2013年11月10日
真美「進めっ、インフェルノスターズ!」
響「どれどれ……」
メールを読んでいく。作曲家さんのメッセージがあった。
メールを読んでいく。作曲家さんのメッセージがあった。
実は、生っすかのステージを見るまで、新曲作りは全く進んでいませんでした。
僕には、インフェルノスターズに似合う曲が書けそうになかったのです。
か弱い、というイメージ。その中に真美ちゃんがいるギャップ。
響「……うん」
でも、イメージに合うかわからないという不安は、上手く消えました。
『We just started』を歌った彼女らを見て、僕は「根底にある情熱」を感じたのです。
だから、この曲を歌って欲しい。強く、そう思います。
響「……」
音楽ファイルを、タップする。「保存しますか?」のダイアログ。
早く聞きたい。
保存が終わった。「アプリケーションを選択」。
どれでもいいから、早く聞かせてよ。
メールには、歌詞のファイルも添付されている。
ファイル名は、曲名じゃない。
音楽が再生される。
メールに戻って、歌詞を開いた。
響「…………『今 スタート!』か」
爽やかな曲調。前向きな歌詞。
作詞と作曲を同時にこなす作曲家さんだから作れる、互いに支えあう楽曲。
不安な気持ちを、強いメロディが支える。
消えそうな旋律を、真っ直ぐな歌詞が支える。
響「……すごい」
聞き終わって、早くみんなの声で聞いてみたい、と思った。
千早の力強い声で。雪歩の優しい声で。真美の元気をくれる声で。
響「本当に、こんな素敵な曲がカップリングで、いいのかな」
カップリングということは、シングルCDの2曲目。
表題曲と違って、ほとんどテレビ番組で流れることはない。
ライブでは出来るだろうけど。CDを1枚しか出さずに、単独ライブは出来ないだろう。
響「……最初は、2曲だけのCDなんて売れない、って思ってたけど」
エルダーレコードのプロデューサー、作曲家さんとの三者面談で言われた。
カップリング曲は1曲だけ。
……不安だったけど、こんなにクオリティの高い曲なら、大丈夫だ。
あのライブから、もう3日。
CDの発売まで、3週間もない。
響「…………そうだ、千早に連絡しないと」
どんなに遅い時間でもいいから、新曲が届いたら私に真っ先に連絡して欲しい。
千早には、そう言われている。
つけていたイヤホンを外して、タブレットをテーブルに置いた時、気づいた。
『Song on the wave、次回のゲストは、アーティスト――』
響「あっ!」
番組が終わっている。
響「し、しまった……」
新曲にすっかり気を取られていた。
ま、まあ録画してあるから大丈夫だな。自分、完璧だから。
響「……と、とりあえず千早に」
千早に「新曲が届いたよ」とメールをする。
同時にパソコンを立ち上げて、空のCD-ROMを取り出した。
響「あと、CDに入れて持って行くぞ」
やる気が湧いてきた。
……まあ、『Song on the wave』の録画が失敗したことに気づいて、やる気はちょっとしぼんじゃうんだけどね。
翌朝、事務所。
木曜日は春香がラジオの収録で朝は事務所にやって来ない。
……自分は朝から新曲を何度も聞いて、テンションは最高潮だった。
響「はいさーい!」
P「おはよ、響」
真「おはよー!」
響「あれっ、みんなは?」
P「竜宮小町はもう出かけたな。春香は『春場所』の収録で、他はまだ来てない」
真「響、早いね……。プロデューサーになってから、いつもこの時間なの?」
……8時20分。
アイドル時代は、10時ぐらいに事務所に来て……その後仕事、それがいつものことだった。
響「いや……今日は、なんとなく早く来ちゃったんだよね」
……プロデューサーになってからは、9時に変わっただけ。……うん、遅いよね。
律子やプロデューサーはもっと早く来ているだろうし。
P「小鳥さんも、そろそろ来るだろうな」
響「ぴよ子って、いつも早く来てなかったっけ?」
P「……昨日、飲んだんだ」
響「へ!?」
P「『Song on the wave』を見ながら、音無さんの家で」
真「い、家で!?」
男女が家で夜にお酒を飲む……って、まさか!
P「……音無さん、すごい飲んでな……。寝ちゃったから、俺は家を抜けだして、終電で帰った」
響「た、大変だったな……」
真「そ、そうだったんですか……」
響「ねえ、プロデューサー。昨日の放送、録画してる?」
P「ああ……俺の家でも、音無さんの家でも……ついでに、事務所のレコーダーでも」
響「事務所のも? ……見てもいいかな」
P「ん、いいけど…………響、『Song on the wave』見るーって言ってたろ」
響「実は、フェルノスの新曲が放送中に届いて……途中から見てないんだ」
真「新曲?」
響「うん、シングルのカップリングで……」
真「ボク、聞いてみたいな! 響、その曲ってどこにあるの?」
響「え? あぁ……このCDに入ってるぞ!」
CD-ROMをバッグから取り出して、真に渡した。
真「『今 スタート!』……っていうの?」
P「おっ、フェルノスの新曲かー。俺も聞いていいかな」
響「もちろん!」
プロデューサーと真に歌詞を印刷した紙を渡した。
真がデッキにCDをセットして、再生ボタンを押す。
流れだす、かっこいいギターの音色。
P「ギターか……」
真「かっこいいね……」
そして、すぐに音楽の雰囲気がガラッと変わる。
弱く、優しい旋律。
P「…………」
真「……」
響「…………」
な、なんかちょっと照れるな。
自分が作ったわけでもないのに、なんでだろ。
最後は、最初と同じギターの音が入って、アコースティックな音へと変わっていく。
綺麗なフェードアウト。
真「…………いい曲だね」
真はうっとりと歌詞を見つめている。
P「ああ、すごいいい曲だな……これがカップリング曲なんて、すごいな、フェルノスは」
響「フェアリーだって、『We just started』があるじゃないか」
P「あれはライブで盛り上がるよな。……てか、『今 スタート!』って……曲名」
響「ん?」
真「――ああっ! 意味、似てます!」
We just started。
私達は、まだ始まったばかりだ。
……今 スタート。
響「……確かに」
メールに書いてあった、作曲家さんのメッセージを思い出す。
「We just started」を歌う姿を見て思い付いた……。ということは。
曲名が似ているのも分かる。
真「フェルノスとフェアリーが同じステージに立った時、2つの曲を歌ってるのを見てみたいよ」
P「……俺も、そう思う」
響「…………出来たら、かっこいいな」
2人のおかげで、『今 スタート!』の新たな一面に気づいた。
その後、プロデューサーが「じゃあ『Song on the wave』を最後まで見てもらおうかな」と言ったので、
真と一緒に見ることにした。
真「ボク、もう1回見たくなったよ! それぐらいカッコ良かった!」
『KisS』が終わる。
真「セクシーでかっこいいなんて、反則だよねぇ」
響「そうだな……すごいや」
司会者は2人の個人的な話を聞き始めた。
司会者『星井さん、四条さんがそれぞれアイドルを続ける動力源となるものは、なんですか?』
響「…………」
動力源。美希は”ハニー”だろう。貴音は……なんだろ。”くに”の人たちかな。
美希『うーん、のんびりすることかなぁ』
司会者『のんびりすること、ですか?』
美希『うん。ミキ、のんびりすることが好きなの。アイドルをやってる時は、キラキラ出来るよね』
司会者『はい』
美希『でも、キラキラと同じぐらい、のんびりすることが好きで、それが幸せでもあるんだ』
貴音『ふふっ』
美希『ミキの尊敬するカモ先生は、ミキにいろーんなことを教えてくれるの』
司会者『カモ先生?』
美希『うん、カモ先生みたいにのんびり出来たらいいなぁ、って考えるんだ』
司会者『のんびりすることが動力源なんですか?』
美希『ううん、違うよ。アイドルとしてキラキラして、サイコーってカンジの夜にのんびりするのが、ミキは大好きなの』
司会者『なるほど、キラキラしてのんびりしたい、という思いでアイドル活動をしているんですね』
美希『うーん……まあ、そうなのかな』
真が隣で苦笑いしている。
”ハニー”のことを言わないだけ、美希もプロデューサーのことを大切にしているんだろうな。
司会者『続いて、四条さんに伺ってもいいですか?』
貴音『はい。ずばり……らぁめんです』
貴音はすごいなぁ。
『Song on the wave』でラーメンのことを話せるなんて。
まぁ、貴音だから出来ることだろうな。
真「……貴音、すごいよね」
響「貴音じゃなきゃ、この番組でラーメンのことを話せないんじゃないか?」
真「ははっ、それもそうだね」
貴音『らぁめんが、わたくしがアイドルを続ける動力源といるのです』
司会者『四条さんは、ブーブーエスの番組でラーメンを食べるコーナーを担当されているんですよね?』
貴音『はい。らぁめん、それは現代の食が生み出した究極の……』
その後、貴音のラーメン話は2、3分続いた。
司会者が「では、2曲目を披露して頂きます」と言っても、まだ話し足りないようだった。
司会者『本日は本当にありがとうございました』
美希『ありがとうなの!』
貴音『ありがとうございました』
司会者『それでは、765プロ移籍後第1弾のシングル曲です。プロジェクト・フェアリーで』
美希が突然、曲名を言った。
美希『きゅんっ! ヴァンパイアガール! なのっ』
司会者『……どうぞ!』
司会者も上手く美希に繋げる。
映像が切り替わって、2人の衣装も変わった。マイディアヴァンパイアだ。
ヴァンパイアガールのイントロが流れだし、ダンスが映る。
真「恋しちゃったのよっ♪」
真が口ずさむ。この曲は歌いたくなるような、楽しい曲だよね。
美希『青白い肌、赤い唇♪』
貴音『ヴァンパイアガール♪』
美希・貴音『きゅんっ!』
1番のサビが終わると――突然、映像が切り替わった。
響『銀の、弾丸込めたピストルで♪』
……自分が歌っている。ソロで。
響「え、ええっ!?」
真「響はここも見てなかったんだね」
響「ど、どういうことさ!」
真「響がアイドルのころ、深夜の音楽番組で、ソロでヴァンパイアガールを歌ったでしょ?」
響「……あー、うん」
ランキングTVっていう、曲のランキングとゲストライブを流す深夜番組。
単独でゲストライブに出て、マイディアヴァンパイアを着てヴァンパイアガールを歌ったことがある。
響『ハッピーエンドにして〜♪』
また映像が切り替わる。
自分の映像が右半分、美希と貴音の映像が左半分に映った。
美希・貴音・響『しゃーなりしゃなりおじょうさま♪』
この瞬間――フェアリーは、3人だった。
響「す、すごい……」
真「ボク、これを見てすっごく嬉しくなったんだ!」
響「か、感動だぞ……」
ちょっと涙が出てきた。
一瞬、自分の病気が治ったような気がして。
真「ひ、響!? どうしたのさ!」
響「ご、ごめん……」
真「と、とりあえずハンカチ使って!」
真から借りたハンカチで、目元を拭う。
貴音『ルビーの瞳♪』
響『濡れたまつげの♪』
美希『ヴァンパイアガール♪』
美希・貴音・響『きゅんっ!』
スタッフロールが流れ、次回のゲストの予告が始まった。
響「……すごかった」
P「見終わったか?」
響「プロデューサー! 一言いってよっ」
P「ははっ、悪かったよ。まあ、サプライズだ」
響「えっ……?」
P「美希がな。『Song on the wave』に出たかったのは響も同じだ、って言ってさ」
響「……」
美希は、優しいな。
自分の目標は、フェルノスをあの番組に出演させて、アイドルクラシックで優勝させることだ。
でも……自分は裏方。千早たちが出演しても、『Song on the wave』に出られることはない。
だから――美希が、叶えてくれたんだ。
フェアリーのみんなで『Song on the wave』に出る、という自分の夢を。
美希「おはよーなのー!」
響「み、美希っ」
美希「あっ、響……おはよ!」
響「おはよう……あの、美希!」
美希「ん?」
響「『Song on the wave』、本当に嬉しかった! ありがとう!」
美希「……ミキ、フェアリーの3人で……あの番組に出るの、夢だったの」
響「えっ? 自分は、夢だったけど……美希も思ってたのか?」
美希「うん。貴音もそうだよ。ミキ、2つの夢があったの」
響「2つ?」
1つが、あの番組に出ることだとすると。
美希「アイドルクラシックに3人で出て、優勝すること」
響「…………」
叶えられない。今では、とても叶えられそうにない。
美希「去年、予選から勝ち上がって……あと一歩及ばずだったの」
美希「だから、今年こそは、って思ってた」
響「…………ごめん」
美希「ちっ、違うの! 響を責めてる訳じゃないよ!」
響「……」
美希「だから……せめてもう1つは、叶えたいって思ったの」
響「……」
それが、
美希「『Song on the wave』に出ること」
響「……美希」
美希「……ミキ、やっぱりフェアリーは3人がいいの」
響「……自分、もうアイドル、出来ないぞ……」
美希「……ごめんね」
響「…………自分こそ、ごめん」
美希「ねえ、響」
響「……?」
俯いていた美希は、自分の目をまっすぐ見つめた。
美希「響の分まで、ミキも貴音も頑張る」
響「……うん」
美希「だから…………響は、フェルノスのプロデュース、頑張って」
響「…………うんっ」
美希「今は、新しい夢があるんだ」
響「新しい夢?」
美希「うん。……アイドルクラシックの決勝で、フェルノスを倒すこと」
響「……フェルノスを」
美希と貴音にお願いをした。
『フェアリーを倒したいから、活動を続けてくれ』と。
馬鹿だと思う。身勝手で、2人のことを何も考えていない、自分の馬鹿なお願いだ。
でも、2人は優しく受け入れてフェアリーとしての活動を続けてくれている。
美希「響、言ったよね。自分のプロデュースするユニットに倒されてくれ、って」
響「……うん」
美希「だから、それは美希が阻止するの!」
美希「やるからには、全力で」
響「…………」
美希「フェルノスと、戦いたい」
響「……うん」
美希「……お互い、頑張ろうね!」
響「…………うんっ!」
おもいっきり頷いた。
P「……いいユニットだよな、フェアリー」
真「そう、ですね。深い、深い絆で繋がってるような……そんな感じがします」
美希「ミキが一番ふかーく繋がってるのはハニーだよー♪」
美希がプロデューサーにぎゅっ、と抱きついた。
P「うわっ!」
真「あはは……」
響「ははっ」
がんばろう。
素敵な新曲もあるんだ。まず、アイドルクラシックの予選に向けて。
フェルノスを、導いていくんだ。
今日はここまでです。
響「自分たちの、インフェルノスターズ」の続きとなります。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363010814/
我那覇Pとフェルノス、ゆっくり書いて行きたいと思います。
お付き合いいただき、ありがとうございます。よろしくお願いします。
真美が頑張ってたことは、すごく知っているつもりだ。
多分、一番知っているのは……亜美だろうけど。
