2013年11月08日

P「家族計画」Part2

Part2です。
クロスオーバーとはたぶん違います。あしからず。

前スレ


http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1370359122/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1370478828




P「じゃ、しっかり留守番しててくれよ」

春香「ハイ!」

春香が最初に覚えた日本語は、「はい」と「いいえ」だった。
中国語会話の本を買ってきて、それと照らし合わせて覚えさせた。
意外にそれだけで会話の幅はぐんと広がった。

しばらく一緒に暮らすのだから意思の疎通くらいはできないと―

いや別に一緒に暮らすわけじゃない。
一時的にかくまっているだけだ。
いずれそのことも説明しなければいけない。

そう思って春香を見据えると、

春香「♪」

のんきに笑っていた。




P「おはようございます」

黒井「おはよう、Pくん」

P「あれ?今日は店長だけなんですか?」

黒井「うん、今日はあれだからさ」

P「ああ、お祭り…最近多くないですか?」

黒井「最近にぎやかになってきたからねぇ」

うちの店では歌舞伎町ではかなりの高級店の部類に入る。
利用する客も、そこらのサラリーマンなどではなく、どこぞのお偉いさんだとか重役クラスだったりすることが多い。

以前は平均して月に2回ほど行われていたが、最近は増えている気がする。
当然店も休みとなって貸切だ。


P「なんでしたっけ…ええと」

黒井「十包彩(シーパオツァイ)」

言いながら店長は両の人差し指でクロスを作った。
向こうのほうで、十を意味する手文字らしい。

P「増えてきてるからかもしれないですけど…いいんですか?これってチーフクラスの仕事じゃ…」

黒井「そろそろ君にもこっちの仕事を覚えてほしいのさ」

言いながら肩に手をまわしてくる。

P「はぁ」

その手を邪険に払う。

黒井「…」

P「そういうことはそっちの方面の方々とお願いします」

P「俺はノーマルなんで」


黒井「そうかな?君は女で失敗した、って顔をしてるけど」

P「っ!?」

黒井「おや?当たった」

P「…」

黒井「まぁ無理強いはしないさ。私はこれでも紳士なのだからね」

P「…あんたもノーマルでしょう?この間きれいな女の人と歩いてるのを見ましたよ」

黒井「ノンノン、Pくん、それは違うよ」

黒井店長は胸を張って言った。

黒井「私 は バ イ だ っ !!」

P「…」

部屋の空気の重みが増した気がした。


P「帰ります」

黒井「まぁまぁ待ってくれたまえよ。軽い冗談さ」

P「変態の下で働きたくない」

黒井「今辞められると困ってしまうよ、Pくーん」

P「だったら変なこと言わないでもらえますか!」

P「中の人が同じだからって、調子に乗らないでください!」

黒井「…中の人?」

P「え…あ?」

俺は何を言ってるんだ?

黒井「Pくんが…おかしくなっちゃった…」

P「確かにおかしなことを言ったかもしれんが、あんたには言われたくない」


黒井「まあいいさ。さって、それじゃ明日のために今日も働こうか!」

たちまち多くの仕事を指示される。

こういう時、この人はいっさい手加減しないタイプだ。
物腰は柔らかくてもきっちりスパルタ。
できないものは辞めていく。
実際、俺と同時期に入ったバイト十人の中で、残っているのは俺だけだ。

仕事に関しては黒井さんは尊敬に値する人間だと思う。
人格面ではただの性格破綻者にすぎないのだが。

黒井「ところでPくん、このあいだの子どうしてる?」

P「ど、どうとは?」

黒井「飼ってるの?」

P「ぶほっ!?」


P「飼ってるわけないでしょう!」

黒井「なら、手は出してないんだ」

P「…それは」

初日の出来事は…手を出したことになるのか?
一瞬口ごもった隙を、店長は見逃さなかった。

黒井「…何かあったね?」

P「…手は出してません」

黒井「ふーん…まぁいいさ」

黒井「最後まで行ったら、報告よろしくね!」

P「…死んでくれ」

得体のしれない、底の見えない人。
俺の黒井崇男店長代理に対する評価はそんなところだ。

黒井「今日はずーっと、Pくんと二人っきりさー」

普段はただの鬱陶しい人でしかない。




帰宅すると春香はちゃんと留守番をしていた。

P「ただいまー」

春香「…」

というかテレビにへばりついていた。

ま、いいか。

P「春香、おまえの飯、置いとくぞ」

店から包んできた料理の残りを、机の上に置く。
商売柄、余り物はスタッフで処理するのが普通だ。
大体俺の夕食、夜食はいつもこれだ。


しかし、夢中になって何を見ているんだ?

画面では衣装を着た春香と同年代(と思われる)の女の子たちが、ステージで歌っていた。

…言葉もわからないのに、楽しいもんか?

春香が、初めて会った夜に歌ってくれた歌を思い出す。
ま、音楽は世界共通とかいうしな。

春香「あいや、P!」

P「ああ」

俺の存在に気づいた春香が飛び跳ねた。

春香「と、といぷちーっ」

ごめんなさい…ね。
俺も本当に単語だけだが何個かは中国語が分かるようになってきた。




食後、春香がはむはむと食事する横で俺はぼんやりテレビを見ていた。

最初包みを開けた時、春香は驚きにぽかんと口を開けていた。
そして何事かを高速でまくしたてて包みを返そうとしてきた。
言葉はわからなかったが何回かやり取りして、ようやく意味が分かった。

どうやら「こんな高級なものはいただけないっ!」ということらしい。
これが店の残り物だということを説明するのに、ゼスチャーも交えてさらに数分。

P「だから心配しないで食え!」

春香「く、くぇぇー…」

困惑か衝撃か、春香は変なふうに鳴いた。


春香「…むぐむぐ」

一心不乱に食ってるな。
うれしそうな顔して…。

春香「♪」

昔…俺はあの家にいたころ、こんな顔で食事をしたことはなかった。
こうして誰かと共同生活をしたこともない。
そう、あれは…共同生活なんかじゃない。

友達や恋人とも、必要以上に馴れ合ったこともない。
むしろ忌避していたのに…なぜ今こんな状況になっているのだろう?
多少は自分の行動にも原因があったが、やはり不思議に感じた。
謎だ。

春香「?」

春香が俺の視線に気づく。

P「いいから食ってろ」

春香「はい」


なんで一緒に暮らすことになったか…たぶん、それは春香に邪心がないからだろう。
今まで俺の周りにいる人間は、そんなんじゃなかった。

打算、利用、計算、嫌悪、嫉妬…
春香はそんなものとは対称な位置にいる。
本当に赤ん坊のような奴だ。

春香「ぅぅぅう…」

と、春香が口を押えて涙目になっている。
大方辛い物でも食べたんだろう。

春香の前にある真っ赤な色の料理を一口つまむ。

P「くっ!」

確かに…これは食べなれている俺でもかなり刺激的だ。

春香「…あはっ」

しかめた俺の顔を見て、春香は涙目で笑った。

と―

トントン

ノックの音がした。



>>14
不快感を与えてしまったようですいません。
続き物は書いたことがないのでルールや基本的なことをあまり把握できてませんでした。

万が一読んでくれている方もいらっしゃるかもしれないので、このスレは使い切るように続きを書こうと思いますが、
また書くのやめろと言われた時は中断したいと思います。

すいませんでした。


>>16

そうします。ありがとうございます。
>>18
いえ、アドバイスいただいてありがとうございました。


>>1です。

少し先のことを予告しておくと、途中までは原作の焼き直しみたいな感じになる予定です。
新劇ヱヴァみたいに些細な変化しかないと思います。
変化があるところまで駆け足でいければいいとも思いますが、原作の雰囲気を壊したくないのと、
テキスト量を減らすとどうしても薄っぺらくなってしまうと思いますので地道に書いていきたいと思います。
原作を知っている方は懐かしみながら、知らない方は春香たちのビジュアルで脳内補完しながら
楽しんでいただければ幸いです。
それでも良いという方は気長にお付き合い下さいませ。失礼しました。

P「…はい?」

「…」

ドアを開けると、見知らぬ男が立っていた。

P「あの…何か?」

「…」

眼鏡の奥の瞳で、人を値踏みするように見ている。

P「…なんか用ですか」

「…私はこういうものだ」


重々しい口調で言うと、名刺を取り出す。
よく見ようとした瞬間、名刺は一瞬で戻された。

P「よく見えなかったが…」

「査察に来た。家中、改めさせてもらう」

P「査察?」

「御免!」

武士のあいさつをして、部屋に入り込んできた。

P「ちょ…!」

「ほう…」

男は部屋をぐるっと見回し、Lの字に開いた指の又で顎を支える仕草をした。


「ほうほう」

テーブルに近づき、置かれた料理を一口つまんだ。

「ふむ…少し塩が強いな。あまり日本人向きの料理じゃない」

P「…普通の中華だ」

「いかんなぁ、いかんいかん」

P「あんた誰だ」

俺の誰何の声には答えず、いつの間にか座った男は、次々に料理を口に運ぶ。

「ほう、こっちはいけるじゃないか」

P「誰だと聞いているんだが」

春香など、すっかり驚いて固まってしまっている。


「うむ、こう自己主張の強い料理ばかりだとあれだな、酒がほしくなるな」

P「耳が聞こえないのか、あんた」

「おい、ビールはないか」

P「こ・た・え・ろ」

「うるさいやつだな、私はさっき言った通り―」

男の目がくわっ、と開く。

「税務署の『方』から来たものだ!」

P「な…!」

馬鹿な。
確定申告はきっちりしているし、ましてや脱税なんてしていない。


P「俺が何をしたというんだ」

「…君は、いろいろと問題を抱えているようだな」

ちっ…なぜそのことを。

P「それは…親のことか」

俺がそう言うと、男は『なーんちゃって』のポーズをとりながら叫んだ。

「そおぅだ!君の親の件だよ!」

P「お、俺は親の顔だって覚えてないんだぞ。なんだって今頃…!」

「シット!まさにそこが問題なのだ!」


「いいかね、君のような若者が両親の顔も知らずにいかがわしい街でいかがわしい労働に明け暮れ、あまつさえこのような!」

箸でびしっ!と春香を指す。

春香「っ!?」

「破廉恥極まりない素性の娘と不適切オーラル行為の虜になっているとは、これはまことにけしからんことなのだぁぁぁぁぁっ!」

P「なっ…!」

国はそんなことまで知っているのか!?

