2015年04月06日

橘ありす「見上げる空は遠いけど」




12/24



ありすちゃんへ





今年のクリスマスは、家に帰れなくてごめんね。ありすちゃんから貰ったカード、大事にするからね。

プレゼントは何が欲しいか、メールしておいて欲しいなあ。そうしてくれたら、年末くらいにはプレゼントするからね。

冷蔵庫の中にリンゴのケーキがあるから、それをクリスマスケーキにしてください。

メリー・クリスマス!明日の夜には帰ります。



ママより



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はらりと降り落ちた粉雪が、溶けてディスプレイを歪めました。そのひずみの玉を、撫で払うように拭いました。

けれど、後から後から降ってきて、キリがありません。メールはいつまでたっても、ぐにゃぐにゃと曲がったままでした。



少年「ホワイト・クリスマス!」



母親「そうだねぇ。そうそう、何が欲しかったんだっけ?ライブ見て、デパート行くまでに決めておいて」



少年「うんっ。サンタさんに、お手紙書かなきゃ!」



私より何回りも小さいだろう、男の子の歓声をきっかけにして。……本当は、何が理由でも良かったんでしょうけど。ただでさえ賑やかだった通りに、魔法のパレードみたいな華やかさが加わりました。



ありす「……今年も、の間違いでしょ」



マフラーをキュッと締めなおし、タブレットを強く抱きしめて。凍てつく空気を振り払うつもりでーー街そのものから逃げるような気持ちでーー事務所のゲートをくぐりました。

泣きべそをかきそうなってた私を見ても、守衛さんは何も言わないで、ただ首を振るだけの挨拶をしてくれました。





私にとってサンタさんとは、親そのもののことでした。それは決して、子どもが親に対してする『知らないフリ』みたいな、優しいウソの類じゃありません。

親に欲しいものを要請し、二十五日を過ぎてから貰う。小学生のいつごろかまで、聖夜とはそんな日のことでした。



『皆は、サンタさんからプレゼントを貰えるのに。私だけ、サンタクロースって夢を貰えない』



それを変だと思うようになったのは、自他の比較を始めたからだと思います。きっかけは、自分の名前が気になったことでしょうか。その次は、自分の低すぎる身長だったか。

そうやって比べ続けてるうちに、私は『損』を思考の基準としてしまいました。



私だけ貰えない、私だけ損をする。そんな下向きな考えが続いたからなのか、元からそういう気性だったのか。クラスメイトに指差されて『石の少女』だの、『鉄面皮』だのと言われるような、ひねた子どもになってしまいました。



PaP「佐久間まゆが応援に入れぬだと!?友紀もいない!?こ、これでは961プロに勝てん!」



モバP「光の一番新しい資料、送るんで読んでください。光をそっちに回します」



PaP「ンッ!そうだ、例のメッセージだが」



モバP「飛鳥が預かったって言ってました。呼ばれてんで、すぐ行ってきます」



クリスマスなのに。いいえ、クリスマスだからこそなのか。事務所の中では、怒声と紙資料が弾丸のように飛び交ってました。



ライブにラジオにイベントに、加えてショーなどエトセトラ。頭に『クリスマス』とつけられるものが、この時期には売っても余るほど存在します。



それを稼ぎ時と捉えて、仕事を入れすぎちゃうのは、どうやら346プロだけじゃ無いみたいです。



そうして無理が生じ、例えばドタキャンなどの事故が発生しちゃうのは世の常というものであって。取り繕うために、事務員・プロデューサー・アイドルその他業種のひとたちが走り回らなきゃいけないのは、仕方のないことでした。



なのに、何人かのアイドルやプロデューサーが待機してるのは。急な予定変更が積み重なったせいで、『仕事一本には足りないけど、休みとしては多すぎる』という、いびつで半端な時間が生まれてしまうからです。



