2014年09月03日

雪歩・真「青いロケットを飛ばそう」

・アイマスSSです。

・真誕SSになります、真ちゃん誕生日おめでとう!!!

・地の文あります。



ではよろしくお願いします。





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カンカンカン



カンカンカン



金槌が鉄を叩く音がする。

のそりと体を起こすと、音の主が振り向いた。



「おはよう、雪歩」



・ ・ ・ ・ ・





初めて会ったのは、麦わら帽子が必要な程、日差しが強かった日。

たまたま好奇心が勝って、家の近くにある小さな森を冒険していた時だ。



冒険と言うには、あまりにも稚拙すぎる冒険。



気づけば森を抜けていて、黒々として鉄の山が目についた。

何故だか私は、その山へ足を投げ出していた。



複数ある鉄の山の、丁度間に座って良く解らない機械と良く解らない機械を掛け合わせようとする、とても中性的な女の子がそこに居た。



「…………はぁ」



いじくっては思案、いじくっては思案。 そして溜息。

それを何回か繰り返しているだけの、ひどくつまらない光景を、私は夢中で見ていた。



足元にある、良く解らない機械のパーツを足で小突いてしまい、チャリチャリと地面を滑っていく。



「あっ…………」



「………………ん?」



さっさと隠れてしまえば良いものを、その滑る機械を拾おうとしたのが間違いだった。



「…………やぁ、なんのご用かな」



私の真っ白なワンピースとは対照的な、

油で真っ黒な手や服は、不思議と瀟洒に見えた。



「あ、あの…………」



「ん?」



「は、はじめ、まして……」



しまった、そうじゃない。

私が言いたいのは、何故こんな所に居るかということなのに。



「…………はははっ!」



案の定笑われる。

麦わら帽子で火照った顔を隠す。



「それじゃあ、可愛い顔が見えないよ」



麦わら帽子の向こうから声がしたと思えば、

帽子のつばを持ち上げられて、赤い顔がむき出しになる。



「……僕は真、菊地真。 君は?」



麦わら帽子を持ち上げたまま、にこりと笑うと、白い歯が日光に照らされさらに白く見えた。



「……萩原雪歩、です」



やっと言えた自己紹介はとても簡素で、とても消え入るようで。

森から聞こえる蝉の声の方が勝っていたかもしれない。





そんな真夏日、陽炎が揺らぐ鉄の山に囲まれて、私と彼女は出会ったんだ。



・ ・ ・ ・ ・





それから私は、無意識の内に頻繁に真、真ちゃんの元へと遊びに行った。



何故真「ちゃん」なのかと言うと、彼女がそう呼ぶのを求めたからである。



真ちゃん自身、自らの中性的な外見を気にしているらしく、呼び方だけでも可愛くしたいそうだ。

そのままでも十分可愛らしいと私は思う、私のセンスがおかしいわけでは決して無い。

けれど、どう褒めた所で彼女がそれを肯定する事は無いんだろう、謙虚なんだと思う。



そんな、名前呼びにようやく慣れた頃のこと。



夏が過ぎ、秋も過ぎようかとしている晩秋だったか。



夜に、星空を見に行こうと私が誘った時だ。

どこか乗り気では無さそうな、そんな瞳をする真ちゃんの意図も介さず、半ば強引に手を引いた。



・ ・ ・ ・ ・





丘への道のりは、道と言うには遮蔽物や地面の凹凸は無く、

まるで補整されたかのような長い斜面を危な気もなく歩く事が出来た。



雪歩「はぁっ、着いた……! 結構高い丘まで来たね」



真「……そう、だね」



雪歩「この前見つけたんだよ、急な斜面も無いから安全だし……」



真「…………うん」



一際高い丘に登りつめると、多くの星一つ一つが、小さな太陽のように瞬いていた。

偶然にも、雲ひとつすら無い星空は、宇宙の広大さを物語っていた。



雪歩「綺麗……。 凄いね」



真「そうだね……」



真ちゃんは決して上を見ようとしない。



