2014年01月19日
モバP「風の中のアイドル」
P(その日のことは良く覚えている。春一番の強い風が吹いていた日だ)
P「風キツイなぁ……。花粉が飛んでやになっちゃうよ。のわっ!」
??「……」
P「風キツイなぁ……。花粉が飛んでやになっちゃうよ。のわっ!」
??「……」
P「な、なんだこれ? ポスター? 少し汚れているけど……」
P「この子、可愛いな」
P(年季の入ったポスターだった。背景はどこかの山かな。片手にはコーヒーを持っていて、眩しい笑顔は不思議と生きているように思えて)
??「いたた……」
P「へ?」
??「風が強くて飛んじゃったけど、なんとか助かったのかな?」
P「しゃ、喋ったあああああ!?」
??「きゃっ! お、脅かさないでよ! ビックリしたぁ」
P「いやいや、ビックリしたのはこっちの方で……って何普通にしゃべってんだ俺!?」
??「ねえ。このままじゃ飛んで行っちゃうから、どこかに貼ってくれない?」
P「貼ってって言われても、ええ!?」
??「ポスターなんだから貼られて宣伝しないと意味ないでしょ?」
P「そもそもこのコーヒー何年前のだ? 10年ぐらい前の奴で今じゃどこにも売ってないぞ?」
??「へ? そうなの?」
P「あー、うん。常識は捨てた方が良いよね。普通の人と話している、って事にしよう」
??「もしもーし? 聞いてるー?」
P「とりあえず事務所に行くか。ここで話していても不毛だし」
??「あっ、ねえ! ちょっとぉ!?」
P「というわけで、喋るポスターを拾ってきました」
ちひろ「……スタドリの飲み過ぎですか?」
亜子「プロデューサーちゃん……働き詰めでついに頭が逝ってしもたんか」
さくら「そんなぁ! 私たちをトップアイドルに導いてくれるって約束したのに!」
泉「お見舞いにはいくからね」
P「いやいや本当なんだって! この子は世界初の喋るポスターなの!! ほら、自己紹介!」
??「あっ、初めまして」
ちひろ「へ?」
泉「プロデューサーの特技に腹話術が有ったとは知らなかったな」
亜子「ちょ! 思いっきり女の子の声やったで!?」
さくら「ええ!? プロデューサーさんは実は女の人……」
P「だから違うよ! えーと、名前は……」
??「無いよ? ポスターだし」
P「無いって……、撮られたモデルの名前は知らないの? 自分自身のことじゃ」
??「分からないよ。だって生まれた時からポスターだったし」
さくら「な、なにがどうなってるの!?」
??「聞かれても分からないかな……」
亜子「うーむ、いくら腹話術が上手くてもパ行を発音できるのはいっこく堂クラスやないと無理やで。流石にこれは」
泉「信じた方が良いね。非科学的だけど」
ちひろ「喋るポスター? この顔どこかで」
泉「ちひろさん?」
ちひろ「あっ、いえ! 何でもないですよ! うーん……」
P「それじゃあ便宜上何か名前がいるな。ポス子とか?」
??「えー、なんか嫌だ」
P「我儘言わないの!」
??「もっとさ、可愛い名前が良いな」
P「可愛い名前ねぇ。何かない?」
泉「急に振られても……」
さくら「あれ? なんか書いていますね。『ウサミン星はあるんです! 宇宙の皆がセブン・コーヒー!』だって」
泉「ウサミン星?」
亜子「なんのこと?」
P「さぁ? なんでっしゃろ。セブン・コーヒーは昔売ってたコーヒーだけど」
さくら「あ『るん』です……。はい! 良い名前思いつきました!」
P「ん?」
さくら「『るん』って名前はどうですか?」
P「るん、ねぇ」
亜子「可愛らしい名前でええんとちゃう?」
泉「そうだね。それじゃあ貴女のこと、るんって呼ぶわね」
るん「るんかぁ……。じゃあそれで!」
P「しかしどうしたもんか。拾って来たは良いものの、処分するわけにもいかないしなぁ」
亜子「喋るポスターとして売り出せば大儲けできる!」
P「でもそれ、インチキって言われるのが関の山だぞ。そうしたら俺らの事務所の信用も失いかねないし」
亜子「それは困るなぁ。大槻教授とか五月蠅そうやし」
ちひろ「とりあえず保留で、事務所に貼っていたらどうですか?」
P「そうですね。俺らもどういう事か分からないし、下手にことを大きくするよりかはマシか」
るん「それじゃあお邪魔するね」
さくら「うんっ♪ 仲間が増えましたね! このまま一緒にデビューしたり」
るん「流石に無理かなぁ……。歌は歌えるけど、ポスターだから踊れないかな」
さくら「あっ、そうだよね。残念……」
るん「でもいい友達になれると思うよ? 見た感じ歳も近そうだし」
P「あら、年齢は分かるの?」
るん「うーん、なんとなく? 実はここに来て初めて鏡で自分の顔を見たんだけど、だいたい3人と同じぐらいかなって」
亜子「ポスターやから自分の顔も見れんもんなぁ」
泉「確かに私たちと同じぐらいに見えるね」
P「つーことはこのモデルが存命なら25歳前後ってことか」
るん「というわけで、しばらく厄介させてもらおうかな!」
さくら「ようこそるんちゃん!」
P(こうしてうちの事務所に新たな仲間? が加わった)
P(歳が近いということもあってか、るんはあっという間に3人と仲良くなった。ポスターと仲良くしゃべるアイドル、なんとも妙な光景だ)
P(特にさくらは仕事場にも彼女を持って行くぐらい懐いている。るんも楽しそうだから構わないけど、会話しているのを誰かに聞かれないか心配だ)
P(そう。彼女はいつの間にか事務所にいなくてはならない存在になりつつあった)
P(とはいえ謎は深まるばかり。どうして会話できるのか? これはどうあがいても答えが出なさそうだから、ファンタジーとしてとらえておこう。)
P(そして……、るんのモデルになった少女のことだ。このポスターを撮ったのがコーヒーの販売が始まった10年前だとすると、今は25歳ぐらいになっているはず)
P(ちひろさんは何か心当たりがあるっぽかったけど、思い出せそうにないみたいだ)
P(今も芸能活動をしているのかテレビを目ざとくチェックしたけど、彼女の面影を残す女性は見つからない。恐らく既に引退しているのだろう)
P(珍しい話じゃない。デビューするアイドルがいれば、その一方で誰にも知られることなく消えていくアイドルだっている)
P(俺としては3人にちゃんとした引退をしてほしいと思っている。そのためには、キチンとプロデュースして、トップアイドルまで導いてやらないと)
さくら「〜〜♪」
るん「〜〜♪」
亜子「2人とも仲ええなぁ」
泉「るんとさくらの波長が似ているからね」
亜子「大人になったるんもあんな感じなんかな?」
泉「さぁ? そこまでは分からないかな」
さくら「るんるん、今度私が良く行く喫茶店に行かない?」
るん「喫茶店?」
さくら「コーヒーも美味しいし、店員さんが凄く綺麗なんだよ」
るん「ポスターだから飲み食いは出来ないかな……」
さくら「あっ、ごめん……」
るん「ううん! 気持ちは嬉しいよ! それに私みんなを見てるだけで楽しいから!」
さくら「ホント? えへへ……」
P(懐くのは良いんだけど、この状態がいつまで続くのだろうか?)
