2013年11月09日

モバP「あんきら、っ響き良いよね」杏「何それ?」

「おい、始めに自己紹介してたじゃないか。聞いてなかったのか?」

「うん」


「うんっ、て全くお前はぁ」

だって、興味無かったのだもの途中までは。収録の途中から、少し興味が湧いたのだ。

「まぁ、でも杏が他人に興味を持つとは珍しいな。どうした?」

「いやぁ、ちょっとねぇ。正直に言うと、怖かった」

「怖かった?大きいからか?」

「というか、オーラ?まあ、いいから名前を教えてよ」

「諸星きらりちゃんだ」

覚えておこう、そして近づかないように気をつけよう。
何だか恐ろしい事になりそうなのだ。

「疲れたぁー、早く家に帰らせろぉ」

「うるせえな」

******

「ふぁあ」

朝のまばゆい日差しに目を覚ます。けれどまだ眠たいので、日差しの届かない布団の中に潜り込んだ。

ブルルッブルルッ

布団の中にある携帯が、小刻みに揺れる。
携帯を手に取り、液晶を見る。そこには、プロデューサーの名前が記されていた。

「もしもし」

「おはよう」

「おはよう、まだ遅刻じゃないよ?」

いま家を出れば、丁度いい時間に事務所に着くだろう。
まだまだ家を出る気は無いので、恐らく遅刻するけど。
「どうせまだ寝る気だろ?」

なかなか鋭いな。プロデューサーも、杏の行動が理解できてきたかな。

「えへへ、よく分かったね」

「えへへ、じゃないから。今から入るぞ」

今から入る?どういう意味だろうか。家の前に来ているとしても、鍵があるのだ中には入れない筈だ。

ガチャ ガチャリッ

筈なのに、玄関の鍵を開けて入ってくる音が聞こえた。

「プロデューサー?」

「何だ?」

耳元と僅かに玄関からも、プロデューサーの声が聞こえる。

「どうなってんの」

「合鍵作った」
「犯罪だよ」

「杏がちゃんと来ないからだよ」

そう言いながら、杏の寝ている部屋まで、プロデューサーは入って来る。
ちゃんと事務所に来なければ犯罪を犯しても良いのだろうか?いいや、良い訳がない。

「通報する」

そう脅すと、プロデューサーはヘラヘラと笑いながら飴を取り出す。

「ごめんごめん」

「ふんっ」

プロデューサーの掌から、飴を奪うように取る。
別に飴ぐらいで許す気はない。けど、貰えるものは貰っとこう。
「変態プロデューサー」

「なにっ、失礼な。お前みたいな小学生に欲情するか!」

勝手に合鍵作って侵入しといて、怒るとはなかなか図太い野郎だ。

「どうだか、プロデューサーってロリコンっぽいし」

「ロリコンじゃねえよ、いけるのはJKまでだよ」

「ロリコンじゃん、それに杏はJKだし」

「馬鹿だなぁ、男はJKは大好きなんだよ。ロリコンではなく一般的な男性さ。それに杏はどうみてもJS」

確かにそうだけど、ドヤ顔が腹立たしい。

「・・・とにかく、鍵を出せ」

「無理、だってお前ちゃんと事務所に来ないじゃん。だから毎朝来ることにした」
「お前はオカンか」

「ママって呼んでも良くてよ」

プロデューサーは、杏を布団から引っ張り出して抱きかかえた。
流石にいつも杏を相手しているだけあるな、流れるような見事な手際だ。
そしてプロデューサーは、そのまま玄関へと歩いて行く。

「ほら、仕事に行くぞ」

「やだぁ、働きたくない」

抵抗としてジタバタ暴れてみるけど、たいして効いていない。
プロデューサーは急に歩みを止めた。どうしたのだろうと、プロデューサーの顏を見上げると、怪訝そうな顔をして杏を見ていた。
そして、ゆっくりと口を開けた。

「杏、昨日風呂は入ったか?」

「何で?」

「いや、もしかしてと思って・・・まあ、いくら杏でも」

「・・・風呂って毎日はいるもの?」

プロデューサーは杏の質問に答える事なく、苦笑を浮かべる。
そして急に、杏の頭に鼻を近づけて、匂いを嗅ぎ出した。
杏も流石に驚いた。まさか本当にプロデューサーは変態だったとは。
「やめろ変態」