しかし。そんな非常時であっても、仕事終わりの打ち上げを考えている社員が多くいるのが、346の健やかさだと思います。ようは、お祭り好きで能天気な社風なんです。



『誰もいない家よりも、事務所の方がまだ暖かみかあるから』



そう思ってしまうから、私は家に一旦帰るより、事務所で待機することを選びました。

どうせ移動には車が必要ですし、移動先の仕事だって、いつキャンセルになるかわかりませんからね。



ちひろ「通りますよー!開けて開けてー!」



重そうな台車を引いたちひろさんが、まるで戦車みたいな勢いで、エレベーターに突貫しました。



事務員a「わっ、あぶない!」



事務員b「ちひろさんがしゃかりきなんだから、僕たちだってやんなきゃなんないでしょ!」



事務員c「オーッス!パッパと済ませて帰るぞー!……って、酸素予備、切れてるって来てるけど!?」



事務員a「さっきメール来てた!一時避難させてたら、行方不明なんだって!」



事務員b「なんなのなのー!?誰からで、いつのメール!?」



ありす「ちひろさん。Pさんが何処か、知りませんか!」



エレベーターがもう締まりそうで、急いでいるからか。あるいは、周りの声が大きすぎて、私の声が届いていないのか。ちひろさんは返事をしてくれませんでした。



ありす「ちひろさーん、すみませーん!Pさんは、どちらにいますかー!」



歌うときに使う筋肉まで使って、喉を痛めない程度に、出せる限りの大声を発しました。



ちひろ「三分前には、外でしたー!こんな荷物なんか、くぅっ、女の力でぇっ!」



こぼれ落ちそうになった荷物を、ぎゅうと詰め直して、ちひろさんは下の階に降りて行きました。



周りの声が大きすぎて聞こえないのは、私も同じでした。



ありす「三分の……なんです?」



事務員d「今は、奥のデスクですよ。二宮さんと一緒です」



ありす「聞こえてたんですか。ありがとうございます。えっと……」



事務員d「いいですから!」



ありす「はい!」



名前をちゃんと知らない人に、助けてもらいました。ちひろさんと同じ蛍光グリーンの上着だから、事務員さんです。……名前を言ってお礼出来なかったのが、悔しいです。





奥のデスクでは、先輩の飛鳥さんと、私の担当のPさんが、しかめっ面で話し込んでいました。



飛鳥「カードはもう用意した。あとは、反応次第だね」



モバP「悪いものじゃ無いけどな」



ありす「あの、何を話してるんですか?」



飛鳥「えっ、ありす?今来たのかい」



私を見て、飛鳥さんとPさんは、わざとらしく荷物を整え始めました。



ありす「秘密にするような、ことはありませんよね。……何を話してたんですか?」



似たようなことを、少しだけ語調を強くして聞き直しました。



モバP「……サイネリアってネットアイドルを知ってる?」



ありす「話をそらさないでください!」



叩きつけるように、お腹から声を出しました。



その後、二人はちゃんと説明をしてくれました。



ありす「光さんの服……ですか?」



モバP「ああ。寒そうな格好だから、今日を機会にな」



すっかり冷めたミルクティーを一気に飲み干しながら、Pさんは窓の外を指差しました。指差された商店街では、赤と緑のネオンが光り始めています。そうやって、夜のクリスマスになりつつある街には、ふんわりとした雪が降っていました。



飛鳥「流石に冬場に半袖は、忍びないからね……。光に似合う服を、吟味してたんだ」



飛鳥さんが、おでこにかかったエクステをパサリと除けました。



ありす「飛鳥さんの好みのままで、いいんじゃないですか」



飛鳥「光に似合うかが、問題なんだよ」



頭の中で、飛鳥さんの服を着込んだ光さんを想像しました。クラスの男子みたいな格好の光さんが、ハードロッカー、あるいはパンクの伝道師みたいな飛鳥さんの格好をする……。

