2014年01月15日
律子「オトメリツコ」
不定期更新、上を読んでいなくても問題ない内容です。たぶん。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1387452358
――12月19日
「さささ寒かったぞー!」
「お疲れさま!はい」
先ほど買っておいた缶コーヒーを手渡す。
「うあ、ありがとー!」
「貴音もはい、お疲れ」
「ありがとうございます」
「ささ、入った入った」
「うあー、あったかいぞー!」
暖房をつけておいたロケバスの後部ドアを開け、二人を中に入れる。
「さーて、じゃあ私はスタッフの方と話してくるからちょっと待っててね。あ、その間にちゃんと着替えて置いて。衣装を返し次第すぐ駅に向かうから」
「わかりました」
「りょうかーい!」
返事を聞いてから窓にスモークの貼られたドアを閉める。
「さってと……」
あとは掲載予定の最終確認、アイドルたちの評価確認、次に繋がるあいさつ……かな?
しっかり仕事をしたアイドルのためにも絞めをきっちりしないとね。
おっと、申し遅れました。
私の名前は秋月律子。
芸能事務所765プロダクションのプロデューサーをやってます。
プロデューサー歴は……。
……約半年。
――――――――――
――――――――
――――――
「あれは真に美味でした。『くえ』なる魚があれほど美味だとは……」
「へぇー」
「自分も今日知ったんだけど、沖縄にもいるらしいぞ。たぶんミーバイの中に入ってるんだろうけど」
「みーばい?」
「こっちではハタって呼ばれてる種類の魚を沖縄では全部ひっくるめて『ミーバイ』って言うんだ。で、その中でも貴重な種類が今回食べたクエ……おいしかったなー」
「うらやましいわね」
「残ってたら律子も食べれたかもしんないのにね。ほら、スタッフがおいしくいただきましたってやつで」
「……まあ」
窓際の貴音を見ると実に満足そうな顔をしている。
「残るはずがないとは思ってたけどね」
「真、美味でした。特にあの歯ごたえがこう……」
貴音のグルメレポートの続きに生返事をしながらスケジュール帳を開く。
この後は東京に帰り着くのが大体4時、それから……
「響、この後の予定は?」
「6時からボーカルレッスン、終了予定は8時」
「よろしい」
できるだけアイドルたちには自分のスケジュールを自分で把握させるためこうしてことあるごとに確認するようにしている。
特に忙しくなってくれば来るほど自分でスケジュールを把握して動くことが大切になる。
これは私がアイドルをやっていたことから得た教訓の一つだ。
そろそろ高校生以上のアイドルにはシステム手帳を買ってあげて自分でスケジュール管理させることを本格的に提案しようかと思っている。
「律子はグルメレポートとかはしたことなかったの?」
「あるわよ」
「へぇー、なに食べたんだ?」
「……イナゴの佃煮とか」
「ほう、それは興味深いですね」
「うへー……だいじょうぶだったのか?」
「まあ……味は悪くなかったけど」
「ふむ……響、今度……」
「自分は食べないぞ!」
「響、新幹線では静かにする」
現在アイドルたちの仕事は地方のロケや取材の仕事が多い。
そのため自然と新幹線での移動が多くなる。
本や資料を読んだりアイドルたちの様子を聞いたりなど、することはあるにはあるのだが、事務所のデスクワークや他の現場での仕事にこの時間を当てられたらなーという思いは常にある。
……そう考えると私がアイドルをやっていた去年の一年間で大きな仕事をいくつかできるようになったのは本当に運がよかったんだと思う。
運もあるし、なによりも――
「りつこー?」
「あ……な、なに?」
「やっぱり聞いてなかったさー」
「ああごめんごめん」
「律子嬢は『くりすます』の予定はあるのですか?」
「あー……そういえばもうクリスマスねー……」
「プロデューサーとかと」
「なっ……!?」
ぼんやりとプロデューサーのことを考えていたせいか思わず大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえる。
「……なんでプロデューサーが関係あるのかしら?」
「うひひ、べっつにー。なんとなくだけど」
「……クリスマスは仕事です。予定はありません」
事前に把握しているスケジュールでは会議・打ち合わせ等の予定は入っていないが……そう、おそらく仕事だろう。
「なーんだ。面白い話が聞けると思ったのになー」
響は頭の後ろに手を組んだままけらけらと笑っている。
……まったく。
私が正式にアイドルを引退したのが今年の3月、そして改めて正社員として765プロに就職したのが4月。
その後、私はアイドル時代の経験を生かし敏腕プロデューサーとして日々辣腕を振るっている。
……といけばよかったのだが、今現在私は自他ともに認める半熟プロデューサーだ。
まあ当然と言えば当然である。
アイドル時代から事務仕事を手伝ったりはしていたが、会社の外でのプロデュース業はすべてプロデューサーに任せていた。
企画の立ち上げからスケジュール調整、営業をし仕事を取り、アイドルをいかに売り込むかなどなど。
小鳥さんや社長と分担しているとはいえ、今までそのすべてをプロデューサー一人で回していたのだ。
驚いたと同時に、呆れた。
尊敬の念を覚えたと同時に、心配にもなった。
そして、やっぱり私がプロデューサーになったのは正しかったと思った。
そして一日でも早くその負担を軽くできるように私もがんばっている。
がんばってはいるのだが、一度に覚えられる仕事には限界もあり、もともと私は器用な方ではなく失敗を繰り返して上手くなっていくタイプだと思われ……。
……うん。
ということで、もう今年も終わろうとしているが、私の主な仕事はアイドルの仕事の付き添いや現場監督、レッスンの指導などがメインである。
スケジュールは重要なものは事前に聞いたりするが、あとは週初めのミーティングで確認することになっている。
だから正式には25日の予定は今のところはわからない。
しかし、特に何も言われていないことから考えるといつも通りの仕事なのだろう。
「……はぁ」
「律子嬢?どうかしましたか?」
「え? ……ああ、なんでもないわ」
そう、クリスマスは仕事、特別な予定はない。
ええ、ないですとも。
とりあえず今日は以上。
――12月20日
「25日?」
「そう!どうなったの!?」
「あー……たぶん大丈夫、だと」
「やったぁーい!」
「最後まで聞け」
「さっすが兄ちゃん!できる男ですなあ!」
後部座席からの嬌声。
本当にこいつらのこの声量はどこから出てくるのか。ボーカルレッスンと関係あるのだろうか。
ともかく狭い車内では頭に響くことこの上ない。
「たぶんだからな。決定ではないぞ」
「えー!?」
「調整中だ。100%大丈夫とは言えん」
「でももうすぐだよ!?」
「だからな……」
何回も言ったことをもう一度言う。
「スケジュールは結構先まで埋まってるんだよ。それを一週間やそこらで簡単に調整できるわけないだろ……しかも全員分」
「えー、でも真美たちそんなに売れてないじゃん!」
「自分で言うな」
まあなんの話をしているのかというと、25日……クリスマスの日に夜だけでいいから全員のスケジュールを開けてくれと頼まれたのだ。
普通であれば一蹴するところだが、
「そんな……」
「プレゼントもこの前亜美と選びに行ったのにー……」
ルームミラー越しの双子の表情が寂しげになる。
「……なんとかするから待ってろ」
雪歩の誕生会をみんなでやりたい、という理由なので動いてみるしかなかった。
その話だって2週間前に春香が代表して言いに来た。
まあ彼女たちは彼女たちなりにしっかり『事前に』言いに来たのだろう。
ただ仕事の上では2週間後のスケジュールをいじるのはなかなか簡単には行かない。
十人以上となればなおさらだ。
ただ理由が理由なので、無下に断るわけにもいかず。
「……ぬひひ、これできっと大丈夫ですな」
「……兄ちゃんは乙女の涙に弱いですからな」
「泣いてないだろ」
「うあ、聞かれてたっぽい!」
とはいいつつ、確定ではないなりにほとんど調整はついている。
