2015年01月27日
武内P「あなたのお名前を」芳乃「わたくしはー」
【モバマスSS】です
注意点
・モバマスアニメで芳乃の幻を見てる人が結構いたので思いついたネタ
・ほぼ地の文あり、長い、亡者とか出てくる
注意点
・モバマスアニメで芳乃の幻を見てる人が結構いたので思いついたネタ
・ほぼ地の文あり、長い、亡者とか出てくる
・芳乃が出るのは中盤以降
以上が許容出来る方は楽しんでいただければ、駄目でしたら閉じて頂いて
よろしくお願いします
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1422152910
山奥のとある小さな集落。そこの民宿の部屋の窓から夜空に浮かぶ大きな月を見上げてため息をついた
少女は、後ろに振り返りともに部屋に泊まる二人の人物を見る。
仁美「まさかこのこのご時世にテレビすらない所に泊まることになるってびっくりだねあやめっち」
あやめ「……っえ? あ、ああはい、えーと、スミマセン、なんですか?」
仁美「んもー、あやめっちなんだかさっきからピリピリしてるけどどうしたの?」
あやめと呼ばれた少女は先ほどから険しい表情を続けており、それは目の前の丹羽仁美と
部屋にいるもう一人の人物の行動を心配してのことであった。
あやめ「いえ、仁美殿と武内殿が見ているという女の子の幻の動きに誘われてここまで来ましたが」
あやめ「正直なことを言えば、あやめはすぐにでもここから立ち去るべきだとずっと考えておりまして」
あやめ「ここは、なんといいますか……土地の雰囲気や気の巡りといったものがおかしい気がするのです」
武内P「それは、自分も把握しています。ですが、どうしても」
あやめが不安がっている嫌な気配というものを同じく感じながらも、武内Pは視界の片隅でどこかへ
誘うかのように舞い続ける少女の幻に意識を向ける。
そもそも、岡山県での仕事を終えたはずのこの三人がこうして山奥の集落にまでやって来ているのも
その幻が視界に現れたことがきっかけなのである。
数日前から突然武内Pに見えるようになったその幻は、眠っているときですら二人になにかを
訴えるように舞い続けており、彼にはそれが声なき声で助けを求めているのだと思わずには
いられなかった。
それだけでなく昨日からは仁美にまでこの幻が見え始めたらしく、彼女もこの幻の訴える
雰囲気に突き動かされ、武内Pに「会いに行こう」と進言したのである。
しかし二人と違って幻などまったく見えていないあやめにとっては、理解し難い幻の誘いに
乗るよりも、病院に行って欲しいというのが本音であり、それでもこうして山奥にまで来てしまったのは、
二人の熱意に根負けしたからであった。
あやめ「分かっています。武内Pや仁美殿がそこまで気にしているのであれば、あやめは従います」
あやめ「ですが、あまりにも危険な場合は力づくでもここから連れ出すつもりですので」
あやめ「それだけは理解してください」
仁美「なんかあやめっちがずっと怖いんだけど武内プロデューサー」
武内P「自分達が突然幻が見えると言い始めた上に、その誘いに乗ってこんな山奥まで来てしまいましたから」
武内P「浜口さんにとっては心配の種でしかないのだと思います」
仁美「うーん、アタシもこの幻がどうしても気になってるわけだしなー。ごめんねあやめっち迷惑かけて」
あやめ「わかっているのなら早く目的を済ませてほしいです……」
その時3人のいる部屋のふすまが開き、この民宿の女将である老婆が食事を持って現れた。
女将「ごめんなさいねぇ遅くなって。まさかこんな時間に旅の方が来るなんて思ってなくて」
武内P「いえ。こんな夜中に泊まる場所を提供してくださるだけでも感謝しています」
女将「そりゃあんたらみたいな若いもんがこんな暗い時間に山道歩いてるの見たらねぇ」
この女将は幻に誘われるがまま山を歩いていた武内P達を最初に見つけた集落のモノであり、