P(そしてるんの存在は、次第に俺にとっても心安らぐものになっていくのだった)
P「ふぅ、疲れた……」
るん「プロデューサー! お疲れ様」
P「ああ、るんか。お疲れさん」
るん「うーん、こういう時このコーヒーでも出せればいいんだけど、生憎動けないからね」
P「その気持ちだけでもうれしいよ。事務所には慣れた?」
るん「うん! さくらたちはこんな私にもよくしてくれるし、拾ってくれたのがプロデューサーで良かったな」
P「ポスターってこと以外は普通の女の子だもんな」
るん「まあね。でも何年も季節の移り変わりを見てきたけど、私は成長できないんだよね」
P「写真のままの姿だからな。モデルは恐らく20代半ばぐらいの年齢だと思うよ」
るん「私、元気しているのかな?」
P「気になる?」
るん「うん。でもそう簡単に見つけることは出来なさそうだけど」
P「セブン・コーヒーのメーカーも既に倒産しているみたいだし、ウサミン星もよく分からないしで情報は0に近いな。いや……」
るん「どうかした?」
P「このポスターを撮影した場所、山かな? それがどこか分かれば、少しは進展しそうなんだけどな」
るん「山かぁ。そういや行ったことないかも」
P「山にいるのに?」
るん「写真だからね。秋になっても冬になっても、私の世界は春のままだよ」
P「そうか……」
るん「そんな寂しいものでもないよ。私結構気に入ってるし、とっくの昔に慣れちゃった」
るん「もしポスターから飛び出せたら、真っ先にプロデューサーの手を引いて遊びまわるけどね」
P「今でも色んな所に行ってるじゃんか。さくらたちに連れられて」
るん「そうじゃなくて! デートだよ、デート。この私が誘っているんだよ? 喜びなさいな」
P「デ、デートぉ!?」
るん「そっ! 服を買って、美味しいお菓子を食べて! そんな普通の女の子みたいなことをしたいな」
P「お、俺と?」
るん「私が知っている男性ってプロデューサーと社長さんぐらいだもん。それに私、プロデューサーのこと嫌いじゃないよ?」
P「そ、そうか……。ま、まぁ程々にな。最近体力が落ちてきて結構きついんだよ」
るん「お爺ちゃんめ」
P「うるへー。でも、それは楽しそうだな」
るん「でしょでしょ? ポスターだって遊びたい時が有るんだよ!」
P「外に出られたら、どこにでも連れてってやるよ」
るん「あっ、言ったな? じゃあ約束だよ?」
P「指切り……、は出来ないか」
るん「ちゃんと宣誓書かく! 私が外に出れたなら、世界一周に付き合うって!」
P「そ、そこまでるのか!?」
るん「良いじゃんか。一か所に貼られて朽ちていくなんて真っ平御免だよ!」
P「はいはい、んじゃ書いといてやるよ」
るん「そう来なくちゃ!」
P(いつの間にか俺もるんと会話することが楽しみになって来た。3人には話せないような愚痴も聞いてくれて)
P(二次元に恋なんて! と思っていたけど、天真爛漫で何一つ穢れの無い彼女に少しずつ惹かれていく自分がそこにいた)
P(だけどそんな毎日がいつまでも続くわけがなかった。少しずつだけど、俺たちはるんの正体に近づきつつあったんだ)
P(季節は廻って秋が来た)
るん「わぁ、凄い景色!」
さくら「うーん! 山に登るのも気持ちいいね!」
亜子「マツタケとか生えてへんかな……」
泉「たまにはピクニックも悪くないかな」
P「はぁ、はぁ……。しんど……」
亜子「なんやプロデューサーちゃん、ヘトヘトじゃないの」
P「そりゃ君らの荷物全部持ったら疲れるに決まってんだろうが……」
さくら「ダメですねー、プロデューサーさん」
るん「そーだそーだ! 体力足りてないよ?」
P「20超えたら君らも分かるっての……」
るん「私は永遠の15歳だからねん♪」
P「ぜぇ、ぜぇ……。少し休ませてくれ……」
泉「あそこに休憩所が有るよ?」
P「少し飲み物でも貰ってくるかな」
さくら「あっ、さくらんぼジュースが欲しいです」
P「あるのかんなもん?」
泉「私はお茶で良いよ」
亜子「炭酸頼むわ!」
るん「じゃあコーヒーで!」
P「はいはい、ちょっくら行って来るな。ってるんは飲めないだろ!」
るん「わっほい!」
休憩所
P「空を超えてーラララふんふんふふふーふふーん♪ ってあり?」
P「るん?」
店員「いらっしゃい、何かお探しで?」
P「いや……、このポスター」
店員「ああ、それですか? 10年ぐらい前になりますかね。この高原で撮影したんですよ。ほら、背景にここが写って……」
P「本当だ。ここで撮ったんだな……。すみません、この子のこと分かりますか!?」
店員「え、えーと……。なにしろ10年前のことですからねぇ。詳しくは覚えていないんですけど……」
P「思い出せませんか?」
店員「えーと、うーむ……。そうだ! トッコ! その子の名前はトッコちゃんだ!」
P「トッコちゃん? だっこちゃんの親戚ですか?」
店員「いや、あだ名だけ憶えているんだ。みんなからトッコちゃんトッコちゃんって呼ばれてたよ」
P「トッコちゃん、ですか……」
店員「明るくていい子だったよ。素直で挨拶もちゃんとして、見ていて気持ちのいい子だったな」
P(それがるんのモデルの名前……)
P「というわけで、るんのモデルの名前はトッコちゃん(仮)だとさ」
亜子「トッコちゃん、ねぇ」
さくら「そうなのるんるん?」
るん「それが私の名前かぁ……」
さくら「検索したら出てきたり?」
泉「ちょっと待ってて。セブン・コーヒー、トッコちゃん……」
P「何か分かった?」
泉「ううん。既に倒産している会社だし、トッコっていうあだ名も世間一般に浸透していないっぽい」
亜子「つまりもう引退してるってことよね」
さくら「いっしょに競演したかったなぁ……」
るん「……」
P「るん?」
るん「ゴメン。よく知らない存在だって言っても、引退しているって聞いたら少しセンチメンタルになっちゃって」
P「でもそうと決まったわけじゃない。もしかしたらまだ活動を」
泉「ローカルなアイドルでも検索に引っかかるんだよ。10年間表舞台に出ず燻りつづけるアイドルなんて、聞いたことない」
P「うぐっ……」
ちひろ「あのー、良いですか?」
