2013年11月10日

P「十三怪談」

律子「さて、始まりましたアイドル十三怪談。この番組は765プロの十二人のアイドルと、私
……えー、歌って踊れるプロデューサー、秋月律子でお送りします」


春香「律子さん! 久しぶりのテレビ出演だからって照れちゃだめですよ!」

律子「ええい、うるさい。なんで私までかり出されるのよ。そりゃ、13っていう数字あわせなのはわかるけど!」

伊織「司会が番組開始早々キレてどうすんのよ」

真美「実は怖がってるんだったりして」

亜美「おー、ありそう。律っちゃん、意外と臆病だからねー」

貴音「そのように、人をからかうものではありませんよ、皆」

雪歩「四条さん、真っ青ですけど、大丈夫ですか?」

響「こっちは本気で怖がってるな……」

律子「はいはい。話すすめます。この番組は、私たちが一人一つずつ怪談を語っていく番組です」

律子「怖い話、不思議な話、怪しい話。色々取り混ぜてお送りします。中には体験談も含まれているようです」

律子「十三人が、果たしてなにを語るのか。それぞれのファンの皆様も、そうでない方も、ぜひ、お楽しみに」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1353666792

アイドルたちが、怪談を一つずつ、合計で十三本披露するテレビ番組。それを描いたSSです。
怪談は、オリジナルや既存のものをそれぞれのアイドルたちでアレンジ。既視感があってもご勘弁。

ひとまず初日は三人分を投下。その後、毎日一人ずつ更新の予定。
「では、一人目は如月千早となります。千早、お願いするわ」

1.公園

 はい。如月千早です。よろしくお願いします。

 これは、私が体験したことなのですが、なんだか妙に印象に残っている出来事です。
いま思い出しても、本当にわけがわからないのですが……。

 ともあれ、聞いてみて下さい。


 その日、私は歌い足りなかったんです。

 レッスンを終え、事務所でもその日のレッスンでの録音と一緒に声を合わせたのに、それでも、足りない。

 喉にはあまりよくないと思いつつ、でも、もやもやしたものを抱えて家に戻るよりはと、とある公園に立ち寄りました。

 そこは、家のまわりを散歩しているときに見つけた場所で、とっても小さな公園なんです。

 周囲には昔は団地だった建物が建っています。以前は、団地の中の憩いの場だったのかもしれませんね。
 でも、いまは団地は取り壊し予定になっていて、人は住んでません。

 話によると、ここはずっと取り壊し予定のままで、再開発は進んでいないみたいです。

 そんなわけで、その公園には人はいませんし、大きな声を出しても迷惑にならないと知った私は、たまにそこで歌の練習をすることがあったんです。

 歌い足りなかったその日も、私はそこで何曲か歌って、家に帰るつもりでした。


 公園についたのは夏の西日が射し始める……そう、日が暮れていくのを意識し始めるような時間でした。

 私は公園の一方の端のあたりで、発声練習を繰り返し、そして、歌い始めました。

 三曲ほど歌い終えたところだったでしょうか。
 私は公園に、他の人がいることに気づきました。

 その頃には西日が強くて、ろくに姿も見えなかったのですけれど。

 まばゆい光の中に見える影の大きさからして、小学生くらいの子供のように思えました。

 こんな所で遊ぶ子供がいたのか、と驚くと同時に、強い視線も感じていました。
 どうやら、子供は歌う私に興味を持っていた様子です。

 ただ、特にこちらに何かを言ってくるわけでもなく、じっと立っているだけでしたので、私は歌うのを続けました。

 どんな聴衆でも、聴いてくれる人がいるというのは気分がいいものですし。
 そうして、歌を……そう、たしかあの時は『思い出をありがとう』を歌っていると、その子供のほうから、声が聞こえてきたのです。

 たどたどしい、ほとんど言葉を追えていない、音律。

 それは、私が歌うのに合わせて、その影となっている子供が発しているもののようでした。
 声変わり前の、澄んだ高い声を覚えています。

 私は驚きながらも、調子を変えずに歌い続けました。そして、歌い終えた後、また同じ歌を繰り返しました。

 落ちていく太陽がもたらす茜色の景色が、周囲を覆っていました。見えるのは、まばゆい光と、その子の影だけ。

 私が何度も同じ歌を歌うと、その子がついてくるのもはっきりとしてきます。

 その時の心情を、どう表現すべきかわかりません。
 嬉しかったのか、ただ、心地好かったのか、それとも必死だったのか。

 でも、一つだけ確かなのは、夢中だったことです。

 何度も、何度も歌い上げて……。

 そうして、辺りが暗くなった頃、私は歌い止みました。
 いまも、夕暮れの影の中に、その子は立っています。
 もう、遅いのじゃないかしら。私はこれで帰るのだけれど、送っていきましょうか。