25日は仕事が入っているには入っているが、ほとんどが夕方まで。
夜に予定が入っていたのは4人。春香、美希、千早、あずささん。
あずささん、春香は確定させていた訳ではなかったため調整は容易だった。
千早のレコーディングは夕方から一応夜まで時間を取っているが終了次第上がりなので、千早なら問題なく早く上がれるはずだ。
美希も……まあ本気を出せば前日で終わる収録の予備日として組まれているのでたぶん問題なし、といったところだった。
ちなみに現在頭一つ抜けて売れているのは美希で、先日めでたくBランクになった。
他はDランク以下に団子状態、今度のCDデビューで千早が、グラビアで火がつけばあずささんが抜けだす候補と言ったところである。
「ところで兄ちゃんは予定はないの?」
後ろから亜美が身を乗り出してきた。
「ちゃんと座ってろ。25日か?」
「うん、クリスマス」
「……業務かな」
「うわー、さみしー大人だねー」
子供特有のオブラートに包まない言葉が刺さる。
しかしそこは大人の余裕。
「まったくだな。というか雪歩の誕生会には俺は呼んでくれないのか?」
「えー?だって兄ちゃんは……」
といったところで言葉が止まる。
「……?」
「……呼ばなーい」
若干ショック。
「まあまあ、兄ちゃんくんはちゃんと自分で予定を作りなさい」
「へいへい」
クリスマス、ね……。
こうして車で走っているだけでも夜の街並みは普段より明るい。
駅前はイルミネーションで彩られ、コンビニや雑貨店はクリスマスレッドで賑わっている。
去年は……どうしてたっけな。
……そうか、ライブをやっていた。
当時の担当アイドル、今はもう引退したAランクアイドルの。
……。
失礼、自己紹介が遅れました。
芸能事務所765プロダクションでプロデューサーをやってます、クリスマスの予定のないPです。どうぞよろしく。
今回は以上。
いちおうトリつけました。
>>21,22
お前らの愛情ワロタwwwwww
続き投下
――12月21日
「はい、お待たせ。千早は砂糖とミルクいらないのよね?」
「ええ、ありがとう」
2つのコーヒーの乗ったトレイを小さなテーブルに置く。
コートを背もたれにかけ、バッグを足元に置いて席に着く。
「……曲を聞いててもいいかしら?」
「もちろん」
返事をすると千早はバッグからポータブルオーディオプレーヤーを取り出した。
今度のレコーディング曲が入っているのだろう。
「……どう?イメージは?」
自分のカップにミルクを淹れながら聞いてみる。
ただ、返事は予想出来ていた。
『問題ないわ』
と言いながら、軽く髪をかき上げてイヤホンを耳に――
「……律子は、初めてのレコーディングはどうだったの?」
と思っていたら、予想は外れた。
カップをかき混ぜていた手を止め千早を見る。
「初めての曲?」
「そう」
じっとこちらを見ている。
「……」
デビュー曲か。あの時は――
「……流されるままやってた、って印象かしらね。今考えると」
正直アイドル時代はすべてが目まぐるしく、環境の変化について行くのが精一杯だった。
忙しい忙しい、大変だ大変だと言いながらプロデューサーの言うことを聞き、仕事をこなしていった。
もちろんその時その時できる限りの努力をした、という自負はある。
ただ長い目で自分のアイドルとしての理想像や仕事に対してのこだわりと言ったものは考えている暇がなかった。
……と今なら言えるかもしれない。
「まああんまり緊張はしなかった……かな?」
「……そう」
千早は左手に持ったイヤホンをいじりながら目の前のコーヒーに視線を落としていた。
「不安?」
「……それほどでもないけど」
千早の視線は動かない。
何も言わずに少し待つ。
「……ううん、やっぱり不安なのかもしれないわね。今度のCDが売れるかどうか、結構重要だと思うもの」
まあそうだろう。
今までの千早はレッスンや営業、小規模な取材などをコツコツこなしてきた。
その下積みを経て今回CDを出すことになり思い入れもあるだろう。
それに。
「……今度ははっきり、数字が出るのよね?」
千早は頭がいい。
きちんと先を見ている。
……だからこそ不安にもなるのだろう。
あと頭でっかちなところは、少し自分に似ているとも思う。
だから。
「……大丈夫よ、あなたは売れるから」
千早が顔を上げた。視線がぶつかる。
「……」
千早は頭がいい。
だから、私の考えも読み取ってくれるはずだ。
不安に思うこと、だから練習をがんばること、それでも不安だから言葉がほしいこと。
それを自分の弱さだと思うこと。それでも。
『心配するな。お前は売れるから』
ふっと千早の表情が緩んだ。
「……そうね」
……やっぱりこの子、私に似てるかもね。
「それに、さっさとレコーディングをこなさないと萩原さんの誕生会に間に合わなくなってしまうし」
「そう。 ……って、誕生会?」
「ええ。レコーディングが終わり次第向かうことになってるの」
「誕生日っていうと……クリスマスよね?みんなのスケジュールは……」
「春香が頼んだみたい。プロデューサーが調整してくれたって」
「そうなの……」
知らなかった。
「律子は誘われてないの?」
「聞いてないわね」
「聞いて……いえ、そっちじゃなくて」
そっち?
「……クリスマスだし、ほら」
と言いかけたところで言葉が止まった。
「?」
「……いえ、なんでもないわ」
そう言ってイヤホンをつけ、目を閉じてしまった。
誕生会か。
プロデューサーも大変、と思いながらカップを持ち上げた。
……ん? ということは……。
クリスマスの夜はみんな空いてるってこと?
アイドルたちは誕生会、私は今のところ誘われてない。
プロデューサーは――
……。
はっ!?
意識が……あまりよろしくないほうに……。
一つ咳払いをして、もう聞こえてないかもしれないが一応言っておく。
「……レコーディング、がんばりなさいよ」
両耳にイヤホンをつけている千早からは、返事はなかった。
今回は以上。日付通りに更新できるようがんばる
―――12月25日
「はぁ……」
ため息は私一人しかいない事務所に吸い込まれていく。
現在時刻は午後7時を回ったところ。
クリスマスの夜に、私は一人で残務処理をしているのだった。
クリスマスといっても私の一日はいつも通りだった。
お昼前に出勤し、デスクワーク、その後千早のレコーディングに同伴。
千早は3テイクでレコーディングを決めて見せた。
『萩原さんの誕生会があるから』
そんなことを言っていたが仕上がりは文句なしだった。
私も担当の方と少し話をしたが、初撮りの1テイク目がベストだということでそれでいくことに決めた。
千早を送り事務所に戻ってきたのが6時ごろ。
誕生会は7時からと言っていたので千早は問題なく間に合っただろう。
ちなみに小鳥さんも定時で上がっていった。
『今日って平日ですよね?』
最後の言葉が妙に印象に残っている。
プロデューサーは朝から営業回りだった。
なので今日は一度も顔を合わせていない。
ボードに目をやると
『営業→直帰(予定)』
と雑な字で書かれている。
「……ふぅ」
まあ、いいんだけどね。
残った仕事もあと30分もあれば終わる。
8時になれば締めても問題ないはずだし、早いとこ帰ろう。
「おー、まだいたか」
「」
階段を上がってくる足音に全く気付かなかった。
「あ、お、お疲れ様です」
「ああ」
直帰(予定)じゃなかったんですか、と聞く前にプロデューサーが口を開いた。
「千早のレコーディングどうだった?」
ソファーにどっかりと身を沈めたまま言う。
「あ、はい。全然問題なかったですね。納得の出来です」
「そうか」
「一発撮りでも良かったくらいですね。3テイク撮ったんですけど結局1テイク目でいきましたし」
「はは、千早っぽいなあ」
「まったくです」
「ところで、この後時間あるか?」
「……はい?」
落ち着け秋月律子。
ビークール。
「まあ、今日ってクリスマスだろ?」
「ああ、そうですね」
「せっかくだから、どっか行かないか?」
「そうですね」
正直に言おう。
口は勝手に動いていたが、思考はまとまっていなかった。
え、冗談?