P「ちひろさん。どうかしたんですか?」
ちひろ「いいえ、そのトッコちゃんっていう人なんですけど、もしかしたら知っているかもしれないです」
P「本当ですか!?」
ちひろ「はい。どこかで見たことあるなぁって思ってたんですけど、トッコちゃんで思い出しました。記憶が正しければ、ですけど」
るん「ちひろさん! 教えて欲しいな、私の名前を」
さくら「るんるん……」
ちひろ「えっと、ポスターの女の子の名前は……」
ちひろ「ハットリトウコさんって言うんです」
P「ハットリ、トウコさん……」
泉「検索するね。ハットリトウコ……、出てきた!」
亜子「大当たりってこと?」
泉「ハットリトウコ、トウコの字は瞳の子って書いて、ハットリはそのまま服部。服部瞳子、うん。確かにそんな名前のアイドルはいたっぽい」
さくら「その瞳子さんが今どこにいるかとか」
泉「流石にそこまでは……」
るん「それじゃあ! 引退しているってことだよね」
泉「るんの前で言うのも気が引けるけど、どうやら服部さんはアイドルとしては芽が出なかったみたい。活動期間は15歳の頃の1年間だけ」
るん「そっか……」
P「今の3人と同じ状況って訳か」
亜子「今ほどじゃないにしても、昔もアイドルのサイクルが早かったみたいやしなぁ」
ちひろ「私もその後の事までは知らないです。すみません」
P「ちひろさんが謝ることないですよ。貴女がいなかったら、俺たちは服部さんの存在にまでたどり着けませんでしたし」
るん「気にしないで。そうじゃないかなってうすうす思っていたし、きっと第二の人生を満喫しているよ」
さくら「……よしっ」
るん「さくら?」
さくら「あのっ、探しに行きませんか!?」
P「は?」
さくら「だから、その……。服部さんを! 私たちで探すんです!」
るん「私を、探す?」
さくら「うん! るんるんのためにも、元気にしているってのを確かめたいんです!」
亜子「せやけど情報が全くと言っていいほどないからなあ」
泉「いや、無いわけじゃないかも」
亜子「そうなん?」
泉「るんの写真を解析して、今どう成長しているかをシミュレートしたら、探しやすくなるとは思う」
亜子「テレビとかで良く見る○○さんの数年後みたいなやつ?」
泉「うん、それ」
るん「そんなこと出来るの?」
泉「髪型とか細かいところまでは出来ないけど、再現率は高いはず。とりあえずプログラム組んでみるね」
P「特技のプログラミングがここで役に立つとはな」
亜子「ほんま逸材やね」
さくら「流石イズミン!」
泉「こんなところかな」
るん「見せて見せて!」
さくら「この人が服部さん?」
泉「10年後のるん、って言った方が正しいかも。どういう成長をしたか分からないけど、こんな感じの大人になっているはず」
P「綺麗な人だな……」
るん「これが私……」
さくら「あれ? この顔……」
亜子「どないしたん? まさか知ってる顔とか」
さくら「喫茶店のお姉さんだ!」
P「喫茶店のお姉さん?」
泉「さくらが良く行くってお店の?」
さくら「うん! 髪型は違うけど、顔は凄く似ている! そう言えばるんるんもなんだか面影が有るし……」
泉「ビンゴってわけね」
P「都合がよすぎるぐらいだな」
亜子「プロデューサーちゃん、ポスターが喋る時点で常識は全部捨てなあかんで」
さくら「今から喫茶店に行ってみようよ!」
P「るん、本当に会いに行くのか?」
るん「うん。今どうなっているか気になるし、もしもあの頃から時間が止まっているのなら、その針を動かせれるのは私たちしかいないと思うから」
P「そうか、分かった。それじゃあ、行こうか」
るん「未来の私のところに!」
店員「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
さくら「あの……、服部さんっていますか?」
店員「服部さんのお知り合いで?」
P「まあそんなところです」
店員「そうですか。少し待っててください」
P「……いよいよだな」
瞳子「服部瞳子は私ですけど……、どのようなご用件で?」
亜子「大当たりやね」
P「凄いな、髪型以外は完璧じゃないか」
瞳子「なんのことでしょうか?」
さくら「あの、私たち服部さんに用が有って来たんです」
瞳子「私に用ですか?」
亜子「このポスター、記憶にありますよね」
瞳子「! そのポスターは……、どうして!?」
P「風が運んできてくれました」
泉「ここから割り出すのは骨が折れましたけど、こんなに近くにいたなんて」
瞳子「ど、どういうつもりですか? 変なことを言い続けるのなら、警察を呼びますよ!」
P「ちょ! それはまずい! 最近こっちに赴任した婦警さんが怖いと評判で……!」
るん「待って!」
P「るん!」
瞳子「へ? 今ポスターが喋った?」
るん「初めまして、で良いのかな? それとも久しぶりになるのかな」
瞳子「……これは疲れているんだわ。そうでもないとポスターが喋るなんて」
P「そう思うかもしれませんが、これは本当なんです。彼女、るんは生きているんです」
るん「プロデューサー……」
P「馬鹿げてるでしょう。ポスターが喋るだなんて。でも」
瞳子「座りましょう。そこにいたらお客様の妨げになるわ」
P「ですね。それじゃあコーヒーを5人分お願いできますか?」
店員「かしこまりました」
さくら「……」
泉「……」
P「……」
瞳子「……」
るん「……」
亜子「いや、誰か喋らないと話が進まないって……。プロデューサーちゃん!」
P「あ、ああ。すまない。コホン! このポスターは風に飛ばされてきた、それは本当です」
瞳子「そうよね。そうでもないと手に入れるなんて不可能だし」
さくら「あの、私たち知っているんです。服部さんがアイドルをしていたことも引退していることも」
泉「少ない情報からなんとかここにたどり着くことが出来ました。るんは心配していました。モデルになった女の子はどうなったか……」
瞳子「ポスターの私はるんって言うの?」
P「はい。最初は服部さんと知らなかったもので、書かれていたキャッチコピーから拝借しました」
瞳子「そう、あれも10年前になるのね。貴女達と同じようにスターダムを目指して活動していたわ」