 そんな言葉を投げかけたように思います。

 けれど、返事はなく、その影は微動だにしませんでした。

 不審に思った私はその影に向けて歩み寄り、もう一度声をかけました。今度も返事はありません。

 見る限り、影は俯いているのでもなければ、そっぽを向いているのでもありません。
 まっすぐこちらを見て立っているのです。

 なんだか、おかしな気分になった私は、ともかく、反応を見ようと、もう一歩踏み出しました。

 そして、気づいたのです。


 そこに立っているのがマネキンだということに。



 膚は硬く、目は作り物特有の反射をして、そして、関節は金属部品で止められていました。

 思わず、小さな悲鳴を上げました。

 それが私自身を驚かせたのでしょう。

 一気にパニックになった私は、そこから一目散に駆け出しました。
 そのまま、家に戻るまで、後ろを振り向くこともなく、ただただ走りました。
 あれから、あの公園に行ったことはありません。

 一度だけ、遠巻きに見てみたことがありますが、団地の取り壊し工事の予定が立ったようで、既に周囲が柵で覆われていました。

 もう、足を踏み入れることはできないでしょう。


 だから、あのマネキンがなんだったのか、ずっとあそこに立ってるのか、それはもう……わからないんです。
春香「……幻聴だった、ってことかな」

伊織「それ以前に、普通なら公園に入った時点でマネキンに気づくでしょ」

真「いや、でもさ、もし気づいたとして不気味じゃない? あまり人が来ない公園に、なんでマネキンを立てておくのさ」

真美「いたずらだとしたら、あんまり意味はないよねー」

亜美「団地に人がいる時ならわかるけどねー」

千早「だから言ったでしょう。わけのわからない話だって」

響「たしかにわけがわからないなー。でも、なんだろうな、もやもやするよね」

貴音「なんとも不思議な話ですね」

千早「こういう話でもいいのよね? 律子」

律子「ええ。立派な怪談よ。ありがとう」
「奇妙なお話でしたね。では、次は水瀬伊織です。どうぞ」

 2.座敷童子

 怪談……ねえ。

 ぽろっと口にしたら、明日の日経平均が暴落しかねない話とかあるけど、それじゃだめかしら?
 怖いわよ?

 え?
 だめ?