千早「……そうだ、響。ここで待っていて?」
響「ん?」
千早「みんなに伝えてくる。響が来たこと」
千早は少し早足気味に控え室を出る。
雪歩とふたりきり。……なんだか、久しぶりだ。
雪歩「……な、なんか久しぶりだね。二人きり」
響「う、うん」
同じことを思ってたみたいだ。
雪歩「そういえば、亜美ちゃんはどうなの?」
響「亜美?」
雪歩「うん。真美ちゃんが教えてくれたんだ。響ちゃんが看病してくれたって」
響「あー……そっか。亜美、もう熱も下がってるよ。多分、明後日ぐらいには復帰できそう」
いまこの場所にいるんだけど。
雪歩「良かったぁ……」
胸に手を当ててふう、と安堵する雪歩。
ふと、携帯のバイブレーション。
響「……おっ」
画面には双海亜美の文字。
残念だけど、亜美のそばにいなきゃいけないし、そろそろここを出ないとね。
響「はい、もしも――」
『――双海真美は預かった』
響「……は?」
男の声。
『返して欲しければ、今日のライブはすぐに中止しろ』
響「なっ、ちょっと!」
プツリ、と電話が切れる。
雪歩「……響ちゃん、どうしたの……?」
響「ま、真美が」
真美がどうして誘拐されるんだ。
雪歩「真美ちゃんがどうしたの?」
響「真美が、誘拐されたって……」
雪歩「……え? そ、そんなはずないよ! 今はあずささん達と一緒に、隣の部屋に居るもん」
響「で、でも」
雪歩「何かの間違いだと思うけど……」
響「ご、ごめん! ちょっと待ってて!」
走って部屋を出て、隣の部屋のドアを開ける。
少し息が切れた。
響「真美ッ!」
部屋の中では、紫色の竜宮小町の衣装を着た3人と、談笑する千早。
真美「あっ、ひびきん! はいさーい!」
伊織「あら……って、どうしたの?」
あずさ「なんだか、息が切れているけれど……」
千早「どうしたの?」
響「あ、あの……千早、自分ちょっと用事あって、だから……」
千早「……ええ、分かった。控え室には居ないってことね?」
響「そ、そう」
伊織「響?」
控え室に戻って、ソファに倒れこむ。
雪歩「響ちゃんっ、ダメだよ走っちゃ!」
響「……真美、誘拐なんてされてなかった」
雪歩「多分、何かの間違いだよ」
響「……」
携帯を取り出して、着信履歴を見る。
響「…………あれ?」
雪歩「ん?」
双海亜美。
……亜美の携帯からの電話だった。
響「…………まさか」
亜美の番号へと電話をかけてみる。電源が切れていて、繋がらない。
雪歩「ね、ねえ……どうしたの、響ちゃん」
…………冷や汗が、首の後ろをつたう。
響「……真美じゃない」
雪歩「えっ?」
響「――亜美、だ…………」
誘拐されたのは、亜美だ。
雪歩「どういうこと……亜美ちゃんが、誘拐されたの?」
響「……」
雪歩「も、もしかして響ちゃん、亜美ちゃんをここに連れてきたんじゃ」
響「…………」
雪歩「なんでそんなことしたのっ、病み上がりなんだよっ!?」
響「……ぁ」
どうしよう。
亜美が、なんで。
雪歩「響ちゃんっ!」
ハッとする。
雪歩の、普段は聞いたことのないような大声。
雪歩「私に話して」
今日のライブに、亜美を連れてきたこと。
亜美の携帯から『双海真美は預かった』と電話がかかってきたこと。
『ライブを中止しろ』と言っていること。
雪歩「……亜美ちゃんを」
響「自分、どうすれば」
雪歩「亜美ちゃん、どこに居るのかな」
響「分からない……もしかしたら、この会場から出ちゃったたかも」
雪歩「……うーん、でも亜美ちゃんが使ったトイレは、関係者しか入れない場所なんだよね」
響「そ、そうだぞ」
パスがなければ、絶対に入れない。
アイドルのライブは厳重だ。
雪歩「だったら、スタッフさんが犯人なんじゃ」
響「え……?」
今日、この竜宮小町のライブを成功させるために動いているスタッフの中に、
誘拐犯がいる……ってことか。
雪歩「だって、そうとしか考えられないよね……?」
響「確かに……」
雪歩「この間読んだ推理小説に、中から疑えって書いてあって」
響「中から疑え……?」
雪歩「うん……」
沈黙。雪歩は考え込んでいる。
スタッフが犯人なら、亜美はそう遠くには居ないはずだ。雪歩は、そう言いたいんだろう。
スタッフはこの場に居なくちゃいけない。同時に誘拐をするなら、亜美を閉じ込める場所はこの会場内だ。
静寂を打ち破るように、携帯が震えた。テーブルの上に置いてあったからか、振動が大きな音として伝わる。
響「亜美っ……!」
雪歩「え!?」
双海亜美・仕事用。今度表示されている名前と番号は、さっきのものとは違う。
必要だと言った人にだけ事務所が支給していた、仕事用の携帯。
亜美はネットを見たりしてすぐにスマホの電池を切らしてしまうからと、それを持っていた。
響「もしもしっ、亜美!」
『ひびきん!』
響「いま、どこにいるんだ!?」
『え、えっと……真っ暗で、ほとんど見えないけど……多分、何かの部屋』
響「部屋……」
雪歩と目を合わせる。雪歩はうん、と頷いた。
『亜美のスマホ、とられちゃった』
響「顔は見た?」
『うん、メガネの男の人。今は居ないみたい』
響「よし……亜美、助けに行くからな」
『ごめん、ひびきん』
響「悪いのは自分だから……!」
電話が切れた。
――雪歩がすぅ、と息を吸って。
雪歩「絶対に、亜美ちゃんを助けよう」
響「うんっ……!」
身体に響く重低音。控え室のテレビ画面には、ステージが映っている。
手を振りながら歌う、伊織、真美、あずささん。
響「……しまった!」
雪歩「えっ?」
響「誘拐犯がステージの上の真美を見ちゃったら、誘拐したのが真美じゃないって、気づいちゃうよ!」
雪歩「あっ……!」
響「急がないと!」
雪歩「ま、待って響ちゃん! 走っちゃダメ!」
響「そんなこと言ってられないだろっ!」
勢い良く控え室のドアを開けて、廊下に出る。
怪しい動きをしたスタッフがいれば、きっとそいつだ。
誘拐したはずの真美が、ステージに立っている。
だったら、”誘拐した真美”が居るはずのどこかの部屋に向かうはずだ!
響「…………っ」
雪歩「ひっ……響、ちゃん……ダメだよ……」
響「ご、ごめ……ゆき……」
肩で息をして、会場を見渡す。
『失敗恐れていたら 手に入らない♪』
周りでは忙しなく動くスタッフ達。これでは、誰が誘拐犯か分からない。
……そもそも、さっきの推理だってもしもの話だ。実際にこの中にいるとは、限らない。
雪歩「あっ」
響「え……?」
雪歩が指をさす。そこには、竜宮小町のロゴと、その下にSTAFFと書かれた緑色のTシャツを着た男が、
少し鈍い駆け足で控え室の並ぶ廊下へと向かっていた。
響「あ、あれか!」
雪歩「う、うんっ」
もし違ったら、それはすごく申し訳ないけど。
その人を追いかける。
響「……っ」
やがて男は一番奥の部屋のドアの前で立ち止まり……。
雪歩「……!」
響「……え?」
雪歩が携帯を操作している。
微かに音楽が聞こえるこの廊下で、無機質な着信音が鳴った。
――部屋の中から。
「……っ!」
雪歩「響ちゃん!」
響「――――待てえっ!」
部屋の中に亜美がいる。
雪歩は、亜美の仕事用携帯を鳴らしたんだ。
男が慌てた隙に、自分は上に覆いかぶさって……。
「はなせ、はなせっ」
響「離すもんか! 亜美を誘拐しておいて、ただじゃおかない!」
「く……っ!」
響「わっ!」
男が身体を翻す。抑えることが出来ず、尻餅をついた。そのまま上半身も倒れる。
同時に、視界が暗くなっていく。
「――雪歩!」
「千早ちゃん!」
「なんだお前らは!」
「……っ!」
ふと、手に温かい感触。頬を何度も叩かれる。
「……」
荒い呼吸を抑えられないなりに、目を少しずつあけた。
亜美「ひびきんっ!」
亜美がいる。
響「……あみ」
亜美「ひびきんっ、言ったじゃんっ!」
響「……え?」
亜美「タイチョー管理!」
響「……ああ…………そうだったね……」
亜美「そーだったねじゃないよ!」
ゆっくりと起き上がって、目の前で起きている出来事を整理する。
千早「……ふう」
雪歩「よ、よかったぁ……」
千早が男を取り押さえているのだ。華奢な身体で、千早より大柄な男を。
響「……ちは、や」
千早「どうして勝手にこんなことしたの!」
響「ごめん……」
千早「もう……」
――亜美じゃなきゃ、竜宮じゃない。
男が千早に取り押さえられたまま、亜美の質問に答えた。
亜美「だからって、亜美を真美だと思って誘拐したの……?」
「そうだよ、悪いか!」
亜美「悪いよ!」
亜美が大声を出した。
『……ック…………みんなきれ……だね…………♪』
終わる寸前、曲が聞こえる。
亜美「真美がどれだけ頑張ってたか、カケラも知らないくせに! 勝手なことしないでよ!」
「……」
亜美「真美はなんにも、悪くないっしょ!?」
こんなに怒っている亜美は、久しぶりに見た。
亜美「……風邪ひいた亜美が、一番いけないんだよ」
「……」
亜美「お願い、勝手なこと、やめて」
亜美の消えそうな声が、男の表情を渋くする。
やがて雪歩に電話で呼び出された律子と、律子の呼んだスタッフが到着し――男はどこかに、連れて行かれた。
――
『Colorful Days』が終わり、歓声と拍手が交じる。
亜美「きたああああああ! まーみーっ!」
最後列、千早と自分の間の席の亜美は立ち上がり、黄色のサイリウムをブンブンと振る。
伊織『みーんなーっ! 竜宮小町のライブに来てくれて!』
伊織・あずさ・真美『ありがとー!』
大歓声だ。桃色、紫色、黄色、緑色の光が会場中を包んでいる。
――秋月律子プロデューサーにも、敬意を払う。それが、竜宮ファンの掟らしい。
だから緑色のサイリウムが、こうして使われている。自分も、いつか。
真美『え……っと……今日は、亜美は風邪でお休みなんだ』
事前に告知していたからか、あまりどよめきはおこらない。
むしろ、真美を励ます言葉ばかりが観客席からステージへと、投げられる。
真美『あ、ありがと! その……今日は、亜美の代わりに頑張って歌って踊るから、よろしくね!』
再び、大歓声。
伊織『それじゃあ、いっくわよーっ!』
あずさ『私達の応援も、お願いしますね〜!』
亜美「あずさお姉ちゃーん! Fu!」
亜美がサイリウムのボタンを押すと、色が黄色から紫色に変わった。
うひゃー、今の時代は進んでるなぁ。
真美『にいちゃん、ねーちゃん、盛り上がってねーっ!』
そして、竜宮小町の正規メンバーでない真美に暴言が吐かれたり、ざわめきが起こることもなく。
伊織・あずさ・真美『七彩ボタンっ!』
――竜宮小町のライブは、大成功に終わった。
□
深夜の音楽番組の収録、ラジオ特番のMC。
雑誌の表紙撮影、インタビュー。
フェルノスの3人はファーストシングル『Little Match Girl』の発売に向け、仕事に熱中していた。
そして、今日はCD発売イベントの前日、最後のレッスン。
結局場所はCDショップの特設ステージから、その近くにある大きなショッピングビルの地下ステージに変わった。
通称「ウォーターステージ」。滝のように水が壁を流れていることから、そう呼ばれ親しまれている。
T「……うん、どうですか、我那覇さん?」
響「はい、すっごく良い感じです!」
真美「ほへぇ……キツいよぅ……」
T「ほらほら、真美ちゃんいつもの元気は?」
真美「出ないよー……」
T「もう、前日のレッスンなんて調整なのに、ここまで全力でやるなんて」
千早「それが……私達の、ユニットですから」
千早が息を切らしながら、笑う。
そうかもね。
真美「……ねえ、ひびきん」
響「ん?」
大の字で寝っ転がっていた真美が上半身を起こし、まっすぐ自分の瞳を見つめた。
真美「明日、『今 スタート!』を歌ってもいいかなっ」
響「……『今 スタート!』を?」
真美「……あの曲、せっかくだから歌いたいなぁって」
響「……時間なら、トークをちょっとだけ削れば大丈夫だけど……」
雪歩「真美ちゃん、珍しいね。あんまりこういう提案、しないのに」
千早「ええ……どうしたの?」
真美「な、なんでもないよ! でも、この間の竜宮ライブで、ちょっと考えが変わったかなーっていうかさ」
響「……」
真美「ちょっと、メンドくさがらなくなったかな」
響「……よし、じゃあ明日は『今 スタート!』も歌おう」
千早「ふふっ、もちろん」
雪歩「楽しみだねっ」
T「なんだか……いいなぁ、素敵ですよね。こんなユニット」
響「ありがとうございます。これが、自分たちの、インフェルノスターズなんです」
そう。みんなで楽しくアイドルをする。やるときには全力でやる。
これが、4人で作ってきたインフェルノスターズだ。
――
ライブ当日、ウォーターステージ。
ショッピングモールの裏にある楽屋に3人を入れて、担当のスタッフと打ち合わせをしに行く。
響「おはようございます!」
スタッフ「あ、あの……765プロさん」
響「はい?」
スタッフ「今日、イベントできません」
響「……はい?」
スタッフ「ダブルブッキングで、この会場は使えないんです」
響「……え?」
スタッフは困り顔だ。
この会場を抑えたのは、3週間も前だ。
それに、もうアイドルは到着している。
いまさら、どうしろっていうんだ。
響「あの、それはどういう――」
「あれれっ? 誰かいるよー、うらら」
「……ホントだ」
響「……?」
振り向く。そこには、端正な顔立ちの女の子が3人並んでいる。
まるでアイドルユニットのような――。
「……アンタ、元アイドルの我那覇響だよね?」
響「そう、だけど」
「へぇ……今は何をしているの?」
響「……アイドルユニットの、プロデューサーだよ。……ところで、キミ達は誰?」
「あれ、知らないの?」
右にいるショートカットの女の子が言った。
「あたしたち、結構有名になってきたと思ってたんだけどね」
左にいるおとなしそうな女の子が続ける。
「――コスモプロのアイドル、って言えば分かってもらえる?」
そして、真ん中にいる小柄な女の子が……告げた。
響「コスモプロ……」
その名前は聞いたことがある。かつてあの有名アイドルユニットが所属していた、大手事務所。
そして――最近は新ユニットを売出中という。
うらら「『プチプラ☆ネット!』の天王寺うらら、覚えといてね♪」
ルーキーユニットフェス、参加事務所。
ユニット名――『プチプラ☆ネット!』。
響「まさか……キミ達が?」
うらら「この会場、譲ってくれるよね? 我那覇響プロデューサー?」
リーダーの天王寺うららは、幼い笑顔と冷たい声で言った。
今日はここまでです。次回の投下で終了すると思います。
お読みいただき、ありがとうございます。
お待たせしました。今から投下させていただきます。どうかお付き合い下さい。
うらら「ふたりとも、控え室に行ってていいよ?」
「それじゃあ……」
「じゃあね、765プロのプロデューサーさん」
天王寺うらら以外の2人が、この場を去っていく。
響「……どういうことなんだ」
うらら「さあ?」
響「自分たち、この会場を3週間も前に押さえたはずで」
うらら「そんなわけないと思うんだけれど?」
響「え?」
うらら「アンタ、忘れてない?」
響「な、なにを」
うらら「765プロが最初に押さえた会場はここじゃなくて、
ホップレコーズのステージでしょう?」
響「――!」
そうだった。
でも3日前にスタッフからあった連絡で、ここに変わったって……!