亜子「アタシらのこと知ってるんですか?」
瞳子「テレビで見たことあるから名前と顔ぐらいは。それに彼女はうちの店の常連さんだし」
さくら「あはは……」
瞳子「正直羨ましいと思ったわ。私がアイドル活動を始めたころは、まさに群雄割拠の時代だったの」
瞳子「聞いたことあるはずよ? 765、876、961、1052……。大アイドル時代って当時人気だった漫画になぞらえて例えられたぐらい」
亜子「その漫画まだ終わってませんけどね」
P「ええ、当時は確かに凄かった。今も負けてはいないけど、あの頃は特別でした。思い出補正が強いからでしょうけど」
瞳子「私も彼女たちに負けない! と頑張って来たわ。だけど、芽が出なかった。1年で芽が出なかったアイドルは、才能がないって事なの」
瞳子「プロデューサーも良くやってくれたし、社長たちにも感謝している。だけど言い訳するなら、時代に見向きもされなかったの」
瞳子「このポスターの仕事が、私の一番大きな仕事だった。社長の知り合いの方が新商品を開発したからって私を起用してくれた」
るん「それが私なの?」
瞳子「そう。結局その後も鳴かず飛ばずで引退したわ。16歳の頃だったかしら? 普通の女の子に戻って、普通の生活をして。そのコーヒーメーカーは倒産したけど、そこの社長がこの店のマスターなの」
るん「そうだったんだ……」
瞳子「面白くないでしょ? 私の昔話なんて。でも貴女たちは私と違う。未来もあるし、これからも前に進んでいける。聞いたところで、何にもならなかったでしょうに」
泉「でも服部さんは」
さくら「本当はまだアイドルに未練があるんじゃないんですか?」
亜子「言いがかりやったらすみません。でも、そう感じてしもたんです」
瞳子「どうして? どうしてそんなこと言えるの……!」
さくら「何でかは分からないです」
泉「ロジカルな感情じゃないのは重々承知してます」
亜子「アイドルの勘、ってやつですかね? さっきから服部さん、るんのことばかり見てますし」
るん「え?」
さくら「まだ服部さんの心は、あの頃のままなんだと思います」
瞳子「……今更アイドルに戻るなんて、無茶な話よ」
P「そうでもないですよ? 世の中30超えてアイドルを始めた人だっています。25歳だなんてまだまだ若いもんです」
瞳子「貴女達、私をスカウトするつもり?」
P「ええ、まあそんなところです。正直なことを言うと、俺はるんに惚れていました」
るん「えええええ!? な、何言ってるの!?」
瞳子「あ、あっさりとんでもないこと言ってくれたわね……」
P「天真爛漫で自由奔放で、一緒にいると退屈しない。こんな女の子をプロデュース出来たら、そう思っていました」
瞳子「でも彼女は過去の私。今の私はとは違うわ。辛いことも知って、現実に順応して。彼女は何も知らない頃の私そのままよ」
るん「でもアナタは、あの頃から時計が止まっている。私には分かる、だって私はアナタ自身なんだから」
P「厚かましいお願いなのは分かっています。だけど、もう一度ステージに上がってみませんか? あの頃の夢、もう一度つかんでみませんか?」
瞳子「私は……」
るん「大丈夫。きっと皆と一緒なら、前に進めるから。私が保証してあげる」
瞳子「自己暗示みたいなものよね。この子が言うのなら、不思議と行けそうな気もして来たわ」
さくら「じゃあ……」
瞳子「これも何かの縁だと思うの。そう、もう一度私にアイドル活動をしてみないかっていう神様からのメッセージかもしれない。そうで思わないと、ポスターが喋るなんてありえないものね」
るん「私もアナタに会うために、命を得たのかな?」
瞳子「25歳で再デビューなんて周りに笑われそうだけど、笑いたければ笑うがいいわ。これが最後のチャンスだとしたら、叶えて見せる」
瞳子「よろしくね、プロデューサー」
P「ええ、こちらこそ!」
るん「良かった、時間また動き出したんだね」
亜子「しっかし、結局なんでるんが喋るか分からんままやったね」
泉「科学じゃ解明されないこともあるって事が分かったから良いんじゃない?」
さくら「今度はるんるんと瞳子さんも一緒に遊びに行きましょうよ!」
るん「おっ、良いね!」
瞳子「そうね、たまにはいいかもしれなきゃっ」
P「のおわっ、風がきつくなって……」
瞳子「あっ……」
さくら「るんるん!」
るん「そっか、そうだよね……」
P「ど、どこに飛んでいくんだ!? るん!」
P(突然の強い風が、るんを連れ去っていく。高く遠く、俺達の手が届かない場所へ)
さくら「待ってよ!!」
るん「ううん。彼女の時間は動き出したんだ。だから貴方たちも、前を向いて行かなくちゃ」
P「まだだろ! デート出来てないじゃないか! どこにでも連れて行くって、約束しただろ!?」
るん「ありがとう、今日まで十分楽しかったよ。だから、もうお別れをしないと。私のこと、よろしく頼むね」
るん「みんな、さようなら……」
さくら「まだ話したいことだって有るのに!!」
P「風の馬鹿野郎! るんを返せよ! るーん!!」
P(るんは風の中、思い出の空のかなたへとび去って行った……)
P(あれから数日が立った。るんとの別れを悲しんでいた俺たちだけど、忙しい毎日に追われて彼女のことを感傷に浸る暇すらなかった)
P(NWの3人に加え、新たな一面を見せる瞳子さんのプロデュースは多忙を極めたが、それでも充実した毎日を過ごしていた)
カメラマン「それじゃあ撮りますよー。こんな感じで良いですかね?」
P「はい、バッチシです」
瞳子「どうかしら?」
P「いい感じで撮れていますよ」
さくら「瞳子さん格好良いですね!」
瞳子「そう? 照れちゃうわね」
P(あの頃から大人になった彼女のポスターは、在りし日の面影が残っていて。持っているのはコーヒーじゃなくてスタミナドリンクだけど)
P「さてと、撮影も終わったし帰りうわっ!」
さくら「風強いですね」
瞳子「そうね。飛ばされないようにしないと」
P「ですね」
P(るんはこの風の中どこかでまっているのだろうか? またいつか、彼女に会えたならあの時言えなかったことを言うんだ)
P「ありがとう、って」
fin.
