春香「…ぴ?」

P「Pだ。ピー」

春香「ぴー…P」

P「そうだ」

春香「謝謝不尽、P」

というと、春香はにっこり笑った。
子供みたいに無邪気な笑顔で。




がつがつむしゃむしゃんぐんぐ

P「…」

はむはむぱりぱりちむちむ

よほど空腹だったのだろう。
俺が出した料理を、春香はすごい勢いで食べた。

P「足りなそうだな」

春香「…むぐむぐ…」

聞こえていないようだ。

ため息。

中華料理店でのバイトが無闇に役に立ったな。
作る身としては、こうしてがっついてくれるのは結構うれしいものだ。


結局、小さな一人用のテーブルには収まらなくなった料理を、二人で平らげた。

春香「…うぃ」

料理を食べ終えると、どこで覚えたのか春香は三つ指をついて深々と頭を下げた。

P「さて…」

これからどうしようか。
対面で春香はずずず…とお茶を飲んでいる。

P「あー…とりあえずシャワーでも浴びてこい。臭いぞ」

意味が通じてないのをいいことに、本音を言う。

春香「ほ?」

当然通じない。


P「シャワーだ、シャワー」

水を浴びるゼスチャーをする。
少しすると、

春香「…!」

意味が分かったのか、春香は目を輝かせてこくこくとうなずいた。

P「狭いけどな、そこは我慢だ」

とりあえず適温のお湯が出るように調節してやる。

P「あとはわかるだろ」

春香「…うぃ」


春香がバスルームに入ってしばらくすると、水音が聞こえてきた。
それを聞きながらタバコに火をつけ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

しかし、これからどうすればいいんだ?

警察…はやはりまずいのだろうか?
何せ小奇麗な中国人の女の子があんなところで、この街で行き倒れていた。
まともなはずがない。

暴力団対策の新法ができて、外国人マフィアの取り締まりが強化されても、やっぱり歌舞伎町は歌舞伎町だ。
さまざまな人間が住む、日本の暗黒街―
机に肩肘をつき、何度目かわからないため息を吐く。

P「難儀だ―」

春香「P」

P「いや今のは春香のことじゃないぞ」


春香「P」

P「ああ、着替えか」

自分で言ってから思いつく。
そうだ着替え…

シャツとズボンは俺のを使うとして、下着はどうする?
コンビニに買いに行くしかないのか?俺が?

春香「P」

P「ちょっと待て、いま考えて…!?」

と言った瞬間には後ろから抱きつかれていた。


P「お、おい!?」

春香「謝謝、謝謝…」

春香はずっとつぶやきながら、腕に力を込めてきた。

P「わ、わかった!わかったから!」

あまり春香に触れないように、腕を振りほどく。

P「よせ!そんな真似は」

P「そんなことをしてもらいたくて、助けたわけじゃない!」

春香「……あ」

意味はわからなくとも何かしら感じ取ったのだろう。
春香は腕を放すと、すっと体を離した。

P「…対不起」

といぷちー?
…ごめんなさい、だろうか。


P「いや…いい」

春香「真対不起」

P「泣くなよ?」

春香「…」

P「わかった、おまえは情緒不安定なんだ。もう寝ろ」

後ろを見ないようにしながら、布団を指差す。

P「どのくらい放浪していたかは知らんが、一晩だけ休ませてやるから」

タンスをあさって適当なシャツとズボンを春香に渡す。
しばらくすると後ろからしゅるしゅると音がした。
音がやんでから、さらにゆっくり10秒数えた後、ゆっくり振り返る。

