2013年11月10日

P「メモリーズ」 律子「カスタム?」

病院の廊下にある簡易的なベンチで、文庫本の表紙をぼんやり眺めていた。
それは以前、律子が好きだと言っていた恋愛小説だった。
律子が事故にあってから読むのを中断していたから、こういう暇のできた時に続きを読もうと思っていたのだが、
それまでのストーリーを忘れてしまい、最初から読み返すのもおっくうですっかり読む気が失せてしまった。


やはり、誰かと一緒に来るべきだった。せめて話し相手の一人くらい。
ぼんやり、壁に貼られた献血やがん予防なんかのポスターに視線を移す。
それは自分を楽しませることはなく、暇つぶしになるとも思えなかった。

空中に溜息を溶かしながら今後のことに思いを巡らす。面倒なことになった。
暫くして、廊下の向こうの少し小柄な人影を認めた。律子だった。
自分がベンチから立ち上がると、彼女は少し歩調を早めた。急かしてしまったようで、少しばつが悪くなる。

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律子「すみません。遅くなりました。
  目が覚めなかった間も暇を見て来てくれていたそうで……ありがとうございます」

P「いや……俺は別に……」

律子「その……えと、あなたは」

P「Pです」

律子「Pさん。……すみません。私、本当に何も覚えて無くって……」

P「いや律子は……あ。秋月さんの方がいいかな」

律子「以前の私を呼んでいたように、どうぞ……」

P「……律子は悪くない。たまたま打ち所が悪かっただけで……
  それに、記憶障害以外には何も無かったし、ある意味運が良かった」

律子「……そうですね」

P「…………すみません。月並みなことしか言えなくて」

律子「いえ……Pさんと以前の私って、どんな関係だったんですか?」

P「律子と俺は……765プロっていう会社の同僚だったんです」
律子「765プロ……芸能プロダクションですか?すごいなぁ」

P「あなたはいつも俺の一歩、いや二歩先を行ってました……
  俺の憧れで、目標でした」

律子「へぇ……」

P「…………」

律子「そっかぁ、同僚かー……」

P「………………それに」

律子「……それに?」

P「…………恋人、だったんです」

律子「恋人……」

P「…………」

律子「……そうだったんですか……」

P「その……」
律子「…………はぁー」

P「……どうしました?」

律子「恋人のことすら思い出せないなんて……私……」

P「…………俺は何とも思ってませんから」

律子「すみません。本当に……」

P「……車出してきます。少し待っててください」

律子「はい。ありがとうございます……」


律子「はぁー……恋人かぁ」
――――


律子「あの、ここが765プロ……ですか?」

P「そう。その様子じゃ、やっぱり覚えてないみたいですね」

律子「ごめんなさい。……思ったより小さいところなんですね。
  私、すごくおっきなビルを想像してました」

P「芸能プロダクションって言っても弱小事務所ですからね……。
  どうぞ、入ってください」

律子「は、はい…………」

P「……どうしました」

律子「いえ……その、ここの人たちはみんな私を知っているんですよね」

P「……そうですね」

律子「でも、私はみんなのこと……忘れちゃってて」

P「……ちゃんと、事情は説明します。
  大丈夫、みんな優しい子ばかりですから」

律子「……わかりました」
ガチャ

パァニ パァニ


律子「わっ!」


「「「律子さん退院おめでとうございまーす!」」」


亜美「りっちゃんおかえりー!」

真美「待ってたよーりっちゃん!」

P「うわ、すごいなこれ……みんなで飾り付けたのか?」

小鳥「ええ。……みんなでお祝いしようって、伊織ちゃんが」

伊織「わわ私は別に!」

P「はは、伊織は優しいなぁ」

