2013年11月14日
美希「ホンキのミキを見せてあげる!! 」
このSSは、美希「ホンキのミキを見せてあげるね!」http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1344837085/
を再編集したものです。前回のSSがあまりにも誤字や脱字がひどく、スレも読みにくくストーリーそのものに
悪影響を及ぼすレベルになっていたので、新たにスレを立て直してリセットすることにしました。前スレを
読んで下さり、応援してくださった読者の皆様にご迷惑をおかけした事をお詫びすると共に、暖かいスレを戴いた
を再編集したものです。前回のSSがあまりにも誤字や脱字がひどく、スレも読みにくくストーリーそのものに
悪影響を及ぼすレベルになっていたので、新たにスレを立て直してリセットすることにしました。前スレを
読んで下さり、応援してくださった読者の皆様にご迷惑をおかけした事をお詫びすると共に、暖かいスレを戴いた
ことに感謝致します。引き続き読んで頂けると幸いです。
それでは初めて読む方もどうぞお楽しみください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1351252223
ミキにフカノウなんてないの。
ミキは小さい頃から何でも出来たの。一輪車だってゴム跳びだってお遊戯だって、いつもミキが一番最初に
出来て一番上手だったんだよ。スゴイでしょ。ミキはいつだってみんなの憧れで、ヒーローでスターでお姫様
だったの。幼稚園の時なんて、1日に最高30人の男の子に告白されたことだってあるんだから。
でも中3になった時、そんなミキをムカついた女の子達がいたの。うーん、思春期ってフクザツだね。ミキ
イジメられちゃった。と言っても、ミキの中学校はマジメなコが多かったからヒドいイジメはなかったけどね。
でも靴やノートにイタズラされたり、ムシされたりヒソヒソされるのはイヤだったな。
だからミキも対抗することにした。ある日登校前にマツキヨに寄って、ヘアカラーを買ったの。それで駅の
トイレでマッキンキンに染めて登校しちゃった。ミキをイジメてたコ達はビックリしちゃって、ミキから目を
そらすようになったの。ひとりだと何も出来ないコばかりだったから、ミキにすっかりビビったみたい。イジメ
もなくなって、ミキの平和な日常が帰ってきたの。
でも今度はセンセイ達が大騒ぎになったの。ミキは生徒指導室に呼び出されて、そのままお説教されちゃった。
センセイにはミキがグレちゃったみたいに見えたのかな。別にそんなつもりないのに。放課後にはパパとママ
まで来ちゃった。ふたりともミキのアタマを見てビックリしていたけど、すぐに何か悩み事でもあったのかって
心配してくれたの。パパもママも優しいからダイスキ。
でもそうなるとちょっと困ったの。どう言ったらいいのかなって。正直にイジメられたからなんて
言っちゃったら、パパもママもすごく心配しちゃう。もしかしたら転校させられちゃうかもしれないの。ミキ
この学校好きだし友達とも離れ離れになりたくなかったから、転校はイヤだったの。イジメもなくなったし、
このままの生活を守りたかったの。
だからミキ、なんとなく思いつきでセンセイとパパとママに言ったの。
「ミキ、将来アイドルになりたいの。アイドルになってキラキラしたいのっ!」
って。芸能人だったら金髪でも問題ないよね。本気でアイドルになりたいワケじゃなかったけど、われながら
ナイスアイデアだと思った。結局髪を染めたことはうやむやになって、授業中居眠りが多い事を怒られて
終わったの。別に髪を染めてもミキはミキだし、いつも通り何も変わらなかったから大目に見てくれたみたい。
これでようやくミキの平和な暮らしが戻ってきたの。
……と思ってたら、またメンドくさいことになったの。
ある日学校から帰って来ると、奈緒お姉ちゃんがアイドルオーディションのパンフレットをいっぱい持って
待ってたの。どうやらミキの言葉をすっかり信じちゃったお姉ちゃんが、ミキの為にわざわざ調べて集めて
くれたみたい。お姉ちゃんはミキのことを可愛がってくれるからミキもダイスキなんだけど、時々暴走しちゃう
困ったさんなの。
でもせっかくお姉ちゃんがミキの為に集めてくれたんだし、あんまり気は進まないけどオーディションを
受けてみることにしたの。出来るだけ家から近くて、早く終わりそうなオーディションを選んで申し込んだ。
ちゃんとアイドルになるために頑張ってるってアピールもパパやセンセイにしなくちゃいけないし、
オーディションの実績のひとつくらいは必要かな。申し込んだオーディションはダンス中心だけど、ミキ運動は
得意だし自信もあるの!!
そしてオーディション当日。もしかしたらグランプリとっちゃうかも〜とか、そしたらますますアイドルに
向けて忙しくなるのかな〜とか、でもそれもちょっと楽しそうかな〜なんて考えながら、会場に入ったの。
「それではエントリーナンバー21番、星井美希さんお願いします」
「はいなの!」
審査員のオジサン達が見ているステージに立つ。あは☆ なんだかホントにアイドルになったみたいなの。
気分も良いし、久しぶりに本気でダンスしちゃおっかな!
***
『それでは第○○回ダンスクイーンオーディショングランプリは……エントリーナンバー26番、我那覇響さん
に決定しました!!』
スポットライトを浴びて、ミキより背の低い女の子が黒いポニーテールを揺らしてトロフィーを受け取る。
そのコは笑顔で会場に手を振っていた。ちなみにミキは準グランプリ。おっかしいな、ミキ昨日は早く寝たし、
調子よかったんだけどな……
「お前すごいな!! 楽勝だと思ったのに結構ぎりぎりだったぞ。やっぱり東京はレベルが高いさ。自分達は
今日からライバルだぞ!! 」
オーディション終了後に、グランプリのガナハがミキに声をかけてきた。なんだかこのコ熱血っぽくて
疲れるの。ミキはもっとゆるーく暮らしたい主義だから、このコとは合わないかな。
「悪いけど、ミキもうオーディション受けるつもりないの。だからガナハとバトルすることももうないと
思うよ。これからも頑張ってね」
「そうなのか?おまえくらい踊れたらダンサーでもアイドルでもなれるのに勿体ないぞ……って、おーい、
ちょっと待つさーっ!! 」
そのまま帰ろうとしたミキを、ガナハは追いかけてきた。どうやらメアドを交換したいみたいなの。
「いつでも連絡してきてくれ。自分沖縄から出て来たばかりだから、こっちの友達募集中さ」
ひまわりみたいな笑顔でガナハは笑った。さっきライバルって言ってなかった?でも友達が増えるのは
良い事なの。熱血っぽいケド悪いコじゃなさそうだし、せめてヒビキって呼んであげようかな。ガナハでも
ヒビキでもあまり変わらない気もするけど。
こうしてミキのアイドルへの第一歩は、準グランプリというビミョーな結果に終わった。こんなものかなと
思いつつも、なんだか面白くないの。もしまたオーディション受ける事になったら、次はもうちょっとだけ
頑張ってみようかな。
***
その日の夜、ミキの準グランプリをお祝いしてママがごちそうを作ってくれた。お姉ちゃんも大喜びで、
ミキもちょっとだけ嬉しくなったの。
「次はグランプリ目指して頑張れよ美希!」
ビールを飲んでご機嫌になったパパに言われた。その場ではテキトーに返事したけど、お布団に入ってから
また頭の中でぐるぐる考えたの。
「ミキ、本当にアイドルになりたいのかなあ……」
パパもママもお姉ちゃんもすっかりその気になってるけど、ミキはまだイマイチそんな気分じゃない。確かに
響に負けたのは悔しかったけど、もし勝ってもそこからアイドルになろうって気になったかなあ。テレビで
見ているアイドルの子達はみんなキラキラしててカワイイなあって思うけどそれだけで、ミキは見てるだけで
十分なの。ミキが憧れるようなアイドルのコもいないしね。
「のどかわいちゃった」
夜中のキッチンで牛乳を温めて、テレビを見ながらちびちび飲む。この時間はあんまり面白いのやってないね。
『さあ次は、今月デビューした新人アーティストの紹介だ!』
だらだらチャンネルを回していると音楽番組が流れてた。イマイチな新人さん達をぼんやり見てたんだけど、
あるアイドルさんの歌声でミキの眠気は吹っ飛んだの。
『♪蒼い鳥 もし幸せ 近くにあっても♪』
ミキとあまりトシの変わらない女の子が、とてもキレイな声でしっかり歌ってた。ほっそりしてて凛々しい、
長い髪をした美人さんだったけど、ミキにはそれ以上にそのコがとってもキラキラしてるように見えたの。
「スゴイ……これがアイドルなの……?」
ほんの十秒くらいの映像だったけど、ミキはカミナリに撃たれたみたいにしばらく動けなかった。アイドルに
も色々いるんだろうけど、あんなコもいるんだ……ミキのアイドルへの想いはガラッと変わったの。
「……マジメにアイドル目指してみようかな」
あのコみたいにキラキラしてみたい、あのコみたいなアイドルになって同じステージで一緒に歌って
みたいって、ミキはハッキリ思った。自分から何かしたいって思うのは久しぶりなの。
「あ、あのコの名前チェックするの忘れてた」
画面に出てたけど、なんて読むのかよく分からなかった。ニョツキ?センソウ?ムツカシイ芸名つけないで
ほしいな!とりあえず『ニョッキさん』て呼ぶことにした。
「待っててねニョッキさん、ミキもすぐにそっちに行くからね!」
テレビを消してお布団に戻る。でもコーフンしちゃってゼンゼン眠れなかったの。明日の朝ちゃんと
起きられるかなあ。寝坊したらニョッキさんのせいだからね!こうしてミキは、ちょっとだけマジメにアイドル
目指してみる気になったの。ホントにちょっとだけだけどね。
***
それからしばらくして、またミキの家の近くでオーディションがあったから、それに申し込んだ。今度は
ビジュアル重視のオーディションで、モデルさんなんかも受けるみたい。これならグランプリいけるかも!ミキ
プロポーションには自信あるもんね♪ 街でナンパされることもしょっちゅうあるんだから。でもまた響みたいな
強敵が来るかもしれない。だから今回はしっかり準備することにした。オーディション前の二週間はおやつも
おにぎりもガマンして、夜も10時には寝たの。それからお姉ちゃんに美容室に連れて行ってもらって、
ちゃんと髪を染めてパーマもあててみた。ミキ元々くせ毛だったんだけど、ますますふわふわになっちゃった。
そしてオーディション当日。お姉ちゃんの勝負服を借りて、ミキは気合満タンで会場に入ったの。ミキを見た
他の参加者の女の子達はみんなビックリしていた。ふふん♪ どう?ミキカワイイでしょ。ミキも自分でビックリ
してるもん。モデルの歩き方とかポージングはちょっと間に合わなかったけど、でも今回はアイドルの
オーディションだからあまり重視されないみたい。だからモーマンタイなの!
ミキはステージに飾ってあるティアラとトロフィーをロックオンする。見えるの、あのティアラをかぶって、
トロフィーを抱えてスポットライトを浴びているミキが。待っててねトロフィーくんにティアラちゃん、すぐに
ミキが迎えに行ってあげるからね!
***
『それでは大変お待たせしました!第○○回ビジュアルクイーンオーディショングランプリは……エントリー
ナンバー19番、四条貴音さんに決定しました!』
審査員さん達と会場のお客さんに丁寧に頭を下げて、ミキより背の高い銀色の髪の女の子が頭にティアラを
載せてもらっていた。くやしいけどスゴく似合ってたの。ちなみにミキはまた準グランプリ。今回はしっかり
準備してたから、前よりショックが大きかったの。でもあんなの勝てっこないよ。金髪のミキが言うのも
アレだけど、四条貴音は銀色の髪に紫色の目で、白人さんより色白でおっぱいもお尻もケタ違いなの。あのコ
ゼッタイ日本人じゃないの!
主催者のオジサンが、ミキにも小さなトロフィーをくれた。ミキの隣では、グランプリの四条貴音がミキの
トロフィーの三倍くらい大きいやつをもらっていた。あんな大きいの持って帰れないの。ふんだ、ゼンゼン
うらやましくないもん。ミキのやつくらいが部屋に飾るのもちょうどいいし、カワイイもん。だからミキ、
ゼンゼンくやしくないもんね!
***
「あ〜っ!く〜や〜し〜い〜!こうなったらヤケ食いしてやるの!」
オーディションも終わったし、今日くらいいいよね。ミキ元々好きなだけ食べてもあまり太らないし、デカい
パフェでも思いっきり食べてやるの!
「あ、ちょうどいいところにバケツパフェがあるの。あれにチャレンジしよっと!」
駅前の喫茶店でバケツパフェを見つけて、ミキはルンルンで店に入った。女の子は甘いものならいくらでも
食べられるんだよ。
「おや。奇遇ですね星井美希」
「げ……」
店に入ると、後ろからいきなり声をかけられたの。誰かと思ってふり向いたら、頭にティアラを載せたまま
の四条貴音が、バケツパフェを3つ並べて食べてた。そのまま回れ右して帰りたくなったけど、すぐに呼び
止められちゃった。
「お待ちください。折角ですし少しお話でもしませんか。ぱふぇも美味ですよ」
正直食欲なくしたし話すこともないけど、ここで帰ったら逃げたみたいでイヤだったから、仕方なく座る
ことにしたの。
「何の用かな。ミキこれでも忙しいんだけど」
「ふふ、お時間はとらせません。すみません、紅茶をふたつ」
ウェイターのお兄さんに注文して、四条貴音は口元を拭いた。あれ?いつの間にぜんぶ食べたの?さっきの
オーディションって大食い選手権だったっけ?とにかく相手のペースに引きずられてはダメ。このコは油断
ならないの。そのためにもミキがしなくちゃいけないことは……
「そのひとつに砂糖とミルクをたっぷり入れて。あま〜くしてねお兄さん♪」
ウインクもサービスしてあげる♪ウェイターのお兄さんは顔を赤くしてカウンターに帰って行った。
ふふん♪ どう?これで女子力はミキの勝ちなの。
目の前では四条貴音がニコニコ笑ってる。いつまでその余裕が続くかな。さあ覚悟するの四条貴音、女の戦い
第二ラウンドスタートだよ!
***
―765プロ事務所―
「う〜ん、わからないわね……」
「ただ今戻りました〜 うん?どうした律子?難しい顔してパソコン睨んで」
「お帰りなさいプロデューサー。いえ、今日行われたビジュアルクイーンコンテストの結果が出たんです
けど……」
「お、もう来てるのか。どれどれ」
事務所でオーディションのチェックをしていると、営業から戻って来たプロデューサーが私の横から
モニターを覗き込む。ち、ちょっと、近いですよ!!
「四条貴音?知らない名前だな。どこの事務所の子だ?」
「彼女はフリーです。ヨーロッパを中心にモデル活動をしている子ですから、日本ではそれほど知名度は高く
ありませんね。有名ブランドの専属モデルの話を蹴ったとは聞いていましたが、まさか日本に来るとは
思いませんでした」
彼女のプロフィールは多くの謎に包まれているが、国籍上は日本人らしい。海外で高い評価を受けていた子
なのに、どうしていきなり日本のオーディションを受けたのだろうか。今後彼女が日本で活動するとなると、
アイドル事務所の間で彼女の激しい争奪戦が勃発するだろう。
「それから先月行われた、ダンスオーディションの入賞者リストなんですけど……」
「ああ、そっちは知ってるぞ。西日本のオーディション荒らし、我那覇響がついに東京に乗り込んで来た
そうだな。営業に行くとどこもかしこもその話でもちきりだよ」
私がモニターにアップする前に、プロデューサーが答えた。我那覇響の名前は業界でもそこそこ知れ渡って
いる。ただしダンサーとしてだが。しかし彼女は歌も上手で容姿にも恵まれており、何より県民性なのか
人懐っこい明るいキャラクターでアイドル業界も注目している。
「四条貴音に我那覇響。また凄い新人が殴り込みをかけてきたな。ひとりでもトップアイドルになれそうな
逸材なのに、それが同時に2人も現れるなんて。こりゃしばらく業界が荒れそうだ」
くわばらくわばら、とプロデューサーが手帳にメモを取る。しかし私が気にしているのは彼女達ではない。
我那覇響はいずれ東京に来ると予想していたし、四条貴音も海外での活動データを集める事は可能だ。
わからないのは3人目。全くのノーマークだったこの準グランプリだ。
「星井美希?誰だこの子。おおっ!? ダンスとビジュアルのコンテスト両方で準グランプリを獲ってるのか。
こりゃすごい、アマチュアか?」
「いえ、アマでも地下でも候補生でもありません。彼女は高木社長のネットワークにもヒットしませんでした。
代わりに愛鳥週間ポスター金賞、バードカービング金賞、日本野鳥の会主催の写真コンテスト金賞でこの名前
が該当しましたけど」
高木社長は長い年月をかけて独自のコネクションを築き上げ、日本はおろか海外でも活躍しているアイドルの
情報までプロアマ問わず網羅している。そのネットワークに引っかからないとなると、彼女は考えにくいが
全くの素人という事になる。
「鳥が好きなのかな。双眼鏡を首からぶら下げて、野鳥観察してそうな大人しい森ガールか?」
「いえ、オーディションに居合わせたスカウトマンの知り合いに聞いたんですけど、長い金髪をした、我の
強そうな顔立ちの派手な子みたいですよ。少なくとも大人しい子ではないと思います」
それに彼女のコンテスト受賞歴はそれだけではない。個人の受賞ではないが、昨年の全国中学生体育大会の
東京代表として、400メートルリレーの第一走者を務めている。リレーの結果は銀賞であったが、運動神経も
悪くはないようだ。
「他にも3年前の関東のお手玉選手権や、4年前の小学生百人一首優勝者などでもこの星井美希という名前が
該当しますね。出場している大会の開催場所や時系列を見ても、おそらく同一人物で間違いないでしょう。
しかしどの大会も出場したのは一度きりで、翌年以降は出場していないみたいです。一種の大会マニア
でしょうか」
「いや、鳥が好きみたいだが、それ以外は出場している大会やコンテストの傾向を見ても特にこだわりはない
みたいだし、そんなに熱心に出場しているわけでもなさそうだな。おそらく彼女は気の向くままに、その時々
の自分の気分に合った大会やコンテストに出場してるんだろう。我那覇響ではないが、こっちもある意味
オーディション荒らしだな」
プロデューサーが冷静に分析する。だとしたら非常にもったいない。星井美希はその有り余る才能を持て余し、
大会の難易度に関係なく手当たり次第出場して入賞をさらっている。そして他の出場者にとっては迷惑極まり
ない存在だ。リベンジに燃えようにも、次の大会にはいないのだ。そんな彼女がどうやらアイドル業界に
興味を持ったようだ。
「この業界はしつこいヤツが多いからなあ。少しでもアイドルの才能の片鱗をのぞかせようものなら、スカウト
達はスッポンみたいにくっついて離れないぞ。ちょっと興味を持って出場してみただけが、この子もこのまま
アイドルとしてデビューするかもな」
「ま、しばらくは様子見ですね。それにこの子にしろ我那覇響にしろ四条貴音にしろ、ウチよりもっと大きな
事務所の所属になるでしょう。敵に回った時の対策は考えても、プロデュースの構想なんてするだけ
ムダですね」
この話はひとまずここまで。私はデスクの引き出しから極秘のファイルを取り出した。こっちはこっちで
忙しい。来月には社長に承認をもらって、このプロジェクトを始動させないと。
「例の企画か?どれどれ……」
「だ〜め〜で〜すっ!! いくらプロデューサー殿でも、この企画の中身は見せられません〜!! 」
ファイルを覗き込もうとしたプロデューサーから、慌ててガードする。同じ事務所の仲間でも、この企画に
関してはライバルだ。
「ちぇっ、つまんねーの。でも俺もようやく千早のデビューにこぎつけたわけだし、これからどんどん
売り込んでいかないとな」
「そうですよ。テレビ局総ざらいしてやっと深夜番組の15秒の曲紹介だけなんて、千早がかわいそうです。
もっとガンガン攻めていかないと!! 」
「はは、手厳しいな。でも律子はユニットのプロデュースを考えてるんだろう?ソロで売り出すより大変だと
思うが、大丈夫か?」
「心配いりません!! 私の企画は完璧ですから。うかうかしてると追い越しちゃいますよ〜!! 」
そう言ってふたりで笑う。765プロはまだまだ弱小事務所だが、いつまでも業界の片隅で小さくなっている
つもりはない。765プロの伝説は今から始まるのだ―――――
***
―事務所外―
「……亜美、今のハナシ聞いた? 」
「うん、バッチリ……りっちゃんは亜美達にナイショでユニットを作ろうとしてるみたいだね……」
「つまりここらへんでレッスンガンバってりっちゃんにイイトコ見せとけば……? 」
「亜美達がユニットのメンバーに選ばれるかもしれないってコト……? 」
「キャッホーイ!! これはヤル気がマッハですなあ→!! 」
「長きに渡った姉妹対決に、ついに決着がつきそうですなあ→!! 」
「ふっふーん、勝負だぜ亜美!! 格の違いを見せてやる→!! 」
「望むところだぜ真美!! 姉だからってテカゲンしないぜ!! 」
「ふっふっふっ……」
「くっくっくっ……」
「……ふたりとも、どーして事務所の前であそんでるのー?」
***
「はあ……」
目の前の池に浮かぶカモ先生を眺めながら、ミキはため息をついた。四条貴音との第二ラウンドは引き分け、
かな。ミキ負けてないもん!! って言えるけど、そもそも勝負になってなかったかも。だって貴音、言ってること
がよく分からなくて会話にならなかったもん。あのコなんであんなにむずかしいしゃべり方するんだろう。
―回想―
「星井美希、どうして貴女はべすとをつくさないのですか」
え?何?いきなり何言い出すの?
「なぜべすとを尽くさないのか」
いや、繰り返さなくてもいいから。
「どんとこい!! 超常現「なんかハナシずれてない?」……失礼致しました」
ベツにいいけどさ。
「つまり貴音は、今日のオーディションでミキがホンキじゃなかったって言いたいの?」
「はい。有り体に言えばそういうことです」
カチン。このコミキの何を知ってるの?今日初めて会ったばかりなのに、そんな事言われる筋合いなんて
ないの。ミキだって今日のために、二週間ガンバったんだよ!!
「二週間程度で頑張ったなどとよく言えたものです。今回のおーでぃしょんの参加者の多くは、今日のために
最低2ヶ月は準備をしておりますよ。ちなみにわたくしはいつでもおーでぃしょんに臨めるように、常に
万全の準備をしております」
バケツパフェ3杯も食べておいて説得力ないの。でも勝てばカングン?だっけ?敗者は意見出来ないの。
「貴女の敗因は、今回のおーでぃしょんの評価基準がもでるの要素に重きを置いている点を考慮しなかった
ことです。主催側は採点基準に入れないとは言っておりましたが、真に受けたのは貴女だけだと思いますよ」
うぐ……、それを言われると反論出来ないの。確かにミキもいいのかなって思ったケド、でも二週間じゃ
ダイエットが精一杯だったの。
「で、でもミキ準グランプリになったもん!! 貴音の言うホンキがよく分からないケド、準グランプリだって
そう簡単にはなれないもん!! だからミキガンバったもん!! 」
確かに他のコと比べてミキはホンキじゃなかったかもしれないけど、でもオーディションでは一所懸命やった
もん!! ちゃんと真剣に勝負したもん!!