春香「…」

P「よし」


春香を布団に押し込む。

P「服は洗濯しておく。明日になれば着れるくらいには乾いてるだろ。それまでは我慢してくれ」

春香「…」

こく、とうなずく。
しかし春香はじっと俺のことを見つめていた。

P「寝ろって」

手のひらで瞼を閉じさせる。

春香「…謝謝、P」

P「しぇいしぇい…ね」


部屋の電気を消し、台所の電気をつけた。
洗濯かごにある春香の衣服を洗濯機(元廃品)に突っ込み、部屋に戻ると静かな寝息が聞こえた。

P「…ゆっくり休め」

しかし、あの時の春香の行動は…。
借りを、返そうとした…ってことか?
今の春香にできるお礼と言ったら、いわゆる「そういうこと」しかなかったってことか。

ということはあいつは今まで―

P「…」

まあ、考えるまい。
事実そうにしろ、そうじゃないにしろ、他人事だ。


とにかく身元だけでもわからないだろうか?
そういえば、バックを一つ持っていたな。

P「悪い…見せてもらうな」

鞄を開ける。

P「なんだこりゃ?」

鞄の中には錠剤の入った瓶が何本かと、へたった封筒が入っているだけだった。

P「…」

封筒には数枚の札。
瓶のほうはすべて同じものだった。すべて封は切られていて、開封済みである。

梱包前の商品か?

P「なんでこんなもんもってんだ?こいつ」


俺は何気なくふたを開けると、三錠ほど口に放り込んだ。
ま、なにかのビタミン剤のようなものだろう。

P「さてと」

疲れた。
俺も寝るか。

ジャージを丸めて簡易枕にし、なるべく春香から離れて部屋の隅に寝転がる。

自慢じゃないが俺は枕さえあればどこでも寝ることが―

P「…」

P「…」

P「…」


できないじゃないか。

なんか蒸し暑いな今日は…そろそろエアコンがほしくなってくる時期だ。
くそ、さっさと寝てしまえ。

P「う…うう…」

なんだ!?どんどん暑くなるぞ?
暑いってか…熱い?体が…。
あ、くそ…!おっきしちまった!ガッデム!

なんだよ、女の子が同じ部屋にいるから意識してんのか?俺。
それは俺がこの三年くらいご無沙汰してるからか!?

無節操な話だ。

しかしほんとになんか変だ。
急にいい匂いが…春香?
…嗅覚が過敏になったってのか?


P「う…」

体が熱い。
寝返りを打つ。

どっどっどっどっ

え?これ心臓の音か?

どっどっどっどっ!

P「うが…」

まずいな。
すぐそばで春香が寝ている。
春香が…

馬鹿な、あいつは…駄目だ、何を考えてるんだ俺は。


そうだ…あいつに…。
あいつに連絡して…。

いや、駄目だ。それまで我慢できる気がしない。
第一お互い大人になってるからってそんなこと…。
それに…

もうあいつには会わないって、決めたんじゃなかったのか?

P「く…」

駄目だ、とりあえず外に行こう。
これ以上ここにいたら何をしてしまうか…。
そうだ…風○にでも行こうか。
経済的に苦しいがしょうがない。

助けた人間を襲うよりマシだ。


ゆっくりと身を起こす。
自分の股間に目をやると、信じられないくらい膨張していた。

こんなに大きかったんですか?

…なぜ敬語だ。
くそ!俺の体はどうしちまったんだ!?

春香「…P?」

P「!?」

馬鹿、声をかけるな!