「ふむ…重大さがようやく飲み込めたようだな」

言いつつ、信じがたい速度で料理をたいらげていく。
…ずいぶん器用じゃないか。


「それだけではないぞ。正社員ではない君が店の残り物をこのように隠匿し、秘密裏に処理しているという反国家的な―」

P「…待て」

「この現代日本における絶対的法廷制度の揺らぎはまさに神国日本国民一人一人の意識の揺らぎに起因するであろうことはもはや徹底的に間違いなく、将来的にはさらに増加する高齢者層は屋台骨の不安定な国家基盤に完膚なきまでに深刻な負荷を加えてしまうことも併せて考慮するならば、今や君のような若者が年配者の保護なく暮らすことにただただ遺憾の意を表すばかりと―」

P「黙れ、このエセ役人」

胸ぐらをつかむ。

P「つまりあんた、あれか?」

「なんだね?」

P「既○外、だな」


男は悠然とハンカチを取り出し、冷静に眼鏡をふいた。

「最近の若い連中の言葉の乱れはひどいな」

P「あんたがおれの怒りを掻き立てるせいだ」

P「殴られる前に出ていけ」

「…高木順一朗という」

P「聞いてねぇよ!」

高木「ふっ…若いな」

P「哀れみを含んだ目で俺を見るな」

高木「父は悲しいぞ」

P「誰が父だ!」

高木「落ち着くのだ、Pよ」

P「どうして名前を知っているんだよ!」


高木「ふむ…」

眼鏡を小粋にたくし上げると、男はつまらなそうに言った。

高木「落ち着きのないやつだな」

P「く、くくくっ…!」

駄目だ…俺の苦手なタイプだ。
ペースが崩される。

高木「春香よ、白米をくれないか?わかるか、大米だぞ、たーみー」

春香「たーみー、はいはい」

春香が炊飯器を開けて白米をよそう。


高木「あ、もうちょっとよそってくれたまえ」

すっかり出端をくじかれた俺は、黙ってその光景を見ていた。

高木「うむ…おいPよ、この飯、少し固くないか?」

ぶちっ

俺の中で何かが音を立てて切れた。

P「出ていけーーーーーーっ!!!!!!」





後日、近所から苦情が来た




―午後八時。

駅前。

レール下。

そこでは悪の取引が行われたりする。たまに。

律子「〜♪」

秋月律子の口笛が、薄暗いレール下に響き渡る。
悲しげな旋律。
律子は壁に寄りかかり、無為に時間を潰しているように見えた。

律子「…」

通りがかった学生服の少年の、袖をつまんで引き止める。

少年「えっ…?」

いきなりつかまえられて、少年には困惑が見える。
律子はうつむきがちにぼそりと口にする。
人と話すの苦手。

律子「…チョコレート」


少年「え…」

律子「持ってたら」

少年「あ、はい」

かろうじてそれだけ言うと、うつむいたまま相手の反応を待つ。
口べた、そして人見知り。

少年はポケットから小箱を取り出す。

少年「これです」

律子「…」

少しだけ箱を開けて、中身をのぞく。さりげなく。

律子の目が少しだけ大きくなった。

律子「…ほんとにチョコ入ってる」


少年「え?で、でも電話でチョコの箱っていわれたから…」

律子「…別にチョコはいらないから…」

少年「す、すいません」

律子「…別にいい」

律子はそっけない。

少年「あ、あの、あなたがRITSUさん本人ですか?」

律子「これ」

質問には答えず、シガレットケースを渡す。

少年「あ、ど、どうも」

律子「じゃあ」

少年「あ、あの…」


律子「何?」

少年「これって…注射器とかついてないんすか?」

律子「本気?」

少年「え?」

律子「…スニッフィング」

少年「え?」

律子「ストローで鼻から」

少年「あ…そんな簡単なんすか」

律子「…初めて?」

少年「あ、はい…」


見たところまだ若い。
安易な悦楽に溺れる理由があるようには見えない。

しかし律子には関係ない。やり方がわからないなら教えてやればいい。
それで上客がまた一人できるかもしれないのだ。

律子「…こうやって」

やり方を教える。
スニッフィングは一番簡単な使用法の一つだ。
パケと言われる一袋を、手でもスプーンでもいいから開けて、短いストローで一気に吸う。
慣れないとむせるが、すぐに気にならなくなる。

律子「…そんなところ」

少年「はあ…どうも」

律子「…」

律子「でも、やりすぎるのはよくないと…思う」

少年「え?」

自分で売っておきながら、なぜそんなことを?
少年の顔に怪訝な色が浮かぶ。


律子「好きな子とかいるなら…できなくなっちゃうから」

少年「え?」

少しして、少年がわずかに驚く。

少年「そ、そうなんすか?」

律子「…そういうもんだよ。続けてるとね」

一瞬、本気で思案している。
わりと素直。
律子の胸がちくりと痛んだ。

だとしても。

律子「それと…あと一枚足りない」

少年「え、あれ?」


律子「約束では三枚だった」

箱の中を見せながら言う。

少年「あ、はい…じゃ、これ」

律子「…確かに。じゃ」

少年「ど、どうも」

二人は互いに背を向けて離れる。

律子は箱の中から紙幣を取り出す。
箱の中にはチョコだけが残される。

律子「…」

チョコが入ったままの箱を、捨てる。

律子「……本日の悪行、これでおしまい」




秋月律子の価値基準はただ一つ。

財務省印刷局の発行する日本銀行券。
それをたくさん集めるため、律子はいろいろなことをしてきた。
ずっと昔から。まだ学生のころから。

商売に手を染めてもうどれくらいになるだろう。
数えることもしなかった。
そんなことを詳細に記憶にとどめて、何になるだろう。

少なくとも金にはならない。
だったら労力はもっと他のことに用いるべきだ。

今日の商売から三十分後、律子は築十五年をここ十年ほど続けているアパートに戻った。
六畳一間、トイレ共同、風呂なし。
家賃一万五千円。
ここが律子の城だった。


歩くと廊下がけたたましく鳴る。でも問題なし。
妙な虫(きっとその中にはシロアリも含まれるだろうと律子は見ている)がいっぱい。でも問題なし。
地盤とは関係なく、構造上の問題で一日数回建物が揺れる。が、これも些細な問題。

郵便受けに溜まっていた請求書やダイレクトメールを床に放り投げる。

その中に、一枚だけ手書きのはがきがあるのを見つけた。

律子「?」

律子「…同窓会…か」

律子は五秒ほどはがきを見ていたが、ゴミ箱に捨てた。

狭い部屋に置いてある、窮屈そうなシングルベッドに身を投げ出す。
ギシ、とアパート全体が鳴った。

と同時に、ポケットの中の携帯電話が鳴った。


商売用の携帯電話だ。
鳴ったときは商売の話に決まっている。

律子「…もう」

休む間もないといったタイミング。
珍しく感情的に呻くと、電話の通話ボタンを押す。

内容は、やっぱり商談だった。

律子「…じゃ、その方向で」

切る。

律子「…」

サイドテーブルに伏せておいてある写真立てを起こす。
写真には、仲のよさそうな女の子と男の子が写っていた。
例えるなら姉と弟。

律子「…」

しばらく眺めた後、再び伏せる。
こうすると埃が積もらないのだった。




変人を追い払ってから数日、俺と春香は街に出てきた。
生活用品を買い足すためだ。

P「ふぁあ…」

春香「P、あくび」

P「最近夜型だからな」

春香「健康、よくないですよ?」

P「そうなんだけどな」

春香はだいぶ日本語を話せるようになった。
中でも、何が気に入ったのか敬語を使って話すようになった。
とは言っても、ほとんどは単語でのやり取りなのだが。


久しぶりに外に出たからか、そもそも街並み自体が珍しいのか、春香は俺の後ろにくっつきながら、きょときょと落ち着きなく視線をさまよわせていた。

P「ちょっと銀行に行ってくる。トラブルに巻き込まれるなよ」

春香「はーいー」

しゅたっと手を挙げて春香は言った。

用事を済ませて出てくると、さっそく妙な連中に絡まれていた。

P「あのな…」

俺は脱力感を感じた。

男「☆■▽○!」

春香「×□◎〜!」

男は春香の腕をつかんで、何か言っている。


P「おい!」

駆け寄って男の肩をつかむ。

P「何してる?」

男「…□★」

男は俺の手を振り払うと、何かを言って去って行った。

なんだったんだ?

