2014年12月09日
城ヶ崎美嘉「アタシが二十歳になったら」
――17歳JKアイドル、カリスマギャル城ヶ崎美嘉。
あれは、そう、アタシがそんな風にデビューして暫くの頃。
アイドルの仕事にも慣れ、レッスンとかも楽しくて仕方がなくて。
妹に遅れてではあったけど、念願のCDデビューもして、それから――。
……プロデューサーとも、すっかり仲良くなって。
強いて言うならば、きっとシチュエーションもあったのだろう。
小さいイベント会場だったけど、無事にデビュー曲のお披露目ライブを終えた後。
ライブを成功させた達成感と満足感。それからお客さんの前で歌った時の興奮感。
外の風に当たってそういう気持ちも落ち着いて、どこか穏やかな心の中。
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辺りはすっかり夜の帳が下りていて、空を見上げれば満天の星。
そんな星空の下を、二人きりで歩く時間。
周囲に人気は全くなくて、だからお互いの足音がはっきり聞こえたりして。
……まるで、世界に自分とプロデューサーの二人だけのような。
そんな風に感じてしまう時点で、きっと。
ロマンティックな雰囲気がそうさせた、なんていうのはただの言い訳でしかなくて。
シチュエーションはあくまで背中を押しただけに過ぎなかったのだろう。
――アタシの中に芽吹いていた想いの発露の瞬間を。
「……アタシ、プロデューサーのこと、好きかもしんない」
――告白なんて、別になんてことない。
そんな風に装ってはいたけれど、心臓はドキドキで、きっと顔も紅潮していた。
けれども、流石にそれは悟られていなかっただろう。
赤くなった顔をプロデューサーに感付かれるには、流石に辺りは少し暗かったと思うから。
すぐに返事はなくて、暫くの沈黙。
それから、プロデューサーの表情だとか雰囲気だとかを見て。
――ああ、アタシは振られちゃうんだ。
そう理解してしまった。
自慢じゃないけど、プロデューサーのことは見てきたから。
言葉にしなくても気持ちが読み取れるくらいに。
だから……。
「今は、答えてくれなくてもいいからねっ★」
アタシはプロデューサーが口を開くより先に、そんなことを言っていた。
ことさらに明るく振舞って。
それは一つの逃げだった。
振られることで今の関係性を壊したくない、そんな気持ちもある。
けれど、それ以前に……そもそも振られたくなかったのだ。
こちらを気遣ういつも通りの優しい声で。
或いは期待を持たせないような毅然とした態度で。
――そのどちらであっても。
アイドルとプロデューサーだから駄目。
そういう目で見たことはないから無理。
他に好きな子がいるから……。
――たとえ、どんな理由であったとしても。
「アタシが二十歳になったら――その時に、返事を聞かせてほしいな」
そう言って、アタシは真剣な目でプロデューサーを見つめた。
お互いの視線がぶつかり合う。
アタシは、瞬きも忘れたかのように目を逸らさなかった。
そうすることで、自分がどれくらい真剣なのかが伝わる気がして。
そして……。
ややあってから、プロデューサーが首肯した。
それを見て、アタシは小さく安堵の息を漏らした。
先延ばしにしても、貰える返事は変わらないかもしれない。
断られるのが少し先になっただけなのかもしれない。
いや、きっとそうなのだろう。
少なくとも、今のプロデューサーはそう考えているに違いない。
或いは、二十歳になる頃には心変わりしているだろう、とか。
――でも、少なくともアタシは違う。
アタシの気持ちは変わらない。そして……。
絶対にプロデューサーの返事は変わる。きっとアタシに振り向かせてみせる。
それは、城ヶ崎美嘉の一世一代の大勝負だった――――。
「それでは、CGプロダクション三周年お祝いパーティを始めたいと思います!」
マイクを持ったちひろさんが、そう言って高らかに宣言をする。
するとあちこちで歓声が上がった。
周りを見回してみる。