「では美希。貴女はその結果に満足してしますか?」
貴音の雪女みたいな鋭い視線がミキに突き刺さる。ミキは何も言えなかった。満足しているハズがない。
ミキは今回グランプリになるつもりだった。でもなれなくてくやしかったもん。
「貴女はなまじ才能に恵まれているだけに、 普通の人より容易く人生を送ることが出来るでしょう。しかし
その手持ちの才能だけに甘んじて精進しないようでは、いつまでも本当の幸せを手に入れることは
出来ませんよ。それは貴女が一番よく分かっているでしょう」
まるでミキの心を読んでるみたいに、貴音ははっきりと言い切った。ミキは悔しくてみじめな気持ちに
なって、ついついキツい言葉で言い返した。
「何なの?貴音はミキのお姉ちゃんになったつもりなの?ミキのお姉ちゃんはひとりでじゅうぶんなの。
説教なんて聞きたくないな!! 」
ミキがそう言うと貴音はまたニコニコ笑って、
「申し訳ございません。そのようなつもりではなかったのですが。ただ響も貴女の事を気にかけておりました
ので、こうして一度話をしてみたかったのです。響の言った通り、貴女は素直な心を持った良い人ですね」
響?何で響の名前が出てくるの?貴音の知り合いなの?
「親しい友人のひとりです。わたくしは貴女とも友誼を結びたいと思っておりますよ、星井美希」
「トモダチになりたいってこと?ちょっと考えさせて欲しいの……」
さっきまでお説教された相手と、いきなり仲良くなんて出来ないの。ミキおかしくないよね?
「おや、すっかり警戒されてしまいましたね。ではお近付きの印に、貴女が本気になれる方法を教えて
さしあげましょう」
「ホント!? どうやったらミキホンキになれるの!? 」
貴音の言葉に、ミキは思わず反応しちゃった。ミキがずっと悩んでいた答えを貴音は知ってるの!?
「簡単な事ですよ。貴女が本気になるためにはまず……」
人差し指を口に当てて、貴音が小さくウィンクしてこっそり教えてくれた。
「誰かの為に本気になることですよ―――――」
***
「はあ……ワケわかんないの。もしかしてミキ、からかわれちゃったのかなあ。どうして自分より先に、誰かの
為にホンキにならないといけないの?教えてカモ先生……」
貴音と別れた後、いつもの公園でミキはカモ先生に相談していた。でもカモ先生もわかんないみたい。家に
帰ったら、お姉ちゃんに聞いてみよっと。
「さて、カモ先生も帰ったし、ミキも帰ろっと」
気がつけば夕方だった。いつの間にか時間が過ぎてたの。準グランプリの小さなトロフィーを持って、ミキは
公園を出た。ちょっとちっちゃいけど、キミもちゃんと可愛がってあげるよトロフィーちゃん♪
「はあっ……、はあっ……、」
公園の前の道路を歩いていると、前から小柄な女の子が走ってきたの。今日は買い物帰りかな。スーパーの
袋に野菜をいっぱい詰めて、猛ダッシュしてるの。
ミキがカモ先生に会いに公園に行くようになってから、この公園の前でよく見る女の子がいる。多分中1
くらいかなあ。明るいくせ毛をふたつにまとめたハムスターみたいな子で、いつもいつもこの道を忙しそうに
走ってる。学校とか習い事とか買い物とか、とにかくその子は忙しいみたいなの。
「もっとゆっくり生きればいいのに。あれも一所懸命っていうのかな。ミキあんなしんどそうなのヤだな」
でもあの子は毎日充実してるだろうなって、ちょっとうらやましかったりもする。だっていつ見ても
キラキラしてるんだもん。ミキもあんな風にキラキラしたいなあ。
「あれ?これって……」
あの子が来た道を歩いていると、足下に見覚えのあるカエルのポシェットが落ちてた。確かあの子がいつも
首から提げてるやつだよね?
「お〜い、……って、いないか」
きっと急いでいたから落としたのに気付かなかったんだ。あの子の家は知らないし、またここを歩いていたら
会えるよね。ミキはトロフィーちゃんの先にポシェットを引っかけて、そのまま家に帰った。ポシェットの紐が
切れかけているから、ついでに直してあげようかな。ミキは出来ないから、お姉ちゃんにお願いするんだけど。
***
次の日の夕方、ミキが公園に行くと半べそをかきながら何かを探しているあの子がいた。ミキは後ろから
そっと近づいて、肩をぽんぽんとたたいた。
「はいこれ。あなたのでしょ?もうなくしちゃダメだよ」
「はわわ……、べろちょろ〜〜〜〜〜!! ありがとうございます!! ずっと探してたんですぅ〜〜〜〜〜!! 」
へえ、べろちょろって言うんだ。カワイイ名前だね。よく似合ってるよ。
「じゃあね、気をつけて帰るんだよ」
たまには良いこともしてみるものなの。ミキは鼻歌を歌いながら家に帰った。
「あ、あの……、待ってください!! 」
すると後ろからべろちょろを持った女の子が追いかけてきた。ちょっと緊張してるみたい。
「よ……、よかったらうちにきませんか?お礼もしたいし……」
「いいよベツに。ミキそんなに大したことしてないし」
「そんなことありません!! 」
ミキの言葉を、女の子は目一杯否定した。ミキ怒られたのかと思ってびっくりしちゃった。
「あ……、ごめんなさい……、でもべろちょろのひもも直していただいたみたいだし、ホントに大事なもの
だったからちゃんとお礼がしたいっていうか……」
ぼそぼそと女の子がしゃべる。弱気に見えて結構強引なの。こう言われるとミキも断りにくいじゃん。
「それに私、あなたと一度お話してみたいなって思ってたんです。きれいな人なのに、いつもひとりで公園の
池のカモさんに話しかけてて、何してるのか気になってたっていうか」
きれいな人って言われるのは嬉しいけど、微妙にぼっちの不思議ちゃん認定されてない?でも気になってた
のはミキも同じなの。
「あの……だめでしょうか……?」
涙目プラス上目遣いがこんなに恐ろしい武器になるとは思わなかったの。ヤバい、このコかなりカワイイの。
最近響とか貴音とか、ミキが自信なくしちゃうような女の子ばかり出てきて困っちゃうの。
「わかった、わかったからそんな目で見ないでほしいの。今日はミキもヒマだし付き合ってあげる。でもミキ
今お金ないから、あまり遠いところはダメだよ」
「だったらちょうどいいです!! わたしの家で一緒に晩ご飯を食べましょう!! 今日はもやし祭りの日ですし、
きっと喜んでもらえると思います!! 」
目をキラキラと輝かせて、女の子が元気よく言った。もやし祭り?何の儀式?
「じゃあべろちょろも戻ったし、さっそくおかいものにいきましょーっ!! 」
「お、お〜、なの」
こうしてミキは、いつも忙しそうな女の子と一緒にスーパーに行くことになった。
「あ、申し遅れました。わたし、高槻やよいって言います。よろしくおねがいします!! 」
やよいかあ。確か三月だっけ。よく合ってる名前なの。
……あれ?二月って何だっけ?四月はうづきで、五月がさつきで。確か最近どこかで見たような―――――
「ま、いっか」
ミキは考えるのやめて、前を元気に歩くやよいの後ろについていった。
***
「ごちそーさまでした!!」
「「「「ごちそーさまでした!!」」」」
「ご、ごちそうさまでした、なの」
やよいの家でもやしの鉄板焼を食べ終わった。最初に見た時はちょっとがっかりしちゃったけど、食べて
みたら意外とおいしかったの。秘伝のタレのおかげかな。帰るときにレシピを聞いておこう。
「はいっ、じゃあみんなかたづけるよ!長介はお皿運んで、かすみはお風呂わかして、こうぞう達はお布団
しいてきて!」
「わかった!! 」「うん」「「おーっ!」」
やよいの家に来た時から思っていたけど、 やよいの家事スキルはパないの。晩ご飯を作っているときも、
洗濯と赤ちゃんの面倒も同時に見ていたし、手が回らないところは弟達に指示を出してちゃんとする。ミキも
お手伝いしようと思ったけど、
「美希さんはお客さんですから、ゆっくりしていてくださ〜い」
って笑顔で断られた。結局やよいはあっという間に、晩ご飯の片づけを終わらせちゃった。
「食後のお茶です。美希さん、今日は来ていただいて本当にありがとうございました」
「ううん、でもやよいってスゴいんだね。一度にあんなにたくさんの事、ミキには出来ないの」
ミキがそう言うとやよいは少し照れくさそうな顔をして、
「うちはお父さんもお母さんも働いていますから、もう慣れっこですよ。それに弟たちも助けてくれるし、
どうってことないです」
ミキもやよいみたいな家の子だったら、これくらい出来るようになるのかな。でもミキはお姉ちゃんに
甘えちゃうからあまり変わらないかも。1コしか違わないのに、やよいはミキよりとてもしっかりしてるの。
「それだけじゃねえんだぜ。やよい姉ちゃんはアイドルだってやってるんだからな!! 」
ミキ達が話をしていると、一番上の弟が入ってきた。確か長介だっけ。なんでアンタが得意気なの。やよい
みたいなお姉ちゃんだったら自慢したくもなるだろうけど。でもこれまたびっくり。やよいがアイドルさん
だったなんて。
「こ、こら長介!! すみません急に……アイドルと言っても2ヶ月前にスカウトされたばかりで、家の事とか
忙しくてあまり事務所に行けてないんですけど……」
やよいはちょっと残念そうに話してくれた。そうなんだ。確かに学校にも行かないといけないし、小さい弟達
もいたらレッスンも厳しいかもしれないよね。
「でも皆さんには申し訳ないんですけど、近いうちに辞めさせてもらおうと思ってるんです。アイドルの活動は
楽しいし事務所の人達も優しくしてくれるんですけど、私のせいでみんなに迷惑かけちゃってるところも
あるし……」
「え〜!! そんなのもったいないじゃん姉ちゃん!! せっかくアイドルになれたのに、まだまだこれからじゃんか!!
家のことなら俺に任せてくれればいいし、かすみ達だって姉ちゃんがテレビに出るの楽しみにしてるんだから
やめんなよ!! 」
やよいの言葉に長介が答える。やよいはそんな長介をまた叱っていたけど、でもミキも長介と同意見なの。
「長介はいいことを言ったの。ミキもやよいがアイドル辞めちゃうなんてもったいないって思うな」
「美希さん!? 」
「さすが美希さん!話がわかるぜ!」
そんなのトーゼンなの。やよいみたいなカワイくてキラキラしているコがアイドルになれないなんて、世の中
の方がおかしいに決まってるの。
「でも今の状態だったら。どっちみちちゃんとお仕事も出来ないし……」
やよいがうつむく。う〜ん、問題はそこかあ。確かに主婦スキルMAXのやよいでも、体がふたつない限りは
アイドル活動も満足に出来ないよね。
"誰かの為に本気になることですよ"
……あれ?もしかしてこれってそういうことなの?どこからか貴音の声がした気がした。その瞬間、ミキは
ビビビッとひらめいたの!!
「よ〜し!! だったらミキがやよいのアイドル活動を手伝ってあげるの!! ミキに任せたら、やよいはすぐにでも
トップアイドルになれるの!! 」
「「ええ〜〜〜〜〜っ!?」」
ミキの言葉に、やよいと長介が驚いた。 ふっふ〜ん、ミキにフカノウなんてないの!! それにやよいみたいな
コのお手伝いだったら、ミキは喜んでやるよ!! 貴音の言ってることはまだよく分からないけど、ミキがやよいの
ためにホンキになってあげるね!!
***
―翌日・高槻家―
「で、そのやよいって子をトップアイドルにするために自分と貴音が呼ばれたのか。いきなりメールが来たから
びっくりしたぞ」
「ふふ、響の言った通りの方ですね。ですがまさかわたくし達まで巻き込まれるとは思いませんでした」
次の日の夕方、やよいの家にミキと響と貴音が集合した。あれからどうやったらやよいのお手伝いを出来るか
シンケンに考えたんだけど、アイドルの素人のミキより、ギョーカイに詳しそうなふたりの力を借りた方が
良いと思ったの。で、来てもらったわけ。
「お願いふたりとも!! ふたりもやよいを見たらきっと助けたくなると思うの。やよいはとっても一所懸命で、
とってもイイコで、とってもキラキラしてるんだよっ!! 」
「まあ今更断らないけどさ……」
ちなみにやよいはまだ帰って来ていない。 学校終わりにレッスンがあるとかで、ちょっと遅くなるって連絡が
入った。だから長介達に言って先に上がらせてもらっている。で、その長介達はと言うと、
「スゲー、美希さん外人と友達だったんだ。 グローバルだな……」
「長介お兄ちゃん、やよいお姉ちゃんがいないのに勝手に家に入れてよかったのかな……」
「なんくるー!」「ないさー!」
ふすまの隙間から遠巻きに見てる。確かに響も貴音もインパクト強いもんね。下の弟達は早くも響の沖縄弁を
面白がっているみたい。
「ふたつ条件があります」
その時、畳に正座していた貴音がすっと背筋を伸ばしてミキに言った。響は協力的だけど、貴音はそうじゃ
ないのかな。
「いえ、協力するうえでの確認です。そのやよいという子は、ぷろのあいどる事務所に所属するあいどる候補生
なのですよね?」
「そう言ってたよ。ゼンゼン有名じゃない小さい事務所みたいだけど」
確か765プロだっけ?聞いたこともない名前なの。オーディションの時にもらったスカウトさん達の名刺の
中にもそんな名前なかったし。
「765プロ?自分も聞いたこと無いな。あれ?でも確かこの間オーディションで会った誰かがそんな名前の
事務所だったような……」
響は知ってるみたいだけど、それでもあまり有名じゃないみたいなの。
「でしたらわたくしと響の素性は隠しておいた方が良いでしょう。事務所の中には外部のあいどるの介入を
嫌う所もあります。わたくしも響も厳密にはまだあいどるではありませんが、近しい業界では名前が
知れ渡っておりますので」
ふ〜ん、そういうものなの?ま、別にいいけど。
「それにわたくし達は、まだ東京に来たばかりで新たな所属先を探している最中です。そのような段階で
特定の事務所のあいどると接していることが知れれば、今後他の事務所の勧誘を受けにくくなりますし、
わたくし達も行きにくくなりますゆえ」
だったら765プロに入っちゃえば?あんた達だったらどこでも選びたい放題なんでしょ?
「と、とんでもないぞ!! 自分はビッグになるために東京に出てきたんだから、有名な事務所に入りたいぞ!!
沖縄のみんなの期待にも答えないといけないしな!! 」
これには響が反対した。そっか、ミキにはピンとこないけど、ふたりともこの業界で生きていくって
もう決めているんだね。だったらミキは言うことを聞くしかないの。
「じゃあ念のために偽名でも考えよっか。 貴音はなんだかハクチョウっぽいからシラトリさんね。 やよいの
前では『シラトリタカコ』さんってことで」
「ふふ、美しい名前ですね。ではこの家では、わたくしの事は貴子とお呼び下さい」
ミキの提案に、貴音は嬉しそうに賛成してくれた。そうでしょ?ミキもなかなかいいセンスしてると
思ったもん。
「じゃあ響は……」
「お、自分にも考えてくれるのか?出来れば沖縄っぽい名前がいいな!! 」
それじゃあ意味ないの。ただでさえ沖縄っぽいカッコしてるのに。でも沖縄っぽい名前ね。 だったら……
「ノグチさん。『ノグチキョウコ』さんに決定なの!! 」
「どこが沖縄っぽいさ!? 」
あれ?沖縄の県鳥のノグチゲラから取ったんだけど、気に入らなかった?
「そんな沖縄県民でも知らなさそうなマイナーな鳥より、もっと有名なヤンバルクイナとかさ……」
ヤンバルキョウコ?そんなのすぐに沖縄人ってバレちゃうの。キャッカね。
「よいではありませんか響。貴女は今日から野口響子です。沖縄を代表する鳥の名に恥じぬよう、貴女も
精進するのですよ」
貴音の言葉に、響は「わかったぞ……」ってしぶしぶ納得した。だんだんふたりの関係がわかってきたの。
「それからもうひとつ。こちらが本題です。美希、わたくしは貴女にもやよいと同じ稽古をつけます。やよい
だけではなく、この際貴女にも本気でとっぷあいどるを目指してもらいましょう」
「へ?ミキもレッスン受けるの?でもそれじゃあ誰かの為に頑張ってることにならなくない?」
そりゃあミキも協力はするけど、これは予想外なの。
「ひとりでは成し得ない目標でも、共に頑張る仲間がいれば達成することもあるのです。 貴女には自分の為だけ
ではなく、やよいの為にも頑張ってもらいましょう。責任重大ですよ」
「それは面白そうだな。ビシバシしごいてやるぞ!! 」
貴音と響がワルい笑顔をミキに向ける。上等なの。オーディションでちょっと勝ったくらいでナメないで
欲しいな。ふたりまとめて相手してやるの。
「遅くなりましたぁ〜!! 美希さんもう来てますかぁ〜?」
話がまとまったところで、やよいが帰ってきた。
「それじゃはじめよっか。準備はいい?タカコ、キョウコ?」
「いつでも」「どんとこい!! 」
玄関をぱたぱたと走ってくるやよいを、ミキ達は笑顔で出迎えた。
***
♪I READY I'M READY!! 歌を歌おう♪
♪ひとつひとつ笑顔と涙が 夢になるエンターテイメント♪
貴音と響…じゃなくてタカコとキョウコを紹介した後、まずはやよいにパフォーマンスを見せてもらうことに
したの。今、ミキ達の前ではラジカセの曲をBGMにしてやよいが踊っている。やっぱりちゃんと事務所に
入ってレッスン受けてる子はカタチが出来てるというか、しっかりしてるんだね。ミキも勉強になるの。
「はぁ、はぁ……、どうでしょうかぁ?」
「スゴいのやよい!! カッコよかったし、とってもカワイかったよ!! 」
パフォーマンスの終わったやよいに、ミキはタオルとお水を渡した。ミキもガンバらないと!!
「ふむ……、これは……」
「う〜ん、どうしたらいいかな……」
でもミキ達の後ろでは、貴音と響が難しいカオをして悩んでいた。何?何かダメだったの?
「いえ、その逆です。やや鍛錬が不足している面は感じられますが、おさえるべき所はしっかりおさえていると
いいますか……」
「わかりやすく言えば、じぶ、私達が教える事は特にないし、逆に教えたらダメな気がするんだ」
ふたりのハナシでは、やよいはしっかりきっちり事務所からレッスンを受けているみたいで、時間はかかる
かもしれないけど、今のままでもちゃんとしたアイドルになれるらしいの。
「やよい、貴女は事務所に大切にされているようですね。満足に稽古が受けられなくて悩んでいるそうですが、
貴女の事務所が貴女を見捨てることはないでしょう」
「良い事務所に入ったんだね。デビューまでちょっと時間はかかるかもしれないけど、しっかり続ければ
きっと立派なアイドルになれるぞ!!…なれるよ!! 」
「は、はい!事務所のみんなもやさしくしてくれるし、プロデューサーも社長さんも私に合わせてスケジュール
を組んでくれるし、とって感謝してます!」
やよいは嬉しそうなカオをした。ミキもそれは思った。やよいのパフォーマンスを見て、ミキちょっと感動
しちゃったもん。
「でも、だからこそ私も事務所の一員としてみんなの役に立ちたいんです。大事にされているままじゃなくて、
私もみんなをサポートできるようになりたいんです!」
やよいはミキ達の目を見てはっきりと言った。貴音も響も今のままで問題ないって言ってるのに、やよいは
イヤみたい。大家族のおねえちゃんだからかな。やよいは事務所でもしっかりおねえちゃんしたいみたいなの。
「その決意、何か理由があるのですか。近いうちに大事なおーでぃしょんやこんてすとに参加するのでは」
貴音がそう言うと、やよいは少しもじもじしてから、
「実は、来月にうちの事務所でユニットを作るみたいなんです。今はまだそのメンバーを選んでいるみたい
なんですけど、私も選ばれてみたいな〜って……」
って言った。なるほどね、でも今のやよいの状態じゃユニットもしっかり活動出来ないんじゃないの?
実力があっても選ばれるのはキビシイんじゃないかな。
「いや、そうとも言えないぞ。やよいをユニットとしてデビューさせて利益が出るって事務所が判断したら、
やよいの家族にもお金が支払われるとか援助があるかもしれないさ…よ。業界じゃよくある話さ」
ヘンな標準語で響が教えてくれた。スゴいね芸能界。ここは日本だけど、アメリカンドリームも夢じゃないの。
「来月までおよそ三週間ですか。かしこまりました。ではゆにっとのめんばーに選ばれることを目標にして、
わたくし達は貴女を指導致しましょう。やや厳しい内容になるかもしれませんが、よいですか」
「は、はいっ!よろしくおねがいします!! 」
両手を後ろにぐいーんとあげて、やよいが頭を下げた。よ〜し、ミキもガンバルの!!
「あれ?でもさっきやよいに教えることは何もないって言ってなかった?逆に教えちゃダメになっちゃうって」
ミキが首をかしげると貴音と響はニヤリと笑って、
「わたくしもそのつもりでしたが、やよいのひたむきさに心変わりをしてしまいました。特別にもでるの奥義を
伝授致しましょう」
「じぶ、私もやよいに協力してあげるよ!やよいの持ち味はそのままにして、今よりもっとパワーアップさせて
あげる。やよいならカッコいいダンサーになれるよ!」
ゼンゼン心配してなかったけど、やっぱりやよいはみんなに好かれるんだね。ミキもやよいのこと
ダイスキだもん。
「ではさっそく始めましょうか。美希、貴女も準備は良いですね」
「いつでもOKだよ!! モデルでもダンスでもカラテでも何でもこいなの!! 」
ミキがそう言うと、貴音はちょっとびっくりしたカオをした。どしたの?ミキなんかヘンな事言った?
「よくわかりましたね。今からわたくしが教える事は空手ではありませんが、大陸の拳法の練習です。
それでは準備をしましょうか」
「たいりく?ですかぁ?」
やよいがハテナいっぱいに聞いた。ミキもワケわかんないの。大陸って中国だよね?やよいもミキも
ブルース・リーみたいなマッチョさんになっちゃうの?
はい、ここまでが前スレの分です。ではここから続きをお楽しみ下さい。
お待ち頂いた読者の皆様、大変お待たせしました。それではどうぞ!!