ナンパ…じゃないか。そんな雰囲気じゃなかった。
中国語だったしな。

P「春香、平気か?」

春香「…謝謝、P、ありがと、ございます」

P「いや、気にするな」

ふと気づくと、周りからじろじろ見られている。

う、あんだけ騒いだんだから当然か。
今日はもうアパートに戻ったほうがよさそうだな。




黒井「ねえねえ、Pくん」

P「なんですか?」

モップを動かす手を止めて、答える。

黒井「あの女の子、どうなってる?」

P「どう…といいますと?」

黒井「素性とかわかったかい?」

P「いや、言葉も通じませんし…身分を示すようなものも持ってないもので」

黒井「そう、やっぱりねぇ」

P「とりあえず家に置いてますけど、どうしたらいいものか」


P「そういえば昼間、あいつ変な男に絡まれまして」

黒井「変な男?」

黒井「頭にやかんを装着していたとか?」

P「そんなやつはいない」

黒井「いたら面白いだろうな」

P「殴り倒したくなるでしょうよ」

P「そうじゃなくて、なんか…たぶん中国人だと思いますけど」

店長の目が細まる。


黒井「…Pくん、戸締りはちゃんとしてる?」

P「へ?」

黒井「戸締り、してるの?」

P「してますけど…それが何か?」

黒井「鍵は二重?部屋は一階?二階?隣近所の人は顔見知りかい?」

なんなんだいったい…。

P「二重なわけないです、一個ですよ。もっとも、蹴破れば簡単に壊れると思いますけど」

黒井「だろうねー」

P「なんですか?」

黒井「…その女の子、あまり外に出さないほうがいいね」


P「たまにしか出しませんよ、そりゃ」

黒井「そうしたほうがいい。トラブルに巻き込まれたくないでしょ?」

P「なんなんですかいったい…大体面倒見ろって言ったのは店長じゃ…」

黒井「てへ」

P「てへじゃない」

黒井「今日は暑いねー」

人の話を聞かない。

黒井「まー、とにかく気を付けることだよ」

黒井「なにしろ君はとても危ない立場なのだから」

P「誰のせいだ」




帰宅すると、アパートの扉がぶち抜かれていた。

P「おおおおおおおおおおっ!?」

P「ちゅ、春香!?」

「春香、おかわりを頼む」

ずしゃあああああああああああっ!

俺は申し分のないクオリティのヘッドスライディングをきめた。

春香「おかえり、P」

高木「早かったな」

P「あんたなあっ!」

こいつは…人間離れした非常識か。

俺はそのオヤジの胸ぐらをつかんだ。


春香「ちがう、P、違います!」

P「春香に何をした!」

高木「落ち着くのだ、Pよ」

P「なれなれしく名前で呼ぶな!」

高木「父は悲しいぞ」

P「父じゃねーだろ!」

高木「春香、おかわり」

P「…死にたいようだな?」

春香「P、違う!」

春香が血相を変えて俺の腕にすがりつく。

P「な、なんだよ?」

春香「違いマス!」

P「だから何がだよ!?」


春香「★□△◎×〜!」

P「さっぱりわからん」

春香「〜!」

春香はじたばたした。

P「なんだぁ?」

いきなり外に飛び出したかと思うと、

春香「うぉらぁ!」

扉を蹴破る真似をして、室内に戻ってくる。
そしてくるっと身をひるがえすと、今度は怯える素振り。

P「…」

また身を返して、襲いかかるゼスチャー。
ああ、状況を再現しているのか。


P「つまり、何者かが扉を蹴破って入ってきて、春香に襲いかかろうとしたわけだ」

高木「そのようだな」

P「貴様だろうが!」

俺は男の首を絞めた。

高木「えー、そうなんですよー、息子がぐれてしまってー、私に暴力をふるうんですよー」

P「やめんか!」

変な裏声でしゃべる男を突き放す。
男はひらりと側転して着地した。

くっ!ノーダメージ!

高木「落ち着けP、私は春香を助けただけだ」

P「…」


高木「そんな目で親を見るな」

俺はがっくりとうなだれ、そのまま膝をついた。

P「わかった…俺の負けだ。頼むから出てってくれ」

高木「まあそう落ちこむな」

春香「―!〜!!」

春香は一人で芝居を続けていた。





P「…そうか。じゃあこいつがお前を助けたってのは本当なんだな?」

春香「はい」

あの後、男本人も交えて話を聞いた。

侵入してきた不審者は三人。
さっき春香が説明したように、扉を破って入ってきたらしい。
あわや拉致されるというタイミングで、押し入れからさっそうと順一朗があらわれ、三人を撃退したのだという。

P「押し入れ?」

高木「細かいことはどうでもいいだろう。それより見たまえ、このあいだゴミ捨て場で液晶ゲームを拾ったんだ」

P「露骨にごまかすな!」

俺は液晶ゲームを打ち払った。


P「話を続けろ」

高木「うむ、それで人助けの礼に、飯を馳走になったわけだ」

P「…疑問点が一つある」

高木「なんだね」

P「その話だと、あんたが三人を撃退したってことだよな?」

P「…そんなことができるほど強そうには見えないんだが」

高木「そうか?」

P「格闘技でもやってんのか?」

高木「ふ…なら、君が試してみるかね?」


P「俺が?あんたと?」

高木「殴りかかるなり、関節を極めるなり好きにしたまえ」

P「別に俺も喧嘩が得意というわけじゃないが」

俺は立ち上がって順一朗の胸ぐらをつかんだ。

瞬間―

バチン

P「―!!!」ビクン

ひきつるように全身を痙攣させて、俺は崩れ落ちた。

順一朗の手にはスタンガン。

P「き…たねぇ…」

高木「勝てばいいのだ」

P「じごくに…落ちろ」

俺はありったけの憎悪で順一朗を呪うと、意識を失った。




子供が二人、空き地を駆けている。
友達か、兄弟か。
男の子と女の子は、ボールを持って楽しげに走る。

空き地はマンションの建設予定地であったが、大人の事情で施工が遅れに遅れ、子供たちのよい遊び場所になっていた。

男の子「あれ?なんだろう?」

草原の一角に、ぽつんと鎮座しているのは…ダンボールの箱だった。

女の子「だんぼーるだねー」

しかしただのダンボールではない。

男の子「秘密基地みたいだね」

二人は、そのいくつも連結されたダンボールに近づいた。


女の子「…これ、おうち?」

ダンボールの中をのぞきこんだ女の子が言う。
中には、本だのペットボトルだのが転がっていて、生活臭があった。

男の子「すげー、ほんとに秘密基地みたい!」

とその時、ダンボール全体がみしっと揺れた。

女の子「きゃ!」

中から、何か白いものがずりずり這い出てくる。
二人は固唾をのんでそれを見つめた。
と―

「きゃー!た、大変!」

男の子「うわーっ!?」女の子「きゃーっ!?」

その白い怪物に驚き、二人は走り去った。


白い怪物はのたくたと全身をゆする。
すると、全身の皮がするっと取れて、中身があらわれた。

「遅刻です〜!」

皮はシーツだった。
そして中身は少女だった。

少女は慌てて、そこいらにある教科書類をかき集めると、慌ててダンボールハウスを飛び出す。

「あ、いけない」

ビニールシートを出して、ダンボールにかぶせる。
これで多少の雨が降っても大丈夫。

「うん!」

それを見て満足げにうなずくと、少女は駆けだした。


この少女、名を高槻やよいという。
のっぴきならぬ事情により、現在、ホームレスの身の上。

やよい「あ、宿題…」

夕べ、夜中にやった数学の宿題。
それを忘れていることに気づく。
今から『家』に取りに戻っては、とても間に合いそうにない。

やよい「うーん」

やよいは考えた。

やよい「…学校でもう一回やろ」

そうと決まれば機嫌よく、軽快に少女は走った。


本日分の投下は終了。
読んで下さった方お疲れ様&ありがとうございました。



やよい「おはよーございまーす」

教室に来たのは、やよいが最後のようだった。
もうみんな席について、それぞれの友人たちと会話に興じている。

やよい「疲れましたー」

ひょこひょこと自分の席に座り、ノートを広げた。
担任が来るまで五分。
やよいには十分な時間だった。
さらさらと数学の問題を解いていく。
誰かに邪魔されたり、話しかけられたりしなければ問題ない猶予だ。
そしてやよいにはその心配は一切なかった。




やよい「はー」

授業が終わり帰宅するやよい。

向かうは商店街の裏手にあるおもちゃ工場。
そこでやよいは週六日働いていた。
外国人の女性ばかりの職場だが、やよいのような子供にも仕事をくれる。
その収入はやよいにとって生命線だった。
歩合だから給料はちょっぴり安い。

だから、いっぱい働いて稼がないといけないのだ。

やよい「こんにちはー」


「ハイ、ヤヨイ!オハヨゴザイマス!」

やよい「おはようございます、ジョディさん!」

「ニーハオ、ヤヨイ」

やよい「にーはおです、蘭霞さん!」

「こにちわね、ヤヨイ」

やよい「ミーシャさん、こんにちは!」

陽気な職場の人たちに囲まれたやよいは、うれしそうに前掛けをした。

やよい「さ、お仕事お仕事」





働いている間に雨が降ってきた。

やよい「うわーん」

土砂降りだ。
学校の鞄を頭上に掲げながら、やよいは走る。

やよい「夏の天気は気まぐれですねー」

それでも楽しそうに、やよいは家路を急ぐ。

やよい「……」

風が強かったせいだろうか。
それとも誰かの悪戯だろうか。

ビニールシートは飛ばされ、風によって電柱に張り付いている。
むき出しとなったやよいの家は、水にぬれてボロボロに崩れてしまっていた。


やよい「…えへへ」

力なく笑う。

もうここには住めない。

ダンボールはどうとでもなるが、地面がかなり水を吸ってしまっている。
もともと地盤がゆるい場所だったようで、段ボールの下は見事な泥水となっている。

引っ越し、しないと。

駅前は人が多すぎるし、住宅街は定期的に住人が通る。
そうなれば通報されるのは時間の問題だ。

その点、この空地は工事用具や放置されている土管などがあり、あまり人目につかないいい場所だった。


やよい「あー…ノートがー」

濡れてぼこぼこになっていた。

やよい「わーん、洋服がー」

水でぐっしょり濡れてしまっている。

やよい「うあー、パンの耳も駄目になってますー」

貴重な非常食だったのに。

やよい「うぅー…」

水害はやよいをかなりへこませた。




こうしてやよいは流浪の身となった。
とはいってもぶっちゃけこれで七度目だが。

ダンボールはいつものように、行きつけの工場で工作に使うと言えば手に入るだろう。
あとは場所。
新居建築予定地を選定しなくては。

ふとやよいは足を止めた。

やよい「…」

そこには古めかしい家が建っていた。

おそらく空家。
木造。
建物はかなり古そうだが、そこには屋根と温かみがあった。

温かみ!

ぬくもり!