仲の良いアイドル、見知ったアイドル、余り会う機会が無いアイドル……。
所属アイドル全員が今みたいに揃うことなんて、滅多にあることじゃない。
そして一部を除いて、各々が華やかなドレス姿だったりするのだ。
もちろん、アタシも。
こういうのを、壮観って言うのだろうか。
有名ホテルの大ホールを貸し切って、ドレス姿のアイドルがたくさん。
まるでお城で開かれた舞踏会だ。
そんな風に思いながら、アタシは取りあえず飲み物を取りに行こうと歩き出す。
そこは、子供向けのコーナーなのだろう。
ジュース類やお菓子類が置かれたテーブルの方へと数歩歩いてから、ふと立ち止まる。
今日は、ちひろさんの言葉通り、事務所の三周年記念パーティ。
それはつまり、三年前から所属していた17歳のアイドルは、今や二十歳だということで……。
アタシは少し考えて、成人向けアイドルの為に用意されたコーナーへと歩き出す。
当然と言うべきだろうか。
アルコール類や大人が好みそうな食べ物が置いてあるその一角は、成人組のアイドルが多く集まっていた。
お酒を片手に談笑中のアイドル達の横を通り過ぎて、アタシはワイングラスへと手を伸ばす。
その瞬間――。
「こら」
軽い声の響きで咎めるような声。
振り向けば、そこにはかなり派手なドレスを身に纏った早苗さん。
もしかしたらパーティが始まる前から飲んでいたのだろうか、既に顔が赤かった。
「ダメだぞ、未成年がお酒を飲もうとしたら……お姉さんが逮捕しちゃうぞ、あはは」
元々ノリの良い人ではあったけど、このテンションは間違いなく既にお酒を飲んでいるだろう。
「もう、アタシは未成年じゃないってば……」
酔っ払っている相手に言っても仕方ないかもしれない、とは思いつつ、それでも訂正してみる。
アタシが二十歳になった、ということは、自分にとってはとても重要なことだったから。
……他の人にとっては、そうじゃなくても。
「あっ、酔っ払いだと思って、そういうこと言っちゃう? これは中々手ごわい非行少女っ」
そう言って陽気に笑う早苗さん。
これは思ったよりも相手にするのは大変だと思いつつ、もう一度ワイングラスに手を伸ばす。
すると――。
「こらっ、だから駄目だってば」
そう言って早苗さんの手がアタシの手首を掴む。
「いたっ」
その手には思ったよりも力が籠もっていて、アタシは小さく声を漏らした。
「あっ、だ、大丈夫だった? ごめん、美嘉ちゃん」
力加減を間違えたことに気付いたのだろう、早苗さんが謝ってくる。
「それは別にいいけど、それより……」
再度、アタシが年齢の間違いを訂正しようとするよりも早く。
「あのね、美嘉ちゃん。キミくらいの歳の子が、お酒に興味持つのは分からなくはないけど……」
そう言って、早苗さんがアタシに語り掛ける。
頬にこそアルコールの赤みが残りつつも、真面目な表情で。
未成年にとっていかにお酒が良くないか、法律を守ることの重要性。
そうした内容のことを、大人が子供を諭すような口調で。
それは、紛れもなく正論だった。
――相手が本当に未成年であるならば。
アタシは何とか誤解を解きたかった。けれども、お酒のせいなのだろう。
どうにも早苗さんには変なスイッチが入ってしまっているようだ。
アタシが訂正しても聞いてくれそうにない。
困り果てたアタシは、近くを見回す。
するとそこには、こちらの様子を窺っているあいさんの姿。
「あいさん、お願いっ★ あいさんの方から早苗さんの誤解を解いてっ!」
大人組の中でも特にしっかり者のあいさんから言ってくれたら、早苗さんも聞いてくれるだろう。
そう思って声を掛けてみれば、あいさんは困ったような表情で。
「……美嘉君、そんな風に大人をからかうのは余り感心しないぞ」
口調こそ優しさを感じさせるものだったけれど、その言葉は明確にアタシを窘めていた。
「あいさんまで……」
全くの想定外な事態に、アタシも困惑する。
それと同時に、少しムッとしてしまう。
早苗さんは酔っ払っている所為だとしても、あいさんはそうじゃないのだ。
本気で、まだアタシが未成年だと勘違いしている訳で。