***
―765プロ事務所―
「……というわけで、来月に『竜宮小町』プロジェクトをスタートさせるから、あんたにはこのユニットの
リーダーをやって欲しいの。出来るわよね?」
「当然じゃない。この私を誰だと思ってるのよ。亜美とあずさくらい余裕で従わせてあげるわ」
「いや、ユニットっていうのはそういうのじゃないんだけど……」
事務所の会議室に伊織を呼び出して、私は彼女だけにプロジェクトの概要を説明する。私が考えている
ユニットの構想は、伊織がリーダーで牽引役なのだ。だから彼女だけには事前に話す必要があった。そして
向上心の強い伊織は、こちらの予想通り快く引き受けてくれた。
「ところで律子、この話はまだ誰にも言ってないわよね?」
「ええ、そうだけど。アイドルの子達の中ではあんたが最初よ」
話を終えたところで、伊織が突然不思議なことを訊いてきた。
「最近亜美と真美の様子がおかしいのよ。妙に張り切ってるというか、私や他のみんなにも闘争心むき出しで
レッスンしてるというか。もしかしてバレてるんじゃないの?」
「そうなの?あの子達、私のファイルをこっそり覗いたのかしら。でもユニットのメンバーの名前までは書いて
ないし、誰が選ばれたかまでは知られてないと思うけど……」
「それが逆に勘違いさせてるんじゃないかしら。まだメンバーは未定で、これからの頑張りで自分達にも
チャンスが来るかもしれないと考えているとか」
確かにその可能性はあるわね。今後は情報の取り扱いには注意しないと。
「それだったらそれで構わないわ。少なくとも亜美はメンバーなわけだし、勘違いさせておけばあの子達も
少しは真面目にレッスンに取り組むでしょう。でも一応まだこの話は他の子には内緒にしておいてね」
「あんたもなかなかえげつないわね。でもわかったわ。どうせ来月には分かることなんだし、黙っとくわよ。
ちゃんとこのスーパーアイドル伊織ちゃんが活躍できるように準備しなさいよね!! 」
「はいはいわかってるわよ。あんたもこれから忙しくなるんだから、しっかりレッスンしときなさいよ」
伊織を送り出して、私は自分のデスクについた。情報が漏れたかもしれないのはちょっとしたイレギュラー
だったけど、他の子達を出し抜こうとしているのか亜美も真美も言いふらしてはいないようだ。だったら無用な
混乱も起こらないだろう。うん、問題なし。さて伊織の返事ももらったし、プロジェクトの最終調整を
しましょうか―――
***
それから3日後。やよいの事務所のレッスンが終わって家に帰ってくる時間にミキ達は集まって、貴音の
特別レッスンを受けていた。で、今日が3回目なんだけど……
「それでは準備も整いましたし、始めましょうか」
「はいっ、よろしくおねがいします!」
いつも通りのポーカーフェイスの貴音とゲンキいっぱいのやよい。でもミキはそろそろウンザリしていた。
「……タカコ、ちょっと質問があるんだけど」
「何ですか美希。やよいはもう準備出来てますよ。貴女も早くしなさい」
何でもないように涼しいカオして言う貴音に、さすがのミキもイラっときちゃった。
「そろそろセツメイしてほしいの!! 3日連続でこんなことして何になるの!? 」
ミキは頭の上のコップを地面にたたきつけようとして……あ、これやよいの家のコップだった……そぉ〜っと
縁側に置いて貴音に怒った。アタマの上と両手に水の入ったコップを載せて1時間ずっと立ってるだけなんて、
いい加減やってられないの!!
「おや、お気に召しませんか。これは古より伝わる歴とした特訓なのですが。家でもしっかり練習していますか?」
やってるよ!! それでお姉ちゃんに見られて、今日の朝病院に連れていかれそうになったの!! パパもママ
もシンパイしてるし、学校でイジメられても泣かなかったミキが泣きそうになったよ!!
「は、はわわ……美希さんおちついてください〜……」
アタマと両手にコップを載せたやよいが止めに入る。やよいもそろそろキレていいと思うな。こんなので
トップアイドルになれるわけないの!!
「タカコはミキとやよいをどうするつもりなの!? この特訓をしたらどうなるか、きっちりセツメイして
もらわないとミキ今日はやらないもん!! 」
ぷいっと首を横に向けて、ミキは不機嫌のポーズを取った。これはやよいのためでもあるの。やよいは何の
疑いも持たずにマジメにやってるケド、それで効果がなかったらかわいそうなの。
「はて、困りましたね。これは体の軸を意識して、体幹とばらんす感覚を鍛える大陸の拳法の特訓なのですが、
その効果を説明するのはやや骨が折れます」
「そんなあいまいな言葉じゃナットクできないの。だいたいなんでモデルの特訓じゃなくて拳法の特訓なの?
やよいには時間がないのに、そんな遠回り出来ないの」
ミキがそう言うと、貴音は指をあごにあててちょっとだけ考えて、庭のすみっこに置いてあったやよいの
弟の三輪車を持ってきた。どうするのそれ?まさか漕がないよね?それはそれで面白そうだけど。
「それでは実演してみせましょう。やよい、少しこの三輪車をお借りしてもよろしいでしょうか」
「え、それは私じゃなくてこうぞう達のだから、こわさなかったらいいですけど……」
「ありがとうございます。では美希、お手数ですが雨戸を閉めてもらえませんか。やよいの弟達に見られる
わけにはいけませんので」
ベツに勝手に三輪車に乗ったくらいで、やよいの弟も怒らないと思うけどなあ。でも貴音がシンケンなカオ
して言うから、ミキは言われた通りに雨戸を閉めた。それを見てから、貴音はにっこり笑った。
「ありがとうございました。では美希、今から特訓の効果をお見せしましょう。ただし、今からわたくしが行う
ことはここにいる三人だけの秘密。他言無用ですよ。やよいもよろしいですね?」
「は、はいっ…… でもいったい、なにするんですかあ?」
貴音のフンイキにちょっと怖がるやよい。ミキも今から何が始まるのか、まったく分からないの。
「では始めます」
貴音はそう言って、靴を脱ぐとスカートをちょいとつまんで静かに足を上げて、三輪車に乗った。
―――――三輪車のハンドルのはしっこに
「え?え?えぇ〜〜〜〜〜っ!?!?!?!? 」
やよいが目を白黒させてびっくりしてる。ミキも目の前の光景が信じられなくて、言葉が出ないの。
「身体の軸を意識して、重心を操ることが出来るようになればこれくらいのこと造作もありません。ただし、
この域に到達するには十年はかかりますので、今回は貴女方にここまでは求めません。危険ですので真似を
してはいけませんよ」
ハンドルのはしっこに立ったまま、貴音はにこにこしてる。マネなんて出来るわけないの。ていうか何で
倒れないの?昔、軍鶏ってマンガでこんなシーンがあったっけ。老師が水の入った大きな器の縁に立つの。
てっきりファンタジーだと思ってたのに、ホントに出来るヒトがいたんだ……
「この特訓を行う理由ですが、これは後の響子の特訓の準備でもあります。響子のだんすは身体の軸をわざと
ずらして動作を大きく見せるものなので、基礎が出来てないと型が崩れてしまいます。それに身体のばらんす
が取れていると、もでるの特訓などせずともどんな姿勢も様になるものですよ」
貴音は静かに三輪車のハンドルから降りると、靴を履きなおして三輪車を片づけた。いつもオーディションの
ための準備をしてると言うのはウソじゃないみたいなの。
「ご理解して戴けたでしょうか。貴女の仰る通り、わたくし達には時間がありません。ですから省略出来る
ところは省略して、最短で最大の効果が見込める鍛錬を行います。異論もあると思いますが、まずはわたくし
を信じて頂けないでしょうか」
「すごいです白鳥さん!わたしも白鳥さんみたいになれるようにがんばります!」
おおはしゃぎのやよいを見て、ミキもマジメにやることにしたの。まだちょっと納得出来ないケド、やよいが
その気になってるんだからジャマしちゃ悪いよね。
「ふふ、その意気です。幸いにも、やよいも美希もわたくしの予想以上に上達が早いです。明日からは少しづつ
響子の特訓も始めましょう。美希、貴女も真摯に取り組まないとやよいに置いていかれてしまいますよ」
「わわ、わかったの!! それに今日までだったらミキもがんばる!! 」
ミキもあわてて水の入ったコップをアタマに載せる。やよいは友達だけど、アイドルのライバルでもあるの。
熱血はキライだケド、ミキ負けず嫌いなんだよ。
「なんでもう雨戸がしまってるんだよ……お〜いねえちゃん達〜、キョウコさんがもうすぐご飯出来るって
いってるぞ〜!」
ガラガラ、っと雨戸をあけて、長介がミキ達を呼んだ。もうそんな時間なんだ。じゃあ一旦休憩だね。ミキと
やよいはコップをそっと下ろして、貴音と一緒に家の中に入った。
***
「おまたせ!今日はもやしチャンプルーだよ!沢山あるからどんどん食べてね!」
「「「「「いっただっきまーす!!」」」」」
「戴きます」「いただきます、なの」
だんだん標準語が板に付いてきた響に誘われて、ミキと貴音もやよい達と一緒に晩ご飯をごちそうになる。
ミキ達が特訓している間は、響がやよいの家の家事をしてくれてるの。やよいほどじゃないけど、響も
家事スキルがなかなか高いの。
「ウチも家族が多かったからね。なんだかやよいの家にいると懐かしいさ…懐かしいよ」
やよいの弟達は夢中で食べている。確かにとっても美味しいの。やよいのもやし祭りといい勝負出来るよ。
「すみません野口さん。晩ご飯まで作ってもらって……」
「それは別にいいけど、出来れば響子って呼んでくれないかな……このままじゃじぶ、私のアイデンティティが
なくなっちゃいそうだよ……」
「?」
やよいは落ち込む響を不思議そうに見ながら、「じゃあ響子さんで」とか言ってた。野口さんも十分沖縄っぽい
と思うけどなあ。
「あ、そうだタカコ。例の件なんだけど……」
ふと何か思い出したように、響が貴音に声をかけた。
「おや、もう見つけましたか。流石響子、仕事が早いですね」
「ふふん♪ 私は完璧だからね!で、ちょっとレベル高いけどこれなんてどうかな」
響は自分のかばんから何かの用紙を取り出して、それを貴音に渡した。貴音はじっくりと目を通すと、
「悪くないでしょう」って言った。
「何?ふたりして何のわるだくみをしてるの?」
ミキは気になったから貴音に聞いてみた。
「企みなどと失礼な。むしろ良い知らせですよ、美希」
貴音は楽しそうに笑った。その笑顔はゼッタイろくなことじゃないの。
「やよいの目標はゆにっとのめんばーに選ばれることですが、貴女には具体的な目標がありませんでしたので
響子と考えていたのですよ。そして何かおーでぃしょんに出場してはどうかという結論に至りまして」
ミキは貴音から用紙を受け取る。そこには『ルーキーズオーディション』って書いてあった。
「え!? 美希さんこのオーディションに出るんですか!? すごいです〜!! 」
ミキの隣から、用紙をのぞきこんだやよいがびっくりした。やよいはこのオーディションのこと知ってるの?
「はいっ!これは新人アイドルのとーりゅーもんです!新人さんしか出場出来ないけど毎年レベルが高くて、
このオーディションで優勝したらそのままデビューするのも夢じゃありません!」
そんなスゴいオーディションなの?ミキみたいなのが出ても大丈夫なのかなあ。
「なんくるないさ!オーディションまでまだ一ヶ月もあるし、美希だったら優勝するのも夢じゃないよ!私と
タカコがみっちり鍛えてあげる!」
どんっ、と胸をたたいて自信満々の響。どうでもいいけどそれ標準語じゃないよ。あんた達は出ないの?
「わたくしと響子は今回は見送らせて頂きます。響子は次のだんすおーでぃしょんに向けた特訓があるよう
ですし、わたくしも自分のいめーじと少々合いませんので」
ふ〜ん、ふたりともイロイロ考えてるんだね。やよいは出ないの?一緒に行こうよ。
「ご、ごめんなさい!その日は事務所のお仕事が入っていて、応援にも行けそうにありません……それにもし
出場できたとしても、千早さんレベルの人が出たら私なんかぜんぜんかないませんよ〜……」
「ちはやさん?やよいの事務所のアイドルさんなの?」
そういえばやよいの他にも、765プロには何人か所属アイドルがいるんだっけ?
「はいっ!とっても歌の上手な人で、前回のルーキーズオーディションで優勝した事務所の先輩です。私に
とっても優しくしてくれて、いつも歌のレッスンをつけてくれるんです」
ふ〜ん、ニョッキさんとどっちが上手なのかな。でもやよいの歌が上手なのは、そのちはやさんって人の
おかげなんだね。
「響はだんす専門で、わたくしはもでる活動を得意としていますから歌の特訓は出来ませんでしたが、どうやら
心配はないみたいですね。わたくし達の特訓もありますが、事務所のれっすんもしっかり受けるのですよ」
「はい!白鳥さん、響子さん、これからもよろしくおねがいします!」
お茶碗とお箸を手に持ったまま、元気に頭を下げるやよい。ぶ〜、ミキにもお願いしてほしいな。
「でもちょっとザンネンかな。やよいが一緒に出てくれたら、ミキもホンキで頑張れそうなんだケドな〜」
「そ、そんなこと言われても……それに美希さんと勝負するなんて、私にはできませんよ〜……」
すっかり困っちゃったやよい。そういえばそっか。同じオーディションに出たら、やよいと勝負しなくちゃ
いけないんだ。ミキもちょっと気まずいなあ。
「やよい、美希。親しい間柄だからこそ、全力で勝負するのですよ。互いに真剣にぶつかることで、より心が
通じ合うこともあるのです。かつてわたくしと響子もそうでした」
「あはは、そういえばそうだったね。今はダンサーとモデルのオーディションでぶつからないけど、駆け出し
の頃は、こういう総合的なオーディションでよくタカコと対決したよ」
へえ、そんな過去があったんだ。でもミキもオーディションに出場しなかったらふたりと知り合うことも
なかったし、そういう事もあるのかな。
「わたくしと響はこれから同じあいどるとして活動する予定ですが、所属事務所は別になると思います。
目指すアイドルの方向性が大きく異なりますので。ですがもしおーでぃしょんで響と戦うことに
なっても、わたくしは手加減などしませんよ。それが響に対する礼儀です」
「へへ、それは私も同じだよ。手加減なんてしたらそれこそ怒るよ。実力をよく知ってる貴音だからこそ、
本気で勝負しないとね!! そしたら勝っても負けてもまた仲良く出来るぞ!! 」
ふたりは笑顔なんだけど、視線の間では火花が飛び散ってる。ふたりは親友だけどライバルなんだね。
なんかいいなあ、そういうのって。
「やよい、これからミキとやよいがアイドルになって、もしオーディションとかで勝負することになったら、
その時はホンキでやろうね。ミキ手加減しないよ」
やよいはむずかしいカオしてちょっと考えてたけど、何か決心したみたいに顔を上げると、
「わかりました!私も美希さんとなら勝負しても仲良くできそうです。でも今は応援させてください。
オーディションの優勝目指してがんばって下さいね!」
いつもの笑顔でやよいは言った。そうこなくっちゃ。貴音と響に負けないくらい、ミキもやよいと仲良く
なるの!それに応援するのはミキも同じだよ。ユニットのメンバーに選ばれるように、やよいもガンバってね。
「おかわり!」「「おかわりー」」
「はいはいちょっと待ってね。ささ、美希もやよいもどんどん食べるさ!でもタカコはちょっと加減して
ほしいな。みんなの分がなくなっちゃうよ」
「そんな……なんと無慈悲な……」
こうしてみんなでわいわい騒ぎながら、楽しい晩ご飯タイムは過ぎていった。なんだかわくわくしてきたの。
ミキもやよいも、いつかステージの上でキラキラするの!
今日はここまでです。出来るだけ毎日投下出来るように頑張りますので、
最後までお付き合い頂けると幸いです。それでは次回もお楽しみに!!
>>290
よくよく読み返すと、そんな変な表現でもないか?
「流れ星が流れる」別におかしくなかったかも……
>>293
本当は毎日投下したいんだがな。最近何かとバタバタしていて、週一が精一杯だったぜ。
今まで読んでくれてありがとう。
>>291
>>292
ようやく年末休みに入ったから、昨日今日で一気に書き上げたぜ。まとめて投下するのは
俺もしんどいから、二回に分けて投下します。
それではどうぞ!
***
(あ、ありのまま起こったことを話すの……)
(『予告ホームランのノリでグランプリ宣言したら、流れ星がいっぱいふってきた』……何を言ってるのか
ミキもよくわからないけど、とにかくびっくりしちゃった)
(う〜ん、でもお客さんもチョー盛り上がってるし、このままミキがしたみたいなカオしとこっと。律子達も
びっくりしてるし、これはこれで面白いの☆)
(さてと、それじゃそろそろ体も足もイイカンジにあったまってきたし、今度は予選の時よりはうまく
出来るかな―――――)
♪進まなきゃだめ 素敵にパフォーマンス♪
♪友がライバル 負けない私!なの!!♪
グランプリ宣言を境に、美希のパフォーマンスはガラリと変わった。さっきの流れ星はきっと偶然でしょう。
いくらスターだからって実際の星まで操れるわけがない。しかし今、私達はそれよりももっと驚愕の光景を
目の当りにしている。
「ね、ねえ千早……」
「な、何かしらいおりん……」
「アイツ、『浮いてる』わよね……?」
「そ、そんなことないわっ!! 確かに合唱部のみんなとはよくぶつかってたけど、私だけ『浮いてる』
なんてことは……」
千早が混乱して意味不明な事を言っても、伊織がツッコミを忘れてしまうくらい美希のパフォーマンスは
予想外のものだった。私も今まで色々なアイドルのステージを研究してきたけど、こんなの見たことないわ。
―――――星井美希は、宙に浮いていた
人間が空を飛ぶなんてありえないけど、しかし美希はまるでワイヤーアクションでもしているかのように
重力を無視してステージ上を自在に飛び回っていた。ダンスの振付けの中で大きなジャンプを行っているだけ
なんだけど、一度ジャンプするととにかくステージに着地するまでが長い。まるで空中に浮いている時間の方が
長いのではないかと錯覚してしまうほどで、彼女は『跳んで』いるというより『飛んで』いた。
「予選より滞空時間が長くなってるぞ。なんてバネをしてるんだ…… まるでバレーかバスケの選手だな」
「あれであのHグループを勝ち上がってきたんだよ彼女は。あんなパフォーマンスされたら、星井美希を
潰そうとした事務所の連中も手出し出来ないよな……」
後ろから業界関係者の会話が聞こえてきた。やよいの応援をしていたから他の予選はほとんど見てなかった
けど、美希はあのパフォーマンスを予選でもやったらしい。確かにあんなのされたら勝負にならないわね。
♪しちゃう?ぐっとときめいて♪
♪しちゃう?どこまでまでも♪
♪しちゃう?夢じゃ物足りない♪
♪つかんで必然でしょう!♪
空中で両腕を大きく広げて、まるで鳥のような手振りをしながら美希はパフォーマンスを続ける。
ジャンプを多用することでリズムが崩れるかと思いきや、ほとんど曲からずれることはない。計算して
組み立てられる構成でもないし、美希はそもそもそんな複雑な事を考えていないだろう。自分が一番楽しめる
パフォーマンスをイメージし、それに合わせて独特のスタイルを即興で作っているように見える。でも本当に
そんなことが可能なの?
「序盤から頻繁に跳ねていたのが気になっていましたが、この為の準備だったのですね。しかし昨晩のうちに
思い付いて本番でここまで見事に踊れるものでしょうか。わたくしも自分の目が信じられません……」
「美希は昨日まであんなダンス一度もしなかったぞ…… 自分も石川社長も教えてないし、ホントにゼロから
ひとりで考えたみたいだな。あれが美希のよく言ってる『キラキラ』なのか……?」
「ウソ!? それじゃあほとんどぶっつけ本番じゃない!! それなのにアイツあんなに平然とやってるの!? 」
貴音と響の言葉に伊織が驚愕する。単に運動神経が良いとか、センスがあるとか最早そんな話ではない。
美希の才能は天才という言葉では形容できない、異次元のレベルだった。パフォーマンスの最中も、美希は観客
へのサービスも忘れていない。美希が投げキッスやウィンクをする度に、先程まで圧倒されていた観客席から
徐々に歓声が戻り、やがて会場はやよいのステージに負けないくらいの大声援に包まれた。
♪あの場所に立ちたいと いつまでまでまでも♪
♪希望捨てちゃいけないよ 願いを叶えましょう!♪
「あれが『星』と呼ばれる者の真骨頂です。天使のような愛の力を持たずとも、自身の持つ圧倒的な輝きで
大衆の心を奪ってしまう。やよいの力は意識的でやよい自身の善性から来るものですが、美希の力は無意識
で、善悪関係なく発揮されます。ですから彼女を野放しにするのはある意味危険ですが、今の美希は悪人では
ありませんし星としてまだ未熟ですので、しばらく様子を見るだけで十分でしょう。しかし美希の力が
まさかこれほど凄まじいとは…… わたくしの予想を遥かに超えるものでした」
貴音は冷や汗をかく。そうね、力とか危険とかはよくわからないけど、それが『スター』のステージよね。
『アイドル』のステージはアイドルと観客が一緒になって作り上げていくものだけど、スターは一方的に
ステージを支配してしまう。だから上手くやらないと観客が置いてけぼりになっちゃうんだけど、この会場の
熱気から察するに、美希はそれに当てはまらないようね。
「やよいが美希に出会って変わったように、美希もやよいと出会って変わったのですよ。以前の美希は他人に
関心がなく自分本位でしたが、やよいの愛に触れたことで他者を思いやる事の尊さと素晴らしさを学んだ
のです。今の彼女は自身だけが輝く星ではありません。周囲全てを優しく温かく照らす存在なのです。やよい
と懇意にしている間は、少なくとも美希がその温かさを失うことはないでしょう」
美希はやよいとはまた違うやり方で会場を支配し、観客の心を虜にする。天使を奉る『偶像崇拝』と、星を
奉る『自然崇拝』。どっちの方がアイドルとしてファンの心を掴むのかしら。まもなく美希のパフォーマンスは
クライマックスに入る。今でも頭一つ抜けてるのに、これ以上何をするつもりなのかしら―――――
***
(はぁ……、はぁ……、だんだんつかれてきたな。でもゼンゼンイヤじゃないの。ステージで死ねたら
サイコーってどっかで聞いた事あるケド、今ならよくわかるの)
(でもそろそろフィニッシュだね。楽しい時間ももうおしまい。最後はビシっと決めないとね)
(今のミキなら何でも出来るの。グランプリを獲って、この会場でいちばんキラキラするのはミキなの!!)
(ねえ響、ミキなんくるなかった?)
(ねえ貴音、ミキちゃんと頑張れてた?)