うらら「だから、このダブルブッキングは765プロの責任」
響「でも……自分たちがここに変えてって言ったわけじゃない。向こう側から連絡が来たんだよ」
うらら「それが観客に関係あると思う?」
響「思わない、けど」
うらら「ねえ我那覇さん、冷静に考えてみてよ」
うららは自分に思い切り近づく。もう少しでぶつかってしまうぐらいに近い。
うらら「765プロとコスモプロ、どっちの規模が大きいのか」
パッと手を掴まれ、強い力で握られていく。
うらら「ねえ、アンタ達……ちゃんと活動したいなら、ウチに楯突いちゃダメよ?」
響「……え」
うらら「ウチに楯突いて順調に活動できたアイドルなんてひとりもいないんだから」
顔を見る。アイドルらしい、ほほえみ。
手を離され、自由が戻っていく。
うらら「イベントが始まる前に、とっととここを立ち去ってね?」
響「……」
うらら「アディオス♪」
うららが後ろを向いて歩いて行き……そこには、そそくさと移動するスタッフと、
自分だけが残った。
気がつけば、壁に貼り付けてあった数枚のポスターが剥がされている。
薄い青が基調の「インフェルノスターズ」のポスターが、黄色の「プチプラ☆ネット!」のポスターに。
響「なんでだ……」
どうすればいいんだ。
千早「あら、響…………どうしたの?」
雪歩「響ちゃん……?」
響「……みんな」
真美「ん?」
響「ここ、ダブルブッキングらしいんだ」
千早「え?」
千早が目を丸くする。
響「この会場、今日はコスモプロが演るから、って」
雪歩「そ、そんなのおかしいよっ!」
響「自分もそう思うんだけど……急に会場がここに変わったでしょ? だから、何かあったんじゃないかって」
千早が恐ろしく冷たい声で呟いた。
千早「……妨害」
響「っ……!」
妨害?
真美「な、なんでさ! なんで妨害されなきゃいけないの!」
千早「……ルーキーユニットフェスの話、聞いたわよね」
真美「う、うん……」
千早「コスモプロも出場するとしたら、今のうちに名前を売っておいたほうがいい」
雪歩「まさか、そのために今日の私達のライブに被せてきたってこと?」
千早「……急に私達のステージをここに変えたのも、スタッフに圧力をかけて……」
そう考えると、恐ろしいほど合致する。
なぜうららが最初会場が違ったことを知っていたのか。
響「で、でもさ」
千早「……」
響「なんでも疑ってかかるのは、良くないって思うんだ」
雪歩「……うぅ」
響「だからとりあえず。ここでは自分たちは歌えなくて、えーと」
真美「……ひびきん」
真美が名前を呼んだ。
響「……?」
真美「真美、ここじゃなくてもいい。……外でもいいんだ!」
真美が立ち上がって、自分へと近づいてくる。
真美「少しでも聞いてくれる人がいるなら、真美はそこで歌いたい!」
響「真美……」
千早「……」
真美「真美、竜宮のライブに参加した時、いっぱい応援してもらったから!」
響「応援?」
真美「うんっ、ユニットでも頑張ってね、ってファンのみんなに! だから」
真美の大きな声が、部屋中に響く。
真美「どこでもいいから、ステージに立たせて!」
響「……」
真美「……っ」
ギュッ、と抱きつく力を強くする真美の手にポンと手をかぶせた。
真美の身体を離して、目を見て言った。
響「分かった。そうだよね、自分が諦めちゃダメだ」
真美「ひびきん……」
千早と雪歩を見る。ふたりともまっすぐに、じっと自分を見つめていた。
響「自分、もう一回ここのスタッフとコスモプロに掛けあってみる。
それでダメだったら、別の会場を……」
雪歩「ね、ねえ響ちゃん。こういうのはどうかな……?」
響「え、何?」
雪歩が昨日お父さんがしていた話から思いついた、と前置きをして話し始めた。
雪歩「……」
真美「なんかそれ、出来たらメッチャ面白そうだね!」
千早「ええ、これならあまり一方的ではないわね」
響「よし、自分ちょっといってくる!」
雪歩の案なら、フェルノスはあのステージに立てる。
急いで話しに行こうとすると、千早に「待って」と肩を掴まれた。
千早「私達も、一緒に行くわ」
響「え?」
真美「真美達、ひびきんに付いて行くよ!」
雪歩「だって、私達はユニットだもんねっ」
3人が笑う。その笑顔が自分の背中を、思い切り押してくれた。
練習の成果を見せ、ファンを魅了するために。自分たちは、最高の気分を味わいたいんだ!
響「うんっ!」
響「おーい、コスモプロー!」
うらら「それで――って、あれ? 帰り支度、済んだの?」
さっきのスタッフと話し合っているうららを呼ぶ。
プロデューサーを兼業しているらしく、資料を何枚も持っていた。
響「違うよ、……自分たちはここで歌うために来たんだ」
うららは鼻で笑った。
うらら「ハァ? アンタ人の話聞いてなかった? ここはプチプラのステージよ」
響「頼む、自分たちに……ここで歌わせてくれ!」
思いっきり頭を下げた。後ろで千早が「響」と、自分の名前を呟く。
うらら「……アイドル揃えて来たと思ったら、そういうことね」
同情を誘うのはナンセンスだわ、とうららは肩をすくめた。
響「別にそんなの誘ってないってば」
うらら「無理よ無理。今日の15時から16時、私達のライブと一般の撮影会をするの」
響「……765プロがお願いしたのと、同じ時間だ」
うらら「そう? まぁ、よく知らないけど……とにかく、アンタ達がやる時間なんて一分もないわよ」
千早「それ、2ユニットともは出来ないかしら」
顔を上げて後ろを向くと、千早が言った。
自分が格好良く決めるつもりだったんだけどなぁ。
うらら「なにそれ? そんなことが出来るなら苦労しないし、だったらバーターでウチの新人を使うわよ」
真美「だったらさ、真美たちとプチプラの『ライバル同士』のほうが、盛り上がるんじゃないかな」
今度は真美がいたずらっぽく笑って一言。
うらら「は?」
雪歩「――あの、ライブの撮影は許可していますか?」
雪歩が一歩前に出る。
うらら「いいえ、してないけど」
雪歩「だったら、撮影許可にしてくれませんか?」
うらら「どうして?」
雪歩「撮影会を無くして、ライブ自体を撮影許可にすれば……撮影会は無くても、いいかなって」
うらら「……」
雪歩「『ダブルヘッダー』で、私達をこのステージに立たせて下さいっ」
雪歩の提案、ダブルヘッダー。野球の話らしい。
同じスタジアムで朝と夜、試合を二試合やること。
それを案として、コスモプロの撮影会の時間にフェルノスが「二試合目」をする計画を話してくれた。
撮影会を無くす代わりに、普段禁止にしているライブの撮影を許可にする……これでなんとかなるはずだ。
プチプラも大きな変更はないから。
うらら「それでいいって思ってるワケ?」
響「……」
うらら「ねえ、誰が考えたのかしら」
雪歩「わ、私ですけど……」
雪歩が小さく手を挙げた。
うらら「アイドルなら分かるわよね? 本番当日になっていきなり進行が変わることの重大さが」
真美「っ……」
響「そりゃ、分かるよ。それでも、自分たちはここで歌いたいんだ」
うらら「無理よ、バカなのアンタ、そんな案を話すなんて。プロデューサーのくせに、そんなことも分からないの?」
響「でもっ……!」
真美「ひびきん、もういいから」
響「……っ」
真美の右手が、こぶしを作っている。
そしてそれは、かすかに震えているように見えた。
怒っているんだ。
うらら「それじゃあ、とっとと帰ってね♪」
と、うららが手を振りながら言った。
アイドルらしいあの笑顔で。
そしてくるっと後ろを向いて、数歩、まっすぐ歩いて……止まった。
響「……?」
うらら「……何しに来たの?」
「自分の会社のアイドルを見に来てはいけないか?」
うらら「……別に、そういうことを言ってるんじゃ」
初老の男性とうららが何か話している。
会話の内容から、なんとなく社長かな……と思って聞いてみる。
真美「ひびきん……あれ、誰?」
響「さあ……社長とかかな」
千早「ずっと笑顔ね、あの人」
雪歩「うん……なんか、怖いね」
その後すぐ、男性が自分の目の前へと歩いてきた。
社長「やあ、コスモプロの社長をしている者だ。よろしく」
響「あっ、はい。……765プロダクションでプロデューサーをしています、我那覇です」
名刺を手渡すと、社長はそれをスーツのポケットにしまった。
ぐちゃぐちゃになっちゃうぞ、あんな入れ方。嫌味か。
社長「さっき、ウチの所属アイドルと話し合ったんだがね。ぜひその案でやらせてもらおうかと思ってね」
うらら「ハァ!? なにそれ、聞いてないわよ!」
社長「ゴホン。だから、あとはプロデューサーの君に一任するよ。ウチはアイドルが兼任しているから」
響「い、いいんですか?」
社長「なに、その方が面白いと思っただけだ。元々このような無料イベントに私は期待していないからね」
響「えっ……?」
社長「利益が物販だけで不定なものでは、多くパフォーマンスするだけ時間の無駄だからねぇ」
そしてコスモプロの社長は、笑顔のまま去っていった。
涙目のうららが残る。
うらら「……先に私達がステージに立つ。それはいいわね」
響「……うん、よろしくな」
うららは頷いて、走り去っていった。
千早「……やったわ!」
真美「ねえ、みんなでステージに立てるんだよねっ!」
雪歩「こ、ここで出来るんだよっ」
響「みんなっ、急いで準備して!」
3人は笑顔で頷いた。
響「インフェルノスターズの、CD発売記念ライブだ!」
□
――プロジェクト・フェアリー、また移籍?