支援や画像下さった方本当にありがとうございました。
このSSは手塚治虫の『風の中のるん』という短編を元ネタにしています。
>>35
一期一会とはまた別の話になります。瞳子さんが10代のころにアイドルをしてたらって話なので
読んでくださった方、ありがとうございました
P「この子、可愛いな」
P(年季の入ったポスターだった。背景はどこかの山かな。片手にはコーヒーを持っていて、眩しい笑顔は不思議と生きているように思えて)
??「いたた……」
P「へ?」
??「風が強くて飛んじゃったけど、なんとか助かったのかな?」
P「しゃ、喋ったあああああ!?」
??「きゃっ! お、脅かさないでよ! ビックリしたぁ」
P「いやいや、ビックリしたのはこっちの方で……って何普通にしゃべってんだ俺!?」
??「ねえ。このままじゃ飛んで行っちゃうから、どこかに貼ってくれない?」
P「貼ってって言われても、ええ!?」
??「ポスターなんだから貼られて宣伝しないと意味ないでしょ?」
P「そもそもこのコーヒー何年前のだ? 10年ぐらい前の奴で今じゃどこにも売ってないぞ?」
??「へ? そうなの?」
P「あー、うん。常識は捨てた方が良いよね。普通の人と話している、って事にしよう」
??「もしもーし? 聞いてるー?」
P「とりあえず事務所に行くか。ここで話していても不毛だし」
??「あっ、ねえ! ちょっとぉ!?」
P「というわけで、喋るポスターを拾ってきました」
ちひろ「……スタドリの飲み過ぎですか?」
亜子「プロデューサーちゃん……働き詰めでついに頭が逝ってしもたんか」
さくら「そんなぁ! 私たちをトップアイドルに導いてくれるって約束したのに!」
泉「お見舞いにはいくからね」
P「いやいや本当なんだって! この子は世界初の喋るポスターなの!! ほら、自己紹介!」
??「あっ、初めまして」
ちひろ「へ?」
泉「プロデューサーの特技に腹話術が有ったとは知らなかったな」
亜子「ちょ! 思いっきり女の子の声やったで!?」
さくら「ええ!? プロデューサーさんは実は女の人……」
P「だから違うよ! えーと、名前は……」
??「無いよ? ポスターだし」
P「無いって……、撮られたモデルの名前は知らないの? 自分自身のことじゃ」
??「分からないよ。だって生まれた時からポスターだったし」
さくら「な、なにがどうなってるの!?」
??「聞かれても分からないかな……」
亜子「うーむ、いくら腹話術が上手くてもパ行を発音できるのはいっこく堂クラスやないと無理やで。流石にこれは」
泉「信じた方が良いね。非科学的だけど」
ちひろ「喋るポスター? この顔どこかで」
泉「ちひろさん?」
ちひろ「あっ、いえ! 何でもないですよ! うーん……」
P「それじゃあ便宜上何か名前がいるな。ポス子とか?」
??「えー、なんか嫌だ」
P「我儘言わないの!」
??「もっとさ、可愛い名前が良いな」
P「可愛い名前ねぇ。何かない?」
泉「急に振られても……」
さくら「あれ? なんか書いていますね。『ウサミン星はあるんです! 宇宙の皆がセブン・コーヒー!』だって」
泉「ウサミン星?」
亜子「なんのこと?」
P「さぁ? なんでっしゃろ。セブン・コーヒーは昔売ってたコーヒーだけど」
さくら「あ『るん』です……。はい! 良い名前思いつきました!」
P「ん?」
さくら「『るん』って名前はどうですか?」
P「るん、ねぇ」
亜子「可愛らしい名前でええんとちゃう?」
泉「そうだね。それじゃあ貴女のこと、るんって呼ぶわね」
るん「るんかぁ……。じゃあそれで!」
P「しかしどうしたもんか。拾って来たは良いものの、処分するわけにもいかないしなぁ」
亜子「喋るポスターとして売り出せば大儲けできる!」
P「でもそれ、インチキって言われるのが関の山だぞ。そうしたら俺らの事務所の信用も失いかねないし」
亜子「それは困るなぁ。大槻教授とか五月蠅そうやし」
ちひろ「とりあえず保留で、事務所に貼っていたらどうですか?」
P「そうですね。俺らもどういう事か分からないし、下手にことを大きくするよりかはマシか」
るん「それじゃあお邪魔するね」
さくら「うんっ♪ 仲間が増えましたね! このまま一緒にデビューしたり」
るん「流石に無理かなぁ……。歌は歌えるけど、ポスターだから踊れないかな」
さくら「あっ、そうだよね。残念……」
るん「でもいい友達になれると思うよ? 見た感じ歳も近そうだし」
P「あら、年齢は分かるの?」
るん「うーん、なんとなく? 実はここに来て初めて鏡で自分の顔を見たんだけど、だいたい3人と同じぐらいかなって」
亜子「ポスターやから自分の顔も見れんもんなぁ」
泉「確かに私たちと同じぐらいに見えるね」
P「つーことはこのモデルが存命なら25歳前後ってことか」
るん「というわけで、しばらく厄介させてもらおうかな!」
さくら「ようこそるんちゃん!」
P(こうしてうちの事務所に新たな仲間? が加わった)
P(歳が近いということもあってか、るんはあっという間に3人と仲良くなった。ポスターと仲良くしゃべるアイドル、なんとも妙な光景だ)
P(特にさくらは仕事場にも彼女を持って行くぐらい懐いている。るんも楽しそうだから構わないけど、会話しているのを誰かに聞かれないか心配だ)
P(そう。彼女はいつの間にか事務所にいなくてはならない存在になりつつあった)
P(とはいえ謎は深まるばかり。どうして会話できるのか? これはどうあがいても答えが出なさそうだから、ファンタジーとしてとらえておこう。)
P(そして……、るんのモデルになった少女のことだ。このポスターを撮ったのがコーヒーの販売が始まった10年前だとすると、今は25歳ぐらいになっているはず)
P(ちひろさんは何か心当たりがあるっぽかったけど、思い出せそうにないみたいだ)
P(今も芸能活動をしているのかテレビを目ざとくチェックしたけど、彼女の面影を残す女性は見つからない。恐らく既に引退しているのだろう)
P(珍しい話じゃない。デビューするアイドルがいれば、その一方で誰にも知られることなく消えていくアイドルだっている)
P(俺としては3人にちゃんとした引退をしてほしいと思っている。そのためには、キチンとプロデュースして、トップアイドルまで導いてやらないと)
さくら「〜〜♪」
るん「〜〜♪」
亜子「2人とも仲ええなぁ」
泉「るんとさくらの波長が似ているからね」
亜子「大人になったるんもあんな感じなんかな?」
泉「さぁ? そこまでは分からないかな」
さくら「るんるん、今度私が良く行く喫茶店に行かない?」
るん「喫茶店?」
さくら「コーヒーも美味しいし、店員さんが凄く綺麗なんだよ」
るん「ポスターだから飲み食いは出来ないかな……」
さくら「あっ、ごめん……」
るん「ううん! 気持ちは嬉しいよ! それに私みんなを見てるだけで楽しいから!」
さくら「ホント? えへへ……」
P(懐くのは良いんだけど、この状態がいつまで続くのだろうか?)