(それからやよい、このオーディションが終わったらね……)
(またミキと仲良くしてほしいな―――――)
♪私たちのミライ 探しに行かなくちゃ♪
♪私たちはあきらめない♪
♪こころが呼ぶミライ♪
Cパートを歌い上げた後、美希はステージ前面ギリギリまで来て立ち止まると観客席に背を向けて、バック
ステージを見て腰を下ろした。まるで陸上選手みたいな綺麗なクラウチングスタイルだ。
「美希ちゃん、なにをするつもりなのかしら。今にも走り出しちゃいそうですけど〜?」
あずささんが首をかしげる。でも向こうはすぐ壁ですよ?一体どこに向かって走るつもりなんですか。
……って、ちょっとちょっと!? 本当に走り出しちゃったわよあの子。美希は腰を上げると、そのまま勢いよく
スタートを切ってダッシュした。ダンスでもステップでもない、本気の全力疾走だ。そのまま壁にぶつかる、と
誰もが目を覆いかけた時、再び会場全体が驚きの声に湧き上がった。
ダンッ!! ダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ…………ダンッ!!
美希はダッシュの勢いをそのまま殺すことなく、一気にバックステージの壁を垂直方向に駆け上がった。
そしてそのまま天井から吊り下がってる巨大なミラーボールの上に飛び移る。あのミラーボール、軽くウチの
事務所くらいの高さにあったのに…… 美希はゆっくりそこに腰を掛けると、会場に手を振りながら再び何事も
なかったかのように笑顔で歌い出した。
♪でしょう?きっと輝いて♪
♪でしょう?どこまでまでも♪
♪でしょう?夢のはじまりは♪
♪ふとした偶然でしょう!♪
「うっうーっ!美希さんすごいですーっ!」
やよいが大喜びする。亜美と真美が見ていたら真似しそうね。絶対出来ないでしょうけど。
「もうリアクション取るのも疲れたわ……、一体何なのアイツ?発電するわ宙に浮くわ壁を走るわ……
サーカスか雑技団あたりと出場するオーディション間違えてるんじゃないの?」
「でもあの様子を見る限り、本人はアイドルのつもりみたいよ。だったら星井さんはこれからもアイドルの
オーディションに出てくるでしょうね」
伊織の言葉に千早が返す。千早の言う通り、美希はステージにいた時と同じように楽しそうに歌っている。
まるで止まり木のカナリヤね。
「貴音がカンフーなんて教えるから美希が変な方向に目覚めちゃったぞ。いくら何でもあれはやりすぎさ」
「申し訳ございません。鍛錬の助けになればと『拳児』を読ませてみたのですが、まさか実行するとは夢にも
思いませんでした。美希には後でよく言い聞かせておきます」
しかし説教をする響も怒られている貴音も、どちらも笑顔だった。どうやらスターはスターでも、あの子は
アクションスターの方が向いてるみたいね。でも無茶苦茶やってるように見えて、ちゃんと観客を楽しませる
ポイントは抑えている。業界の人間もすっかり見入っていた。ここまでサプライズとエンターテイメントに
富んだステージはそうそうお目にかかれないわね。
♪この憧れはもっと いつまでまでまでも♪
♪希望のせて微笑みを届けに行くのでしょう!♪
こうして大歓声の中、美希のステージは終了した。つい最近アイドルを目指したばかりの子とは思えない
ほどの圧巻のステージで、ルーキーズオーディションにふさわしい新たなアイドルの可能性を秘めたステージ
となった。ただ全体を総括するとあまりに既存のアイドルのパフォーマンスとかけはなれたものとなったので、
昨年の千早と同様に審査員を悩ませるものになるだろう。しかしどちらにせよ、ほぼグランプリに決まりかと
思われたやよいの強力な対抗馬になることに間違いない。
「ところで美希の奴、あそこからどうやって降りるんだ?壁とミラーボールは結構離れているし、いくら美希
でもあの高さから飛び降りたらケガするぞ」
響がそう言った瞬間、
ミシ……、ミシ……、バキィッ!!
>ナノ――――――ッ!?
どがしゃーんっ!! と、ミラーボールと一緒に美希がステージに落ちてきた。会場から大きなどよめきと悲鳴が
上がったが、当の美希はお尻をさすりながら立ち上がり無事であることを元気にアピールした。ほ、一瞬心臓が
止まるかと思ったわよ…… どうやら粉々に砕けたミラーボールが身代わりになってくれたみたいね。
最後の最後までド派手に決めてくれるわねまったく―――――
***
―オーディション運営本部・スタッフルーム―
「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ……」
「はい……」
「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ……」
「わかりました……」
「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ……」
「すみませんでした……なの」
あーもう、エライ人達にメチャクチャ怒られたの。ミキステージ終わって疲れてるのにガミガミ説教なんて、
あんまりなの。テキトーに聞き流してテキトーに謝って、やっと解放されたの。
「美希さん!! 」
「なのっ!? 」
スタッフルームを出た美希に、いきなりやよいが飛びついてきた。そのまま美希の腰にぎゅって抱き着くと
そのままわんわん泣き出しちゃった。
「ぐす……ご無事でよかったです……もう会えないかと思いましたあ……」
「おおげさだよやよい。ミキはこれくらいで死んじゃったりしないの。バッチリだったでしょ?」
よしよし、泣かない泣かない。長介やかすみ達に見られたらカッコ悪いよ。
「何が『バッチリだったでしょ?』よ。ここに来るまでやよい本当に大変だったんだからね」
やよいの後ろから律子がやって来た。横には貴音と響、それからデコちゃんと千早さんもいるの。あれ、何で
みんな怒ってるの?イライラするとシワになるよ?
「「「「「あんたのせいよ―――――っっっ!!!!!! 」」」」」
え、ミキのせいなの? やよいを泣かせちゃったから?
「それ以外に何があるってのよ!! あんたがミラーボールごとステージに落っこちてきた時、やよいショックで
倒れそうになってたのよ!! ちょっとは反省しなさい!! 」
「高槻さんの友達を名乗るなら、高槻さんを悲しませるような行為は控えて。さもないと私が許さないわよ」
「貴女は思慮が足りません。もっと後先の事を考えて行動するべきです。今回は幸運にも無傷で済みましたが、
死んでいてもおかしくはなかったのですよ」
「自分達のレッスンから何を学んでいたさ!! 美希にもやよいにも自分達は危ない事はやらせなかっただろ!!
石川社長もカンカンに怒るぞ!! 」
ちょ、ちょっと、いっぺんに言われてもわからないの。てかこれイジメだよね?さっきまで散々怒られた
んだから、誰かひとりくらいミキをなぐさめてくれてもよくないかな!?
「まあまあみんなおちついて。美希ちゃんも悪気がなかったんだし、ステージも良かったじゃない」
その時、ミキを優しそうなショートカットのお姉さんがかばってくれたの。ステージの上から見たけど、
この人も765プロのアイドルさんなのかな。ひとりでもミキの味方がいてくれて良かったの。
「うふふ、でもね美希ちゃん……」
お姉さんはミキの両肩をつかむと、そのまま笑顔でまっすぐミキに向き合った。な、なにかな……?
「やよいちゃんだけじゃなくて、ここにいるみんなは本当に美希ちゃんのことを心配していたのよ。だから
どうしてみんながこんなに怒ってるのか、ちょっとだけでも考えてくれないかしら〜?」
「は……、はい…… ごめんなさいなの……」
ど、どうしてだろう…… お姉さんはニコニコ笑ってるのにとってもコワイの…… こんなに優しそうなのに、
さっきのエライ人や貴音よりおっかないの……
「べ、別に私はそんなこ「はいはい、さっさとステージに戻るわよ。あんたが怒られてる間に全員のステージが
終わって、もうすぐ結果発表だから」
デコちゃんのツンデレをさえぎって、律子が号令をかけた。そうだね、やよいもミキも終わったし、もう
ルーキーズオーディションに用はないの。早く帰ってオフロに入って、ゆっくり寝たいな。
「いこっか、やよい。ごめんね心配させて」
「いえ、美希さんが大丈夫だったらそれでいいです。結果が楽しみですね!! 」
いつもの笑顔に戻ったやよいと手をつないで、ミキ達はステージに戻った。いよいよやよいとの勝負に決着が
つくの。やよいもミキもこれっぽちも自分が負けたとは思ってない。でもこうやって仲良くできるのは嬉しいの。
これからも、やよいとこうやって一緒にキラキラ出来たらいいな―――――
前半終了。それでは最終回校正に入ります。お楽しみに。
お待たせしました。それではラスト〜エピローグ、どうぞ!
***
『お待たせしました!! 只今より第○○回、ルーキーズオーディションの結果を発表します!! 400人のルーキー
の頂点に立つのは果たして誰なのか、今夜新時代を作る新たなアイドルが決定します!! 』
ダララララララララララララ………… ドラムロールが流れて、ステージ上のミキ達の前をスポットライトが
行ったり来たりする。ルーキーズオーディションに準グランプリはない。決勝進出者はみんな入賞したみたいな
ものだから、グランプリはひとりなんだって。勝者と敗者、はっきりしててわかりやすいの。
ミキはちらっとやよいの方を見た。やよいは両手をがっちり組んで、目をつぶって必死に神様にお祈りを
してる。一緒のオーディションじゃなかったらミキもやよいのグランプリをお祈りしてあげるんだけどな。
ライトに時々照らされて、やよいくらいの大きさのトロフィーが見える。今度こそあのトロフィーを持って
帰るのはミキなの。やよいには悪いけど、ミキだってグランプリを獲るためにガンバってきたんだから!!
『それでは発表します!! 第○○回ルーキーズオーディショングランプリに輝いたのは…………』
ごくり。思わず息を呑む。今までこんなに緊張したことはなかったの…… ミキが見つめる先で、司会さんが
ゆっくり息を吸って、大きな声で発表した。
『…………961プロ、御手洗翔太君に決定しました!! 』
………………………………え?誰?
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!って、会場から大歓声が起きて、
スポットライトに照らされた小さなオールバックの男の子が、手を振りながらミキの前に出てきた。
『それでは御手洗君、グランプリに輝いた感想をどうぞ!! 』
『冬馬く〜ん、リベンジしたよ〜!!』
マイクを向けられて、グランプリの男の子が関係者席に笑顔で言った。そしたら「ちょ、余計な事言うんじゃ
ねえ!! 」ってサングラスと帽子で変装していた天ヶ瀬冬馬にライトが当たったの。
『アハハ、冬馬君もステージに来たらいいのに。実は今度、僕とあそこにいる冬馬君、それから同じ事務所の
伊集院北斗君の3人でユニットを組むことになりましたー!! ユニット名は『ジュピター』って言って……
え、なに冬馬君?まだナイショ?……ヤベ、ま、いっか♪クロちゃんも許してくれるよ♪』
その後も御手洗翔太はイロイロ宣伝してたけど、もうあんまりおぼえてないの。気がついたら入賞の小さい
楯と記念品をもらって、貴音と響と電車に乗ってた。そのまま家に帰ってご飯食べて、オフロに入ってお布団
に入って、ようやくミキは自分が負けたことを理解したの。
「ミキ、また負けちゃったの……?今度こそグランプリ獲れると思ってたのに、またダメだったの……?」
しかもやよいじゃなくて、ぽっと出のオールバックが似合ってないマセガキっぽいのに負けちゃった。
オーディションの盛り上がりからして、ミキとやよいのタイマン勝負になるはずじゃなかったの?
それでミキかやよいが勝って、ふたりで仲良く抱き合う感動のフィナーレになるんじゃなかったの?
「う、ううう……ありえないの――――――っっっ!!!!!! 」
今まで生きてきて、こんなに悔しい思いをしたのは初めてなの。なんで?なんでミキ、あんなに頑張ったのに
アイドルのオーディションは勝てないの?ミキが思ってるよりずっとずっと、アイドルになるのって難しいの?
ミキはどうしたら、キラキラしたアイドルになれるの―――――?
***
―――ルーキーズオーディション翌日・765プロ事務所―――
「いや〜、やられたよ。あの御手洗翔太ってのは、黒井社長がその才能に惚れ込んで直々にスカウトしてきた
エリート中のエリートらしい。ステージ裏からちらっとしか見てなかったけど、新人とは思えない貫禄と
安定感があって本当に凄かったぞ」
翌日、私は御手洗翔太についてプロデューサーから話を聞いた。私達は美希の所に行っていたので彼の
ステージは見ていなかったが、御手洗翔太は8番手でオーディションのトリを務めたらしい。一応あの961プロ
だし名前だけはチェックしてましたけど、ほとんど情報のない子だったからノーマークでしたよ。
「ウチの社長が黒井社長から散々聞かされたらしいが、そもそも御手洗翔太は今回のオーディションに出す
つもりはなかったらしい。本当は『ジュピター』の発表までその存在を隠しておきたかったらしいが、
ウチが急遽やよいを出したからリベンジするために出場させたそうだ。まさに961プロの虎の子だな」
本当に毎回余計なことをしてくれますね。でも今回、961プロはルーキーズオーディションに関しては一切
の妨害活動をせずに真っ向勝負を仕掛けてきた。それだけ御手洗翔太の実力に自信を持っていたのか、
それともただの気まぐれか。どのみち今回は完敗だわ。プロデューサー四天王の名は伊達じゃないですね。
「まあしかし、実際のところはやよいがグランプリでもおかしくなかったそうだぞ。観客の心はやよいの方が
掴んでいたしな。ただ今回、ウチは新しいダンススタイルや光の翼の演出で、前例のない事にチャレンジした
から審査基準が安定しなくて、堅実なパフォーマンスを行った御手洗翔太の方が印象が良かったんだろうな。
全く、『ルーキーズオーディション』って名前なのに審査員の頭が古いのは困ったもんだよ」
全くですね。では星井美希も同じ理由で負けたんでしょうか。
「まあな。でもあの子は逆に突き抜けすぎてひとつのスタイルを確立させていたから、審査員の中でもわりと
評価が高かったらしいぞ。予選でも満場一致で通過したらしいし、去年の千早みたいにこれまでの前例を
まるっとひっくり返すことが出来たかもしれないな。でもそれが出来なかったのは……」
「……ああ、ミラーボールを壊したのが原因ですか。あの子もツイてないですね」
プロデューサーも苦笑していた。美希が粉々にしたミラーボールはルーキーズオーディションの為に
特注したメインのセットで、それひとつだけで300万円以上もする代物だったらしい。アイドルの不始末は
所属事務所が責任をとるのが慣例だが、フリーの美希に請求するわけにもいかず、結局運営側の審査委員長が
自腹を切る事になったそうだ。それは心象も最悪ですね。
「それが敗因の全てではないと思うが、美希も気の毒だよな。石川社長は知らないの一点張りで通したらしいし。
業界では美希が876に出入りしていたことはバレてるのに、そう言われてしまうと今後美希が876のアイドル
としてデビューすることはなくなってしまったな」
「私もてっきり星井美希は876プロの所属になると思ってましたけどね。涼から聞きましたけど、石川社長は
最初からルーキーズオーディションまでの期間限定で美希に指導するという約束だったそうです。私だったら
そのままなし崩し的に所属させちゃいますけど、石川社長はシビアで本当にきっちりしてますよね」
だから私も涼を石川社長に紹介したんですけどね。それに美希の後ろには四条貴音と我那覇響もいる。美希
ひとりを所属させるのは気が引けるし、かといって3人まとめて所属させるにはキャパオーバーだ。あの3人は
全員レアルマドリード並のポテンシャルを秘めてますしね。
「確かにあの子達のプロデュースは大変だと思うが、しかしプロデューサーとしては挑戦してみたい逸材だな。
ああいうスター性の強い子を入れると事務所全体の地力が一気に上がるから、短期間で一気に業界大手に
肩を並べることも夢じゃないぞ」
「はいはい、そんなことは今いるアイドル達のプロデュースをしっかりしてから言ってください。千早は
デビューしたばかりですし、やよいにもオーディション効果で仕事のオファーが何件か入ってます。
明日からいよいよ竜宮小町も始動しますし、今のウチの戦力でも着実に育てれば十分に業界大手は狙えます」
今まであまりレッスンに参加できなかったやよいだったけど、今回のオーディションを機に765プロの
大きな戦力になった。伊織の計らいで家の方も安定したみたいだし、これからじっくり育成出来る。それに
春香や真や雪歩、真美だってまだまだ今以上の活躍が十分期待できる。あの子達だって美希に負けませんよ。
「そうだな。それじゃあそろそろ千早の営業でも行ってくるよ。ついでにやよいも売り込んでおくかな」
いってきます、とかばんを持ってプロデューサーは事務所を出て行った。ちなみにアイドル達は今日は
全員オフにしている。みんなこの一週間やよいの為に頑張ってくれたし、ゆっくり休ませる事にした。
やよいの心のケアが心配だったけど、それ以上に千早と伊織がひどく落ち込んだので、やよいはふたりを
元気づけるために早々に立ち直っていた。本当に天使みたいな子だわ。元々やよいは美希と一緒のステージに
立ちたかっただけみたいだったし、きっと明日にはいつもの笑顔を私達に見せてくれるでしょう。
「さてと、私もそろそろ仕事しようかしら」
いつもと違って静かな事務所で、音無さんとふたりパソコンに向き合う。コーヒーでも淹れようかしら。
コンコン
<ゴメンクダサーイ ハイサーイ ドナタカイラッシャイマスカ
私が席を立ったと同時に、事務所のドアをノックする音が聞こえた。そして若い女の子の声がする。
「あら、お客さんかしら。今日は来客の予定はなかったはずだけど……」
「私が出ますよ。は〜い、今いきま〜す」
音無さんを制して、私は事務所の入り口へ向かう。面接希望かしら。ウチも一応アイドル事務所だから、
たまにこういう飛び込みがあるのよね。昨日のオーディションを見て来た子かもしれない。だとしたら
大天使やよい様の御利益ね―――――
***
――少し前・765プロ事務所前―――
「ええと、確かこのあたりなんだけどな……」
765プロの住所を書いたメモを片手に、ミキはたるき亭って名前の定食屋に来ていた。おかしいな、ここで
合ってるはずなんだけど、ミキ間違えちゃったかなあ。
「しょうがないの。今日は諦めてまた今度にしよっと」
う〜ん、でもまっすぐ家に帰るのもつまんないの。ココでお昼ごはん食べていこうかな。
ガラガラガラ
「ご馳走様でした。まこと美味でした」
「また近いうちに来るさ!今日から自分達はここの常連だぞ!」
ミキが店に入ろうとしたら、見慣れた二人組が店から出てきた。……って、なんであんた達がここにいるの?
「おや美希、奇遇ですね。貴女も食事に来たのですか?」
「なんだ、そうだったら連絡してくれたら良かったのに。自分達もう食べちゃったぞ」
貴音と響は笑顔でミキに話しかけてきた。 昨日あんなに怒ってたのに、ふたりとも今日はやけに優しいの。
「元気になったようで何よりです。昨日の貴女は帰り道、ほぼ放心状態でしたから」
「貴音は心配し過ぎだぞ。美希の事だから、一晩寝たらコロッと忘れるって言ったのにな」
むむ、それじゃあミキがバカみたいなの!昨日はホンキで悔しくて眠れなかったんだよ!
「ふふ、優勝を逃したことをそれだけ本気で悔しがれるなら、もうわたくしが教えることは何もありません。
貴女はもう立派なあいどるです。これからもその心を忘れずに精進するのですよ」
貴音が優しい笑顔で言った。もう、またそうやって上から目線でヤなカンジなの。いつかギャフンって
言わせてやる!!
「ははは、それは楽しみだな!! じゃあ自分達はそろそろ行くから、またな」
響が笑いながら、貴音と一緒にたるき亭のビルの階段を上って行く。この上に何かあるの?
「あれ?知らないのか?このビルの2階に765プロがあるんだぞ。自分と貴音はこれから面接さ」
え、そうなの!? でもビルを見上げたら、確かに窓に「765プロ」って大きく貼り紙がしてあったの。
こ、これは気付かなかったの…… 小さい事務所だって聞いてたけど、いくら何でも小さすぎるの。
「……ん?面接?ちょ、ちょっと待って二人とも!! もしかして765プロに入るつもりなの!? 」
貴音、響とはライバルだから別々の事務所に入るって言ってなかった?響も沖縄のみんなのためにも、
ビッグな事務所に入るって言ってたじゃん!あれはなんだったの!?
「はて、そのような事を言った記憶はございませんが」
「ん〜、自分も覚えてないな〜。美希の勘違いじゃないのか?」
涼しいカオしてふたりがすっとぼける。確かに言ったの!! ミキ記憶力は良いんだからね!!
カンカンカン……
その時、ビルの階段を誰かが下りてくる音が聞こえてきた。ヤバいの!! とりあえず全員隠れるの!! ミキは
ふたりの手を取って、近くの電柱の陰にひっぱり込んだ。
「あれ?今ミラーボールクラッシャーの声が聞こえた気がしたんだが……」
階段を下りてきたのはやよいのプロデューサーだった。プロデューサーはぐるっとあたりと見回すと、
ニヤっと笑って「さて、仕事仕事〜♪」って鼻歌を歌いながら行っちゃったの。もしかしてバレた?
「美希、髪の毛がはみ出ておりますよ。そもそも一本の電柱の陰に三人も隠れるのは無理です」
だってしょうがないじゃん!いきなりだったし、ミキまだ心の準備ができてないの!
「何を準備する必要があるんだ?美希の方こそ、765プロに何か用があるのか?」
「そ、それは……」
い、言えないの…… やよいにライバル宣言しといて、こっそりやよいのいる事務所に入ろうとしていたなんて。
それにこの二人ともトップアイドルのステージで勝負するって約束したのに、同じ事務所になっちゃったら
それも出来なくなっちゃうの……
「響、あまり意地悪をしてはいけません。美希も素直になってはどうですか」
ミキが悩んでいると、貴音が優しくミキの頭を撫でてきた。な、なんのことかな……?
「本当の事を申しますと、貴女が765ぷろに来るだろうと予測して響と先回りしていたのですよ。わたくしも
響も、また貴女が無茶をして怪我をしないか気になって仕方がありませんから」
「貴音も素直じゃないな。自分と貴音はライバルとして勝負するんじゃなくて、美希と一緒にトップアイドルに
なろうって決めたさ。そっちの方が面白そうだからな!美希とだったらどんな場所でも退屈しなさそうだし、
765プロは小さい事務所だけど自分達がでっかくすればいいさ!! 」
響が初めて会った時みたいな、あのひまわりみたいな笑顔を見せてくれた。貴音も隣でニコニコしてる。
……もう、ふたりともミキに相談しないでそんな大事なこと勝手に決めないでほしいの。一緒に
トップアイドルになってくれるなんて、嬉しくて嬉しくて泣いちゃいそうなの……
「わかったの!! それじゃあ貴音も響も、ミキがまとめてトップアイドルのステージまで引っ張ってあげるね!!
『チーム・フェアリーズ』いざ出陣なの!! 」
ミキは涙をぬぐって、そのまま右手でグーをして高く突き上げた。もし三人でユニットを組んだら、チーム名
はフェアリーズにしようって決めてたの。『妖精さん』って、とってもカワイイでしょ☆
「ちょ、ちょっと待つさ!! なんで美希がリーダーみたいな感じなんだ!? それに『フェアリーズ』って何だ?
