2014年01月22日

千早「呼吸」

千早「……ん」

春香「っ……ごめん、起こしちゃったかな」


千早「ん……どうしたの?」

 手を握られる感触で、目が覚めた。

春香「ううん、なんでもない」

 ベッドの中、春香との距離……0メートル。
 普段は春香が同じベッドで寝ることを遠慮するけれど、今日は自分から提案してきた。

 その原因は、おそらく。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1369663641


『春香なんて知らないの!』

『わ、私は、みんなで……』

『美希っ、やめなさい!』

『どうして、どうしてそんな考えでいられるの!? このコンテストで負けたら、負けたら……!』

『美希さん、落ち着いて下さいっ』

『そ、その、美希……』

『みんな、アイドルができなくなるかもしれないのに!』



千早「ねぇ、春香」

春香「ん?」

千早「春香は、間違ってないと思う」

春香「……え?」

千早「今日のこと」

春香「……」

千早「もし、アイドルトップフェスで私達が負けたら、961プロに引退に追い込まれる」

春香「……うん」

千早「だからこそ、出来れば最高の形が良いけれど、もし最悪の結果になるとしても、楽しく終わりたい」



春香「そんなこと、言わないでよ」

千早「……ごめんなさい」

 そうだ。
 春香は言った。

 勝ち負け関係なく、楽しく踊ろう。
 961プロのことなんて考えず、楽しく歌おう。

 それが、私達のできることだよ……と。

春香「私、みんなで歌いたい。みんなで踊りたい」

千早「ええ」

春香「だから、だから……」


 春香を撫でていると、次第に寝息が聞こえ始める。
 消えそうに小さい。

千早「……」

 春香は、真面目だと思う。
 そして誰よりも他人のことを考えられる。

 だから……背負いすぎてしまうんだ。
 一人で悩み込んで、少しずつ自分自身を壊していってしまう。

 守らなきゃいけない。
 0メートルの距離から、私が。

 春香の手をギュッと握って、目を瞑った。


 変な時間に目が覚めた。
 春香の呼吸音がいつもより大きく聞こえる。

千早「……春香」

 今日は、アイドルトップフェスの日。
 ジュピターと対決して、私達が負ければ……全員、引退することになる。

 そんな約束を取り付けてしまったプロデューサーは責任を感じていた。
 絶対にそんなことはさせないと、プロデュースに力を注いでくれている。

 だから、私達は恩で返さなければいけない。
 それは「負けたくない」「引退したくない」という気持ちで、返せるものだろうか?

 ふと、考えてみる。


 春香の言うとおりだと思う。
 最後のステージになっても、悔いのないように。
 楽しく歌って、踊る。

「♪」

千早「……?」

 機種変更したばかりの携帯電話が一瞬、鳴った。

千早「……美希」

 スマホでは必須らしいトークアプリの緑色の画面が、光る。
 『ミキ★』の名前。


『こんな真夜中にごめんね。起きてる?』

 慣れないけれど、指をスライドさせて。

『ええ、大丈夫よ』

『いま、春香は千早さんの家にいるんだよね』

『いるわよ』

『ミキ、言い過ぎた』

 いつもと違って、絵文字もスタンプもない静かな会話画面。
 美希も、気にしていたんだ。春香にキツくあたったことを。


『春香が気にしていたわよ』

『ごめん』

 美希のメッセージ、3文字はすぐに表示されて。
 それからしばらく経った後、

『明日、楽しもうね』

 と送られてきた。

『ええ、もちろん』

 既読はつかない。時間は、2時40分。
 こんなに遅くまで、悩んでいたのね。



 スマホをベッドの横に置いて、目を閉じる。

 ――明日、すべて決まる。
 今後の生活が変わるかもしれないし、今のまま過ごせることになるかもしれない。

 それは私達次第。
 明日は今までで一番輝けるように……歌って、踊りましょう。

 春香の手を握って、呼吸を聞く。

 心が、とっても落ち着いた気がした。



 ――――

「みなさん、私達は精一杯! 歌って踊ります!」

「だから、みんな! 応援してほしいのー!」

「聞いて下さい! 765PRO ALLSTARSで!」

 A r e

 Y o u...

『――READY!!』

 ――――



 ベッドの中、春香との距離……0メートル。
 今日は私から、一緒に寝ないかと誘った。

 とても、嬉しいことがあったから。

春香「……おやすみ、千早ちゃん」

千早「ええ、おやすみ」

 また、きらめく舞台で歌うことが出来る。踊ることが出来る。
 春香の手のぬくもりと、静かな呼吸を感じる。

 暗闇の中、私はまたひとつ、優しいあたたかさに触れた。


 夜のSSを書くと心地良い眠気がやって来ますね。短くなってしまい、すみません。
 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

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