P(そしてるんの存在は、次第に俺にとっても心安らぐものになっていくのだった)
P「ふぅ、疲れた……」
るん「プロデューサー! お疲れ様」
P「ああ、るんか。お疲れさん」
るん「うーん、こういう時このコーヒーでも出せればいいんだけど、生憎動けないからね」
P「その気持ちだけでもうれしいよ。事務所には慣れた?」
るん「うん! さくらたちはこんな私にもよくしてくれるし、拾ってくれたのがプロデューサーで良かったな」
P「ポスターってこと以外は普通の女の子だもんな」
るん「まあね。でも何年も季節の移り変わりを見てきたけど、私は成長できないんだよね」
P「写真のままの姿だからな。モデルは恐らく20代半ばぐらいの年齢だと思うよ」
るん「私、元気しているのかな?」
P「気になる?」
るん「うん。でもそう簡単に見つけることは出来なさそうだけど」
P「セブン・コーヒーのメーカーも既に倒産しているみたいだし、ウサミン星もよく分からないしで情報は0に近いな。いや……」
るん「どうかした?」
P「このポスターを撮影した場所、山かな? それがどこか分かれば、少しは進展しそうなんだけどな」
るん「山かぁ。そういや行ったことないかも」
P「山にいるのに?」
るん「写真だからね。秋になっても冬になっても、私の世界は春のままだよ」
P「そうか……」
るん「そんな寂しいものでもないよ。私結構気に入ってるし、とっくの昔に慣れちゃった」
るん「もしポスターから飛び出せたら、真っ先にプロデューサーの手を引いて遊びまわるけどね」
P「今でも色んな所に行ってるじゃんか。さくらたちに連れられて」
るん「そうじゃなくて! デートだよ、デート。この私が誘っているんだよ? 喜びなさいな」
P「デ、デートぉ!?」
るん「そっ! 服を買って、美味しいお菓子を食べて! そんな普通の女の子みたいなことをしたいな」
P「お、俺と?」
るん「私が知っている男性ってプロデューサーと社長さんぐらいだもん。それに私、プロデューサーのこと嫌いじゃないよ?」
P「そ、そうか……。ま、まぁ程々にな。最近体力が落ちてきて結構きついんだよ」
るん「お爺ちゃんめ」
P「うるへー。でも、それは楽しそうだな」
るん「でしょでしょ? ポスターだって遊びたい時が有るんだよ!」
P「外に出られたら、どこにでも連れてってやるよ」
るん「あっ、言ったな? じゃあ約束だよ?」
P「指切り……、は出来ないか」
るん「ちゃんと宣誓書かく! 私が外に出れたなら、世界一周に付き合うって!」
P「そ、そこまでるのか!?」
るん「良いじゃんか。一か所に貼られて朽ちていくなんて真っ平御免だよ!」
P「はいはい、んじゃ書いといてやるよ」
るん「そう来なくちゃ!」
P(いつの間にか俺もるんと会話することが楽しみになって来た。3人には話せないような愚痴も聞いてくれて)
P(二次元に恋なんて! と思っていたけど、天真爛漫で何一つ穢れの無い彼女に少しずつ惹かれていく自分がそこにいた)
P(だけどそんな毎日がいつまでも続くわけがなかった。少しずつだけど、俺たちはるんの正体に近づきつつあったんだ)
P(季節は廻って秋が来た)
るん「わぁ、凄い景色!」
さくら「うーん! 山に登るのも気持ちいいね!」
亜子「マツタケとか生えてへんかな……」
泉「たまにはピクニックも悪くないかな」
P「はぁ、はぁ……。しんど……」
亜子「なんやプロデューサーちゃん、ヘトヘトじゃないの」
P「そりゃ君らの荷物全部持ったら疲れるに決まってんだろうが……」
さくら「ダメですねー、プロデューサーさん」
るん「そーだそーだ! 体力足りてないよ?」
P「20超えたら君らも分かるっての……」
るん「私は永遠の15歳だからねん♪」
P「ぜぇ、ぜぇ……。少し休ませてくれ……」
泉「あそこに休憩所が有るよ?」
P「少し飲み物でも貰ってくるかな」
さくら「あっ、さくらんぼジュースが欲しいです」
P「あるのかんなもん?」
泉「私はお茶で良いよ」
亜子「炭酸頼むわ!」
るん「じゃあコーヒーで!」
P「はいはい、ちょっくら行って来るな。ってるんは飲めないだろ!」
るん「わっほい!」
休憩所
P「空を超えてーラララふんふんふふふーふふーん♪ ってあり?」
P「るん?」
店員「いらっしゃい、何かお探しで?」
P「いや……、このポスター」
店員「ああ、それですか? 10年ぐらい前になりますかね。この高原で撮影したんですよ。ほら、背景にここが写って……」
P「本当だ。ここで撮ったんだな……。すみません、この子のこと分かりますか!?」
店員「え、えーと……。なにしろ10年前のことですからねぇ。詳しくは覚えていないんですけど……」
P「思い出せませんか?」
店員「えーと、うーむ……。そうだ! トッコ! その子の名前はトッコちゃんだ!」
P「トッコちゃん? だっこちゃんの親戚ですか?」
店員「いや、あだ名だけ憶えているんだ。みんなからトッコちゃんトッコちゃんって呼ばれてたよ」
P「トッコちゃん、ですか……」
店員「明るくていい子だったよ。素直で挨拶もちゃんとして、見ていて気持ちのいい子だったな」
P(それがるんのモデルの名前……)
P「というわけで、るんのモデルの名前はトッコちゃん(仮)だとさ」
亜子「トッコちゃん、ねぇ」
さくら「そうなのるんるん?」
るん「それが私の名前かぁ……」
さくら「検索したら出てきたり?」
泉「ちょっと待ってて。セブン・コーヒー、トッコちゃん……」
P「何か分かった?」
泉「ううん。既に倒産している会社だし、トッコっていうあだ名も世間一般に浸透していないっぽい」
亜子「つまりもう引退してるってことよね」
さくら「いっしょに競演したかったなぁ……」
るん「……」
P「るん?」
るん「ゴメン。よく知らない存在だって言っても、引退しているって聞いたら少しセンチメンタルになっちゃって」
P「でもそうと決まったわけじゃない。もしかしたらまだ活動を」
泉「ローカルなアイドルでも検索に引っかかるんだよ。10年間表舞台に出ず燻りつづけるアイドルなんて、聞いたことない」
P「うぐっ……」
ちひろ「あのー、良いですか?」
P「ちひろさん。どうかしたんですか?」
ちひろ「いいえ、そのトッコちゃんっていう人なんですけど、もしかしたら知っているかもしれないです」