消臭剤か?」
「それは『ファブリーズ』です。ふふ、良いではありませんか響。惚れた弱味です。わたくし達は美希の保護者
として、彼女を支え導く杖となりましょう」
もう、二人ともウルサイの。一応面接なんだからちゃんとしてよね。石川社長は入れてくれないし、ここで
落とされたら行くところがないんだから!ミキ達は階段を上って、765プロの事務所のドアの前まで来た。
「ごめんくださ〜い」
「はいさーい!! 」
「どなたかいらっしゃいますか」
end
以上、終了です。それでは皆様、良いお年を。
どんな感想でも受け付けますので、どんどんお聞かせください。
>>320
悪いな。これなんだ。次回作はご期待に添えられればいいがな。
読んでくれてありがとう。
それでは初めて読む方もどうぞお楽しみください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1351252223
ミキにフカノウなんてないの。
ミキは小さい頃から何でも出来たの。一輪車だってゴム跳びだってお遊戯だって、いつもミキが一番最初に
出来て一番上手だったんだよ。スゴイでしょ。ミキはいつだってみんなの憧れで、ヒーローでスターでお姫様
だったの。幼稚園の時なんて、1日に最高30人の男の子に告白されたことだってあるんだから。
でも中3になった時、そんなミキをムカついた女の子達がいたの。うーん、思春期ってフクザツだね。ミキ
イジメられちゃった。と言っても、ミキの中学校はマジメなコが多かったからヒドいイジメはなかったけどね。
でも靴やノートにイタズラされたり、ムシされたりヒソヒソされるのはイヤだったな。
だからミキも対抗することにした。ある日登校前にマツキヨに寄って、ヘアカラーを買ったの。それで駅の
トイレでマッキンキンに染めて登校しちゃった。ミキをイジメてたコ達はビックリしちゃって、ミキから目を
そらすようになったの。ひとりだと何も出来ないコばかりだったから、ミキにすっかりビビったみたい。イジメ
もなくなって、ミキの平和な日常が帰ってきたの。
でも今度はセンセイ達が大騒ぎになったの。ミキは生徒指導室に呼び出されて、そのままお説教されちゃった。
センセイにはミキがグレちゃったみたいに見えたのかな。別にそんなつもりないのに。放課後にはパパとママ
まで来ちゃった。ふたりともミキのアタマを見てビックリしていたけど、すぐに何か悩み事でもあったのかって
心配してくれたの。パパもママも優しいからダイスキ。
でもそうなるとちょっと困ったの。どう言ったらいいのかなって。正直にイジメられたからなんて
言っちゃったら、パパもママもすごく心配しちゃう。もしかしたら転校させられちゃうかもしれないの。ミキ
この学校好きだし友達とも離れ離れになりたくなかったから、転校はイヤだったの。イジメもなくなったし、
このままの生活を守りたかったの。
だからミキ、なんとなく思いつきでセンセイとパパとママに言ったの。
「ミキ、将来アイドルになりたいの。アイドルになってキラキラしたいのっ!」
って。芸能人だったら金髪でも問題ないよね。本気でアイドルになりたいワケじゃなかったけど、われながら
ナイスアイデアだと思った。結局髪を染めたことはうやむやになって、授業中居眠りが多い事を怒られて
終わったの。別に髪を染めてもミキはミキだし、いつも通り何も変わらなかったから大目に見てくれたみたい。
これでようやくミキの平和な暮らしが戻ってきたの。
……と思ってたら、またメンドくさいことになったの。
ある日学校から帰って来ると、奈緒お姉ちゃんがアイドルオーディションのパンフレットをいっぱい持って
待ってたの。どうやらミキの言葉をすっかり信じちゃったお姉ちゃんが、ミキの為にわざわざ調べて集めて
くれたみたい。お姉ちゃんはミキのことを可愛がってくれるからミキもダイスキなんだけど、時々暴走しちゃう
困ったさんなの。
でもせっかくお姉ちゃんがミキの為に集めてくれたんだし、あんまり気は進まないけどオーディションを
受けてみることにしたの。出来るだけ家から近くて、早く終わりそうなオーディションを選んで申し込んだ。
ちゃんとアイドルになるために頑張ってるってアピールもパパやセンセイにしなくちゃいけないし、
オーディションの実績のひとつくらいは必要かな。申し込んだオーディションはダンス中心だけど、ミキ運動は
得意だし自信もあるの!!
そしてオーディション当日。もしかしたらグランプリとっちゃうかも〜とか、そしたらますますアイドルに
向けて忙しくなるのかな〜とか、でもそれもちょっと楽しそうかな〜なんて考えながら、会場に入ったの。
「それではエントリーナンバー21番、星井美希さんお願いします」
「はいなの!」
審査員のオジサン達が見ているステージに立つ。あは☆ なんだかホントにアイドルになったみたいなの。
気分も良いし、久しぶりに本気でダンスしちゃおっかな!
***
『それでは第○○回ダンスクイーンオーディショングランプリは……エントリーナンバー26番、我那覇響さん
に決定しました!!』
スポットライトを浴びて、ミキより背の低い女の子が黒いポニーテールを揺らしてトロフィーを受け取る。
そのコは笑顔で会場に手を振っていた。ちなみにミキは準グランプリ。おっかしいな、ミキ昨日は早く寝たし、
調子よかったんだけどな……
「お前すごいな!! 楽勝だと思ったのに結構ぎりぎりだったぞ。やっぱり東京はレベルが高いさ。自分達は
今日からライバルだぞ!! 」
オーディション終了後に、グランプリのガナハがミキに声をかけてきた。なんだかこのコ熱血っぽくて
疲れるの。ミキはもっとゆるーく暮らしたい主義だから、このコとは合わないかな。
「悪いけど、ミキもうオーディション受けるつもりないの。だからガナハとバトルすることももうないと
思うよ。これからも頑張ってね」
「そうなのか?おまえくらい踊れたらダンサーでもアイドルでもなれるのに勿体ないぞ……って、おーい、
ちょっと待つさーっ!! 」
そのまま帰ろうとしたミキを、ガナハは追いかけてきた。どうやらメアドを交換したいみたいなの。
「いつでも連絡してきてくれ。自分沖縄から出て来たばかりだから、こっちの友達募集中さ」
ひまわりみたいな笑顔でガナハは笑った。さっきライバルって言ってなかった?でも友達が増えるのは
良い事なの。熱血っぽいケド悪いコじゃなさそうだし、せめてヒビキって呼んであげようかな。ガナハでも
ヒビキでもあまり変わらない気もするけど。
こうしてミキのアイドルへの第一歩は、準グランプリというビミョーな結果に終わった。こんなものかなと
思いつつも、なんだか面白くないの。もしまたオーディション受ける事になったら、次はもうちょっとだけ
頑張ってみようかな。
***
その日の夜、ミキの準グランプリをお祝いしてママがごちそうを作ってくれた。お姉ちゃんも大喜びで、
ミキもちょっとだけ嬉しくなったの。
「次はグランプリ目指して頑張れよ美希!」
ビールを飲んでご機嫌になったパパに言われた。その場ではテキトーに返事したけど、お布団に入ってから
また頭の中でぐるぐる考えたの。
「ミキ、本当にアイドルになりたいのかなあ……」
パパもママもお姉ちゃんもすっかりその気になってるけど、ミキはまだイマイチそんな気分じゃない。確かに
響に負けたのは悔しかったけど、もし勝ってもそこからアイドルになろうって気になったかなあ。テレビで
見ているアイドルの子達はみんなキラキラしててカワイイなあって思うけどそれだけで、ミキは見てるだけで
十分なの。ミキが憧れるようなアイドルのコもいないしね。
「のどかわいちゃった」
夜中のキッチンで牛乳を温めて、テレビを見ながらちびちび飲む。この時間はあんまり面白いのやってないね。
『さあ次は、今月デビューした新人アーティストの紹介だ!』
だらだらチャンネルを回していると音楽番組が流れてた。イマイチな新人さん達をぼんやり見てたんだけど、
あるアイドルさんの歌声でミキの眠気は吹っ飛んだの。
『♪蒼い鳥 もし幸せ 近くにあっても♪』
ミキとあまりトシの変わらない女の子が、とてもキレイな声でしっかり歌ってた。ほっそりしてて凛々しい、
長い髪をした美人さんだったけど、ミキにはそれ以上にそのコがとってもキラキラしてるように見えたの。
「スゴイ……これがアイドルなの……?」
ほんの十秒くらいの映像だったけど、ミキはカミナリに撃たれたみたいにしばらく動けなかった。アイドルに
も色々いるんだろうけど、あんなコもいるんだ……ミキのアイドルへの想いはガラッと変わったの。
「……マジメにアイドル目指してみようかな」
あのコみたいにキラキラしてみたい、あのコみたいなアイドルになって同じステージで一緒に歌って
みたいって、ミキはハッキリ思った。自分から何かしたいって思うのは久しぶりなの。
「あ、あのコの名前チェックするの忘れてた」
画面に出てたけど、なんて読むのかよく分からなかった。ニョツキ?センソウ?ムツカシイ芸名つけないで
ほしいな!とりあえず『ニョッキさん』て呼ぶことにした。
「待っててねニョッキさん、ミキもすぐにそっちに行くからね!」
テレビを消してお布団に戻る。でもコーフンしちゃってゼンゼン眠れなかったの。明日の朝ちゃんと
起きられるかなあ。寝坊したらニョッキさんのせいだからね!こうしてミキは、ちょっとだけマジメにアイドル
目指してみる気になったの。ホントにちょっとだけだけどね。
***
それからしばらくして、またミキの家の近くでオーディションがあったから、それに申し込んだ。今度は
ビジュアル重視のオーディションで、モデルさんなんかも受けるみたい。これならグランプリいけるかも!ミキ
プロポーションには自信あるもんね♪ 街でナンパされることもしょっちゅうあるんだから。でもまた響みたいな
強敵が来るかもしれない。だから今回はしっかり準備することにした。オーディション前の二週間はおやつも
おにぎりもガマンして、夜も10時には寝たの。それからお姉ちゃんに美容室に連れて行ってもらって、
ちゃんと髪を染めてパーマもあててみた。ミキ元々くせ毛だったんだけど、ますますふわふわになっちゃった。
そしてオーディション当日。お姉ちゃんの勝負服を借りて、ミキは気合満タンで会場に入ったの。ミキを見た
他の参加者の女の子達はみんなビックリしていた。ふふん♪ どう?ミキカワイイでしょ。ミキも自分でビックリ
してるもん。モデルの歩き方とかポージングはちょっと間に合わなかったけど、でも今回はアイドルの
オーディションだからあまり重視されないみたい。だからモーマンタイなの!
ミキはステージに飾ってあるティアラとトロフィーをロックオンする。見えるの、あのティアラをかぶって、
トロフィーを抱えてスポットライトを浴びているミキが。待っててねトロフィーくんにティアラちゃん、すぐに
ミキが迎えに行ってあげるからね!
***
『それでは大変お待たせしました!第○○回ビジュアルクイーンオーディショングランプリは……エントリー
ナンバー19番、四条貴音さんに決定しました!』
審査員さん達と会場のお客さんに丁寧に頭を下げて、ミキより背の高い銀色の髪の女の子が頭にティアラを
載せてもらっていた。くやしいけどスゴく似合ってたの。ちなみにミキはまた準グランプリ。今回はしっかり
準備してたから、前よりショックが大きかったの。でもあんなの勝てっこないよ。金髪のミキが言うのも
アレだけど、四条貴音は銀色の髪に紫色の目で、白人さんより色白でおっぱいもお尻もケタ違いなの。あのコ
ゼッタイ日本人じゃないの!
主催者のオジサンが、ミキにも小さなトロフィーをくれた。ミキの隣では、グランプリの四条貴音がミキの
トロフィーの三倍くらい大きいやつをもらっていた。あんな大きいの持って帰れないの。ふんだ、ゼンゼン
うらやましくないもん。ミキのやつくらいが部屋に飾るのもちょうどいいし、カワイイもん。だからミキ、
ゼンゼンくやしくないもんね!
***
「あ〜っ!く〜や〜し〜い〜!こうなったらヤケ食いしてやるの!」
オーディションも終わったし、今日くらいいいよね。ミキ元々好きなだけ食べてもあまり太らないし、デカい
パフェでも思いっきり食べてやるの!
「あ、ちょうどいいところにバケツパフェがあるの。あれにチャレンジしよっと!」
駅前の喫茶店でバケツパフェを見つけて、ミキはルンルンで店に入った。女の子は甘いものならいくらでも
食べられるんだよ。
「おや。奇遇ですね星井美希」
「げ……」
店に入ると、後ろからいきなり声をかけられたの。誰かと思ってふり向いたら、頭にティアラを載せたまま
の四条貴音が、バケツパフェを3つ並べて食べてた。そのまま回れ右して帰りたくなったけど、すぐに呼び
止められちゃった。
「お待ちください。折角ですし少しお話でもしませんか。ぱふぇも美味ですよ」
正直食欲なくしたし話すこともないけど、ここで帰ったら逃げたみたいでイヤだったから、仕方なく座る
ことにしたの。
「何の用かな。ミキこれでも忙しいんだけど」
「ふふ、お時間はとらせません。すみません、紅茶をふたつ」
ウェイターのお兄さんに注文して、四条貴音は口元を拭いた。あれ?いつの間にぜんぶ食べたの?さっきの
オーディションって大食い選手権だったっけ?とにかく相手のペースに引きずられてはダメ。このコは油断
ならないの。そのためにもミキがしなくちゃいけないことは……
「そのひとつに砂糖とミルクをたっぷり入れて。あま〜くしてねお兄さん♪」
ウインクもサービスしてあげる♪ウェイターのお兄さんは顔を赤くしてカウンターに帰って行った。
ふふん♪ どう?これで女子力はミキの勝ちなの。
目の前では四条貴音がニコニコ笑ってる。いつまでその余裕が続くかな。さあ覚悟するの四条貴音、女の戦い
第二ラウンドスタートだよ!
***
―765プロ事務所―
「う〜ん、わからないわね……」
「ただ今戻りました〜 うん?どうした律子?難しい顔してパソコン睨んで」
「お帰りなさいプロデューサー。いえ、今日行われたビジュアルクイーンコンテストの結果が出たんです
けど……」
「お、もう来てるのか。どれどれ」
事務所でオーディションのチェックをしていると、営業から戻って来たプロデューサーが私の横から
モニターを覗き込む。ち、ちょっと、近いですよ!!
「四条貴音?知らない名前だな。どこの事務所の子だ?」
「彼女はフリーです。ヨーロッパを中心にモデル活動をしている子ですから、日本ではそれほど知名度は高く
ありませんね。有名ブランドの専属モデルの話を蹴ったとは聞いていましたが、まさか日本に来るとは
思いませんでした」
彼女のプロフィールは多くの謎に包まれているが、国籍上は日本人らしい。海外で高い評価を受けていた子
なのに、どうしていきなり日本のオーディションを受けたのだろうか。今後彼女が日本で活動するとなると、
アイドル事務所の間で彼女の激しい争奪戦が勃発するだろう。
「それから先月行われた、ダンスオーディションの入賞者リストなんですけど……」
「ああ、そっちは知ってるぞ。西日本のオーディション荒らし、我那覇響がついに東京に乗り込んで来た
そうだな。営業に行くとどこもかしこもその話でもちきりだよ」
私がモニターにアップする前に、プロデューサーが答えた。我那覇響の名前は業界でもそこそこ知れ渡って
いる。ただしダンサーとしてだが。しかし彼女は歌も上手で容姿にも恵まれており、何より県民性なのか
人懐っこい明るいキャラクターでアイドル業界も注目している。
「四条貴音に我那覇響。また凄い新人が殴り込みをかけてきたな。ひとりでもトップアイドルになれそうな
逸材なのに、それが同時に2人も現れるなんて。こりゃしばらく業界が荒れそうだ」
くわばらくわばら、とプロデューサーが手帳にメモを取る。しかし私が気にしているのは彼女達ではない。
我那覇響はいずれ東京に来ると予想していたし、四条貴音も海外での活動データを集める事は可能だ。
わからないのは3人目。全くのノーマークだったこの準グランプリだ。
「星井美希?誰だこの子。おおっ!? ダンスとビジュアルのコンテスト両方で準グランプリを獲ってるのか。
こりゃすごい、アマチュアか?」
「いえ、アマでも地下でも候補生でもありません。彼女は高木社長のネットワークにもヒットしませんでした。
代わりに愛鳥週間ポスター金賞、バードカービング金賞、日本野鳥の会主催の写真コンテスト金賞でこの名前
が該当しましたけど」
高木社長は長い年月をかけて独自のコネクションを築き上げ、日本はおろか海外でも活躍しているアイドルの
情報までプロアマ問わず網羅している。そのネットワークに引っかからないとなると、彼女は考えにくいが
全くの素人という事になる。
「鳥が好きなのかな。双眼鏡を首からぶら下げて、野鳥観察してそうな大人しい森ガールか?」
「いえ、オーディションに居合わせたスカウトマンの知り合いに聞いたんですけど、長い金髪をした、我の
強そうな顔立ちの派手な子みたいですよ。少なくとも大人しい子ではないと思います」
それに彼女のコンテスト受賞歴はそれだけではない。個人の受賞ではないが、昨年の全国中学生体育大会の
東京代表として、400メートルリレーの第一走者を務めている。リレーの結果は銀賞であったが、運動神経も
悪くはないようだ。
「他にも3年前の関東のお手玉選手権や、4年前の小学生百人一首優勝者などでもこの星井美希という名前が
該当しますね。出場している大会の開催場所や時系列を見ても、おそらく同一人物で間違いないでしょう。
しかしどの大会も出場したのは一度きりで、翌年以降は出場していないみたいです。一種の大会マニア
でしょうか」
「いや、鳥が好きみたいだが、それ以外は出場している大会やコンテストの傾向を見ても特にこだわりはない
みたいだし、そんなに熱心に出場しているわけでもなさそうだな。おそらく彼女は気の向くままに、その時々
の自分の気分に合った大会やコンテストに出場してるんだろう。我那覇響ではないが、こっちもある意味
オーディション荒らしだな」
プロデューサーが冷静に分析する。だとしたら非常にもったいない。星井美希はその有り余る才能を持て余し、
大会の難易度に関係なく手当たり次第出場して入賞をさらっている。そして他の出場者にとっては迷惑極まり
ない存在だ。リベンジに燃えようにも、次の大会にはいないのだ。そんな彼女がどうやらアイドル業界に
興味を持ったようだ。
「この業界はしつこいヤツが多いからなあ。少しでもアイドルの才能の片鱗をのぞかせようものなら、スカウト
達はスッポンみたいにくっついて離れないぞ。ちょっと興味を持って出場してみただけが、この子もこのまま
アイドルとしてデビューするかもな」
「ま、しばらくは様子見ですね。それにこの子にしろ我那覇響にしろ四条貴音にしろ、ウチよりもっと大きな
事務所の所属になるでしょう。敵に回った時の対策は考えても、プロデュースの構想なんてするだけ
ムダですね」
この話はひとまずここまで。私はデスクの引き出しから極秘のファイルを取り出した。こっちはこっちで
忙しい。来月には社長に承認をもらって、このプロジェクトを始動させないと。
「例の企画か?どれどれ……」
「だ〜め〜で〜すっ!! いくらプロデューサー殿でも、この企画の中身は見せられません〜!! 」
ファイルを覗き込もうとしたプロデューサーから、慌ててガードする。同じ事務所の仲間でも、この企画に
関してはライバルだ。
「ちぇっ、つまんねーの。でも俺もようやく千早のデビューにこぎつけたわけだし、これからどんどん
売り込んでいかないとな」
「そうですよ。テレビ局総ざらいしてやっと深夜番組の15秒の曲紹介だけなんて、千早がかわいそうです。
もっとガンガン攻めていかないと!! 」
「はは、手厳しいな。でも律子はユニットのプロデュースを考えてるんだろう?ソロで売り出すより大変だと
思うが、大丈夫か?」
「心配いりません!! 私の企画は完璧ですから。うかうかしてると追い越しちゃいますよ〜!! 」
そう言ってふたりで笑う。765プロはまだまだ弱小事務所だが、いつまでも業界の片隅で小さくなっている
つもりはない。765プロの伝説は今から始まるのだ―――――
***
―事務所外―
「……亜美、今のハナシ聞いた? 」
「うん、バッチリ……りっちゃんは亜美達にナイショでユニットを作ろうとしてるみたいだね……」
「つまりここらへんでレッスンガンバってりっちゃんにイイトコ見せとけば……? 」
「亜美達がユニットのメンバーに選ばれるかもしれないってコト……? 」
「キャッホーイ!! これはヤル気がマッハですなあ→!! 」
「長きに渡った姉妹対決に、ついに決着がつきそうですなあ→!! 」
「ふっふーん、勝負だぜ亜美!! 格の違いを見せてやる→!! 」
「望むところだぜ真美!! 姉だからってテカゲンしないぜ!! 」
「ふっふっふっ……」
「くっくっくっ……」
「……ふたりとも、どーして事務所の前であそんでるのー?」
***
「はあ……」
目の前の池に浮かぶカモ先生を眺めながら、ミキはため息をついた。四条貴音との第二ラウンドは引き分け、
かな。ミキ負けてないもん!! って言えるけど、そもそも勝負になってなかったかも。だって貴音、言ってること
がよく分からなくて会話にならなかったもん。あのコなんであんなにむずかしいしゃべり方するんだろう。
―回想―
「星井美希、どうして貴女はべすとをつくさないのですか」
え?何?いきなり何言い出すの?
「なぜべすとを尽くさないのか」
いや、繰り返さなくてもいいから。
「どんとこい!! 超常現「なんかハナシずれてない?」……失礼致しました」
ベツにいいけどさ。
「つまり貴音は、今日のオーディションでミキがホンキじゃなかったって言いたいの?」
「はい。有り体に言えばそういうことです」
カチン。このコミキの何を知ってるの?今日初めて会ったばかりなのに、そんな事言われる筋合いなんて
ないの。ミキだって今日のために、二週間ガンバったんだよ!!
「二週間程度で頑張ったなどとよく言えたものです。今回のおーでぃしょんの参加者の多くは、今日のために
最低2ヶ月は準備をしておりますよ。ちなみにわたくしはいつでもおーでぃしょんに臨めるように、常に
万全の準備をしております」
バケツパフェ3杯も食べておいて説得力ないの。でも勝てばカングン?だっけ?敗者は意見出来ないの。
「貴女の敗因は、今回のおーでぃしょんの評価基準がもでるの要素に重きを置いている点を考慮しなかった
ことです。主催側は採点基準に入れないとは言っておりましたが、真に受けたのは貴女だけだと思いますよ」
うぐ……、それを言われると反論出来ないの。確かにミキもいいのかなって思ったケド、でも二週間じゃ
ダイエットが精一杯だったの。
「で、でもミキ準グランプリになったもん!! 貴音の言うホンキがよく分からないケド、準グランプリだって
そう簡単にはなれないもん!! だからミキガンバったもん!! 」
確かに他のコと比べてミキはホンキじゃなかったかもしれないけど、でもオーディションでは一所懸命やった
もん!! ちゃんと真剣に勝負したもん!!