亜美「ツンデレラガールだね!」

伊織「だから違うってばー!」
律子「…………」

真美「……りっちゃんどうちたの?元気ないね?
  もしかして、あんまり嬉しくなかった?」

律子「あっ、いや、そういうことじゃなくて……」

P「…………みんなに言わなきゃならないことがあるんだ」

小鳥「……深刻な話ですか?」

P「多少……」
――――

伊織「記憶喪失……」

P「そう。治るまで休職扱いでもよかったんだけど、
  仕事してたほうが思い出す機会も増えるんじゃないかって……
  医者が言ってたらしい……ですよね?」

律子「あ、はい……あんまり本格的に業務に参加はできないですけど」

P「治るまではリハビリ的な側面も込みで仕事してもらう。
  人手も足りないし……」

伊織「それが最たる理由じゃないの」

P「まぁ」

律子「……改めまして、みなさん。よろしくお願いします」ペコリ

亜美「なんか変なカンジ……」

P「律子にとって、みんなは初対面だし。
  一人一人、自己紹介してもらうか」

小鳥「あー、そうですね。じゃあ、順番に……」

亜美「じゃじゃじゃじゃー!亜美からー!」

ワイノワイノ
――――



静かな昼下がりだった。アイドルは各々レッスンや仕事へ、小鳥さんは備品の買い出し。
事務所には自分と律子しかいなかった。

書類の最後の行を打ち終わり、画面上に表示されている「印刷」のボタンを押しかけて、手を止める。
コピー用紙が無かった。小鳥さんが帰ってくるまで、印刷は出来ない。
手元のマグカップを口に運ぶが、舌に落ちたのはわずかな水滴だけだった。からっぽだ。

小さく溜息をついて、カップを持ったままデスクから立ち上がる。
ふと、向かいのデスクを見やった。真剣な表情で画面に向かう律子の細い手指は、忙しなくキーボードを叩いている。
すぐそばに置いてある、彼女のカップの中身ももう無かった。
P「律子、コーヒー入れようか?」

律子「……あ、はい。すみません。お願いします。はい」

P「うん……ミルクと砂糖は?」

律子「一つずつ、お願いします」

P「はいはい……」ガチャ


P「…………」コポコポ
律子が職場に復帰してからもう二週間が経っている。相変わらず、思い出せないまま。
彼女は事務仕事は粗方覚え、以前と同じくらい優秀な事務員として書類仕事のほとんどを請け負っている。
その一方で、アイドル達とはまだ打ち解けられていない。
律子もアイドル達も、お互いにお互いの距離をはかりかねているみたいで、
何となくギクシャクしている。


……もし、このまま記憶が戻らないとしたら、どうだろう。
多分、それはそれで上手くやっていくんだろうな。寂しい隔たりはあるだろうけど。

想像してみるが、イメージは霞んでいた。


ガチャ

律子「プロデューサー、さん」

P「律子。……どうした?」

律子「あの、お聞きしたいんですけど、
  私達って、その……付き合ってたんですよね?」

P「…………そうだけど」

律子「その、お願いがあるんですけど」

律子「で、デートしませんか?」
――――

律子「すみません、急にデートだなんて。それに車まで出してもらっちゃって……
  迷惑じゃありませんでした?」

P「いや、全然」


以前にデートで行ったことのある場所にもう一度行けば、何か思い出せるかもしれない。
というのが律子の考えだった。なるほど、頭のキレは変わっていなかった。
律子の提案を呑んで、週末に暇のあるときはなるべく律子を連れ出す、と約束した。
約束してから第一回目の日曜日。今日はアミューズメントパークへ出掛ける。

正直、自分はこの提案に少なからず驚いた。
事故から一か月半、律子は思い出すことにそれほど積極的ではなかったから。

時間が経てばいずれ、と律子だけでなく、自分も、そして事務所のみんなも楽観的に考えていた。
だけど、一か月以上経った今も、まだ記憶が戻らないままで、少し焦り始めているのかもしれない。