それはなんて素晴らしいものだろう!
やよいはかつて住んでいた家に思いを馳せた。


やよい「…いいですねー」

しかも誰も住んでいないご様子。

やよい「うぅー…」

一日だけ、宿をもらえるだろうか。
空き家だったりするだろうか。

やよい「あ、あのー、申し訳ないのですが、一晩だけ、一晩だけですね、その…」

やよい「…お、お邪魔しますー…」

やよいは『高屋敷』という表札がかかった家に足を踏み入れた。





黒井「へぇ、じゃあその人って居座ってるんだ」

P「まあ」

黒井「Pくんらしくもない馴れ合い所帯だねえ」

P「自分でもわかってはいるんですが」

高木『いやいや、家のことはせいぜい私に任せておくのだな!』

P「…なんてことをいうもんで」

春香の安全のこともあった。
何やら、奇妙な連中に狙われているようなのだ。

黒井「しかし…襲撃者か」

珍しく真剣な目。


黒井「それはすぐに出て行ったほうがいいね」

P「は?」

黒井「今すぐにでも出ていかねば危ないと思うよ、君の住んでいるアパート」

P「冗談ですか?」

黒井「…」

うわ、マジな目だ。



帰宅すると、家は倒壊していた。


P「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

一階の角に、バンが突っ込んでいる。

高木「Pよ、朝帰りとはご乱交だな」

P「…」

高木「いやー、しかしキレイに傾いたものだな!ピサの斜塔のようではないか!」

P「あのな…」

高木「何かね?マイサン」

高木『いやいや、家のことはせいぜい私に任せておくのだな!』

P「…じゃなかったのか!?」


俺は順一朗の首を絞めた。

高木「えー、大学を中退してからというものどんどん素行が悪くなってきてですねー、とうとう父親である私に暴力を―」

P「やめんか!」

順一朗を突き放す。

P「そうだ、春香は!?」

高木「春香は無事だ」

P「どこだ?」

高木「そこにいるではないか」

春香は、傾いて立ち入り禁止の札が張り巡らされたアパートによじ登っていた。

P「お、おい!何してる!」


春香「P、照片、照片…っ!」

さっぱりわからん。ともかく。

俺は危なっかしい様子の春香に飛びつき、腰を抱えて引き下ろした。

春香「P、照片…!」

P「俺が取ってきてやるから、とりあえずお前はやめとけ」

すっかりひしゃげた廊下側の手すりにつかまり、アパートをのぼっていく。

春香「P、アブナイヨ!」

P「自分も同じことしてたくせに」

小さくつぶやき、さらにのぼっていく。
体をひねって廊下側に立ち、部屋に飛び込む。

扉がひしゃげて、外れていたのは不幸中の幸いだった。


さて…しゃんぺんってなんだ?
…俺はごっつ馬鹿だ。

高木「P、照片とは写真のことだぞ!」

ナイス既○外。

写真というとあれか。
あの写真はたしか春香のバックに…あった。

みしり

高木「Pよ、ピサの斜塔がバベルの塔だぞ」

順一朗の声が死刑宣告のように遠く響いた。




高木「生きているか?」

P「…何とかな」

ねじくれた手すりの下から這い出す。
骨折などはしてないようだ。

高木「春香が慌てて大変だったぞ」

P「…その春香は?」

高木「うむ、そこで気絶しておる」

P「お、おい春香!?」

肩をつかんでがくがく揺すると、春香は目を覚ました。

春香「…P」

P「気が付いたか。ほれ」

写真をバックから取り出す。


春香「あいや…」

春香は写真を大事そうに胸に抱え、しくしくと泣いた。

春香「ありがと、ございます…」

P「いいよ」

改めてアパートを眺める。

P「しかしひどいなこりゃ」

P「いったいどういう経緯でこうなったんだ?」

高木「うむ、また奴らが襲ってきたのだ」

P「いきなりアパートに車を突っ込ませてきたのか?」

高木「いやそうではない」


高木「賊めは青龍刀などで武装し五人組でやってきたが、私の仕掛けたトラップに引っ掛かり、右に左にそりゃもう大騒ぎさ」

P「そうか…」

けっこう頼りになるじゃないか。

高木「一人がバンで逃げようとしたのでな、邪魔してやった」

高木「そいつは慌てふためいて運転をミスりおった。はっはっはっ、愉快痛快怪物くんは…」

P「ちょっと待て」

高木「うん?」

P「そのバンというのは柱をへし折っているあのバンか?」

高木「うむ」

俺はわなわなと震えた。

P「…じゃ、じゃああんたがこの倒壊の…!」


高木「何を言う。引き金を引いたのは奴らではないか。私は無実だ」

俺はその場にへたり込んだ。
なんだこれは。
アクシデントの方から、まっしぐらに俺を目指してくるかのようだ。

「…ちょっとよろしいですか?Pさん」

P「げ、大家…さん」

弱り目に祟り目。

大家「この度は災難でしたねえ」

P「あ、ああ、その…」

大家はにこにこと笑っていた。
こ、これは大岡裁きが期待できるか?
と思ったのもつかの間、大家はすっと無表情になった。

大家「…俺がな」

P「…」


大家は再び温和な表情に戻ると一枚の紙を差し出してきた。

大家「いやー、今取り急ぎ作ったものですがね」

『アパート立て直し見積もり書』

P「…見積もり?」

大家「ええ」

P「…」

大家「…」

俺と大家はじっと見つめあった。

P「あの、もしかして」

大家「…はい」

もしかした。




音無小鳥。

某有名女子大学卒業後、某芸能系事務所勤務。
五年の勤務の後、結婚準備を理由に退社。
夫も迎えて幸せな日々。
夜の生活も豊かな日々。
うふ。
絵に描いたような幸福な人生―

家族計画、完。

になる予定だった。

しかし―


(中略)

そして小鳥は不幸になった。
さまざまなショックが重なり、小鳥は心身ともに空っぽになってしまった。

こうして小鳥は自殺を決意したのである。

小鳥「…先立つ不孝をお許しください」

小鳥「あら…ちっとも先立ってないわね」

小鳥は両手に頬を当て、恥ずかしそうに身をよじる。
先に死んだのは母だった。

小鳥「とにかく不幸です。ごめんね、お母さん」

女手一つで育ててくれた母の遺影。
それをふくよかな胸元にうずめ、やんやんとツイストする小鳥を、通行人は微妙に避けて通って行った。


小鳥「スーパーで五円多くお釣りをもらって、そのままネコババしてしまいました」

小鳥「あと、事務員時代に会社のボールペンの束を家に持ち帰ってしまいました」

小鳥「…給料の多くを薄い本を買うのに無駄遣いしてしまいました、ごめんなさい」

小鳥は次々と懺悔を済ませていく。

小鳥「…そんなところです」

小鳥「じゃ、お母さん、今そっちに行きます」

橋の手すりに片足をひっかけ、下を見る。
川が見える。
流れが激しい。

実は小鳥は泳げない。
飛び込んだら、もう百発百中溺死である。

小鳥「…………」


小鳥「…はっ」

小鳥「そういえば、家の鍵はかけてきたかしら?」

自殺直前で、死への恐怖から現実逃避する小鳥だった。

小鳥は思った。
今泥棒さんに入られるととても困る、と。

これでも一応、自殺する気はあるほうだどちらかというと。

改めて眼下を見る。

小鳥「…ピヨ」

片足を手すりにかけたまま、小鳥は蒼白になってぶるぶる震えた。

小鳥「そうだ、やっぱり戸締りを確認してから…あら?」

引こうとした足が向こう側に滑り、バランスが崩れる。


小鳥「…ぇえー?」

ぷらーん

危機一髪と言っていいものか。

小鳥は片足だけで橋の手すりに引っかかっていた。
とても自力では登れそうにない。

小鳥「…で、でも!」

小鳥は高校時代に体操部に所属していた。
しかも鉄棒が得意だった。

三十分は持ちこたえる自信があったのである!