雪歩「…………どうしたの?」



真「あ…………、いや」



雪歩「…………もしかして、迷惑だった?」



真「あぁいや、違うんだ!! ……ごめん」



ばつが悪そうに頭を掻く真ちゃんは、ひどく寂しく見えた。

頑なに星空を見ないようにするその姿から、何かあったんだろうというのは容易に想像できた。



少しだけ、二人だけの沈黙が流れる。 流れる風が、近くの野原一面に萌え出でる薄を鳴らす。

私の口が上手ければ、真ちゃんに重苦しい空気を吸わせないで済んだのだろうか。





真「………………僕達ってさ、結構仲良くなったよね」



雪歩「? ……うん」



真「お互いの好きな食べ物も、好きな花の色も知ってる」



雪歩「うん」



真「けど、雪歩。 君はあの鉄の山の事を一言も聞いてない」



真ちゃんは俯いていた顔をまっすぐ私に向けた。

秘密を内包した双眸は、星空ではなく私を映している。

瞳の奥は黒く、思わず吸い込まれそうになる程に私だけを見つめていた。



雪歩「あ、確かに…………」



真「確かに!?」



真ちゃんは上体をがくりと滑らすと、ぱちくりと瞬きを繰り返す。

その瞳には先程までの黒さは無かった。



真「ぷっ……、あはははは……!」



雪歩「え……? ん?」



真「ふふっ、いや、変に気を遣わせてるんじゃないかって、ずっと思っててさ……」



雪歩「あ、そうなんだ……」



真「うん。 でもそんな事無いみたいで安心した。 あはは」



ひとしきり笑って、目尻にたまった涙を拭うと、

隠していたことがくだらなく思えたのか、吹っ切ったような顔で笑った。





真「……あの鉄の山はね、ロケットの残骸なんだ」



雪歩「ロケッ…………ト?」



聞きなれない単語だった。 いや、単語の意味は勿論理解している。

大きな噴煙を立ち上らせ爆炎と共に空の先の先にまで飛んでいく、あのロケットの事だろう。

私にはロケットの事は解らない、あの鉄の山がロケットの部品で出来たものだったなんて、想像すら出来やしなかった。



真「僕は、ロケットで空を飛ぶことを、ずっと夢見ていたんだ」



真ちゃんは、丘の上から見える町並みを眺める。

頑なに星空を見ようとはしない。



真「何度も何度も、見よう見まねのガラクタみたいなロケットを作っては空を飛ぼうとしていたんだ」



雪歩「…………飛べたの?」



真「うぅん、全然。 発射台も無ければ、十分な燃料も無い。 飛べないのは当然なんだ。

  けど……。 それでも、あの時の僕は無我夢中で飛ぶことを諦めなかったんだ……」



目を細めて、思い出に耽る真ちゃんの視線は、最早町並みなど見てはいなかった。



雪歩「今は…………」



真「うん。 何回目か覚えてないけど、何回目かの失敗の時に気付いちゃったんだよね、こんなんじゃ飛べっこないって。

  バラバラになった部品や、真っ黒になった自分の手を見て、あの青い空には追いつけないんだなぁって……」



掠れた声で、手で顔を覆う彼女を見て心がざわつく。



真ちゃんは今までこの事を誰かに打ち明けたのだろうか。

誰にも言えないまま、自分の内で毒と変わり果て、自らを蝕んでいたのかもしれない。

あの時私が真ちゃんに会っていなかったら、今どうなっていたのか。



しかし打ち明けたとて、その悩みを解決する事は出来ただろうか。

どんな言葉でも気休めになってしまうのではないだろうか。



真「…………ごめんね? 不幸自慢みたいな、さ」



雪歩「……ッ、うぅん!! そんな事ないよ気にしないで」



いたたまれない空気から逃げ出そうと思ってか真ちゃんが口を開ける。

その謝罪のしかたはどことなくぎこちない。



雪歩「…………ねぇ、真ちゃん」



真「ん、なに?」



雪歩「なんで、ロケットで空を飛びたかったの?」



こんな時になんて質問をと、不謹慎だと思うだろうか。

しかし口下手な私には、こんな事でしか会話を続ける事は出来なかった。