泊まる場所の算段もつけていなかった彼らを、自らが経営する民宿に招き入れてくれた親切な
モノでもあった。
仁美「いやー実のところこんな山奥にまで来るとは思ってなかったから遭難したらどうしようかと」
女将「そういえば一体こんな山奥になにをしに? はっきり言ってこの辺りにはなにもないがねぇ」
仁美「えーっと、人探しになるかな」
女将「……人探し?」
武内P「ええ。申し遅れましたが、私こういう者です」
女将「なんだいこれ?」
差し出された名刺に書かれている内容を見た女将は一瞬驚愕と敵意の混じった表情を見せたが、
すぐに接客用の笑顔に戻る。
あやめ(いまのは……)
武内P(なにかありますね)
女将「はぁプロデューサー……っていうのは確か、かなり偉い方じゃったような」
女将「そんな方が美人さん二人も連れてこんな所に来るなんて訳ありということかね」
武内P「否定はしません。ですがこれ以上は機密に関わりますので……」
女将「はぁ……。まぁ、久しぶりの外の方だからあれこれ聞こうとは考えておりませんよ」
女将「ですが先程の人探しの件ならばお力になれるかもしれません。なんせこの小さい集落ですからの」
女将「特徴さえ分かればこちらで知り合いを当たればすぐに見つけれると思いますが」
仁美「えっホント!? おお、なんだか案外すんなり見つかりそうかも!」
素直に喜ぶのは仁美だけで、あとの二人は先ほどの女将から感じた敵意のためか、どうしても
良い方向に反応することが出来ない。
けれども小さい集落と言ってもまったく土地勘のない場所を闇雲に探しても幻と同じ少女が
見つかるとも思えず、武内Pは悩んでしまう。
武内P(この幻の女の子を早く見つけるなら地元の方に協力してもらうのが一番とは思います)
武内P(ですが先程のあの敵意。自分がプロデューサーということでなにか警戒されている可能性も?)
武内P(浜口さんも感じているここの嫌な気配といい、本当に協力してもらうべきなのでしょうか……)
そんないつものように首筋に手を回して考えこむ武内Pを見かねたのか、あやめが囁くように小さな
声で一つの提案をする。
あやめ「武内殿、ここは女将の方に幻の容姿を伝えるべきだと思います」
武内P「……理由はなんでしょう」
あやめ「先程一瞬敵意を見せてからのこの友好的な態度は正直怪しいとしか申せません」
あやめ「ですが、ここで女将の方の提案を断り闇雲に幻の人物を探して無駄に時間を浪費するのは」
あやめ「この土地から感じる雰囲気から考えるとあまり歓迎することは出来ません」
あやめ「ならばいっそ女将に協力してもらう形でなんらかの反応を探ったほうが得策と判断します」
武内P「なるほど……丹羽さん、少しいいですか?」
仁美「なにプロデューサー?」
あやめの提案を聞いた武内Pは、仁美の意見も判断材料にするために彼女を手招きで近くに呼び寄せる。
この間、ずっと笑顔をを浮かべて3人を見ている女将になにか不気味なものを感じながら。
武内P「女将さんに協力してもらおうと考えているのですが、丹羽さんとしてはどうでしょう?」
仁美「アタシはもちろん賛成だよ! 怖いあやめっちが少しでも早く見納めになるならそれに越したことはない!」
あやめ「あはは……ですが仁美殿、これはもしかしたら厄介なことになるやもしれません」
仁美「厄介なこと?」
あやめ「はい、そもそも前提としてお二人が幻を見ていることがすでにおかしいことなので」
あやめ「その幻に誘われて来たこの土地でなにも起こらないと考えるのが無理なわけでして」
あやめ「なにか起きた時、仁美殿にも危険が及ぶ可能性も……」
「そんな大げさな」そう言おうとした仁美であったが、あやめと武内Pの表情は真剣そのもので、
これが冗談でもなんでもないことを彼女はすぐさま受け入れた。それはずっと二人と付き合ってきた
仁美だからこそ出来た判断なのかもしれない。
仁美「分かった。でもなにか起きたとしても大丈夫だって。あやめっちと武内プロデューサーがいるし」