765プロのアイドルユニット、プロジェクト・フェアリーが、
再び移籍の渦中にあるという。
仕事量が増え、さらなる飛躍を目指し大手の某プロダクションへと移籍をするというのだ。
かつて961プロを解雇され、移籍という形で765プロの所属になったフェアリーだが、
果たして再び移籍することがありえるのだろうか。
真美「……フェアリーが移籍なんて、やだなぁ」
フェアリーが移籍する、って雑誌の記事を見てからフェルノスのみんなは
明らかにモチベーションが落ちていた。
話を聞こうにも、フェアリーとプロデューサーはただでさえ忙しい。
竜宮小町よりも仕事があるというのだから、メールも出来ない。
千早「この記事、本当なのかしら」
春香「そ、そんなことないと思うけど……」
765プロの事務所は乙女が集まっている――社長・談――けれど、今日の雰囲気は悪い。
貴音にも、美希にも、プロデューサーにもメールをした。
3日経った今でも、帰ってこないのだ。
ルーキーユニットフェスまで、もう時間がない。
今年から優勝したユニットはアイドルクラシックの一次予選通過、という権利を持つだけに、厳しくなる。
響「ねえ、みんな曲は大丈夫? レッスン、まだ入れようか」
自分はというと、フェルノスへ入る仕事を捌きながら、フェスに向けてレッスンを多く入れていた。
春香「ま、まだやるの、フェルノス? すごいなぁ……」
千早「そういえば春香は、最近はよく電車を使って移動しているんですって?」
春香「うん。今、プロデューサーさんが忙しいんだって。フェアリーがいろいろあって」
――移籍。
いや、違う。自分たちに黙って移籍なんか、するわけない。
するわけないって、信じたい。
何年も一緒にやってきた仲間が、何も言わずに事務所を抜けるなんて考えたくもない。
雪歩「私、まだ不安なところがあって……」
真美「あ、真美も真美もっ」
千早「そうね、ダンスをもう一回踊って、最終調整したいわ」
春香「みんな頑張ってね! 私も、見に行くから」
真美「おっ、はるるんの差し入れが楽しみだなー!」
春香「ええっ!? りょ、了解!」
今週末は、ルーキーユニットフェス。
それは明後日に迫っていた。
響「分かった、それじゃあ明日は空き時間にレッスンをしよう」
1ユニットは2曲を歌えて、2曲の審査の合計点数で順位が決まる。
前々からレッスンをしていた「Little Match Girl」と……”新曲”を演ることは決まっていた。
新曲は、継続的に練習して、みんな歌えるようになっていた。ダンス曲じゃないから、踊りはほぼない。
これなら、後はみんなのがんばりで順位が変わると思うからだ。
――自分も、……自分が一番、頑張らなくちゃ。
フェス前日のレッスンで、みんなは弱点の克服をこなしていた。
トレーナーさんが心配していたところもちゃんと改善できている。
これなら、大丈夫。移籍の記事なんて気にしない。
勝てる、って思ったんだ。
フェスは千葉県の大きな野球場が会場だ。
海の近くにあって、風が強い。
観客席も広くて、とってもいい場所だと思う。
「ルーキーユニットフェス、今回は審査員として、プロジェクト・フェアリーのお二人が来てくれました!」
響「んなっ!?」
変な声を出して、周りのスタッフに睨まれた。
貴音「よろしくお願い致します。精一杯審査をさせていただきます」
美希「今日勝ったら、アイクラ2次予選に行けるんだよねっ! がんばるのー!」
歓声が大きくなる。ファンからも、スタッフからも。
控え室にいるアイドル達も、驚いているんだろうか。
「それでは最初に、『シンデレラプロ』のみなさんです! ユニット、『トライアドプリムス』!」
「よろしくお願いします!」
黒と青の衣装に身を包んだ3人組のアイドルが舞台の上に登場してきた。
自分のいるスタッフボックスからは審査員の得点が見える。
アイクラの審査委員長の元アイドルの女優、神長瑠衣さんや、
961プロの社長、黒井崇男さん……黒井崇男さん!?
黒井「……」
審査員席に、黒井社長がいる。こ、こんなこともやってるのか……。
そして、この手のフェスには絶対いる審査員さんと、美希、貴音。
合計は7人。
「ありがとうございました」
ファンの大歓声が聞こえてくる。さすが、今人気の事務所ってだけはある。
それでも、センターの娘の声があんまり出てなかった。
不調なんだろうか。審査結果は、それが響いていると思う。
まだ1ユニットだけだから1位だけれど、維持できる1位ではない。
そして、コスモプロ――プチプラの3人が、ステージにあがる。
「ありがとー! ありがとーっ! みんな、応援本当にありがと! 2曲目もよろしくお願いしまーす!」
比べ物にならない大声が、後ろから聞こえる。
コスモプロってこんなに勢いがあるのか……。
シンデレラプロとは大差の1位。
コスモプロが、王冠マークの横に名前を載せた。
この後、もう1ユニットがパフォーマンスをした後、休憩が入って……フェルノスの番だ。
響「みんな、差し入れ持ってきた……けど……」
控え室に入ると、衣装を纏った3人が暗い顔をして座っていた。
響「ど、どうしたんだよ」
千早「…………さっき、美希と廊下ですれ違ったの」
響「え、それで?」
千早「……私たちに、ごめんね、って言って……走って行ったのよ」
響「……『ごめんね』って……」
そんなの。まるで、
雪歩「本当に、移籍しちゃうの……?」
それを肯定しているようなセリフじゃないか。
真美「そんなの、やだよ」
自分はなんにも言えなくて、結局すぐ時間が来てしまって。
「ユニット『インフェルノスターズ』、楽曲は『Little Match Girl』!」
千早「よ、よろしくお願いします」
ベストコンディションでないみんなは、連続して失敗をして。
雪歩「きゃあっ!」
スターポイントはリセットされて。
真美「わわっ」
結局フェルノスは――4ユニット中、4位。
――
――――
貴音「……失礼、いたします」
響「っ、貴音」
6ユニットが1曲目を終わらせて、今のところ順位は5位。
この順位で未発表のアレをやるのは――あまりにも賭けをしすぎる。
そう思っていたところに、貴音がやってきた。
ピンク色のドレスを纏っている。
貴音「こちら、皆に」
真美「……これ」
貴音「春香に呼び出されまして、これを渡して欲しいと」
千早「春香……来てくれたのね。ありがとう、四条さん」
貴音「いえ。春香は一般観客席に居るので控え室に来られず申し訳ないと言っていましたよ」
貴音「雪歩」
雪歩「は、はいっ」
貴音が少し怖い声で、雪歩を呼んだ。
貴音「もう少し、腕のふりを大きくしなさい」
雪歩「う、腕のふり、ですか」
貴音「はい。今の貴方はふりがとても小さい、それではあのダンスは目立ちません」
雪歩「ごめんなさい……」
貴音「千早、あなたは声が上ずっていましたよ。音程がずれています」
千早「……すみません」
貴音「真美」
真美「……なあに、お姫ちん」
貴音「真美は、焦りすぎています。数秒早く踊っていました」
真美「……お姫ちんのせいだ」
貴音「え?」
真美が立ち上がって、思い切り泣き始める。
真美「お姫ちんたちが、フェアリーが移籍なんて、するからっ」
貴音「……移籍?」
貴音はキョトンとしている。
響「貴音、フェアリーが移籍するかもって雑誌の記事、知らない?」
貴音「はい……聞いたこともありませんが」
雪歩「で、でも美希ちゃんがさっき『ごめんね』って」
貴音「……その意図は分かりませんが、わたくし達が移籍など、するはずありません」
響「ほ、本当か」
貴音「はい。一度961プロに捨てられている身……765プロを捨てようなど、思うはずもないでしょう?」
貴音の純粋なほほえみを見て、思わず真美と雪歩と一緒に、貴音に抱きついてしまった。
貴音「っ」
真美「お姫ちん、本当なんだねっ」
雪歩「私達、勘違いしてましたぁっ」
響「たかねえっ!」
貴音「……? よく、分かりませんが、それがフェルノスへの応援となるのなら」
千早「四条さん」
貴音「……はい」
千早「信じて、いいんですよね」
貴音「ええ、もちろん」
千早がぎゅっ、と拳を握り締めた。
貴音が部屋を出た後、自分が提案をする。
響「みんな、次はやっぱり『今 スタート!』で行かないか」
雪歩「え?」
響「慣れてた『Little Match Girl』でも、結構失敗しちゃったよね。
だから、未発表曲で挑むのはちょっと無謀だって思うんだ」
千早「確かにそうね。確実にポイントを稼がなければいけない訳だし、敗退すればこの曲を無駄に知られてしまうわ」
響「だから――慣れてるあの曲で行こう。1曲目の最下位からだから、パフォーマンスは2番目」
だから、あんまり時間はないけど。
不慣れなことをするよりは、確実に行った方がいい。
響「円陣組もう!」
ここを勝ち進むことが、フェアリーと戦う近道になるから。
「絶対優勝!」「オーッ!」という声が、控え室に響いた。
球場独特の少し割れた音が、ファンの熱狂さをアップさせている。
一番最初の男性アイドルデュオは、結局最後まで小さな失敗を繰り返してしまっていた。
黒井社長の顔が怖い。あの人は酷いパフォーマンスを見るといつもあんな顔をするんだっけな。
「それでは、続いてのユニットです! 『765プロ』の『インフェルノスターズ』!」
大きな拍手がこだまする。
もうすぐ夏だっけ。ちょっと暑くなってきたこの時期にピッタリの雰囲気だ。
千早「よろしくお願いします!」
「曲は『今 スタート!』です、どうぞ!」
千早「輝く今君とスタート、淡色スタッカート♪」
千早の透き通るような声。
真美「大切な日々も、色褪せちゃうけど♪」
真美の少し大人っぽくなった可愛らしい声。
雪歩「いつかはBest My Friend、確かな運命♪」
雪歩の小さく力強い声。
これがインフェルノスターズの、本当の力だ。
それを分かってもらうには、充分だった。
黒井社長が腕組みをしている。
パフォーマンスを気に入ると、あのポーズを取るんだ。知ってるぞ、自分。
「――4位、シンデレラプロ。トライアドプリムス」
わぁっ、という声。ステージ上には今日出演したアイドルが全員立っていた。
審査員は横に立って、審査委員長の発表を見守っている。
「――プロ。ジョーカーズ」
あと名前が出ていないのは、うちと、コスモプロ。
「――――2位」
時間が、空気が、止まった気がした。
「――――コスモプロ。プチプラ★ネット」
その日一番の歓声は――――、
真美「やった……っ!」
「1位…………765プロ! インフェルノスターズっ!」
――フェルノスに向けられたものだった。
フェルノスの3人を始め、今日出演した全員がスタッフボックスに移動した。
どうやらスタッフの話によると、この後何か別のパフォーマンスがあるらしい。
響「みんな、本当におめでとう!」
真美「ありがとー、ひびきん!」
雪歩「私達、本当に勝てたんだよぅ!」
千早「やっとスタートラインに立てたのね!」
みんなとハグし合う。増え始めたテレビの仕事、雑誌の取材。
並行してやった、レッスン。キツくないワケがないのに、みんな頑張ってくれた。
最高だ……っ!
千早「そういえば、フェアリーがステージで歌うんですって?」
真美「そうなの?」
雪歩「フェアリーはもう優先参加権を、持ってるんだよね」
千早「ええ。何を歌うのかは知らないけれど」
響「ふぅん」
忙しいのに大変だな。審査員をやって、さらにパフォーマンスまでするなんて。
身体を壊さないように、ってメールしとこ。
「お待たせいたしました! アイドルクラシック参加権を取得したユニット、プロジェクト・フェアリーです!」
そして司会の声が、会場中に響く。
フェアリーは、いつものとは違う、純白のドレスに着替えていた。
美希「はいさーいなのー!」
はいさーい、とこだまする観客。
自分の挨拶なんだけど……まあ、いいや。
貴音「本日は、大変素晴らしいものを見させて頂きました。わたくしたちも精一杯、歌わせて頂きます」
美希「今日は……フェアリーの新曲を歌っちゃうよ!」
どよめきと歓声が入り混じる。
千早「新曲?」
真美「フェアリー、新曲出すんだね。ひびきん」
響「いや、自分は何も知らない」
雪歩「え……? プロデューサーから聞いてないの?」
響「うん、今週の会議はプロデューサー、休みだったんだよ」
テレビ局としなきゃいけない会議があったみたいで。
目線をステージ上に戻す。
美希「この曲は、とっても素敵な曲だよ」
貴音「……ええ、皆様にも好きになっていただけると思います」
美希「それじゃあ、聞いて下さい」
美希が、曲名を言った。
美希「――――『Melted Snow』」
……え?
千早「え……ねえ、それって」
雪歩「フェルノスの新曲じゃなかったっけ……」
真美「このイントロ、そうじゃん!」
会場に流れ出す、淋しげなイントロ。
黒井社長の顔を見る。向こうは、自分のことを思い切り睨んでいた。
どうしてこれが、本物の”フェアリーの新曲”になっているんだ……?