いやいや冗談にしてはたちが悪すぎるって言うか、私もう諦めてたんですけど今日はこのままいつも通り家に帰っていつも通りの夕飯を食べて何事もなかったかのように――
「まだ仕事ありますし」
「あー……」
いやいや仕事とかなに言ってるの私そんなの無理やり明日に回しても最悪なんとかなる――
「手伝うか?」
『マジっすか!?おなしゃす!!』
と言いたい気持ちをぐっとこらえた。
いつも通りの律子なら
「結構です。自分の仕事ですから」
よしよしオッケ、いつも通りいつも通り。
「そうか……」
マズイ!修正!
「じゃあ、片付くまで待ってもらってていいですか?あと30分ぐらいで片付きますんで」
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「すぐそこにファミレスあるのわかります?」
「ああ」
「じゃあそこで待っててもらっていいですか?すぐ行きますから」
「わかった」
そう言い残して律子は車を降りて行った。
正確には後部ドアから。
去っていく律子の背中が角に消える。
瞬間、一気に体の力が抜けた。
「ふぅ〜……」
……疲れた。
「……なにがルンルンだこのヤロウ」
むしろいつもより不機嫌そうに見えたぞ、美希よ。
なんとか直接会いに行って誘ってみたはいいのだが、律子はそっけなかった。
とりあえず律子の仕事が片付くまでデスクに向かっていたが自分の仕事は全く進まず(仕事が手につかないってこういう状態なのかと実感した)、必要以上にトイレに行ったりお茶を淹れたりしていた。
律子の仕事が終わると、
『とりあえず家に帰ってもいいですか?』
と言うので一旦律子の家まで送ってきた。
ちなみに車内はほぼ無言。
律子が乗ったのは後部座席。
ちらちらと様子をうかがってみたが、律子は何かを考え込んでいるような、とにかくなんだか容易には話しかけられない雰囲気を出していた。
おかげで律子を相手に気疲れするという、初めての経験を強いられることになった。
「……ババロアはなしだな」
一人ごちたあとハザードを消し、ファミレスに向かうべく車を発進させた。
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玄関を開ける。
ここからはスピード勝負だ。
ここからの行動はさっき車内できっちり優先順位をつけてきた。
自室に飛び込む。
まずは服。
クローゼットの中から確定の服と候補の服を片っ端から出す。
コートは確定、ブラウスも……OK。
問題は下。パンツかスカート。
スカート……冒険しすぎ!?
でも普段はパンツスーツだしなくはない……か?
ベッドの上で合わせる。
うん……。
生脚はさすがにないかな……いや……。
所有している服のあいまいだった色合いや形、組み合わせたときのバランスを再インプットし、シャワーに入る。
頭をガシガシ洗いながらコーディネートを再検討。
髪を乾かした後、実際に考えた組み合わせを試す。
着る。
脱ぐ。
また着る。
脱ぐ。
メイクをしながら再検討。
っと、メイクは……。
気合が入りすぎてるとキツイわよね……でもクリスマスだし……それより服は……ああそう言えば髪型どうしよう考えてなかった……。
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「お待たせしました!」
息せき切って律子が現れたのは四杯目のコーヒーを取りに行こうとしている時だった。
まあ……小一時間ってところだ。
「……」
「さ、行きましょ!」
「お前な、待ちましたかとかないのか?」
「待ちましたか?」
まあ待ったが。
なんだか律子の姿を見たらどうでもよくなってしまった。
「待った」
「ふふ、まあいいじゃないですか!時間もないことですし早く早く!」
「んじゃ行くか。先出ててくれ」
「はい!」
伝票を取り会計に向かう。
「ルンルン……ね」
レジのスタッフがはい?と顔を上げたので、慌てて支払いをした。
……こりゃ、美希におごらなきゃならんな。
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「行きたいところですか?」
「ああ、誘っておいてなんだが何も考えてないんだ。ケーキすら買ってない」
「うーん」
行きたいところか。
すぐには思いつかない。
「まあいい、何かあったら言ってくれ。それまではこのままちょっと適当に流すか……そういや、今日はおめかしさんだな」
「ば、べ、別にアベレージですけど!?」
「ふーん、てっきり俺のためにきめてきてくれたんだと思ったが違ったか」
「思い上がりじゃないですか?」
「そうかい」
なんだかこういう会話をプロデューサーとするのは久しぶりだ。
こうして助手席に座って――
「……ふふ」
「なんだ?」
「なんだか私がアイドルをやってた頃みたいだなってちょっと思ったんです」
「ああ……そうかもな」
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「うわぁ……」
「おお、結構すごいな」
とりあえず適当に車を走らせ、俺たちはお台場まで来ていた。
なんとなくそこらへんに行けばまあイルミネーションが見れると思ったからなのだが。
「うーむ、探すとかそういう問題じゃないな」
普段も夜でも明るいところだが、今日は一層そこかしこ光で彩られていた。
「そこらじゅうイルミネーションだらけですね」
「確かに。そして風情がない」
クリスマスの有明は人が多かった。
「人多いですねー」
「ああ。っても他人のことは言えんがな」
俺も何となくここが真っ先に思いついたクチだ。
あとは表参道とか六本木あたりだろうか。
まあ出る気マンマンで『少し歩くか?』と聞いてみたのだが、
「いいです、寒いんで」
「……風情ないね」
断られてしまった。
「さっきプロデューサーだって風情ないって言ってたじゃないですか」
「まあ」
「それより車出しません?走ってたほうが色々見れますし」
「了解」
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「メシどうする?」
「高層ビル上階のレストランとか予約してないんですか?」
「してる訳ないだろ」
「ですよねー。まあプロデューサーですからね」
「ぐ……!」
「ふふ、冗談ですよ。でも一応ケーキくらい買いますか」
「ん」
「……ちゃんとローソクもね。去年のクリスマスみたいなのは勘弁ですから」
「去年?」
プロデューサーは少し考えていたが、やがて。
「……了解」
「ま、今だに覚えてるってことはあれはあれで思い出に残ったってことですかね。ふふ」
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「おお、あるもんだ」
正直、クリスマス当日にケーキなんて買えるだろうかと思っていたが意外に売っていた。
信号待ちをしている途中に目に入ったコンビニは、外に販売所を作ってケーキを販売していた。
「……中にカットされたやつが2つとか入ったやつがあるんじゃ」
「バカな。ここはホールだろ、どう考えても」
「きっと食べきれないですよ?」
「そういう問題ではないのだよ、律子くん。それより中に入ってローソク探しといてくれよ」
「はいはい。あ」
「ん?」
「……行きたいとこ、決まったかも」
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ということで。
「ふぃ〜……」
一度は閉じた扉に鍵を差し込み、扉を開ける。
2時間は空けていたので事務所の空気はすっかり冷え切っていた。
とりあえずテーブルに買ってきた食料を下ろし、暖房をつけた。
「あ、私お皿とグラス持ってきますね」
コートを脱いだ律子が袋を持ったまま給湯室に向かう。
律子が言った行きたい場所とは、事務所だった。
「ふふ、じゃーん!」
戻ってきた律子が得意げになにか取り出した。
「……シャンパンじゃん。買ってたのか?」
「ええ。飲みたいかなーって。私はシャンメリーですけど」
「……いいんすか?」
「まあ、今日ぐらいはいいんじゃないですか?あ、ケーキの用意して下さいよ」
言われるがままケーキを箱から取り出す。
……結構でかいな。
残っているのは6号と8号になりますと言われとりあえず小さい方を頼んだのだが、予想より大きかった。
箱は大きくても中身はそうでもないだろうと踏んでいたのだが。
まあ買ってしまったものはしょうがない。
クリスマス用のローソクも開けてケーキに突き立てる。
「わ、結構大きいですね」
律子も同じ感想を持ったようだ。
「まあ、最悪明日でもなんとかなるだろ」
ローソクに火をつける。
「あ、電気消します」
意外にマメなやつだ。
4本目をつけていたところで事務所の明かりが消えた。
残りのローソクも付ける。
普段は日光か無機質な蛍光灯の光で照らされている事務所を照らしているのはローソクの光のみ。
「はい、プロデューサー」
「ん?」
シャンパンが手渡される。
「あ、蛍光灯には当てないようにしてくださいね」
栓を抜いて、メリークリスマスということだろうか。
シャンパンを持ち直し親指に力を込めたところで、あることを思いついた。
「律子、歌」
「は、はい?」
「歌だ歌。アイドルだろ」
「う、歌って……」
顔はあまりよく見えない。が、どんな表情をしているかはわかる。
「誕生日じゃないんですから……」
「いいからなんかほれ!ローソク溶けるぞ!」
「え、あ……もう!」
小さな咳払いの後――
「We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas――」
アイドルの歌声が響いた。
「And a Happy New Year――」
コルクに添えた親指に力を込める。
「We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year――」
ポン!!