アタシは一つ息を吐いて、二人を見る。
「アタシが二週間前に誕生日だったこと、二人は知ってる?」
そう問いかけてみれば、早苗さんは考え込むような態度の後、思い出したように頷く。
一方のあいさんはすぐに首を縦に振った。
「そっか、よかったっ。それも忘れられてたらどうしよーって思っちゃったよ★」
そう言って笑ってから、こほんと一つ。
「じゃあ、二人に質問タイム★ 先日誕生日を迎えたアタシは、何歳になったでしょう?」
これで二人は自分達の勘違いに気付くだろう。
そして謝ってきたら、アタシは「気にしないでいいよっ★」って言うのだ。
二十歳を迎えた、大人な笑みを浮かべて――。
「17歳でしょ。だからお酒は飲んじゃ駄目」
アタシは一瞬、早苗さんが何を言ってるのか理解できなかった。
「それって、アタシが今でもJKの制服着て違和感ないってこと? 照れるなー★」
アタシは早苗さんなりのジョークだと判断して、そんな風におどけてみる。
すると、早苗さんはあいさんと顔を見合わせて、お互いに首を傾げた。
まるで本気で意味が分からない、といった風に。
「あははっ! なんか面白いことやってるねー。
いやぁー、にしても美嘉ちゃんがあたしと同い年だったなんて知らなかったよー」
そんな時、明るい言葉と共にアタシ達の方へ近づいてきたのは、ビールが並々と注がれたジョッキを持った友紀さん。
言うまでもなく、歳の差が三つも離れている友紀さんとアタシが同い年のはずがない。
「友紀さんはもう二十歳じゃないっしょー★」
「えーっ、あたしほどピチピチの二十歳女子もそうはいないでしょー」
アタシのツッコミに対して、楽しそうに自分が二十歳だと言い張る友紀さん。
さらにビールを一口飲んでから。
「まあ流石に十代の美嘉ちゃんには負けるけどねー。サヨナラホームラン! ゲームセット! なんてねっ!」
お酒に酔った友紀さんがハイテンションにそんなことを言い出せば、ワインのおかわりを取りに来たらしい留美さんが頷く。
そして隣に居た川島さんが「わかるわ、アンチエイジングしても流石に現役女子高生には勝てないから」なんて悔しそうに言ったりした。
流石にここまでくれば、ただ皆が勘違いしている訳ではないことをアタシも理解する。
これは、間違いなく。みんなわざとやっているのだ。
ただその理由が分からない。ドッキリだろうか?
そう考えて、アタシは少しだけ嫌な気持ちになった。
せっかくの楽しい三周年記念のパーティで、自分をターゲットにドッキリ企画をされる。
早苗さんがアタシの手を強く掴んでお説教したのも、あいさんが苦言を呈するような言い方をしたのも。
勘違いからではなく、全てはわざとで。
みんなで困っているアタシの様子を見て、楽しんでいたのだろうか。
――その想像は、アタシの皆に対するイメージとは全然違って、自分でも違和感があったけれど。
「お姉ちゃん、こんなところに居たんだっ。もー、探したんだよー☆」
考え込んでいたアタシへと声を掛けてきたのは最愛の妹、莉嘉。
「あっちにお菓子とかジュースがいっぱいあるよー☆ 向こう行って一緒に食べよー♪」
莉嘉がアタシの手を取って引っ張っていこうとする。
けれどアタシは動かないまま。それが不満だったのだろう、莉嘉が振り向いて。
「もー、お姉ちゃんー? ここに居ても仕方ないじゃん☆ 莉嘉達は未成年なんだしー」
そんな言葉を聞いた瞬間――。
「莉嘉まで……やめてよ」
アタシは思わず絞り出すような声を出していた。
「お、お姉ちゃん……?」
戸惑うような表情を見せる莉嘉。
その表情は、何故そんな風に言われたのか分からないという様子だ。
まるで、自分はおかしいことなど一切言っていないのに、みたいな――。
「みんなして何なの? ドッキリか何か? でも、正直面白くないよ、こんなの……」
耳に届いた自分の声は、思ったより自分に余裕がないことを自覚させるものだった。
こんな風な言い方をしてしまったら、空気を壊してしまうだろう。
でも、それを言うならみんなの方が先に――。
