2013年11月20日

輝子「3月9日」

星輝子(15)
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1

「やったな輝子! 最高のライブだったぞ!」

「ヒャッハァー! 私もこれで立派なアイドルだぜェッ!」

「もちろんだ! ああ輝子! 素晴らしいよ!」

「プロデューサー! やったぁっ!」

白熱したライブの勢いのままに、輝子はプロデューサーに抱き着いた。

「嬉しいよ! 俺は輝子のことを誇りに思う!」

派手な衣装のアイドルを抱きしめ返してプロデューサーは笑った。
輝子も上気した顔をほころばせる。

「ありがとう! ありがとうプロデューサーっ!」

いまだ興奮さめやらぬ観客たちの歓声の届く舞台袖で、ふたりはいつまでも喜びをわかちあった。


2

小さなハコで単独ライブを成功させてから、少しの時間が流れた。
輝子はそれまでのぶんを取り返すように人気が出て、急に忙しくなっていた。

「つ、疲れた……」

ハードなダンスレッスンを終えて、輝子は大通りへと出た。
マフラーに顔をうずめる輝子を夕陽が照らす。

「ん」

振動に気付いてケータイを取り出す。メールだ。

From:プロデューサー
To:輝子
Sub:お疲れ様
『左見てみ』

輝子はそうした。
少し向こうに、彼女のプロデューサーが立っていた。

「ぷ、プロデューサーっ」

コートの裾を揺らして、とてとてと笑顔で駆け寄る。


「おう、お疲れ輝子」

「フヒヒ……ま、待っててくれたの……?」

事務所に向かって歩きだすふたり。

「まあな。外回りも終わったし、輝子と帰ろうかと思って」

「う、嬉しい……フヒ」

「そいつはよかった。あぁ眩しいな」

「ち、ちょっと前まで、レッスンがおわ、終わったら、もう夜だったのに、ね」

「もう3月だもんなー。そのわりにまだまだ寒いけど」

「! ……て、て……」

「ん? どうした」

「手……つ、つ、つなごっか。……だ、ダメ?」

少し頬を紅潮させて提案する輝子に、プロデューサーは頭を掻いた。

「しかたないなー、ほら」

「フヒヒ……♪」

差し出された手を、ぎゅっと握る。
プロデューサーも優しく握り返した。


「もう輝子も立派なアイドルなんだからな。外じゃ、あんまり手を繋いだりとかしないほうがいいんだろうけど……」

「そ、そうなの?」

「そりゃあアイドルだからなぁ。Sランクのトップアイドルともなれば無敵だけどさ」

「じ、じゃあ、私、と、トップアイドルになる……!」

「おお! ……いいけどなんだその動機」

「フヒヒ……め、目指せトップアイドル……!」

「ま、いいか」

去りゆく冬を惜しむような風が輝子の細く長い髪をふわふわさせた。

「ぷ、プロデューサー。私、が、がんばるよ……!」

「うん、がんばろうな。
 ――お、桜のつぼみだ。やっぱりもうすぐ春なんだなぁ。桜が咲いたら花見に行こうな、輝子」

「う、うん。一緒に、見ようね……フヒヒ」

嬉しくなって輝子はぽんぽんとスキップを踏んだ。


3

朝の事務所。

「お、おはよ、ござます……」

「おう、おはよう輝子」

朝陽の当たる窓際で体操をしていたプロデューサーが挨拶を返す。
コートを掛けて荷物を置いて、輝子がスケジュールを確認していると、

「ふあーぁ……」

隣に並んだプロデューサーが大きなあくびをした。
くすっと笑みを漏らしてそちらを見上げると、彼は頭を掻きながら照れ笑いした。

「かっこ悪いとこ見ないでくれよなー」

「み、見られたく、ないなら、隠さなきゃ……」

「お? なんだ経験談か? 何を隠してるんだね輝子くん?」

「な、なにも、か、隠してない……っ」

おどけるプロデューサーにこちらもふざけてそっぽを向く。
こんなふうにじゃれあうのも、スカウトされた頃には想像もできなかった。
まして、人前で歌うライブなど何をかいわんや。

――でも、やったんだよね、ライブ……

白板にまだ残っている赤字の゙LIVE゙を見て、輝子はその日のことを思い出した。

4

―――
――


「………遅いな、プロデューサー……」

ステージ開始直前。
輝子は舞台袖でプロデューサーを待っていた。

スタッフとの打ち合わせは完璧。衣装もメイクもばっちりだ。
もうここに彼の仕事はなくて、急に入ったインタビューの打ち合わせに出ていってしまった。
それでも、輝子は彼にここにいてほしかった。

「………っ」

初めての個人ライブは星輝子というアイドルにとって、今後を左右するかもしれない、そういう意味で大きな舞台である。
元来そういったプレッシャーに弱い輝子だ。
心臓は早鐘を打ち鳴らし、呼吸は浅く速い。