ポップコーンみたいにふくれ始めた笑いを、無理やり手で抑えたせいで、むせるようになってしまいました。





モバP「靴を二足以上持ちたがらない光に、飛鳥みたいなハイソな格好の維持は厳しいしな」



モバP「送っていきなりタンス行きは嫌だから、手堅いのがいいんだ」



そう言って、Pさんが手元の資料を寄越しました。資料には、私と同じストレート髪のひとが写っていました。先輩の、光さんです。



ありす「……少し、お手伝い出来るかもしれません」



飛鳥 モバP「本当?」



二人の声が重なったのがおかしくって、堰を切ったように笑い出してしまいました。



『私と光さんの身長は、ほぼ同じです。だから、私の選ぶ服なら、光さんにとっても適当なはずです』



そう二人に言ったら、思い立ったが吉時だと言って、荷物一式を持ってデパートに出発することになりました。

もちろん、そのデパートの近くでは、私と飛鳥さんで代打出来そうな仕事が行われてます。



モバP「当たるも八卦、当たらぬも八卦……」



飛鳥「出来るなら、蘭子と凛先輩とのラジオまでは、ゆっくりしたいものだね」



モバP「そうだな……ありす、どうした?」



ありす「うぷ……台本読んでて……」



飛鳥「外を見るといいさ。あるいは、目をつむるとかね」



ありす「ありがとうございます……」



お礼を言って、窓から街を見ました。



外から見えるタイプの蕎麦屋さんで、人の良さそうな店主さんが、必死な顔で揚げ物を作っています。それを見たお客さんが、「あ、おれ、エビダメなんだよね」みたいな身振りをしました。



あっ、一番弟子みたいな青年が「バカヤローおめぇ何で天ぷら蕎麦頼んだんだ!?」みたいなポーズをとりました。喧嘩、始まらないといいな……。そんな風景が、一瞬で過ぎ去りました。





もう少しだけ、お蕎麦屋さんを見てたかったな……。そう残念に思った時、サンタの格好をしたカーネル・サンダースの像が見えました。あれ、友紀さん?気のせいですよね。こんな日に酔っ払って、サンタカーネルとボクシングしてるはずなんかありません。



……カーネルに刺激されたからなのか。ふと、光さんはいい子だから秘密をプレゼントされるのかな、と思いました。



『どうして私は、理由も無いのに損をするんだろう』



その理由を、私は『皆と違う』ことに求めてしまったんです。どうにか納得して、まだマシな平生の心を保つためにです。





でも。



『私はクラスメイトと違って、一次方程式が解ける』



『私は皆よりも、本を読んでいる』



『だから、皆が理解出来ないことを理解して、損したっていいんだ』



そうやって、無意識に他を見下してたらーーそうでもしないと、きっとさびしみに潰されてたからーーなるほど、悪くって、面倒臭い子どもになるに決まってます。なら、サンタさんなんて来るわけないんです。