自分が同じ状況に置かれたらどう思うだろう。
それは想像しがたく、まったく得体の知れないものだった。
――――

P「飲み物……ココアで良かったか?」スッ

律子「ええ……ありがとうございます」

P「ふー……」

律子「隣、座ったらいかがです?」

P「あー、うん……そうだな」

律子「今日、純粋に楽しかったです。ありがとうございました」

P「思い出すことは?」

律子「……何も」

P「そっか、来週は別のところだな」

律子「そうですね……」

P「…………あそこのステージ、見えるか?」

律子「はい。見えます」
P「7月頃だったかな、あそこで真がイベントをしてさ……
  大盛り上がりではなかったけど、それなりに楽しくやってな。スタッフの人たちも――」

律子「へぇ……」

P「……それで衣装が水浸しになっちゃって、
  俺、律子にこっぴどく叱られたんだ」

律子「私、事務所の先輩にお説教を……」

P「いや、入社は律子の方が早かったしな。
  ……思えば、俺と律子って上下意識が薄かったな」

律子「そうなんですか……」

P「…………寒くなってきたし、帰るか」

律子「……はい」
――――

週末に休みができるたび、自分は律子を連れて出かけた。
あちこちのテーマパーク、デパート、商店街、レストラン、水族館……。


律子「水族館のイルカって、人に慣れてるんですね。
  私、びっくりしちゃった」

P「そうだな。ここのイルカショーに響がゲスト出演した時は――」

律子「あははっ。それおっかしー」

P「それで響もむきになっちゃってさ――」

律子「あの子、そういうところありますよね」

P「そうそう……あ、そろそろご飯にするか」

律子「そうですね。わっと……人が、多いですね」

P「本当だ。はぐれるなよ?」
律子「…………」スッ

P「……律子?」

律子「手、繋いだら良いと思って……」

P「…………」

律子「それにもともと恋人同士、なんだし、
  その……気にすること無いんじゃないですか?」

P「…………」ギュ

律子「……じゃ、行きましょうか」

P「あ、ああ……」
――――


何回も連れまわし、遊んで、そして思い出話を聴かせた。
その話を聴いて、律子は笑ったり、同調したり。

  「ここの商店街で千早がロケを――」

  「やよいの初舞台はデパートの屋上で――」

  「伊織がレストランで思わぬハプニングを――」


色んな表情を見た。前よりもずっと色んな表情を。

屈託なく笑う律子に笑い返そうとしたところで、
ふと、彼女の目を直視できなくなっていることに気付いた。
急に黙り込んだ自分に、訝しげな目を向ける律子。
慌てて、話題の転換をはかる。


P「……今日はどうだった?」

律子「すみません。やっぱり、何も……でも楽しかったです」

P「そうか……」

律子「Pさんの手、冷たいですね。冷え症ですか?」

P「なのかな?」
律子「暖めますよ」ギュウ

P「…………」


一度手を繋いだことをきっかけに、二人で出かけるときはいつも手を繋ぐようになった。
以前の自分なら、飛び上がって喜ぶことだったが、今は素直に喜べなかった。
むしろ、今の律子と関係が深まり、より親しくなるほど憂わしい気分になる。
自分のそういう気分を律子は敏感に察知し、優しげな目で慰めてくれる。
それがまた、自分の後ろめたい部分をチクチクと刺激した。