仁美「二人が慶次様並に頼りになることをアタシは知ってるから、だから心配しないで済むってね!」
心の底から信頼の笑顔を見せられた武内Pとあやめは、少し気恥ずかしそうな表情を見せる。
これで3人の意見もまとまったため、武内Pは女将に向き直ると今も自分の視界の片隅で見ている幻の
少女の容姿を女将に教えることにした。
武内P「おまたせして申し訳ありませんでした。私達が探している人物についてですが」
武内P「とても鮮やかな着物に頭にはリボンを乗せている、かなり幼い印象の女の子なのですが」
武内P「心当たりはありますか?」
その瞬間女将の顔から表情というものが失われ、その目はどろりと濁った気がした。
「知りませぬ」
あやめ「……では、ここに住む他の方たちに聞いて頂いても」
「他のモノも知りませぬ。ここにそのような娘はおりませぬ」
まるで人が変わったかのような……いや、放つ雰囲気の馴染み方から、恐らくはこちらの喋りと
態度がこの女将である老婆の素なのであろう。
冷たい言葉はそれ以上の一切の質問も反論も許さないという絶対の意思を含んでおり、武内Pも
あやめもそれ以上会話を続けることが出来ない。
ここまではっきりとした拒絶の対応が帰ってきたことが、武内Pと仁美が見ている幻の少女が
この集落にとってとても重要な存在であることの証明であるため、反応を探るという点では
これ以上ないくらいの成果ではある。
武内P(しかし、これは)
あやめ(まずいですね)
女将の雰囲気が変化したのに呼応して、集落自体がまるで3人を異物と認めたかのように
空気が重く冷たくなり、さらに女将以外からも見られているという感覚が付き纏い始めた。
仁美(なんか妙な感じが……)
その手の事に鋭いとはいえない仁美ですら気付くことの出来る感覚の濃さからして、
視線はどうやら集落中から集まっているらしく、武内Pはいつでも対応出来るように
警戒を強めながら女将に話しかける。
武内P「分かりました。ですが一応私達のほうでも確かめたいと思いますので」
武内P「明日集落を探索しても宜しいでしょうか?」
「明日……いいでしょう。ですが本日はもうお休みになられたほうがよろしいかと」
「食事も置いておきます故、どうぞ急がずに、ごゆっくりと」
「それでは、おやすみなさいませ……――」
女将が退出してからしばらくして、空気の重さに耐えれなくなった仁美が、なんとか
しようと残された料理を見てわざと大きな声で感想を言い出した。
仁美「ええーい! いつまでもくよくよしてらんない! とりあえずこの料理すごい美味しそう!」
そうして手をつけようとした途端、あやめがものすごい速さで仁美の前から料理を取り上げる。
仁美「ちょ、あやめっち!?」
あやめ「これは食べない方が良いと思います。恐らくは……」
部屋に飾られてあった観葉植物に料理の中にあった吸い物をかけてみると、恐ろしいことに
観葉植物は1分も経たない内に腐ってしまったではないか。
仁美「うえええ!? なにこれ、毒!? 今って戦国時代だっけ!?」
あやめ「やはりですか。武内殿、これは明日までここにいたら危険だと判断します」
武内P「ですが、幻を見せる女の子を見つけないことには……」
ここまで来た以上武内Pはどうしても女の子を見つけ出したいという気持ちがある一方、
巻き込む形になってしまった仁美とあやめの身の安全のために集落から出るべきだという
気持ちもあり、変化の少ない彼の表情にも珍しく焦りが感じられる。
その時ふと武内Pと仁美は、いつの間にか視界の片隅で見えていた少女の幻がいなくなっている
ことに気付く。
仁美「あれ? そういえばさっきからあの子が見えないような……」
武内P「まさか、こんな時に……?」
集落まで辿りつけたのも少女の幻の案内があったお陰で有り、その幻が見えなくなって
しまったのであれば、当の本人を見つけられる可能性はなくなるに等しい。
それどころかこのタイミングで見えなくなったということは、少女の幻はこの場所に武内P達を