小鳥「……あら?」

あってどうする。





俺たちは家財道具を抱えて途方に暮れていた。

P「…順一朗」

高木「なんだね、マイサン」

P「どこまでついてくるつもりだ?」

高木「はっはっはっ、おかしなことを言うやつだな」

順一朗は眼鏡をふいた。

高木「家族ジャン?」

P「違う!」


春香「P、ジュン、いいひと」

P「お前はだまされすぎだ」

春香「…ぁぅ」

春香はしゅんとした。

俺たちは住処を失った。
早朝の街を当てもなくさまよっていた。

春香「P、怖い…」

高木「アパートの修理費用をきっちり請求され、精神的にちょっとナーバスになっているんだろう」

高木「軟弱な奴だ」

P「誰のせいだと思ってるんだ!」

高木「春香〜、Pがいじめる〜」

順一朗は春香の背後に隠れた。

春香「P、ごめんなさい…」

P「春香を盾にするな!」


いかん、また奴のペースだ…。
落ち着け、俺。

高木「そんなに怒ってばかりいるとなあ」

P「なんだよ」

高木「妊娠するぞ」

P「するかっ!!」

春香「P!」

P「あ?」

春香に手首をつかまれる。

春香「人、危険!」

P「なんだあ?」


高木「足に見えるな」

P「女物の下着?」

というかあれは…

P「人じゃないか」

またトラブルの予感。

春香「危険!P、あぶないよ!」

春香が俺の手をグイグイ引いていく。




P「…」

俺はため息をついて、その宙吊り女に問う。

P「あー…助けが必要か?」

小鳥「た、助けてー!」

いったいどんな状況だ、これは。

P「…待ってろ」

小鳥「で、できるだけ早くお願いしますー…」

しかし…どうしたものか。


高木「集合ーっ!!」

P「…」

春香「…」

P「…全員いるだろ」

高木「円陣組めー!」

体育会系のノリで順一朗は言う。

勢いに押されて言う通りにする。

高木「案を募りたい!」

P「…」

春香「…」

高木「さあ、どうしたどうした!」

P「…この行為に何か意味はあるのか?」

高木「馬鹿者!人命がかかっているのだぞう!」


春香「…ええと」

高木「さあさあ作戦はないのか!?」

P「さてはアホだな、お前」

高木「失敬なっ!」

高木「…夢追人なだけだいっ!」

P「一度しか言わないからよく聞けよ?」

P「それをアホというんだ」

春香「?」

高木「率直なやつめ」

P「あんたと話せば大和撫子もささくれ立つわ」


小鳥「あ、あのー…」

高木「すぐにすむから待っていなさい」

小鳥「も、もう限界…ぴよぉ…」

春香「P!」

P「はいよ」

無駄な時間を過ごしてしまった。

小鳥「さようならー…」

女が落ちた。

がっし

間一髪、俺はその人の衣服をつかんだ。
体重がぐっとかかり、半身が引かれる。
が、何とか持ちこたえる。

P「だ、だいじょ…げ」

俺はどうやら、彼女の下着をつかんでしまったようだ。


小鳥「ぴ、ピヨーーーーーーっ!?」

彼女の下着がびろーんと伸びている。
その下の部分が丸見えだった。

小鳥「いやーっ!脱げ、脱げちゃうぅー!」

P「す、すぐ引き上げるから、我慢してくれ!」

さすがに慌てた。

小鳥「下着!下着が脱げちゃうー!」

じたばたと暴れるものだから、余計に下着が脱げていく。

P「お、おい!じっとしてろって!」

小鳥「だってじっとしてたら見えちゃうー!」

P「が、我慢しろ!なるべく見ないようにするから!」


小鳥「や、やっぱり見えてる!?見えてるのねー!」

じたばたじたばたっ!

ずるるっ

下着が太もものあたりまでずり落ちる。

P「おいおい!」

高木「七番に青が入るっ、三番四番が青に変わる、続いて九番十二番も青に変わったあああああっ!」

P「うるせえええええっ!」

小鳥「あーっ、いやーっ!?おかーさーんっ!!」

P「じっとしていろおおおおおおおおっ!!」




―五分後

P「はぁはぁ…あんた…もう少し…落ち着いた、ほうが…いいぞ…」

小鳥「しくしく…だって…」

ようやく引き上げたころには、すっかり息が上がっていた。
地べたに座り込んだまま、しばらく話もできなかったくらいだ。

女はしくしく泣いていた。

小鳥「うぅ…お、お礼を…」

P「礼なら破れずに頑張ったあんたの下着に言うんだな」

小鳥「高い下着なんです…せめて死ぬ時ぐらいはと…あー、ちょっと破けてる!…くすん…ひどい」

P「ひどいって、それであんた助かったんだから…って、し、死ぬ?」


この女、自殺志願者か?

小鳥「うう…」

P「あのな…」

よよと泣き崩れる女を前に、俺は深々とため息をついた。

P「で、まだ自殺すんのか?あんた」

小鳥「だって…」

P「ああ、理由は言わんでいい」

P「これ以上、負債は抱え込みたくない」

高木「Pよ、よくよく苦労しているようだな」

P「…おのれも俺の苦労の一因なんだがな」

小鳥「うう…もう死ぬしかないピヨ…」

と言いながら、ふらふらと手すりに近づいていく。


P「ま、待て!助けたばっかりで死のうとするな!」

小鳥「こんな状況で、さらに見ず知らずの人にあんな破廉恥な姿をさらしちゃって…とても生きていけません!」

P「落ち着け」

小鳥「しくしく…」

この女は…。
頭痛がしてきた。

…はぁ。

ポケットから宣伝用のポケットティッシュを取り出す。

P「ほれ」

小鳥「…中華料理店…黒龍…?」


P「俺、そこで働いているから」

小鳥「から?」

P「…相談くらいは」

小鳥「の、乗ってくれるんですか!?」

P「…乗らない」

小鳥「ひどぃ…」

P「あ、ああ、すまん」

反射的に拒絶してしまった。

P「まぁ相談というか…軽く話を聞いてやるくらいなら」

小鳥「聞いてくれるの?」

P「もしかしたら」

高木「お前もたいしたタマだな」

P「…」


P「とにかく助けた俺の目の前で死ぬな。寝覚めが悪くなる」

高木「寝覚めを語る前に、寝る場所を探さなくてはな!」

サムズアップ。

P「…誰のせいだ」

殺したい。とても殺したい。

春香「あはは」

こいつはこいつで何がおかしいのか。

小鳥「あの…お名前は?」

P「お名前か…」

正直あまり深く関わりたくなかった。

P「こっちが春香で、こっちが順一朗だ」

小鳥「春香ちゃんと、順一朗さん」

P「じゃ、そういうことで」

しゅたっと手を挙げて立ち去ろうとする。


むんずっ

小鳥「あの…あなたのお名前をまだ…」

P「今ちょっとないんだ」

小鳥「えっ?」

P「すまない、ソーリー」

小鳥「Pさんですか?」

会話聞かれてるよ。

P「それコードネーム」

小鳥「セリフの横にPと出ていますが?」

P「それ普通俺たちには見えない」

春香「あはは」

P「わかって笑っているのか?」

高木「まったくだ」


小鳥「Pさんでよろしいですか?」

高木「いや、Pというのは略称だ」

P「何を言っている?」

高木「こいつの名前はプロデューサーだ」

小鳥「ぷ、プロデューサー?」

春香「ぷろでうさー」

P「…こいつは頭に少しだけ蛆がわいて、おかしくなっているんだ。気にしないでくれ」

高木「何を言うか。この世界ではPとはプロデューサーの略称だろうが」

高木「まったく、これだからプチ童貞は困る」

P「…死にたいようだな」

小鳥「ま」

P「反応するな」

春香「ぷろでゅーさー」

P「気に入るな」


小鳥「みんなの面倒を見れるから、プロデューサーなんでしょうか?」

P「は?」

小鳥「いろいろなことをちゃーんと責任を持って預かれるようにってつけられた名前ですか?」

にこにこ

P「…」

P「なんかさ…」

P「マジでむかつく」

女の笑みが凍りつく。

付き合ってられない。

P「行くぞ」

戸惑いながらも春香が続く。


小鳥「あ、あの!」

声をかけられるが、無視。

ぶしつけな人間。
何が「責任を持てるように」だ。

はっし

小鳥「あ、あの、ごめんなさいっ」

腕をつかまれた。

小鳥「気分を害されたみたいで…」

小鳥「恩人さんに失礼なことを」

P「…別に…いいよ」

P「―他人なんだから」

小鳥「…」

女の手から力が抜ける。


小鳥「ごめんなさい…わたし無神経なところもあるみたいで」

P「…」

小鳥「…ごめんなさい」

これを罪悪感というのだろうか。

P「…ぃぃょ」

小鳥「…え?」

P「だから!もういいって!」

小鳥「…ピヨ」

しゅんとする。
子供かこの人は。

高木「じー」

春香「じー」

はっ。
ジト目で見られている。
なに?俺が悪い感じ?


P「…P」

小鳥「…?」

P「Pだ、P!!」

小鳥「P…くん?」

P「これで満足か?」

吐き捨てるように言った。

女はにっこりと笑った。

小鳥「私、音無小鳥と申します」

ぺこり

小鳥「…もう少しだけ、がんばってみようと思います」

P「そうか」


内心、ほっとする。

春香「めでたしめでたし、ですね!」

…独学が進んでいるようだな。






ふっと意識が覚醒する。

……少し寝ちまったか。

あの後、居間には戻る気になれず、廊下の端で吸いたくもないタバコを吸っていた。

周囲はもう暗くなっている。
けっこう長い時間、意識が飛んでいたようだ。


さて、みんな寝たのか……?

周りからは物音はしない。
と。

びょう

一陣の風を感じた。
気持ちのいい夜風だ。

夜風……。

そういや、二階のベランダから窓に出れた気がするな。

俺はかすかに明るく見える二階へ、暗闇の中を慎重に向かった。
誰にも会いたくなかったので、屋根の上で寝てもいいかな、と思ったからだ。





P「へえ」

ここに来るのは初めてだが、結構新鮮な視点だ。
他の家の屋根がずらっと軒を連ねる住宅街。
ときおりビルが頭をのぞかせている。
遠く駅側には密集地帯があるのがわかる。

ここら辺は比較的落ち着いた場所なんだな。

風が吹く。

屋根の上に座って、ぼんやりと街並みを眺めた。

飽きない。
かえって眠気が吹き飛んでいく。


P「……」

家族計画、か。

お互いの問題を、七人で共有。
なるほど、確かに効率はいい。
実際、こうして一緒に住むのだって、家賃を軽減してそれぞれの自立体勢を整えるためだ。
年齢の異なる男女が共同生活を送る。
となれば、世間体的にも家族の形態を取るのが一番良い。
引っ越してきた一家。
それはまた、秀逸なカモフラージュにもなる。