「匂いチェックだよ」

そう言いながら、頭だけではなく身体の方も匂いまで嗅ぎ出した。

「ばかっ、ちょっやめてよ」

肘でつついても、ビクともせずに匂いを嗅ぎ続けている。

「まぁ良い匂いだし、いっか。でも明日からはちゃんと入れよ」

玄関の鍵は、プロデューサーの持つ合鍵で閉められた。
いつか訴えてやる。

******

「おら、起きろ。着いたぞ」

頬を大きな手で、ペシペシと叩かれ目を覚ました。

「ん、ねむぅ。プロデューサー、おんぶして」

「まぁ、良いけどぉ。その代わりちょっと来い」

プロデューサーは、助手席に座る杏を、プロデューサーの膝へ座らせた。

「なに?」

「んー、大人しくしてれば良いよ」

プロデューサーは杏の頭に顏をうずめ、クンクンと犬のように匂いを嗅ぐ。
「え?プロデューサー、本当に変態さんなの」

「ちげえよ、杏の匂いってなんか落ち着くんだよ。すげえ良い」

何が違うというのだ、変態ではないか。まあ、プロデューサーが変態かどうかは置いといて。
それよりも、プロデューサーの行為を止めなくてはいけない。プロデューサーが気持ち悪いとか、恥ずかしいだとかそんな気持ちはある。
けど、それ以上に止めないといけない理由があった。

「プロデューサー」

「なに?」

「前を見て」

「前?」
プロデューサーはゆっくり顔を上げ、そして、そのまま顏を凍りつかせた。
いつの間にか、車の前には凛がいたのだ。杏もプロデューサーが匂いを嗅ぎたして、しばらくするまで気付かなかった。
凛は綺麗な瞳で、静かにまっすぐこちらを見ている。

「プロデューサー、どうする」

「どうしよう、助けて」

凛はしばらく空気を凍りつかせてから、無言で事務所に入って行った。

「死ぬかと思った」

「俺の方が死ぬかと思ったよ、はぁ」
プロデューサーはぐったりとしながら、また杏の匂いを嗅ぐ。何がプロデューサーを、ここまで突き動かしているのだろうか。

「落ち着くー」

「また、誰かに見られるよ」

「杏そういえば、お前に言わないといけない事があるんだよ」

「なに?」

「あんきら、って響き良いよね」
プロデューサーの言いたい事が、さっぱり伝わって来ない。
その言葉を聞いても、そう言えば昨日の大きな娘はきらりって名前だったなぁ、とぐらいしか思えない。

「何が言いたいの?」

「実はさ、諸星きらりちゃんがウチの事務所に移籍して来ました。それで、お前とユニットを組ませようかなと思ってます」

諸星きらりが、移籍して来た。
それを聞いた時に、何故か背中に悪寒が走った。

********
「にょわー☆」

「にょ、・・・にょわ〜っ」

ジリジリと少しずつ、距離を詰めて来る。物凄い威圧感があって、今すぐに逃げ出したい。
しかし恐らく、背中を向けた途端に捕まえられてしまうだろう。
だから杏は相手から目を離さないで、一定の距離を縮められないように下がる。

事務所に入ったとたんに、この戦いは始まった。
きらりは杏より事務所に来ていて、他の皆と自己紹介などをしていたのだろう。
杏が事務所に入った時は、ソファーに座って皆と喋っていた。その時は皆のきらりの印象は、大きくてテンションの高い娘、という具合だっただろう。
昨日の杏の、きらりへの印象はそうだった。

しかし、きらりが振り向いて杏と目があった時。その瞬間に、皆はきらりの恐ろしさを知る事になった。

きらりは杏を見ると、子供のように無邪気に瞳を輝かせた。
その時、先程の悪寒と似たような感覚の、しかしそれとは比べ物にならないぐらいの強い寒気が杏を襲う。
「きゃー☆ちっちゃくて、きゃわいいー!」

きらりは、ソファーから飛び上がり杏へと歩み寄って来る。
杏の本能は叫んだ、捕まるなと。捕まったら終わりだと。

そして、きらりとの戦いが始まったのだ。
プロデューサーは横で「仲良しで助かったよ」だなんてヘラヘラとしていやがる。
ひ弱な杏がいつまでも逃げていられる訳もなく、暫くするときらりに捕まってしまった。
「きゃー!ほっぺたプニプニぃー、杏ちゃん可愛いにぃ☆」