呼び寄せるための罠だった可能性すら出てくるのだ。
あやめ「そんな、お二人の見ている幻だけが今の状況を打開出来る鍵だというのにそれが……?」
言いかけて、窓から外を見れる位置にいたあやめは気付く。
仁美「……あやめっち?」
あやめ「武内殿、仁美殿。お二人の見ていた子というのは、鮮やかな着物に頭にリボンでしたか」
窓の外を驚いた顔で見るあやめは、二人にも分かるように自分の見ているものを指さす。武内Pと
仁美は釣られるように窓の外を見て、同じく驚愕の表情を見せた。
なぜなら、そこにいたのだ。武内Pと仁美が見ていた少女の幻が、3人を誘うように空中に。
仁美「あ、あれ、アタシ見間違えてないよね、あやめっちにも見えてるんだよね?」
あやめ「はい、くっきりと。ですがあの気配の薄さからして、あそこで見えているのも幻でしょうが」
仁美「でもなんで今更あやめっちにも見えるように? しかももう隅っこに映ってないし……」
武内P「恐らくもう猶予がないのかもしれません。思い返せば女将さんの態度が豹変した時から」
武内P「あの子は視界の端から消えていたような気がします」
あやめ「それはつまり、急いで本物のあの子を見つけてないといけない事態が差し迫っていると――」
刹那、おぞましい気配の接近を感じ取ったあやめは咄嗟に窓を開き、同じく気配を感じた武内Pが
仁美を抱えて飛び出るのを確認してから自分も2階から飛び降りる。
数秒後、あやめ達のいた部屋に青白い肌をした者達が床からすり抜けて現れたではないか!
仁美「な、なに、何が起きたの!?」
あやめ「本当に歓迎されていませんね……ここまで襲撃が早いとは」
仁美「襲撃!? え、一体なにが……」
武内Pに抱き抱えられたまま後ろを振り返った仁美は、民宿の壁から染み出すように現れてくる
青白い肌の者達を見て絶句する。
よく見ると生気を感じられない肌だけでなく、その顔は目と鼻と口があるべき場所にただぽっかりと
黒い空洞が開いているだけであり、脚のあるべき部分は霞がかって何も見えない。
それら全ての要素が3人を襲ってくるモノ達が人ではないことを表していた。
仁美「なんなのー!?」
武内P「この気配にあの性質、亡者の類でしょうか」
あやめ「恐らくは。珠美殿が見たら泣いてしまいそうですね、あれは」
走りながら襲ってくるモノがなにかを冷静に分析しつつ、武内Pとあやめは自分達をどこかに
案内しようと先を進む少女の幻も見る。
目指す場所は集落の外れにあるらしく、林の中を突き進みだした時などは一瞬躊躇いもあったが、
後ろから段々と数を増やして追いかけてくる亡者の群れのことを考えると迷っている暇もなかった。
幸いというべきか、今日の月は異様に大きく見えており、その分光も十分あるため林の中でなにかに
躓いてしまうという事態は避けつつ進むことが出来た。
あやめ「そういえば、月ってここまで大きく見えましたか?」
武内P「いいえ。この月も恐らくこの集落の異常と関係しているのかもしれません」
仁美「なんでもいいからとにかく逃げてー!」
そのうち、林の先にいかにも何かありそうな神社が見え始ると、少女の幻は役目を終えたとばかりに
その姿を霧散させた。
仁美「あそこ、あの神社がゴールみたい! ……って!?」
喜びもつかの間、今度は鳥居の前に亡者の群れが出現し、しかもその数は後ろから追ってくる亡者の
数とほぼ同じではないか!
武内P「このままでは挟まれる……!」
仁美を抱き抱えたまま走り続けていた武内Pは、どのようにしてここを突破するかを思案し始める。
しかしそれよりも早くなにかに気づいたあやめは、武内Pの後ろに並ぶとなんといきなり彼を
持ち上げたのである。
仁美「へ……」
武内P「なっ」
あやめ「お二人共! できるだけ早くことを済ませてきてくださいね! ――ニンッ!」
なにをするのか、そう二人が聞く前に鬼気迫る表情であやめは仁美を抱えたままの武内Pを
前方へと放り投げた!