それに気づいた時、乾いた唇から、冷たい笑いがこぼれ出しました。おかしさが止まらなくなって、体が私のものじゃ無いみたいに、ひくひくと痙攣を起こし始めます。



飛鳥「……Santa Claus is coming to town♪」



飛鳥さんが、何故か途中から『サンタが街にやってくる』の一節を口ずさみました。



そんな風に流れる景色を見てるうちに、駐車場にたどり着きました。



モバP「ねーきっこえってーフフフンフーン……お、ついたついた」



キキッ、とタイヤが擦れる音がして、私たちの車は停まりました。



途中、走る子どもにぶつかって転びそうになりながらも、ファッションフロアに到達出来ました。



飛鳥「光には、白が似合うと思うんだ。……どうかな」



飛鳥さんが、ふわふわと暖かそうなピーコートを取り出しました。それは、降ったばかりの新しい雪ーーいいえ、夏の入道雲みたいな色をしていました。



ありす「似合うと思いますけど……光さんって、水色の方が好きじゃ無いですか?」



モバP「水色で、同じデザインのは無いわけじゃないんだがなぁ」



そう言ってPさんが取り出したコートは、どう見ても灰色でした。



飛鳥「ボクには充分、スカイブルーに見えるけどね」



モバP「もっと絵の具みたいな色の方が、好みな気がしてな」



ありす「確かに、光さんの服って、もっと濃い水色な気がします」



飛鳥「それもそうだね。服装の添削指導は、ボクに今後も任せて欲しい」



モバP「よし……ありす的にはどうだ?」



ありす「白がいいです。……素敵な色合いですね。ぽかぽかしてて、太陽みたいです」



ふと、光さんの笑顔を思い出しました。それによってか、確かに日光に触れたように、心が暖かくなりました。



飛鳥「白は正義や希望の色だからね。ヒーローの光には、きっとちょうどいいさ」



ありす「なら、黒は悪役の色なんですか?」



飛鳥「どうかな……。全てを混ぜ合わせた色でもあるから、ボクは黒が好きなんだ」



モバP「光の三原色なら、白の方じゃないか?」



ありす「光の三原色?」



飛鳥「赤・青・黄の絵の具を混ぜたら黒になるのは、知ってるね。レーザー光の場合は、三色を混ぜると白になるんだ」



わざとらしくオーバーな身振りをして、飛鳥さんは両手を広げました。そうしてる間にPさんは抜け出して、店員さんを呼びに行きました。





ありす「そうなんですか」



飛鳥「うん。……そうそう、面白いものを見つけたんだ」



そう言って飛鳥さんは、手のひらと同じくらいの箱を取り出しました。



飛鳥「アクセサリィのコーナーにあったんだ。ありすなら、こういうモノだって似合うかもね」



箱の中には、苺のデザインをしたネックレスが入ってました。種の部分が金色になっていて、キラキラと輝いて綺麗です。でも。



ありす「……それ、光さんに似合いますか?」



飛鳥「それもそうか。でも、キミは気に入ってくれたかな」



ありす「それは……まあ」



飛鳥さんは肩を竦めて笑い、箱を閉めました。二三話してるうちに、Pさんが戻って来ました。



モバP「お会計するぞ」



ありす「わかりました。何をしてたんですか?」



飛鳥「目の前でラッピングしてくれるサービスがあるのさ。すぐに終わるし、それだけ見て待機に戻ろう」



ありす「……どうして知ってるんですか?」



飛鳥さんが、必要以上にクルクルと髪を弄り始めました。そうしてはぐらかす飛鳥さんを問い詰めてたら、すぐにレジに着きました。



モバP「じゃあ、これでお願いします」



店員「お会計ありがとうございましたー、ラッピングは向こうになります」



モバP「ありがとうございます」





そうして案内された部屋の空気は、はっきり異様でした。ほぼ半裸の筋骨隆々とした大男が、包装紙のロールを前にして仁王立ちしているからです。



モバP「さあ、始まるぞ。これを見ないと、厄が落とせない」



ありす「まだ年明けじゃ無いんですけど」



飛鳥「始まるよ」



大男「ヌゥン!」



大男が、二つのロールを高速回転させました。そうやって生じた真空状態の圧倒的包装空間には、まさに歯車的砂嵐の小宇宙と言うべき迫力がありました。