父親が順一朗。
母親が……小鳥、だろうか?
長女は……年齢的には律子だが、千早かな。
んで次女が律子。
三女春香。
末っ子がやよい。
で、長男が俺。

……何を考えてるんだ。俺は計画には反対なのに。


しかし、どうも俺が中心に据えられてるような気がしてならない。

順一朗が計画を本気で実行しようとするなら、必ず俺を攻略しにかかるだろうな。

P「……いまさら家族なんぞ、馬鹿らし」

効率はいいだろうさ。
しかし、感情の問題だってある。
順一朗はそこを考慮していない。

今こうして集まっているのは、偶然の産物だ。
避難小屋でしかない。
そこに家族としての偽装を施す。
理想的家族像のパロディ。

醜悪だ。

……醜悪なはずだ。


背後で、瓦を踏む音がした。

そらきた、順一朗だ。

振り向きざま、言葉を叩きつける。

P「断る!」

やよい「はうっ!?」

P「あ?……高槻か、悪い」

やよい「ご、ごめんなさいー……」

P「泣くな、勘違いだ」

やよい「え、その……」

やよいはその場所に止まったまま、ぶるぶる震えている。


P「寝てたんじゃないのか?」

やよい「……」

P「……」

やよい「……」

P「なんか言えよ」

やよい「ぴっ」

P「ぴ?」

やよい「ぴっ、Pさんは、かか、家族はいらっしゅるんですかっ?」

P「……怖いのか」

やよい「へ、へへへ、平気です!」

P「降りろ。見るからに危ない」

やよい「ちょっと、お話を」


しずしずと、運動神経の鈍い猫のような足取りでこっちに近寄ってくる。
ふらふらしていかにも危なっかしい。

やよい「……こわくないこわくない……」

しかものろい。
俺のところに来るまで五分くらいかかりそうだ。

P「……たかもな」

やよい「……はい?なんでしょーか?」

P「いたかも知れないって言ったんだ」

やよい「……『かも』とは?」

P「知らないんだ、俺は」

やよい「知らない……」

P「覚えてないからな、生みの親のことなんざ」


やよい「……」

P「ただ、いたような気がする。記憶に残っているような……」

やよい「そうなんですかー……」

P「だとしても、俺は認めない」

やよいは把握できていないようだった。

やよい「ええっと、ご兄弟は?」

P「それも知らない。たぶん一人じゃないか?」

やよい「そうですか……わ、私はですねー」

P「いい」

やよい「かぞくぅ……」

話をしようとするやよいの言葉を遮る。

P「高槻はどうか知らんが、俺は家族なんて知らない。欲しいとも思わない。必要だとも思わない」

畳みかけるように言う。


やよい「三拍子ですかー……」

ひどく悲しげな顔をする。

やよい「さっきの高木さんの提案、どう思います?」

P「あいつはアホだと思った」

やよい「あわあわ」

P「救いようのないアホだ。正直、俺は引いたね。引きまくりだ」

やよい「引きこもったんですね」

P「……だいぶ違う」

やよい「あ、あのっ、私はいいと思いました!あの提案」


やよい「家族計画ですよ?いいじゃないですか」

P「その名前からしてな……」

やよい「へ?」

P「……いや、なんでもない」

P「計画名なんてどうでもいいんだ。要は、傷口を舐め合うってあの計画自体が好きになれない」

P「人は一人で生きるもんだ」

やよい「そうでしょーか?」

P「これは俺の考えだ。お前に押し付けるつもりはない」

やよい「で、でも!家族って大切ですよ」

やよい「お父さんの頼りになるところとか、お母さんの優しさとか、兄弟と助け合うこととか、おばあちゃんからお小遣いをもらうこととか……そういうことは絶対に悪いことじゃないです!」


やよい「……一人で生きるのはつらいです」

P「お前は子供だからな」

やよい「大人だって、家族を持つじゃないですか。お父さんになったり、お母さんになったり……」

P「そして別れることもある」

やよい「そ、そういうこともあるよーですがっ」

P「夫婦ならいいさ、別れればいいんだ。けど、子供はどうなる?自活できない子供は両親がいなくなってどうやって生きていく?誰を頼って生きていくんだ?」

P「その答えをやよい、お前は知っているはずだ」

やよい「あ、今やよいって言いましたか?」

P「は?」

やよい「今までは高槻とか、オマエだったのに」

P「いや……」


やよい「私のことはこれからもやよいって呼び捨てでお願い」

P「いや断る」

やよい「し、たいかなー、って……」

P「明日を過ぎれば、きっともう会うこともない」

やよい「ちょ、ちょっと待ってください!お話ししましょう!家族です、今、私たちに家族がモーレツに必要とされているんです!これはもう揺るぎのない真理なんです!」

P「……お前は宗教家か」

やよい「お、お願いしますー!」

P「無理だな」

ばっさり。

やよい「……わたし、わかります」

P「あ?」

やよい「Pさんはさびしい人なんです。背中がそう語ってます」

P「……はは、そうか」

やよいくらいの年の子に言われると、腹も立たない。


やよい「正直申しまして、私は一人での放浪生活には限界を感じていました」

P「だいたい、お前はどうしてひとりなんだ?」

やよい「最初から一人だったわけではないですよ。わたしにも家族はいました」

P「家出でもしたか」

やよい「……確かに家は出ましたけど」

やよい「家は、もう私の住んでいい場所じゃなくなったんです。出るしかなかったんです」

P「住んでいい場所?」

やよい「……養護施設は、さすがにいやかなーって……」

P「それで家出か?」

やよい「はい……」



P「ほら、お前も同じじゃないか」

やよい「え?」

P「無責任な家族を持つと、子供は自力で生きなきゃならないんだ」

やよい「でも家族は」

P「悪いな」

やよいの話を強引に遮る。

P「家族ってもんがどう大事なのか、俺にはわからない。わかろうとも思わない」

P「俺はそれを知る前に、一人で生きることになったからな」

やよい「……う」

やよいは涙ぐんだ。


P「……戻れ、もう夜中だ。学校に差し支えるぞ」

やよい「……明日はお休みですー」

P「でも子供はもう寝る時間だ」

やよい「……お願い、します」

P「諦めろ。第一、他人同士が家族になれるはずもないんだ」

やよい「で、でも他人同士でも結婚して家族になりますよ!」

P「そして別れることもある」

やよい「わ、別れないこともあります!」

P「……はは、さっきとは違う返答できたか」

P「お前、頭いいかもな」

やよい「……」


P「確かに別れないこともあるかもしれない」

やよい「じゃ、じゃあ……!」

P「……そう思う人間は、共に生きればいい。俺は違う」

P「そういう人間を見て、生きてきたからな」

やよい「う……」

P「俺は一人で生きると決めてるんだ。だから、計画には参加するつもりはない」

P「ただ、お前に強制するつもりもない。家族が必要ならお前はあいつらと一緒に生きてみればいい」

やよい「私は……」

P「何を信じるかは個人の自由だ。俺も、お前に自分の考えを押し付けたりしない」

P「ただ、俺を巻き込まないでくれ」


やよい「う……」

P「結局は俺たちは他人同士だ。考え方や何を信じるかは個人の自由、完全に一致することはありえない」

P「だから俺は一人で生きることを選択した。それについて、お前に意見を言う資格はあるか?俺の生き方を捻じ曲げる権利はあるのか?」

やよい「……」

少し大人げなかったか。完璧に理詰めで追い込んでしまった。

……いや、こいつもどうにもならないことがあるってことを知ったほうがいい。

やよい「……今、そっちに行きます」

震える膝ですっくと立ち上がる。

P「やめとけ」

静止の言葉も聞かず、やよいはこちらに向かってくる。
ふらふら、ゆらゆら、頼りない足取り。


P「おいおい……」

やよい「も、もうちょっと……」

P「来なくていい。話はもう終わっただろ?」

やよい「終わってません」

P「いや」

やよい「あの……受け止めてくださいね」

P「なに?」

やよい「動きを急に止めるとつんのめりそうでー……」

P「今止まれ!」

やよい「い、いやです……せっかくのチャンスなんです……あたたかさです……みんないい人だから、あたたかい気持ちになれるんです……」

P「だからそれは好きにしろって」

やよい「駄目です!」


不覚にも、びっくりした。
やよいが急に叫びにも似た声を上げたからだ。

やよい「Pさんがいない、とっ!?」

その時、やよいは足を滑らせた。

P「馬鹿!」

飛び出した。

ずるずるっと屋根を滑っていくやよいの手を、きわどいタイミングでキャッチできた。

超……僥倖。

P「ふぅ……」

やよい「一人じゃ寂しいですっ、みんながいいですっ、一人はもう嫌なんですっ!」

P「が……上ってから話せ!」


やよい「わたし、家族計画は素晴らしい、素晴らしい提案だと思います!」

じたばたじたばたっ

P「あ、暴れるな!」

やよい「協力してくださいくださいくださーいっ!」

P「か、体を揺するな!」

やよい「協力してくれたやめますっ」

P「今度は脅迫か!」

やよいが振り子のように体を振る。

肩がぎしぎしと鳴る。

P「いてててっ」

やよい「もう一人は嫌です……嫌ですよう……」

宙吊りのやよいは下を向いている。
俺からは顔は見えない。


やよい「世の中厳しいです、つらいです、助けがいるんです……助けがないなら、もう落ちるしかないんですっ……」

P「……やよい」

やよい「毎日食べものがないのも、学校で変な目で見られるのも、友達なくすのも、家に帰っておかえりの一言がないのも、行ってきますを言う相手がいないのも……もう……」

やよい「だから……協力してくださらないなら……手を離してください」

P「……ここは二階だぞ」

やよい「いいんです、落ちて死にます」

P「二階で死ねるか、あほっ!」

律子「先輩!?何してるの!?」

屋根の下、庭からみんなの声。
起こしてしまったらしい。


小鳥「や、やよいちゃん!」

春香「わ、わ、危ないですよー!?」

高木「如月君、今すぐ起きたまえ!」

そうか、千早は二階で寝ている。
あいつが一番近い。

P「ち、千早!」

高木「おーい!如月君!」

しかし千早は起きない。

P「くっ……」

P「このへぼ画家もどきのズベタ女、死ね!」

千早「……あなたが死になさい!!」

ガラッと窓が開き、姿を見せた千早が呪詛を吐いた。
……早い。

千早「Zzz」

そして寝ていた。



P「起きろー!」

小鳥「千早ちゃん、そこからやよいちゃんを助けてあげて!」

千早「……果たして私がそのようなことをする必要があるのでしょうか、いやない……むにゃ」

P「寝ながら反応すんな!」

律子が屋内に飛び込んだ。

やよい「……Pさん」

P「あ?」

やよいは、おれだけに聞こえるくらいのかすかな声で、言った。

やよい「助けて……ください……」


何から助けろというのか。

二階から落ちかかっているこの状況から?
違う。

なら

どうして

それを俺に求めるんだ。

こいつは俺に何を望んでいるんだ。

俺は恐怖した。
やよいに。
いや、やよいの抱えている、何かに。

P「俺は……家族なんて信じない」

やよい「……それでも、いいです」


やよい「付き合ってくれるだけでいいんです」

P「……なんで」

俺なんだ。

やよい「……Pさんがいないと、この計画はまとまりません」

こいつは。
この年で、わかっていたのか?
順一朗が俺を中心として、この計画をまわそうとしていたことを。

やよい「……それに、Pさんには人を引きつける力があると思います」

P「そんな力、俺にはない」


いい加減、腕が限界だ。
律子、急いでくれ……。

千早「……そう、あなたは無力な存在……ねむねむ」

P「いいから布団に戻りやがれ、この冷血圧女」

く、こいつのんきにナイトキャップなんて使いやがって。

高木「Pよ、律子君が行くまで、あと一時間ほど我慢しろ」

P「そんなにかかるのかよ!!」

小鳥「ふ、ふれーふれー!Pさん!!」

P「近所迷惑だ!!」

使えるやつはいないのか!?