真「そう、だなぁ……。 理由はあまり無いんだけど……」



雪歩「無いんだ」



真「うん。 ただ…………」



雪歩「ただ?」



真「空の向こうを、自分で知りたかったんだ。 実際に行って帰ってきた宇宙飛行士の言葉を鵜呑みにするんじゃなくて、

  自分でちゃんと確かめたかったんだ。 本当に神様は居なくて青かったのかを」



指をせわしなく動かして目を泳がせているその姿は、

とても自信が無いように見えた。 今までの失敗を重ねているのだろうか。



雪歩「そう、なんだ…………」



真「うん………………」



数度目の静寂、変わらず真ちゃんは自分の指を弄くっている。

まだ星空を見ようとはしていない。



雪歩「…………地球って」



ふと呟いた。



真「…………え?」



雪歩「本当に、青いのかな」



なんて事はない素朴な疑問。 子どもっぽいと言われても腑に落ちる。



真「………………どうして、気になるんだい?」



雪歩「解らない、かな。 ……でも、真ちゃんと一緒で、私も自分で知りたいのかも」



真「僕と、一緒で…………」



私につられる様に、真ちゃんは今日初めて星空を見た。

その目は、大好きなものを見つめるような、そんな瞳だった。



雪歩「…………地球は、青いのかな」



再度、真ちゃんに問いかけた。

瞳を潤ませる真ちゃんは、一度だけ目を瞑ると立ち上がりこう言った。



真「確かめに……、行こうか」



雪歩「え!?」



真「地球は本当に青いのかどうか、さ」



雪歩「………………でも」



真ちゃんは、耐えられるのだろうか。

また失敗するかもしれないというプレッシャーを抱えて。

そうなったらもう、二度と立ち直れないんじゃないだろうか。



真「…………今、考えたんだ」



雪歩「え……?」



真「今度は、雪歩の為に作るよ」



雪歩「私の…………、為?」



微笑みながら真ちゃんは頷いた。

その柔和な笑みには、先程のような翳りは無かった。



真「今まで、自分が確かめたいが為に宇宙船を、ロケットを作ってきた。

  けど今度は、雪歩の為に作ろうと思う。 君の小さな疑問に答える為に」



雪歩「真ちゃん…………」



風に揺れる薄のように、ふわりと私に手を差し伸べて。



真「もう一回言わせて。 雪歩、僕と一緒に確かめに行こう!!」



強く、壮烈なその言葉に突き動かされるように、私は彼女の手を取った。





・ ・ ・ ・ ・





秋が過ぎて、



設計図を作って、どの部品が必要なのかどんな構造なのか、得意げに語る真ちゃんを楽しそうに眺めた。

内容はちっとも解らなかったけど、今まで見たことの無いような、飾らない笑みだった。



冬が過ぎて、



「船体は真っ青に塗ろう」、真ちゃんがいきなりそう切り出した。

何故と聞くと、「もし飛べなくても、見た目が青ければ少しは気が紛れるじゃないか」

そう最高に後ろ向きな発言を真顔で言い放った。



春が過ぎて、



一度口論になった。

真ちゃんが風邪を引いても、尚作業をやめようとしないので無理やり止めた。

「無理しないで」「無理してない」、の応酬は大変見苦しく、私が泣き出したことで終戦となった。



夏が過ぎて、



「もう一年が経つんだね」、何の気無しにそう言うと真ちゃんは瞳を丸くした。

そんなに年月が経っていたことに気付かなかったらしい。

どれだけ宇宙船建造に夢中なんだ、と呆れながらも笑い転げた。



そして、



また秋が過ぎて、



燃料を蓄えて。



また冬が過ぎて、



徹夜して手伝って。



また春が過ぎて、



目を覚ました時に「おはよう」と言われ。





晴れの日も、風の日も、雨の日はちょっと休んで。



黙々と機械を組み立てて、鉄を打つ真ちゃんに私は毎日差し入れをする。

手伝いという手伝いも、汚れた部品を拭くくらいしか出来なかったが、

差し入れのおにぎりの具を、いつも心待ちにしてくれる真ちゃんを見ると申し訳なさも薄れた。