 そう。
 しょうがないわね。

 じゃあ、私の昔の知り合いの話をするわ。
 相手と知り合ったのがいつだったかは忘れちゃったわ。
 正直、あっちも覚えてないでしょう。

 知っての通り、私は水瀬の娘として生まれたから、色んなパーティに、幼い頃から出ていたの。

 自宅で開かれるものもあったし、よその屋敷やホテルの会場に呼ばれることもあったわ。

 実際には招待されているのは私の父母であって、私はマスコット的に可愛がられる、まあ、そんな存在だったわ。

 どこの家もそんなもので、子供たちを連れて来るの。
 もちろん、そういうのが許されるパーティにはってことだけど。

 そうしていると、いつの間にか、いろんな子供と知り合いになっていったわ。
 今回話すのはその内の一人の話。

 その子の家は、資産家でね。

 水瀬や東豪寺みたいに有名ではないけど、実はいろんな企業の株主で、知る人ぞ知るっていう家だったの。

 それで、その子と仲良くなった後で、内緒の話だよって言って教えてくれたことがあったのよね。

 それは、その家に昔から続く風習。
 後継ぎになる人間は、必ずやらなきゃいけないことなんですって。

 その家の旧宅……というか、昔、一族が住んでいた家っていうのが、地方に残されているらしいのね。

 それで、後継ぎになるはずの男子が十五歳になると、その時点の当主か、先代当主と一緒に、その家に行かされるらしいの。

 たいていは父親か、祖父と一緒に行くってことになるわね。

 そうして、地下室に連れて行かれて、牢屋を見せられるんですって。


 そう、牢屋。


 なんでも、土蔵の地下にあるらしくて、母屋にいる限りはそんなのがあるなんて思いもしないらしいわ。

 でも、その牢屋の中は空なんだって。

 あるのは、壁から伸びてる鎖と、その先にある枷だけ。

 ただ、伝承では、そこになにかがいるっていう、そういうことになってるらしいの。

 それで、その当主になるはずの子は、見えないなにかに向けて、これからもお世話させていただきますとかなんとか誓うらしいのね。

 その子のお父さんは、それを教えてくれた時、昔からある、ただの儀式だって笑ってたらしいけど。

 でも、形式的でもなんでも、そこに『なにか』が見えると言わないと、後継ぎにはなれないらしいわ。

『なにがいるの?』

『座敷童子らしいよ』


 それが、私とその子との会話。

 座敷童子といえば、その家に富を約束するっていう妖怪よね?

 そんなのを閉じ込めてるってことにしとくのは悪趣味な話よ。

 でも、ある種の願掛けとして、理解出来ないこともないわ。いまから考えると、だけど。

 いずれにしても、その子が話をしてくれた時点では、まだその儀式を実際には経験してなかったし、あくまで伝聞でしかなかった。
 だから、私も珍しいお話として聞いていたの。

 ところが、それからしばらくして、その子の家が、大変なことになっちゃったのよね。

 詳しくは言えないんだけど、簡単に言うと、ほとんどの資産はなくなって、一族の主立ったものはいなくなって……まあ、凋落しちゃったわけね。

 その子自身もどうなったかわからなくて……心配してたんだけど、ついこの間偶然会ったのよ。
 たまたま入った喫茶店でウェイターをしてたわ。

 聞いたら、一人でバイトして暮らしているんですって。

 それで、

『いやあ、僕が没落させちゃったみたいなんだよね、家』

 って朗らかに言うものだから、どういうことか訊いてみたのよね。

 そうしたら、十五になってあの儀式……閉じ込められている座敷童子に挨拶に行くっていうのをやらされたらしいの。

 一応、それは無難にこなしたんだけど、その日の夜中に、もう一度そこに忍び込んだんですって。
 大人たちは母屋で儀式の成功を祝っていたから簡単だったらしいわ。

 それでね、牢屋に入って、金槌で叩いて、枷を壊してしまったんですって。

『だから、まあ、僕が中にいたものを逃がして、家が傾いたってわけ』

 そう言ってたわ。
 おかしな話よね。

 実際には、震災や色んな事があったから、そっちのほうが原因と考えるべきなんでしょうけれど。
 でもね、そいつ言ってたのよ。

『父さんやじいちゃんには見えてなかったみたいだけど、僕には本当に見えてたんだよ』

 ってね。


 何がって?