「では美希。貴女はその結果に満足してしますか?」
貴音の雪女みたいな鋭い視線がミキに突き刺さる。ミキは何も言えなかった。満足しているハズがない。
ミキは今回グランプリになるつもりだった。でもなれなくてくやしかったもん。
「貴女はなまじ才能に恵まれているだけに、 普通の人より容易く人生を送ることが出来るでしょう。しかし
その手持ちの才能だけに甘んじて精進しないようでは、いつまでも本当の幸せを手に入れることは
出来ませんよ。それは貴女が一番よく分かっているでしょう」
まるでミキの心を読んでるみたいに、貴音ははっきりと言い切った。ミキは悔しくてみじめな気持ちに
なって、ついついキツい言葉で言い返した。
「何なの?貴音はミキのお姉ちゃんになったつもりなの?ミキのお姉ちゃんはひとりでじゅうぶんなの。
説教なんて聞きたくないな!! 」
ミキがそう言うと貴音はまたニコニコ笑って、
「申し訳ございません。そのようなつもりではなかったのですが。ただ響も貴女の事を気にかけておりました
ので、こうして一度話をしてみたかったのです。響の言った通り、貴女は素直な心を持った良い人ですね」
響?何で響の名前が出てくるの?貴音の知り合いなの?
「親しい友人のひとりです。わたくしは貴女とも友誼を結びたいと思っておりますよ、星井美希」
「トモダチになりたいってこと?ちょっと考えさせて欲しいの……」
さっきまでお説教された相手と、いきなり仲良くなんて出来ないの。ミキおかしくないよね?
「おや、すっかり警戒されてしまいましたね。ではお近付きの印に、貴女が本気になれる方法を教えて
さしあげましょう」
「ホント!? どうやったらミキホンキになれるの!? 」
貴音の言葉に、ミキは思わず反応しちゃった。ミキがずっと悩んでいた答えを貴音は知ってるの!?
「簡単な事ですよ。貴女が本気になるためにはまず……」
人差し指を口に当てて、貴音が小さくウィンクしてこっそり教えてくれた。
「誰かの為に本気になることですよ―――――」
***
「はあ……ワケわかんないの。もしかしてミキ、からかわれちゃったのかなあ。どうして自分より先に、誰かの
為にホンキにならないといけないの?教えてカモ先生……」
貴音と別れた後、いつもの公園でミキはカモ先生に相談していた。でもカモ先生もわかんないみたい。家に
帰ったら、お姉ちゃんに聞いてみよっと。
「さて、カモ先生も帰ったし、ミキも帰ろっと」
気がつけば夕方だった。いつの間にか時間が過ぎてたの。準グランプリの小さなトロフィーを持って、ミキは
公園を出た。ちょっとちっちゃいけど、キミもちゃんと可愛がってあげるよトロフィーちゃん♪
「はあっ……、はあっ……、」
公園の前の道路を歩いていると、前から小柄な女の子が走ってきたの。今日は買い物帰りかな。スーパーの
袋に野菜をいっぱい詰めて、猛ダッシュしてるの。
ミキがカモ先生に会いに公園に行くようになってから、この公園の前でよく見る女の子がいる。多分中1
くらいかなあ。明るいくせ毛をふたつにまとめたハムスターみたいな子で、いつもいつもこの道を忙しそうに
走ってる。学校とか習い事とか買い物とか、とにかくその子は忙しいみたいなの。
「もっとゆっくり生きればいいのに。あれも一所懸命っていうのかな。ミキあんなしんどそうなのヤだな」
でもあの子は毎日充実してるだろうなって、ちょっとうらやましかったりもする。だっていつ見ても
キラキラしてるんだもん。ミキもあんな風にキラキラしたいなあ。
「あれ?これって……」
あの子が来た道を歩いていると、足下に見覚えのあるカエルのポシェットが落ちてた。確かあの子がいつも
首から提げてるやつだよね?
「お〜い、……って、いないか」
きっと急いでいたから落としたのに気付かなかったんだ。あの子の家は知らないし、またここを歩いていたら
会えるよね。ミキはトロフィーちゃんの先にポシェットを引っかけて、そのまま家に帰った。ポシェットの紐が
切れかけているから、ついでに直してあげようかな。ミキは出来ないから、お姉ちゃんにお願いするんだけど。
***
次の日の夕方、ミキが公園に行くと半べそをかきながら何かを探しているあの子がいた。ミキは後ろから
そっと近づいて、肩をぽんぽんとたたいた。
「はいこれ。あなたのでしょ?もうなくしちゃダメだよ」
「はわわ……、べろちょろ〜〜〜〜〜!! ありがとうございます!! ずっと探してたんですぅ〜〜〜〜〜!! 」
へえ、べろちょろって言うんだ。カワイイ名前だね。よく似合ってるよ。
「じゃあね、気をつけて帰るんだよ」
たまには良いこともしてみるものなの。ミキは鼻歌を歌いながら家に帰った。
「あ、あの……、待ってください!! 」
すると後ろからべろちょろを持った女の子が追いかけてきた。ちょっと緊張してるみたい。
「よ……、よかったらうちにきませんか?お礼もしたいし……」
「いいよベツに。ミキそんなに大したことしてないし」
「そんなことありません!! 」
ミキの言葉を、女の子は目一杯否定した。ミキ怒られたのかと思ってびっくりしちゃった。
「あ……、ごめんなさい……、でもべろちょろのひもも直していただいたみたいだし、ホントに大事なもの
だったからちゃんとお礼がしたいっていうか……」
ぼそぼそと女の子がしゃべる。弱気に見えて結構強引なの。こう言われるとミキも断りにくいじゃん。
「それに私、あなたと一度お話してみたいなって思ってたんです。きれいな人なのに、いつもひとりで公園の
池のカモさんに話しかけてて、何してるのか気になってたっていうか」
きれいな人って言われるのは嬉しいけど、微妙にぼっちの不思議ちゃん認定されてない?でも気になってた
のはミキも同じなの。
「あの……だめでしょうか……?」
涙目プラス上目遣いがこんなに恐ろしい武器になるとは思わなかったの。ヤバい、このコかなりカワイイの。
最近響とか貴音とか、ミキが自信なくしちゃうような女の子ばかり出てきて困っちゃうの。
「わかった、わかったからそんな目で見ないでほしいの。今日はミキもヒマだし付き合ってあげる。でもミキ
今お金ないから、あまり遠いところはダメだよ」
「だったらちょうどいいです!! わたしの家で一緒に晩ご飯を食べましょう!! 今日はもやし祭りの日ですし、
きっと喜んでもらえると思います!! 」
目をキラキラと輝かせて、女の子が元気よく言った。もやし祭り?何の儀式?
「じゃあべろちょろも戻ったし、さっそくおかいものにいきましょーっ!! 」
「お、お〜、なの」
こうしてミキは、いつも忙しそうな女の子と一緒にスーパーに行くことになった。
「あ、申し遅れました。わたし、高槻やよいって言います。よろしくおねがいします!! 」
やよいかあ。確か三月だっけ。よく合ってる名前なの。
……あれ?二月って何だっけ?四月はうづきで、五月がさつきで。確か最近どこかで見たような―――――
「ま、いっか」
ミキは考えるのやめて、前を元気に歩くやよいの後ろについていった。
***
「ごちそーさまでした!!」
「「「「ごちそーさまでした!!」」」」
「ご、ごちそうさまでした、なの」
やよいの家でもやしの鉄板焼を食べ終わった。最初に見た時はちょっとがっかりしちゃったけど、食べて
みたら意外とおいしかったの。秘伝のタレのおかげかな。帰るときにレシピを聞いておこう。
「はいっ、じゃあみんなかたづけるよ!長介はお皿運んで、かすみはお風呂わかして、こうぞう達はお布団
しいてきて!」
「わかった!! 」「うん」「「おーっ!」」
やよいの家に来た時から思っていたけど、 やよいの家事スキルはパないの。晩ご飯を作っているときも、
洗濯と赤ちゃんの面倒も同時に見ていたし、手が回らないところは弟達に指示を出してちゃんとする。ミキも
お手伝いしようと思ったけど、
「美希さんはお客さんですから、ゆっくりしていてくださ〜い」
って笑顔で断られた。結局やよいはあっという間に、晩ご飯の片づけを終わらせちゃった。
「食後のお茶です。美希さん、今日は来ていただいて本当にありがとうございました」
「ううん、でもやよいってスゴいんだね。一度にあんなにたくさんの事、ミキには出来ないの」
ミキがそう言うとやよいは少し照れくさそうな顔をして、
「うちはお父さんもお母さんも働いていますから、もう慣れっこですよ。それに弟たちも助けてくれるし、
どうってことないです」
ミキもやよいみたいな家の子だったら、これくらい出来るようになるのかな。でもミキはお姉ちゃんに
甘えちゃうからあまり変わらないかも。1コしか違わないのに、やよいはミキよりとてもしっかりしてるの。
「それだけじゃねえんだぜ。やよい姉ちゃんはアイドルだってやってるんだからな!! 」
ミキ達が話をしていると、一番上の弟が入ってきた。確か長介だっけ。なんでアンタが得意気なの。やよい
みたいなお姉ちゃんだったら自慢したくもなるだろうけど。でもこれまたびっくり。やよいがアイドルさん
だったなんて。
「こ、こら長介!! すみません急に……アイドルと言っても2ヶ月前にスカウトされたばかりで、家の事とか
忙しくてあまり事務所に行けてないんですけど……」
やよいはちょっと残念そうに話してくれた。そうなんだ。確かに学校にも行かないといけないし、小さい弟達
もいたらレッスンも厳しいかもしれないよね。
「でも皆さんには申し訳ないんですけど、近いうちに辞めさせてもらおうと思ってるんです。アイドルの活動は
楽しいし事務所の人達も優しくしてくれるんですけど、私のせいでみんなに迷惑かけちゃってるところも
あるし……」
「え〜!! そんなのもったいないじゃん姉ちゃん!! せっかくアイドルになれたのに、まだまだこれからじゃんか!!
家のことなら俺に任せてくれればいいし、かすみ達だって姉ちゃんがテレビに出るの楽しみにしてるんだから
やめんなよ!! 」
やよいの言葉に長介が答える。やよいはそんな長介をまた叱っていたけど、でもミキも長介と同意見なの。
「長介はいいことを言ったの。ミキもやよいがアイドル辞めちゃうなんてもったいないって思うな」
「美希さん!? 」
「さすが美希さん!話がわかるぜ!」
そんなのトーゼンなの。やよいみたいなカワイくてキラキラしているコがアイドルになれないなんて、世の中
の方がおかしいに決まってるの。
「でも今の状態だったら。どっちみちちゃんとお仕事も出来ないし……」
やよいがうつむく。う〜ん、問題はそこかあ。確かに主婦スキルMAXのやよいでも、体がふたつない限りは
アイドル活動も満足に出来ないよね。
"誰かの為に本気になることですよ"
……あれ?もしかしてこれってそういうことなの?どこからか貴音の声がした気がした。その瞬間、ミキは
ビビビッとひらめいたの!!
「よ〜し!! だったらミキがやよいのアイドル活動を手伝ってあげるの!! ミキに任せたら、やよいはすぐにでも
トップアイドルになれるの!! 」
「「ええ〜〜〜〜〜っ!?」」
ミキの言葉に、やよいと長介が驚いた。 ふっふ〜ん、ミキにフカノウなんてないの!! それにやよいみたいな
コのお手伝いだったら、ミキは喜んでやるよ!! 貴音の言ってることはまだよく分からないけど、ミキがやよいの
ためにホンキになってあげるね!!
***
―翌日・高槻家―
「で、そのやよいって子をトップアイドルにするために自分と貴音が呼ばれたのか。いきなりメールが来たから
びっくりしたぞ」
「ふふ、響の言った通りの方ですね。ですがまさかわたくし達まで巻き込まれるとは思いませんでした」
次の日の夕方、やよいの家にミキと響と貴音が集合した。あれからどうやったらやよいのお手伝いを出来るか
シンケンに考えたんだけど、アイドルの素人のミキより、ギョーカイに詳しそうなふたりの力を借りた方が
良いと思ったの。で、来てもらったわけ。
「お願いふたりとも!! ふたりもやよいを見たらきっと助けたくなると思うの。やよいはとっても一所懸命で、
とってもイイコで、とってもキラキラしてるんだよっ!! 」
「まあ今更断らないけどさ……」
ちなみにやよいはまだ帰って来ていない。 学校終わりにレッスンがあるとかで、ちょっと遅くなるって連絡が
入った。だから長介達に言って先に上がらせてもらっている。で、その長介達はと言うと、
「スゲー、美希さん外人と友達だったんだ。 グローバルだな……」
「長介お兄ちゃん、やよいお姉ちゃんがいないのに勝手に家に入れてよかったのかな……」
「なんくるー!」「ないさー!」
ふすまの隙間から遠巻きに見てる。確かに響も貴音もインパクト強いもんね。下の弟達は早くも響の沖縄弁を
面白がっているみたい。
「ふたつ条件があります」
その時、畳に正座していた貴音がすっと背筋を伸ばしてミキに言った。響は協力的だけど、貴音はそうじゃ
ないのかな。
「いえ、協力するうえでの確認です。そのやよいという子は、ぷろのあいどる事務所に所属するあいどる候補生
なのですよね?」
「そう言ってたよ。ゼンゼン有名じゃない小さい事務所みたいだけど」
確か765プロだっけ?聞いたこともない名前なの。オーディションの時にもらったスカウトさん達の名刺の
中にもそんな名前なかったし。
「765プロ?自分も聞いたこと無いな。あれ?でも確かこの間オーディションで会った誰かがそんな名前の
事務所だったような……」
響は知ってるみたいだけど、それでもあまり有名じゃないみたいなの。
「でしたらわたくしと響の素性は隠しておいた方が良いでしょう。事務所の中には外部のあいどるの介入を
嫌う所もあります。わたくしも響も厳密にはまだあいどるではありませんが、近しい業界では名前が
知れ渡っておりますので」
ふ〜ん、そういうものなの?ま、別にいいけど。
「それにわたくし達は、まだ東京に来たばかりで新たな所属先を探している最中です。そのような段階で
特定の事務所のあいどると接していることが知れれば、今後他の事務所の勧誘を受けにくくなりますし、
わたくし達も行きにくくなりますゆえ」
だったら765プロに入っちゃえば?あんた達だったらどこでも選びたい放題なんでしょ?
「と、とんでもないぞ!! 自分はビッグになるために東京に出てきたんだから、有名な事務所に入りたいぞ!!
沖縄のみんなの期待にも答えないといけないしな!! 」
これには響が反対した。そっか、ミキにはピンとこないけど、ふたりともこの業界で生きていくって
もう決めているんだね。だったらミキは言うことを聞くしかないの。
「じゃあ念のために偽名でも考えよっか。 貴音はなんだかハクチョウっぽいからシラトリさんね。 やよいの
前では『シラトリタカコ』さんってことで」
「ふふ、美しい名前ですね。ではこの家では、わたくしの事は貴子とお呼び下さい」
ミキの提案に、貴音は嬉しそうに賛成してくれた。そうでしょ?ミキもなかなかいいセンスしてると
思ったもん。
「じゃあ響は……」
「お、自分にも考えてくれるのか?出来れば沖縄っぽい名前がいいな!! 」
それじゃあ意味ないの。ただでさえ沖縄っぽいカッコしてるのに。でも沖縄っぽい名前ね。 だったら……
「ノグチさん。『ノグチキョウコ』さんに決定なの!! 」
「どこが沖縄っぽいさ!? 」
あれ?沖縄の県鳥のノグチゲラから取ったんだけど、気に入らなかった?
「そんな沖縄県民でも知らなさそうなマイナーな鳥より、もっと有名なヤンバルクイナとかさ……」
ヤンバルキョウコ?そんなのすぐに沖縄人ってバレちゃうの。キャッカね。
「よいではありませんか響。貴女は今日から野口響子です。沖縄を代表する鳥の名に恥じぬよう、貴女も
精進するのですよ」
貴音の言葉に、響は「わかったぞ……」ってしぶしぶ納得した。だんだんふたりの関係がわかってきたの。
「それからもうひとつ。こちらが本題です。美希、わたくしは貴女にもやよいと同じ稽古をつけます。やよい
だけではなく、この際貴女にも本気でとっぷあいどるを目指してもらいましょう」
「へ?ミキもレッスン受けるの?でもそれじゃあ誰かの為に頑張ってることにならなくない?」
そりゃあミキも協力はするけど、これは予想外なの。
「ひとりでは成し得ない目標でも、共に頑張る仲間がいれば達成することもあるのです。 貴女には自分の為だけ
ではなく、やよいの為にも頑張ってもらいましょう。責任重大ですよ」
「それは面白そうだな。ビシバシしごいてやるぞ!! 」
貴音と響がワルい笑顔をミキに向ける。上等なの。オーディションでちょっと勝ったくらいでナメないで
欲しいな。ふたりまとめて相手してやるの。
「遅くなりましたぁ〜!! 美希さんもう来てますかぁ〜?」
話がまとまったところで、やよいが帰ってきた。
「それじゃはじめよっか。準備はいい?タカコ、キョウコ?」
「いつでも」「どんとこい!! 」
玄関をぱたぱたと走ってくるやよいを、ミキ達は笑顔で出迎えた。
***
♪I READY I'M READY!! 歌を歌おう♪
♪ひとつひとつ笑顔と涙が 夢になるエンターテイメント♪
貴音と響…じゃなくてタカコとキョウコを紹介した後、まずはやよいにパフォーマンスを見せてもらうことに
したの。今、ミキ達の前ではラジカセの曲をBGMにしてやよいが踊っている。やっぱりちゃんと事務所に
入ってレッスン受けてる子はカタチが出来てるというか、しっかりしてるんだね。ミキも勉強になるの。
「はぁ、はぁ……、どうでしょうかぁ?」
「スゴいのやよい!! カッコよかったし、とってもカワイかったよ!! 」
パフォーマンスの終わったやよいに、ミキはタオルとお水を渡した。ミキもガンバらないと!!
「ふむ……、これは……」
「う〜ん、どうしたらいいかな……」
でもミキ達の後ろでは、貴音と響が難しいカオをして悩んでいた。何?何かダメだったの?
「いえ、その逆です。やや鍛錬が不足している面は感じられますが、おさえるべき所はしっかりおさえていると
いいますか……」
「わかりやすく言えば、じぶ、私達が教える事は特にないし、逆に教えたらダメな気がするんだ」
ふたりのハナシでは、やよいはしっかりきっちり事務所からレッスンを受けているみたいで、時間はかかる
かもしれないけど、今のままでもちゃんとしたアイドルになれるらしいの。
「やよい、貴女は事務所に大切にされているようですね。満足に稽古が受けられなくて悩んでいるそうですが、
貴女の事務所が貴女を見捨てることはないでしょう」
「良い事務所に入ったんだね。デビューまでちょっと時間はかかるかもしれないけど、しっかり続ければ
きっと立派なアイドルになれるぞ!!…なれるよ!! 」
「は、はい!事務所のみんなもやさしくしてくれるし、プロデューサーも社長さんも私に合わせてスケジュール
を組んでくれるし、とって感謝してます!」
やよいは嬉しそうなカオをした。ミキもそれは思った。やよいのパフォーマンスを見て、ミキちょっと感動
しちゃったもん。
「でも、だからこそ私も事務所の一員としてみんなの役に立ちたいんです。大事にされているままじゃなくて、
私もみんなをサポートできるようになりたいんです!」
やよいはミキ達の目を見てはっきりと言った。貴音も響も今のままで問題ないって言ってるのに、やよいは
イヤみたい。大家族のおねえちゃんだからかな。やよいは事務所でもしっかりおねえちゃんしたいみたいなの。
「その決意、何か理由があるのですか。近いうちに大事なおーでぃしょんやこんてすとに参加するのでは」
貴音がそう言うと、やよいは少しもじもじしてから、
「実は、来月にうちの事務所でユニットを作るみたいなんです。今はまだそのメンバーを選んでいるみたい
なんですけど、私も選ばれてみたいな〜って……」
って言った。なるほどね、でも今のやよいの状態じゃユニットもしっかり活動出来ないんじゃないの?
実力があっても選ばれるのはキビシイんじゃないかな。
「いや、そうとも言えないぞ。やよいをユニットとしてデビューさせて利益が出るって事務所が判断したら、
やよいの家族にもお金が支払われるとか援助があるかもしれないさ…よ。業界じゃよくある話さ」
ヘンな標準語で響が教えてくれた。スゴいね芸能界。ここは日本だけど、アメリカンドリームも夢じゃないの。
「来月までおよそ三週間ですか。かしこまりました。ではゆにっとのめんばーに選ばれることを目標にして、
わたくし達は貴女を指導致しましょう。やや厳しい内容になるかもしれませんが、よいですか」
「は、はいっ!よろしくおねがいします!! 」
両手を後ろにぐいーんとあげて、やよいが頭を下げた。よ〜し、ミキもガンバルの!!
「あれ?でもさっきやよいに教えることは何もないって言ってなかった?逆に教えちゃダメになっちゃうって」
ミキが首をかしげると貴音と響はニヤリと笑って、
「わたくしもそのつもりでしたが、やよいのひたむきさに心変わりをしてしまいました。特別にもでるの奥義を
伝授致しましょう」
「じぶ、私もやよいに協力してあげるよ!やよいの持ち味はそのままにして、今よりもっとパワーアップさせて
あげる。やよいならカッコいいダンサーになれるよ!」
ゼンゼン心配してなかったけど、やっぱりやよいはみんなに好かれるんだね。ミキもやよいのこと
ダイスキだもん。
「ではさっそく始めましょうか。美希、貴女も準備は良いですね」
「いつでもOKだよ!! モデルでもダンスでもカラテでも何でもこいなの!! 」
ミキがそう言うと、貴音はちょっとびっくりしたカオをした。どしたの?ミキなんかヘンな事言った?
「よくわかりましたね。今からわたくしが教える事は空手ではありませんが、大陸の拳法の練習です。
それでは準備をしましょうか」
「たいりく?ですかぁ?」
やよいがハテナいっぱいに聞いた。ミキもワケわかんないの。大陸って中国だよね?やよいもミキも
ブルース・リーみたいなマッチョさんになっちゃうの?
はい、ここまでが前スレの分です。ではここから続きをお楽しみ下さい。
お待ち頂いた読者の皆様、大変お待たせしました。それではどうぞ!!