その勢いは凄まじく、武内Pは無事亡者の群れの上を飛び越え鳥居を通過しそのまま境内へと
侵入出来たのだった。
あやめ「よし! やはり身体は鍛えておくものですね! ニンッ!」
「……なんと……なんということを」
あまりの出来事に武内P以上に表情の分かりづらい亡者たちですら動揺しているのが見て取れる。
だが、鳥居側に新たに現れた亡者の一喝が、その混乱を沈める。
「ざわめくな! これしきのことではなにも変わらん!」
あやめ「あなたは……」
それは顔と脚の特徴が他の亡者と同じなため分かりづらいが、服装から民宿の女将だった
亡者だと気付いたあやめは、少しだけ悲しそうな顔で呼びかける。
あやめ「教えてください。なぜこの集落はこのようなことに? なぜ……」
「簡単なこと。我らは死に消えてなくなるのが恐ろしかった。忘れ去られてしまうのが嫌だった」
「故にあの力ある娘を依代としてここに祀り閉じ込めたのだ。永遠に存在するために!」
あやめ「その結果がその姿ですか。なんとも酷いお話ですね」
「ふん、もはや今の時代、いつ消え去ってもおかしくない忍びなら理解出来ると思うのだがね」
「それとも、我らの仲間になるためにあの二人を神社に逃したか? 殊勝だねえ」
気づけば、前も後ろも横も亡者に囲まれたあやめは、しかし余裕のある笑みを浮かべて
女将であった亡者を睨みつける。
あやめ「亡者になるつもりなどありません。わたくしはあのお二人を信じております」
あやめ「それにあやめはただの忍びではありません……あやめは――」
「ほざけ! かかれぇー!」
女将であった亡者の号令で亡者たちが一斉に襲いかかる!
だが決断的な表情であやめは隠し持っていた手裏剣を手に取り、技の予備動作を開始しながら叫ぶ。
あやめ「忍ドルです! ニンッ!」
そして、あやめは恐ろしき亡者達を相手に時間稼ぎの戦闘を開始するのだった。
――同じ頃、神社の境内へ放り投げられた武内Pは、空中でバランスと勢いの調整をしながら
仁美を落とさないように地面に着地していた。
仁美「あやめっちーっ!」
武内Pから降りた仁美は、すぐさま鳥居のほうに向かって走りだそうとするも、その肩を
掴まれて止められてしまう。
仁美「離して武内プロデューサー! あやめっちが! あやめっちが……!」
武内P「落ち着いてください丹羽さん。今あなたがあそこへ行ってもなにも出来ません」
厳しいようではあるが武内Pの言葉は真実であり、鳥居の向こう側で開始された戦闘は
離れた位置からでも亡者たちが吹き飛び弾け飛ぶのが確認出来るため、仁美があやめを
助けに行ったところで足手まといになるのは確実だった。
仁美「……あやめっち、なんで……」
武内P「どうやら亡者たちは鳥居から先の境内へは簡単に入れないようです。それに気付いた浜口さんは」
武内P「自分と丹羽さんを先に神社の中に入れて、自らは亡者たちがすぐにこちらに来れないようにする」
武内P「時間稼ぎのための囮になったのでしょう」
仁美「なったのでしょう……って、武内プロデューサーはそれで……!」
涙目で武内Pを見た仁美は、彼の顔がその表情だけで気の弱い人間なら気絶してしまいそうなほど
恐ろしく険しくなっていることに気づき、それ以上の言葉は飲み込んだ。
武内P「行きましょう、幻を見せてまで自分達を呼んだ子がいるとすればこの先の本殿です」
武内P「今こうして時間稼ぎをしてくれている浜口さんのためにも、急いで会わなければなりません」
仁美「うん、行こう!」
さすがに亡者たちをこの世に留めておくだけの力を発揮している神社の本殿ともなれば、別格の
雰囲気を纏っており、周りの空気にすら肌を痺れさすような微弱なエネルギーが混じる。
武内P「開けます」
本殿の扉を注意深く観察し、危険はないと判断した武内Pは鍵のかかった扉を腕力で強引にこじ開けた。
??「……どなたでしてー」
仁美「この子が……」
武内P「……」
本殿の中にいたのは、まさしく武内Pと仁美が見ていた幻と同じ少女。
さらにその周りには少女を封じ込めるために描かれたと思われるいくつかの謎の絵と、