千早「もしかして……これのこと、かしら」
響「え?」
千早「美希の『ごめんね』、って……」
――ごめんね。
その言葉は何に対して。美希は自分たちに何をしたのか。
それが、新曲を奪ったことに対して、だったら。
パズルのピースがはまるように、式が完成していく。
そんなことを考えたくもないのに。
響「謝った、ってことは……知ってたんだ」
雪歩「……え」
響「美希は知ってて盗んだ、ってことだ」
真美「盗んだ……?」
響「フェアリーは盗んだんだ。自分たちの、インフェルノスターズの……新曲を」
千早がとても小さく、「どうして」と呟いて。
美希「風が冷たくて……♪」
海沿いの球場に、美希の歌声が響き始めた。
To be continued.■
1. 響「自分たちの、インフェルノスターズ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363010814/
前作に引き続き、本当にありがとうございます。また続きを書きたいと思ってます。
アイドルクラシックのところは追って行きたいです。
今回はあまりユニット無所属組の出番がありませんでした。反省します。
お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。
僕には、インフェルノスターズに似合う曲が書けそうになかったのです。
か弱い、というイメージ。その中に真美ちゃんがいるギャップ。
響「……うん」
でも、イメージに合うかわからないという不安は、上手く消えました。
『We just started』を歌った彼女らを見て、僕は「根底にある情熱」を感じたのです。
だから、この曲を歌って欲しい。強く、そう思います。
響「……」
音楽ファイルを、タップする。「保存しますか?」のダイアログ。
早く聞きたい。
保存が終わった。「アプリケーションを選択」。
どれでもいいから、早く聞かせてよ。
メールには、歌詞のファイルも添付されている。
ファイル名は、曲名じゃない。
音楽が再生される。
メールに戻って、歌詞を開いた。
響「…………『今 スタート!』か」
爽やかな曲調。前向きな歌詞。
作詞と作曲を同時にこなす作曲家さんだから作れる、互いに支えあう楽曲。
不安な気持ちを、強いメロディが支える。
消えそうな旋律を、真っ直ぐな歌詞が支える。
響「……すごい」
聞き終わって、早くみんなの声で聞いてみたい、と思った。
千早の力強い声で。雪歩の優しい声で。真美の元気をくれる声で。
響「本当に、こんな素敵な曲がカップリングで、いいのかな」
カップリングということは、シングルCDの2曲目。
表題曲と違って、ほとんどテレビ番組で流れることはない。
ライブでは出来るだろうけど。CDを1枚しか出さずに、単独ライブは出来ないだろう。
響「……最初は、2曲だけのCDなんて売れない、って思ってたけど」
エルダーレコードのプロデューサー、作曲家さんとの三者面談で言われた。
カップリング曲は1曲だけ。
……不安だったけど、こんなにクオリティの高い曲なら、大丈夫だ。
あのライブから、もう3日。
CDの発売まで、3週間もない。
響「…………そうだ、千早に連絡しないと」
どんなに遅い時間でもいいから、新曲が届いたら私に真っ先に連絡して欲しい。
千早には、そう言われている。
つけていたイヤホンを外して、タブレットをテーブルに置いた時、気づいた。
『Song on the wave、次回のゲストは、アーティスト――』
響「あっ!」
番組が終わっている。
響「し、しまった……」
新曲にすっかり気を取られていた。
ま、まあ録画してあるから大丈夫だな。自分、完璧だから。
響「……と、とりあえず千早に」
千早に「新曲が届いたよ」とメールをする。
同時にパソコンを立ち上げて、空のCD-ROMを取り出した。
響「あと、CDに入れて持って行くぞ」
やる気が湧いてきた。
……まあ、『Song on the wave』の録画が失敗したことに気づいて、やる気はちょっとしぼんじゃうんだけどね。
翌朝、事務所。
木曜日は春香がラジオの収録で朝は事務所にやって来ない。
……自分は朝から新曲を何度も聞いて、テンションは最高潮だった。
響「はいさーい!」
P「おはよ、響」
真「おはよー!」
響「あれっ、みんなは?」
P「竜宮小町はもう出かけたな。春香は『春場所』の収録で、他はまだ来てない」
真「響、早いね……。プロデューサーになってから、いつもこの時間なの?」
……8時20分。
アイドル時代は、10時ぐらいに事務所に来て……その後仕事、それがいつものことだった。
響「いや……今日は、なんとなく早く来ちゃったんだよね」
……プロデューサーになってからは、9時に変わっただけ。……うん、遅いよね。
律子やプロデューサーはもっと早く来ているだろうし。
P「小鳥さんも、そろそろ来るだろうな」
響「ぴよ子って、いつも早く来てなかったっけ?」
P「……昨日、飲んだんだ」
響「へ!?」
P「『Song on the wave』を見ながら、音無さんの家で」
真「い、家で!?」
男女が家で夜にお酒を飲む……って、まさか!
P「……音無さん、すごい飲んでな……。寝ちゃったから、俺は家を抜けだして、終電で帰った」
響「た、大変だったな……」
真「そ、そうだったんですか……」
響「ねえ、プロデューサー。昨日の放送、録画してる?」
P「ああ……俺の家でも、音無さんの家でも……ついでに、事務所のレコーダーでも」
響「事務所のも? ……見てもいいかな」
P「ん、いいけど…………響、『Song on the wave』見るーって言ってたろ」
響「実は、フェルノスの新曲が放送中に届いて……途中から見てないんだ」
真「新曲?」
響「うん、シングルのカップリングで……」
真「ボク、聞いてみたいな! 響、その曲ってどこにあるの?」
響「え? あぁ……このCDに入ってるぞ!」
CD-ROMをバッグから取り出して、真に渡した。
真「『今 スタート!』……っていうの?」
P「おっ、フェルノスの新曲かー。俺も聞いていいかな」
響「もちろん!」
プロデューサーと真に歌詞を印刷した紙を渡した。
真がデッキにCDをセットして、再生ボタンを押す。
流れだす、かっこいいギターの音色。
P「ギターか……」
真「かっこいいね……」
そして、すぐに音楽の雰囲気がガラッと変わる。
弱く、優しい旋律。
P「…………」
真「……」
響「…………」
な、なんかちょっと照れるな。
自分が作ったわけでもないのに、なんでだろ。
最後は、最初と同じギターの音が入って、アコースティックな音へと変わっていく。
綺麗なフェードアウト。
真「…………いい曲だね」
真はうっとりと歌詞を見つめている。
P「ああ、すごいいい曲だな……これがカップリング曲なんて、すごいな、フェルノスは」
響「フェアリーだって、『We just started』があるじゃないか」
P「あれはライブで盛り上がるよな。……てか、『今 スタート!』って……曲名」
響「ん?」
真「――ああっ! 意味、似てます!」
We just started。
私達は、まだ始まったばかりだ。
……今 スタート。
響「……確かに」
メールに書いてあった、作曲家さんのメッセージを思い出す。
「We just started」を歌う姿を見て思い付いた……。ということは。
曲名が似ているのも分かる。
真「フェルノスとフェアリーが同じステージに立った時、2つの曲を歌ってるのを見てみたいよ」
P「……俺も、そう思う」
響「…………出来たら、かっこいいな」
2人のおかげで、『今 スタート!』の新たな一面に気づいた。
その後、プロデューサーが「じゃあ『Song on the wave』を最後まで見てもらおうかな」と言ったので、
真と一緒に見ることにした。
真「ボク、もう1回見たくなったよ! それぐらいカッコ良かった!」
『KisS』が終わる。
真「セクシーでかっこいいなんて、反則だよねぇ」
響「そうだな……すごいや」
司会者は2人の個人的な話を聞き始めた。
司会者『星井さん、四条さんがそれぞれアイドルを続ける動力源となるものは、なんですか?』
響「…………」
動力源。美希は”ハニー”だろう。貴音は……なんだろ。”くに”の人たちかな。
美希『うーん、のんびりすることかなぁ』
司会者『のんびりすること、ですか?』
美希『うん。ミキ、のんびりすることが好きなの。アイドルをやってる時は、キラキラ出来るよね』
司会者『はい』
美希『でも、キラキラと同じぐらい、のんびりすることが好きで、それが幸せでもあるんだ』
貴音『ふふっ』
美希『ミキの尊敬するカモ先生は、ミキにいろーんなことを教えてくれるの』
司会者『カモ先生?』
美希『うん、カモ先生みたいにのんびり出来たらいいなぁ、って考えるんだ』
司会者『のんびりすることが動力源なんですか?』
美希『ううん、違うよ。アイドルとしてキラキラして、サイコーってカンジの夜にのんびりするのが、ミキは大好きなの』
司会者『なるほど、キラキラしてのんびりしたい、という思いでアイドル活動をしているんですね』
美希『うーん……まあ、そうなのかな』
真が隣で苦笑いしている。
”ハニー”のことを言わないだけ、美希もプロデューサーのことを大切にしているんだろうな。
司会者『続いて、四条さんに伺ってもいいですか?』
貴音『はい。ずばり……らぁめんです』
貴音はすごいなぁ。
『Song on the wave』でラーメンのことを話せるなんて。
まぁ、貴音だから出来ることだろうな。
真「……貴音、すごいよね」
響「貴音じゃなきゃ、この番組でラーメンのことを話せないんじゃないか?」
真「ははっ、それもそうだね」
貴音『らぁめんが、わたくしがアイドルを続ける動力源といるのです』
司会者『四条さんは、ブーブーエスの番組でラーメンを食べるコーナーを担当されているんですよね?』
貴音『はい。らぁめん、それは現代の食が生み出した究極の……』
その後、貴音のラーメン話は2、3分続いた。
司会者が「では、2曲目を披露して頂きます」と言っても、まだ話し足りないようだった。
司会者『本日は本当にありがとうございました』
美希『ありがとうなの!』
貴音『ありがとうございました』
司会者『それでは、765プロ移籍後第1弾のシングル曲です。プロジェクト・フェアリーで』
美希が突然、曲名を言った。
美希『きゅんっ! ヴァンパイアガール! なのっ』
司会者『……どうぞ!』
司会者も上手く美希に繋げる。
映像が切り替わって、2人の衣装も変わった。マイディアヴァンパイアだ。
ヴァンパイアガールのイントロが流れだし、ダンスが映る。
真「恋しちゃったのよっ♪」
真が口ずさむ。この曲は歌いたくなるような、楽しい曲だよね。
美希『青白い肌、赤い唇♪』
貴音『ヴァンパイアガール♪』
美希・貴音『きゅんっ!』
1番のサビが終わると――突然、映像が切り替わった。
響『銀の、弾丸込めたピストルで♪』
……自分が歌っている。ソロで。
響「え、ええっ!?」
真「響はここも見てなかったんだね」
響「ど、どういうことさ!」
真「響がアイドルのころ、深夜の音楽番組で、ソロでヴァンパイアガールを歌ったでしょ?」
響「……あー、うん」
ランキングTVっていう、曲のランキングとゲストライブを流す深夜番組。
単独でゲストライブに出て、マイディアヴァンパイアを着てヴァンパイアガールを歌ったことがある。
響『ハッピーエンドにして〜♪』
また映像が切り替わる。
自分の映像が右半分、美希と貴音の映像が左半分に映った。
美希・貴音・響『しゃーなりしゃなりおじょうさま♪』
この瞬間――フェアリーは、3人だった。
響「す、すごい……」
真「ボク、これを見てすっごく嬉しくなったんだ!」
響「か、感動だぞ……」
ちょっと涙が出てきた。
一瞬、自分の病気が治ったような気がして。
真「ひ、響!? どうしたのさ!」
響「ご、ごめん……」
真「と、とりあえずハンカチ使って!」
真から借りたハンカチで、目元を拭う。
貴音『ルビーの瞳♪』
響『濡れたまつげの♪』
美希『ヴァンパイアガール♪』
美希・貴音・響『きゅんっ!』
スタッフロールが流れ、次回のゲストの予告が始まった。
響「……すごかった」
P「見終わったか?」
響「プロデューサー! 一言いってよっ」
P「ははっ、悪かったよ。まあ、サプライズだ」
響「えっ……?」
P「美希がな。『Song on the wave』に出たかったのは響も同じだ、って言ってさ」
響「……」
美希は、優しいな。
自分の目標は、フェルノスをあの番組に出演させて、アイドルクラシックで優勝させることだ。
でも……自分は裏方。千早たちが出演しても、『Song on the wave』に出られることはない。
だから――美希が、叶えてくれたんだ。
フェアリーのみんなで『Song on the wave』に出る、という自分の夢を。
美希「おはよーなのー!」
響「み、美希っ」
美希「あっ、響……おはよ!」
響「おはよう……あの、美希!」
美希「ん?」
響「『Song on the wave』、本当に嬉しかった! ありがとう!」
美希「……ミキ、フェアリーの3人で……あの番組に出るの、夢だったの」
響「えっ? 自分は、夢だったけど……美希も思ってたのか?」
美希「うん。貴音もそうだよ。ミキ、2つの夢があったの」
響「2つ?」
1つが、あの番組に出ることだとすると。
美希「アイドルクラシックに3人で出て、優勝すること」
響「…………」
叶えられない。今では、とても叶えられそうにない。
美希「去年、予選から勝ち上がって……あと一歩及ばずだったの」
美希「だから、今年こそは、って思ってた」
響「…………ごめん」
美希「ちっ、違うの! 響を責めてる訳じゃないよ!」
響「……」
美希「だから……せめてもう1つは、叶えたいって思ったの」
響「……」
それが、
美希「『Song on the wave』に出ること」
響「……美希」
美希「……ミキ、やっぱりフェアリーは3人がいいの」
響「……自分、もうアイドル、出来ないぞ……」
美希「……ごめんね」
響「…………自分こそ、ごめん」
美希「ねえ、響」
響「……?」
俯いていた美希は、自分の目をまっすぐ見つめた。
美希「響の分まで、ミキも貴音も頑張る」
響「……うん」
美希「だから…………響は、フェルノスのプロデュース、頑張って」
響「…………うんっ」
美希「今は、新しい夢があるんだ」
響「新しい夢?」
美希「うん。……アイドルクラシックの決勝で、フェルノスを倒すこと」
響「……フェルノスを」
美希と貴音にお願いをした。
『フェアリーを倒したいから、活動を続けてくれ』と。
馬鹿だと思う。身勝手で、2人のことを何も考えていない、自分の馬鹿なお願いだ。
でも、2人は優しく受け入れてフェアリーとしての活動を続けてくれている。
美希「響、言ったよね。自分のプロデュースするユニットに倒されてくれ、って」
響「……うん」
美希「だから、それは美希が阻止するの!」
美希「やるからには、全力で」
響「…………」
美希「フェルノスと、戦いたい」
響「……うん」
美希「……お互い、頑張ろうね!」
響「…………うんっ!」
おもいっきり頷いた。
P「……いいユニットだよな、フェアリー」
真「そう、ですね。深い、深い絆で繋がってるような……そんな感じがします」
美希「ミキが一番ふかーく繋がってるのはハニーだよー♪」
美希がプロデューサーにぎゅっ、と抱きついた。
P「うわっ!」
真「あはは……」
響「ははっ」
がんばろう。
素敵な新曲もあるんだ。まず、アイドルクラシックの予選に向けて。
フェルノスを、導いていくんだ。
今日はここまでです。