――――

律子「お先に失礼します。戸締り、よろしくお願いしますね」

P「あいよ……気を付けて」


ガチャ バタン


P「ふぅー……」カタカタ

P「…………」ギッ

P「はぁ…………」


カッチカッチカッチカッチ……


P「もう、止めにするか……いい加減、捗らないし」
P「家帰るの、面倒だな……」

P「泊まってこ……」

P「くぁ…………」ボフッ

P「………………」


カッチカッチカッチカッチ……


P「…………」

P「全然眠れんっ」ガバッ
P「何か無いかな……牛乳とかあればあっためて……」ガチャッ

P「…………」

P「…………ん、これは、酒か」

P「小鳥さんだな、まったくしょうがない人だ」

P「……寝酒にしよ……後で同じの買っておけば大丈夫かな」

P「よいしょっと……」トン


P「…………」コポコポ

P「小鳥さんごめんなさい。ちゃんと同じのを買っておくので……」

P「いただきます……」ゴクゴク

P「……ん、うまい。もう一杯……」コポコポ

P「…………こういうのどこで見つけてくるんだろうな」ゴクゴク
――――


酒瓶「カラッポ」


P「うぷ……いくらなんでも飲み過ぎた」

P「空腹でがぶ飲みはまずかったかもしれない……」

P「頭ぐらぐらする……きもちわり……」フラフラ

P「トイレ……うわっ」ヨロッガクッ

P「うっ、え"っ……え"っ……あ"、……げえっ」
液状の吐瀉物が床にじわじわと広がっていく。
舌先から胃の奥まで気味の悪い吐き気が充満していて、頭ががりがり痛んだ。
一度立ち上がろうと、足に力を入れる。瞬間、床を滑り、バランスを崩した。
己の吐き出した吐瀉物の海に、顔面からダイブした。

最悪だった。

どうしようもない憤りは妙な脱力感に変わり、立ち上がる意志はまったく消えてしまった。
顔中を反吐まみれにしながら、ぼんやり、時計の音と自分の呼吸音とを交互に聴いていた。
いっそ、このまま眠ってしまおうか。と馬鹿な考えがよぎったが、
事務所で社員がゲロまみれで倒れていたら、大騒ぎになることは必至だろう。
それは避けたい。

ひどい貧血を起こした時のように、
全身が内側から甘ったるい冷気に撫でられたような感覚。
誰か呼ぼう。

携帯を取り、手探りで発信履歴の一番最初の番号に電話をかける。
P「もしもし……」

律子『…………もしもし、どうしたんですか?』

P「律子か…………わるい……今から、事務所……戻って来れるか?」

律子『……何かあったんですか?すごい声ですよ』

P「具合悪くして……」

律子『…………分かりました。少し待っててください』
通話が途切れ、再び、無音になる。
携帯を持った腕を床に投げ出し、細く長い溜息を吐いてからゆっくりと目を瞑る。
吐き気と頭痛は相変わらず、目も少し痛んでいるかもしれない。
呼吸をするたび、胃液と酒の強烈な臭いが自分を刺激した。
それによって再度こみあげたものを、床に吐き出した。

胃が軽くなり、ようやく吐き気と頭痛が和らぐと、
次第にとろとろと眠気が襲ってくる。吐瀉物を枕にしながら。

このまま寝てたら、死んだと思われるかな。

不意に、扉が開く音とビニールの擦れる音が事務所に飛び込んできた。
律子「プロデューサー!うわっ、だ、大丈夫ですか!?」

P「り、律子……」

律子「こ、これっ!一体……!きゅ、救急車を!」

P「律子……の、飲み過ぎて倒れただけだから……呼ばなくて、大丈夫」

律子「えっ、の、飲み過ぎ?」

P「……起こしてくれないか。足に力が入らないんだ」

律子「あ、は、はい……」ギュ

P「悪かった……帰っている所」ドサ

律子「いえ、気にしないでください……
  第一、あなたをそのままにしてたら大騒ぎになってましたよ」

P「そうだよな……」

律子「タオル、濡らして持ってきます……」
――――

律子「はい、あっちこっち汚れてるから、シャワー浴びたほうが良いですよ」

P「……うん」ゴシゴシ

律子「私、その間、片付けておきますから」

P「……本当にごめん」

律子「良いですって。それに、恋人なんだから、ね……?」

P「…………本当にごめん」

律子「だから、良いって……プロデューサー?」

P「……うぐ……ごめん……」

律子「…………」
恋人、という響きが酒でぐらぐらになった頭を突く。
何か、せき止められていたものが、支えを失って流れ始める。

罪の意識と身を焼く思いとがぐちゃぐちゃに混ざって、
涙と嗚咽とひしめきになった。

そのまま、潰れそうだった。背中を丸めて、自分の身体を抱える。

ふと、身体を撫でる感触に気付いて、顔をあげる。
律子の目が俺を射抜いている。彼女の手が俺の背中を撫でていた。
思わず目を逸らし、また肩を震わせる。

少し間を置いて、律子に抱き寄せられた。
吐瀉物の付いた髪がスーツに押し付けられるのも構わずに、律子は俺を胸に抱いた。
格好だけは抵抗する素振りを見せる。それを見透かしたように、律子はさらに強く抱きしめてくれた。
律子「どうしたんですか?急に、泣きだして……」