***
―765プロ事務所―
「……というわけで、来月に『竜宮小町』プロジェクトをスタートさせるから、あんたにはこのユニットの
リーダーをやって欲しいの。出来るわよね?」
「当然じゃない。この私を誰だと思ってるのよ。亜美とあずさくらい余裕で従わせてあげるわ」
「いや、ユニットっていうのはそういうのじゃないんだけど……」
事務所の会議室に伊織を呼び出して、私は彼女だけにプロジェクトの概要を説明する。私が考えている
ユニットの構想は、伊織がリーダーで牽引役なのだ。だから彼女だけには事前に話す必要があった。そして
向上心の強い伊織は、こちらの予想通り快く引き受けてくれた。
「ところで律子、この話はまだ誰にも言ってないわよね?」
「ええ、そうだけど。アイドルの子達の中ではあんたが最初よ」
話を終えたところで、伊織が突然不思議なことを訊いてきた。
「最近亜美と真美の様子がおかしいのよ。妙に張り切ってるというか、私や他のみんなにも闘争心むき出しで
レッスンしてるというか。もしかしてバレてるんじゃないの?」
「そうなの?あの子達、私のファイルをこっそり覗いたのかしら。でもユニットのメンバーの名前までは書いて
ないし、誰が選ばれたかまでは知られてないと思うけど……」
「それが逆に勘違いさせてるんじゃないかしら。まだメンバーは未定で、これからの頑張りで自分達にも
チャンスが来るかもしれないと考えているとか」
確かにその可能性はあるわね。今後は情報の取り扱いには注意しないと。
「それだったらそれで構わないわ。少なくとも亜美はメンバーなわけだし、勘違いさせておけばあの子達も
少しは真面目にレッスンに取り組むでしょう。でも一応まだこの話は他の子には内緒にしておいてね」
「あんたもなかなかえげつないわね。でもわかったわ。どうせ来月には分かることなんだし、黙っとくわよ。
ちゃんとこのスーパーアイドル伊織ちゃんが活躍できるように準備しなさいよね!! 」
「はいはいわかってるわよ。あんたもこれから忙しくなるんだから、しっかりレッスンしときなさいよ」
伊織を送り出して、私は自分のデスクについた。情報が漏れたかもしれないのはちょっとしたイレギュラー
だったけど、他の子達を出し抜こうとしているのか亜美も真美も言いふらしてはいないようだ。だったら無用な
混乱も起こらないだろう。うん、問題なし。さて伊織の返事ももらったし、プロジェクトの最終調整を
しましょうか―――
***
それから3日後。やよいの事務所のレッスンが終わって家に帰ってくる時間にミキ達は集まって、貴音の
特別レッスンを受けていた。で、今日が3回目なんだけど……
「それでは準備も整いましたし、始めましょうか」
「はいっ、よろしくおねがいします!」
いつも通りのポーカーフェイスの貴音とゲンキいっぱいのやよい。でもミキはそろそろウンザリしていた。
「……タカコ、ちょっと質問があるんだけど」
「何ですか美希。やよいはもう準備出来てますよ。貴女も早くしなさい」
何でもないように涼しいカオして言う貴音に、さすがのミキもイラっときちゃった。
「そろそろセツメイしてほしいの!! 3日連続でこんなことして何になるの!? 」
ミキは頭の上のコップを地面にたたきつけようとして……あ、これやよいの家のコップだった……そぉ〜っと
縁側に置いて貴音に怒った。アタマの上と両手に水の入ったコップを載せて1時間ずっと立ってるだけなんて、
いい加減やってられないの!!
「おや、お気に召しませんか。これは古より伝わる歴とした特訓なのですが。家でもしっかり練習していますか?」
やってるよ!! それでお姉ちゃんに見られて、今日の朝病院に連れていかれそうになったの!! パパもママ
もシンパイしてるし、学校でイジメられても泣かなかったミキが泣きそうになったよ!!
「は、はわわ……美希さんおちついてください〜……」
アタマと両手にコップを載せたやよいが止めに入る。やよいもそろそろキレていいと思うな。こんなので
トップアイドルになれるわけないの!!
「タカコはミキとやよいをどうするつもりなの!? この特訓をしたらどうなるか、きっちりセツメイして
もらわないとミキ今日はやらないもん!! 」
ぷいっと首を横に向けて、ミキは不機嫌のポーズを取った。これはやよいのためでもあるの。やよいは何の
疑いも持たずにマジメにやってるケド、それで効果がなかったらかわいそうなの。
「はて、困りましたね。これは体の軸を意識して、体幹とばらんす感覚を鍛える大陸の拳法の特訓なのですが、
その効果を説明するのはやや骨が折れます」
「そんなあいまいな言葉じゃナットクできないの。だいたいなんでモデルの特訓じゃなくて拳法の特訓なの?
やよいには時間がないのに、そんな遠回り出来ないの」
ミキがそう言うと、貴音は指をあごにあててちょっとだけ考えて、庭のすみっこに置いてあったやよいの
弟の三輪車を持ってきた。どうするのそれ?まさか漕がないよね?それはそれで面白そうだけど。
「それでは実演してみせましょう。やよい、少しこの三輪車をお借りしてもよろしいでしょうか」
「え、それは私じゃなくてこうぞう達のだから、こわさなかったらいいですけど……」
「ありがとうございます。では美希、お手数ですが雨戸を閉めてもらえませんか。やよいの弟達に見られる
わけにはいけませんので」
ベツに勝手に三輪車に乗ったくらいで、やよいの弟も怒らないと思うけどなあ。でも貴音がシンケンなカオ
して言うから、ミキは言われた通りに雨戸を閉めた。それを見てから、貴音はにっこり笑った。
「ありがとうございました。では美希、今から特訓の効果をお見せしましょう。ただし、今からわたくしが行う
ことはここにいる三人だけの秘密。他言無用ですよ。やよいもよろしいですね?」
「は、はいっ…… でもいったい、なにするんですかあ?」
貴音のフンイキにちょっと怖がるやよい。ミキも今から何が始まるのか、まったく分からないの。
「では始めます」
貴音はそう言って、靴を脱ぐとスカートをちょいとつまんで静かに足を上げて、三輪車に乗った。
―――――三輪車のハンドルのはしっこに
「え?え?えぇ〜〜〜〜〜っ!?!?!?!? 」
やよいが目を白黒させてびっくりしてる。ミキも目の前の光景が信じられなくて、言葉が出ないの。
「身体の軸を意識して、重心を操ることが出来るようになればこれくらいのこと造作もありません。ただし、
この域に到達するには十年はかかりますので、今回は貴女方にここまでは求めません。危険ですので真似を
してはいけませんよ」
ハンドルのはしっこに立ったまま、貴音はにこにこしてる。マネなんて出来るわけないの。ていうか何で
倒れないの?昔、軍鶏ってマンガでこんなシーンがあったっけ。老師が水の入った大きな器の縁に立つの。
てっきりファンタジーだと思ってたのに、ホントに出来るヒトがいたんだ……
「この特訓を行う理由ですが、これは後の響子の特訓の準備でもあります。響子のだんすは身体の軸をわざと
ずらして動作を大きく見せるものなので、基礎が出来てないと型が崩れてしまいます。それに身体のばらんす
が取れていると、もでるの特訓などせずともどんな姿勢も様になるものですよ」
貴音は静かに三輪車のハンドルから降りると、靴を履きなおして三輪車を片づけた。いつもオーディションの
ための準備をしてると言うのはウソじゃないみたいなの。
「ご理解して戴けたでしょうか。貴女の仰る通り、わたくし達には時間がありません。ですから省略出来る
ところは省略して、最短で最大の効果が見込める鍛錬を行います。異論もあると思いますが、まずはわたくし
を信じて頂けないでしょうか」
「すごいです白鳥さん!わたしも白鳥さんみたいになれるようにがんばります!」
おおはしゃぎのやよいを見て、ミキもマジメにやることにしたの。まだちょっと納得出来ないケド、やよいが
その気になってるんだからジャマしちゃ悪いよね。
「ふふ、その意気です。幸いにも、やよいも美希もわたくしの予想以上に上達が早いです。明日からは少しづつ
響子の特訓も始めましょう。美希、貴女も真摯に取り組まないとやよいに置いていかれてしまいますよ」
「わわ、わかったの!! それに今日までだったらミキもがんばる!! 」
ミキもあわてて水の入ったコップをアタマに載せる。やよいは友達だけど、アイドルのライバルでもあるの。
熱血はキライだケド、ミキ負けず嫌いなんだよ。
「なんでもう雨戸がしまってるんだよ……お〜いねえちゃん達〜、キョウコさんがもうすぐご飯出来るって
いってるぞ〜!」
ガラガラ、っと雨戸をあけて、長介がミキ達を呼んだ。もうそんな時間なんだ。じゃあ一旦休憩だね。ミキと
やよいはコップをそっと下ろして、貴音と一緒に家の中に入った。
***
「おまたせ!今日はもやしチャンプルーだよ!沢山あるからどんどん食べてね!」
「「「「「いっただっきまーす!!」」」」」
「戴きます」「いただきます、なの」
だんだん標準語が板に付いてきた響に誘われて、ミキと貴音もやよい達と一緒に晩ご飯をごちそうになる。
ミキ達が特訓している間は、響がやよいの家の家事をしてくれてるの。やよいほどじゃないけど、響も
家事スキルがなかなか高いの。
「ウチも家族が多かったからね。なんだかやよいの家にいると懐かしいさ…懐かしいよ」
やよいの弟達は夢中で食べている。確かにとっても美味しいの。やよいのもやし祭りといい勝負出来るよ。
「すみません野口さん。晩ご飯まで作ってもらって……」
「それは別にいいけど、出来れば響子って呼んでくれないかな……このままじゃじぶ、私のアイデンティティが
なくなっちゃいそうだよ……」
「?」
やよいは落ち込む響を不思議そうに見ながら、「じゃあ響子さんで」とか言ってた。野口さんも十分沖縄っぽい
と思うけどなあ。
「あ、そうだタカコ。例の件なんだけど……」
ふと何か思い出したように、響が貴音に声をかけた。
「おや、もう見つけましたか。流石響子、仕事が早いですね」
「ふふん♪ 私は完璧だからね!で、ちょっとレベル高いけどこれなんてどうかな」
響は自分のかばんから何かの用紙を取り出して、それを貴音に渡した。貴音はじっくりと目を通すと、
「悪くないでしょう」って言った。
「何?ふたりして何のわるだくみをしてるの?」
ミキは気になったから貴音に聞いてみた。
「企みなどと失礼な。むしろ良い知らせですよ、美希」
貴音は楽しそうに笑った。その笑顔はゼッタイろくなことじゃないの。
「やよいの目標はゆにっとのめんばーに選ばれることですが、貴女には具体的な目標がありませんでしたので
響子と考えていたのですよ。そして何かおーでぃしょんに出場してはどうかという結論に至りまして」
ミキは貴音から用紙を受け取る。そこには『ルーキーズオーディション』って書いてあった。
「え!? 美希さんこのオーディションに出るんですか!? すごいです〜!! 」
ミキの隣から、用紙をのぞきこんだやよいがびっくりした。やよいはこのオーディションのこと知ってるの?
「はいっ!これは新人アイドルのとーりゅーもんです!新人さんしか出場出来ないけど毎年レベルが高くて、
このオーディションで優勝したらそのままデビューするのも夢じゃありません!」
そんなスゴいオーディションなの?ミキみたいなのが出ても大丈夫なのかなあ。
「なんくるないさ!オーディションまでまだ一ヶ月もあるし、美希だったら優勝するのも夢じゃないよ!私と
タカコがみっちり鍛えてあげる!」
どんっ、と胸をたたいて自信満々の響。どうでもいいけどそれ標準語じゃないよ。あんた達は出ないの?
「わたくしと響子は今回は見送らせて頂きます。響子は次のだんすおーでぃしょんに向けた特訓があるよう
ですし、わたくしも自分のいめーじと少々合いませんので」
ふ〜ん、ふたりともイロイロ考えてるんだね。やよいは出ないの?一緒に行こうよ。
「ご、ごめんなさい!その日は事務所のお仕事が入っていて、応援にも行けそうにありません……それにもし
出場できたとしても、千早さんレベルの人が出たら私なんかぜんぜんかないませんよ〜……」
「ちはやさん?やよいの事務所のアイドルさんなの?」
そういえばやよいの他にも、765プロには何人か所属アイドルがいるんだっけ?
「はいっ!とっても歌の上手な人で、前回のルーキーズオーディションで優勝した事務所の先輩です。私に
とっても優しくしてくれて、いつも歌のレッスンをつけてくれるんです」
ふ〜ん、ニョッキさんとどっちが上手なのかな。でもやよいの歌が上手なのは、そのちはやさんって人の
おかげなんだね。
「響はだんす専門で、わたくしはもでる活動を得意としていますから歌の特訓は出来ませんでしたが、どうやら
心配はないみたいですね。わたくし達の特訓もありますが、事務所のれっすんもしっかり受けるのですよ」
「はい!白鳥さん、響子さん、これからもよろしくおねがいします!」
お茶碗とお箸を手に持ったまま、元気に頭を下げるやよい。ぶ〜、ミキにもお願いしてほしいな。
「でもちょっとザンネンかな。やよいが一緒に出てくれたら、ミキもホンキで頑張れそうなんだケドな〜」
「そ、そんなこと言われても……それに美希さんと勝負するなんて、私にはできませんよ〜……」
すっかり困っちゃったやよい。そういえばそっか。同じオーディションに出たら、やよいと勝負しなくちゃ
いけないんだ。ミキもちょっと気まずいなあ。
「やよい、美希。親しい間柄だからこそ、全力で勝負するのですよ。互いに真剣にぶつかることで、より心が
通じ合うこともあるのです。かつてわたくしと響子もそうでした」
「あはは、そういえばそうだったね。今はダンサーとモデルのオーディションでぶつからないけど、駆け出し
の頃は、こういう総合的なオーディションでよくタカコと対決したよ」
へえ、そんな過去があったんだ。でもミキもオーディションに出場しなかったらふたりと知り合うことも
なかったし、そういう事もあるのかな。
「わたくしと響はこれから同じあいどるとして活動する予定ですが、所属事務所は別になると思います。
目指すアイドルの方向性が大きく異なりますので。ですがもしおーでぃしょんで響と戦うことに
なっても、わたくしは手加減などしませんよ。それが響に対する礼儀です」
「へへ、それは私も同じだよ。手加減なんてしたらそれこそ怒るよ。実力をよく知ってる貴音だからこそ、
本気で勝負しないとね!! そしたら勝っても負けてもまた仲良く出来るぞ!! 」
ふたりは笑顔なんだけど、視線の間では火花が飛び散ってる。ふたりは親友だけどライバルなんだね。
なんかいいなあ、そういうのって。
「やよい、これからミキとやよいがアイドルになって、もしオーディションとかで勝負することになったら、
その時はホンキでやろうね。ミキ手加減しないよ」
やよいはむずかしいカオしてちょっと考えてたけど、何か決心したみたいに顔を上げると、
「わかりました!私も美希さんとなら勝負しても仲良くできそうです。でも今は応援させてください。
オーディションの優勝目指してがんばって下さいね!」
いつもの笑顔でやよいは言った。そうこなくっちゃ。貴音と響に負けないくらい、ミキもやよいと仲良く
なるの!それに応援するのはミキも同じだよ。ユニットのメンバーに選ばれるように、やよいもガンバってね。
「おかわり!」「「おかわりー」」
「はいはいちょっと待ってね。ささ、美希もやよいもどんどん食べるさ!でもタカコはちょっと加減して
ほしいな。みんなの分がなくなっちゃうよ」
「そんな……なんと無慈悲な……」
こうしてみんなでわいわい騒ぎながら、楽しい晩ご飯タイムは過ぎていった。なんだかわくわくしてきたの。
ミキもやよいも、いつかステージの上でキラキラするの!
今日はここまでです。出来るだけ毎日投下出来るように頑張りますので、
最後までお付き合い頂けると幸いです。それでは次回もお楽しみに!!
>>290
よくよく読み返すと、そんな変な表現でもないか?
「流れ星が流れる」別におかしくなかったかも……
>>293
本当は毎日投下したいんだがな。最近何かとバタバタしていて、週一が精一杯だったぜ。
今まで読んでくれてありがとう。
>>291
>>292
ようやく年末休みに入ったから、昨日今日で一気に書き上げたぜ。まとめて投下するのは
俺もしんどいから、二回に分けて投下します。
それではどうぞ!
***
(あ、ありのまま起こったことを話すの……)
(『予告ホームランのノリでグランプリ宣言したら、流れ星がいっぱいふってきた』……何を言ってるのか
ミキもよくわからないけど、とにかくびっくりしちゃった)
(う〜ん、でもお客さんもチョー盛り上がってるし、このままミキがしたみたいなカオしとこっと。律子達も
びっくりしてるし、これはこれで面白いの☆)
(さてと、それじゃそろそろ体も足もイイカンジにあったまってきたし、今度は予選の時よりはうまく
出来るかな―――――)
♪進まなきゃだめ 素敵にパフォーマンス♪
♪友がライバル 負けない私!なの!!♪
グランプリ宣言を境に、美希のパフォーマンスはガラリと変わった。さっきの流れ星はきっと偶然でしょう。
いくらスターだからって実際の星まで操れるわけがない。しかし今、私達はそれよりももっと驚愕の光景を
目の当りにしている。
「ね、ねえ千早……」
「な、何かしらいおりん……」
「アイツ、『浮いてる』わよね……?」
「そ、そんなことないわっ!! 確かに合唱部のみんなとはよくぶつかってたけど、私だけ『浮いてる』
なんてことは……」
千早が混乱して意味不明な事を言っても、伊織がツッコミを忘れてしまうくらい美希のパフォーマンスは
予想外のものだった。私も今まで色々なアイドルのステージを研究してきたけど、こんなの見たことないわ。
―――――星井美希は、宙に浮いていた
人間が空を飛ぶなんてありえないけど、しかし美希はまるでワイヤーアクションでもしているかのように
重力を無視してステージ上を自在に飛び回っていた。ダンスの振付けの中で大きなジャンプを行っているだけ
なんだけど、一度ジャンプするととにかくステージに着地するまでが長い。まるで空中に浮いている時間の方が
長いのではないかと錯覚してしまうほどで、彼女は『跳んで』いるというより『飛んで』いた。
「予選より滞空時間が長くなってるぞ。なんてバネをしてるんだ…… まるでバレーかバスケの選手だな」
「あれであのHグループを勝ち上がってきたんだよ彼女は。あんなパフォーマンスされたら、星井美希を
潰そうとした事務所の連中も手出し出来ないよな……」
後ろから業界関係者の会話が聞こえてきた。やよいの応援をしていたから他の予選はほとんど見てなかった
けど、美希はあのパフォーマンスを予選でもやったらしい。確かにあんなのされたら勝負にならないわね。
♪しちゃう?ぐっとときめいて♪
♪しちゃう?どこまでまでも♪
♪しちゃう?夢じゃ物足りない♪
♪つかんで必然でしょう!♪
空中で両腕を大きく広げて、まるで鳥のような手振りをしながら美希はパフォーマンスを続ける。
ジャンプを多用することでリズムが崩れるかと思いきや、ほとんど曲からずれることはない。計算して
組み立てられる構成でもないし、美希はそもそもそんな複雑な事を考えていないだろう。自分が一番楽しめる
パフォーマンスをイメージし、それに合わせて独特のスタイルを即興で作っているように見える。でも本当に
そんなことが可能なの?
「序盤から頻繁に跳ねていたのが気になっていましたが、この為の準備だったのですね。しかし昨晩のうちに
思い付いて本番でここまで見事に踊れるものでしょうか。わたくしも自分の目が信じられません……」
「美希は昨日まであんなダンス一度もしなかったぞ…… 自分も石川社長も教えてないし、ホントにゼロから
ひとりで考えたみたいだな。あれが美希のよく言ってる『キラキラ』なのか……?」
「ウソ!? それじゃあほとんどぶっつけ本番じゃない!! それなのにアイツあんなに平然とやってるの!? 」
貴音と響の言葉に伊織が驚愕する。単に運動神経が良いとか、センスがあるとか最早そんな話ではない。
美希の才能は天才という言葉では形容できない、異次元のレベルだった。パフォーマンスの最中も、美希は観客
へのサービスも忘れていない。美希が投げキッスやウィンクをする度に、先程まで圧倒されていた観客席から
徐々に歓声が戻り、やがて会場はやよいのステージに負けないくらいの大声援に包まれた。
♪あの場所に立ちたいと いつまでまでまでも♪
♪希望捨てちゃいけないよ 願いを叶えましょう!♪
「あれが『星』と呼ばれる者の真骨頂です。天使のような愛の力を持たずとも、自身の持つ圧倒的な輝きで
大衆の心を奪ってしまう。やよいの力は意識的でやよい自身の善性から来るものですが、美希の力は無意識
で、善悪関係なく発揮されます。ですから彼女を野放しにするのはある意味危険ですが、今の美希は悪人では
ありませんし星としてまだ未熟ですので、しばらく様子を見るだけで十分でしょう。しかし美希の力が
まさかこれほど凄まじいとは…… わたくしの予想を遥かに超えるものでした」
貴音は冷や汗をかく。そうね、力とか危険とかはよくわからないけど、それが『スター』のステージよね。
『アイドル』のステージはアイドルと観客が一緒になって作り上げていくものだけど、スターは一方的に
ステージを支配してしまう。だから上手くやらないと観客が置いてけぼりになっちゃうんだけど、この会場の
熱気から察するに、美希はそれに当てはまらないようね。
「やよいが美希に出会って変わったように、美希もやよいと出会って変わったのですよ。以前の美希は他人に
関心がなく自分本位でしたが、やよいの愛に触れたことで他者を思いやる事の尊さと素晴らしさを学んだ
のです。今の彼女は自身だけが輝く星ではありません。周囲全てを優しく温かく照らす存在なのです。やよい
と懇意にしている間は、少なくとも美希がその温かさを失うことはないでしょう」
美希はやよいとはまた違うやり方で会場を支配し、観客の心を虜にする。天使を奉る『偶像崇拝』と、星を
奉る『自然崇拝』。どっちの方がアイドルとしてファンの心を掴むのかしら。まもなく美希のパフォーマンスは
クライマックスに入る。今でも頭一つ抜けてるのに、これ以上何をするつもりなのかしら―――――
***
(はぁ……、はぁ……、だんだんつかれてきたな。でもゼンゼンイヤじゃないの。ステージで死ねたら
サイコーってどっかで聞いた事あるケド、今ならよくわかるの)
(でもそろそろフィニッシュだね。楽しい時間ももうおしまい。最後はビシっと決めないとね)
(今のミキなら何でも出来るの。グランプリを獲って、この会場でいちばんキラキラするのはミキなの!!)
(ねえ響、ミキなんくるなかった?)
(ねえ貴音、ミキちゃんと頑張れてた?)
(それからやよい、このオーディションが終わったらね……)
(またミキと仲良くしてほしいな―――――)
♪私たちのミライ 探しに行かなくちゃ♪
♪私たちはあきらめない♪
♪こころが呼ぶミライ♪
Cパートを歌い上げた後、美希はステージ前面ギリギリまで来て立ち止まると観客席に背を向けて、バック
ステージを見て腰を下ろした。まるで陸上選手みたいな綺麗なクラウチングスタイルだ。
「美希ちゃん、なにをするつもりなのかしら。今にも走り出しちゃいそうですけど〜?」
あずささんが首をかしげる。でも向こうはすぐ壁ですよ?一体どこに向かって走るつもりなんですか。
……って、ちょっとちょっと!? 本当に走り出しちゃったわよあの子。美希は腰を上げると、そのまま勢いよく
スタートを切ってダッシュした。ダンスでもステップでもない、本気の全力疾走だ。そのまま壁にぶつかる、と
誰もが目を覆いかけた時、再び会場全体が驚きの声に湧き上がった。
ダンッ!! ダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ…………ダンッ!!