響「自分たちの、インフェルノスターズ」の続きとなります。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363010814/
我那覇Pとフェルノス、ゆっくり書いて行きたいと思います。
お付き合いいただき、ありがとうございます。よろしくお願いします。
真美が頑張ってたことは、すごく知っているつもりだ。
多分、一番知っているのは……亜美だろうけど。
千早「……そうだ、響。ここで待っていて?」
響「ん?」
千早「みんなに伝えてくる。響が来たこと」
千早は少し早足気味に控え室を出る。
雪歩とふたりきり。……なんだか、久しぶりだ。
雪歩「……な、なんか久しぶりだね。二人きり」
響「う、うん」
同じことを思ってたみたいだ。
雪歩「そういえば、亜美ちゃんはどうなの?」
響「亜美?」
雪歩「うん。真美ちゃんが教えてくれたんだ。響ちゃんが看病してくれたって」
響「あー……そっか。亜美、もう熱も下がってるよ。多分、明後日ぐらいには復帰できそう」
いまこの場所にいるんだけど。
雪歩「良かったぁ……」
胸に手を当ててふう、と安堵する雪歩。
ふと、携帯のバイブレーション。
響「……おっ」
画面には双海亜美の文字。
残念だけど、亜美のそばにいなきゃいけないし、そろそろここを出ないとね。
響「はい、もしも――」
『――双海真美は預かった』
響「……は?」
男の声。
『返して欲しければ、今日のライブはすぐに中止しろ』
響「なっ、ちょっと!」
プツリ、と電話が切れる。
雪歩「……響ちゃん、どうしたの……?」
響「ま、真美が」
真美がどうして誘拐されるんだ。
雪歩「真美ちゃんがどうしたの?」
響「真美が、誘拐されたって……」
雪歩「……え? そ、そんなはずないよ! 今はあずささん達と一緒に、隣の部屋に居るもん」
響「で、でも」
雪歩「何かの間違いだと思うけど……」
響「ご、ごめん! ちょっと待ってて!」
走って部屋を出て、隣の部屋のドアを開ける。
少し息が切れた。
響「真美ッ!」
部屋の中では、紫色の竜宮小町の衣装を着た3人と、談笑する千早。
真美「あっ、ひびきん! はいさーい!」
伊織「あら……って、どうしたの?」
あずさ「なんだか、息が切れているけれど……」
千早「どうしたの?」
響「あ、あの……千早、自分ちょっと用事あって、だから……」
千早「……ええ、分かった。控え室には居ないってことね?」
響「そ、そう」
伊織「響?」
控え室に戻って、ソファに倒れこむ。
雪歩「響ちゃんっ、ダメだよ走っちゃ!」
響「……真美、誘拐なんてされてなかった」
雪歩「多分、何かの間違いだよ」
響「……」
携帯を取り出して、着信履歴を見る。
響「…………あれ?」
雪歩「ん?」
双海亜美。
……亜美の携帯からの電話だった。
響「…………まさか」
亜美の番号へと電話をかけてみる。電源が切れていて、繋がらない。
雪歩「ね、ねえ……どうしたの、響ちゃん」
…………冷や汗が、首の後ろをつたう。
響「……真美じゃない」
雪歩「えっ?」
響「――亜美、だ…………」
誘拐されたのは、亜美だ。
雪歩「どういうこと……亜美ちゃんが、誘拐されたの?」
響「……」
雪歩「も、もしかして響ちゃん、亜美ちゃんをここに連れてきたんじゃ」
響「…………」
雪歩「なんでそんなことしたのっ、病み上がりなんだよっ!?」
響「……ぁ」
どうしよう。
亜美が、なんで。
雪歩「響ちゃんっ!」
ハッとする。
雪歩の、普段は聞いたことのないような大声。
雪歩「私に話して」
今日のライブに、亜美を連れてきたこと。
亜美の携帯から『双海真美は預かった』と電話がかかってきたこと。
『ライブを中止しろ』と言っていること。
雪歩「……亜美ちゃんを」
響「自分、どうすれば」
雪歩「亜美ちゃん、どこに居るのかな」
響「分からない……もしかしたら、この会場から出ちゃったたかも」
雪歩「……うーん、でも亜美ちゃんが使ったトイレは、関係者しか入れない場所なんだよね」
響「そ、そうだぞ」
パスがなければ、絶対に入れない。
アイドルのライブは厳重だ。
雪歩「だったら、スタッフさんが犯人なんじゃ」
響「え……?」
今日、この竜宮小町のライブを成功させるために動いているスタッフの中に、
誘拐犯がいる……ってことか。
雪歩「だって、そうとしか考えられないよね……?」
響「確かに……」
雪歩「この間読んだ推理小説に、中から疑えって書いてあって」
響「中から疑え……?」
雪歩「うん……」
沈黙。雪歩は考え込んでいる。
スタッフが犯人なら、亜美はそう遠くには居ないはずだ。雪歩は、そう言いたいんだろう。
スタッフはこの場に居なくちゃいけない。同時に誘拐をするなら、亜美を閉じ込める場所はこの会場内だ。
静寂を打ち破るように、携帯が震えた。テーブルの上に置いてあったからか、振動が大きな音として伝わる。
響「亜美っ……!」
雪歩「え!?」
双海亜美・仕事用。今度表示されている名前と番号は、さっきのものとは違う。
必要だと言った人にだけ事務所が支給していた、仕事用の携帯。
亜美はネットを見たりしてすぐにスマホの電池を切らしてしまうからと、それを持っていた。
響「もしもしっ、亜美!」
『ひびきん!』
響「いま、どこにいるんだ!?」
『え、えっと……真っ暗で、ほとんど見えないけど……多分、何かの部屋』
響「部屋……」
雪歩と目を合わせる。雪歩はうん、と頷いた。
『亜美のスマホ、とられちゃった』
響「顔は見た?」
『うん、メガネの男の人。今は居ないみたい』
響「よし……亜美、助けに行くからな」
『ごめん、ひびきん』
響「悪いのは自分だから……!」
電話が切れた。
――雪歩がすぅ、と息を吸って。
雪歩「絶対に、亜美ちゃんを助けよう」
響「うんっ……!」
身体に響く重低音。控え室のテレビ画面には、ステージが映っている。
手を振りながら歌う、伊織、真美、あずささん。
響「……しまった!」
雪歩「えっ?」
響「誘拐犯がステージの上の真美を見ちゃったら、誘拐したのが真美じゃないって、気づいちゃうよ!」
雪歩「あっ……!」
響「急がないと!」
雪歩「ま、待って響ちゃん! 走っちゃダメ!」
響「そんなこと言ってられないだろっ!」
勢い良く控え室のドアを開けて、廊下に出る。
怪しい動きをしたスタッフがいれば、きっとそいつだ。
誘拐したはずの真美が、ステージに立っている。
だったら、”誘拐した真美”が居るはずのどこかの部屋に向かうはずだ!
響「…………っ」
雪歩「ひっ……響、ちゃん……ダメだよ……」
響「ご、ごめ……ゆき……」
肩で息をして、会場を見渡す。
『失敗恐れていたら 手に入らない♪』
周りでは忙しなく動くスタッフ達。これでは、誰が誘拐犯か分からない。
……そもそも、さっきの推理だってもしもの話だ。実際にこの中にいるとは、限らない。
雪歩「あっ」
響「え……?」
雪歩が指をさす。そこには、竜宮小町のロゴと、その下にSTAFFと書かれた緑色のTシャツを着た男が、
少し鈍い駆け足で控え室の並ぶ廊下へと向かっていた。
響「あ、あれか!」
雪歩「う、うんっ」
もし違ったら、それはすごく申し訳ないけど。
その人を追いかける。
響「……っ」
やがて男は一番奥の部屋のドアの前で立ち止まり……。
雪歩「……!」
響「……え?」
雪歩が携帯を操作している。
微かに音楽が聞こえるこの廊下で、無機質な着信音が鳴った。
――部屋の中から。
「……っ!」
雪歩「響ちゃん!」
響「――――待てえっ!」
部屋の中に亜美がいる。
雪歩は、亜美の仕事用携帯を鳴らしたんだ。
男が慌てた隙に、自分は上に覆いかぶさって……。
「はなせ、はなせっ」
響「離すもんか! 亜美を誘拐しておいて、ただじゃおかない!」
「く……っ!」
響「わっ!」
男が身体を翻す。抑えることが出来ず、尻餅をついた。そのまま上半身も倒れる。
同時に、視界が暗くなっていく。
「――雪歩!」
「千早ちゃん!」
「なんだお前らは!」
「……っ!」
ふと、手に温かい感触。頬を何度も叩かれる。
「……」
荒い呼吸を抑えられないなりに、目を少しずつあけた。
亜美「ひびきんっ!」
亜美がいる。
響「……あみ」
亜美「ひびきんっ、言ったじゃんっ!」
響「……え?」
亜美「タイチョー管理!」
響「……ああ…………そうだったね……」
亜美「そーだったねじゃないよ!」
ゆっくりと起き上がって、目の前で起きている出来事を整理する。
千早「……ふう」
雪歩「よ、よかったぁ……」
千早が男を取り押さえているのだ。華奢な身体で、千早より大柄な男を。
響「……ちは、や」
千早「どうして勝手にこんなことしたの!」
響「ごめん……」
千早「もう……」
――亜美じゃなきゃ、竜宮じゃない。
男が千早に取り押さえられたまま、亜美の質問に答えた。
亜美「だからって、亜美を真美だと思って誘拐したの……?」
「そうだよ、悪いか!」
亜美「悪いよ!」
亜美が大声を出した。
『……ック…………みんなきれ……だね…………♪』
終わる寸前、曲が聞こえる。
亜美「真美がどれだけ頑張ってたか、カケラも知らないくせに! 勝手なことしないでよ!」
「……」
亜美「真美はなんにも、悪くないっしょ!?」
こんなに怒っている亜美は、久しぶりに見た。
亜美「……風邪ひいた亜美が、一番いけないんだよ」
「……」
亜美「お願い、勝手なこと、やめて」
亜美の消えそうな声が、男の表情を渋くする。
やがて雪歩に電話で呼び出された律子と、律子の呼んだスタッフが到着し――男はどこかに、連れて行かれた。
――
『Colorful Days』が終わり、歓声と拍手が交じる。
亜美「きたああああああ! まーみーっ!」
最後列、千早と自分の間の席の亜美は立ち上がり、黄色のサイリウムをブンブンと振る。
伊織『みーんなーっ! 竜宮小町のライブに来てくれて!』
伊織・あずさ・真美『ありがとー!』
大歓声だ。桃色、紫色、黄色、緑色の光が会場中を包んでいる。
――秋月律子プロデューサーにも、敬意を払う。それが、竜宮ファンの掟らしい。
だから緑色のサイリウムが、こうして使われている。自分も、いつか。
真美『え……っと……今日は、亜美は風邪でお休みなんだ』
事前に告知していたからか、あまりどよめきはおこらない。
むしろ、真美を励ます言葉ばかりが観客席からステージへと、投げられる。
真美『あ、ありがと! その……今日は、亜美の代わりに頑張って歌って踊るから、よろしくね!』
再び、大歓声。
伊織『それじゃあ、いっくわよーっ!』
あずさ『私達の応援も、お願いしますね〜!』
亜美「あずさお姉ちゃーん! Fu!」
亜美がサイリウムのボタンを押すと、色が黄色から紫色に変わった。
うひゃー、今の時代は進んでるなぁ。
真美『にいちゃん、ねーちゃん、盛り上がってねーっ!』
そして、竜宮小町の正規メンバーでない真美に暴言が吐かれたり、ざわめきが起こることもなく。
伊織・あずさ・真美『七彩ボタンっ!』
――竜宮小町のライブは、大成功に終わった。
□
深夜の音楽番組の収録、ラジオ特番のMC。
雑誌の表紙撮影、インタビュー。
フェルノスの3人はファーストシングル『Little Match Girl』の発売に向け、仕事に熱中していた。
そして、今日はCD発売イベントの前日、最後のレッスン。
結局場所はCDショップの特設ステージから、その近くにある大きなショッピングビルの地下ステージに変わった。
通称「ウォーターステージ」。滝のように水が壁を流れていることから、そう呼ばれ親しまれている。
T「……うん、どうですか、我那覇さん?」
響「はい、すっごく良い感じです!」
真美「ほへぇ……キツいよぅ……」
T「ほらほら、真美ちゃんいつもの元気は?」
真美「出ないよー……」
T「もう、前日のレッスンなんて調整なのに、ここまで全力でやるなんて」
千早「それが……私達の、ユニットですから」
千早が息を切らしながら、笑う。
そうかもね。
真美「……ねえ、ひびきん」
響「ん?」
大の字で寝っ転がっていた真美が上半身を起こし、まっすぐ自分の瞳を見つめた。
真美「明日、『今 スタート!』を歌ってもいいかなっ」
響「……『今 スタート!』を?」
真美「……あの曲、せっかくだから歌いたいなぁって」
響「……時間なら、トークをちょっとだけ削れば大丈夫だけど……」
雪歩「真美ちゃん、珍しいね。あんまりこういう提案、しないのに」
千早「ええ……どうしたの?」
真美「な、なんでもないよ! でも、この間の竜宮ライブで、ちょっと考えが変わったかなーっていうかさ」
響「……」
真美「ちょっと、メンドくさがらなくなったかな」
響「……よし、じゃあ明日は『今 スタート!』も歌おう」
千早「ふふっ、もちろん」
雪歩「楽しみだねっ」
T「なんだか……いいなぁ、素敵ですよね。こんなユニット」
響「ありがとうございます。これが、自分たちの、インフェルノスターズなんです」
そう。みんなで楽しくアイドルをする。やるときには全力でやる。
これが、4人で作ってきたインフェルノスターズだ。
――
ライブ当日、ウォーターステージ。
ショッピングモールの裏にある楽屋に3人を入れて、担当のスタッフと打ち合わせをしに行く。
響「おはようございます!」
スタッフ「あ、あの……765プロさん」
響「はい?」
スタッフ「今日、イベントできません」
響「……はい?」
スタッフ「ダブルブッキングで、この会場は使えないんです」
響「……え?」
スタッフは困り顔だ。
この会場を抑えたのは、3週間も前だ。
それに、もうアイドルは到着している。
いまさら、どうしろっていうんだ。
響「あの、それはどういう――」
「あれれっ? 誰かいるよー、うらら」
「……ホントだ」
響「……?」
振り向く。そこには、端正な顔立ちの女の子が3人並んでいる。
まるでアイドルユニットのような――。
「……アンタ、元アイドルの我那覇響だよね?」
響「そう、だけど」
「へぇ……今は何をしているの?」
響「……アイドルユニットの、プロデューサーだよ。……ところで、キミ達は誰?」
「あれ、知らないの?」
右にいるショートカットの女の子が言った。
「あたしたち、結構有名になってきたと思ってたんだけどね」
左にいるおとなしそうな女の子が続ける。
「――コスモプロのアイドル、って言えば分かってもらえる?」
そして、真ん中にいる小柄な女の子が……告げた。
響「コスモプロ……」
その名前は聞いたことがある。かつてあの有名アイドルユニットが所属していた、大手事務所。
そして――最近は新ユニットを売出中という。
うらら「『プチプラ☆ネット!』の天王寺うらら、覚えといてね♪」
ルーキーユニットフェス、参加事務所。
ユニット名――『プチプラ☆ネット!』。
響「まさか……キミ達が?」
うらら「この会場、譲ってくれるよね? 我那覇響プロデューサー?」
リーダーの天王寺うららは、幼い笑顔と冷たい声で言った。
今日はここまでです。次回の投下で終了すると思います。
お読みいただき、ありがとうございます。
お待たせしました。今から投下させていただきます。どうかお付き合い下さい。
うらら「ふたりとも、控え室に行ってていいよ?」
「それじゃあ……」
「じゃあね、765プロのプロデューサーさん」
天王寺うらら以外の2人が、この場を去っていく。
響「……どういうことなんだ」
うらら「さあ?」
響「自分たち、この会場を3週間も前に押さえたはずで」
うらら「そんなわけないと思うんだけれど?」
響「え?」
うらら「アンタ、忘れてない?」
響「な、なにを」
うらら「765プロが最初に押さえた会場はここじゃなくて、
ホップレコーズのステージでしょう?」
響「――!」
そうだった。
でも3日前にスタッフからあった連絡で、ここに変わったって……!