春香「Pさん!ハシゴ持ってきました!」

おおナイス!

高木「……春香よ、これは脚立というのだ」

のヮの「あれ?」

P「あほたれ〜〜〜〜〜っ!!」

高木「しかも一番小さいやつだぞ」

小鳥「蛍光灯の交換には便利そうピヨ」

ぐお。
一気に疲れが。

やよい「Pさん……」

P「く…何だ」

やよい「……家族計画」


春香「Pさん!ハシゴ持ってきました!」

おおナイス!

高木「……春香よ、これは脚立というのだ」

のヮの「あれ?」

P「あほたれ〜〜〜〜〜っ!!」

高木「しかも一番小さいやつだぞ」

小鳥「蛍光灯の交換には便利そうピヨ」

ぐお。
一気に疲れが。

やよい「Pさん……」

P「く…何だ」

やよい「……家族計画」


P「……」

やよい「私たちの、お兄さんになってください」

P「……お前、馬鹿だろ」

やよい「……はい」

P「大馬鹿だ」

やよい「はい」

P「……裏切られるぞ」

やよい「……でも!」

やよい「Pさんは、今こうして手を握っていてくれるじゃないですか!」

P「……成り行きだ」


律子「P!」

律子がベランダに姿を見せた。
身軽に屋根にのぼってくる。

P「やよいをそっちから引っ張ってくれ。できるか?」

律子「やってみます」

やよい「あのっ!……約束」

P「まだ言ってんのか」

やよい「協力してくれるって、言ってください」

P「……もう」

やよい「……」

P「なるようにしかならん!」



それは肯定か否定か。
自分でもいまいちわからなかった。

でも

やよい「……あは」

やよいは真っ赤な目をしながら、笑った。

律子「手を伸ばして!」

やよいの伸びた手が、律子につかまれる。
同時に、俺も身をずらしてベランダに寄っていく。

ほどなくして、やよいの体がベランダの内側に引き込まれた。



律子「Pも」

P「悪い」

律子の手につかまる。

P「つ、疲れた……クリティカルに疲れたぞ、俺は……」

律子「……ほんと、何やってるの」

P「いや、助かったよ、律子」

律子「気にしないで」

律子「借金に上乗せだから」

P「…………いくら?」

律子「んー、Pの命と等価」


P「高すぎる!」

律子「自己評価、いくらに設定してるの?」

P「いや……でも、払えない額請求されても困るぞ?」

律子「……五千円で」

P「……俺の命は五千円か」

律子は俺の頭をすぺんと叩いた。

P「いて」

律子「馬鹿……サービスでしょ」

P「そりゃどうも」


律子「……いいかもね、家族計画」

P「は?」

話の流れが読めない。

律子「Pにとっては、いいのかも」

P「なんだそれ。……賛成ってことか?」

律子「そうなるの、かな」

律子「だって、Pはまた……」

続く言葉を、律子は秘めた。

俺は肩をすくめて、やよいに声をかけた。

P「怪我ないか?」

やよいの返事はない。


律子「……この子、寝ちゃってる」

P「なんだとお?」

律子「よくみると、前途有望な顔立ちしてる」

律子「わたし、負けてる」

P「そうかあ〜?」

律子は俺を見つめて、言った。

律子「可愛い妹を持つと、苦労するかもね」

P「……やめろ」

律子「実は会話、聞こえてた」

律子「つまり、そういうことになったんだよね?」

P「……まあ」

律子「……がんばれ」


何に、誰に対してだろうか。
やよいを俺に押し付けて、律子はベランダを出る。

P「あ、律子」

律子「なに?」

今、口調も雰囲気も、元に戻ってたな。
俺たちが、いつも一緒にいたころに。

P「……いや、助かった」

律子「……」

律子は頷いて、廊下の奥に消えた。

ため息をついて、やよいを見た。
腕の中、やよいは世にも幸せそうな声で寝言をつぶやいた。

やよい「……お兄、ちゃ……」


何かこう、とんでもなく重く巨大なくさびを、胸の奥に打ち込まれた感じ。

P「俺は兄じゃない」

やよい「……Zzz」

寝ていた。

P「くっ」

天を仰ぐ。

なんて夜だ。

俺みたいに排他的な人間に。
全幅の信頼を寄せるつもりか。

馬鹿だ。
けど。

P「……きっと、俺も馬鹿なんだろうさ」



ふざけた計画を考えた順一朗も、自殺未遂の小鳥も、守銭奴の律子も、みんな馬鹿だ。

馬鹿が七人、それで何がどうなるのかは全く分からない。が。

P「今より悪くはならない……か」

家族計画を受け入れざるを得なかったことに、なんとか打算をつけようとする自分の心が、少し哀れな気もした。

けど、これが今の俺の限界だ。

P「あとで文句言うなよな、やよい」


今日は以上です。次回の更新でようやくOP終了(予定)です。

読んでくれた方ありがとうございました。



翌朝起きると、食卓には団らんが降臨していた。

小鳥「はい、あなた」

高木「うむ」

春香「やよい、それ何?」

やよい「これはおからっていうものです」

春香「おから?」

やよい「はい!とってもおいしくて、しかも安いんですよ!」

千早「……」


やよい「えっと、秋月さんもどうですか?」

律子「私は結構」

千早は寡黙に食事中、律子はもそもそと一人ブロック栄養食を食べていた。

やよい「そ、そうですかー」

律子「……私、人が作ったもの食べるの苦手なの」

千早「……」

何だろう、この光景は。

物憂い顔をしていたに違いない。
ちらと俺を見やった律子は、かすかに眉を歪めた。
律子もこの空気に辟易している、らしかった。


高木「P、何をぼーっと突っ立っている。座らんか」

水を向けられると、膿んだ(と俺は感じていた)家族オーラがねっとりと俺を包んだ。

P「……」

高木「何をしている?」

P「……窒息感を感じて」

俺は手をばたばたと仰いだ。

千早「……」

なるほど。
こいつも同席はしているが、周囲に強固な障壁を張っている。

一見して家族の朝は、結構不揃いだったりした。


やよい「あ、ここ、どーぞ」

やよいが場所をあけてくれる。
言われるままに座った。

左隣にやよい、右隣に春香がいる。
視線をやるとやよいと目が合う。

やよい「あははー……」

何がおかしい。

春香「Pさん、おから、おいしいですよ」

P「そりゃよかったな」

やよい「Pさんも食べますよね」

P「ん」

やよいがご飯をよそう。

ああ。

俺はこいつの提案を受け入れたんだっけ。
夢でもなんでもない。


P「おい高木順一朗」

高木「うむん?」

P「……考えてみた」

高木「ほう」

順一朗は新聞をぽいと投げ捨てた。

高木「聞こうか」

全員の視線が俺に向けられる。

P「……あんたの思う壺にはまってやる」

順一朗がにやりと笑ったのを、俺は見逃さなかった。

P「今回だけだ!」

高木「構わんよ」

すぐに釘を刺したつもりだったが、順一朗は鷹揚に肩をすくめただけだ。


P「けど、これはただの共同生活だ。それでいいんだな?」

高木「そういうことだな」

高木「互いの苦境に対して、互いに協力しながら当たる。そのための家族計画というわけだ」

P「それ以上は望まないな?」

高木「……うむ」

その言葉を信じるしかなかった。

P「わかった」

視線はまだ俺に集中していた。

P「メシくれよ、あるなら」

やよい「ど、どうぞ!」


やよいが椀を差し出してくる。

それを俺の脚に落とした。

P「ぐおっ」

熱い。

P「ぐおっ、ぐおっ」

高木「オットセイか?」

P「そうだ!」

やよい「ご、ごめんくださいっ!」

P「それ訪問の挨拶!」

P「……くそ、もったいない」


やよい「て、手が滑っちゃってー……」

P「ったく」

昨日の今日でこいつは。
きっと死ぬほどそそっかしいのだ。
その負のオーラは、主に俺に発揮されるような気がした。

気が重い。

千早「ごちそうさまでした」

千早がばしっと箸をおいた。

一人で黙々と食べていたから、もう茶碗は空になっていた。

千早は茶を入れて音を立てずにすすり、静かに息をついた。

千早「一晩いろいろと考えた結果ですが」

千早に視線が集まる。
結論か。


といっても、この状況ではYESと言う他ないだろう。
千早はかなり世間知らずだが、馬鹿じゃない。
固唾をのんで言葉を待った。

千早「とりあえず、出て行っていただけますか」

一同「…………」

一同「…………はあ?」

千早「ですから、出て行ってください」

高木「話が違うではないか!」

千早「話?」

高木「一晩考えてから全面的に私の家族愛を奥の奥まで受け入れてくれると言ったはずだぞう!」

千早「あなたもそうとう強引な方ですね」

高木「むふぅ、褒め殺しか!いやこりゃ父さん参ったな、はっはっはっ!」

P「アホか」


高木「受け入れてくれると言ったではないかっ!」

千早「記憶にありませんが」

冷ややかだった。

千早「秘書がやったことです」

政治家か。

P「腹黒さだけは一緒だな」

千早「あなたクビ」

P「雇われてねえよ」

春香「もぐもぐ」

春香が一人、リスのように頬を膨らませていた。


千早「早く消え失せてください」

千早は本気だ。

やよい「う、うそ……」

高木「ふぬぅ、それが父親に投げかける視線かっ!」

千早「怒っても駄目です」

高木「うおぉぉぉぉぉん、千早よぉぉぉぉぉお!」

千早「泣いても駄目です」

高木「ふはははははははははっ!」

P「……笑ってどうする」

高木「ふはははははは……ぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

実は泣いていた。

P「アホだろ、お前」



やよい「Pさんって、ほんとつっこみお上手ですよねー」

小鳥「面倒見がいいのよ、きっと」

やよい「ですよねー」