「……メリークリスマス」
数秒の静寂の後、
「……っていうか、私『元』アイドルなんですけど」
暗い中でも若干わかるぐらい赤い顔の律子がポツリと言う。
『俺にとって今もアイドルだよ』
……流石に言う度胸はなかった。
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「でもやっぱりちゃんとしたローソクにしてよかったな」
「去年はまぁひどかったですから」
シャンパンとシャンメリーで乾杯したあと、買ってきたケーキやケンタッキーなどを胃に収めた。
ちなみに去年のクリスマスは律子のライブだった。
当時は打ち上げをやるという文化もなく、クリスマスだからと一応ケーキは買って事務所に戻ったもののローソクを買っていなかったことに戻ってから気がついた。
とりあえず(なぜか)事務所にあった仏壇用の白いローソクに火をつけてみたのだが。
「もう完全にクリスマスに停電が起きて、非常用のローソクをつけてるみたいな状態でしたからね」
「ん、ノリでやるもんじゃなかったな、確かに」
皿に残ったケーキの最後の一口を口に放り込む。
20センチ弱のケーキは四分の一でもそこそこのボリュームがあり、ましてや生クリームだ。
「俺もうケーキいい」
「だから言ったのに……じゃあ残りは冷蔵庫にでも入れときますか」
半分残ったケーキを箱に戻し律子は立ち上がった。
シャンパンで口の中を潤す。
「……」
……少し酔っているようだ。
元々アルコールは強い方ではないのだが、それにしても今日は回りが早い気がする。
缶ビール一本分くらいしか飲んでないはずだが……。
シャンパンのボトルを手に取り、ラベルを確認する。
『アルコール分:10%』
意外に高かった。
「どうかしました?っていうかそれ美味しいですか?適当に選んじゃったんですけど」
「ん、ああ……悪いが元々酒の味はあんまりわかる方じゃないんでな。まあ飲みやすいよ」
飲みやすいからついつい進んでしまったってのもあるが。
「ふふ、よかった」
「……」
律子の顔を見ているうちにあることを思い出した。
立ち上がって自分のデスクまで――
「お……」
「ちょ……!」
若干自分の意志とは無関係に体が傾いでしまった。慌てた律子が手を伸ばしてくる。
「……酔ってます?」
「……多少」
ソファーの背もたれに手を付いたまま答える。
「もう!もうこれ以上ダメですよ!」
「いやちょっとふらついただけだって!大丈夫だし!」
デスクの椅子には自分のバッグが置いてある。
中を探って目的のものを探した。
あった。
「律子ー」
「はーいー?」
こちらに顔を向けた律子の鼻先に持っていたものを突きつけた。
「……メリークリスマス」
「……」
律子は目の前のものに視線を固定したまま固まっている。
「……まあ、一応な」
律子が受け取らないので、ラッピングされた小さな箱を律子の手に乗せた。
「これ……私にですか」
「うん」
ボトルからシャンパンを自分で注いだ。
一口飲む。うむ、飲みやすい。
「……開けていいですか?」
目頭を揉む。律子の方は見てないのでどんな顔をしているかわからない。
「あー、うん。っていうかそう言われてダメっていうやついるのかな、ちょっと照れくさいんだけどな、はは」
なんだか無駄に口が回る。
酔っているからだな、うん。
「ほんとはさ、なんかプレゼント買ってやろうと思ったんだ、律子に選んでもらってさ、けどさっき車に乗ってる時には忘れちゃっててさ」
「……」
「だからそんなもんしか用意してないんだけど、まあ勘弁してくれ」
「……」
なんだ、この沈黙は。
俺の軽い言葉だけが宙に浮かんでは消えていく。
沈黙に耐えられなくなり、ゆっくりそちらに目をやると、
「……」
真剣な顔でラッピングを丁寧にはがしていた。
……几帳面なやつ。
やがて。
「……髪留め」
「ああ、お前プロデューサーになったから髪型変えようかとかなんとか前言ってただろ」
ちなみに今は下ろしているが、普段はお下げ髪のまま、すなわちアイドル時代と同じ髪型だった。
何回もショッピングモールのエスカレーターを上り下りし、何気ない雰囲気を装いつつフロアを歩き、何回も同じ店の前を横切って、意を決してそういう店に入って買ったものだ。
……わかってる。根性なしなのは。
ただそういう店に入るのはどうしても気が引けるのだ。
なんてことを考えているうちに律子はさっと髪をまとめ、後ろでアップにして留めた。
「……」
「……」
「……ふふ、どうですか?」
「ああ、似合ってるよ」
髪を後ろでまとめた律子は、大人っぽく見えた。
「さすが俺チョイス。完璧だったな」
とりあえず適当に口を開く。
「はいはい……でも」
律子が、正面からこちらを見る。
じっとこちらを見る。
……その笑顔はヒキョウだ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
ああ、やっぱり酔ってるな。
今日の律子はいつもより――
「……去年のクリスマスのこともそうですけど」
恥ずかしいセリフを頭の中でだけ言っていると、右手に持ったままだったグラスに律子がシャンパンを注いでくれた。
「こうしてると、引退ライブの時のことも思い出さないですか?ふふ」
「……ああ」
そうだな。あの時は――
「……大変だったな、確かに」
律子の引退ライブの時の話。
最後のライブの時、もう少し会場にいたいという律子の願いを聞いていつもより遅くまで会場で話をした。
その後、とりあえず事務所まで帰ったはいいのだが。
そこから帰ることができなくなったのだった。
まず、少し事務所でゆっくりしていたら終電の時間が危なくなった。
まあ社用車があるからいいだろうと思っていたら、その時俺は免許を持っていなかった。
すっかり失念していたが、ライブ会場に居残るために免許を担保として預けたのだった。
そのことに少ししてから気づいたが、もう終電の時間は過ぎていて。
情けないことに持ち合わせも少なく、最終手段のタクシーも使えなかった。
ということで。
「結局始発まで粘ったんだっけなあ」
「コーヒーいっぱい飲みましたよね。眠らないように」
「お前は結局寝たけどな」
「う……ら、ライブ後だったから疲れてたんですよホントに!」
結局始発で帰れたからまあ何とかなった。
「……あ」
「ん?」
自分のグラスを口元に運んでいた律子の動きが止まった。
「やば!時間!」
言われて時計を確認すると、
「終電の時間過ぎちゃいますよ!」
確かに結構な時間になっていた。
「んんー、まあでも今日は免許もあるし……」
「……プロデューサー、あなた、今自分の飲んでいるものをお忘れですか?」
あ。
「……そうだった」
言い終わった律子はバッと立ち上がり、
「……」
立ったまましばらく固まっていた。
「……律子?」
と思ったら、今度はゆっくりと腰を下ろした。
「……プロデューサーはなんで急がないんですか?」
「んー、まあ俺は最悪……ってわかってて聞いてないか?」
「はあ……やっぱりね」
「りっちゃんともう少しいたいなーと思ってなー」
まあぶっちゃけ酒が入っていてあんまり動く気がしなかった。
だからそんな軽口を叩いてみたのだが。
「……」
「……」
「……あ、あれ!?」
「な、何でもないです!」
律子は真っ赤になって固まってしまった。
うーむ。
「……」
「……まあなんだ、たまにはこんなのも」
悪くないんじゃないか。
そう言うと律子はやれやれといった様子で、
「まあ、悪くないですかね」
笑顔でそう言ったのだった。
とりあえず以上ですかね。気が向いたらおまけを書くかもしれませんがひとまず。
読んでくれた方ありがとうございました。
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――12月19日
「さささ寒かったぞー!」
「お疲れさま!はい」
先ほど買っておいた缶コーヒーを手渡す。
「うあ、ありがとー!」
「貴音もはい、お疲れ」
「ありがとうございます」
「ささ、入った入った」
「うあー、あったかいぞー!」
暖房をつけておいたロケバスの後部ドアを開け、二人を中に入れる。
「さーて、じゃあ私はスタッフの方と話してくるからちょっと待っててね。あ、その間にちゃんと着替えて置いて。衣装を返し次第すぐ駅に向かうから」
「わかりました」
「りょうかーい!」
返事を聞いてから窓にスモークの貼られたドアを閉める。
「さってと……」
あとは掲載予定の最終確認、アイドルたちの評価確認、次に繋がるあいさつ……かな?