「ちょっ、ヤバイ。・・・緩めて・・・ちょ、」

「ハッハッハッ、仲良しさんだなぁ」

杏はきらりとユニットを組んだら死んでしまうに違いない。

そう思いながら、杏はきらりの腕の中で散っていった。

「あれぇ、杏ちゃん?」

「ん、気絶か?」

「んー?」
「そんなに思いっきり抱きしめたのか?」

「そんな事ないにぃ。優しくしたよぉ☆」

「じゃあ、何でだろうな?」

「何でかなぁ?」

「・・・」

「・・・にょわー☆」

「にょわー☆」

********

杏はあまり他人に興味がない。
別に他人など、どうでも良いとまでは思ってはいない。ただ誰かの事を強く好きになる事はあまり無いし、誰かの事を強く嫌う事も無い。皆から好かれる人、皆から嫌われる人。
どちらとも、どこか欠点があるだろう。どちらとも、どこか良い部分があるだろう。
そんな風に考えていて、誰かと仲が悪いという事はあまり無い。
勿論、杏の適当さを嫌う人はいる。誰の事も嫌わないけれど、誰からも嫌われない訳ではないのだ。
でもそういう人は、向こうが関わってこようとしない。
だからそういう人の場合は、まず関わらないので、悪くなる仲が無いのだ。
だから杏は、誰かと仲が悪いという事はあまり無い。
そんな杏でも、相性の悪い人間はいるのだ。
いや最近までは、いるとは思わなかったけれど。つい最近、昨日出会ったのだった。

諸星きらり

正直に言って、彼女とは仲良くしたくない。
決して彼女が嫌いなわけではない。ただ、仲良くすると死ぬ気がするのだ。
物理的に殺されそうだ。
杏とて、命は大事だ。
だから、あまり仲良くしたくない。
「おーい、起きろって」

真っ暗な頭の中に、プロデューサーの声が届いた。
目は閉じたままで、ああ、朝か。
プロデューサーめ、勝手に入って来たな、と事態を確認した。
目を開けると、仕事に連れていかれるので寝たふりをする事にした。

「おーい、起きろ」

「んー・・・」

「本当に寝ているのか?」

「・・・んぅ」

「おーい、おいぃ。起きろよー!」

プロデューサーは、杏の頬を揉んで来た。これだけされて起きないのは少し不自然だが、起きたら負けだ。
「おーい・・・お茶!!」

顏を見ていないけど、声の弾み方からしてドヤ顔をしているのだろう。
しかし、全く面白くない。面白くないけれど、笑ったらいけないと思うと、何故か笑いそうになる。
偶に発生する、謎の雰囲気である。
杏は笑わないようにと、坊さんのように心を無にする。

「杏ぅー、寝てるんだな?何しても起きないんだな?」

何をする気だ。


「やった、テンション上がってきたぁ。よっしゃ舌入れよ!」

担当アイドルの唇を奪う気か。
しかも、ディープな方で。
流石に起きないと不味いけれど、今起きると負けたみたいだな。
しょうがないから、もう少し寝たふりをしてやろう。