春香がむくりと体を起こした…気配がした。
瞬間、部屋の空気がぐるりと動き、俺の鼻を甘い香りが刺激する。

まずい。

春香が近寄ってくる気配がする。


P「くるな…いいから…」

声がかすれる。心臓が暴れる。

P「大…丈夫だ」

手を突き出して拒否の意思を伝える。

ぼんやりした意識の中春香に目をやると、暗闇の中、大きなシャツの胸元から白い肌が見える。

P「うぐぅ…」


春香が近づいてくる。

頼む、俺を―

春香が近づいてくる。

俺をこれ以上、最悪な奴にしないでくれ―

春香が近づいてくる。

駄目だ―

限界だった。
動作に移るため筋肉が緊張し、動きかけた。
瞬間

春香「――」

P「…あ?」


春香が歌っていた。

歌詞はよくわからない。中国の歌だろうか?
さほど大きな声ではないが、その声はとても澄んでいて、今までの春香からは想像できなかった。

春香「――」

俺はあっけにとられ、さっきまでの体の変調も一瞬忘れていた。

春香が俺の頭を、彼女の膝に導く。

P「…」

不思議と抵抗する気持ちにはならなかった。


春香「――」

横になる。
自分の体に意識を向けると、相変わらず体は熱い。
心臓は早鐘のようだ。けど―

春香「――」

気持ちは不思議なほど穏やかになっていた。

歌が聞こえる。甘い香りがする。

春香は、一度拒否したことを覚えていたのだろうか?
それとも俺が苦しんでいるとでも思ったのだろうか?

春香「――」

意識が薄れる。

でも、これだけは確かだ。
春香は…

俺が最悪な奴になるのを、止めてくれた―






P「う…」

ふと意識を戻すと、まだ室内は暗かった。

P「…」

春香は、俺にひざまくらをした状態から崩れたような体勢で眠っていた。

布団に戻してやり、毛布を掛けてやる。

P「…!」

唐突にある考えに思い至り、自分の下着を確認する。

P「…は」

キレイなままだった。


P「ふむ…」

頭は妙にすっきりしている。
こうして冷静になった頭で考えると、どうもあの薬が原因だと思い至る。

…あれはいったいなんだったんだ?
今は頭痛もなければ、吐き気もない。
神経が一時的に過敏になり、興奮状態になって
―ってまさか。

春香の持っていたバックに目をやる。
…なんでこんなものを持ってるんだ?

その後、俺は明け方まで訪れない眠気に苦しんだ。





男は名を高木順一朗といった。

現在訳あって武装逃亡の身の上。

三人の追っ手のうち二人までは無力化したのだが、手違いがあって一人逃がしてしまった。
そのため、現在は大事を取って派手な行動は控えている。

三日三晩、臭く暗く汚い路地裏に潜伏していたのだ。
中華料理店から排出されるゴミ袋をあさり、糧を得た。


さて、順一朗は見ていた。
行き倒れの少女が、青年に助けられていくのを。

きっとあの少女はうまい飯にありつくのだろう。
暖かい寝床を得るのだろう。

不公平だ。

自分の境遇を鑑み、順一朗は憤りを感じた。
今まで身を粉にして働いて、得たものは逃亡生活。
こうして債権者から逃れて繁華街で一晩を過ごしている。

不公平だ。
不公平は是正されなければならない。

つまり、飯を食い、布団で寝るべきなのだ、私は!

くわっ!

と、順一朗の目が見開かれた。


立ち上がり、ポケットからしゅるっとネクタイを取り出すと、自分の首にたたきつけるようにして数秒でこれを装着した。

その様は熟練した企業戦士のそれだ。
キュッと締め上げると、体内に駆けめぐる力を感じる。
わけのわからん確信を抱くと、青年の向かったほうに足を向けた。
順一朗は歩き出す。
自分が気持ちよく生きるために。