「――――美嘉ちゃん」
こちら側の雰囲気がおかしいことに気付いたのだろう。
向こうからやってきて、アタシに声を掛けたのはちひろさんだった。
「少し落ち着きましょう。皆さん、困ってますから……ね?」
そう言われて、アタシは周りを見る。
心配そうな顔、不思議そうな顔、戸惑ったような顔。
誰もがアタシのことをそういう表情で見ていた。
「私がお話を聞きますから、皆さんはパーティを続けて下さい」
そう周りに声を掛けて、ちひろさんがアタシに「行きましょう」と声を掛けて歩き出す。
アタシは皆の顔とちひろさんの背中を見比べてから、その背中を追い掛けた。
背中越しにアタシを心配する人達の視線を感じながら。
大ホールを出て暫く歩いた先、内装などから見ても結構高級な感じの室内。
ちひろさんが借りている部屋だろうか。
そこでアタシはテーブルを挟んでちひろさんと向かい合っていた。
「では、美嘉ちゃんのお話を聞きましょうか」
何時ものような優しいお姉さんという顔で、ちひろさんが声を掛けてくる。
状況が状況だけに、アタシはそのことに安心感を覚えて話し始めた。
「みんながおかしいんだっ……アタシがまだ17歳だとか女子高生だって言ってきて。
最初は何かのドッキリかと思ったんだけど、でも、そういう風でもなくて……」
この部屋に来るまで暫く歩いたことで、頭が冷静になったのだろう。
改めて考えてみると、そんな悪趣味なことをする人達とはとても思えなかった。
みんなのアタシに対する反応にしても、寧ろ向こうの方が戸惑っているみたいな。
でも、現実にアタシは皆にそう言われたワケで――。
考えれば考えるほど訳が分からなくて。アタシはちひろさんの返答に期待した。
ちひろさんなら何か納得出来る答えをくれる気がしたのだ。
――プロデューサーが一番頼りにしている相手だから。
それを考えると、アタシの心のどこかがチクリと痛んだけれど。
「美嘉ちゃんは、17歳ですよ」
だから、いつも通りの優しい表情でそう言われた時、アタシは裏切られたと感じた。
「ちひろさんまで……もう止めてってば」
「そう言われても困ります。私は事実を言っているだけなので」
ちひろさんの言葉が引き金になるかのように、アタシは感情が抑えられなくなってしまった。
「だ、だって……おかしいじゃん、そんなのっ!?」
17歳でアイドルになった。
最初はレッスンが辛かったり、アイドルの仕事にも慣れなかったりして。
でもだんだんとお仕事にも慣れて、少しずつだけど知名度も増えて。
それから暫くが過ぎて、アタシの代名詞『カリスマギャル』と呼ばれ出すようになった。
初めてプロデューサーと二人きりで出かけた。遊園地デート。
向こうがデートと思ってくれているかは分からないけど……。
念願のCDデビューをした。
歌詞を読んで、大好きになったアタシのデビュー曲。
初ライブ、そして……。
――プロデューサーに告白をした。
そして、誕生日を迎えた。
プロデューサーに祝って貰えて、嬉しかった。
クリスマスに、プロデューサーと事務所でケーキを食べた。
アタシは嬉しかったけど、プロデューサーは少し落ち込んでいた。
聞けば、美嘉にクリスマスの仕事を入れてあげられなかったから、とか。
自らの力不足だと嘆くプロデューサーを励まして。
そしたら、来年こそは忙しいクリスマスにしてやるからな、と決意を込めた瞳で言われてしまう。
ああ、元気づけるんじゃなかったかも? なんてちょっと思ったりした、そんなクリスマス。
年が明けてすぐ。プロデューサーが家に来た。
正確には、家まで送って貰った時に、半ば強引に家に上がって貰ったのだけど。
部屋着姿、髪も下ろして、いつもと違うアタシ。
アタシはテレビに莉嘉が出演しているのを見て、部屋に二人きりなんだと実感した。
その瞬間に、胸がドキドキして落ち着かなくて。
そんな時に莉嘉が部屋に勢いよく入ってきた。
テレビは録画で、生放送だと思ったのはアタシの勘違い。
その後はママが「プロデューサーさんもどうぞ」と誘って、一緒に家でご飯を食べた。