 さあ……何かしらね。

亜美「本当にいたのかな、座敷童子」

真美「いるんなら、見てみたいね!」

千早「なんだか不気味そうでもあるけれど……」

真「伊織はどう思ってるの?」

伊織「さあ?」

響「伊織ぃ」

伊織「わかんないわよ、私だって。でも、一つだけわかってることがあるわ」

やよい「なんなの、伊織ちゃん」

伊織「お父さんやお祖父さんからの伝聞の中では座敷童子と言われてるそれの事を彼は一度だって『座敷童子』だなんて呼ばなかったわ」

春香「それって……」

伊織「はい、この話はおしまい。次行って」

律子「え、ええ。じゃあ、次は……」

貴音「わたくしです」

美希「貴音?」

貴音「はい。こういった話は苦手なのですが……だからこそ、早めに終わらせてしまおうかと思いまして」

伊織「でも、貴音って怖い話、色々と知ってそうな気もするんだけどね」

雪歩「四条さんは雰囲気があるから」

貴音「それは買いかぶりというもの。さて、そろそろ始めましょう」
「では、四条貴音が語ります。どうぞ」

 3.鋏

 それはなんということもない昼下がりのことでした。

 アイドルを生業としている以上、様々な評判や情報が気にかかるものです。

 いえ、それを気に留めておくのも務めの内、というところでしょう。

 その日、わたくしは、雑誌の記事を読み、気になるものを見つけたならば、切り抜こうと鋏を用意しておりました。

 そして、心にかかる記事を見つけたところで、鋏を取りあげたのですが、その時のことです。

『よしてくんろ』

 という声がどこからか聞こえてきました。

 もちろん、部屋には誰もいませんし、そんな声が外から聞こえてくるわけもありません。

 思わず鋏を置いて周囲を見回したわたくしは、気のせいだと己に言い聞かせて、再び鋏を持ちました。

『よしてくんろ』

 再び、声がします。

 高いようにも低いようにも聞こえる、奇妙な声でした。

 今度は周囲を見ることもなく、ただ動きを止め、しばし待ってみましたが、それ以上のことは起きません。

 恐る恐る、鋏の刃を閉じてみました。


 しゃきん。


『よしてくんろ』


 しゃきん。


『よしてくんろ』


 しゃきん。


『よしてくんろ』


 お恥ずかしい話ですが、三度目の刃の開閉に続いた声を聞いたところで、もはや恐慌状態に陥っておりました。

 怯えつつ顔を上げると、壁になにやら穴のようなものが見えます。

 そのようなもの、その時になるまで気づくどころか、そこにありはしなかったはずでしたのに。
 けれど、そこには穴があり、そして、あの声が聞こえてくるのはここだ、と直感が告げておりました。

 ふらふらと立ち上がり、何かに導かれるように、わたくしは鋏をその穴に突き立てておりました。


『ぎゃっ』


 一声聞こえたところで、わたくしも昏倒しました。

 再び目を醒ましたとき、壁に穴などありませんでした。

 部屋には鋏を手に倒れ伏すわたくしがいるばかり。

 果たしてあれが何であったのか、わたくしは考えたくもありません。

 ただ、二度と現れてくれないでほしいと思うばかりなのです。
貴音「こ、これでよいのですよね、律子」

律子「ええ。いいけど……。なんでそこまで必死なの」

貴音「り、律子が約束してくれたのではないですか。自分の番をしっかり務められれば、あとは隅で震えているだけでよいと!」

律子「いや、そうは言ったけど……」

貴音「はっ、もしや、偽りだったというのですか!? ああ、なんと無情な!」

律子「いや、いいけどね? うん、いいんだけど……。あー、響、貴音の面倒お願いできる?」

響「わかったぞー」
雪歩「ま、まあ、四条さんの反応はともかく、なんだか面白いというか、かわいいようなお話ですね」

真「日本昔話とかにありそうだよね」

美希「特に害もないみたいだし」

やよい「でも、急に話しかけられたら、びっくりしちゃうかも!」

伊織「それはあるわね」

貴音「び、びっくりどころではありませんでした。あの異様な雰囲気は……」

春香「まあまあ、貴音さん。次の私も、あんまり怖くない話ですから、そこで一息ついて下さい」

千早「そうなの?」

春香「うん。怖いとかじゃなくて、変な話」

真美「はるるん、いきなりそういう説明しちゃうとつまんないよー」

亜美「そうだよー」

春香「あ、ごめんごめん」

律子「そうかしら。前置きも悪いことではないと思うわよ。ともかく、次は春香ね」

春香「はい!」
そんなわけで、今日の投下分は終わりです。
明日は春香のお話からとなります。
では、また明日。
では、最後の投下、三人分まとめていきますね。
「それでは双海姉妹の姉、双海真美が語ります」

 11.誘拐

 真美は亜美と一緒にユーカイされちゃった時の事を話すよ。

 って言ってもこれはドッキリ番組の企画でさ。

 亜美は仕掛け人の側だったから、ユーカイされたと思ってたのは、真美のほうだけだったんだけどね。

 それはともかく、真美たちはテレビ局の駐車場でスタッフの人たちを待っている所で、ラチされちゃったんだ。

 こう、止まってる車から急に人が出てきて、真美と亜美に頭から袋を被せてさ。

 もうびっくりだよ。
 なんか、急に暗くなったと思ったら、袋がかぶせられてるんだもん。

 うん。体全部入るくらいのでっかい袋だったよ。
 え? え? ってなってる内に外から締め付けられてさ。

 たぶん、ベルトかなんかで縛られたんだろうね。
 身動き取れなくなっちゃった。

 もうわけわからなくてもがいてる内に担ぎ上げられて、車に放り込まれちゃうし。

 あ、もちろん、番組だからね。怪我するほど手荒くはないよ。

 でも、真美はそんなのわからないもん。
 もう頭の中ぐっちゃぐちゃ。

 そうそう、亜美はもうこの時は袋から出してもらって、普通についてきてたみたい。

 それで、振動から車が出たのがわかったんだけど……。

 とにかく怖くて震えてることしか出来なかったよ。
 亜美がどこにいるかもわからないし。

 それから、車がまた止まって、担ぎ上げられて、連れてかれた。

 まー、実際は、元の局の駐車場に戻ってきて、録画の準備ばっちりのスタジオに連れてかれてたわけだけど。

 そうして、床に下ろされて、袋は外されたんだ。
 だけど、その前に袋に手を突っ込まれてアイマスクつけさせられてたから、相変わらず何も見えないし、
すぐに手も足も縛られて、動けない。