「陰部に」

「貞操を奪う気か!」

思わずにプロデューサーに突っ込んでしまった。

「さあ、仕事に行くぞ」

「印税が溜まったら、セクハラで訴えるから」

「俺はそんな未来の事より、今を大事にするのさ。恐れてたら始まらない」

「恐れない事により、いずれプロデューサーの人生は詰むけどね」

*******
「きゃー!今日も可っ愛い〜☆杏ちゃん、きらりんぱわー注入すぅ?注入すぅ?」

「はっ、離し・・・てっ。お願いっだ、からぁ」

「おーけー!きらりんぱわー注入すぅよ!せーの」

「ち、ちがっ」

「きらりん☆」

杏の身体が壊れる音が聞こえた。
その音に耳を傾けながら、事務所に着いたばかりの杏は散ったのであった。

「HAHAHA!きらりと杏は仲良しだなあ」

「プロデューサーちゃんもきらりんぱわー注入すぅ?」

「あっ、結構です」

******


「あのね、君は学習をしないのか?」

「んぅー、どしたのぉ?杏ちゃん怒ってるぅ?」

「怒ってるよ!昨日も杏の事を気絶させたのに、今日も同じことしたじゃんか!」

怒るのはエネルギーを消費するので、普段は怒らない。でも今は緊急事態だ。ここで怒っておかないと、LPがきらりに削られてしまう。

「分かったよ!ごめんにぃ杏ちゃん。今度からは、優しぃくきらりんぱわーを注入するね☆」

きらりは杏に向かって、ビシッと
親指を立てた手を突き出した。

「いや、全然分かってないね」

「あれぇ?そうかなぁ」

きらりは唇の形を可愛く曲げて、首を傾げた。
きらりの動作は、物凄く女の子らしくて可愛らしいなあと見惚れる。
だけど、その可愛らしい仕草に騙されてはいけない。

「杏はね、とても弱いの。だから、とても慎重に扱って」

きらりが強過ぎると言うと、きらりを傷つけてしまいそうなので、いかに杏が弱いかを伝える事にした。
杏が必死に己の弱さを語っていると、プロデューサーが寄ってきた。

「杏ときらり、急だけど今から仕事が入ったぞ。ユニットでの初仕事だ」

「おーけー!!頑張ろうにぃ!杏ちゃん☆」

きらりは嬉しそうに、杏を思いきり抱きしめる。

「ぐはっ・・・き、らり?」

「・・・ごめんにぃ☆」

******

収録が終わった後は、死体のような杏をプロデューサーがいつも通り車で送って帰った。
その時の記憶はとぎれとぎれで、イマイチよく覚えていない。

理由は明白だ。きらりのせいである。
収録中に興奮したきらりに、三度も抱き締められのだ。
生きて収録が終えられた時に、思わず泣いてしまいそうになった程だ。

このままでは死んでしまう、そう確信した杏はプロデューサーにユニットの解散を求める事にした。

翌日の昼休み、自動販売機にジュースを買いに行ったプロデューサーの後を追う。

「あれ、杏どうした?」

「ちょっと話があるの」

念のために、辺りに他の皆がいない事を確認する。
周りの事を気にしない杏でも、この話をきらり達のいる前では話したくはない。
「きらりとのユニットをやめたい」

プロデューサーは、あんまり驚きはしなかった。ただ、困ったように頭を軽く掻いた。

「まぁ、言うだろうなと思ったよ」

「じゃあ、話が早いね」

「うーん、・・・きらりは嫌いか?」

「嫌いじゃないよ、でも苦手かな」

「んー、お前ときらりはいいコンビなんだけどなぁ」

プロデューサーはそう言って、俯きながら頭を悩ませる。

「でもこのまま、きらりとユニットを組んでたら杏は死んじゃうよ」

「まぁ、お前の言いたい事も・・・」

プロデューサーは顔をあげて、杏の顔を見て言葉を失ってしまう。
杏の顔に、何かついているのだろうか。そう思い、自分の顏を触ってみた。
すると、プロデューサーがゆっくりと口を開いた。

「後ろ」

そう言われて、全身に緊張が走る。ゆっくり後ろを向くと、そこにはきらりがいた。

「あっ」

と杏の出した声を合図に、きらりは走り去ってしまった。
きらりは大きな歩幅で、あっという間に遠くまで行ってしまった。

「・・・どうしよう、プロデューサー」

「・・・きらりの家に行ってみるか」

*******
プロデューサーは仕事がまだあるので、きらりの家の住所を教えてもらい、地下鉄で行く事になった。
最近はいつもプロデューサーの車で移動していたから、地下鉄に乗るのは久しぶりだ。平日の昼で人が少ないので、あまり疲れる事はなかった。
けれど、きらりの家に近づくほどに杏の精神は疲労した。

とうとう、きらりの住むマンションまで辿り着いた。
きらりの部屋は七階だ。心を落ち着かせるために、普段は使わない階段を登ってゆっくりと上がる。
そうして、きらりの部屋の前までやって来きたけれど、なかなかチャイムが鳴らせない。
このままでは日が暮れるので、決心してチャイムを鳴らす。
軽やかな音で、部屋の中のきらりに来訪者を知らせる。

