2015年03月17日

楓「車を止めたとき、世界には」


前前作 楓「午前0時のコール」
前作 高垣楓「夕焼けは晴れのきざし」

――――――





夜のインターチェンジを抜ける。ドライバーは滑らかにギアをハイに入れた。







楓「Pさんの運転で帰るのも久しぶりですね」





P「最後はいつだったでしょうか?」





楓「この車に乗るのも、一年は前ですよ」





P「……そんな前になりますか?」





社用車でマニュアル仕様なのはこの車だけ。



なんでも社長の趣味で「車はマニュアルじゃないといかん」とのことで、無理やりそうなったらしい。



他は全てオートマチック。ちひろさんは「いまどきMTなんて、逆に高くつくのに……」と、呆れていた。





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楓「今の担当さんは、この車運転しませんし……」





P「う、まあ実質、ほとんど俺しか運転してませんから……」





私の担当さんの免許はAT限定だから、この車は運転できない。



他のプロデューサーもマニュアルの免許はあっても、運転したがらないのがほとんどだ。



オートマで、まにゅあってる……ううん、微妙。





彼の運転は変わらないままだった。メーターの針はきっかり制限速度を指している。







P「……久々に楓さんのカメラの前の様子を見れて良かったです」





楓「なにか変ってましたか?」





女の子は「変わらないね」よりも「変わったね」と言われた方が嬉しいらしい。



でも、彼のコメントならばどちらでも嬉しかった。





P「温泉ロケは、担当だった時に一緒に行きましたが、前よりも楓さんの魅力が十二分に活かされてて……」





無邪気さと大人の雰囲気が……とすらすらと説明する。



仕事モードのギアを入れてしまったかもしれない。



プロデューサーとしてよりも、Pさんとしての意見が聞きたかったけれど。







楓「……そうですか」





それでも、嬉しくないわけではないけれど。





楓「と、ところで」





P「はい?」





楓「ニュージェネレーションの方はどうですか?」





そっと探りを入れてみた。





――――――







休憩がてら、事務所のテーブルに置いてあった料理雑誌を読んでいた。



オレンジページの特集は「ワインに合うお手軽おつまみ」だった。



後で作れそうなものを少しだけメモしておこう。





ちひろ「あ、楓さん、ちょっといいですか?」







どうしました? と応えると、彼女のいつもの癖で、両掌を胸の前で合わせながら言葉をつづけた。



サイドにそろえた三つ編みが揺れる。





ちひろ「再来週の地方温泉ロケなんですが、長期出張で担当のプロデューサーさんだと予定が合わなかったので……」



ちひろ「ちょうど空いてた、前担当のPさんと同行していただきたいのですが」





Pさんの顔が浮かぶ。最後に一緒に仕事をしたのは、もう一年も前だ。







ちひろ「担当プロデューサーさんからも連絡が来ると思いますが、予定に加えておいてくださいね。」





わかりました、と応える声が、少しだけうわずっている気がする。



今のプロデューサーさんに特に不満を抱いてはいないけれど、こればかりは仕方ない。





ちひろ「それと……最近、Pさんがちょっと元気がないんです。ぼーっとすることが多くなったというか」







あら、どうしたんでしょう? 色々思案してみる。先週の電話では特にそんな素振りはなかったけれど。





ちひろ「ニュージェネレーションの皆も気づいてるようなので、それとなく、お願いできますか?」





――――――







右の車線から、一台の車がエンジン音を唸らせながら横切った。



ヘッドライトは、前方に水色のオープンカーを捉えた。



そして見せつけるように乱暴にウィンカーを切って、遠のいていく。







P「だいぶ順調だと思います。もちろん10代だから、まだ日によってムラはありますが」





楓「まだまだ、多感な年ごろですからね……」





よどみなく応える様子を見ると、彼女らの事で悩んでるわけではないみたい。









P「最近は、卯月が心配ですね。あの子は今まで、底なしに前向きにレッスンにも取り組んできたのですが……」





そろそろバテてしまうのではないだろうか?と、変化を見逃さないようにしています。



あとは凛も……と、再び仕事モード。







……私から始めた話なのになんだけれど、他のアイドルの話ばかり。



二人の電話の時は、いつもこんなに饒舌じゃないのに。





彼なりに答えの出ていることについては、そんなに悩んだりもしないだろう。



なら、一体何に悩んでいるんだろう?