P「嘘だったんだ……」

律子「……何がですか?」

P「全部……俺とお前は、恋人なんかじゃなかった……」

律子「…………」

P「下らない嘘だった……許してくれ……」

律子「…………下らなくないです」

P「でも……」

律子「以前、私とあなたがどうあったか、それはさておき……」

律子「私、あなたのことが好きですよ」
P「でも、お前は……」

律子「全部忘れてますよ。あなたのことも私のことも」

律子「それでも……あなたのこと好きだもの」

P「…………」

律子「……ああ、あなたは今の私じゃなく、前の私が好きなんですよね」

P「…………」

律子「だからって……今の私を、何にも知らない私を、
  前の私の代替品にして、慰み者にして……」

P「り、律子、俺は……」

律子「ばか!」

P「…………」

律子「……ぐすっ……早くシャワー、浴びてきてください……」

P「……分かった」

律子「…………すんっ、ごめんなさい。怒鳴っちゃって」
シャワーを浴び終わり、戻ると、床の吐瀉物は面影も残さず綺麗に片付けられていた。
律子の姿は無く、代わりに自分のデスクにコンビニ袋と、メモが置いてあった。

『終電逃すとまずいので、失礼します。あんまり、無理しちゃ駄目ですよ』

コンビニ袋の中身はポカリと、冷えピタだった。
冷えピタを額に貼り、ポカリをゆっくり飲んだ。頭痛も吐き気も波が引くように消えていった。
今度はゆっくり眠れそうだった。身体をソファーに横たえる。
気分はひどく沈んでいた。
――――