 暴れる暇なんて、なかったよ。

 体が強張っちゃってて、暴れられたかどうかはわからないけどね……。

 だから、真美、ぶるぶる震えながら、座ってることしかできなかったんだ。

 それでもね、真美、勇気を振り絞って叫んだんだ。

『亜美はどこ!? 亜美は大丈夫なの?』

『亜美はここだよ、真美』

 すぐ側で声が返ってきてさ。

 これほど嬉しかったことはないよ。

 だって、亜美がいるんだもん。それだけでさ……。
 でも、すぐに、

『黙れ』

 って遮られちゃった。

 低い男の人の声で。

 真美たちとは仕事したことのないスタッフさんが連れてこられてたらしいんだけど、もし知ってる人の声でも、
全然気づかなかったと思うよ。

 だって、ネタ晴らしされた後、その人と話したことあるけど、ほんと違って聞こえたもん。

 なんていうか……とってもおっかない声だった。

 その人が演技が上手かったとかじゃなくて、たぶん、真美が怖がってたからそう聞こえたんだろうね。

 それくらい、怖かったんだよ。
 だって、テレビ局で捕まったってことは、真美たちがアイドルだって知ってるわけで、真美や亜美に
変なことしたがる人のところに連れてかれちゃう可能性だってあるし……。

 身代金目的でも、アイドル相手ってなったら、たくさん要求しそうだし、そんなお金、家にはないし……。

 とか、色んな事考えちゃって。

 それに、そういうのを煽るように、話しかけてくるんだよね、その声が。

 番組だからさ。

 そういう風に色々質問して、真美の怯えてるリアクションを撮りたかったんだろうなっていまから考えればわかるけど。

 もうその時は混乱、混乱、大混乱だよ。

 うん、まあ、よく考えればさ。

 亜美には変な質問してるし、亜美の答えもなんか軽いし、気づくべきだったのかもしれないけど。
 でも、真美の中で、こう……変なものがどんどん育っていっちゃったんだよね。

 これまで見てきたドラマや映画を元にした想像とか、噂話とか、それこそ、いま出てる
こういう番組の怪談話とかね。

 もう、いろんなものがごちゃ混ぜになっちゃったんだ。

 ああいうのって、苦しいね。

 黒くて、わーってして、きゅーって苦しいの。

 そこで、たぶん、真美しゃくりあげてたんだよね。

 自分ではわからないし、思い出せないんだけど。
『騒いだら大変なことになるぞ』

 そう言われたんだ。

 その途端、胸の中で育ってたものがぱーんって爆発して。


 なにかおかしなことをしたら、殺される。


 そう確信しちゃったんだよね。

 途端に呼吸が苦しくなって、何度も何度も息を吸おうとするのに、吸えてない気がするの。

 それで、余計に吸おうとするんだけど、もっと苦しくなるだけで、見えるものがないはずなのに、
なんだかちかちかして。
 その時、訊かれたんだよね。


『妹とお前の命、どっちかを選べ』


 ってね。

 その途端、真美は叫んでたんだよ。

『亜美にして!』

『亜美の命をあげるよ!』

『亜美を殺して!』


 何度も、何度もね。

『亜美を殺せ!』
『亜美を殺せ!』
『亜美を殺せ!』

 って。
 そこで、真美の記憶はぷつりと途切れちゃうんだ。

 過呼吸だっけ?
 なんか、それで気絶しちゃったらしいよ。

 もちろん、撮影は中断。
 大騒ぎになったらしいけど、真美にはわかんない。
 だって、気づいたら、自分のベッドで寝てたしね。

 結局、その真美のドッキリ映像はお蔵入りになって、番組企画も潰れたんじゃなかったかな?

 でもね、おかしいんだ。

『妹とお前の命、どっちかを選べ』

 なんて、訊ねかけた人はいなかったんだって。

『騒いだら大変なことになるぞ』

 って脅したところまでは確かなんだけどね?
 それに、真美が『亜美を殺せ!』って叫んでる様子は、映像にも残ってないんだ。

 おかしいよね?