多くの札や紐などの道具がかなりの規則性を持って並べられ結界を形成していた。
??「むー? もしやそなた達でしたかー。わたくしを探しているのはー」
武内P「はい、あなたの幻に呼ばれて来ました」
仁美「なんでこんな所に閉じ込められてたの?」
専門的な知識など持たない者でも、ここがどれだけ異様な場所であるかは少女の周りにあるものを
見れば一目瞭然であり、だからこそ拘束などされていない少女が逃げ出していないことが
仁美には理解出来なかった。
??「困っている人には力を貸しなさいとのばばさまのお言葉を守っているためでしてー」
仁美「困っている人って……この集落の人たちは!」
??「わかっておりますー。ですがー、わたくしは喚ばれてすぐにここで力の依り代にされましてー」
??「もはや自分では歩くこともー」
自分の身のことを語っているはずなのに、どこか他人ごとのようなのは、少女に施された術のせいか。
仁美「酷い……」
??「そなたは優しいのでしてー。ところでー、わたくしがそなた達を呼んだとのことですがー」
??「わたくしはそのようなことをした覚えがなくー、故にもう帰られるほうがよろしいのでしてー」
少女のその言葉に武内Pと仁美は顔を見合す。呼んだ覚えがないというのなら、自分達が見たあの
幻はなんだったというのか。
ここで武内Pは少女の目の前にある一際大きい札に「依代」と書かれている不自然さが気になった。
その札にはあと2つほど文字が入る空白があり、もしやと思い彼は少女に名を尋ねる。
武内P「ところで、あなたのお名前を伺っても?」
??「わたくしはー……わたくしはー? ……名は依代……でしてー……」
武内P「やはりそういうことですか」
仁美「え、えっとどういうこと?」
武内P「この子は名前を奪われその上に偽りの名を与えられています。そのために己自身を正しく認識できず」
武内P「自らの強い力をなにかのためのエネルギー源にされているようです」
武内P「そして自分達の見たあの幻は、この子の奪われた名前が形を持って彷徨っていたものでしょう」
道具を壊さないようにしつつ少女の周りを一周した武内Pは、結界を壊して助けることは不可能だと判断する。
外から道具を壊したりするなど無理やりな介入をすれば力が暴走して少女が廃人になることも
考えられたからである。
仁美「武内プロデューサー、どうするの? このままじゃあやめっちがまずいよ!」
武内P「名前を思い出してもらいましょう」
仁美「名前?」
武内P「はい、名前には大きな力があります。この子はそれを奪われてここに縛られている」
武内P「ならば自らの名前を思い出しさえすれば、あとはこの子自身の力で抜けることが出来るはずです」
実際の所これはほとんど賭けに近い推論であり、そしてそんなものに頼らざるをえないほど、
状況は極めて不利であった。
??「ですからわたくしの名はー……依代……」
仁美「違う! 思い出して、本当の名前を!」
武内P(元から完全に違う名前にしてしまうと力は失われてしまう)
武内P(だとするなら依代の字のうちどちらかがこの子の本当の名前に使われているはずですが)
武内P(やはり厳しい物が……いえ、諦めていては浜口さんも助けられない)
今も自分達を信じて亡者たちを足止めしてくれているあやめのことを考えると、ここで迷っている
暇などあるわけがなく、そして判断が遅れれば遅れるほどに目の前を少女も助けることが
出来ない。そう思った時武内Pの身体は自然と札と紐で作られた結界の中へと進んでいた。
??「……!?」
仁美「武内プロデューサー!?」
集落一つに影響を及ぼすエネルギーの大本だけあって、結界の中に足を踏み入れた途端
武内Pの身体からはなにか爆ぜるような音が聞こえ始める。
??「そなたーなにをしているのでしてー……? はやくお出になりなさいー」
武内P「一つ、質問してもいいですか?」
とうとう「依代」と書かれた札の前で屈みこんだ武内Pは、目の前の少女と目線を合わせながら