「ぐふふ」

かつては敏腕事業家として鳴らした順一朗のネジは、ちょっと緩んでいた。


目が覚める。
妙に頭がすっきりしている。

P「ふぁぁ…あふ」

台所に行き顔を洗う。
冷蔵庫から500mlの牛乳を取り出し、一気に飲み干す。

時計を見ると時間には余裕がある。
今日は遅番だしな。

ん?なにか忘れてないか?
部屋の香りが普段とはわずかに…

P「…は」

なごんでる場合じゃない。
部屋を見渡すが、少女の姿はない。


P「春香?」

風呂場、トイレ、玄関…どこにもいない。
が、テーブルの上に紙幣が数枚置いてあるのを見つけた。

P「…」

出て行ったのか?
あんな状態で。
昨日洗濯した春香の衣服を確認すると、きっちりなくなっている。

きっと、まだ完全に乾いてもいなかったはずだ。

P「…」

とっさに靴に片足を突っ込んでから、考える。

探しに行くのか?
どちらにしてもすぐに出て行ってもらう予定だったはずだ。
それが少し早くなっただけだ。
なにせ、俺と春香は他人だ。心配する義理もない。


靴からゆっくり足を抜き、部屋に戻る。
テーブルの上の紙幣を見分してみる。
よれよれの紙幣が3枚。もちろん俺の金ではない。

昨日確認した封筒の中に入っていた紙幣もたしか3枚。
おそらく春香の全財産。

P「…」

馬鹿だ。心の中で言ってみる。

タバコに火をつける。ゆっくり肺に回し、煙を吐き出す。

P「まずい…」

ろくに吸わないうちに灰皿に押し付けてもみ消し、二本目に火をつける。
味は変わらなかった。


冷静に考えてみると、俺らしくないことをしてしまった。
他人と関わるとろくなことにならない。
わかったいたはずだ。
今回のことは店長命令もあって仕方なくやったこと。
それが大きな問題にもならずいつもの日常に無事戻ることができた。

望んでいたことのはずだ。

二本目も大して吸わないうちにほとんどが灰になった。もみ消して三本目に火をつける。
三本目もまずい。
素敵なほどまずい。

紙幣を見ながら考える。
こんなものをもらうほど俺は大したことはしちゃいない。
店長命令に従っただけだ。


『謝謝』

P「…」

どちらが、より迷惑をかけたのだろうか。
どちらが、より恩を受けたのだろか。

春香は俺だというに違いない。
金を置いてったくらいだ。
俺だって第三者として話を聞いたらそう思うだろう。だが―

本当に納得しているなら、このやりきれない感じはなんだ?

P「くそ…」

考えるな。
俺は横になって目を閉じた。

大馬鹿野郎―

靴を履いて外に出た。


とりあえず駅の方面に向かって歩き出す。
足は自然と小走りになってしまう。

周囲に目をやりながら、道行く人にチャイナ服の少女を見なかったか尋ねた。

くそ、どうせ行くとこなんてないんだろう。
家出少女よろしくアパートの下にでも体育座りしてればいいものを。

もうすぐ駅に着く。

金も置いて行ったものが全財産じゃないのか。
頼る相手だっていないはずだ。

だからあんなところに倒れていたんだろうが!

駅に着いた。




P「…は」

春香は見つからなかった。

くそ…。

駅前の公衆電話に入る。

P「…もしもし、店長、俺です。Pです」

黒井『ノンノン!Pくん、店長代理だと言っているだろう?』

P「そんなくだらないことはどうでもいいんで…あの、今日の仕事休ませてください」

黒井『はっはっはっ、くだらないこととは、はっはっはっ、ひどいな』

P「…聞けよ」

黒井『わかったわかった、皆まで言うな』


黒井『昨日の女の子とよろしくやるつもりなんだろう?わかっているさ、わかっているとも!』

P「…違います」

黒井『強○した女の子を娶るというのも神話的な面持ちがあって良いじゃないか!知っているかい?昔の婚儀というのは男の強○によって成立した時期が…』

P「…殺しますよ?」

黒井『いやーん、Pくんこわーい!』

P「…とにかく休みますから」

黒井『うむうむ、青年はそうでなければね!今から明日の明け方まで10ラウンド、20ラウンドと…』

カチャン

電話を切った。




P「駄目だ…」

駅周辺、その後自宅に戻るルートをなるべく広範囲に探索したが、春香は見つからなかった。

P「はぁ…」

公園の噴水のふちに腰掛ける。

疲れた…。
周囲は少しずつ暗くなり、太陽がその役目を終えようとしている。
セミの鳴き声が聞こえた。

どこ行きやがった、あいつは。
もしかしたら…ほかにも金を持っていたのかもしれないな。
どこかに隠し持っていたら、鞄の中にはないだろうさ。
その金で電車でも乗って、どこか遠くへ―