外野うるさい。

P「それよりちょっと待て千早、理由はなんだ!」

千早「理由?」

P「こっちはそれなりに手間暇かけたんだぞ。納得いく理由がないと引き下がれん」

千早「……えー」

千早「よくわからないのですけど」

千早「なんとなく腹が立つのです」

P「なんじゃあそりゃあ!!」


千早「夕べ、あなた方にこ馬鹿にされる夢を見た気がします」

P「……あやふやなことを」

高木「それは気のせいだ」

きっぱり。

千早「そうでしょうか?」

高木「間違いなく気のせいであり、十中八九勘違いだ」

千早「果たして、本当にそうなのでしょうか?」

なぜか千早はラジカセを取り出し、どんと置いた。

千早「真実は、夕べひそかに録音しておいた皆さんの会話内容で、すべて明らかになるでしょう」

P「ぶほっ!?」

俺は味噌汁を吹きかけた。


千早「汚いですね」

P「お前のやり口の方がなんぼも汚いわ!」

千早「これが知恵というものです。私が寝静まった後、あなた方が何を話していたかがすべてここに赤裸々に」

千早は再生ボタンを押した。

『ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……』

『ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……』

『ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……ワォーン……ザーーーーーーー……』

P「……なあ」

千早「なんですか?」

P「夕べって、丸々録音したのか?」

千早「もちろんです。前にも言った通りこの如月千早、その行動に一点の隙もないのですから」


P「今から八時間全部再生して確かめる気か?」

千早「……うるさい黙れ」

……既○外だ。
ごっつ既知の外。

千早は平然とラジカセをしまった。

千早「とにかく、私は静寂が好きなんです。皆さんにはすぐに出て行ってもらいます」

律子「……この家の維持費は?」

P「そうだ、金のめどはついたのか?」

高木「おーそうだー!ついたのかこらーーーー!」

P「あんたは野次馬か!」

P「だいたい、あんた今いくら持ってるんだ」


千早「……」

がま口の財布を取り出し、パチリと開くや中身をまじまじと確かめた。

そして、顔を上げると堂々と言い放った。

千早「72円ですが」

千早「……何か問題でも?」

P「大ありだ!」

P「それは文無しっていうんだ!ぐわ、そんな状況だったのかよ!?」

何という無計画さだ。

小鳥「それに千早ちゃん、家賃払えないと追い出されちゃうのよ?」

千早「……」

P「妥協も必要じゃないのか?千早」

高木「我々全員で折半すれば、容易に払える額ではないか!」


千早は瞑想するように静かに目を閉じた。
そして

千早「…………はなはだ不本意ですが、仕方ないですね」

よし。
家GET。

さすがにうれしい。
なにしろ一軒家だ。
もしかしたら、ちょっと風向きが変わってくるかもしれない。

そう考えてしまうのが、俺の器の小さいところだと思うが。
期待してしまう。

やよい「表札つけましょー!」

高木「うむ、いい考えだ」

高木「長男はP、長女は千早、次女は……」


律子「……」

視線を一身に集める律子。

高木「律子君、君ももう他人ではないと思うのだが」

律子「……た、他人です」

高木「本当にそう思っているのかね?」

律子「……え?」

高木「いや、特に意味はないよ。ただ、私は君にいてほしいと思っている。どうだろう?」

律子「……あのですね、昨日言った通り」

P「いいじゃんか」

律子「P先輩」

P「そんな目で見るな」

律子「……うらぎりもの」

律子「……借金あるくせに」

視線を受けておどおどしてるわりに、言は鋭かった。


P「返すって、ちゃんと」

律子「……うー」

律子「けど、私にメリット、ないです」

高木「家賃の軽減」

律子「……いま、かなり安いので」

高木「しかしここよりは狭かろう。ここなら風呂もある。きみの格安物件には風呂はあるのかね?」

律子「……」

高木「それに、律子君がいるといろいろと便利そうだ」

律子「私、便利屋じゃないです」

P「えっ、便利屋じゃないのか?」

律子「…………便利屋」

少し赤面して、律子は言った。


P「金銭面で考えるなら、ここはいいと思う。電気代や食事代も折半できる。家族形態ってのはもともと経済的なんだろうし」

律子「……ちょっと」

律子は俺を廊下に連れ出した。

P「なんだ?」

律子「……困りますよ」

頼られた。

P「お前が判断して決めればいいだろ」

律子「先輩から断ってくださいよ」

P「なんで俺が」

困っている。
何で困っているんだろう。


もしかして律子は――

P「なあ、お前もここにいたら?」

律子「それは……」

律子「先輩が、私にここにいてほしいってことですか?」

P「微妙な理由づけだな」

律子「……うるさい、ばか」

P「まあ、お前の性格なんて先刻承知済みだがな」

一緒に、いたいのか?
その問いを口には出せない。
きっと、律子は傷つくだろうから。
今までの律子を否定することになるかもしれない。

ただ、手はあった。
ずるい手だが。


P「……」

いや、使えない。

金で律子を雇うということ。
それは支払い能力だけがすべてになる。

……あれ?俺嫌がってる?

律子と金で結ばれた関係になることを嫌がってるのか?

律子「……先輩?」

よくわからん。
ええい、もうどうとでもなれ。

P「ここにいろよ」

律子「……え?」

P「昔のことを蒸し返すつもりじゃないが」

P「いや、その、つまり……」

上手く説明できない。
これじゃやよいだ。


律子「……先輩は、やっぱりすごいですね」

律子「……チャレンジャー、です」

P「は?」

少しだけ目じりの部分がやわらかくなり、微笑んだように見えた。

だが、それは錯覚だった。

律子は笑わない。決して。

律子「はぁ……今いくら持ってます?」

P「……ご、五千円?」

律子「……それでいいです」

確認のために開いた俺の財布から、札を抜き取った。


律子「契約、成立」

P「……結局、それか」

律子「基本」

まあいいや。

律子「部屋、決めてきますね」

なんかあっさり。

でも。

お互い一緒にいる建前として、一番楽なのが金だった。

そういうことにしておこう。


律子「そういえば」

P「まだなんかあんのか?」

律子「あの千早って子より、私の方が年上なのに、なんで次女なんですか?」

P「知らん。が」

P「……お前、あんなのの姉になりたいのか?」

律子は肩をすくめると、居間に戻っていった。





とにもかくにも、いろいろな紆余曲折の末に、俺たちは一緒に暮らすことになった。

賃料は千早を通して、地主に支払われる。

各員の担当額は年齢、収入、その他を考慮して決定された。

家賃は十万、光熱費含めて月額約十二万。

順一朗、二万。
俺、二万。
千早、二万。
律子、二万。
小鳥、二万。
春香、一万。
やよい、一万。

諸般の事情により、春香の一万は俺が支払う。
律子との契約料五千円も俺の負担になる。

結果、三万五千円。
これが俺の月額負担料になる。


家賃と光熱費合わせてこの金額なら、前のアパートと大差ない。
むしろ安い。

ただし、アパートの修理費の支払いがあるので、前よりは出費が激しい。

けど、今はまあいいと思っている。

一時のどん底から、よくここまで復活できたと思う。

あとはマイナスをイレースするだけだ。



高木「私は敗残兵でな。会社に失敗し、追われている。私にはぬくもりが必要なのだ。家庭という優しく心地よいぬくもりが。他に望むものがあるだろうか」

P「……俺は別に。生きていければそれでいい。アパートもなくなっちまったし、ここに住まわせてくれるのはありがたい」

千早「この家を維持できるなら、異存はありません。不満は目一杯ありますが」

律子「……まあ、なんとなく」

春香「私はお母さんを探してます。手伝ってくれるととてもうれしいです!え?日本語うまくなったですか?ありがとうございます!」

やよい「とりあえず、雨露を防げれば満足だったりしますー。よろしくお願いしまーす」

小鳥「私は誰か人が近くにいないと不安で……よ、よろしくねっ」

高木「ようし、では家族結成の祝杯をあげようではないかね!」

一同「かんぱーい」

P「……カンパイ」


高木「声が小さい!もう一度ぉ!」

P「…幼稚園児じゃねーんだぞ」

高木「家長の命令は絶対である!」

P「あんた、独裁したいだけじゃないのか?」

高木「ぬう、何を言うか!私はただ家族のためを思ってただ一筋に歩むだけだっ!!」

P「耳元で怒鳴るな!」

高木「かんぱーい!ビバ家族、家族万歳!」

P「やってろ、アホ」


律子「……」

小鳥「た、楽しくなりそうねー」

P「うるさいな……そら、乾杯」

無造作に器を掲げた。

ちんちりん

七つの器が鳴る。
それは、家族ごっこの始まりを告げる音だった。




互いの利益のために、世間を欺く偽りの家族を演じる

相互扶助計画『家族計画』

よんどころのない事情により、疑似家族計画に乗らざるをえない俺たちに、果たして幸せは訪れるのだろうか?



プロローグ 完


くぅ〜疲!とりあえずプロローグ終了です。
OP「同じ空の下に」でも聞いてください。

ここまで読んで下さった方、お疲れ様&ありがとうございました。

23:08│アイマス 
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