鉄が叩かれる音や部品が擦れあう音、火花が飛び散る音。

真ちゃんに会っていなければ、こんな機械的な音たちに耳は慣れていなかっただろう。

今では最早日常と化しているのが可笑しな話だ。





そして、初めて真ちゃんと出会った日と同じくらい、暑い真夏日。





真「…………ッ、出来た…………!?」



雪歩「本当!?」



真「ちょっと待って!! ネジの止め忘れは!? 外装も剥がれてない!?」



雪歩「…………ど、どう?」



真「………………」



雪歩「…………真、ちゃん?」



真「………………出来た」



雪歩「え?」



真「出来た!!! 出来たんだよ!!! 宇宙船が!!」



真夏の太陽にも負けないような、輝いた笑顔で真ちゃんはそう言った。

喜びが伝播し、私の顔にも笑みが浮かぶ。



雪歩「ほ、本当に!?」



真っ青なボディ、カーブのついたウィング、船体を支える三つの車輪。

悠然と佇むその姿は、紛れも無くこの世に一つだけの宇宙船ということを証明していた。



真「うん……、出来たんだ…………」



震える拳を握り締め、鈍く輝く宇宙船を見る真ちゃんの瞳は、

星空よりも更に向こう、空よりも蒼い宇宙を映していた。



真「雪歩、改めて言わせてくれないかい」



船体から目を離し、その煌いた瞳で私を見る。

貴女がそうやって私を見るのは何度目だろう、数え切れない。

けれど、今見ている彼女の瞳は、今までで一度も見たこと無かったほど輝きに満ちている。



私は、真ちゃんの次の言葉を待った。

心臓が早鐘のように脈打つ。 緊張じゃない、期待だ。



真「君に、青い地球を見せるよ」



青碧の宇宙船を背にした真ちゃんの姿に、胸が震える。

あんなにも星空に目を背けていた彼女が、こんなにも力強く映るとは。



雪歩「…………うん!!」



真「まず、ちょっとした説明をさせてもらうね。 これは、スペースシップワンっていう宇宙船を模したものなんだけど、

  空に一回大きく飛び上がる分だけの燃料とエンジンしか積んでない」



雪歩「……? どういうこと?」



真「何段もエンジンが積んである、長距離飛行のロケットとは違って、少ししか宇宙に滞在出来ないんだ」



雪歩「少しって、どのくらい?」



真「数分ってところかな」



雪歩「そ、想像よりもずっと短いね……」



偏見か、知識不足か。 ロケットというものは基本長い間宇宙に滞在するイメージがある。

それとは全く逆のパターンも存在するという事を今知る。



真「うん、だから地球を見るのも少しの間。 情緒を感じる時間も無いかもしれない。

  けど今の状況で一番宇宙に行ける可能性が高かったのがこれなんだ、もっと長い間見せてあげたかったけど……」



雪歩「うぅん、十分」



真「え?」



雪歩「たとえ数分でも、真ちゃんと見れば時間は倍だから。 大丈夫!」



真「…………へへ、そっか」



雪歩「うん!」



真「……で、次の説明なんだけど。 エンジンを点火した時に……」







「こっちです、早く!!」



突然森の方から聞こえてくる男性の声。

雑草が体に引っかかる音の大きさを聞くに、一人では無さそうだ。



雪歩「え……、何!?」



真「雪歩! 乗って、早く!!」



振り向くと既に真ちゃんはコックピットへ足を入れていた。



雪歩「え!?」



真「このまま居たら捕まっちゃうよ!」



手招きで急かされ、スカートを外装に引っ掛けながら後を追う。

コックピットの中は少し狭く、二人入ってしまえば好き勝手には手足を動かせない。



真ちゃんに促されるままに、呼吸をする為のマスクと、体を固定するベルトをつける。

専用の物が用意出来なかったんだろう。 バイクに乗るためのヘルメットを頭に被せられ、それも固定する。



真「見つかってたか……、そりゃ鉄打って火花散らしてれば誰かしら気付くか……!!」