「はーい」

いつものハイテンションなノリが消えているきらりが、扉を開けて出て来る。
きらりは眼鏡をかけていた。実は目が悪かっのだろうか。

「や、やぁ」

「やぁ・・・上がる?」

「うん、・・・お邪魔するよ」

きらりの部屋は、全体的に薄いピンク色が多い可愛らしい部屋だった。可愛らしいお人形が沢山あって、きらりのイメージ通りの部屋だ。だいたい想像していた通りだ。

「どうぞ」

部屋を見回している内に、きらりは二人分の紅茶を入れて持ってきた。

「あ、ありがと」

きらりの顔を伺う。いつもとは違う、落ち着いた表情をしている。
落ち込んでいるのではなく、落ち着いている。
じっと見つめていると、きらりは微笑みながら言った。

「どうかした?」
「いや・・・いつもと、少し違うなぁって」

きらりは優しく微笑みのまま、かけている眼鏡を指差した。

「これね、仮面なの」

仮面、それはつまり。

「いつものキャラは作ってるの?」

いつもやたらにハイテンションだと思ったら、あれはキャラだったのだろうか。でもカメラの回っていないところで、キャラを作る必要が有るのだろうか。

「違うよ、これは仮面だって。杏ちゃんが知っているのが素のきらりなの。今のきらりが偽物」

状況が全く飲み込めないで、困惑する杏を笑う。
「ほら」

そう言いながら、きらりは杏に向かって掌を広げて腕を出す。
意図が分からずに、杏は戸惑う。
そんな杏にきらりは、諭すように落ち着いた声で言う。

「手を出して」

杏もきらりと同じように、手を出した。きらりの掌と重ねる。

「大きいでしょ?」

確かに大きい、多分プロデューサーよりも大きいのではないだろうか。

「でも、綺麗な手だよ」

お世辞なんかじゃなく、そう思った。細くて綺麗な手だと。
「きらりは大きいの、だから可笑しいでしょ?可愛らしくしたがるの」

きらりは悲しそうに笑う。

「別に可笑しくなんかないよ、女の子が可愛らしくして何がいけないんだ。それに、きらりは可愛いよ。」


「可笑しいよ」

「可笑しくなんかない」

「可笑しいよ・・・笑わられたもん。小学生の頃に、好きな子に笑われた。男より大きいのにぶりっ子だって」

きらりは俯いてしまって、どんな顔で話しているのか分からない。
けれど声が弱々しく震えていて、泣いているのが分かった。

「その時からね、きらりは人前で大人しくする事にしたの」

きらりは、顏を上げて笑った。その瞳には、綺麗な涙が溢れている。

「でもね、街でアイドルにならないかってスカウトされたの」

杏は何も言えなくて、ただ、きらりの言葉に耳を傾ける。

「嬉しかった、すごく嬉しかった。もう一度、きらりらしく生きれると思って。でも、やっぱり駄目だったんだ」

「なんで」

「だって、やっぱりきらりは可愛くないもん。きっと変な娘だって、面白がられてるだけだもん」

「そんな事はないよ」

杏は強い口調で言った。
きらりは、本当に女の子らしくて可愛い。確かに身長が高いけれど、それだけで可愛くない訳がないじゃないか。

「だって、プロデューサーはニヤニヤ見てくるし。杏ちゃんも、私とユニットを組んでたら死んじゃう程嫌だって言うし」

「違うよ、きらりが思いっきり抱き締めるから、物理的に死ぬって話だよ」

「あれ?」

きらりは濡れた瞳を、丸く見開いた。

「勘違い?」

「そうだよ」

「でもでも、きらりが嫌いなのは本当?」

「苦手なだけ。それに抱き締めないように気をつけてくれれば、大丈夫だよ」

「でも、プロデューサーがニヤニヤして見るのはホントだよ」

プロデューサーはそんな変な目で見ていたのか。いやらしい奴だ。

「それは、きらりが可愛いからだよ」

「本当?」

「本当さ!!!」

派手な音を立てて、プロデューサーが入って来た。

「おい、仕事はどうした?」

「やっぱり心配だから、逃げて来た!!」

プロデューサーはスッと、きらりに歩み寄る。そして、きらりの頬に伝う涙を指で拭う。

「俺はきらりが可愛いから、ニヤニヤと見るんだよ」

訴えられても仕方ないような台詞だ。
「本当?」

きらりは口元が少しだけ、笑っている気がする。
プロデューサーはきらりを抱き寄せた。そして、耳元で囁いた。

「本当さ、犯したいぐらい可愛いよ」

杏は思わずに、ぬいぐるみを投げつけた。

「ふぐぅっ!?」

プロデューサーは情けない声を出して、尻餅をつく。

「きらり、そいつから離れろ!孕ませられるよ!」

「にょ・・・にょわー」

きらりは放心状態で、こっちに逃げて来た。

「痛いな、おいコラ!別に思うのは自由だろ!?」

「発言したら責任が伴うんだよ!!」

「にょ・・・にょわー」


その後、プロデューサーはちひろさんからの怒りの電話がかかって来て、事務所へ戻った。
杏は、帰るのが面倒なのできらりの家に泊まる事にした。
きらりの大きなベッドは、二人で寝ても狭くなかった。

「きらり、ごめんね」

「にょわー」

きらりは、今だに放心気味だ。

「杏ね、本当にきらりの事は可愛いと思うよ」

喋るけど、ちゃんと聞こえているのかは分からない。

「きらりが嫌じゃないなら、ユニットも続けようと思う」

きらりの事を知ると、一緒にいたくなったのだ。
きらりは、杏が思っていたよりも繊細で弱かった。そんなきらりを守って上げたいと思ったのだ。

「ありがとう」

きらりは呟く。
杏はなんだか嬉しくなって、笑ってしまった。

*******

13:03│双葉杏 
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