P「本当ですか!?」
ちひろ「はい。どこかで見たことあるなぁって思ってたんですけど、トッコちゃんで思い出しました。記憶が正しければ、ですけど」
るん「ちひろさん! 教えて欲しいな、私の名前を」
さくら「るんるん……」
ちひろ「えっと、ポスターの女の子の名前は……」
ちひろ「ハットリトウコさんって言うんです」
P「ハットリ、トウコさん……」
泉「検索するね。ハットリトウコ……、出てきた!」
亜子「大当たりってこと?」
泉「ハットリトウコ、トウコの字は瞳の子って書いて、ハットリはそのまま服部。服部瞳子、うん。確かにそんな名前のアイドルはいたっぽい」
さくら「その瞳子さんが今どこにいるかとか」
泉「流石にそこまでは……」
るん「それじゃあ! 引退しているってことだよね」
泉「るんの前で言うのも気が引けるけど、どうやら服部さんはアイドルとしては芽が出なかったみたい。活動期間は15歳の頃の1年間だけ」
るん「そっか……」
P「今の3人と同じ状況って訳か」
亜子「今ほどじゃないにしても、昔もアイドルのサイクルが早かったみたいやしなぁ」
ちひろ「私もその後の事までは知らないです。すみません」
P「ちひろさんが謝ることないですよ。貴女がいなかったら、俺たちは服部さんの存在にまでたどり着けませんでしたし」
るん「気にしないで。そうじゃないかなってうすうす思っていたし、きっと第二の人生を満喫しているよ」
さくら「……よしっ」
るん「さくら?」
さくら「あのっ、探しに行きませんか!?」
P「は?」
さくら「だから、その……。服部さんを! 私たちで探すんです!」
るん「私を、探す?」
さくら「うん! るんるんのためにも、元気にしているってのを確かめたいんです!」
亜子「せやけど情報が全くと言っていいほどないからなあ」
泉「いや、無いわけじゃないかも」
亜子「そうなん?」
泉「るんの写真を解析して、今どう成長しているかをシミュレートしたら、探しやすくなるとは思う」
亜子「テレビとかで良く見る○○さんの数年後みたいなやつ?」
泉「うん、それ」
るん「そんなこと出来るの?」
泉「髪型とか細かいところまでは出来ないけど、再現率は高いはず。とりあえずプログラム組んでみるね」
P「特技のプログラミングがここで役に立つとはな」
亜子「ほんま逸材やね」
さくら「流石イズミン!」
泉「こんなところかな」
るん「見せて見せて!」
さくら「この人が服部さん?」
泉「10年後のるん、って言った方が正しいかも。どういう成長をしたか分からないけど、こんな感じの大人になっているはず」
P「綺麗な人だな……」
るん「これが私……」
さくら「あれ? この顔……」
亜子「どないしたん? まさか知ってる顔とか」
さくら「喫茶店のお姉さんだ!」
P「喫茶店のお姉さん?」
泉「さくらが良く行くってお店の?」
さくら「うん! 髪型は違うけど、顔は凄く似ている! そう言えばるんるんもなんだか面影が有るし……」
泉「ビンゴってわけね」
P「都合がよすぎるぐらいだな」
亜子「プロデューサーちゃん、ポスターが喋る時点で常識は全部捨てなあかんで」
さくら「今から喫茶店に行ってみようよ!」
P「るん、本当に会いに行くのか?」
るん「うん。今どうなっているか気になるし、もしもあの頃から時間が止まっているのなら、その針を動かせれるのは私たちしかいないと思うから」
P「そうか、分かった。それじゃあ、行こうか」
るん「未来の私のところに!」
店員「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
さくら「あの……、服部さんっていますか?」
店員「服部さんのお知り合いで?」
P「まあそんなところです」
店員「そうですか。少し待っててください」
P「……いよいよだな」
瞳子「服部瞳子は私ですけど……、どのようなご用件で?」
亜子「大当たりやね」
P「凄いな、髪型以外は完璧じゃないか」
瞳子「なんのことでしょうか?」
さくら「あの、私たち服部さんに用が有って来たんです」
瞳子「私に用ですか?」
亜子「このポスター、記憶にありますよね」
瞳子「! そのポスターは……、どうして!?」
P「風が運んできてくれました」
泉「ここから割り出すのは骨が折れましたけど、こんなに近くにいたなんて」
瞳子「ど、どういうつもりですか? 変なことを言い続けるのなら、警察を呼びますよ!」
P「ちょ! それはまずい! 最近こっちに赴任した婦警さんが怖いと評判で……!」
るん「待って!」
P「るん!」
瞳子「へ? 今ポスターが喋った?」
るん「初めまして、で良いのかな? それとも久しぶりになるのかな」
瞳子「……これは疲れているんだわ。そうでもないとポスターが喋るなんて」
P「そう思うかもしれませんが、これは本当なんです。彼女、るんは生きているんです」
るん「プロデューサー……」
P「馬鹿げてるでしょう。ポスターが喋るだなんて。でも」
瞳子「座りましょう。そこにいたらお客様の妨げになるわ」
P「ですね。それじゃあコーヒーを5人分お願いできますか?」
店員「かしこまりました」
さくら「……」
泉「……」
P「……」
瞳子「……」
るん「……」
亜子「いや、誰か喋らないと話が進まないって……。プロデューサーちゃん!」
P「あ、ああ。すまない。コホン! このポスターは風に飛ばされてきた、それは本当です」
瞳子「そうよね。そうでもないと手に入れるなんて不可能だし」
さくら「あの、私たち知っているんです。服部さんがアイドルをしていたことも引退していることも」
泉「少ない情報からなんとかここにたどり着くことが出来ました。るんは心配していました。モデルになった女の子はどうなったか……」
瞳子「ポスターの私はるんって言うの?」
P「はい。最初は服部さんと知らなかったもので、書かれていたキャッチコピーから拝借しました」
瞳子「そう、あれも10年前になるのね。貴女達と同じようにスターダムを目指して活動していたわ」
亜子「アタシらのこと知ってるんですか?」
瞳子「テレビで見たことあるから名前と顔ぐらいは。それに彼女はうちの店の常連さんだし」
さくら「あはは……」