バレンタインデーにチョコレートを贈った。
どうせ気持ちはバレているんだからって、手作りのハート型チョコレート。
誤魔化しようがないくらいの本命チョコだったから、
受け取って貰えるか心配だったけど、プロデューサーは受け取ってくれた。
まるでアタシの気持ちが受け入れられたような気がして、少しこそばゆかった。
色んなお仕事をした。
単独のお仕事、莉嘉とのユニット。
事務所のギャル仲間でユニットを作ってお仕事したりもした。
プロデューサーに会ってから、二度目の誕生日。
祝って貰えて、嬉しかった。
そして、またクリスマスがやってきた。
プロデューサーは宣言通り、とても大きなクリスマスのお仕事をアタシに取ってきてくれた。
サンタガールの格好をして挑んだイベント、ラブ★クリスマス。
それを無事に成功させて、仕事の帰り。
プロデューサーが運転する車の助手席に乗って、イルミネーションを見た。
とても綺麗で、すごく幸せで。
その気持ちを形に残したくて、寒さに曇った窓に指でメリークリスマスと書いた。
バレンタインデーにチョコレートを贈った。
一年前よりも愛情を込めて。
来年も、あげられたらいいと思った。
その次の年も、そのまた次の年も、ずっと。
夏には初めて水着のお仕事をした。
セクシーな水着。
これでプロデューサーを誘惑出来たら、なんて考えたりして。
実際にちょっと試してみたりもした。
そして、プロデューサーに会って三度目の誕生日。
プロデューサーに祝って貰った。
心の中には、たくさんの思い出がある。
プロデューサーと過ごしてきた、大切な三年間。
17歳だと言われるのは、まるでその三年間も否定されているような気がして許せなかった。
だから……。
「アタシがデビューしてから、もう三年経ってるんだよっ!?」
「それは、当然のことじゃないんでしょうか?」
思わず声を荒げたアタシに、ちひろさんが淡々とした様子で口を開く。
「今日はうちの事務所の三周年記念ですよ? 三年経っているのは当然で――」
「違うっ、違うってば! そうじゃなくてっ!!」
どうしてちひろさんは分かってくれないのか。
「三年経ったってことは……アタシも三年、歳を取ったってことでしょ!?」
「……少し待ってて下さいね」
ちひろさんがノートパソコンを取り出し、カタカタとキーボードを打っていく。
それからマウスを操作して何度かクリックする音。
「――――見て下さい、美嘉ちゃん」
そう言って、ちひろさんがノートパソコンの画面をこちらに向けた。
「うちの公式サイトの、美嘉ちゃんのプロフィール欄です」
城ヶ崎美嘉 プロフィール
年齢 17歳
身長 162cm
体重 43kg
B-W-H 80-56-82
誕生日 11月12日
・
・
・
「そ、そんなの……プロフィールを直してないだけ、でしょ?」
「……三年間も、ですか? 分かりました。ではそういうことにしましょうか」
そう言って、ちひろさんがまたノートパソコンを操作して、こちらへと画面を向けた。
「これが誰でも更新できるネット上の百科事典、そしてこちらが一番大きいファンサイトの美嘉ちゃんの項目です」
そう言って見せられたのは、先程見た公式サイトのプロフィールと何ら変わらない文字の羅列。
17歳、17歳、17歳――。アタシの年齢欄を埋め尽くすその数字の山。
「そんな……そんなの……」
アタシはスマホを取り出して、自分で検索を掛ける。
「……っ!」
――"城ヶ崎美嘉 20歳"との一致はありません。
「嘘、だよ……こんなの、嘘」
「そう言われてもですね……」
ちひろさんが困ったような顔をした後、再び口を開く。
「では訊きますが、美嘉ちゃんは世界中の皆がおかしいと言うんですか?」
――正しいのは自分で、自分以外の全ての人間が間違ってる、と?
「そ、それは……でも、だってっ!」
「プロデューサーさんも、ですか?」
「……っ!!」
声にならない声が漏れる。動揺している自分を自覚して、困惑。
どうして動揺する必要がある?