 あれは……夢だったのかな?

 でも、夢だったとしても、そうじゃなかったとしても。

 真美は、自分の命のために、亜美を差し出しちゃったんだよね。

 そのことが……。

 ううん、違う。
 それからずっと。

 真美は……自分が怖いんだ。
真美「ごめんね、亜美。……ひっく……真美、お姉ちゃんなのに……ぐすっ……亜美のこと……大事に考えられなくて……」

亜美「な、なに言ってるのさ。あれは、亜美のほうが謝らなきゃだよ!」

真美「……でもぉ」

亜美「亜美が止めなくて、スタッフが悪のりしちゃったんだから、亜美が悪いの! 脅かしすぎて真美が失神しちゃって、すっごく怖かった……」

律子「真美」

真美「ん……。なに?」

律子「真美は視界を奪われて、殺されるってこと以外、なにも考えられなくなってた。そうね?」

真美「うん」

律子「亜美と話す事も出来ず、亜美の姿を見ることも出来なかった。そうでしょう?」

真美「う、うん」
律子「だったら、そこで自分と他のもの、なんて選択肢をつきつけられたら、自分を守ろうとするのは当たり前よ」

真美「でも……」

律子「それは、そういう答えを得る為の誘導だもの」

真美「で、でもね。そう訊いた人はいなかったわけだから……」

美希「その場に、そういう空気があったってことじゃないかな?」

春香「そうだよ。怖い思いさせられて、押しつけられた結果だよ」

伊織「思考能力を奪った上での結論なんて、信頼性ゼロよね」

貴音「あなたが……いえ、あなたがたが、お互いを大事にしていることは、事務所の皆が知っていること」

雪歩「四条さんに全面賛成です」

真「うんうん」

響「そうだぞー。夢の中の発言なんて、真美の責任じゃないって」
真美「みんな……ありがと……。ぐすっ」

律子「ほーら、もう泣かないの」

千早「はい、ハンカチ」

真美「あ、ありがとう。千早お姉ちゃん」

やよい「でも、誘拐されちゃうのは怖いです。もし、ドッキリでも!」

伊織「そうよね……。ドッキリじゃなかったら、無事で済むとは限らないし……」

亜美「うん。怖いよ。本当に怖い」

真美「亜美?」

亜美「亜美、思い出したんだ。真美が、そんな風に自分を責めてるっていうなら、亜美が、気が楽になる話をしてあげるよ」

真美「え?」

亜美「いいよね、律っちゃん」

律子「ええ、まあ、順番的には問題ないし……。じゃあ、このままいくのね」

亜美「うん、お願い」
「それでは、双海姉妹の妹、亜美のお話です」

 12.姉

 えっと……。

 真美の話の後にするのも変なんだけど、亜美、小さい頃、連れ去られたことがあるんだ。

 うん、そう、思い出したんだ。

 あ、これはドッキリじゃないよ。
 だって、小学校の一年か二年の時だもん。

 どういう経緯で……とかは亜美は知らない。

 思い出せないんだ。
 真美は知ってるみたいだし、家族に訊ねてもいいんだろうけど……。

 あんまり聞いて面白い話じゃないだろうからね。

 亜美が覚えてるのは、どこかのおうちのお風呂場のこと。

 亜美は、お湯の入ってない浴槽の中に座ってた。

 ううん。
 座らされてた、が正解かな。

 いまから考えると、お風呂場を監禁場所にしてたってことなんだろうけど。

 なんで亜美が騒いだりしなかったかっていうのはよくわからないよね。

 お風呂場なら、窓があるわけだから、外に声は届きそうだし。

 でも、ちっちゃい頃にそんなこと期待してもだめなのかもね。

 その時、亜美は、泣くのにも疲れて、ぼーっとしてたよ。
 そうしたらね、突然、真美がお風呂場に入ってきたんだ。


 助けに来てくれた!


 そう思ったんだけど、真美の様子が変なんだ。

 そもそも、ドアのほうから来たっていうのに、ドアが開いてないし、開く音もしなかったんだよね。

 しかも、亜美の方を見るでもなく、ぼーっとしてるんだよ。

『真美?』

 亜美はそう呼びかけたんだ。

 そうしたら、真美がこっちをぐいっと向いて。

『あ、亜美、いた』

 って言って笑ったんだよね。

 なんか、すごい嬉しかったなあ、あの時。
 でもね、それと同時に、亜美、気づいたんだ。気づいちゃったんだ。


 真美が、透けてる。


 真美が死んじゃった!