しっかり仕事をしたアイドルのためにも絞めをきっちりしないとね。
おっと、申し遅れました。
私の名前は秋月律子。
芸能事務所765プロダクションのプロデューサーをやってます。
プロデューサー歴は……。
……約半年。
――――――――――
――――――――
――――――
「あれは真に美味でした。『くえ』なる魚があれほど美味だとは……」
「へぇー」
「自分も今日知ったんだけど、沖縄にもいるらしいぞ。たぶんミーバイの中に入ってるんだろうけど」
「みーばい?」
「こっちではハタって呼ばれてる種類の魚を沖縄では全部ひっくるめて『ミーバイ』って言うんだ。で、その中でも貴重な種類が今回食べたクエ……おいしかったなー」
「うらやましいわね」
「残ってたら律子も食べれたかもしんないのにね。ほら、スタッフがおいしくいただきましたってやつで」
「……まあ」
窓際の貴音を見ると実に満足そうな顔をしている。
「残るはずがないとは思ってたけどね」
「真、美味でした。特にあの歯ごたえがこう……」
貴音のグルメレポートの続きに生返事をしながらスケジュール帳を開く。
この後は東京に帰り着くのが大体4時、それから……
「響、この後の予定は?」
「6時からボーカルレッスン、終了予定は8時」
「よろしい」
できるだけアイドルたちには自分のスケジュールを自分で把握させるためこうしてことあるごとに確認するようにしている。
特に忙しくなってくれば来るほど自分でスケジュールを把握して動くことが大切になる。
これは私がアイドルをやっていたことから得た教訓の一つだ。
そろそろ高校生以上のアイドルにはシステム手帳を買ってあげて自分でスケジュール管理させることを本格的に提案しようかと思っている。
「律子はグルメレポートとかはしたことなかったの?」
「あるわよ」
「へぇー、なに食べたんだ?」
「……イナゴの佃煮とか」
「ほう、それは興味深いですね」
「うへー……だいじょうぶだったのか?」
「まあ……味は悪くなかったけど」
「ふむ……響、今度……」
「自分は食べないぞ!」
「響、新幹線では静かにする」
現在アイドルたちの仕事は地方のロケや取材の仕事が多い。
そのため自然と新幹線での移動が多くなる。
本や資料を読んだりアイドルたちの様子を聞いたりなど、することはあるにはあるのだが、事務所のデスクワークや他の現場での仕事にこの時間を当てられたらなーという思いは常にある。
……そう考えると私がアイドルをやっていた去年の一年間で大きな仕事をいくつかできるようになったのは本当に運がよかったんだと思う。
運もあるし、なによりも――
「りつこー?」
「あ……な、なに?」
「やっぱり聞いてなかったさー」
「ああごめんごめん」
「律子嬢は『くりすます』の予定はあるのですか?」
「あー……そういえばもうクリスマスねー……」
「プロデューサーとかと」
「なっ……!?」
ぼんやりとプロデューサーのことを考えていたせいか思わず大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえる。
「……なんでプロデューサーが関係あるのかしら?」
「うひひ、べっつにー。なんとなくだけど」
「……クリスマスは仕事です。予定はありません」
事前に把握しているスケジュールでは会議・打ち合わせ等の予定は入っていないが……そう、おそらく仕事だろう。
「なーんだ。面白い話が聞けると思ったのになー」
響は頭の後ろに手を組んだままけらけらと笑っている。
……まったく。
私が正式にアイドルを引退したのが今年の3月、そして改めて正社員として765プロに就職したのが4月。
その後、私はアイドル時代の経験を生かし敏腕プロデューサーとして日々辣腕を振るっている。
……といけばよかったのだが、今現在私は自他ともに認める半熟プロデューサーだ。
まあ当然と言えば当然である。
アイドル時代から事務仕事を手伝ったりはしていたが、会社の外でのプロデュース業はすべてプロデューサーに任せていた。
企画の立ち上げからスケジュール調整、営業をし仕事を取り、アイドルをいかに売り込むかなどなど。
小鳥さんや社長と分担しているとはいえ、今までそのすべてをプロデューサー一人で回していたのだ。
驚いたと同時に、呆れた。
尊敬の念を覚えたと同時に、心配にもなった。
そして、やっぱり私がプロデューサーになったのは正しかったと思った。
そして一日でも早くその負担を軽くできるように私もがんばっている。
がんばってはいるのだが、一度に覚えられる仕事には限界もあり、もともと私は器用な方ではなく失敗を繰り返して上手くなっていくタイプだと思われ……。
……うん。
ということで、もう今年も終わろうとしているが、私の主な仕事はアイドルの仕事の付き添いや現場監督、レッスンの指導などがメインである。
スケジュールは重要なものは事前に聞いたりするが、あとは週初めのミーティングで確認することになっている。
だから正式には25日の予定は今のところはわからない。
しかし、特に何も言われていないことから考えるといつも通りの仕事なのだろう。
「……はぁ」
「律子嬢?どうかしましたか?」
「え? ……ああ、なんでもないわ」
そう、クリスマスは仕事、特別な予定はない。
ええ、ないですとも。
とりあえず今日は以上。
――12月20日
「25日?」
「そう!どうなったの!?」
「あー……たぶん大丈夫、だと」
「やったぁーい!」
「最後まで聞け」
「さっすが兄ちゃん!できる男ですなあ!」
後部座席からの嬌声。
本当にこいつらのこの声量はどこから出てくるのか。ボーカルレッスンと関係あるのだろうか。
ともかく狭い車内では頭に響くことこの上ない。
「たぶんだからな。決定ではないぞ」
「えー!?」
「調整中だ。100%大丈夫とは言えん」
「でももうすぐだよ!?」
「だからな……」
何回も言ったことをもう一度言う。
「スケジュールは結構先まで埋まってるんだよ。それを一週間やそこらで簡単に調整できるわけないだろ……しかも全員分」
「えー、でも真美たちそんなに売れてないじゃん!」
「自分で言うな」
まあなんの話をしているのかというと、25日……クリスマスの日に夜だけでいいから全員のスケジュールを開けてくれと頼まれたのだ。
普通であれば一蹴するところだが、
「そんな……」
「プレゼントもこの前亜美と選びに行ったのにー……」
ルームミラー越しの双子の表情が寂しげになる。
「……なんとかするから待ってろ」
雪歩の誕生会をみんなでやりたい、という理由なので動いてみるしかなかった。
その話だって2週間前に春香が代表して言いに来た。
まあ彼女たちは彼女たちなりにしっかり『事前に』言いに来たのだろう。
ただ仕事の上では2週間後のスケジュールをいじるのはなかなか簡単には行かない。
十人以上となればなおさらだ。
ただ理由が理由なので、無下に断るわけにもいかず。
「……ぬひひ、これできっと大丈夫ですな」
「……兄ちゃんは乙女の涙に弱いですからな」
「泣いてないだろ」
「うあ、聞かれてたっぽい!」
とはいいつつ、確定ではないなりにほとんど調整はついている。
25日は仕事が入っているには入っているが、ほとんどが夕方まで。
夜に予定が入っていたのは4人。春香、美希、千早、あずささん。
あずささん、春香は確定させていた訳ではなかったため調整は容易だった。
千早のレコーディングは夕方から一応夜まで時間を取っているが終了次第上がりなので、千早なら問題なく早く上がれるはずだ。
美希も……まあ本気を出せば前日で終わる収録の予備日として組まれているのでたぶん問題なし、といったところだった。
ちなみに現在頭一つ抜けて売れているのは美希で、先日めでたくBランクになった。
他はDランク以下に団子状態、今度のCDデビューで千早が、グラビアで火がつけばあずささんが抜けだす候補と言ったところである。
「ところで兄ちゃんは予定はないの?」