「……怖い、よぅ……」

指を組んでは解き、うろうろし、唇を撫で、髪をいじって気をまぎらわす。


「星さん、そろそろステージ入りお願いしまーす!」

「ふひゅっ! は、はい……!」

スタッフの指示にびくりとしてから、輝子は最後にもう一度振り返った。

来ない……か。

諦めて緞帳の下りたステージに上がろうとしたその時、

「――輝子っ!」

息せき切ってプロデューサーが走り込んできた。

「プロデューサー!?」

「はぁっ、はぁっ、遅れて、すまん……」

「あ、う、」

「はぁ、はぁ……、うっし。輝子、待たせたな」

息を整えたプロデューサーはまっすぐに輝子を見つめ、二言三言告げた。
それから輝子はステージに上がった。
照明が消え、闇のなかで目をつむる。

するすると緞帳が上がり、攻撃的な演奏が始まった。
スポットライト。
輝子は目を開いた。

「ヒャッハァーッ! ライブだ、ライブをするぜぇッ!」

5


――
―――

「……フヒヒ」

頬を緩めて、輝子はプロデューサーに寄り添った。

「お? 輝子は甘えん坊だなぁ」

「お、そ、そう、だよ……だ、ダメ?」

「いいけどさ、そろそろレッスンに向かったほうがいいんじゃないかなー」

「!」

輝子は時計を見て、白板を見て、もう一度時計を見た。

「わひゃあっ!」

どたばたと荷物を引っつかんで輝子が事務所を飛び出す。

「いってらっしゃーい」

プロデューサーは笑いながらひらひらと手を振った。


6

「星さん、まだ声が小さいわ」

「フヒッ! は、はい」

「もう一回」

ボーカルレッスンに励む輝子。

「うーん。もうちょっと声出せないかしら?」

「アー」

「もうちょっと」

「アアー」

「がんばって!」

「ヒィャッハー!」

「星さん」

「は、はい、ごめんなさい……」


7

「はぁ……」

休憩時間。
非常階段の踊り場から、輝子はぼうんやりと街並を眺めていた。

つむじ風が家々の洗濯物をはためかせている。
輝子はケータイを取り出した。
なんとはなしにそれをいじくり、

「……プロデューサー」

彼の電話番号をじっと見つめる。

……プロデューサーとお話、したいなぁ……
でも、忙しいかもしれないし……


輝子が悩んでいると、ケータイが着信して、驚いて取り落としかけた。

「わっとと……も、もしもし?」

『あはは、なにやってんだよ輝子』

「あ、え、プロデューサー?」

『下見てみ』

階段の下で彼が手を挙げている。
喜色をにじませて輝子は手を振った。

『いい天気だ。降りてこいよ、散歩しよう』

「えっ、あっ、い、いいのかな……?」

『いーのいーの。先生には話通してあるし』

「あ、そ、そうなんだ」

『だから早く降りてきたまえ輝子くん』

「す、すぐいくっ」


8

誰もいない堤防を並んで歩く。

「ほら、輝子」

「?」

プロデューサーの差し出した手を見て、彼の顔を見上げて、輝子はぽけっとした。

「手だよ手。手ぇ繋ごうぜ」

「おっ、あ、え、いいの……?」

「もちろん」

「じ、じゃあ……フヒヒ」

二人は手を繋いだ。
堤防は風があって寒かったが、彼の手は暖かかった。


「あ、月が出てる」

その呟きに顔を上げ、輝子は空を見渡した。


「ふわぁ……っ!」


どこまでも澄み切った青空が広々と冴え渡り、迷い込んだような一朶の羊雲がぽつりと浮かんでいる。
そして目の前には、昼の月がささやかに、皓々と鎮座していた。

「月が綺麗だな」

「う、うん。す、すごいね、空がこんなに蒼くて――」

「ああ」

ほう、と輝子はその景色に見惚れた。
そうやって空を見ていると、上手くいかない悩みなんか、なんだかちっぽけなことのように思えてくるのが不思議であった。


「は、早く、は、春になればいいのに、ね」

「んー? きのこも生えてくるもんなぁあったかくなれば」

「そ、それもあるけど……、さ、桜が咲いたら、ぷ、プロデューサーと花見、で、できるし……」

「おう、そうだな。輝子は花より団子って感じだけどなぁ?」

「だ、団子より、き、きのこかな……。そ、そういうプロデューサーは、は、花よりお酒でしょ」

「けけけ。そりゃそーだ、キレイな桜に酔わずにおれない、ってな!」

「フヒヒ……。あぁ、早く、さ、桜咲かないかなぁ」

「まったくだ。花見が待ち遠しいな、輝子」

「う、うん……フフフ」

二人は顔をあわせて笑いあった。


9

―――
――


舞台袖で、緊張する輝子に彼はこう言った。

「安心していいぞ、輝子。
 俺は輝子ががんばってきたのを知ってる。
 今回のライブを成功させるために俺が組んだレッスンだ。それをがんばったんだから輝子は成功できる」

「で、でも、へ、変だってわら、笑われたら……?」

「ひとと違うことは可笑しいことじゃない。それは武器だよ。
 俺は輝子の武器を最大限に見せられるようにしたつもりだ。
 だから、大丈夫だよ。輝子。な?」

「……う、うん」


「よし! いってこい! 輝子の武器を見せてやれ!」

「うん……!」

タッチを交わして、輝子はステージへと上がった。
照明が落ちる。

目をつむる。
不思議だ。
さっきまでの緊張と恐怖は溶けてどこかへ行ってしまったようだった。


私はひとりじゃない――


まぶたの裏に映るプロデューサーの微笑みに、輝子も笑って応えたのだった。


10


――
―――

その微笑みと同じ表情で隣を歩く彼を見上げて、輝子はふと先のことが気になった。
プロデューサーはこれからも自分の隣で、こうして微笑んでいてくれるだろうか、と。
だからそう訊いた。

そうすると、プロデューサーはにやりと笑って、

「まだまだトップアイドルへの道は始まったばかりだぞ、輝子!」

そう言って彼女の頭を少し乱暴に撫でた。


そして、また手を繋いで、前を向きながら、

「――ずっと、隣にいるよ。笑ってる輝子の、隣に」

真剣な調子でそう言うのだった。
輝子は嬉しくなって彼の腕に抱きついた。

「フヒヒ……プロデューサーとずっと一緒……し、幸せ……」

「ああ、俺もだよ。輝子」



瞳を閉じれば、あなたがまぶたのうらにいることで、どれほど強くなれたでしょう。

あなたにとって、私もそうでありたい――



おしまい

08:27│星輝子 
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