だって、アタシには、プロデューサーとの三年間の思い出が――――。
そこまで考えて、気付く。
――誕生日のことが、あんまり詳しく思い出せない。
他の出来事は、はっきりと覚えているのに。
プロデューサーに会ってから、三度誕生日を迎えたことは覚えている。
それを、祝って貰ったことも。
けれど……。
一度目の誕生日、プロデューサーは祝ってくれた。
――“18歳”のお誕生日おめでとう。
そう言われたような気もするし、言われてないような気もする。
いや、今のアタシの精神状態からすれば、言われた方に希望的観測を持ってしまっているだろう。
言われたと思う、ではなく。言われたと思いたい、みたいな。
全くあてにならない、記憶。
早く二十歳になりたいな、そう思ったことだけは覚えている。
二度目の誕生日も、プロデューサーは祝ってくれた。
――“19”歳の誕生日、おめでとう。
そんな言葉は記憶にない。言われてない、と思う。
早く二十歳になりたいと、そう思ったことは記憶にあるけれど。
三度目の誕生日。
――アタシにとって、人生で最も特別なはずの誕生日。
“二十歳”を迎えた、大事な約束の日……。
アタシは――――。
「ち、違う、こんなの……」
思わずアタシの口から否定の言葉が漏れる。
どんな言葉を掛けて貰えたかは思い出せないのに、“そこ”だけは明確に覚えていた。
出会って三度目の誕生日、アタシは――――早く二十歳になりたいな、そう考えていた。
「え? なにこれ……なんで……」
感情任せに口を開いてみても、続く言葉は何も思い浮かばない。
心の中のアタシは、変わらず自分が二十歳だと叫んでいた。
けれども、それを証明する根拠など何一つなくて。
冷静に、第三者の視点に立って、状況を考えてみれば――。
おかしいのは、紛れもなくアタシの方だった。
「疲れてるんですよ、きっと。この時期は特にうちもハードスケジュールですからね」
そんなアタシに、ちひろさんが声を掛ける。優しく、労わるように。
「実を言うとですね。去年のパーティでも――」
そこまで言って、少し躊躇うような素振りを見せてから。
「こんな言い方して、気分を害したらすみません。
……去年も、美嘉ちゃんみたいに変になっちゃった子達が居たんですよ」
申し訳無さそうに言ってから、ちひろさんは懐かしそうな顔をする。
「まるでそれぞれの中身が入れ換わっちゃったみたいに、一部の子達が違う子みたいに振舞ってたんです。
しかも本人達はそれをおかしいとは全く思ってなくて」
優しく語りかけるようなちひろさんの言葉が、アタシの心の中に染み込んでいく。
「でも……美嘉ちゃんも知っての通り、今はみんなちゃんと普通でしょう? だから、大丈夫ですよ」
「…………うん」
アタシは力なく頷く。もはや反論する気力も残っていなかった。
――なんかもう、疲れちゃったな。
「美嘉ちゃん、せっかくの可愛い顔が台無しですよ」
言われて、アタシは手に持ったままのスマホを顔の前に持ってくる。
設定時間を超えてオフになった真っ暗な画面に映ったアタシの顔。
「あはは、酷い顔だ」
思わず自嘲してしまう。プロデューサーに見られたら幻滅されちゃうかもしれない。
「そうだ、今日はこちらの部屋で休まれたらどうでしょう?」
「え? でも……」
「美嘉ちゃんも色々と疲れたでしょうし、今からパーティに戻るのも、って感じですしね」
そう言ってちひろさんは立ち上がり、備え付けのミニキッチンの方へ歩いて行く。
そうして、ややあってから戻ってきたちひろさんの手には、湯気が上る陶器のコップ。
「これ、美嘉ちゃんの為に入れたホットミルクです。ぐっすり眠れますよ」
差し出されたコップを受け取って、二度三度吐息で冷ます。
そして――、アタシはゆっくりと口に運ぶ。
温かいミルクがゆっくりと胃を満たしていく。
そんなアタシを、ちひろさんが無言で見守っていた。
「ご両親には私の方から連絡しておきますから、今日はここでゆっくり休んで下さい」
部屋のベッドに促され、ちひろさんが布団を掛けてくれる。
精神的にすっかり疲れ切って、アタシは黙って従うばかりだ。
「ありがとう、ちひろさん。それから、なんか色々とごめんね」
明日になったら、皆にも謝らないと。そんなことを思う。
「いえいえ。アイドルの子達のケアも、私の大事なお仕事ですから」
そう言ってちひろさんが優しく微笑んだ後。
「でも、そうですね。もしも美嘉ちゃんがお礼と謝罪がしたいというのなら――」
「ちゃんと休んで、“いつも通りの”美嘉ちゃんに戻ってくれたら、それで十分ですよ」
いつも通りのアタシ――それって一体どんな自分だろう。
アタシはそんなことを考える。
みんなが言う、17歳のJKアイドルとしてのアタシ?
それとも――――。
そこまで考えて、眠気がやってくる。
「――――おやすみなさい、美嘉ちゃん」
おやすみの言葉を返して、アタシは静かに眠りに就いた。
その、最後の瞬間……。
ちひろさんが、何かを呟いたような気がした。
「あなた達が、歳を取るなんてことある訳ないじゃないですか」
おわり
22:30│城ヶ崎美嘉