――――――







事務所のソファーは、ニュージェネレーションの3人が占拠していた。





未央「あ、楓さんだー!!」





リーダーの未央ちゃんが、読んでいた雑誌を置いてこっちに手を振る。凛ちゃんが席を立った。





凛「お帰りなさい、楓さん。お茶とコーヒーどっちがいいですか?」





ありがとう、コーヒーがいいかな、とお願いする。







ちひろさんは席をはずしているようだった。



卯月ちゃんに手招きされて、そのまま隣に座った。







未央ちゃんが読んでいたのは「音楽と人×ロックアイドル特集 木村夏樹&多田李衣菜」だった。





卯月「今、ちょうど楓さんの事を話してたんですよー」





あら、噂されてたのかしら? とおどけてみる。





未央「そうです! しぶりんの今後の営業戦略として、楓さんみたいな大人の雰囲気で推していこうと……」





卯月「凛ちゃんなら、この中で一番大人っぽいですし」





未央「いわばニュージェネレーションのお色気担当? みたいな!」





凛「二人とも、適当なこと言わないで。楓さん、砂糖とミルクどうしますか?」





コーヒーメーカーのある方向から、凛ちゃんが横やりをさした。







ブラックがいいかな、と応えると、丁寧にソーサーに乗せたコーヒーが運ばれてくる。





凛「どうぞ。ちひろさんが煎れてくれたのには敵いませんが……」





礼を言って、一口すすった。引けを取らないくらい美味しい。





未央「とーにーかーくー! しぶりんは今後大人の――」





凛「いいから! もう。私のプロデュースの方針は、Pさんが決めてくれるんだから」





Pさんの事を信頼していることが良くわかる。



少し嬉しいけれど、彼が遠いところに行ってしまったような心地にもなる。……いけないな。





卯月「そうだ、楓さん。ちょっと相談があるのですが……」





どうしたの? 私にできることなら。



10代の女の子の悩みかな。ちゃんと答えられるだろうか。





卯月「Pさんのことなのですが」





そっちか。



張り切ろうとしてた自分が、恥ずかしくなる。





凛「はい……仕事はいつも通りにこなしてるんですが」





未央「休憩時間に考え事してたりとか、呼んでも上の空だったり……」





そういえば、ちひろさんも言ってたっけ。元気がないって。





卯月「もしかして、私たちのことで悩んでるんじゃ、って……」





凛「何か、Pさんから聞いてませんか?」





健気だな。こんないい子たちに心配させるなんて、まったく。



後でしっかりお灸をすえておかないと。





未央「もしかして、この前の番組で大御所さんに軽くため口で話しちゃったのが……」





そのせいじゃないと思う。多分。





凛「あのあと、Pさん平謝りしてたもんね」





未央「ううううーー! 言わないでってばー!!」





この三人を見てると、自然と笑顔になる。きっとPさんもプロデュースを楽しんでいるに違いない。





きっと大丈夫よ。今度会ったとき、それとなく訊いてみるから……。





――――――







長いトンネルの中は、まるで暖かさを排除した夕日のような、人工的な光で満たされていた。



等間隔に並んだ照明の列が続いている。





P「……悩み、ですか……?」





最初から正面切って訊いた方が良かったかもしれない。



いつも本当の弱音は、誰にも言わず消化しようとするから。





楓「はい。最近……」





ここは正直に言おう。





楓「ちひろさんも……ニュージェネレーションの皆も、心配してましたよ」





P「……そうでしたか」







彼の横顔は、無機質なオレンジ色に照らされている。





P「皆にまで心配かけて、申し訳ない……」





楓「本当です」





きっぱり。でも、私だって彼の悩みを背負いたい。分かち合いたい。



これって、エゴだろうか?





P「……でも、なんと説明したらいいんでしょう」



P「事務所のこととか、ニュージェネレーションのことで悩んでるわけではないのです。それとは、また別のことで……」





なんだか歯切れが悪い。







P「これは、……ある意味自分自身の問題です。誰のせいとか、そういうわけじゃないんです。だから、そう心配しないでください。」





楓「……それは、どんなことですか? 私には……言ってもムダなことなんですか?」





言葉がきつくなってしまった。でも、本心だ。





P「! いえ、そういうことじゃ……」





楓「私は……」







あなたには、仕事の悩みもそうでないことも打ち明けてきたつもり。



でもあなたはいつも、本当の悩みは口にしてはくれていなかったの? 



いつもあなた一人、どこか暗いトンネルの中を歩いていて、私は……私は……やっぱり、エゴなのかな。







楓「私だって……一緒に仕事はできなくても、支えに、なりたいんです」





P「…………」







トンネルの出口はブラックホールのようだった。



光の中を抜け、夜の闇へ吸い込まれる。



Pさんの表情は、暗闇に紛れて見えなくなった。







まばらに星が瞬いている。



トンネルのライトとは比べものにならない弱々しい光だったけれど、それでも、ずっと心強かった。







彼は沈黙したままだった。むしろ、言うべきことを考えているようだった。



その場をつなぐように、彼はラジオのオートチューニングのスイッチを押した。





少し古いけれど心地いい洋楽をバックに、パーソナリティの声が車内を満たした。



    

     『〜♪ 運転中の方もそうでない方もこんばんは……』

     『ペイパードライヴァーズミュージックのお時間です』





P「……楓さんとの、週末の電話、いつも心待ちにしているんです」





楓「え?」







    『今夜も素敵な音楽をリスナーのみなさんに……』

    『昨年3月、ドラマー、宮田繁男さんが……』





P「二人で飲みに行くのだって、義務だからではなく、俺が行きたいからなんです」





楓「……はい」





    『今夜はオリジナル・ラブ特集で……』

     『皆さんのリクエストをお待ちして……』





P「だから今日、本当に久しぶりに二人で仕事ができて、一緒に帰れて……」



P「嬉しいんです。でも、同時に、歯がゆいというか……」





楓「…………」







    『では最初のお便り、ホリゴメズさんから頂きました』

    『宮田さんのあのハネたビートがもう聴けないのは……』





P「ああ、答えになってないな……。楓さんのせいでは決してないんです。ただ、」



P「俺は、プロデューサーとして、どうあるべきか……。ふと考えてしまうんです」



    