静かに問いかける。
武内P「あなたは困っている人には力を貸しなさいというお祖母様の言いつけを守っていると言いました」
武内P「それはきっとあなたが本当にやりたいことだったのでしょう」
武内P「ですが今あなたは本当に困っている人を助けていますか?」
??「なに……を……」
バンッ!と大きく爆ぜる音とともに、武内Pの背中から血が流れ始める。先程からの
音は彼の身体にある古傷が結界の中の力に耐えられず裂けている音なのだ。
仁美「武内プロデューサー!」
武内P「大丈夫です……もう一度聞きます、あなたは本当に困っている人を助けていますか?」
武内P「今のあなたはここに縛られ、もはや人でなくなったモノたちに利用されているだけに思えます」
??「いいえー……わた、わたくしはー……」
再び爆ぜる音が聞こえ、結界の中には武内Pの血が溜まり始める。結界を形成している札や紐は
不思議な力でその血に染まることはないが、床に溜まっていく血の量は段々と無視できない量に
なっていく。
それでも武内Pは表情一つ変えずに少女と向き合い続ける。
武内P「思い出してください、あなたが本当に出来ることを」
武内P「それはきっと、ここでずっと座っていることではなく、もっと多くの人を笑顔に出来ることです」
??「わたくしがー……人を笑顔へとー……」
武内P「はい、あなたならきっと――ぐっ!」
仁美「プロデューサー! もう限界だって、早く出て!」
流れでた血は結界の外にいる仁美の元にたどり着くまでの量になっており、いくら丈夫な武内Pで
あってもこれ以上は命が危険である。それを分かった仁美は武内Pを結界の外に連れだそうとするが、
彼女の力では結界内のエネルギーに弾かれ腕を入れることすら出来ない。
??「ああそなたー……はやく出るのでしてー、このままではー……」
武内P「まだです、いま自分は困っています。目の前の女の子の名前を思い出させてあげられないことに」
??「……!」
武内P「それに外では自分を助けようと困っている子と、恐ろしい亡者と戦って困っている子もいます」
仁美「武内プロデューサー……」
??「あ……ああ……」
武内P「本当のあなたなら助けられるはずです。それとも、一生このまま人でないモノの道具でいるのですか」
??「それはー……違ってー……あう……う……」
仁美と武内Pは少女の目の前にある「依代」の札になにかが戻り初めて震えているのに気付く。
このタイミングだ、ここしかない!
武内P「違うというのなら教えてください、あなたのお名前を」
仁美「本当の、素敵な名前を!」
??「う……あ、わ、わたくし……わたくしはー……依し……」
武内P「取り戻してください、本当のあなたを!」
??「ああ……あああ……わたくしー……わたくしはー!」
??「……依田は……芳乃でしてー!!」
その瞬間、「依代」の札が空中に浮きその文字が入れ替わり、そして辺りは光りに包まれた。
「――……ハァ……ハァ……なに?」
何をしてもしばらくすれば復活する亡者達を相手に、もはや倒した数を数えることすらやめていたあやめは、
何十体目かの亡霊を霧散させながら神社から昇るその光を見た。
「ばかな! あの娘が取り戻したというのか、名前を!」
「ありえない! 儀式と術式は完璧だったはず!」
「終わるのか……我らが……!」
あやめ「そうですか……さすがは武内殿、仁美殿……」
神社からの光は空に浮かぶ異様に大きな月を貫き、それを持って集落を包み込んでいた夜の帳が
消えていく。信じられないことに、集落を含んだ地域だけの空間がずっと夜で固定されていたらしく、
偽りの月が消えた空は澄み渡る青色が見え始めていた。
「あ……青い空なんていやだ……」
「そんな……こんな……」
空が明るくなるにつれて、あやめが対峙していた亡者たちの姿も消えていく。正しい時間の流れに
呑まれるように。
「そうか、まさか依代が名を取り戻すとはねえ」
そんな中、民宿の女将であった亡者だけは最後までしぶとく残り続ける。あやめは向こうがまだ