美希はダッシュの勢いをそのまま殺すことなく、一気にバックステージの壁を垂直方向に駆け上がった。
そしてそのまま天井から吊り下がってる巨大なミラーボールの上に飛び移る。あのミラーボール、軽くウチの
事務所くらいの高さにあったのに…… 美希はゆっくりそこに腰を掛けると、会場に手を振りながら再び何事も
なかったかのように笑顔で歌い出した。
♪でしょう?きっと輝いて♪
♪でしょう?どこまでまでも♪
♪でしょう?夢のはじまりは♪
♪ふとした偶然でしょう!♪
「うっうーっ!美希さんすごいですーっ!」
やよいが大喜びする。亜美と真美が見ていたら真似しそうね。絶対出来ないでしょうけど。
「もうリアクション取るのも疲れたわ……、一体何なのアイツ?発電するわ宙に浮くわ壁を走るわ……
サーカスか雑技団あたりと出場するオーディション間違えてるんじゃないの?」
「でもあの様子を見る限り、本人はアイドルのつもりみたいよ。だったら星井さんはこれからもアイドルの
オーディションに出てくるでしょうね」
伊織の言葉に千早が返す。千早の言う通り、美希はステージにいた時と同じように楽しそうに歌っている。
まるで止まり木のカナリヤね。
「貴音がカンフーなんて教えるから美希が変な方向に目覚めちゃったぞ。いくら何でもあれはやりすぎさ」
「申し訳ございません。鍛錬の助けになればと『拳児』を読ませてみたのですが、まさか実行するとは夢にも
思いませんでした。美希には後でよく言い聞かせておきます」
しかし説教をする響も怒られている貴音も、どちらも笑顔だった。どうやらスターはスターでも、あの子は
アクションスターの方が向いてるみたいね。でも無茶苦茶やってるように見えて、ちゃんと観客を楽しませる
ポイントは抑えている。業界の人間もすっかり見入っていた。ここまでサプライズとエンターテイメントに
富んだステージはそうそうお目にかかれないわね。
♪この憧れはもっと いつまでまでまでも♪
♪希望のせて微笑みを届けに行くのでしょう!♪
こうして大歓声の中、美希のステージは終了した。つい最近アイドルを目指したばかりの子とは思えない
ほどの圧巻のステージで、ルーキーズオーディションにふさわしい新たなアイドルの可能性を秘めたステージ
となった。ただ全体を総括するとあまりに既存のアイドルのパフォーマンスとかけはなれたものとなったので、
昨年の千早と同様に審査員を悩ませるものになるだろう。しかしどちらにせよ、ほぼグランプリに決まりかと
思われたやよいの強力な対抗馬になることに間違いない。
「ところで美希の奴、あそこからどうやって降りるんだ?壁とミラーボールは結構離れているし、いくら美希
でもあの高さから飛び降りたらケガするぞ」
響がそう言った瞬間、
ミシ……、ミシ……、バキィッ!!
>ナノ――――――ッ!?
どがしゃーんっ!! と、ミラーボールと一緒に美希がステージに落ちてきた。会場から大きなどよめきと悲鳴が
上がったが、当の美希はお尻をさすりながら立ち上がり無事であることを元気にアピールした。ほ、一瞬心臓が
止まるかと思ったわよ…… どうやら粉々に砕けたミラーボールが身代わりになってくれたみたいね。
最後の最後までド派手に決めてくれるわねまったく―――――
***
―オーディション運営本部・スタッフルーム―
「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ……」
「はい……」
「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ……」
「わかりました……」
「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ……」
「すみませんでした……なの」
あーもう、エライ人達にメチャクチャ怒られたの。ミキステージ終わって疲れてるのにガミガミ説教なんて、
あんまりなの。テキトーに聞き流してテキトーに謝って、やっと解放されたの。
「美希さん!! 」
「なのっ!? 」
スタッフルームを出た美希に、いきなりやよいが飛びついてきた。そのまま美希の腰にぎゅって抱き着くと
そのままわんわん泣き出しちゃった。
「ぐす……ご無事でよかったです……もう会えないかと思いましたあ……」
「おおげさだよやよい。ミキはこれくらいで死んじゃったりしないの。バッチリだったでしょ?」
よしよし、泣かない泣かない。長介やかすみ達に見られたらカッコ悪いよ。
「何が『バッチリだったでしょ?』よ。ここに来るまでやよい本当に大変だったんだからね」
やよいの後ろから律子がやって来た。横には貴音と響、それからデコちゃんと千早さんもいるの。あれ、何で
みんな怒ってるの?イライラするとシワになるよ?
「「「「「あんたのせいよ―――――っっっ!!!!!! 」」」」」
え、ミキのせいなの? やよいを泣かせちゃったから?
「それ以外に何があるってのよ!! あんたがミラーボールごとステージに落っこちてきた時、やよいショックで
倒れそうになってたのよ!! ちょっとは反省しなさい!! 」
「高槻さんの友達を名乗るなら、高槻さんを悲しませるような行為は控えて。さもないと私が許さないわよ」
「貴女は思慮が足りません。もっと後先の事を考えて行動するべきです。今回は幸運にも無傷で済みましたが、
死んでいてもおかしくはなかったのですよ」
「自分達のレッスンから何を学んでいたさ!! 美希にもやよいにも自分達は危ない事はやらせなかっただろ!!
石川社長もカンカンに怒るぞ!! 」
ちょ、ちょっと、いっぺんに言われてもわからないの。てかこれイジメだよね?さっきまで散々怒られた
んだから、誰かひとりくらいミキをなぐさめてくれてもよくないかな!?
「まあまあみんなおちついて。美希ちゃんも悪気がなかったんだし、ステージも良かったじゃない」
その時、ミキを優しそうなショートカットのお姉さんがかばってくれたの。ステージの上から見たけど、
この人も765プロのアイドルさんなのかな。ひとりでもミキの味方がいてくれて良かったの。
「うふふ、でもね美希ちゃん……」
お姉さんはミキの両肩をつかむと、そのまま笑顔でまっすぐミキに向き合った。な、なにかな……?
「やよいちゃんだけじゃなくて、ここにいるみんなは本当に美希ちゃんのことを心配していたのよ。だから
どうしてみんながこんなに怒ってるのか、ちょっとだけでも考えてくれないかしら〜?」
「は……、はい…… ごめんなさいなの……」
ど、どうしてだろう…… お姉さんはニコニコ笑ってるのにとってもコワイの…… こんなに優しそうなのに、
さっきのエライ人や貴音よりおっかないの……
「べ、別に私はそんなこ「はいはい、さっさとステージに戻るわよ。あんたが怒られてる間に全員のステージが
終わって、もうすぐ結果発表だから」
デコちゃんのツンデレをさえぎって、律子が号令をかけた。そうだね、やよいもミキも終わったし、もう
ルーキーズオーディションに用はないの。早く帰ってオフロに入って、ゆっくり寝たいな。
「いこっか、やよい。ごめんね心配させて」
「いえ、美希さんが大丈夫だったらそれでいいです。結果が楽しみですね!! 」
いつもの笑顔に戻ったやよいと手をつないで、ミキ達はステージに戻った。いよいよやよいとの勝負に決着が
つくの。やよいもミキもこれっぽちも自分が負けたとは思ってない。でもこうやって仲良くできるのは嬉しいの。
これからも、やよいとこうやって一緒にキラキラ出来たらいいな―――――
前半終了。それでは最終回校正に入ります。お楽しみに。
お待たせしました。それではラスト〜エピローグ、どうぞ!
***
『お待たせしました!! 只今より第○○回、ルーキーズオーディションの結果を発表します!! 400人のルーキー
の頂点に立つのは果たして誰なのか、今夜新時代を作る新たなアイドルが決定します!! 』
ダララララララララララララ………… ドラムロールが流れて、ステージ上のミキ達の前をスポットライトが
行ったり来たりする。ルーキーズオーディションに準グランプリはない。決勝進出者はみんな入賞したみたいな
ものだから、グランプリはひとりなんだって。勝者と敗者、はっきりしててわかりやすいの。
ミキはちらっとやよいの方を見た。やよいは両手をがっちり組んで、目をつぶって必死に神様にお祈りを
してる。一緒のオーディションじゃなかったらミキもやよいのグランプリをお祈りしてあげるんだけどな。
ライトに時々照らされて、やよいくらいの大きさのトロフィーが見える。今度こそあのトロフィーを持って
帰るのはミキなの。やよいには悪いけど、ミキだってグランプリを獲るためにガンバってきたんだから!!
『それでは発表します!! 第○○回ルーキーズオーディショングランプリに輝いたのは…………』
ごくり。思わず息を呑む。今までこんなに緊張したことはなかったの…… ミキが見つめる先で、司会さんが
ゆっくり息を吸って、大きな声で発表した。
『…………961プロ、御手洗翔太君に決定しました!! 』
………………………………え?誰?
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!って、会場から大歓声が起きて、
スポットライトに照らされた小さなオールバックの男の子が、手を振りながらミキの前に出てきた。
『それでは御手洗君、グランプリに輝いた感想をどうぞ!! 』
『冬馬く〜ん、リベンジしたよ〜!!』
マイクを向けられて、グランプリの男の子が関係者席に笑顔で言った。そしたら「ちょ、余計な事言うんじゃ
ねえ!! 」ってサングラスと帽子で変装していた天ヶ瀬冬馬にライトが当たったの。
『アハハ、冬馬君もステージに来たらいいのに。実は今度、僕とあそこにいる冬馬君、それから同じ事務所の
伊集院北斗君の3人でユニットを組むことになりましたー!! ユニット名は『ジュピター』って言って……
え、なに冬馬君?まだナイショ?……ヤベ、ま、いっか♪クロちゃんも許してくれるよ♪』
その後も御手洗翔太はイロイロ宣伝してたけど、もうあんまりおぼえてないの。気がついたら入賞の小さい
楯と記念品をもらって、貴音と響と電車に乗ってた。そのまま家に帰ってご飯食べて、オフロに入ってお布団
に入って、ようやくミキは自分が負けたことを理解したの。
「ミキ、また負けちゃったの……?今度こそグランプリ獲れると思ってたのに、またダメだったの……?」
しかもやよいじゃなくて、ぽっと出のオールバックが似合ってないマセガキっぽいのに負けちゃった。
オーディションの盛り上がりからして、ミキとやよいのタイマン勝負になるはずじゃなかったの?
それでミキかやよいが勝って、ふたりで仲良く抱き合う感動のフィナーレになるんじゃなかったの?
「う、ううう……ありえないの――――――っっっ!!!!!! 」
今まで生きてきて、こんなに悔しい思いをしたのは初めてなの。なんで?なんでミキ、あんなに頑張ったのに
アイドルのオーディションは勝てないの?ミキが思ってるよりずっとずっと、アイドルになるのって難しいの?
ミキはどうしたら、キラキラしたアイドルになれるの―――――?
***
―――ルーキーズオーディション翌日・765プロ事務所―――
「いや〜、やられたよ。あの御手洗翔太ってのは、黒井社長がその才能に惚れ込んで直々にスカウトしてきた
エリート中のエリートらしい。ステージ裏からちらっとしか見てなかったけど、新人とは思えない貫禄と
安定感があって本当に凄かったぞ」
翌日、私は御手洗翔太についてプロデューサーから話を聞いた。私達は美希の所に行っていたので彼の
ステージは見ていなかったが、御手洗翔太は8番手でオーディションのトリを務めたらしい。一応あの961プロ
だし名前だけはチェックしてましたけど、ほとんど情報のない子だったからノーマークでしたよ。
「ウチの社長が黒井社長から散々聞かされたらしいが、そもそも御手洗翔太は今回のオーディションに出す
つもりはなかったらしい。本当は『ジュピター』の発表までその存在を隠しておきたかったらしいが、
ウチが急遽やよいを出したからリベンジするために出場させたそうだ。まさに961プロの虎の子だな」
本当に毎回余計なことをしてくれますね。でも今回、961プロはルーキーズオーディションに関しては一切
の妨害活動をせずに真っ向勝負を仕掛けてきた。それだけ御手洗翔太の実力に自信を持っていたのか、
それともただの気まぐれか。どのみち今回は完敗だわ。プロデューサー四天王の名は伊達じゃないですね。
「まあしかし、実際のところはやよいがグランプリでもおかしくなかったそうだぞ。観客の心はやよいの方が
掴んでいたしな。ただ今回、ウチは新しいダンススタイルや光の翼の演出で、前例のない事にチャレンジした
から審査基準が安定しなくて、堅実なパフォーマンスを行った御手洗翔太の方が印象が良かったんだろうな。
全く、『ルーキーズオーディション』って名前なのに審査員の頭が古いのは困ったもんだよ」
全くですね。では星井美希も同じ理由で負けたんでしょうか。
「まあな。でもあの子は逆に突き抜けすぎてひとつのスタイルを確立させていたから、審査員の中でもわりと
評価が高かったらしいぞ。予選でも満場一致で通過したらしいし、去年の千早みたいにこれまでの前例を
まるっとひっくり返すことが出来たかもしれないな。でもそれが出来なかったのは……」
「……ああ、ミラーボールを壊したのが原因ですか。あの子もツイてないですね」
プロデューサーも苦笑していた。美希が粉々にしたミラーボールはルーキーズオーディションの為に
特注したメインのセットで、それひとつだけで300万円以上もする代物だったらしい。アイドルの不始末は
所属事務所が責任をとるのが慣例だが、フリーの美希に請求するわけにもいかず、結局運営側の審査委員長が
自腹を切る事になったそうだ。それは心象も最悪ですね。
「それが敗因の全てではないと思うが、美希も気の毒だよな。石川社長は知らないの一点張りで通したらしいし。
業界では美希が876に出入りしていたことはバレてるのに、そう言われてしまうと今後美希が876のアイドル
としてデビューすることはなくなってしまったな」
「私もてっきり星井美希は876プロの所属になると思ってましたけどね。涼から聞きましたけど、石川社長は
最初からルーキーズオーディションまでの期間限定で美希に指導するという約束だったそうです。私だったら
そのままなし崩し的に所属させちゃいますけど、石川社長はシビアで本当にきっちりしてますよね」
だから私も涼を石川社長に紹介したんですけどね。それに美希の後ろには四条貴音と我那覇響もいる。美希
ひとりを所属させるのは気が引けるし、かといって3人まとめて所属させるにはキャパオーバーだ。あの3人は
全員レアルマドリード並のポテンシャルを秘めてますしね。
「確かにあの子達のプロデュースは大変だと思うが、しかしプロデューサーとしては挑戦してみたい逸材だな。
ああいうスター性の強い子を入れると事務所全体の地力が一気に上がるから、短期間で一気に業界大手に
肩を並べることも夢じゃないぞ」
「はいはい、そんなことは今いるアイドル達のプロデュースをしっかりしてから言ってください。千早は
デビューしたばかりですし、やよいにもオーディション効果で仕事のオファーが何件か入ってます。
明日からいよいよ竜宮小町も始動しますし、今のウチの戦力でも着実に育てれば十分に業界大手は狙えます」
今まであまりレッスンに参加できなかったやよいだったけど、今回のオーディションを機に765プロの
大きな戦力になった。伊織の計らいで家の方も安定したみたいだし、これからじっくり育成出来る。それに
春香や真や雪歩、真美だってまだまだ今以上の活躍が十分期待できる。あの子達だって美希に負けませんよ。
「そうだな。それじゃあそろそろ千早の営業でも行ってくるよ。ついでにやよいも売り込んでおくかな」
いってきます、とかばんを持ってプロデューサーは事務所を出て行った。ちなみにアイドル達は今日は
全員オフにしている。みんなこの一週間やよいの為に頑張ってくれたし、ゆっくり休ませる事にした。
やよいの心のケアが心配だったけど、それ以上に千早と伊織がひどく落ち込んだので、やよいはふたりを
元気づけるために早々に立ち直っていた。本当に天使みたいな子だわ。元々やよいは美希と一緒のステージに
立ちたかっただけみたいだったし、きっと明日にはいつもの笑顔を私達に見せてくれるでしょう。
「さてと、私もそろそろ仕事しようかしら」
いつもと違って静かな事務所で、音無さんとふたりパソコンに向き合う。コーヒーでも淹れようかしら。
コンコン
<ゴメンクダサーイ ハイサーイ ドナタカイラッシャイマスカ
私が席を立ったと同時に、事務所のドアをノックする音が聞こえた。そして若い女の子の声がする。
「あら、お客さんかしら。今日は来客の予定はなかったはずだけど……」
「私が出ますよ。は〜い、今いきま〜す」
音無さんを制して、私は事務所の入り口へ向かう。面接希望かしら。ウチも一応アイドル事務所だから、
たまにこういう飛び込みがあるのよね。昨日のオーディションを見て来た子かもしれない。だとしたら
大天使やよい様の御利益ね―――――
***
――少し前・765プロ事務所前―――
「ええと、確かこのあたりなんだけどな……」
765プロの住所を書いたメモを片手に、ミキはたるき亭って名前の定食屋に来ていた。おかしいな、ここで
合ってるはずなんだけど、ミキ間違えちゃったかなあ。
「しょうがないの。今日は諦めてまた今度にしよっと」
う〜ん、でもまっすぐ家に帰るのもつまんないの。ココでお昼ごはん食べていこうかな。
ガラガラガラ
「ご馳走様でした。まこと美味でした」
「また近いうちに来るさ!今日から自分達はここの常連だぞ!」
ミキが店に入ろうとしたら、見慣れた二人組が店から出てきた。……って、なんであんた達がここにいるの?
「おや美希、奇遇ですね。貴女も食事に来たのですか?」
「なんだ、そうだったら連絡してくれたら良かったのに。自分達もう食べちゃったぞ」
貴音と響は笑顔でミキに話しかけてきた。 昨日あんなに怒ってたのに、ふたりとも今日はやけに優しいの。
「元気になったようで何よりです。昨日の貴女は帰り道、ほぼ放心状態でしたから」
「貴音は心配し過ぎだぞ。美希の事だから、一晩寝たらコロッと忘れるって言ったのにな」
むむ、それじゃあミキがバカみたいなの!昨日はホンキで悔しくて眠れなかったんだよ!
「ふふ、優勝を逃したことをそれだけ本気で悔しがれるなら、もうわたくしが教えることは何もありません。
貴女はもう立派なあいどるです。これからもその心を忘れずに精進するのですよ」
貴音が優しい笑顔で言った。もう、またそうやって上から目線でヤなカンジなの。いつかギャフンって
言わせてやる!!
「ははは、それは楽しみだな!! じゃあ自分達はそろそろ行くから、またな」
響が笑いながら、貴音と一緒にたるき亭のビルの階段を上って行く。この上に何かあるの?
「あれ?知らないのか?このビルの2階に765プロがあるんだぞ。自分と貴音はこれから面接さ」
え、そうなの!? でもビルを見上げたら、確かに窓に「765プロ」って大きく貼り紙がしてあったの。
こ、これは気付かなかったの…… 小さい事務所だって聞いてたけど、いくら何でも小さすぎるの。
「……ん?面接?ちょ、ちょっと待って二人とも!! もしかして765プロに入るつもりなの!? 」
貴音、響とはライバルだから別々の事務所に入るって言ってなかった?響も沖縄のみんなのためにも、
ビッグな事務所に入るって言ってたじゃん!あれはなんだったの!?
「はて、そのような事を言った記憶はございませんが」
「ん〜、自分も覚えてないな〜。美希の勘違いじゃないのか?」
涼しいカオしてふたりがすっとぼける。確かに言ったの!! ミキ記憶力は良いんだからね!!
カンカンカン……
その時、ビルの階段を誰かが下りてくる音が聞こえてきた。ヤバいの!! とりあえず全員隠れるの!! ミキは
ふたりの手を取って、近くの電柱の陰にひっぱり込んだ。
「あれ?今ミラーボールクラッシャーの声が聞こえた気がしたんだが……」
階段を下りてきたのはやよいのプロデューサーだった。プロデューサーはぐるっとあたりと見回すと、
ニヤっと笑って「さて、仕事仕事〜♪」って鼻歌を歌いながら行っちゃったの。もしかしてバレた?
「美希、髪の毛がはみ出ておりますよ。そもそも一本の電柱の陰に三人も隠れるのは無理です」
だってしょうがないじゃん!いきなりだったし、ミキまだ心の準備ができてないの!
「何を準備する必要があるんだ?美希の方こそ、765プロに何か用があるのか?」
「そ、それは……」
い、言えないの…… やよいにライバル宣言しといて、こっそりやよいのいる事務所に入ろうとしていたなんて。
それにこの二人ともトップアイドルのステージで勝負するって約束したのに、同じ事務所になっちゃったら
それも出来なくなっちゃうの……
「響、あまり意地悪をしてはいけません。美希も素直になってはどうですか」
ミキが悩んでいると、貴音が優しくミキの頭を撫でてきた。な、なんのことかな……?
「本当の事を申しますと、貴女が765ぷろに来るだろうと予測して響と先回りしていたのですよ。わたくしも
響も、また貴女が無茶をして怪我をしないか気になって仕方がありませんから」
「貴音も素直じゃないな。自分と貴音はライバルとして勝負するんじゃなくて、美希と一緒にトップアイドルに
なろうって決めたさ。そっちの方が面白そうだからな!美希とだったらどんな場所でも退屈しなさそうだし、
765プロは小さい事務所だけど自分達がでっかくすればいいさ!! 」
響が初めて会った時みたいな、あのひまわりみたいな笑顔を見せてくれた。貴音も隣でニコニコしてる。
……もう、ふたりともミキに相談しないでそんな大事なこと勝手に決めないでほしいの。一緒に
トップアイドルになってくれるなんて、嬉しくて嬉しくて泣いちゃいそうなの……
「わかったの!! それじゃあ貴音も響も、ミキがまとめてトップアイドルのステージまで引っ張ってあげるね!!
『チーム・フェアリーズ』いざ出陣なの!! 」
ミキは涙をぬぐって、そのまま右手でグーをして高く突き上げた。もし三人でユニットを組んだら、チーム名
はフェアリーズにしようって決めてたの。『妖精さん』って、とってもカワイイでしょ☆
「ちょ、ちょっと待つさ!! なんで美希がリーダーみたいな感じなんだ!? それに『フェアリーズ』って何だ?
消臭剤か?」
「それは『ファブリーズ』です。ふふ、良いではありませんか響。惚れた弱味です。わたくし達は美希の保護者
として、彼女を支え導く杖となりましょう」
もう、二人ともウルサイの。一応面接なんだからちゃんとしてよね。石川社長は入れてくれないし、ここで
落とされたら行くところがないんだから!ミキ達は階段を上って、765プロの事務所のドアの前まで来た。
「ごめんくださ〜い」
「はいさーい!! 」
「どなたかいらっしゃいますか」
end
以上、終了です。それでは皆様、良いお年を。
どんな感想でも受け付けますので、どんどんお聞かせください。
>>320
悪いな。これなんだ。次回作はご期待に添えられればいいがな。
読んでくれてありがとう。
08:28│星井美希