    『では、リクエストにお応えして……』





楓「……それは、」







『ドライブ中の、全ての恋人たちへ』







楓「!」





それまで聞き流していたパーソナリティの声が、耳を捕えた。





『オリジナル・ラヴで「ティアドロップ」』





………………







   『この曲はベストアルバムに収録され……』





パーソナリティは曲の説明をする。曲が流れた3分の間、車内はその曲が支配しているようだった。



パーキングの標識が見えると、少し停めます、と彼は言った。





――――――







エンジンを切り、サイドブレーキを引いた。



私たちのセダンの他は、一台も停まっていない。



この数キロ先には、フードコートやスタンドがついた、もっと大きなパーキングエリアがある。



ここには自動販売機と、小さなトイレだけ。







P「楓さんは何を飲みますか?」





コーヒーがいいです。その、左にある。Pさんも同じものを押した。







楓「……ありがとうございます」





缶コーヒーを受け取る。プルタブに手をかけた。



かちょん、と小さな音がする。





P「……くしゃみ?」



楓「……炭酸じゃないと、くしゃみの音にはなりません」





そういえば、そんな話をしたっけ。結局確かめられないままだ。智絵里ちゃんのくしゃみ。





P「……くくっ」



楓「……ふふっ、もう……」







この世界に二人しかいない……そんな錯覚さえした。



自販機の漂白したような明かりが、二人の影を作っている。





Pさんは一呼吸置くと、コーヒーを一気に流し込んだ。



そして、私の方を向いた。





二人の距離は、あの夕焼けに照らされていた日と、同じくらいの距離だった。







P「俺が悩んでいるのは……楓さんのことです」





P「でも、あなたの"せい"ではありません」





P「……楓さん」





はい。





P「あなたは、アイドルです。」





そうです。あなたが見つけてくれました。





P「俺は、プロデューサーです。」





知ってます。だから出会えました。







P「……けれど、あなたが、」







「……好きです」







私の眼をみて、彼はそういった。私も、その目をじっと見つめた。





「……けれども」







私は両手で缶を持ちながら、半歩近づく。



彼が続けて何を言わんとしているか、なんとなくわかっていた。





Pさん、と呼びかける。





そのまま、ほんのすこしだけ上を向いて、目をつむった。







彼も、静かに歩み寄る。そして、私の右頬に手を添えた。







――――――







マンションの近くに着く頃には、もう日付が変わってしまっていた。



路地の隅に車を停めて、ハザードランプを付けた。





P「じゃあ……また」



楓「はい。……また」







そのまま互いに引かれあうようにして、車内で静かに抱き合った。



助手席と運転席の間は、シフトレバーとサイドブレーキが隔てていた。



それでも確かに、彼の腕は私の背中を、私の腕は彼の首に回して、しっかりと捕まえていた。







パパラッチを気にしてか、彼の腕はすぐに解けようとした。



そろそろ…、と小さく囁く。意気地なし。





……今度は私から、強引に口づけた。はむように唇を動かす。



少し遅れて、彼も返してきた。再び回した腕が強くなる。



その手は、ゆっくりと背筋を伝って、私のうなじに触れた。







唇が離れる。その手は私の髪をそっと撫でた。



彼は、目を開けた私に向かって、おやすみ、とだけ言った。



――――――







お店の入り口は、えんじ色のレンガ……ようなタイルで飾られていた。静かな路地に出る。





楓「おいしかったですね。ワインも料理も」





今回のリクエストはワインにした。老夫婦が営む、隠れ家的なイタリア料理店だ。席も多くはなく、店内は静かだった。





P「ええ、雰囲気もよかったですし」





ニョッキ、美味しかったな。自分で作るのは手間がかかるから、外で食べる時のお楽しみだ。





P「俺は……チャン、ボッタ? というのが気に入りました。」





意外にヘルシー志向。







楓「あれ、前にレシピ見ました。ワインに合いましたよね」





P「……いつか、作ってくださいね。」





いつか、いつかか。どれくらい先の未来なんだろう?





車道側を歩く彼の袖に目が留まった。



外では手をつなぐどころか、そのほんの先をつまむことさえできないのは、あの頃と何も変わらなかった。





楓「……いいですよ。」





けれども、二人だけの、些細だけれど大切な約束はずっと続いていく。



それさえあれば、何も怖いことなんてない。彼も、そう思ってる。







P「楓さん?」





彼は通りを指さした。





「タクシー、ありました。」





近づくと、後部座席のドアが開いた。





「では、……また、」





電話します、と口だけを動かした。



私も静かに頷いた。







ドアが閉まる。運転手に家の近くの住所を伝えた。右にウインカーを切って、車の流れに紛れ込んだ。





リアガラスから遠ざかる彼を、交差点で左折するまで見つめていた。





17:30│高垣楓 
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