雪歩「つ、捕まっちゃうの!? 宇宙船って作るだけで逮捕されちゃうの!?」



真「いや、それだけじゃ逮捕されないよ、その後がいけないんだ」



雪歩「その後? ……飛ぶのがいけないの?」



真「そういう事。 普通、飛ぶには許可が要るし、決められた場所からじゃないと離着陸出来ないんだ」



「僕はただ単に飛びたいだけだから、いまいち航空法とか知らないんだけどね」、と真ちゃんは続けた。

説明をしている間に、森の方から怒号が聞こえる。



「そこで何をしているんだ!!!」



もう森から出てきたのか、複数の警官と、目撃者の男性の人が近づいてきている。



真「最悪だな……。 本来なら地面を補整して滑走路を作らなきゃいけないのに……!!」



雪歩「滑走路……?」



真「飛ぶには十分に加速して離陸するだけの距離が必要なんだ、それが無ければ飛べない……!!」



雪歩「………………」



滑走路、離陸するだけの距離。 心当たりがある。



真「ごめん、雪歩。 このままじゃ飛ぶことは愚か、発進さえ……」



雪歩「真ちゃん、離陸するまでにどれだけの距離がいるの?」



真「……へ? そりゃもう、数百メートルじゃ足りないよ。 けど……」



雪歩「けど?」



真「坂になってたりしたら、勢いがついて少しは距離をカバーできるかもしれない」



心当たりが確信に変わる。

その場所を私は良く覚えている、彼女が、真ちゃんが私に宇宙を見せてくれることを約束してくれた、あの場所だ。



雪歩「丘だ…………」



真「え?」



雪歩「丘だよ、あの星を見に行った!!」



真「!! ……そうか、あの斜面を使えば……!!」



宇宙船のエンジンを入れて進路を丘へと無理やり変える。

その際羽が当たり、鉄の山が物理法則に従って崩される。



「動き始めたぞ! 何をするか解らない、下がるんだ!」



「しかし……!!」



警官たちが狼狽している、タイミングはここしか無い。



雪歩「真ちゃん!!」



前に座る真ちゃんは、俯いたまま動かない。



雪歩「真ちゃん、今しかないよ!」



真「……ごめん、雪歩。 ちょっと待って」



雪歩「え……?」



良く見ると手が震えている。

息も荒くなって、緊張しているのが目に見えて解る。



真「飛べれば良いんだ、飛べれば……。 けど、もし出来なかったら丘の下にある町へ落ちてしまう。

  そうなったら他の人にも迷惑が及ぶし、雪歩の安全だって確保できない。 それが怖いんだ……!!」



そうか、当たり前だ。

彼女は今まで一人でロケットを作って失敗してきた。

一人でずっと挑戦と挫折を繰り返してきた。 だが今は、私というもう一つの命を握っている。



自分の力量次第で私がどうなるかわからない。

今真ちゃんは過去を振り返っているだろう、失敗ばかりしてきた過去を。

己を信じられていない、成功したという実績が存在しないからだ。



真「ここまで来たっていうのに、情けない話だよね……。 ごめん…………」



雪歩「大丈夫」



真「………………ッ、雪歩」



今までの失敗を、私は見ていないからかもしれない。

真ちゃんの情けない姿を、一度も見たことが無いからかもしれない。



けれど、私は信じて止まないんだ。



雪歩「飛べるよ、絶対飛べる。 絶対に!!」



空の向こうへ思いを馳せる彼女に、否定なんてさせたくないんだ。



真「雪歩…………」



雪歩「私、信じてる! 私は、真ちゃんと会って一年くらいしか経ってないけど、真ちゃんの良いところ全部知ってるよ!!」



真「ちょ、ゆ、雪歩」



雪歩「だから!! だから絶対に……!!」



真「………………」



雪歩「…………あ。 ……ッ、ご、ごめん! 私、熱入っちゃって……」



我に返る。 真ちゃんは神妙な面持ちで私の顔を見つめている。

それが余計に恥ずかしくて、顔を覆う。



真「うぅん、有難う雪歩。 ……お陰で思い出せた。 飛びたいっていう気持ち」