後ろから亜美が身を乗り出してきた。
「ちゃんと座ってろ。25日か?」
「うん、クリスマス」
「……業務かな」
「うわー、さみしー大人だねー」
子供特有のオブラートに包まない言葉が刺さる。
しかしそこは大人の余裕。
「まったくだな。というか雪歩の誕生会には俺は呼んでくれないのか?」
「えー?だって兄ちゃんは……」
といったところで言葉が止まる。
「……?」
「……呼ばなーい」
若干ショック。
「まあまあ、兄ちゃんくんはちゃんと自分で予定を作りなさい」
「へいへい」
クリスマス、ね……。
こうして車で走っているだけでも夜の街並みは普段より明るい。
駅前はイルミネーションで彩られ、コンビニや雑貨店はクリスマスレッドで賑わっている。
去年は……どうしてたっけな。
……そうか、ライブをやっていた。
当時の担当アイドル、今はもう引退したAランクアイドルの。
……。
失礼、自己紹介が遅れました。
芸能事務所765プロダクションでプロデューサーをやってます、クリスマスの予定のないPです。どうぞよろしく。
今回は以上。
いちおうトリつけました。
>>21,22
お前らの愛情ワロタwwwwww
続き投下
――12月21日
「はい、お待たせ。千早は砂糖とミルクいらないのよね?」
「ええ、ありがとう」
2つのコーヒーの乗ったトレイを小さなテーブルに置く。
コートを背もたれにかけ、バッグを足元に置いて席に着く。
「……曲を聞いててもいいかしら?」
「もちろん」
返事をすると千早はバッグからポータブルオーディオプレーヤーを取り出した。
今度のレコーディング曲が入っているのだろう。
「……どう?イメージは?」
自分のカップにミルクを淹れながら聞いてみる。
ただ、返事は予想出来ていた。
『問題ないわ』
と言いながら、軽く髪をかき上げてイヤホンを耳に――
「……律子は、初めてのレコーディングはどうだったの?」
と思っていたら、予想は外れた。
カップをかき混ぜていた手を止め千早を見る。
「初めての曲?」
「そう」
じっとこちらを見ている。
「……」
デビュー曲か。あの時は――
「……流されるままやってた、って印象かしらね。今考えると」
正直アイドル時代はすべてが目まぐるしく、環境の変化について行くのが精一杯だった。
忙しい忙しい、大変だ大変だと言いながらプロデューサーの言うことを聞き、仕事をこなしていった。
もちろんその時その時できる限りの努力をした、という自負はある。
ただ長い目で自分のアイドルとしての理想像や仕事に対してのこだわりと言ったものは考えている暇がなかった。
……と今なら言えるかもしれない。
「まああんまり緊張はしなかった……かな?」
「……そう」
千早は左手に持ったイヤホンをいじりながら目の前のコーヒーに視線を落としていた。
「不安?」
「……それほどでもないけど」
千早の視線は動かない。
何も言わずに少し待つ。
「……ううん、やっぱり不安なのかもしれないわね。今度のCDが売れるかどうか、結構重要だと思うもの」
まあそうだろう。
今までの千早はレッスンや営業、小規模な取材などをコツコツこなしてきた。
その下積みを経て今回CDを出すことになり思い入れもあるだろう。
それに。
「……今度ははっきり、数字が出るのよね?」
千早は頭がいい。
きちんと先を見ている。
……だからこそ不安にもなるのだろう。
あと頭でっかちなところは、少し自分に似ているとも思う。
だから。
「……大丈夫よ、あなたは売れるから」
千早が顔を上げた。視線がぶつかる。
「……」
千早は頭がいい。
だから、私の考えも読み取ってくれるはずだ。
不安に思うこと、だから練習をがんばること、それでも不安だから言葉がほしいこと。
それを自分の弱さだと思うこと。それでも。
『心配するな。お前は売れるから』
ふっと千早の表情が緩んだ。
「……そうね」
……やっぱりこの子、私に似てるかもね。
「それに、さっさとレコーディングをこなさないと萩原さんの誕生会に間に合わなくなってしまうし」
「そう。 ……って、誕生会?」
「ええ。レコーディングが終わり次第向かうことになってるの」
「誕生日っていうと……クリスマスよね?みんなのスケジュールは……」
「春香が頼んだみたい。プロデューサーが調整してくれたって」
「そうなの……」
知らなかった。
「律子は誘われてないの?」
「聞いてないわね」
「聞いて……いえ、そっちじゃなくて」
そっち?
「……クリスマスだし、ほら」
と言いかけたところで言葉が止まった。
「?」
「……いえ、なんでもないわ」
そう言ってイヤホンをつけ、目を閉じてしまった。
誕生会か。
プロデューサーも大変、と思いながらカップを持ち上げた。
……ん? ということは……。
クリスマスの夜はみんな空いてるってこと?
アイドルたちは誕生会、私は今のところ誘われてない。
プロデューサーは――
……。
はっ!?
意識が……あまりよろしくないほうに……。
一つ咳払いをして、もう聞こえてないかもしれないが一応言っておく。
「……レコーディング、がんばりなさいよ」
両耳にイヤホンをつけている千早からは、返事はなかった。
今回は以上。日付通りに更新できるようがんばる
―――12月25日
「はぁ……」
ため息は私一人しかいない事務所に吸い込まれていく。
現在時刻は午後7時を回ったところ。
クリスマスの夜に、私は一人で残務処理をしているのだった。
クリスマスといっても私の一日はいつも通りだった。
お昼前に出勤し、デスクワーク、その後千早のレコーディングに同伴。
千早は3テイクでレコーディングを決めて見せた。
『萩原さんの誕生会があるから』
そんなことを言っていたが仕上がりは文句なしだった。
私も担当の方と少し話をしたが、初撮りの1テイク目がベストだということでそれでいくことに決めた。
千早を送り事務所に戻ってきたのが6時ごろ。
誕生会は7時からと言っていたので千早は問題なく間に合っただろう。
ちなみに小鳥さんも定時で上がっていった。
『今日って平日ですよね?』
最後の言葉が妙に印象に残っている。
プロデューサーは朝から営業回りだった。
なので今日は一度も顔を合わせていない。
ボードに目をやると
『営業→直帰(予定)』
と雑な字で書かれている。
「……ふぅ」
まあ、いいんだけどね。
残った仕事もあと30分もあれば終わる。
8時になれば締めても問題ないはずだし、早いとこ帰ろう。
「おー、まだいたか」
「」
階段を上がってくる足音に全く気付かなかった。
「あ、お、お疲れ様です」
「ああ」
直帰(予定)じゃなかったんですか、と聞く前にプロデューサーが口を開いた。
「千早のレコーディングどうだった?」
ソファーにどっかりと身を沈めたまま言う。
「あ、はい。全然問題なかったですね。納得の出来です」
「そうか」
「一発撮りでも良かったくらいですね。3テイク撮ったんですけど結局1テイク目でいきましたし」
「はは、千早っぽいなあ」
「まったくです」
「ところで、この後時間あるか?」
「……はい?」
落ち着け秋月律子。
ビークール。
「まあ、今日ってクリスマスだろ?」
「ああ、そうですね」
「せっかくだから、どっか行かないか?」
「そうですね」
正直に言おう。
口は勝手に動いていたが、思考はまとまっていなかった。
え、冗談?
いやいや冗談にしてはたちが悪すぎるって言うか、私もう諦めてたんですけど今日はこのままいつも通り家に帰っていつも通りの夕飯を食べて何事もなかったかのように――
「まだ仕事ありますし」
「あー……」
いやいや仕事とかなに言ってるの私そんなの無理やり明日に回しても最悪なんとかなる――
「手伝うか?」
『マジっすか!?おなしゃす!!』
と言いたい気持ちをぐっとこらえた。
いつも通りの律子なら
「結構です。自分の仕事ですから」
よしよしオッケ、いつも通りいつも通り。
「そうか……」
マズイ!修正!