Pさんは、その回転目がけてコートを投げ込みました。耳をつんざくような音が一瞬した後、クリスマスカラーにラッピングされた袋が帰ってきました。



三人揃って『見事!』と拍手していたのに気づいて、顔を合わせて笑い合いました。



そのあとは、すぐ近くにあったフードコートで、苺のクレープを貰いました。……私がねだったんじゃなく、Pさんが奢ってくれたんです。



飛鳥「クリーム、・に付いているよ」



そう言う飛鳥さんは、ナプキンで口元を拭いてました。



ありす「えっと、こっちですか」



モバP「違うな。ちょい右、ちょい左、そう、そこをまっすぐ」



飛鳥「スイカ割りかい」



モバP「そうだな。……失礼」



ありす「ガラケーなんですか?」



モバP「仕事用はな。もし……ええ、その節は……えっ?わかりました、是非!向かわせます」



飛鳥「……まさか?」



ありす「どうしたんです?」



Pさんと飛鳥さんが、青い顔をしながら私のクレープを見ました。



モバP「……冷蔵庫で保管しとくから。今から仕事……行くぞ……?」



後から聞いた話ですけど。唐突に仕事が断られることがあるのなら、唐突に仕事が入ることもあるみたいです。



顔の血は、本当に『サッー!』と音を立ててひくことと、胃の中でクリームが跳ねると気分が悪くなるってことを、したくないのに勉強してしまいました。





スケジュールが、ある程度整理されたのか。あるいは、遊んでいたバチがあたったのか。非科学的なことですら、信じたくなる気分です。



風邪を拗らせた加蓮さんの繋ぎをしたり、山に向かって歌い出したヘレンさんの回収をしたりと。さっきまでの休みが嘘みたいに、次から次へと仕事が入って来たからです。



飛鳥「どんなに準備をしたところで、フフッ、万全なんて、何処にもないものだからね」



そううそぶく飛鳥さんの顔には、すでに疲れが見え隠れしていました。それは私も似たようなものだったから、入れ替わりに眠るような状態となってました。



届く範囲全部の仕事を終えて、事務所に戻ってきた頃には、すっかり夜遅くになっていました。



ありす「あの、光さんが今どこにいるかわかりますか」



コートの入った袋を、キュッと胸に抱きしめます。



モバP「ちょっと待ってくれ。もしもし……ちひろさん?光は今……ところで……届きまし……PaPさん……も?では」



ありす「わかったんですか?」



モバP「仮眠室で寝落ちてる。車庫に入れて、飛鳥を担いでから行くから、先に行ってくれ」



ありす「わかりました。……あの、先にこれ、置いてきていいですか?」



Pさんは『起こすなよ』とだけ言って、私がサンタさんをすることを認めてくれました。車庫に向かってく車を見送ってから、私は事務所の仮眠室に入りました。





仮眠室のベッドは、光さん以外にも、小梅さんや仁美さんと言った、たくさんのアイドルたちで一杯になってました。



起こさないように、抜き足差し足を徹底しながら……。くぅくぅと寝息を立ててる光さんの枕元に、ラッピングされたプレゼントを置きました。



光「ダウディムシェガエジェエ……アミフェンジャウ……♪」



ありす「何を言ってるんですか……ふふっ」



楽しくなっちゃったから、光さんの頬をつつきました。ぷに、とした触感が、指に帰ってきます。そうして光さんを見つめてた時に、ドアノブが回る音がしました。





ちひろ「失礼しまーす……ありすちゃん?」



ありす「えっ、ちひろさん?」



仮眠室に、サンタクロースの格好をしたちひろさんが入ってきました。趣味でしょうか。ちひろクロースさんは、真っ白で、大きな袋をいくつも抱えていました。



ちひろ「先客がいましたか……良かったら」



ありす「あの、お手伝いさせてください」



ちひろさんが言うより早く、お願いしました。ちひろさんは笑って了承し、私に袋をいくつか寄越しました。



一つ、また一つ。ことりことりとプレゼントを置くたびに、胸が軽くなっていくのを実感していました。朝起きて、プレゼントを見た時に、皆はどう反応するか……。それを、想像出来たからです。



もう、サンタさんはいりません。私が、皆のサンタさんになれればいいんです。重い袋を一旦降ろし、フゥと息をついて周りを見回すと、事務員さんたちや、戻ってきた飛鳥さん、Pさんもプレゼントを配ってました。