P「…」

ま、仕方ないか。
出て行ったのはあいつの意思だ。
でも―

P「少しなら…」

少しくらいなら、相談に乗ってやったんだ。
金の相談は無理だけどな。

「ちょっと、貴方」

P「あ?」


顔を上げると、そこには見知らぬ女が立っていた。
ストレートな青い髪の…まぁ美人だ。

年齢は…俺と同じくらいだろうか?
いや、無表情なせいでそう見えるだけで、実際はもっと下かもしれない。

女は俺にびしっと指を突きつけると、言った。

「あなた、凶相が出ているわね」

P「…」

暑くなると、こういう手合いが増えるな。
俺は露骨に体の向きを女とは逆方向に変えた。

「言っておくけど…競う意味の競争じゃないわ」

P「…」

無視。


「似顔絵」

P「は?」

「似顔絵、やる気は?」

似顔絵?
絵描きか?こいつ。

無視しようとして思いつく。
絵描きなら、長時間ここにいたんじゃないか?
春香が公園に寄るか、通りかかったのなら見ていた可能性はある。

P「なぁあんた…」


「死になさい」

顔を向けた瞬間何かが飛んできた。

P「どわああっ!?」

パリーーン!

飛んできた何かは、噴水のへりにあたって砕けた。
なんだこれ?

P「な、なにすんだよ!」

しかし女は一瞬のうちに遠ざかっていた。
もう姿は小さくなっている。

割れた瓶からは、緑色の液体が流れだし、奇妙な匂いが立ち上っていた。

P「既○外だ…」

夏は気を付けよう。本当に。


P「…帰るか」

なるべく割れた瓶に近づかないように、噴水をぐるっと回って帰路に―

「はー?」

P「…」

いた。

こんなにあっさり。

春香「…P?」


P「はー…」

噴水の前に体育座りでへたっていた春香に、つかつかと近寄る。

P「お前…」

春香は驚いた顔でこちらを見上げている。

P「…行くとこないんじゃないのか?お前」

春香「…?」

小首をかしげる。

P「…!俺はなあ!」

春香「…っ!」

言いたいことはいろいろある。いやあった。


金のために助けたんじゃない!
あんな金受け取れない!
何より―

最悪のやつになりかけた俺を留めてくれた。

恩があるのは俺のほうじゃないのか。

確かに春香をかくまわなければもともとすべてが起こらなかった。
だから俺が恩を感じるいわれはないのかもしれない。けど―

自分自身がどこか納得しないのだ。

借りがある気がするのだ。

P「…はぁ」

いろいろ言いたいことはあったが、言葉が通じないと思うと急速に気持ちがしぼんでいった。


>>66

これからのポジションと、あとは元ネタの店長と黒井社長の声の中の人が同じため。
一応考えた結果です。

説明になっていなかったらすいませんorz

P「…帰るぞ」

春香の手を取る。

春香「…」

しばらく固まっていたが、やがてこくりとうなずくと春香は立ち上がった。

なぜこんな行動に出たのかわからない。
俺らしくない。

なぜ俺はこの少女を助けるのだろう。
国籍不明、正体不明、チャイナ服、行き倒れ。

厄介ごとのオンパレードだ。

らしくない。本当にらしくない。

けど―

今タバコを吸ったら、きっとうまいんじゃないかとなんとなく思った。




家につくと、春香は申し訳なさそうに正座をして背を丸めた。

P「メシ、食うか?」

春香「メシ?」

食事をするゼスチャーを見せると、理解の色が顔に浮かぶ。

春香「…謝謝!」

頭を下げる。

ゴン!

春香「あぅ…」


P「あほ」

春香「あはは…」

目じりに涙を浮かべながら、春香は笑った。
のんきで、おおらかで、お人好しで。
そんな印象が凝縮したような笑みだった。

たぶん、本来の性格なのだろう。
そんな奴に、おれは再度言った。

P「あほ」

たぶん意味を理解していない春香は、にこにこと笑っていた。

とにかく、こうして俺は春香と暮らし始めた―

                   
                         つづく

>>74

いえいえ

23:07│アイマス 
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