ガチャ

律子「あ、おはよう、ございます……」

P「おはよう……その、昨日はありがとう」

律子「いえ……そんな」

P「…………」

律子「……コーヒー、淹れてきます」

P「うん……ありがとう」

小鳥「プロデューサーさん……律子さんと何かあったんですか?」コソ

P「えっと……まぁ、はい……」

小鳥「それは、喜ばしい?」

P「いいや……」

小鳥「……気を落とさないでください」

P「お気遣い、ありがとうございます」


律子「…………ふぅー、かなり熱いですよ。気を付けてください」

P「ありがとう……ふーふー」

律子「しばらく置いておいた方が良いですよ。猫舌なんだから……」

P「そうだな……」コト

律子「…………」

P「…………ふぅー」

小鳥(あたしが口出すことでもないか……)
――――

亜美「兄ちゃん。はやくぅー!」グイグイ

真美「お腹へったー!」グイグイ

春香「プロデューサーさん、準備大丈夫です?」

P「ああ、大丈夫。財布持った、携帯も……よし、行くか」

律子「あ、プロデューサー。お昼、一緒に食べませんか」

P「一緒に?あ、ああ、良いけど……」

律子「あ、そうじゃなくて、二人で」

P「えっ、とー……」

亜美「兄ちゃん、約束破るのかー!」

真美「責任取れー!」

春香「国民の生活を守れー!」

律子「あー、まずかったですか……?」
P「……一万やる。好きなもの食ってこい」

春香「よしっ、じゃあ、行こうか!」

真美「行ってくるね!」

亜美「兄ちゃん気前良いなー!」

バタバタ

P「お釣り、返せよー?」

律子「ごめんなさい、無理言って……」

P「いや全然…………行こう」

律子「……はい」
――――

律子「……ふぅ、お腹いっぱい、幸せいっぱい」

P「…………」

律子「……さて」

P「話したいこと、何だよ」

律子「……昨日のこと、ですけど。本当なんですよね?」

P「本当に嘘だよ」

律子「ふふ、妙な言い回しですね」

P「……俺と律子はただの同僚だよ」

律子「…………」

P「騙して、悪かった」
少し、離脱します。今日中に投下終わる予定です。
あと、メモリーズ・カスタムはいい曲ですわ。
律子「うすうす、気づいてはいましたよ」

P「え……嘘?」

律子「……私とあなたが二人で映ってる写真、ありませんし」

P「ああ……」

律子「それに、今まで連れて行ってくれたところって、
  以前に仕事で行ったところらしいじゃないですか」

P「……そうだよ」

律子「……もうちょっと、ばれない工夫とかしたらよかったのに」

P「思いつかなかったんだ」

律子「馬鹿みたい」

P「馬鹿だよ、俺」
律子「……ねぇ、今度の休み、デートしましょうよ」

P「引き続きか」

律子「そうじゃなくって、本当にデート。行ったことない場所に連れてって」

P「…………」

律子「行きたいの」

P「分かった……」

律子「私、海とか行きたいな。季節外れでも良いから」

P「それなら、車で行くか」

律子「ドライブデート……いいですね」

P「……と、そろそろ出るか」

律子「……はい」
――――


律子「〜♪ 〜♪」カタカタ

小鳥「律子さん機嫌いいですね。仲直りできたんですか?」コソ

P「仲直り……そうですね」

小鳥「良かった良かった。二人の連携が崩れると、私の仕事が増えちゃうんで……」

律子「小鳥さ〜ん。これらのコピー、十部ずつお願いします。
  あと書類のチェック、早めにお願いしますね〜」

P「……頑張ってください」

小鳥「がっでむ!」
P「じゃあ、俺、レッスン見て回って、備品の買い出しと送り迎えを……」

律子「はい、行ってらっしゃい」

小鳥「いってらっしゃ〜い」


バタン


小鳥(律子さんの分の仕事も事故の後からずっと続けてるけど、
  竜宮と他9人分の面倒見るって正直プロデューサーさんすごいわ……)

小鳥(さては完璧超人か……)

律子「…………」カタカタ

小鳥(…………このまま、律子さんの記憶が戻らなかったとして)

小鳥(律子さんはプロデューサーに復帰して働けるのかな?)

律子「小鳥さ〜ん、コピーできました?」

小鳥「あっ、はい。今持っていきます」

――――

律子「これで最後ですね、十五部お願いします」

小鳥「はいはい……」

ガチャッ
ピーッピーッ


小鳥「あれっ?」

律子「……故障ですか?」

小鳥「いえ……あ、紙が無いみたいです」

律子「じゃあ、プロデューサーに電話して、ついでに買ってきてもらうよう……」

小鳥「近くにコンビニあるので、私が買ってきますよ」

律子「あ。そうですか……すみません」

小鳥「いえいえ……じゃ、行ってきます」

律子「はぁーい」
――――

素敵な昼下がりだった。外の木々の葉の色も緑色が濃くなってきて、開け放した窓から吹く風は初夏の香りがした。
空は雲一つなくて、仕事も一段落ついたし、こういう時は何も考えずぼんやりするのが良い。

マグカップに手を伸ばす。と、手がペン立てに当たって、床に落としてしまった。
色とりどりのペンが床に散乱した。
いつもだったら大きく溜息でもついて、苛立ちながら片付けたろう。
しかし、気分のいい日だ。片づけすら楽しくこなせる気がした。