戦闘する気なのかと構えを解かずに警戒するが、その亡者から感じる気配はすでに淀みのない
澄んだものであった。
「恐ろしい男だねぇ貴様のプロデューサーというのは、忍びの貴様に依代のあの娘」
「一体なんのためにそれだけの力を集めるのか、最後に教えてくれないかね」
どうやら武内Pのことを誤解している女将に、あやめは笑みを浮かべて答える。
あやめ「あの方は力を集めているのではありません。アイドルを育てているだけです」
あやめ「笑顔が重要らしいのですが、あやめにはまだ良くわかりません。まだまだ修行不足ですので」
「ハハハッ! なんだいそりゃ! そうかいアイドルかい、永遠に生きることよりもいいことなのかね」
あやめ「勿論です!」
女将「そうかい……あぁ……そいつは――」
なにかに納得した女将は、そのまま素直に空気の中に溶けて消えていった。それを見送ったあやめは、
限界が近かったのを今思い出したかのように地面に座り込む。
あやめ「……そういえば、忍びではなく忍ドルと訂正するの忘れてました……不覚」
仁美「――あやめっちー!」
自分を呼ぶ声が聞こえたため、首だけ動かして声の方向を見たあやめは、神社から帰ってくる
武内P達の姿を見て安堵の表情を見せる。
そして彼の背中で眠る女の子の姿を見て、きっと彼女が新しいアイドル仲間になるのだろうという
確信を胸に、静かに意識を眠りに沈めていくのだった。
――――後日
武内P「大変遅くなりましたが今回のスカウト経緯報告書です」
ちひろ「はいたしかに。しかし今回もまたすごい子をスカウトしてきましたね」
武内P「自分一人ではスカウト出来なかった可能性が高いことも考えると、今回は本当に運がよかったです」
ちひろ「特に仁美ちゃんがいなかったら帰ってこれなかったかもしれませんからね」
武内P「自分もまさか浜口さんと合流した時点で気絶するとは思っていませんでした」
ちひろ(常人なら命がなかった量の血を流して気絶で済むのがすごいんですけどねぇ)
武内P「浜口さんもボロボロの状態で眠っていましたし、丹羽さんには本当に感謝しています」
仁美「おっと、だったら今度ちょっと高めの戦国グッズ買ってもらうかなー?」
ちひろ「あら仁美ちゃんおはようございます」
武内P「おはようございます。今日はお休みだったと思いますが……?」
仁美「休みだからどこにいてもいいでしょ! まったく、あの時皆を連れて帰るのホント大変だったからね」
仁美「プロディーサーもあやめっちも芳乃っちもなかなか起きないから心配で泣きそうだったんだから」
あやめ「本当に申し訳ありませんでした仁美殿。次同じことがあれば最後に眠らないよう鍛えておきますので」
あやめ「今回は許してください! ニンッ!」
仁美(あんなことまた起きたらたまったもんじゃないけどねっ!)
ちひろ「あらあやめちゃんまで、おはようございます。どうしたんですか一体?」
あやめ「おはようございます。実はですね、芳乃殿の初の専用衣装が出来たと聞きまして」
あやめ「それをひと目でも早く見たいなと思い来たというわけです」
武内P「そういうことですか。ならとても良いタイミングで――」
芳乃「おまたせいたしましてー……むー? 人が増えているようなのでしてー」
あやめ「おお、噂をすれば」
芳乃「お二方共ーおはようございますー。わざわざ見に来てくださったのでー?」
仁美「そうとも! しかし芳乃っちによく似合うなんだか神秘的な衣装になったね」
芳乃「はいーわたくしも気に入っておりますー。でもそなたー、このお服は似合いますー?」
芳乃「ねーねー、聞いてましてー?」
あやめ(かわいい)
仁美(かわいい)
ちひろ(かわいい)
武内P「とても良く似合っていると思います」
芳乃「そうですかー。……ねーそなた様ー」
武内P「なんでしょう」
芳乃「わたくしアイドルになれてとても良かったのでしてー」
芳乃「これからもそなた様とわたくしとみなとで幸せになりましょうー」
武内P「ええ、これからもよろしくお願いします」
〈終〉
17:30│依田芳乃