瞳子「正直羨ましいと思ったわ。私がアイドル活動を始めたころは、まさに群雄割拠の時代だったの」
瞳子「聞いたことあるはずよ? 765、876、961、1052……。大アイドル時代って当時人気だった漫画になぞらえて例えられたぐらい」
亜子「その漫画まだ終わってませんけどね」
P「ええ、当時は確かに凄かった。今も負けてはいないけど、あの頃は特別でした。思い出補正が強いからでしょうけど」
瞳子「私も彼女たちに負けない! と頑張って来たわ。だけど、芽が出なかった。1年で芽が出なかったアイドルは、才能がないって事なの」
瞳子「プロデューサーも良くやってくれたし、社長たちにも感謝している。だけど言い訳するなら、時代に見向きもされなかったの」
瞳子「このポスターの仕事が、私の一番大きな仕事だった。社長の知り合いの方が新商品を開発したからって私を起用してくれた」
るん「それが私なの?」
瞳子「そう。結局その後も鳴かず飛ばずで引退したわ。16歳の頃だったかしら? 普通の女の子に戻って、普通の生活をして。そのコーヒーメーカーは倒産したけど、そこの社長がこの店のマスターなの」
るん「そうだったんだ……」
瞳子「面白くないでしょ? 私の昔話なんて。でも貴女たちは私と違う。未来もあるし、これからも前に進んでいける。聞いたところで、何にもならなかったでしょうに」
泉「でも服部さんは」
さくら「本当はまだアイドルに未練があるんじゃないんですか?」
亜子「言いがかりやったらすみません。でも、そう感じてしもたんです」
瞳子「どうして? どうしてそんなこと言えるの……!」
さくら「何でかは分からないです」
泉「ロジカルな感情じゃないのは重々承知してます」
亜子「アイドルの勘、ってやつですかね? さっきから服部さん、るんのことばかり見てますし」
るん「え?」
さくら「まだ服部さんの心は、あの頃のままなんだと思います」
瞳子「……今更アイドルに戻るなんて、無茶な話よ」
P「そうでもないですよ? 世の中30超えてアイドルを始めた人だっています。25歳だなんてまだまだ若いもんです」
瞳子「貴女達、私をスカウトするつもり?」
P「ええ、まあそんなところです。正直なことを言うと、俺はるんに惚れていました」
るん「えええええ!? な、何言ってるの!?」
瞳子「あ、あっさりとんでもないこと言ってくれたわね……」
P「天真爛漫で自由奔放で、一緒にいると退屈しない。こんな女の子をプロデュース出来たら、そう思っていました」
瞳子「でも彼女は過去の私。今の私はとは違うわ。辛いことも知って、現実に順応して。彼女は何も知らない頃の私そのままよ」
るん「でもアナタは、あの頃から時計が止まっている。私には分かる、だって私はアナタ自身なんだから」
P「厚かましいお願いなのは分かっています。だけど、もう一度ステージに上がってみませんか? あの頃の夢、もう一度つかんでみませんか?」
瞳子「私は……」
るん「大丈夫。きっと皆と一緒なら、前に進めるから。私が保証してあげる」
瞳子「自己暗示みたいなものよね。この子が言うのなら、不思議と行けそうな気もして来たわ」
さくら「じゃあ……」
瞳子「これも何かの縁だと思うの。そう、もう一度私にアイドル活動をしてみないかっていう神様からのメッセージかもしれない。そうで思わないと、ポスターが喋るなんてありえないものね」
るん「私もアナタに会うために、命を得たのかな?」
瞳子「25歳で再デビューなんて周りに笑われそうだけど、笑いたければ笑うがいいわ。これが最後のチャンスだとしたら、叶えて見せる」
瞳子「よろしくね、プロデューサー」
P「ええ、こちらこそ!」
るん「良かった、時間また動き出したんだね」
亜子「しっかし、結局なんでるんが喋るか分からんままやったね」
泉「科学じゃ解明されないこともあるって事が分かったから良いんじゃない?」
さくら「今度はるんるんと瞳子さんも一緒に遊びに行きましょうよ!」
るん「おっ、良いね!」
瞳子「そうね、たまにはいいかもしれなきゃっ」
P「のおわっ、風がきつくなって……」
瞳子「あっ……」
さくら「るんるん!」
るん「そっか、そうだよね……」
P「ど、どこに飛んでいくんだ!? るん!」
P(突然の強い風が、るんを連れ去っていく。高く遠く、俺達の手が届かない場所へ)
さくら「待ってよ!!」
るん「ううん。彼女の時間は動き出したんだ。だから貴方たちも、前を向いて行かなくちゃ」
P「まだだろ! デート出来てないじゃないか! どこにでも連れて行くって、約束しただろ!?」
るん「ありがとう、今日まで十分楽しかったよ。だから、もうお別れをしないと。私のこと、よろしく頼むね」
るん「みんな、さようなら……」
さくら「まだ話したいことだって有るのに!!」
P「風の馬鹿野郎! るんを返せよ! るーん!!」
P(るんは風の中、思い出の空のかなたへとび去って行った……)
P(あれから数日が立った。るんとの別れを悲しんでいた俺たちだけど、忙しい毎日に追われて彼女のことを感傷に浸る暇すらなかった)
P(NWの3人に加え、新たな一面を見せる瞳子さんのプロデュースは多忙を極めたが、それでも充実した毎日を過ごしていた)
カメラマン「それじゃあ撮りますよー。こんな感じで良いですかね?」
P「はい、バッチシです」
瞳子「どうかしら?」
P「いい感じで撮れていますよ」
さくら「瞳子さん格好良いですね!」
瞳子「そう? 照れちゃうわね」
P(あの頃から大人になった彼女のポスターは、在りし日の面影が残っていて。持っているのはコーヒーじゃなくてスタミナドリンクだけど)
P「さてと、撮影も終わったし帰りうわっ!」
さくら「風強いですね」
瞳子「そうね。飛ばされないようにしないと」
P「ですね」
P(るんはこの風の中どこかでまっているのだろうか? またいつか、彼女に会えたならあの時言えなかったことを言うんだ)
P「ありがとう、って」
fin.
支援や画像下さった方本当にありがとうございました。
このSSは手塚治虫の『風の中のるん』という短編を元ネタにしています。
>>35
一期一会とはまた別の話になります。瞳子さんが10代のころにアイドルをしてたらって話なので
読んでくださった方、ありがとうございました
00:30│モバマス