律子「…………あ、このペン」


まぬけ面をしたクマのストラップの付いた、シャープペンを拾い上げる。
律子「懐かしいな……熊本に行ったときの」

熊本に行ったときの、お土産だ。

律子「…………」

いつだったか、確か……去年。プロデューサーが。

律子「プロデューサーが……私に……」




律子「……うわあああああー!!」
慌てて、携帯を取り出し、コールする。


律子「もしもしっ!プロデューサー!」

律子「思い出しました!思い出したんです!」

律子「全部です!思い出しました!」

律子「秋月律子です!6月23日生まれ。趣味、恋愛小説集め!」


P「…………」ピッ

亜美「兄ちゃん、誰だったの?
  すごい嬉しそうにしてたけど」

P「律子だ。……記憶が戻ったって」

春香「ええっ!そ、それ本当ですか!?」

P「あいつが嘘つくはずないだろ!やったー!」

亜美「ばんざーい!」

春香「ばんざーい!」

P「今日はさっさと切り上げて早く事務所に戻ろう!」

春香「了解ですっ!」








――――
――――


高木「えー、本日はめでたいことが二つ……」

高木「まず、誕生日おめでとう律子君」

高木「そして、おかえり!」

律子「ありがとうございまぁす!」

高木「今日は無礼講だ!そしておごりだ!遠慮なく飲み食いしてくれたまえ!」

高木「では、乾杯!」


「「「かんぱーい!!」」」


  ワイノワイノ


亜美「りっちゃーん!本当にりっちゃん?」

真美「りっちゃん、真美たちのこと思い出してる?」

律子「当たり前!」

亜美「じゃじゃじゃじゃあ!」

真美「ぬんっ!」パパパパ


律子「髪、解いて……ああ、懐かしいな」


「「どっちが亜美でどっちが真美でしょー!」」


律子「んっふっふ。こっちが真美でこっちが亜美!」

「「すげぇ!さすがりっちゃん!」」

律子「私を騙すにはまだまだ修行が必要よ」グビグビ
あずさ「律子さん、お酒に慣れてないんだから、飲みすぎちゃ駄目ですよー?」

律子「ええ、ええ、分かってます……分かってますとも」グイ

あずさ「本当に大丈夫なんですか?」

律子「今日は無礼講ですから。あ、もう一本お願いします」

あずさ「……そうですね!私も、もう一本!」







――――

律子「いや……本当申し訳ないです。うぷ」

P「いやいや。気にするなよ」

律子「羽目を外しすぎました……」

P「……背中に吐くなよ?」

律子「大丈夫です。多分」

P「…………良かったなぁ。記憶戻って」

律子「本当。どうなるかと思った」

P「…………」
律子「それにしても、プロデューサー殿。
  大層な嘘をつきやがりましたね」

P「……もう、言わないでくれよ。忘れろ」

律子「ずーっと、覚えてますよ。ずーっと……」

P「…………」

律子「ふふっ、訊きたかったんです。何で、あんな嘘ついたのかなって……
  気になっててさぁ〜……」

P「…………特に理由なんて無かったんだ」

律子「嘘」

P「勢いで言っちゃったんだ。それで……後に引けなくなった」

律子「どうせ、私、なんにも覚えてなかったんだから、
  開き直れば良かったのよ」

P「それくらいできる根性は持ち合わせてないんだ」

律子「中途半端だから変に悩んで、その挙句泥酔してぶっ倒れるんです」

P「言わないでくれよ」
律子「ねぇ……私のこと好きでなきゃ、あんな嘘つけませんよね?」

P「…………」

律子「……どうなんですか?」

P「と、とっぷしぃくれっとだ」

律子「意気地なし。見えてるババ抜きもできないの?」

P「……ごめん」

律子「いいわよ。その代り今度のデート、海は期待してるからね」

P「あ、行くのか」

律子「当たり前。約束は約束。私は私」

P「…………」
律子「プロデューサー」

P「……何だよ」

律子「ありがとね」

P「…………なぁ、律子……俺さ」

律子「…………くー……くー……」

P「……しょうがない奴」



おわりつこ
展開が急だとか読みにくいとか、あると思いますが、これにて完結
タイトルはスピッツの楽曲、メモリーズ・カスタムから

お疲れ様でした

13:22│秋月律子 
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