「じゃあ、片付くまで待ってもらってていいですか?あと30分ぐらいで片付きますんで」
――――――――――
――――――――
――――――
「すぐそこにファミレスあるのわかります?」
「ああ」
「じゃあそこで待っててもらっていいですか?すぐ行きますから」
「わかった」
そう言い残して律子は車を降りて行った。
正確には後部ドアから。
去っていく律子の背中が角に消える。
瞬間、一気に体の力が抜けた。
「ふぅ〜……」
……疲れた。
「……なにがルンルンだこのヤロウ」
むしろいつもより不機嫌そうに見えたぞ、美希よ。
なんとか直接会いに行って誘ってみたはいいのだが、律子はそっけなかった。
とりあえず律子の仕事が片付くまでデスクに向かっていたが自分の仕事は全く進まず(仕事が手につかないってこういう状態なのかと実感した)、必要以上にトイレに行ったりお茶を淹れたりしていた。
律子の仕事が終わると、
『とりあえず家に帰ってもいいですか?』
と言うので一旦律子の家まで送ってきた。
ちなみに車内はほぼ無言。
律子が乗ったのは後部座席。
ちらちらと様子をうかがってみたが、律子は何かを考え込んでいるような、とにかくなんだか容易には話しかけられない雰囲気を出していた。
おかげで律子を相手に気疲れするという、初めての経験を強いられることになった。
「……ババロアはなしだな」
一人ごちたあとハザードを消し、ファミレスに向かうべく車を発進させた。
――――――――――
――――――――
――――――
玄関を開ける。
ここからはスピード勝負だ。
ここからの行動はさっき車内できっちり優先順位をつけてきた。
自室に飛び込む。
まずは服。
クローゼットの中から確定の服と候補の服を片っ端から出す。
コートは確定、ブラウスも……OK。
問題は下。パンツかスカート。
スカート……冒険しすぎ!?
でも普段はパンツスーツだしなくはない……か?
ベッドの上で合わせる。
うん……。
生脚はさすがにないかな……いや……。
所有している服のあいまいだった色合いや形、組み合わせたときのバランスを再インプットし、シャワーに入る。
頭をガシガシ洗いながらコーディネートを再検討。
髪を乾かした後、実際に考えた組み合わせを試す。
着る。
脱ぐ。
また着る。
脱ぐ。
メイクをしながら再検討。
っと、メイクは……。
気合が入りすぎてるとキツイわよね……でもクリスマスだし……それより服は……ああそう言えば髪型どうしよう考えてなかった……。
――――――――――
――――――――
――――――
「お待たせしました!」
息せき切って律子が現れたのは四杯目のコーヒーを取りに行こうとしている時だった。
まあ……小一時間ってところだ。
「……」
「さ、行きましょ!」
「お前な、待ちましたかとかないのか?」
「待ちましたか?」
まあ待ったが。
なんだか律子の姿を見たらどうでもよくなってしまった。
「待った」
「ふふ、まあいいじゃないですか!時間もないことですし早く早く!」
「んじゃ行くか。先出ててくれ」
「はい!」
伝票を取り会計に向かう。
「ルンルン……ね」
レジのスタッフがはい?と顔を上げたので、慌てて支払いをした。
……こりゃ、美希におごらなきゃならんな。
――――――――――
――――――――
――――――
「行きたいところですか?」
「ああ、誘っておいてなんだが何も考えてないんだ。ケーキすら買ってない」
「うーん」
行きたいところか。
すぐには思いつかない。
「まあいい、何かあったら言ってくれ。それまではこのままちょっと適当に流すか……そういや、今日はおめかしさんだな」
「ば、べ、別にアベレージですけど!?」
「ふーん、てっきり俺のためにきめてきてくれたんだと思ったが違ったか」
「思い上がりじゃないですか?」
「そうかい」
なんだかこういう会話をプロデューサーとするのは久しぶりだ。
こうして助手席に座って――
「……ふふ」
「なんだ?」
「なんだか私がアイドルをやってた頃みたいだなってちょっと思ったんです」
「ああ……そうかもな」
――――――――-――
―――――――――
―――――――
「うわぁ……」
「おお、結構すごいな」
とりあえず適当に車を走らせ、俺たちはお台場まで来ていた。
なんとなくそこらへんに行けばまあイルミネーションが見れると思ったからなのだが。
「うーむ、探すとかそういう問題じゃないな」
普段も夜でも明るいところだが、今日は一層そこかしこ光で彩られていた。
「そこらじゅうイルミネーションだらけですね」
「確かに。そして風情がない」
クリスマスの有明は人が多かった。
「人多いですねー」
「ああ。っても他人のことは言えんがな」
俺も何となくここが真っ先に思いついたクチだ。
あとは表参道とか六本木あたりだろうか。
まあ出る気マンマンで『少し歩くか?』と聞いてみたのだが、
「いいです、寒いんで」
「……風情ないね」
断られてしまった。
「さっきプロデューサーだって風情ないって言ってたじゃないですか」
「まあ」
「それより車出しません?走ってたほうが色々見れますし」
「了解」
――――――――-―
――――――――
――――――――
「メシどうする?」
「高層ビル上階のレストランとか予約してないんですか?」
「してる訳ないだろ」
「ですよねー。まあプロデューサーですからね」
「ぐ……!」
「ふふ、冗談ですよ。でも一応ケーキくらい買いますか」
「ん」
「……ちゃんとローソクもね。去年のクリスマスみたいなのは勘弁ですから」
「去年?」
プロデューサーは少し考えていたが、やがて。
「……了解」
「ま、今だに覚えてるってことはあれはあれで思い出に残ったってことですかね。ふふ」
―――――――――
――――――――
―――――――
「おお、あるもんだ」
正直、クリスマス当日にケーキなんて買えるだろうかと思っていたが意外に売っていた。
信号待ちをしている途中に目に入ったコンビニは、外に販売所を作ってケーキを販売していた。
「……中にカットされたやつが2つとか入ったやつがあるんじゃ」
「バカな。ここはホールだろ、どう考えても」
「きっと食べきれないですよ?」
「そういう問題ではないのだよ、律子くん。それより中に入ってローソク探しといてくれよ」
「はいはい。あ」
「ん?」
「……行きたいとこ、決まったかも」
――――――――――
――――――――
――――――
ということで。
「ふぃ〜……」
一度は閉じた扉に鍵を差し込み、扉を開ける。
2時間は空けていたので事務所の空気はすっかり冷え切っていた。
とりあえずテーブルに買ってきた食料を下ろし、暖房をつけた。
「あ、私お皿とグラス持ってきますね」
コートを脱いだ律子が袋を持ったまま給湯室に向かう。
律子が言った行きたい場所とは、事務所だった。
「ふふ、じゃーん!」
戻ってきた律子が得意げになにか取り出した。
「……シャンパンじゃん。買ってたのか?」
「ええ。飲みたいかなーって。私はシャンメリーですけど」
「……いいんすか?」
「まあ、今日ぐらいはいいんじゃないですか?あ、ケーキの用意して下さいよ」
言われるがままケーキを箱から取り出す。
……結構でかいな。
残っているのは6号と8号になりますと言われとりあえず小さい方を頼んだのだが、予想より大きかった。
箱は大きくても中身はそうでもないだろうと踏んでいたのだが。
まあ買ってしまったものはしょうがない。
クリスマス用のローソクも開けてケーキに突き立てる。
「わ、結構大きいですね」
律子も同じ感想を持ったようだ。
「まあ、最悪明日でもなんとかなるだろ」
ローソクに火をつける。
「あ、電気消します」
意外にマメなやつだ。
4本目をつけていたところで事務所の明かりが消えた。
残りのローソクも付ける。
普段は日光か無機質な蛍光灯の光で照らされている事務所を照らしているのはローソクの光のみ。
「はい、プロデューサー」
「ん?」
シャンパンが手渡される。
「あ、蛍光灯には当てないようにしてくださいね」
栓を抜いて、メリークリスマスということだろうか。
シャンパンを持ち直し親指に力を込めたところで、あることを思いついた。
「律子、歌」
「は、はい?」
「歌だ歌。アイドルだろ」
「う、歌って……」
顔はあまりよく見えない。が、どんな表情をしているかはわかる。
「誕生日じゃないんですから……」
「いいからなんかほれ!ローソク溶けるぞ!」
「え、あ……もう!」
小さな咳払いの後――
「We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas――」
アイドルの歌声が響いた。
「And a Happy New Year――」
コルクに添えた親指に力を込める。
「We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year――」
ポン!!