うらら「だから、このダブルブッキングは765プロの責任」
響「でも……自分たちがここに変えてって言ったわけじゃない。向こう側から連絡が来たんだよ」
うらら「それが観客に関係あると思う?」
響「思わない、けど」
うらら「ねえ我那覇さん、冷静に考えてみてよ」
うららは自分に思い切り近づく。もう少しでぶつかってしまうぐらいに近い。
うらら「765プロとコスモプロ、どっちの規模が大きいのか」
パッと手を掴まれ、強い力で握られていく。
うらら「ねえ、アンタ達……ちゃんと活動したいなら、ウチに楯突いちゃダメよ?」
響「……え」
うらら「ウチに楯突いて順調に活動できたアイドルなんてひとりもいないんだから」
顔を見る。アイドルらしい、ほほえみ。
手を離され、自由が戻っていく。
うらら「イベントが始まる前に、とっととここを立ち去ってね?」
響「……」
うらら「アディオス♪」
うららが後ろを向いて歩いて行き……そこには、そそくさと移動するスタッフと、
自分だけが残った。
気がつけば、壁に貼り付けてあった数枚のポスターが剥がされている。
薄い青が基調の「インフェルノスターズ」のポスターが、黄色の「プチプラ☆ネット!」のポスターに。
響「なんでだ……」
どうすればいいんだ。
千早「あら、響…………どうしたの?」
雪歩「響ちゃん……?」
響「……みんな」
真美「ん?」
響「ここ、ダブルブッキングらしいんだ」
千早「え?」
千早が目を丸くする。
響「この会場、今日はコスモプロが演るから、って」
雪歩「そ、そんなのおかしいよっ!」
響「自分もそう思うんだけど……急に会場がここに変わったでしょ? だから、何かあったんじゃないかって」
千早が恐ろしく冷たい声で呟いた。
千早「……妨害」
響「っ……!」
妨害?
真美「な、なんでさ! なんで妨害されなきゃいけないの!」
千早「……ルーキーユニットフェスの話、聞いたわよね」
真美「う、うん……」
千早「コスモプロも出場するとしたら、今のうちに名前を売っておいたほうがいい」
雪歩「まさか、そのために今日の私達のライブに被せてきたってこと?」
千早「……急に私達のステージをここに変えたのも、スタッフに圧力をかけて……」
そう考えると、恐ろしいほど合致する。
なぜうららが最初会場が違ったことを知っていたのか。
響「で、でもさ」
千早「……」
響「なんでも疑ってかかるのは、良くないって思うんだ」
雪歩「……うぅ」
響「だからとりあえず。ここでは自分たちは歌えなくて、えーと」
真美「……ひびきん」
真美が名前を呼んだ。
響「……?」
真美「真美、ここじゃなくてもいい。……外でもいいんだ!」
真美が立ち上がって、自分へと近づいてくる。
真美「少しでも聞いてくれる人がいるなら、真美はそこで歌いたい!」
響「真美……」
千早「……」
真美「真美、竜宮のライブに参加した時、いっぱい応援してもらったから!」
響「応援?」
真美「うんっ、ユニットでも頑張ってね、ってファンのみんなに! だから」
真美の大きな声が、部屋中に響く。
真美「どこでもいいから、ステージに立たせて!」
響「……」
真美「……っ」
ギュッ、と抱きつく力を強くする真美の手にポンと手をかぶせた。
真美の身体を離して、目を見て言った。
響「分かった。そうだよね、自分が諦めちゃダメだ」
真美「ひびきん……」
千早と雪歩を見る。ふたりともまっすぐに、じっと自分を見つめていた。
響「自分、もう一回ここのスタッフとコスモプロに掛けあってみる。
それでダメだったら、別の会場を……」
雪歩「ね、ねえ響ちゃん。こういうのはどうかな……?」
響「え、何?」
雪歩が昨日お父さんがしていた話から思いついた、と前置きをして話し始めた。
雪歩「……」
真美「なんかそれ、出来たらメッチャ面白そうだね!」
千早「ええ、これならあまり一方的ではないわね」
響「よし、自分ちょっといってくる!」
雪歩の案なら、フェルノスはあのステージに立てる。
急いで話しに行こうとすると、千早に「待って」と肩を掴まれた。
千早「私達も、一緒に行くわ」
響「え?」
真美「真美達、ひびきんに付いて行くよ!」
雪歩「だって、私達はユニットだもんねっ」
3人が笑う。その笑顔が自分の背中を、思い切り押してくれた。
練習の成果を見せ、ファンを魅了するために。自分たちは、最高の気分を味わいたいんだ!
響「うんっ!」
響「おーい、コスモプロー!」
うらら「それで――って、あれ? 帰り支度、済んだの?」
さっきのスタッフと話し合っているうららを呼ぶ。
プロデューサーを兼業しているらしく、資料を何枚も持っていた。
響「違うよ、……自分たちはここで歌うために来たんだ」
うららは鼻で笑った。
うらら「ハァ? アンタ人の話聞いてなかった? ここはプチプラのステージよ」
響「頼む、自分たちに……ここで歌わせてくれ!」
思いっきり頭を下げた。後ろで千早が「響」と、自分の名前を呟く。
うらら「……アイドル揃えて来たと思ったら、そういうことね」
同情を誘うのはナンセンスだわ、とうららは肩をすくめた。
響「別にそんなの誘ってないってば」
うらら「無理よ無理。今日の15時から16時、私達のライブと一般の撮影会をするの」
響「……765プロがお願いしたのと、同じ時間だ」
うらら「そう? まぁ、よく知らないけど……とにかく、アンタ達がやる時間なんて一分もないわよ」
千早「それ、2ユニットともは出来ないかしら」
顔を上げて後ろを向くと、千早が言った。
自分が格好良く決めるつもりだったんだけどなぁ。
うらら「なにそれ? そんなことが出来るなら苦労しないし、だったらバーターでウチの新人を使うわよ」
真美「だったらさ、真美たちとプチプラの『ライバル同士』のほうが、盛り上がるんじゃないかな」
今度は真美がいたずらっぽく笑って一言。
うらら「は?」
雪歩「――あの、ライブの撮影は許可していますか?」
雪歩が一歩前に出る。
うらら「いいえ、してないけど」
雪歩「だったら、撮影許可にしてくれませんか?」
うらら「どうして?」
雪歩「撮影会を無くして、ライブ自体を撮影許可にすれば……撮影会は無くても、いいかなって」
うらら「……」
雪歩「『ダブルヘッダー』で、私達をこのステージに立たせて下さいっ」
雪歩の提案、ダブルヘッダー。野球の話らしい。
同じスタジアムで朝と夜、試合を二試合やること。
それを案として、コスモプロの撮影会の時間にフェルノスが「二試合目」をする計画を話してくれた。
撮影会を無くす代わりに、普段禁止にしているライブの撮影を許可にする……これでなんとかなるはずだ。
プチプラも大きな変更はないから。
うらら「それでいいって思ってるワケ?」
響「……」
うらら「ねえ、誰が考えたのかしら」
雪歩「わ、私ですけど……」
雪歩が小さく手を挙げた。
うらら「アイドルなら分かるわよね? 本番当日になっていきなり進行が変わることの重大さが」
真美「っ……」
響「そりゃ、分かるよ。それでも、自分たちはここで歌いたいんだ」
うらら「無理よ、バカなのアンタ、そんな案を話すなんて。プロデューサーのくせに、そんなことも分からないの?」
響「でもっ……!」
真美「ひびきん、もういいから」
響「……っ」
真美の右手が、こぶしを作っている。
そしてそれは、かすかに震えているように見えた。
怒っているんだ。
うらら「それじゃあ、とっとと帰ってね♪」
と、うららが手を振りながら言った。
アイドルらしいあの笑顔で。
そしてくるっと後ろを向いて、数歩、まっすぐ歩いて……止まった。
響「……?」
うらら「……何しに来たの?」
「自分の会社のアイドルを見に来てはいけないか?」
うらら「……別に、そういうことを言ってるんじゃ」
初老の男性とうららが何か話している。
会話の内容から、なんとなく社長かな……と思って聞いてみる。
真美「ひびきん……あれ、誰?」
響「さあ……社長とかかな」
千早「ずっと笑顔ね、あの人」
雪歩「うん……なんか、怖いね」
その後すぐ、男性が自分の目の前へと歩いてきた。
社長「やあ、コスモプロの社長をしている者だ。よろしく」
響「あっ、はい。……765プロダクションでプロデューサーをしています、我那覇です」
名刺を手渡すと、社長はそれをスーツのポケットにしまった。
ぐちゃぐちゃになっちゃうぞ、あんな入れ方。嫌味か。
社長「さっき、ウチの所属アイドルと話し合ったんだがね。ぜひその案でやらせてもらおうかと思ってね」
うらら「ハァ!? なにそれ、聞いてないわよ!」
社長「ゴホン。だから、あとはプロデューサーの君に一任するよ。ウチはアイドルが兼任しているから」
響「い、いいんですか?」
社長「なに、その方が面白いと思っただけだ。元々このような無料イベントに私は期待していないからね」
響「えっ……?」
社長「利益が物販だけで不定なものでは、多くパフォーマンスするだけ時間の無駄だからねぇ」
そしてコスモプロの社長は、笑顔のまま去っていった。
涙目のうららが残る。
うらら「……先に私達がステージに立つ。それはいいわね」
響「……うん、よろしくな」
うららは頷いて、走り去っていった。
千早「……やったわ!」
真美「ねえ、みんなでステージに立てるんだよねっ!」
雪歩「こ、ここで出来るんだよっ」
響「みんなっ、急いで準備して!」
3人は笑顔で頷いた。
響「インフェルノスターズの、CD発売記念ライブだ!」
□
――プロジェクト・フェアリー、また移籍?