雪歩「真、ちゃん……」



真「大丈夫、絶対飛べるもんね。 ……行くよ!!」



雪歩「うん!!」



ゆっくりと宇宙船は地面を走り、段々とスピードを上げていく。

あの丘は、ゆったりとした坂が長く続く道だ。 加速には十分、だと思われる。



「こら!! 君達やめなさい!!」



遠巻きに監視していた警官たちが止めようとする。

今はもう、言葉だけでは止められない。



真「もっと加速するんだ……! 信じろ……!! 信じるんだ……!!」



雪歩「真ちゃん、頑張って……!!」



真「うん……!! もう少し、もう少し……!!!」



どんどん丘が近くなっていく。 どんどん速度は上がっていく。



真「飛べ……!! 飛べ……!!」



目を瞑って祈る。



雪歩「お願い……!!」



瞼を閉じる力を一際強くした。



真「飛べぇええぇぇえぇええええぇっっっ!!!!」



真ちゃんがそう叫んで、何秒経ったろうか。

いつしか地面を走る音は無くなり、落下とは違う、別の浮遊感に襲われた。



雪歩「………………ッ、…………え?」



解っている、解っているんだ。

しかし、それでも、今の状況を確かめる為に窓を覗く。



雪歩「うわぁ…………!!」



追いかけてきた警官たちが、丘が、街が、遠ざかっていく。

今確かに、私達は空を飛んでいる。



雪歩「真ちゃん、飛んでる、飛んでるよ!!」



真「………………あぁああぁあぁぁぁああぁあぁぁ!!!!!!」



雪歩「ひぃっ!?」



真「飛んだよぉおぉ!!! やっと、やっと飛べた、空が、あんな!!!」



様々な感情が入り混じって、しどろもどろになっている真ちゃんは、歳相応の少女だった。



真「雪歩、飛んでるんだよ!? 僕達二人、同じ宇宙船で、一緒に!!」



雪歩「うん、うん!!!」



涙目になって嬉しさを訴える姿に、何故か貰い泣きしてしまう。

きっと、彼女の努力を一番間近で見てきたからだろう。 特権だ。



真「…………ッ、けど安心するのはまだ早い!」



雪歩「そ、そうなの……?」



真「うん、さっき言えなかった説明を今するよ。 もう少ししたらロケットエンジンを点火させる。 そうしたら一気に重力が襲い掛かってくる。

  血液が一気に爪先に集中してしまうくらい、物凄いGさ。 常人じゃ耐えられない」



固唾を飲み込む。 常人、私もカテゴライズされるのではないだろうか。



真「だから、僕がロケットエンジンを点火させたら手足を出来るだけ中心に寄せて力を入れて。 喋ってもダメだよ。 目も一応瞑ってて。

  そこから先は、ロケットエンジンでバランスを崩さないように姿勢制御させなきゃいけないから、僕も雪歩をカバー出来ない」



雪歩「………………」



恐怖で身が竦む。 人は未知のものに対しててんで弱い事が良く解る。

真ちゃんが居なかったら、今私はどうなっていただろう。



真「…………ここまで来るのにたった一年だったけど、僕凄い幸せだった」



真ちゃんは言葉を続ける。



真「雪歩もきっと、幸せだったと思う。 そうでいて欲しいな。 ……辛い時間は、たった一瞬だけだから。

  この一年の幸せだった時間たちに比べれば、ほんの一瞬なんだ。 だから雪歩、頼んだよ」



雪歩「…………!!」



「頼んだよ」 この宇宙船に乗って、初めて私の役割が出来た。

それは、耐えること。 真ちゃんに負い目を作らせないこと。



雪歩「……解った、頑張るね私」



真「…………うん!!」



座席やマスクに隠されて表情は鑑みることは出来ない。

声すらもくぐもって感情を読み取ることは出来ない。

しかし、今まで築いてきた真ちゃんとの一年間が、彼女の顔が綻んでいることを教えてくれた。



真「…………じゃあ、行くよ雪歩!! エンジン点火!!」



その言葉を聞いた瞬間、背中の方から轟音が鳴った。

と、同時に前面から押しつぶされるような圧力が全身を襲う。

成る程、爪先に血液が集中するというのはこういう事なのか、手足が痙攣する。