「……メリークリスマス」
数秒の静寂の後、
「……っていうか、私『元』アイドルなんですけど」
暗い中でも若干わかるぐらい赤い顔の律子がポツリと言う。
『俺にとって今もアイドルだよ』
……流石に言う度胸はなかった。
――――――――――
――――――――
――――――
「でもやっぱりちゃんとしたローソクにしてよかったな」
「去年はまぁひどかったですから」
シャンパンとシャンメリーで乾杯したあと、買ってきたケーキやケンタッキーなどを胃に収めた。
ちなみに去年のクリスマスは律子のライブだった。
当時は打ち上げをやるという文化もなく、クリスマスだからと一応ケーキは買って事務所に戻ったもののローソクを買っていなかったことに戻ってから気がついた。
とりあえず(なぜか)事務所にあった仏壇用の白いローソクに火をつけてみたのだが。
「もう完全にクリスマスに停電が起きて、非常用のローソクをつけてるみたいな状態でしたからね」
「ん、ノリでやるもんじゃなかったな、確かに」
皿に残ったケーキの最後の一口を口に放り込む。
20センチ弱のケーキは四分の一でもそこそこのボリュームがあり、ましてや生クリームだ。
「俺もうケーキいい」
「だから言ったのに……じゃあ残りは冷蔵庫にでも入れときますか」
半分残ったケーキを箱に戻し律子は立ち上がった。
シャンパンで口の中を潤す。
「……」
……少し酔っているようだ。
元々アルコールは強い方ではないのだが、それにしても今日は回りが早い気がする。
缶ビール一本分くらいしか飲んでないはずだが……。
シャンパンのボトルを手に取り、ラベルを確認する。
『アルコール分:10%』
意外に高かった。
「どうかしました?っていうかそれ美味しいですか?適当に選んじゃったんですけど」
「ん、ああ……悪いが元々酒の味はあんまりわかる方じゃないんでな。まあ飲みやすいよ」
飲みやすいからついつい進んでしまったってのもあるが。
「ふふ、よかった」
「……」
律子の顔を見ているうちにあることを思い出した。
立ち上がって自分のデスクまで――
「お……」
「ちょ……!」
若干自分の意志とは無関係に体が傾いでしまった。慌てた律子が手を伸ばしてくる。
「……酔ってます?」
「……多少」
ソファーの背もたれに手を付いたまま答える。
「もう!もうこれ以上ダメですよ!」
「いやちょっとふらついただけだって!大丈夫だし!」
デスクの椅子には自分のバッグが置いてある。
中を探って目的のものを探した。
あった。
「律子ー」
「はーいー?」
こちらに顔を向けた律子の鼻先に持っていたものを突きつけた。
「……メリークリスマス」
「……」
律子は目の前のものに視線を固定したまま固まっている。
「……まあ、一応な」
律子が受け取らないので、ラッピングされた小さな箱を律子の手に乗せた。
「これ……私にですか」
「うん」
ボトルからシャンパンを自分で注いだ。
一口飲む。うむ、飲みやすい。
「……開けていいですか?」
目頭を揉む。律子の方は見てないのでどんな顔をしているかわからない。
「あー、うん。っていうかそう言われてダメっていうやついるのかな、ちょっと照れくさいんだけどな、はは」
なんだか無駄に口が回る。
酔っているからだな、うん。
「ほんとはさ、なんかプレゼント買ってやろうと思ったんだ、律子に選んでもらってさ、けどさっき車に乗ってる時には忘れちゃっててさ」
「……」
「だからそんなもんしか用意してないんだけど、まあ勘弁してくれ」
「……」
なんだ、この沈黙は。
俺の軽い言葉だけが宙に浮かんでは消えていく。
沈黙に耐えられなくなり、ゆっくりそちらに目をやると、
「……」
真剣な顔でラッピングを丁寧にはがしていた。
……几帳面なやつ。
やがて。
「……髪留め」
「ああ、お前プロデューサーになったから髪型変えようかとかなんとか前言ってただろ」
ちなみに今は下ろしているが、普段はお下げ髪のまま、すなわちアイドル時代と同じ髪型だった。
何回もショッピングモールのエスカレーターを上り下りし、何気ない雰囲気を装いつつフロアを歩き、何回も同じ店の前を横切って、意を決してそういう店に入って買ったものだ。
……わかってる。根性なしなのは。
ただそういう店に入るのはどうしても気が引けるのだ。
なんてことを考えているうちに律子はさっと髪をまとめ、後ろでアップにして留めた。
「……」
「……」
「……ふふ、どうですか?」
「ああ、似合ってるよ」
髪を後ろでまとめた律子は、大人っぽく見えた。
「さすが俺チョイス。完璧だったな」
とりあえず適当に口を開く。
「はいはい……でも」
律子が、正面からこちらを見る。
じっとこちらを見る。
……その笑顔はヒキョウだ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
ああ、やっぱり酔ってるな。
今日の律子はいつもより――
「……去年のクリスマスのこともそうですけど」
恥ずかしいセリフを頭の中でだけ言っていると、右手に持ったままだったグラスに律子がシャンパンを注いでくれた。
「こうしてると、引退ライブの時のことも思い出さないですか?ふふ」
「……ああ」
そうだな。あの時は――
「……大変だったな、確かに」
律子の引退ライブの時の話。
最後のライブの時、もう少し会場にいたいという律子の願いを聞いていつもより遅くまで会場で話をした。
その後、とりあえず事務所まで帰ったはいいのだが。
そこから帰ることができなくなったのだった。
まず、少し事務所でゆっくりしていたら終電の時間が危なくなった。
まあ社用車があるからいいだろうと思っていたら、その時俺は免許を持っていなかった。
すっかり失念していたが、ライブ会場に居残るために免許を担保として預けたのだった。
そのことに少ししてから気づいたが、もう終電の時間は過ぎていて。
情けないことに持ち合わせも少なく、最終手段のタクシーも使えなかった。
ということで。
「結局始発まで粘ったんだっけなあ」
「コーヒーいっぱい飲みましたよね。眠らないように」
「お前は結局寝たけどな」
「う……ら、ライブ後だったから疲れてたんですよホントに!」
結局始発で帰れたからまあ何とかなった。
「……あ」
「ん?」
自分のグラスを口元に運んでいた律子の動きが止まった。
「やば!時間!」
言われて時計を確認すると、
「終電の時間過ぎちゃいますよ!」
確かに結構な時間になっていた。
「んんー、まあでも今日は免許もあるし……」
「……プロデューサー、あなた、今自分の飲んでいるものをお忘れですか?」
あ。
「……そうだった」
言い終わった律子はバッと立ち上がり、
「……」
立ったまましばらく固まっていた。
「……律子?」
と思ったら、今度はゆっくりと腰を下ろした。
「……プロデューサーはなんで急がないんですか?」
「んー、まあ俺は最悪……ってわかってて聞いてないか?」
「はあ……やっぱりね」
「りっちゃんともう少しいたいなーと思ってなー」
まあぶっちゃけ酒が入っていてあんまり動く気がしなかった。
だからそんな軽口を叩いてみたのだが。
「……」
「……」
「……あ、あれ!?」
「な、何でもないです!」
律子は真っ赤になって固まってしまった。
うーむ。
「……」
「……まあなんだ、たまにはこんなのも」
悪くないんじゃないか。
そう言うと律子はやれやれといった様子で、
「まあ、悪くないですかね」
笑顔でそう言ったのだった。
とりあえず以上ですかね。気が向いたらおまけを書くかもしれませんがひとまず。
読んでくれた方ありがとうございました。
14:30│秋月律子