765プロのアイドルユニット、プロジェクト・フェアリーが、
再び移籍の渦中にあるという。
仕事量が増え、さらなる飛躍を目指し大手の某プロダクションへと移籍をするというのだ。
かつて961プロを解雇され、移籍という形で765プロの所属になったフェアリーだが、
果たして再び移籍することがありえるのだろうか。
真美「……フェアリーが移籍なんて、やだなぁ」
フェアリーが移籍する、って雑誌の記事を見てからフェルノスのみんなは
明らかにモチベーションが落ちていた。
話を聞こうにも、フェアリーとプロデューサーはただでさえ忙しい。
竜宮小町よりも仕事があるというのだから、メールも出来ない。
千早「この記事、本当なのかしら」
春香「そ、そんなことないと思うけど……」
765プロの事務所は乙女が集まっている――社長・談――けれど、今日の雰囲気は悪い。
貴音にも、美希にも、プロデューサーにもメールをした。
3日経った今でも、帰ってこないのだ。
ルーキーユニットフェスまで、もう時間がない。
今年から優勝したユニットはアイドルクラシックの一次予選通過、という権利を持つだけに、厳しくなる。
響「ねえ、みんな曲は大丈夫? レッスン、まだ入れようか」
自分はというと、フェルノスへ入る仕事を捌きながら、フェスに向けてレッスンを多く入れていた。
春香「ま、まだやるの、フェルノス? すごいなぁ……」
千早「そういえば春香は、最近はよく電車を使って移動しているんですって?」
春香「うん。今、プロデューサーさんが忙しいんだって。フェアリーがいろいろあって」
――移籍。
いや、違う。自分たちに黙って移籍なんか、するわけない。
するわけないって、信じたい。
何年も一緒にやってきた仲間が、何も言わずに事務所を抜けるなんて考えたくもない。
雪歩「私、まだ不安なところがあって……」
真美「あ、真美も真美もっ」
千早「そうね、ダンスをもう一回踊って、最終調整したいわ」
春香「みんな頑張ってね! 私も、見に行くから」
真美「おっ、はるるんの差し入れが楽しみだなー!」
春香「ええっ!? りょ、了解!」
今週末は、ルーキーユニットフェス。
それは明後日に迫っていた。
響「分かった、それじゃあ明日は空き時間にレッスンをしよう」
1ユニットは2曲を歌えて、2曲の審査の合計点数で順位が決まる。
前々からレッスンをしていた「Little Match Girl」と……”新曲”を演ることは決まっていた。
新曲は、継続的に練習して、みんな歌えるようになっていた。ダンス曲じゃないから、踊りはほぼない。
これなら、後はみんなのがんばりで順位が変わると思うからだ。
――自分も、……自分が一番、頑張らなくちゃ。
フェス前日のレッスンで、みんなは弱点の克服をこなしていた。
トレーナーさんが心配していたところもちゃんと改善できている。
これなら、大丈夫。移籍の記事なんて気にしない。
勝てる、って思ったんだ。
フェスは千葉県の大きな野球場が会場だ。
海の近くにあって、風が強い。
観客席も広くて、とってもいい場所だと思う。
「ルーキーユニットフェス、今回は審査員として、プロジェクト・フェアリーのお二人が来てくれました!」
響「んなっ!?」
変な声を出して、周りのスタッフに睨まれた。
貴音「よろしくお願い致します。精一杯審査をさせていただきます」
美希「今日勝ったら、アイクラ2次予選に行けるんだよねっ! がんばるのー!」
歓声が大きくなる。ファンからも、スタッフからも。
控え室にいるアイドル達も、驚いているんだろうか。
「それでは最初に、『シンデレラプロ』のみなさんです! ユニット、『トライアドプリムス』!」
「よろしくお願いします!」
黒と青の衣装に身を包んだ3人組のアイドルが舞台の上に登場してきた。
自分のいるスタッフボックスからは審査員の得点が見える。
アイクラの審査委員長の元アイドルの女優、神長瑠衣さんや、
961プロの社長、黒井崇男さん……黒井崇男さん!?
黒井「……」
審査員席に、黒井社長がいる。こ、こんなこともやってるのか……。
そして、この手のフェスには絶対いる審査員さんと、美希、貴音。
合計は7人。
「ありがとうございました」
ファンの大歓声が聞こえてくる。さすが、今人気の事務所ってだけはある。
それでも、センターの娘の声があんまり出てなかった。
不調なんだろうか。審査結果は、それが響いていると思う。
まだ1ユニットだけだから1位だけれど、維持できる1位ではない。
そして、コスモプロ――プチプラの3人が、ステージにあがる。
「ありがとー! ありがとーっ! みんな、応援本当にありがと! 2曲目もよろしくお願いしまーす!」
比べ物にならない大声が、後ろから聞こえる。
コスモプロってこんなに勢いがあるのか……。
シンデレラプロとは大差の1位。
コスモプロが、王冠マークの横に名前を載せた。
この後、もう1ユニットがパフォーマンスをした後、休憩が入って……フェルノスの番だ。
響「みんな、差し入れ持ってきた……けど……」
控え室に入ると、衣装を纏った3人が暗い顔をして座っていた。
響「ど、どうしたんだよ」
千早「…………さっき、美希と廊下ですれ違ったの」
響「え、それで?」
千早「……私たちに、ごめんね、って言って……走って行ったのよ」
響「……『ごめんね』って……」
そんなの。まるで、
雪歩「本当に、移籍しちゃうの……?」
それを肯定しているようなセリフじゃないか。
真美「そんなの、やだよ」
自分はなんにも言えなくて、結局すぐ時間が来てしまって。
「ユニット『インフェルノスターズ』、楽曲は『Little Match Girl』!」
千早「よ、よろしくお願いします」
ベストコンディションでないみんなは、連続して失敗をして。
雪歩「きゃあっ!」
スターポイントはリセットされて。
真美「わわっ」
結局フェルノスは――4ユニット中、4位。
――
――――
貴音「……失礼、いたします」
響「っ、貴音」
6ユニットが1曲目を終わらせて、今のところ順位は5位。
この順位で未発表のアレをやるのは――あまりにも賭けをしすぎる。
そう思っていたところに、貴音がやってきた。
ピンク色のドレスを纏っている。
貴音「こちら、皆に」
真美「……これ」
貴音「春香に呼び出されまして、これを渡して欲しいと」
千早「春香……来てくれたのね。ありがとう、四条さん」
貴音「いえ。春香は一般観客席に居るので控え室に来られず申し訳ないと言っていましたよ」
貴音「雪歩」
雪歩「は、はいっ」
貴音が少し怖い声で、雪歩を呼んだ。
貴音「もう少し、腕のふりを大きくしなさい」
雪歩「う、腕のふり、ですか」
貴音「はい。今の貴方はふりがとても小さい、それではあのダンスは目立ちません」
雪歩「ごめんなさい……」
貴音「千早、あなたは声が上ずっていましたよ。音程がずれています」
千早「……すみません」
貴音「真美」
真美「……なあに、お姫ちん」
貴音「真美は、焦りすぎています。数秒早く踊っていました」
真美「……お姫ちんのせいだ」
貴音「え?」
真美が立ち上がって、思い切り泣き始める。
真美「お姫ちんたちが、フェアリーが移籍なんて、するからっ」
貴音「……移籍?」
貴音はキョトンとしている。
響「貴音、フェアリーが移籍するかもって雑誌の記事、知らない?」
貴音「はい……聞いたこともありませんが」
雪歩「で、でも美希ちゃんがさっき『ごめんね』って」
貴音「……その意図は分かりませんが、わたくし達が移籍など、するはずありません」
響「ほ、本当か」
貴音「はい。一度961プロに捨てられている身……765プロを捨てようなど、思うはずもないでしょう?」
貴音の純粋なほほえみを見て、思わず真美と雪歩と一緒に、貴音に抱きついてしまった。
貴音「っ」
真美「お姫ちん、本当なんだねっ」
雪歩「私達、勘違いしてましたぁっ」
響「たかねえっ!」
貴音「……? よく、分かりませんが、それがフェルノスへの応援となるのなら」
千早「四条さん」
貴音「……はい」
千早「信じて、いいんですよね」
貴音「ええ、もちろん」
千早がぎゅっ、と拳を握り締めた。
貴音が部屋を出た後、自分が提案をする。
響「みんな、次はやっぱり『今 スタート!』で行かないか」
雪歩「え?」
響「慣れてた『Little Match Girl』でも、結構失敗しちゃったよね。
だから、未発表曲で挑むのはちょっと無謀だって思うんだ」
千早「確かにそうね。確実にポイントを稼がなければいけない訳だし、敗退すればこの曲を無駄に知られてしまうわ」
響「だから――慣れてるあの曲で行こう。1曲目の最下位からだから、パフォーマンスは2番目」
だから、あんまり時間はないけど。
不慣れなことをするよりは、確実に行った方がいい。
響「円陣組もう!」
ここを勝ち進むことが、フェアリーと戦う近道になるから。
「絶対優勝!」「オーッ!」という声が、控え室に響いた。
球場独特の少し割れた音が、ファンの熱狂さをアップさせている。
一番最初の男性アイドルデュオは、結局最後まで小さな失敗を繰り返してしまっていた。
黒井社長の顔が怖い。あの人は酷いパフォーマンスを見るといつもあんな顔をするんだっけな。
「それでは、続いてのユニットです! 『765プロ』の『インフェルノスターズ』!」
大きな拍手がこだまする。
もうすぐ夏だっけ。ちょっと暑くなってきたこの時期にピッタリの雰囲気だ。
千早「よろしくお願いします!」
「曲は『今 スタート!』です、どうぞ!」
千早「輝く今君とスタート、淡色スタッカート♪」
千早の透き通るような声。
真美「大切な日々も、色褪せちゃうけど♪」
真美の少し大人っぽくなった可愛らしい声。
雪歩「いつかはBest My Friend、確かな運命♪」
雪歩の小さく力強い声。
これがインフェルノスターズの、本当の力だ。
それを分かってもらうには、充分だった。
黒井社長が腕組みをしている。
パフォーマンスを気に入ると、あのポーズを取るんだ。知ってるぞ、自分。
「――4位、シンデレラプロ。トライアドプリムス」
わぁっ、という声。ステージ上には今日出演したアイドルが全員立っていた。
審査員は横に立って、審査委員長の発表を見守っている。
「――プロ。ジョーカーズ」
あと名前が出ていないのは、うちと、コスモプロ。
「――――2位」
時間が、空気が、止まった気がした。
「――――コスモプロ。プチプラ★ネット」
その日一番の歓声は――――、
真美「やった……っ!」
「1位…………765プロ! インフェルノスターズっ!」
――フェルノスに向けられたものだった。
フェルノスの3人を始め、今日出演した全員がスタッフボックスに移動した。
どうやらスタッフの話によると、この後何か別のパフォーマンスがあるらしい。
響「みんな、本当におめでとう!」
真美「ありがとー、ひびきん!」
雪歩「私達、本当に勝てたんだよぅ!」
千早「やっとスタートラインに立てたのね!」
みんなとハグし合う。増え始めたテレビの仕事、雑誌の取材。
並行してやった、レッスン。キツくないワケがないのに、みんな頑張ってくれた。
最高だ……っ!
千早「そういえば、フェアリーがステージで歌うんですって?」
真美「そうなの?」
雪歩「フェアリーはもう優先参加権を、持ってるんだよね」
千早「ええ。何を歌うのかは知らないけれど」
響「ふぅん」
忙しいのに大変だな。審査員をやって、さらにパフォーマンスまでするなんて。
身体を壊さないように、ってメールしとこ。
「お待たせいたしました! アイドルクラシック参加権を取得したユニット、プロジェクト・フェアリーです!」
そして司会の声が、会場中に響く。
フェアリーは、いつものとは違う、純白のドレスに着替えていた。
美希「はいさーいなのー!」
はいさーい、とこだまする観客。
自分の挨拶なんだけど……まあ、いいや。
貴音「本日は、大変素晴らしいものを見させて頂きました。わたくしたちも精一杯、歌わせて頂きます」
美希「今日は……フェアリーの新曲を歌っちゃうよ!」
どよめきと歓声が入り混じる。
千早「新曲?」
真美「フェアリー、新曲出すんだね。ひびきん」
響「いや、自分は何も知らない」
雪歩「え……? プロデューサーから聞いてないの?」
響「うん、今週の会議はプロデューサー、休みだったんだよ」
テレビ局としなきゃいけない会議があったみたいで。
目線をステージ上に戻す。
美希「この曲は、とっても素敵な曲だよ」
貴音「……ええ、皆様にも好きになっていただけると思います」
美希「それじゃあ、聞いて下さい」
美希が、曲名を言った。
美希「――――『Melted Snow』」
……え?
千早「え……ねえ、それって」
雪歩「フェルノスの新曲じゃなかったっけ……」
真美「このイントロ、そうじゃん!」
会場に流れ出す、淋しげなイントロ。
黒井社長の顔を見る。向こうは、自分のことを思い切り睨んでいた。
どうしてこれが、本物の”フェアリーの新曲”になっているんだ……?
千早「もしかして……これのこと、かしら」
響「え?」
千早「美希の『ごめんね』、って……」
――ごめんね。
その言葉は何に対して。美希は自分たちに何をしたのか。
それが、新曲を奪ったことに対して、だったら。
パズルのピースがはまるように、式が完成していく。
そんなことを考えたくもないのに。
響「謝った、ってことは……知ってたんだ」
雪歩「……え」
響「美希は知ってて盗んだ、ってことだ」
真美「盗んだ……?」
響「フェアリーは盗んだんだ。自分たちの、インフェルノスターズの……新曲を」
千早がとても小さく、「どうして」と呟いて。
美希「風が冷たくて……♪」
海沿いの球場に、美希の歌声が響き始めた。
To be continued.■
1. 響「自分たちの、インフェルノスターズ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363010814/
前作に引き続き、本当にありがとうございます。また続きを書きたいと思ってます。
アイドルクラシックのところは追って行きたいです。
今回はあまりユニット無所属組の出番がありませんでした。反省します。
お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。
20:04│アイマス