 亜美、そう思ってさ。
 自分のことなんか吹っ飛んじゃったよ。

『真美、どうしたの? 死んじゃったの?』

『んー、どうだろ?』

 真美は真美で、そんなよくわからない返答だしさ。

 もうパニックだよ。

 さっきまで泣き続けてもう涙なんて出るわけないと思ってたのに、ぽろぽろ涙が出ちゃってさ。

 でも、真美は亜美のこと見ながら、不思議そうにしてるだけなんだよね。
『ところで、ここ、どこか、わかる?』

『ううん、わからない』

『そっか』

 それだけ言って、すたすたと歩き出しちゃうし。

『ど、どこ行くの?』

 亜美がそう訊いたら、いつも遊びに行くときみたいな顔で、真美が言うんだ。

『ん? 探検』

 って。

 そうして、すーって消えちゃったんだ。

 もうびっくりしすぎて、なんか、亜美、気を失っちゃったっぽいんだよね。
 それで、気がついたときには、パパに抱きかかえられてたんだ。

 ママもぐしゃぐしゃの顔で覗き込んでて。

 その隣には、真美もいて。

 なにか話した気もするけど、思い出せない。
 たぶん、パパたちの顔を見てもうなんでもよくなったんだと思う。

 でも、一つだけ覚えてるよ。

『真美の言うとおりだった』

 ってパパが言ってたのは。

 亜美の話はこれおしまいだけど、たぶん、続きは真美が少し話してくれるんじゃないかな?
律子「真美、説明してくれる?」

真美「んー。亜美が話してたのは本当のことだよ」

美希「へぇ」

真美「うんとね、亜美がいきなりいなくなって、みんなで必死に探したんだ。真美までいなくなったら大変って、

真美は外に出してもらえなかったけどね」

響「それはそうだろうなー」

真美「でも、その日の間にはみつからなくて……真美、夢を見たんだよ」

伊織「夢?」

真美「うん。夢。夢の中で真美は亜美を見つけて、起きた後、その場所をパパたちに話したんだ。

そうしたら、言ったとおりの場所で亜美がみつかったらしいよ」

やよい「ゆーたいりだつってやつかな?」

春香「よく知ってるね、やよい」

雪歩「亜美ちゃんが心配すぎて、魂が探しに行っちゃったんだね」

真「よかったね、見つかって」

真美「うん。ちなみに、誘拐しちゃったのは、子供を亡くしてちょっとおかしくなっちゃった人だったらしいけど。

まあ、あんまり関係ないよね」
千早「……たとえどんな事情があったって、許されることではないわ」

亜美「まあまあ、千早お姉ちゃん。亜美は無事だったのだから、そう怖い顔をしないでくれたまえ」

千早「……そうね。真美がみつけてくれて、よかったわね、亜美」

亜美「うんうん。真美のお陰だよ」

真美「ま、真美は自分で意識してやったわけじゃないからよくわからないけどね!」

貴音「姉妹の情愛は、道理をも超越して結ばれ合っているということなのでしょう」

美希「貴音が真面目な顔で小難しいこと言えてるってことは、今回はあんまり怖くなかった?」

貴音「愛しい者の居場所を夢で知る。相手もまた、その姿を見る。恐ろしい事どころか、素敵な話ではありませんか」

律子「そうね。でも、シンプルだけど不思議な話よね。さて、双子の誘拐話が終わって、これで残るは一人ってことになったわ」

亜美「おー、最後、いっちゃおー!」
律子「さて、とうとう最後になってしまいました。トリはこの人に飾ってもらいましょう。皆さんお待ちかね、三浦あずさです!」


   ……はぁい


千早「あの、あずささん。大丈夫ですか?」


   ……なんのことかしらぁ?