事務員さんに首を振って挨拶すると、『お疲れ』とか『あと一息でしょ』って、応援してくれました。朝が楽しみなイブなんて、生まれて初めてかもしれません。



プレゼントを配り終えてから、私は事務室のソファで休んでました。

隣のソファや、奥のデスクには、突っ伏して寝てる事務員さんたちがいました。



事務員b「おーい、仮眠交代でしょー」



事務員a「ン……もう少し……」



事務員b「そういうの、ダメでしょ」



事務員d「もっと大きい仮眠室が欲しいなぁ……くぁ」



事務員c「今日が非常時なだけだろ?エンジン回そうぜっ。そうだ、次お前の分ね、これ」



事務員d「私が……?」



事務員c「いいだろっ?ほらほらペンを持てほらほらっ!」



ぼーっとしている私の前に、Pさんがトレイを持ってやって来ました。



モバP「おつかれ。ホットの麦茶だ」



ありす「何で麦茶なんですか」



モバP「カフェインをとるのはな……」



Pさんは、空いた手で時計を指差しました。時計は、深夜と言っても差し支えの無い時間を示してます。



ありす「ありがとうございます。飛鳥さんは、どうしてますか」



モバP「ありすが飛鳥ならどうする?」



ありす「とりあえず、高くて寒いところに行くか……光さんで遊びます」



モバP「そういうことだな」



Pさんはフフンと笑って、麦茶の入った紙コップを渡しました。ちょうどいい温度に冷めていたから、一息で飲み干すことが出来ました。



モバP「俺はこのあと、お夜食を配ってから残業だ。帰るなら言ってくれ」



ありす「お母さんに怒られますから。帰るのはやめて、光さんで遊んでおきます」



ウソをつきました。……多分、Pさんは気づいています。けれど、あくまで気づかないフリをして、備品の毛布の場所を教えてくれました。



職場に動かない人間がいるのは邪魔なのに。Pさんたちは、ソファの使用を許してくれました。だから私は、それに甘えて、毛布を目深にかぶることとしました。



『今度は、名前を呼んでお礼したいな』



そんなことを、考えながらです。



クリスマスって、暖かかったんだ。まだそれなりにうるさいのに、不思議と耳障りではありません。むしろ、職場の揺れが、心地よく眠気を誘ってくれました。



目覚ましの音がいつもより大きいから、跳ねるように飛び起きました。そのせいで、ごとりとタブレットが落ちてしまいました。

床に落ちたタブレットには、くっきり顔の跡が残ってました。それを見て、少しだけ笑ってしまいます。



ありす「……あ、メール」



結局、送るのを忘れてしまいました。別に困ったりはしないけど、ある方が得なのは確かです。



タブレットを拾うために、ソファからゆっくり降りました。そうした時に、ソファを揺らしたせいで、頭の方から何かがことりと落ちました。



ありす「お手紙?」



それは、赤と緑のクリスマスカードでした。自分でもこんなに乱暴なことをするのが信じられないくらいに、慌てて開きました。



黒色に紫の、ラメ入りペンで『サンタは良い子じゃなく、町に来るんだ』と一言。



水色の文字で『人知れず頑張った、ありすちゃんも今日からヒーローだ!』。



蛍光グリーンの文字で『ありすちゃんが頑張り屋さんだって、みんな知ってますからね!』。



色んな色で、たくさんのメッセージが詰まってました。何故か末尾には、『ズッとお前をミてイるぞ』と、犯行予告文みたいなスクラップが貼られてました。



ありす「Pさんったら……」



カードを胸ポケットにしまって、ソファから立って歩きました。背もたれの裏側には、英字新聞でラッピングされた、手のひらと同じくらいの箱が転がってました。





まゆ「うふふ……クリスマスプレゼントのまゆですよぉ」



CuP「なら、早くラッピングを開けたいですね。降りられます?」



まゆ(in寝袋じみた巨大手袋)「……助けてください……」ウルウルプラーン



PaP「わたしは、次は女が支配する時代が来ると思っている。そして君には、その世界の女王となる資格があると感じているのだ」



茜「よくわからないですけど、これってクリスマスプレゼントですよね!?うぉぉぉ、燃えてきたぁぁぁぁっ!」



事務員a「結局、今年も徹夜シマスかよぉ……」



事務員c「嫁持ちさんは、まだいいだろ。アイドルの一人や五百に、お酌されてみてーなーっ!」



事務員b「五百もいないし、ツバつけたら社長がポン刀持って切りに来ちゃうでしょ」



ちひろ「五百以上でも増やすって話、そういえば何処かで聞いたような……」



事務員d「本当なんです!?」



ちひろ「かもですよ。そうだったかも、です!」



飛鳥「盛り上がってるね」



モバP「徹夜明けで、舞い上がってるんだな。お疲れ様」



飛鳥「プレゼント、ありがとうね」



モバP「いやいや」



飛鳥「フッ……」



飛鳥「……キミは、間違っていたんだ。魔法は本当にあるのにね」ボソッ



モバP「誰に、何を言った?」



飛鳥「クリスマスは不思議な日って話さ」



モバP「街が魔法で満ちる……みたいな?」



飛鳥「少しだけ、違うかな。街が魔法になってしまうんだ」



モバP「……?」



飛鳥「そしてボクは、街を魔法にしてしまう鍵が、誰の中にもあると信じている。キミには……あるのかな」



モバP「……ヒミツ。なんちゃって」



飛鳥「そんなことを言ってるから、社長から石炭をプレゼントされるんだね」



モバP「皆に配られるものだし、そういうデザインのクッキーだ。……食うか?美味いぞ」



飛鳥「喜んで頂くよ。コーヒーに合うといいな」



おわり



20:30│橘ありす 
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