真「………………くぅっ!!!」



後部座席に居て、かつ体勢も変えている私ですらこの負荷だ。

前に居る真ちゃんの負担なんて想像すら容易ではない。



一体何秒耐えれば、この苦しみから抜け出せるのか。

肉が、筋肉が、血液が。 感覚でさえも置き去りにしてしまいそうな感覚。



呼吸器が私達の息を循環してくれる。 ベルトが吹き飛ばされそうな私達を留めてくれる。

だが、それ以外の自由は一切無い。 瞼すら鋼鉄のようだ。



真「高度300,000フィート……ッッ!! あと少し、あと少し……!!」



雪歩「………………ッッ」



喋ろうにも喋ることは出来ない。

三半規管が狂う、きっと今にもこの船は上下左右に揺れているのだろう。

体が小刻みに揺れる。 戻してしまいそうになるのを必死に抑え、歯を食いしばる。



私に与えられた役割を、手放すわけにはいかないから。



真「……………………雪歩」



名前を呼ばれた瞬間、違和感に気付いた。



真「目を、開けてごらん」



先程までの押し潰されるような圧力は無くなり、

背中で響いていた爆音も止んでいた。



雪歩「え………………?」



真「高度330,000フィート、宇宙区間に進入。 エンジン消火」



宇宙、その単語が耳に入るよりも早く窓に視線を向けた。



雪歩「うわぁ…………!!!」



空へと飛び上がったときは、視界は真っ青に染まっていた。

しかし今はどうだ。 塗りつぶされたような黒が辺りを埋め尽くしている。



真「ウィング展開。 ……雪歩」



雪歩「真ちゃん…………!!」



萩原雪歩、菊地真二名は、この時確かに宇宙へ到達した。



真「体の方は、大丈夫?」



雪歩「うん、大丈夫。 真ちゃんのお陰」



真「そうかな、へへっ」



飛んだ時の方が喜んでいたんじゃないかと思われるほど、私達は落ち着いていた。

体力が残っていなかったのも事実だが、何よりも。



真「ほら、見て」



雪歩「…………わぁ」



広大な宇宙と、青い地球に、ただただ感動していた。



地球は、思ったよりも真っ青というわけではなく、雲で白かったり大陸によって茶色かったりと、

想像以上の美しさでは無かった。

しかし、それよりも美しいものが目に留まった。



雪歩「地球の……、輪郭?」



真「大気の層、だね。 光が分散したり屈折したりで出来てるんだ。 本でしか見たこと無かったけど……」



雪歩・真「「すごく、綺麗だね」」



雪歩「うん」



真「へへっ」



二人で笑い合うと、船体がゆっくりと傾いた。



雪歩「へ、なに……?」



真「さぁ、次は下りるよ!!」



雪歩「え、もう!?」



真「弾道飛行なんてそんなモンさ。 さぁ、また手足を中心に寄せてね!!」



真ちゃんは張り切っている。

きっと、成功したことで今までの失敗を拭い去ることが出来たのだろう。



雪歩「うぅ、またあの押し潰される感じを味わわなきゃなんだね……」



真「二回目だし大丈夫! 行きよりも楽だし」



雪歩「本当!?」



真「ほんのちょっとだけだけど」



雪歩「うぅ…………」



ただの一言に一喜一憂させられる。

拭い去るにしても、余裕が出来すぎなのではないか。

唇を尖らせていると、真ちゃんが小さく呟いた。



真「雪歩……、地球はどうだった?」



その呟きはとても悪戯気で。

内心にやついているのが表情無しでもすぐ伝わってきた。



雪歩「神様は居なかったし、途中ずっと危なかったけど……」



そういえばそうだ。 真ちゃんがロケットをまた作り始めた理由。

私の一言の疑問が事の始まりだったんだ。

ならば答えなければならない、答えを教えてくれた彼女の質問に、万雷の拍手を込めて。



雪歩「とても……、青かったよ!」







おしまい



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