千早「いえ、これまでほとんど話されていなかったようなので」

春香「……あ。そういえば、あずささん、静かだったよね」



   大丈夫よぅ?
   みんなのお話を楽しく聞かせてもらってたわぁ
真美「?……ねえ、今日のあずさお姉ちゃん、なんだか間延びしてない」

亜美「まあ、でも、そこはあずさお姉ちゃんだし」


   ……ふふ


貴音「……」

響「貴音、どうしたー? なんか怒ったような顔して」

貴音「いえ……。しかし、あれは、本当に……。ならば、なぜ、これまで気づかずに……」

伊織「本当にどうしたのよ」

律子「はいはい。無駄話しないの。ここは事務所じゃないんだからね。それで、あずささんのお話なんですけど」


   はぁい


律子「最後と言うことで、あらかじめ聞いておきたいんですが、どんなお話なんですか?」


   みなさんはドッペルゲンガーって知ってますかぁ?
美希「知ってるの。そっくりさんだよね」

やよい「ものまねするんですか?」

伊織「そうじゃなくて、見た目が丸っきり同じ人物が別の場所に現れたりするのよ。当人が見ると、死んじゃうとも言われてるわね」

やよい「へぇ……。怖い……妖怪さんですか?」

伊織「さあ……なんなのかしら」

律子(あれ……?)

雪歩(どうしたんですか、律子さん)

律子(いえ、打ち合わせと違うような……。たしか、あずささんは友達から聞いた雪山の話をするとか言っていたはずなのに)

真(大丈夫なの、それ)

律子(まあ、怪談であれば、問題ないんだけどね)


   ……ワタシにもいるんですよ
   ドッペルゲンガーが

伊織「あずさ、まさかあんた見ちゃったの?」


   いいえぇ
   でもぉ……


やよい「でも?」


   ふふ
   そこはゆっくりとね


律子「そうですね。では、あずささん。最後の語りをどうぞお願いします」


   ……はぁい
P「ふう。なんとか無事終わりそうですね」

番組ディレクター「なに、765さん。不安だったわけ?」

P「そりゃ、プレッシャーはありますよ。うちだけで特番枠とらせてもらうなんて。まして、アイドル活動やライブの取材番組じゃないですし」

D「765さんなら慣れたもんだと思ったけどなあ。ライブとかお手の物じゃないの」

P「うちでハコまで押さえてたら、そりゃあ、慣れてますけど。局の番組は、こけたら色んな人に迷惑かけるじゃないですか。冷や汗ものですよ」

D「大丈夫、大丈夫。765さんとこは売れっ子ばっかりだから。出てくれるだけで華あるし。大変なんだよー。でっかい事務所だと」

P「そうなんですか」

D「そうそう。こっち出す代わりに新人をあっちで出せとかさ。そういうのないだけで、こっちも大助かりよ」

P「ははっ。ありがとうございます。それもこれも皆さんのおかげです」

D「そう言ってくれると嬉しいね。それよりさあ。秋月ちゃん、また売り出すつもり? 本人知ってるの?」
P「……ばれましたか。当人にはまだ内緒です」

D「怒るよー、あの子。まあ、やってくれるだろうけどね。……ん? なに」

AD「あの、すいません……。えっと……」

D「は? お前、なに言ってるの?」

AD「いえ、しかし……」

P「どうしました?」

D「いやね、こいつがさ、寝ぼけたこと言ってくるから。おたくのあずさちゃんが下に来てるとかなんとか」

P「え? いや、うちの三浦は、いま出演中ですよ……ほら」

D「だよねえ。……ったく」

AD「で、でもですね。……あ、来ました来ました」
あずさ「すいませーん。収録大丈夫でしょうか?」

P「……え?」

D「……あれ?」

あずさ「本当にすいませんでした」

P「……」

あずさ「ここに来る途中で迷ってしまって。電話しても通じないし、なんとかタクシーをつかまえて来たんですけど……」

D「……」

あずさ「あの、皆さん……?」

P「あずささん……ですよね」

あずさ「はい、もちろん。どうしたんですか、プロデューサーさん」

D「でも、あそこに……」

あずさ「……はい?」


 13.ドッペルゲンガー





               ねえぇぇぇドッペルゲンガーって知ってるうぅぅうう?





                                        おしまい
 本日の投下分も終了となり、これにて、全編終了となります。
 おつきあいありがとうございました。

 投下中は、いつ「おい、あずささんが一言も喋ってないぞ」と突っ込まれるかひやひやものでした。

 さて、明確な出典のあるお話については、それを記しておくこととします。

・鋏(貴音):木原浩勝『九十九怪談 第五夜』(角川書店)
・私はダレ?(美希):高橋葉介『学校怪談』(秋田書店)
・見えない(響)、姉(亜美):ネットにて蒐集

 改めて、お読みいただきありがとうございました。

08:12│アイマス 
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